ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075- 作:龍川芥/タツガワアクタ
――やはり、我々の罪は赦された。
言葉にせずとも、きっとメンバー全員がそう感じていた事だろう。
有能なメンバーと潤沢な資金を失った
細々と続けていた研究に革新的な進歩を齎す鍵を示してくれた
技術提供を条件に、タイミング良く
奇跡的に取れたコネを使った、
鍵は示され、それを買う金も阻む邪魔者を排除する道具も手に入れた。まるで神が成功へと導いてくれているような感覚。
やはり、我々は選ばれたのだ。
これからは摘発を恐れ日陰で縮こまりながら研究を続けることもない――我々は『
全てが上手く行っていて。この先も上手く行く条件は揃っていて。
だから我々の罪は、世界の進歩の為の致し方ない犠牲は、全て運命によって赦されているのだと思っていたのに――。
「――オレはカギヤ。正義のハッカーチーム〈
全てを覆すその怪人は、笑いながら我々の前に現れた。
沈黙した
「
黄金の剣の形をした
『く、来るな!』
それは、ただの悪足搔きであった。
開いたウィンドウから飛び出して来たのは、新たな
「? なんだこいつら――」
すわ増援か、とカギヤが咄嗟に剣を薙いで……勝利の名を与えられた必殺の剣、どんな凶悪な
――手応えがない。動きも止まらない。
「あれ、ツールが効かねえ……うおお!?」
迫るガスマスクたち、何故かカギヤの
青の拳、奔る。
横合いから放たれた神速にして流麗なる拳の連打が、ガスマスクたちの顔面を捉えその
ばさり、長い藍の髪を翻し、カギヤを救ったアバターは、彼の仲間たる最強のゲーマー・Ego。
「大丈夫?」
「お、おう。サンキュー、Ego」
そんな彼等の横で……殴り倒されたアバターたちは、ガシガシと乱暴に四肢を動かし地を叩いていた。否、アレは立ち上がろうとしているのだ……その動きはやはり、意思を介さぬゾンビのようで。
その自我の無い動きを見て、カギヤはその正体に気付く。
「! そうか――こいつら、アバター被った『AI』か!」
『AI』。2075年現在も未だ不完全たる人工知能。
――道を踏み外しはしたものの、元々ただの研究サークルである〈電人研究会〉の面々は、電脳戦による情報の奪い合いの為の
だから、彼等が悪足搔きで繰り出せるのはただひとつ――研究の過程で製作したAIを、自分たちと同じ
『〈
4、5人の〈電人研究会〉は、全員が同じようにAIの操り人形を実体化させ命令を下した。
研究に必要であるため、必然的に彼等の演算領域は普通の
その数……10体以上、20体は居るか。それらが皆、カギヤらに組み付き拘束しようと突進してくる。
「わらわらと……クソ、AI相手とか想定してねえから有効なモードがねえ! ロゼ!」
「はいはい!」
ぐわ、とカギヤの前に赤い壁が出現し、迫るAIたちの
だが、白衣にガスマスクのAIたちは止まらない。その仮想の知能で正面しかない壁を迂回し、よじ登り、諦め悪くカギヤたちに迫り来る。
アリスに掴みかかろうとしたAIを、虚空より現れた茨が鞭のように叩き薙ぐ――が、ロゼの喉から漏れるのは歓喜ではなく、寧ろ真逆の焦りであった。
「けど、私だって『対AI』なんか想定してないわよ!? 今展開してる〈
『
そして『
それは悪足搔きだった……本人たちからすれば、本当にただの足掻きであったのだ。
電脳戦の素人たる〈電人研究会〉の、研究成果を流用しただけの悪足搔き。
それが皮肉にも、電脳戦のスペシャリストたる〈Hack&Luck〉を……ともすれば
降って湧いた好機に、〈電人研究会〉の面々は動きを見せる。
「マズい、『ファストトラベル』! AIはただの時間稼ぎ用の肉盾だ、アイツらワープで逃げるつもりだぞ!」
迫るAIの群れをなんとかいなしながら、カギヤは見た。光に包まれるAIに紛れたアバターの姿――〈CLONE〉のファストトラベル機能でどこかへとワープし、この場から逃走を図ろうとする〈電人研究会〉の姿を。
ファストトラベル機能は実行から発動までタイムラグが
どちらにしろ猶予はない――このままむざむざ逃がすわけにはいかない。
故に。カギヤはこの場で唯一『AIと戦い慣れている者』へ指示を出す。
「――Ego!」
「うん!」
Ego。最強のゲーマー。当然VRMMOなどのPvEゲームも経験のある彼は、この状況で唯一普段と同じ
青、疾風となり駆ける。
AIアバターの群れの間をすり抜け、何体か反応して来た個体は殴り飛ばし。
瞬く間に〈電人研究会〉の下に辿り着いたEgoは、その拳を神速で閃かせる!
