ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075-   作:龍川芥/タツガワアクタ

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⑥ エラーコード404

 ――やはり、我々の罪は赦された。

 言葉にせずとも、きっとメンバー全員がそう感じていた事だろう。

 

 有能なメンバーと潤沢な資金を失った電脳警察(ホワイトハッカー)の摘発から半年。事態は唐突に、堰き止められていたものが決壊するようにあっという間に好転していった。

 細々と続けていた研究に革新的な進歩を齎す鍵を示してくれた()()()との接触。

 技術提供を条件に、タイミング良く電脳犯罪者集団(クラッカー・チーム)から受けられたC(クレジット)の支援。

 奇跡的に取れたコネを使った、電脳警察(ホワイトハッカー)を蹴散らすロキ製の電脳怪獣(モンスター・プログラム)の入手。

 

 鍵は示され、それを買う金も阻む邪魔者を排除する道具も手に入れた。まるで神が成功へと導いてくれているような感覚。

 やはり、我々は選ばれたのだ。

 これからは摘発を恐れ日陰で縮こまりながら研究を続けることもない――我々は『電人(electriandroid)』を製作し世界を革新させた偉人として、歴史に名を刻むのだから。

 

 全てが上手く行っていて。この先も上手く行く条件は揃っていて。

 だから我々の罪は、世界の進歩の為の致し方ない犠牲は、全て運命によって赦されているのだと思っていたのに――。

 

「――オレはカギヤ。正義のハッカーチーム〈Hack&Luck(ハック・アン・ラック)〉リーダー、カギヤだ!!」

 

 全てを覆すその怪人は、笑いながら我々の前に現れた。

 

 

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 電脳座標(C-アドレス)C-343。

 沈黙した電脳怪獣(モンスター・プログラム)B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)の横を通り抜けて、カギヤは初心者にして依頼人・アリスに懸けられた懸賞金を取り下げさせるため――そして彼女が陥っている『ログアウト不可能』を解決する情報を収集するため、電脳兵装(プログラム・ツール)を携えて〈電人研究会〉に迫る。

 

型式変更(モードチェンジ)[対電脳犯(カウンターハック)]――さーて街頭インタビューといきますか。ズバリ、今のお気持ちは?」

 

 黄金の剣の形をした電脳兵装(プログラム・ツール)Ex.CARIBUR-404(エクスカリバー・ロストナンバー)〉でアバターを斬り付け、そのアバターが持っている情報を奪い取ろうとした所で――白衣にガスマスクといった出で立ちの〈電人研究会〉、その1人が手元のウィンドウを荒っぽく操作した。

 

『く、来るな!』

 

 それは、ただの悪足搔きであった。

 開いたウィンドウから飛び出して来たのは、新たな電脳怪獣(モンスター・プログラム)などではなく……アバター。ガスマスクに白衣といった出で立ちの彼等は、仮想の世界にて実体化するやいなや――ぐるん、と不気味な動作でカギヤを視認し、空の両手を突き出して襲い掛かって来る。

 

「? なんだこいつら――」

 

 すわ増援か、とカギヤが咄嗟に剣を薙いで……勝利の名を与えられた必殺の剣、どんな凶悪な電脳犯罪者(クラッカー)もたちどころに斬り伏せて来た電脳兵装(プログラム・ツール)の刃が迫るアバターたちの胴を左から右へ通り抜け。

 ――手応えがない。動きも止まらない。

 

「あれ、ツールが効かねえ……うおお!?」

 

 迫るガスマスクたち、何故かカギヤの電脳兵装(プログラム・ツール)が命中しても効果がない彼等は、ツールも何も持っていない徒手のままスプラッタ映画のゾンビのように集団でカギヤに組み付いて来て――。

 青の拳、奔る。

 横合いから放たれた神速にして流麗なる拳の連打が、ガスマスクたちの顔面を捉えその(アバター)を残らず吹き飛ばす。

 ばさり、長い藍の髪を翻し、カギヤを救ったアバターは、彼の仲間たる最強のゲーマー・Ego。

 

「大丈夫?」

「お、おう。サンキュー、Ego」

 

 そんな彼等の横で……殴り倒されたアバターたちは、ガシガシと乱暴に四肢を動かし地を叩いていた。否、アレは立ち上がろうとしているのだ……その動きはやはり、意思を介さぬゾンビのようで。

