ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075- 作:龍川芥/タツガワアクタ
『ログアウト不可能』な初心者・アリスをめぐる、正義のハッカー
〈電人研究会〉の繰り出した
青い光の手甲に包まれた拳にて自身より二回りは大きい怪物を圧倒していたEgoは、虚空に手を翳し淡々と呟く。
「
その
刃渡り1mほどの片刃・細身の
一閃する袈裟斬り、刃翻り抉るように突き、いつの間にか再び手元に構えられ、神速の剣戟が更に三連奔る。
徒手のみならず剣術も極めた最強のゲーマーの超絶技巧が、更に怪物を追い詰める……きっと誰もがそう思った。
誰もが認める最強のゲーマー、Ego――しかしそんな彼が『最強』であるのは、残念ながら電脳ゲームの中だけでの話である。
何故なら現実の電子戦は公平なゲームと違い……不正と不公平だらけのチート合戦なのだから。
それを証明するかのように、
[脅威確認][コードB-I起動]
無機質に零すシステムメッセージが終わると同時。
ぎらり、その瞳が一層禍々しく輝いたと思った瞬間――。
ぶわ、と。黒狼の背の輪郭が揺らぎ、瞬間複数の何かがEgo目掛けて射出される。
それは現実の狼が決して有さない器官――鞭じみた触手による複数方向からの攻撃!
を。
刀を
「(! 動きが変わった……カギヤみたいに色んな
追い縋る数本の触手の鞭打を斬り落とし打ち返す絶技を披露する最中、しかしてEgoは冷静に思考。
触手を囮に迫る黒狼本体の突進も見えている。故にその鼻面にカウンターを合わせるため剣を握り放つ。
放たれた一刀、気負いがないが故に正確無比にして鎧袖一触たる天下無双の剣閃が、狙い違わず魔狼の鼻先を捉え――。
[脅威確認][コードB-I起動]
ぐにゃり、と。
確かに鼻先を捉えた刀、その衝撃を受け流すように、魔狼の鼻先がゴムじみて歪んだ。
否、それは弾性ではなく液性の動きだ。不定形と化したフェンリルという名の黒き影が歪み、うねり、既存の形を擲ってアメーバのようにEgoに迫る。
迫る影は広く高く。空恐ろしい反射神経で以て咄嗟に剣を引き戻すEgoであったが、その斬撃が液状を思わせる怪物には最早無意味であることを彼自身が何となく悟り。
「あ、やば――」
電脳戦がゆえの初見殺しが、最強のゲーマーへと迫り――。
致命の刹那、銀/赤が、閃く/咲く。
「〈
「『
虚空に咲いた赤い壁が、砕ける前の一瞬だけ黒の巨体を受け止め。
冴え冴えと黒を裂く銀の剣が、Egoに迫る軟体を両断する!
銀の剣の一撃に、水が瞬時に凍ったかのように黒き異形の動きが停止し。
その隙にEgoは、そして斬り込んだカギヤは同時にフェンリルから距離を取り、アリスをいつでも庇える場所まで戻る。
「ありがとう、カギヤ、ロゼちゃん」
「ワリ、ちょっと仲間自慢に時間くってよ!」
「本当にクソみたいな理由ね……」
ロゼが呆れの声を漏らすと同時、固まっていた黒の巨体は再起動を果たさんとしていた。
[脅威確認][コードB-I起動]
その不定形の体が歪み、うねり、再び元の巨大な黒狼としての姿形を取り戻す。尤もその四足獣の肉体がかりそめのものでしか無い事は、今や全員が何となく察していた。
その中で1人。最も
「(しかし、さっきから何か妙だ。ロゼの防壁もEgoの動きも、最初はちゃんと通じてた。だがその後。あの『コードB-I』とかいうアナウンスの後、急に効きが悪くなったり行動パターンが変わったりして形勢が悪くなって――) まさか!」
そして、疑念は点と点を結び線となり、カギヤの思考を答えに導く。
即ち、立ち上がった巨狼の能力とは――。
「『自己進化型プログラム』!! AIによるプログラムの常時追加記述を利用した、周辺状況への自動適応か!」
最凶の電脳プログラマー・ロキの落とし仔、〈
カギヤの呟きに、ロゼがいち早く言わんとすることを理解し……そして認めたくないが認めざるを得ない複雑な心境を反映した声で忌々し気に唸った。
「……それ、『表』じゃまだ机上の空論レベルよ」
「まあロキのクソ野郎ならありえなくもないだろ。プログラム見ただけでも分かる超天才だしな」