1人目、顎。2人目、鳩尾。3人目、眼底。4人目、喉元。5人目、蟀谷。
全員が反応できず拳を――
「悪いけど行かせないよ――うわっ?」
このまま拳を叩き込みファストトラベルをキャンセルし続ける――そう考えていたEgoの腕がぐんと引かれる。それは彼の背後をとっていた〈電人研究会〉の操り人形たるAIアバターだ。
その動きは人間のものとは違い、不気味で無機質で……ゲームの敵AIとは遠く乖離したその動作は、Egoであろうと初見で読み切るのは不可能であった。
そこまでを一瞬で理解し、Egoは腕を掴んだAIアバターの顔面に掴まれた側と反対の腕で打撃をぶち込もうとして……その手も別個体のAIアバターに両手でがしりと掴まれる。
「わ、わっ」
そのまま両足、腰も同様に組み付かれ。
5体のAIアバターに四肢と胴をそれぞれ抑えられたEgoが拘束から脱する術は完全になくなった。
「こ、この
最強のゲーマーといえど、アバターの膂力は他のアバターと一律である。故に5体がかりで拘束されてしまえばどうしようもない。
――Ego、行動不能。
更に〈電人研究会〉は吹き飛んだだけ。彼等はすぐに立ち上がり、再びファストトラベルを試みるだろう。
悪化する状況を覆すため、カギヤはAIアバターを躱しながら電脳の剣を握る。
「しょうがねえ、効率は悪いがオブジェクトをぶつけてデータを壊す!」
剣が斬るのはAIアバターではなく、地面。
剣を伝説の如く床に突き立て、彼は人形たちに組み付かれる前に素早く唱える。
「
剣の色は金から白金へ。
同色の
「〈
彼の一声で世界が揺れる。
否、奔った線に従って地面から切り出された直径1mほどの岩たちが、独りでに浮遊しAIアバターたち目掛けて飛翔する!
それは正しく瓦礫の大砲。ぐしゃ、と激しい衝突を起こし、AIアバターたちが勢いのまま吹き飛び倒れる。
だが……瓦礫の大砲を受けて尚、彼等は不気味に立ち上がる。それぞれガスマスクや白衣の一部、四肢の一歩が破損してポリゴンの欠片が血のように舞っていたが、人間と違い、彼等が怯んだり止まったりする様子は見受けられない。
「ぐぬ、威力が足りねえか……!」
余り望ましくない結果にカギヤは歯噛みする。
オブジェクトの激しい衝突によるデータの破損――アバターもAIも関係なく発生する
故に一般人としてはそれなりの演算領域を持つカギヤであっても、AIたちへ与えられた損傷は微々たるものであった。
対し、人垣の奥で再びアバターがファストトラベル時の光を放つ――このままではAIアバターの肉壁が邪魔で〈電人研究会〉に逃げられてしまう。
Egoを押さえられた今、カギヤに
故に――彼が縋れる可能性は、その初心者だけだった。
「アリス、頼みがある!」
「は、はい!?」
「
『演算領域の共有』――〈電人研究会〉が〈
それを利用して『瓦礫の大砲』の弾数と威力を底上げしようというのがカギヤの魂胆だ。だがロゼは今
故に、今カギヤが頼れるのはアリスだけ。
自分の方に差し出された手を見て、アリスの内で思考が巡る。
――この戦いの最中、ずっと思っていた。
果たして私は、本当に守られるだけでいいだろうか……だって私は何も差し出さないのに、彼等だけがずっと私の為に戦っていて。
無力感があった。
疎外感があった。
だから、もし何も知らない私でも、彼等の役に立てるのなら――。
そしてアリスは……差し出された手を、取った。
「――好きなだけ使ってください。私なんかが力になれるなら!」