 その自我の無い動きを見て、カギヤはその正体に気付く。

 

「! そうか――こいつら、アバター被った『AI』か!」

 

 『AI』。2075年現在も未だ不完全たる人工知能。

 ――道を踏み外しはしたものの、元々ただの研究サークルである〈電人研究会〉の面々は、電脳戦による情報の奪い合いの為の電脳兵装(プログラム・ツール)など持ち合わせていない。唯一頼りにしていたロキ作の戦闘用プログラム〈B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)〉は、既にカギヤ等によって沈黙していて、内部のウイルスのせいで再起動すら出来ない状況にある。

 だから、彼等が悪足搔きで繰り出せるのはただひとつ――研究の過程で製作したAIを、自分たちと同じ外装(アバター)に入れただけの操り人形たち。その名を。

 

『〈電人/試作型(electriandroid-type:0)〉……奴等を足止めしろ!』

 

 4、5人の〈電人研究会〉は、全員が同じようにAIの操り人形を実体化させ命令を下した。

 研究に必要であるため、必然的に彼等の演算領域は普通の電脳犯罪者(クラッカー)と比べると多い。そんな演算領域をフルに使い生み出されたAIの群れは、皆一様に非人間的な不気味な動きでカギヤたちに迫った。

 その数……10体以上、20体は居るか。それらが皆、カギヤらに組み付き拘束しようと突進してくる。

 

「わらわらと……クソ、AI相手とか想定してねえから有効なモードがねえ! ロゼ!」

「はいはい!」

 

 ぐわ、とカギヤの前に赤い壁が出現し、迫るAIたちの(アバター)が壁に激突して不気味に蠢く。〈Hack&Luck〉電脳防壁技師(プログラマー)・ロゼの電脳防壁(ファイアウォール)だ。

 だが、白衣にガスマスクのAIたちは止まらない。その仮想の知能で正面しかない壁を迂回し、よじ登り、諦め悪くカギヤたちに迫り来る。

 アリスに掴みかかろうとしたAIを、虚空より現れた茨が鞭のように叩き薙ぐ――が、ロゼの喉から漏れるのは歓喜ではなく、寧ろ真逆の焦りであった。

 

「けど、私だって『対AI』なんか想定してないわよ!? 今展開してる〈薔薇庭園(ROSE GARDEN)〉シリーズの中で、対称の攻撃性関係なしに物理演算に直接干渉できるのは『荊』と『生垣』だけ……座標指定もそう遠くには出来ないし、この量相手じゃ……!」

 

 『電脳兵装(プログラム・ツール)』は基本的に、必要な機能のみで構築される。複数の機能をひとつの兵装(ツール)に入れると運用効率が悪くなるし、防壁にも弾かれやすくなる為だ。故にカギヤは都度必要な型式(モード)を切り替えながら戦うのだが……流石の彼も『対AI専用』の型式(モード)など製作していない。今まで自立操作型の電脳怪獣(モンスター・プログラム)と戦ったことはあっても、何のデータ干渉力もない外装(アバター)に入れられたAIと戦ったことなど無かったからだ。

 そして『電脳防壁(ファイアウォール)』もまた、基本的には電脳兵装(プログラム・ツール)のみを防ぐように設計されている。その方が運用効率が良いし、データに不正に干渉されるのを防ぐのが電脳防壁(ファイアウォール)の役割だからだ。故に、ロゼもまたこんな形でのAIとの電脳戦など想定したことすらなく、備えが不十分なのは必然であった。

 

 それは悪足搔きだった……本人たちからすれば、本当にただの足掻きであったのだ。

 電脳戦の素人たる〈電人研究会〉の、研究成果を流用しただけの悪足搔き。

 それが皮肉にも、電脳戦のスペシャリストたる〈Hack&Luck〉を……ともすれば電脳怪獣(モンスター・プログラム)以上に苦しめていた。

 

 降って湧いた好機に、〈電人研究会〉の面々は動きを見せる。

 

「マズい、『ファストトラベル』! AIはただの時間稼ぎ用の肉盾だ、アイツらワープで逃げるつもりだぞ!」

 

 迫るAIの群れをなんとかいなしながら、カギヤは見た。光に包まれるAIに紛れたアバターの姿――〈CLONE〉のファストトラベル機能でどこかへとワープし、この場から逃走を図ろうとする〈電人研究会〉の姿を。