「自己進化、自動適応……すごいね。自動でこっちの技に対応してくるって、インフレしたMMOにも居ないよそんなボス」
「? ?」
「ま、要するに剣で斬れば剣が効かなくなって、盾で防げば盾を壊せるようにパワーアップするってことだな」
高度な自立操作プログラムもさることながら、ソレは常識のレベルを遥かに逸脱した技術力であった。
内蔵したAIによる脅威の認定と、それに対応したプログラムの自動記述――これにより突破困難な防壁に阻まれればそれを突破できる
当然、そんなプログラムが過去存在した例はない。前人未到の境地に最初に足を踏み入れたのが愉快犯の
故に、今論ずるべきは事の真偽ではなく……真実だと断定しての作戦である。
「アレが本当に『自己進化型プログラム』だとして、選択肢はみっつ。まずプログラムの自動追加なら、どこかで使用者の演算領域が限界を迎えるハズだ。つまり奴の自己進化が無限じゃないことに賭けた耐久戦が一つ目の選択肢」
作戦その一、耐久戦。
〈
ただ、ロゼが指摘するまでもなく穴はある。相手の演算領域やフェンリルの実際の性能・運用効率が不透明なこと。相手が『限界』に達するよりも早くこちらの手札全てに『適応』されるのが先なら、その時点で敗北は確定する。
「あるいは〈電人研究会〉を直接狙う。フェンリルはアイツらの演算領域を使って動いてるワケだからな。ただ当然フェンリルが守りに来るだろうし、敵も逃げ惑ったり最低限の防壁張ったりくらいはできるだろう……アリスの守りも薄くなる。フェンリルの動きを考えるとそれなりに危険度は高いな」
作戦そのニ、奇襲戦。
〈
フェンリルの厄介な『適応』機能をほぼ無視できる策ではあるが、当然リスクも高い。巨狼は片手間で相手するには危険過ぎる。更にカギヤら4人は機動力に大きな差がある。これは速度が重要な電撃戦で致命的な隙を生みかねない。
三つのうち二つの作戦には瑕疵があった。
「じゃあ、三つ目は?」という問いに、カギヤは自信満々高らかに答える。
「当然、特大の必殺技で『一撃必殺』!! ああいう適応型キャラ相手の定石だぜ」
作戦その三、電撃戦。
『適応』が厄介ならば、『適応』の時間も与えず一撃で葬り去ればいい。一見瑕疵のない完璧な作戦。
「! そんな必殺技があるなら――」
「いや、ないけど」
「はい?」
作戦その三は一見して完璧であった……それに用いる為の『一撃必殺のプログラム』が、どこにも存在しないという点を除けば。
[脅威確認][コードB-I起動]
だから、この作戦は不可能で――。
「そんな
バッ、と腕を横に薙ぎ。
カギヤが
「1分くれ! 今から1分で、奴を倒せる一撃必殺のプログラムを
それは。そんなものは、不可能を可能にするために別の不可能に手を出すと言っているようなもので――。
「1分ね。じゃ、それ過ぎたら
「まかせて。時間稼ぎくらいなら、僕もまだ役に立てるはず」
ザッ、と。
ロゼもEgoも、一切の異論も逡巡もなく前に出る。
だから、常識的に考えて異論を唱えたのはアリスだけだった。
「無理です、無茶です、無謀です! 必殺技レベルのプログラムを今から新しく60秒でって、一体どうやって!?」
「〈CLONE〉には頭ん中で思い浮かべた言葉をそのまま書き込むアプリがあってね。それを使う」
「……そんなの尚更不可能じゃないですか! 思考を直接って……確かに普通にキーボードを叩くよりは速いでしょうけど、そのぶん誤字脱字だって多くなるでしょうし、そもそも母語の問題も……プログラムなんてちょとの誤字で動かなくなるし、そのうえそれを精査する時間だってないのに――」
「――ククッ」
「? な、なにが可笑しいんですか……」
「いや悪い悪い、嬉しくてつい笑っちまった」
くつくつと。
少年が笑う。不気味を超えて勝気に笑う。
「なにせ無理・無茶・無謀に不可能ってのは『やらない奴のための言葉』じゃねえ。その逆で――
ありがとう――無理・無茶・無謀とついでに不可能のレッテルを綺麗に張ってくれて。
お陰で「それでも挑む」と決めた者が千倍は格好良くなり……やり遂げた暁には、レッテルを飾りに万倍は格好良くなれるのだから。
即ち。そんな言葉を貰った時点で、退く理由など彼等には無い!!