「ッ、サンキュー!」
[リンク接続。共有開始][演算領域拡充――]
手を取り合い。剣を地面に突き立て。
カギヤは地面を砲弾と化し、アリスの演算領域ぶん威力・数の増した瓦礫の大砲をAIアバターに向かって放つ――。
[:現在、
「――は?」「へ?」
砲弾と化したのは地面ではなく。放たれたのは瓦礫の大砲ではなかった。
砲弾と化したのは、カギヤらの周囲にあった地面壁面天井のほぼ全て。
放たれたのは、瓦礫どころか隕石とでも言うべき超大粒の破壊の濁流。
――それは正しく、地上に顕現した宇宙規模の流星群そのもので。
「ン、だこりゃあああああああ――!!??」
予想を遥か上に突き抜けた出力に、放ったカギヤ本人さえ悲鳴を上げる。
放たれた流星群の一粒一粒が、AIアバターを複数体纏めて磨り潰す程の
瓦礫の大砲など比べ物にならない大破壊が群れを成し、前方の全てを蹂躙する!
数秒の後。
カギヤの目の間にあったのは、大災害もかくやの光景。
空間は半壊し、眼前には巨岩の山が積み上がっている。AIアバターの悉くはその衝突に押し潰されて消滅し、〈電人研究会〉の面々もファストトラベルの中断どころか動作不全を起こす程の
自分ひとりでは絶対に生み出せない惨状に、さしものカギヤも戦慄する。
「(演算領域4000%
と、そんな彼の意識を思考の中から引き戻すものがあった。
――遠くで響く、音。
壊れた壁の隙間から室内に入り込んで来る耳馴染みのあるそれが、どんどんと近付いてくるのを感じる。
「このサイレンは――」
バッ、とカギヤは倒れた〈電人研究会〉の方を振り向く。そのうちの1人の手元に音声通話アプリがあることを彼は見逃さなかった。
「オマエらまさか通報したのか……!? 追い詰められたら『
文句を言いながらも、彼は聴こえてくるサイレンに背を叩かれたように走り出す。
「(グズグズしてる時間はねえな――)
『ぐ、止め――』
今度こそ、〈電人研究会〉には足掻く力も残っておらず。
最も近くに居た、片脚が破損したガスマスクに白衣のアバターに、カギヤは黄金の剣を突き刺した。
ドスリ、黄金が白衣の体を貫く。
その剣の一撃に痛みはない。威力もない。ただ刺された者は動けなくなり、そして己が持つデータを盗み見される。
展開した複数の立体映像ウィンドウに相手の持つデータを投影、それを高速で流し見しながらカギヤは目当ての情報を探る。
「(AIの研究データ、SNS上のやりとり……とりあえずアリス関連の情報を、できれば『ログアウト
『
だからカギヤは、膨大な個人データの中から必要な情報だけを最高速度で探して……。
「――なんだ、これ」
手が、止まった。
声は震えていた。
カギヤの手を、目を止めさせたのは、〈電人研究会〉の
それは、彼等が
「オマエら……
〈電人研究会〉が半年前辿り着いた、『電人』――完全なる
それこそが実物の人間の意識を
『……そうだ。人の脳を分子レベルでスキャンし、プログラムで脳内物質の動きを再現する。それでも「電人」は完成しなかった……起動しいくつか言葉を交わすことは出来たが、己が現実の人間の
研究課程での脳構造スキャンによる協力者の
それが、〈電人研究会〉が半年前『
ガスマスクで顔の分からないアバターは懺悔のつもりか、それとも命乞いのつもりなのか……独り言のように言葉を続ける。
『コピーした人間の脳とプログラムで再現した脳内物質の動作は、我々の演算領域の殆どを使わなければ維持できなかった。故にバックアップなど取れなかった……それが今でも悔やまれるよ』