 ファストトラベル機能は実行から発動までタイムラグが()()10秒。発動までの間に流れる企業広告が長ければそれに合わせてより時間がかかるが、有料のサブスクに加入していた場合10秒でのワープが約束される。

 どちらにしろ猶予はない――このままむざむざ逃がすわけにはいかない。

 故に。カギヤはこの場で唯一『AIと戦い慣れている者』へ指示を出す。

 

「――Ego!」

「うん!」

 

 Ego。最強のゲーマー。当然VRMMOなどのPvEゲームも経験のある彼は、この状況で唯一普段と同じ実力(パフォーマンス)を発揮できる。

 青、疾風となり駆ける。

 AIアバターの群れの間をすり抜け、何体か反応して来た個体は殴り飛ばし。

 瞬く間に〈電人研究会〉の下に辿り着いたEgoは、その拳を神速で閃かせる!

 

 1人目、顎。2人目、鳩尾。3人目、眼底。4人目、喉元。5人目、蟀谷。

 全員が反応できず拳を――電脳兵装(プログラム・ツール)Ego.Fist(エゴ・フィスト)による打撃を受ける。当然急所判定など非ゲーム時の〈CLONE(せかい)〉には容易されていないが、それでも(アバター)が吹き飛びファストトラベルの待機状態が解除される。

 

「悪いけど行かせないよ――うわっ?」

 

 このまま拳を叩き込みファストトラベルをキャンセルし続ける――そう考えていたEgoの腕がぐんと引かれる。それは彼の背後をとっていた〈電人研究会〉の操り人形たるAIアバターだ。

 その動きは人間のものとは違い、不気味で無機質で……ゲームの敵AIとは遠く乖離したその動作は、Egoであろうと初見で読み切るのは不可能であった。

 そこまでを一瞬で理解し、Egoは腕を掴んだAIアバターの顔面に掴まれた側と反対の腕で打撃をぶち込もうとして……その手も別個体のAIアバターに両手でがしりと掴まれる。

 

「わ、わっ」

 

 そのまま両足、腰も同様に組み付かれ。

 5体のAIアバターに四肢と胴をそれぞれ抑えられたEgoが拘束から脱する術は完全になくなった。

 

「こ、このAI(ひと)たち意外と力が強い……ごめん、僕今動けないかも……!」

 

 最強のゲーマーといえど、アバターの膂力は他のアバターと一律である。故に5体がかりで拘束されてしまえばどうしようもない。

 ――Ego、行動不能。

 更に〈電人研究会〉は吹き飛んだだけ。彼等はすぐに立ち上がり、再びファストトラベルを試みるだろう。

 悪化する状況を覆すため、カギヤはAIアバターを躱しながら電脳の剣を握る。

 

「しょうがねえ、効率は悪いがオブジェクトをぶつけてデータを壊す!」

 

 剣が斬るのはAIアバターではなく、地面。

 剣を伝説の如く床に突き立て、彼は人形たちに組み付かれる前に素早く唱える。

 

電脳兵装(プログラム)/出力(ロード)型式変更(モードチェンジ)[対仮想物質(オブジェクトハック)]――」

 

 剣の色は金から白金へ。

 同色の(ライン)が突き立った剣から地面へと奔り。世界に侵食したプログラムが、その法則すらを書き換える!

 

Ex.CARIBUR-404(エクスカリバー・ロストナンバー)――飛べ、瓦礫!!」

 

 彼の一声で世界が揺れる。

 否、奔った線に従って地面から切り出された直径1mほどの岩たちが、独りでに浮遊しAIアバターたち目掛けて飛翔する!

 それは正しく瓦礫の大砲。ぐしゃ、と激しい衝突を起こし、AIアバターたちが勢いのまま吹き飛び倒れる。

 だが……瓦礫の大砲を受けて尚、彼等は不気味に立ち上がる。それぞれガスマスクや白衣の一部、四肢の一歩が破損してポリゴンの欠片が血のように舞っていたが、人間と違い、彼等が怯んだり止まったりする様子は見受けられない。

 

「ぐぬ、威力が足りねえか……!」

 

 余り望ましくない結果にカギヤは歯噛みする。

 

 オブジェクトの激しい衝突によるデータの破損――アバターもAIも関係なく発生する現象(それ)を狙った攻撃は、専用のプログラムによるデータ破壊と比べると圧倒的に演算領域の運用効率が悪い。例えるなら大剣で無理矢理食材を切るようなものだ……専用の包丁(どうぐ)に比べると必要な力もかかる時間もどうしても多くなる。