「というワケで1分、任せた――ロゼ、Ego!」
そして、1分のカウントが始まる。
瞬間、完全に再起動を終えた
対し、カギヤはそんな一連の攻防に目もくれず、膝立ちになって作業を始めていた。
「――」
カギヤの展開している
傍から見ているだけのこちらが息を呑み、物音ひとつ立てまいと固まってしまうような、そんな凄まじい集中力。仲間の奮戦も敵の様子も、今や一切が目にも耳にも入ってはいない。
その目が写すのはただひとつ、目の前に浮かんだ画面だけ――あるいは全てを脳内で完結させていて、画面すらも見てはいないのか。
[脅威確認][コードB-I起動]
黒狼の足止め戦の趨勢、ただでさえ悪かったそれは、そのアナウンスで更に悪化する。
薔薇の防壁が砕かれる。咄嗟にEgoがロゼを抱えて攻撃の範囲から間一髪脱する。
Egoが加速した巨体に追いつかれる。ロゼが茨の鞭でEgoの方を叩いて突き飛ばし、ギリギリの所で接触を躱す。
1秒が長く、重い。
最早紙の盾同然の
「あの目立ちたがりのポジティブバカは、ムカつくけど本当に認めたくないけれど……それでも、私より遥かに天才なのよ。そんなヤツが『出来る』って言うなら出来るんだろうし……プロの私が任されたコト失敗してたまるもんですか!」
「うん、カギヤはきっとやるよ。だから僕も、友達として負けられないな!」
そして、その時は訪れた。
「――入力完了ッ、
ぶわ、とカギヤの周囲に複数のウィンドウが浮かんでは消える。
ばちり、どういう理屈によってか迸る電光の只中で――高く猛く、彼は唱えた。
「演算領域100%解放。
それは世界を覆う
あるいは超級の魔法使いが唱える、大儀式の果ての
炎の唄、電脳の声に呼ばれ、その刃は今完成に至る。
「
銀光、満ちる。
術者の頭上にて組み上がる巨大な刃は、無敵の神を殺すために
勝利の剣〈
故に、その名は。
「名付けて――〈
そして、遂に。
現実縮尺で刀身3mをゆうに超える巨大な刃は、電脳世界の
カウント開始から54秒――此処に、必殺技は完成を迎えた。
『アレは、何だ……!?』
狼の巨体すら霞む巨大な兵装にようやく〈電人研究会〉も異常に気付くが、電脳戦に不慣れな彼等が何かをするよりも、天才ハッカーたちが動く方が早い。
「Ego、俺は起動を維持する限り動けない!!
「わかった!!」
タン、と地を蹴り高く跳躍した青いアバターが、浮遊する巨槍の柄を掴む。
藍の瞳が捉えるは、未だ地に立つ四足の獣。心なき電脳の怪物は、しかし銀光に怯んだか悪辣なる創造主のプログラム通りか、その肉体を歪めて回避を図らんとし。
――黒き体表に、真紅の薔薇が咲いた。
「『攻勢防壁』を知っていて? 私の
嗚呼、心を介しない黒狼には理解できぬだろう。
防壁を通して徐々に蓄積されたウイルスが、この瞬間まで発動を温存されていた理由も。
苛烈にして気高き女王が、防壁による防御だけで満足するなどあり得ないということも。
カウント開始から59秒――。
「最後の1秒、貰ったわ」
――そうして、約束の時は訪れる。
Egoの手の中で、銀光の槍が励起する。〈
その体は空中。ロゼが土壇場まで『適応』をさせまいと温存した
自分の体勢。周囲の状況。外せばきっと次は無い。
あらゆる要素を一瞬で理解し――Egoは槍を握る腕に力を籠め。
「絶対に当てる――それが僕の、エゴだ!」
――投げる。
瞬間、銀の大槍は流星となって。
狙い違わず黒狼の心臓部へ飛翔し。
STAB!!!!