「もういいッ、黙れクソ外道共! 『人間』を何だと思ってんだテメエらは! そんなことの為に死ぬ奴のこと、そして生み出される奴のことをほんの少しでも考えてたら、こんな非道はできねえハズだ!!」
カギヤの怒声は、血を吐くようでさえあった。
ひとしきり叫び、少しだけ冷静さを取り戻した彼は……剣を握る手に力を籠める。
「テメエらの罪は許されねえ。法がどうだろうがオレは許さねえ!」
[警告:不正アクセス検知]
剣を突き立てられたアバターから、血の代わりにそんなアナウンスが漏れる。
その声に虫の知らせでも感じたのか、慌ててカギヤの手元の
『これはッ……貴様、我々が長年積み上げた、
「安心しろ、犯罪の証拠になる分だけは残してやるよ」
カギヤは突き刺した
そうして、自称『正義のハッカー』は無慈悲に告げる。
「エラーコード404だ……テメエらの『夢』とやらが叶う未来はもうこの世のどこにも無いぜ、犯罪者」
がちゃり、鍵を回すように、突き刺した黄金の剣を捻り。
それで、白衣にガスマスクのアバターは完全に動けなくなった。
カギヤは倒れた他のメンバーも同じように拘束していく……これで〈電人研究会〉は、自ら呼んだ
最後、白衣ガスマスクの最後の1人に剣を突き刺す……その時、剣を回すまでの僅かな間、そのアバターがうわ言のように何かを呟いているのが聴こえた。
『ああ、折角教えてくれたのに……神の思し召しだと……レパン・ブロンさん――』
「――?」
今彼が呟いたのは人名だろうか。何かアリスと関係はあるのかと、そのアバターの持つデータを剣を通して漁ろうとしたとき。
一層大きくなったサイレンの音が、それに紛れた
「――クソ、これ以上は無理か!」
……カギヤら〈Hack&Luck〉は活動にあたって、一切の許可も後ろ盾も得ていない。
運営に認められた
「(ついキレて思ったより時間喰っちまった、〈電人研究会〉のクソ野郎共め……『フェンリル』の回収もしたかったのに!)」
本当なら〈
「(まあ
「え、は、はい!」
取り急ぎアリスの手を取り、
抜け穴の中を走り出してすぐ
今のうちにできるだけ離れようと4人固まって走りながら、カギヤは考える。
手を引く先の彼女――アリスのことを。
一見して――否、どの角度から見ても可憐な少女だ。
緩くウェーブした美しい金髪。電脳の海を思わせる大きな碧眼に長い睫毛。顔立ちは西洋人形じみて、ロゼとは正反対で険がなくただ可憐である。白磁の肌はくすみひとつない完璧さで、しかし頭頂部を飾る兎の耳にも見えるリボンが、彼女の印象を「美しい」から「可愛らしい」へと寄せていた。
初めて見た
そして、あの異常なほど膨大な演算領域。
『ログアウト封印』の件も、ただ不運な初心者が悪質な事件に巻き込まれただけだと思っていたが――。
「(おまえは一体、何者なんだ――?)」
人形のように美しい少女の顔は、その下に大きな秘密を隠しているようにも見えた。
どかどかと
明らかに異常な出力のハッキングで破壊された形跡のある室内には、計5体のアバターが残されており。
アバターは全員が半年前の摘発から逃れた〈電人研究会〉の
ただし不可解なことに、発見時彼等は全員がハッキングによって行動不能状態に陥っており……彼等の共有研究データは、辛うじて電脳犯罪の証拠となるものを除いて、全てが消去されていたらしい。
〈電人研究会〉は残らず逮捕された。
しかし、
証言によると現場に残されていたハズの