 故に一般人としてはそれなりの演算領域を持つカギヤであっても、AIたちへ与えられた損傷は微々たるものであった。

 対し、人垣の奥で再びアバターがファストトラベル時の光を放つ――このままではAIアバターの肉壁が邪魔で〈電人研究会〉に逃げられてしまう。

 

 Egoを押さえられた今、カギヤに瓦礫弾(これ)以上の手札は無い。ロゼも自分とアリスを護るので精一杯だ。新たなプログラムなど、腰も落ち着けれず時間もないこの状況では流石に組めない。

 故に――彼が縋れる可能性は、その初心者だけだった。

 

「アリス、頼みがある!」

「は、はい!?」

()()()()()()()()()()()()()()! 今はちょっとでも火力が欲しい!」

 

 『演算領域の共有』――〈電人研究会〉が〈B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)〉を十全に扱うために利用していた〈CLONE〉の標準システム。アバター同士で手を繋いだ相手と演算領域を共有し、電脳兵装(プログラム・ツール)などの運用能力を上昇させる――ようはパソコンの処理能力を合算する技。

 それを利用して『瓦礫の大砲』の弾数と威力を底上げしようというのがカギヤの魂胆だ。だがロゼは今電脳防壁(ファイアウォール)の運用で手一杯でそれどころではない。

 故に、今カギヤが頼れるのはアリスだけ。

 

 自分の方に差し出された手を見て、アリスの内で思考が巡る。

 

 ――この戦いの最中、ずっと思っていた。

 果たして私は、本当に守られるだけでいいだろうか……だって私は何も差し出さないのに、彼等だけがずっと私の為に戦っていて。

 無力感があった。

 疎外感があった。

 だから、もし何も知らない私でも、彼等の役に立てるのなら――。

 

 そしてアリスは……差し出された手を、取った。

 

「――好きなだけ使ってください。私なんかが力になれるなら!」

「ッ、サンキュー!」

[リンク接続。共有開始][演算領域拡充――]

 

 手を取り合い。剣を地面に突き立て。

 カギヤは地面を砲弾と化し、アリスの演算領域ぶん威力・数の増した瓦礫の大砲をAIアバターに向かって放つ――。

 

[:現在、4()5()8()9()%()

「――は?」「へ?」

 

 砲弾と化したのは地面ではなく。放たれたのは瓦礫の大砲ではなかった。

 砲弾と化したのは、カギヤらの周囲にあった地面壁面天井のほぼ全て。

 放たれたのは、瓦礫どころか隕石とでも言うべき超大粒の破壊の濁流。

 

 ――それは正しく、地上に顕現した宇宙規模の流星群そのもので。

 

「ン、だこりゃあああああああ――!!??」

 

 予想を遥か上に突き抜けた出力に、放ったカギヤ本人さえ悲鳴を上げる。

 放たれた流星群の一粒一粒が、AIアバターを複数体纏めて磨り潰す程の質量(データサイズ)と威力を持つ。

 瓦礫の大砲など比べ物にならない大破壊が群れを成し、前方の全てを蹂躙する!

 

 数秒の後。

 カギヤの目の間にあったのは、大災害もかくやの光景。

 空間は半壊し、眼前には巨岩の山が積み上がっている。AIアバターの悉くはその衝突に押し潰されて消滅し、〈電人研究会〉の面々もファストトラベルの中断どころか動作不全を起こす程の損傷(ダメージ)を負っていた。

 自分ひとりでは絶対に生み出せない惨状に、さしものカギヤも戦慄する。

 

「(演算領域4000%(オーバー)って……オレの40倍以上の演算領域!? どんなパソコンだよそりゃあ!?) 」

 

 と、そんな彼の意識を思考の中から引き戻すものがあった。

 ――遠くで響く、音。

 壊れた壁の隙間から室内に入り込んで来る耳馴染みのあるそれが、どんどんと近付いてくるのを感じる。

 

「このサイレンは――」

 

 バッ、とカギヤは倒れた〈電人研究会〉の方を振り向く。そのうちの1人の手元に音声通話アプリがあることを彼は見逃さなかった。

 

「オマエらまさか通報したのか……!? 追い詰められたら『電脳警察(ホワイトハッカー)』に頼るって……それでも悪人かよ!? プライドはないのかプライドは!」

 