必殺、命中。
創り、阻み、投げ飛ばし。
〈Hack&Luck〉全員が繋いだ銀の刃が、黒き
……沈黙。
時間が止まったようだった。一転して痛いくらいの静寂が耳を突く。
銀の槍に胸を刺し貫かれた黒狼は動かない……が、消えても、いない。
果たしてそれが意味することは何なのか。場に緊張が走り。
そんな中、串刺しにされ地面に縫い留められた黒き巨体は、震えながらも言葉を放つ。
[コードB-I, 起動――]
それは絶望の宣告。あらゆる状況に、兵装の効果に適応し乗り越える自己進化型プログラムの勝利宣言。例え槍の効果が何であれ、黒狼はそれに『適応』する。
そんなアナウンスを確かに聞き――しかして彼は、強気を超えて不敵に笑った。
「さーて、どうなる?」
カギヤのそれは、決して絶望した声でなく。
寧ろ五分以上の賭けを見守るような。
嗚呼、そこにどんな希望の算段があれ、
[――適用]
……黒狼は、動かない。
否。その巨体の輪郭は、確かに動きを見せた――僅かに、身を縮こまらせた。
けれど動かない。黒狼は依然銀の槍に縫い留められたまま、延々同じ工程を繰り返す。
[コードB-I起動, 適用][コードB-I起動, 適用][コードB-I起動, 適用……]
自己進化、無限の適応。
しかしてそんな己の機能を発動させ続けるフェンリルは、強くなるどころかどんどんと小さく縮んでいって……気付いた時には、その体はサッカーボール程度の球状に固まって、ぴくりとも動かなくなっていた。
その体を未だ貫いている今や不釣り合いなほどに巨大な槍……己の全演算領域を食い潰すそれを虚空に消して、立ち上がったカギヤは安堵の息を吐く。
「――ふぅ。何とかなったか」
誰も状況を理解できない中。
彼だけが緊迫した空気から解き放たれ、「万事解決」みたいな空気でハイタッチとかしようとしていた。
「ナイス槍投げだったぜEgo。ていうか一発で決めてくれてホント助かった……アレ外してたら多分オレが高負荷で落ちるのが先だった。急ごしらえ過ぎて最適化もクソもなかったからなー」
「う、うん。それより、もう大丈夫なの? アレ」
「おう。見ての通り、オレらの勝ちだぜ」
そんな彼の頭が後ろからべしんと叩かれた。ロゼである。
「『勝ちだぜ』じゃないわよ。最低限説明はしなさいよね」
「説明、って言われてもな……」
面倒だから省いた途中式をちゃんと書けと言われた学生みたいな顔で、カギヤはぽつぽつと解説を始めた。
「自己進化型プログラムってのは見た感じ、『少年マンガの主人公』みたいな感じだって思ったんだよ。どんな障害でも成長して超えちゃう可能性がある、敵に回すとすげ~厄介なタイプ。だけど逆に言えば、壁があったらそれを超えられるように
「……アンタ、そんな複雑なプログラムを60秒で組んだってワケ?」
「おう。そりゃもう死ぬ程頭使ったし疲れたぜ……今九九の七の段とか出されたら怪しいかも」
分かりやすいようなそうでもないような感覚派全開の――己の実力を自覚する理論派代表・ロゼのプライドを大いに刺激し傷つけた――解説ののち、彼女は溜息と共に一応の理解を示した。
「……理屈は分かったわ、理屈
「何か天才サマにしか分からない理由があるんでしょうけど」という意図が込められた質問に……カギヤは口を半開きにしてぽつり。
「……あ。あー、その手があったか」
「~~ッ! これだからアンタは素直に尊敬できないのよ!! なんで私なんかより遥かに天才の癖にそんなバカなの!? このバカ、バカギヤっ!」
「おい蹴るなよロゼ! (心が)痛いって! それにホラ、こっちのが絶対カッコよかっただろ!?」
ぎゃいぎゃいと喧嘩を始めたハッカーと
「2人とも、まだ終わってないよ」
「っと、そうだった。サンキューEgo」
Egoが示す先には、頼りの
『どうした〈
「ハイハイ、今度こそお時間いいかい? 人様の首に懸賞金かけといて、その程度を嫌とは言わんよなぁ? まあ良くなくても時間は貰うし、答えなくても
そんな彼等に、改めて黄金の剣を携え歩み寄るのは、無貌虹目の電脳の怪人。
今しがた黒狼を討った銀の槍、その製作者が迫ることに白衣ガスマスクの集団は慄き、喘ぐように足掻くように問う。
『オマエは一体、何者だ……!?』
問いに、無貌の顔が笑う。勝気を超えて不気味に笑う。
そうして彼は、電脳の世界で高らかに。
「よくぞ尋ねてくれた、では――誰だ何だと訊かれたら、答えてやるから音に聞け!オレはカギヤ。正義のハッカーチーム〈
勝利の名乗りが意味することは、即ち。
〈
ロキが常識を逸脱した天才なら……カギヤもまた、不可能を可能にする規格外の天才なのであるということで――。
ユーザー名[
〈Hack&Luck〉を立ち上げたリーダーにして自称『正義のハッカー』。
とある特殊な環境で生まれ育った彼の母語――生まれて初めて習得した言語は祖国の言語ではなく、パソコンに命令する為のプログラミング言語であった。言わばプログラミング言語ネイティブとでも言うべき彼は、幼少期から育てたハッキングへの深い造詣と天才的なプログラミング技術によって、どんな不可能に思えるハッキングも可能にする電子戦の申し子。
有名人を目指すその努力も虚しく一般への知名度は低いが、彼と対峙したことがある
即ち、『
天才ハッカー/天災クラッカー、