 文句を言いながらも、彼は聴こえてくるサイレンに背を叩かれたように走り出す。

 

「(グズグズしてる時間はねえな――) 型式(モード)[対電脳犯(カウンターハック)]、とりあえず貰うぞ、情報!」

『ぐ、止め――』 

 

 今度こそ、〈電人研究会〉には足掻く力も残っておらず。

 最も近くに居た、片脚が破損したガスマスクに白衣のアバターに、カギヤは黄金の剣を突き刺した。

 ドスリ、黄金が白衣の体を貫く。

 その剣の一撃に痛みはない。威力もない。ただ刺された者は動けなくなり、そして己が持つデータを盗み見される。

 展開した複数の立体映像ウィンドウに相手の持つデータを投影、それを高速で流し見しながらカギヤは目当ての情報を探る。

 

「(AIの研究データ、SNS上のやりとり……とりあえずアリス関連の情報を、できれば『ログアウト封印(ロック)』とこいつらの関係を――)」

 

 『電脳警察(ホワイトハッカー)』が踏み込んで来るまでそう時間はない。

 だからカギヤは、膨大な個人データの中から必要な情報だけを最高速度で探して……。

 

「――なんだ、これ」

 

 手が、止まった。

 声は震えていた。

 カギヤの手を、目を止めさせたのは、〈電人研究会〉の共有(クラウド)ストレージにあった研究内容の一端。

 それは、彼等が電脳警察(ホワイトハッカー)の摘発を受ける原因となった、世にも悍ましい実験の情報。

 

「オマエら……()()()()()()()()()()()()!!」

 

 〈電人研究会〉が半年前辿り着いた、『電人』――完全なる人工知能(AI)を最も簡単に作り出す方法(アプローチ)

 それこそが実物の人間の意識を複製(コピー)すること……危険域の高出力電磁波を用いた()()()()の立体スキャンだった。

 

『……そうだ。人の脳を分子レベルでスキャンし、プログラムで脳内物質の動きを再現する。それでも「電人」は完成しなかった……起動しいくつか言葉を交わすことは出来たが、己が現実の人間の複製品(コピー)であると気付いた瞬間、自己崩壊を起こし自我を失った』

 

 研究課程での脳構造スキャンによる協力者の()()

 それが、〈電人研究会〉が半年前『電脳警察(ホワイトハッカー)』に摘発された理由であった。

 

 ガスマスクで顔の分からないアバターは懺悔のつもりか、それとも命乞いのつもりなのか……独り言のように言葉を続ける。

 

『コピーした人間の脳とプログラムで再現した脳内物質の動作は、我々の演算領域の殆どを使わなければ維持できなかった。故にバックアップなど取れなかった……それが今でも悔やまれるよ』

「もういいッ、黙れクソ外道共! 『人間』を何だと思ってんだテメエらは! そんなことの為に死ぬ奴のこと、そして生み出される奴のことをほんの少しでも考えてたら、こんな非道はできねえハズだ!!」

 

 カギヤの怒声は、血を吐くようでさえあった。

 ひとしきり叫び、少しだけ冷静さを取り戻した彼は……剣を握る手に力を籠める。

 

「テメエらの罪は許されねえ。法がどうだろうがオレは許さねえ!」

[警告:不正アクセス検知]

 

 剣を突き立てられたアバターから、血の代わりにそんなアナウンスが漏れる。

 その声に虫の知らせでも感じたのか、慌ててカギヤの手元の立体映像(ホログラム)ウィンドウを裏から見たガスマスクは……その内容を見て絶望する。

 

『これはッ……貴様、我々が長年積み上げた、共有(クラウド)ストレージの研究データを……!?』

「安心しろ、犯罪の証拠になる分だけは残してやるよ」

 

 カギヤは突き刺した電脳兵装(プログラム・ツール)を介した違法操作(ハッキング)により彼等の積み上げたものを破壊し。

 そうして、自称『正義のハッカー』は無慈悲に告げる。

 

「エラーコード404だ……テメエらの『夢』とやらが叶う未来はもうこの世のどこにも無いぜ、犯罪者」

 

 がちゃり、鍵を回すように、突き刺した黄金の剣を捻り。

 それで、白衣にガスマスクのアバターは完全に動けなくなった。

 カギヤは倒れた他のメンバーも同じように拘束していく……これで〈電人研究会〉は、自ら呼んだ電脳警察(ホワイトハッカー)に確保され、しかるべき罰を受けるだろう。

 最後、白衣ガスマスクの最後の1人に剣を突き刺す……その時、剣を回すまでの僅かな間、そのアバターがうわ言のように何かを呟いているのが聴こえた。

 

『ああ、折角教えてくれたのに……神の思し召しだと……レパン・ブロンさん――』

「――?」

 

 今彼が呟いたのは人名だろうか。何かアリスと関係はあるのかと、そのアバターの持つデータを剣を通して漁ろうとしたとき。

 一層大きくなったサイレンの音が、それに紛れた電脳警察(ホワイトハッカー)の声がカギヤの耳に届いた。

 

「――クソ、これ以上は無理か!」

 

 ……カギヤら〈Hack&Luck〉は活動にあたって、一切の許可も後ろ盾も得ていない。

 運営に認められた電脳警察(ホワイトハッカー)が公然の正義のハッカーだとしたら、カギヤはただの()()『正義のハッカー』であり……要するに彼はお尋ね者なのである。

 

「(ついキレて思ったより時間喰っちまった、〈電人研究会〉のクソ野郎共め……『フェンリル』の回収もしたかったのに!)」

 

 本当なら〈B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)〉も――未だサッカーボール大のまま沈黙を保っている黒狼の慣れの果て――も回収して詳しく解析したかったが……今は一刻を争う状況だ、そんなことをしている時間はない。

 

「(まあ電脳怪獣(モンスター・プログラム)電脳警察(ホワイトハッカー)が回収して対策するだろ、寧ろ既に対抗策を編み出したオレらが回収するよりそっちのが良いかもな――) よし、逃げるぞアリス!」

「え、は、はい!」

 

 取り急ぎアリスの手を取り、物質操作(オブジェクトハック)で抜け穴を作り、そこから〈Hack&Luck〉の面々とアリスは脱出を図る。

 抜け穴の中を走り出してすぐ電脳警察(ホワイトハッカー)が突入して来た音が後ろから聴こえるが、まだ見つかってはいなさそうだ。

 今のうちにできるだけ離れようと4人固まって走りながら、カギヤは考える。

 手を引く先の彼女――アリスのことを。

 

 一見して――否、どの角度から見ても可憐な少女だ。

 緩くウェーブした美しい金髪。電脳の海を思わせる大きな碧眼に長い睫毛。顔立ちは西洋人形じみて、ロゼとは正反対で険がなくただ可憐である。白磁の肌はくすみひとつない完璧さで、しかし頭頂部を飾る兎の耳にも見えるリボンが、彼女の印象を「美しい」から「可愛らしい」へと寄せていた。

 初めて見た姿形(アバター)だが、明らかにプロが作ったクオリティだ――あるいはデフォルトの()()なのか。どちらにせよ普通の初心者ではない。

 そして、あの異常なほど膨大な演算領域。

 『ログアウト封印』の件も、ただ不運な初心者が悪質な事件に巻き込まれただけだと思っていたが――。

 

「(おまえは一体、何者なんだ――?)」

 

 人形のように美しい少女の顔は、その下に大きな秘密を隠しているようにも見えた。

 

 

◎Now Loading..._

 

 

 電脳座標(C-アドレス)C-343にて。

 どかどかと電脳警察(ホワイトハッカー)たちが突入した時には、既に事態は収まっていた。

 明らかに異常な出力のハッキングで破壊された形跡のある室内には、計5体のアバターが残されており。

 アバターは全員が半年前の摘発から逃れた〈電人研究会〉の残党(メンバー)だと判明……確保・身元特定からの現実世界でも逮捕勾留と相成った。

 ただし不可解なことに、発見時彼等は全員がハッキングによって行動不能状態に陥っており……彼等の共有研究データは、辛うじて電脳犯罪の証拠となるものを除いて、全てが消去されていたらしい。

 

 〈電人研究会〉は残らず逮捕された。

 しかし、電脳警察(ホワイトハッカー)が発見したのは彼等本体だけで。

 証言によると現場に残されていたハズの電脳怪獣(モンスター・プログラム)の慣れの果て――〈B-I:Fenrir(ビーストワン:フェンリル)〉は、何者かに持ち去られたのか現場のどこにも見当たらなかった。

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