ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075-   作:龍川芥/タツガワアクタ

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⑧ 天才ハッカー、あるいは

 ――この50年で世界は大きく様変わりした。

 

 最初に第一次兵器革命が起こった。これにより兵士は無人機械に置き換わり、戦争は命の奪い合いから技術のぶつけ合いが主になっていった。

 

 そして東アジアで発生した長い紛争の果てに、第二次兵器革命が起こった。このとき東側勢力の手で開発されたのは、敵無人機を効率よく破壊する為の気体状の化学兵器である。散布された化学兵器の効果は絶大であり、当然西側勢力も逆転を賭けて化学兵器を開発しばら撒いた。

 その時発生したのは、誰にも読めない偶然であった。東と西、本来敵の無人戦闘機のみを無力化する為の、人体に害が少なく残留しない化学物質たちは……合わさることで爆発的な化学反応を起こし、人体に極めて有害で半永久的に残留する新たな兵器となったのだ。

 結果、化学兵器どうしの大規模な化学反応によってアジア圏全域に広大な大気汚染が発生した。その時偶然から発見された新たなる化学兵器はテロリストや宗教団体の手で世界中にばら撒かれ、結果的に地球全土の大気が汚染された。

 これを一般に『世界公害』と呼ぶ。

 

 『世界公害』自体はアルテンミスク世界協定で収束の兆しを見せたものの、当然それで全てが無かったことになり丸く収まる訳ではない。

 当然、極東の島国・日本も大気汚染への対応を迫られた。

 首都の遷都、正常な空気を保つ巨大ドームを用いた『政府指定特別清浄空気保全保護区』の制定とその内部への都市の建設。

 少子化と公害二世問題対策として打ち出された『国の子供』計画。

 そうやって日本は――否、世界のあらゆる国は、だんだんと窮屈さを増していった。

 

 それ故に……人々が仮想の世界に第二の居場所を求めるのも当然の帰結だったのかもしれない。

 

 

 現代、日本首都某所。

 今時珍しい対面型の高校の教室で歴史の授業を受けながら、オレはふとそんなことを思った。

 

「(かくいうオレも、早く電脳世界(あっち)に帰りたいしな……)」

 

 窓際の席、窓の外に見える青空は巨大ドームに映し出された作り物で、本物の青空なんか産まれてこのかた見たことがない。それは今教壇の前に立ってるうちの担任も同じだろう。

 生温い空気、埃の匂い、椅子のガタつく音や人の息遣いの音。現実らしい情報量(リアリティ)は、しかし()()()に慣れてしまうと意識をささくれさせる雑音でしかない。

 

 ……ここはオレの居場所じゃない。

 何となく、そう思ってしまう。それを裏付けるように、20人ほどが詰め込まれた昔ながらの教室の中、オレに向けられる視線には好意的なものが無い。

 

 オレ自身、00年代前後のゲームや漫画(コミック)にハマっていた経験からだろうか……オレは対面の学校というのにある種の幻想を抱いて、オンライン全盛のこの時代にわざわざ対面型の高校を選んだ。

 その結果がこれだ。遅刻不登校常連の不良学生と、そんなバカを腫れ物を扱うように遠巻きに眺めるだけのクラスメイト。それで余計に登校しにくくなり、の悪循環である。所詮幻想は幻想で、現実とは違うのだと、オレは入学して始めて気付いた。

 あるいは……この教室にはEgoもロゼも居ないから、こんなにも息苦しいのだろうか。

 

 てかあいつら、まだ〈CLONE〉にインしてるんだろうな。ロゼの奴は既に大学レベルの教育を終わらせてるとか言ってたかな……Egoはそんなの無くても最強プロになっちゃった奴だし。アリスはどうなんだろうか、ログアウトできないせいで出席逃したりしてるんだろうか――。

 

「(そうだよ、そもそも今はこんなことしてる場合じゃないだろ。アリスの『ログアウト不可』を早く解決しないと……まだ懸賞金の方を解決しただけなのに)」

 

 体と違いオレの意識はログアウトし損ねたみたいで、〈CLONE〉の事を考えるばかりで授業なんてまるで頭に入ってこない。これなら来ない方がマシだったのではなかろうか、なんて思っても、授業から抜け出す度胸を出せないオレが居るのもまた確かで。

 

「(どうしてこうなったんだっけ……?)」

 

 オレは授業を頭に入れるのを諦めて、こうなった経緯を少し思い返すことにした。

 

 

◎Now Loading..._

 

 

 〈Hack&Luck(ハック・アン・ラック)〉アジトにて。

 無事電脳警察(ホワイトハッカー)を撒き安全地帯に再びの帰還を果たしたオレたちは、一旦腰を落ち着けて話をしていた。

 

「裏サイトでアリスに懸けられてた懸賞金は解除された。金を懸けた奴ら――〈電人研究会〉を潰したからな。ホラ、この通り」

 

 机の上の立体映像(ホログラム)モニターに投影した裏サイトからは、アリスの名前と写真(スクショ)が消えていた。〈電人研究会〉のBANを受けて、裏サイトの運営者が取り下げたのだろう。

 

「これで問題は『ログアウト不可』問題だけになったワケだが……」

 

 依頼人・アリスの身に降りかかった『ログアウトできない』問題と『懸賞金』問題。後者は無事解決し、前者も〈電人研究会〉が持っていた情報(データ)から解決の糸口が見つかるだろう、と思っていたのだが……。

 

「〈電人研究会〉の奴等からは、『ログアウト封印(ロック)』に関係する情報は手に入らなかったんだよな」

「え……じゃあなんであの人たちは私の身柄に懸賞金を……?」

 

 アリスが訝し気に声を上げる。

 まあ当然の疑問だ。わざわざ裏サイトなんかで3000万C(クレジット)もの懸賞金を懸けたのだ……明確な目的が無ければそんなことはしないだろう。

 

「それなんだが……アイツらが懸賞金サイトを利用したのは今回が初めてだった。それまでチマチマ隠れて研究してたくせに、急に方針を変えたわけだ。なのにSNS上でのやりとりにそれらしいが見当たらないことから見るに……アイツら、()()『誰か』に唆されたんじゃねーかな」

「直接?」

「アバター同士で直接会って、ってことさ。それなら録音されてない限り履歴は残らない。懸賞金が懸けられる数時間前にメンバー全員集合の連絡が出ててな……そこで誰かに会ったか、あるいは貰った情報について話し合ったって考えるとしっくりくる。それに」

 

 それに、オレは聞いていた。

 あの時、電脳警察(ホワイトハッカー)から逃げる直前――。

 

「アイツらのうちの1人が、誰かの名前っぽいのを呼んでたんだ。ソイツが黒幕か、少なくとも黒幕の仲間と見て間違いないと思う」

 

 そう、確かにオレは聴いた。人の名前らしきその声を。

 そう伝えれば、当時オレの近くに居なかったアリスが、いやロゼやEgoまでもが途端に色めき立つ。

 

「そんなことが……そ、それで、どんな名前だったんですか?」

「そうね。名前さえ分かれば検索で絞り込めるし、偽名だとしても有力な情報源になりうることもある。そんな情報があったのならもっと早く言いなさいよ」

「これでその人に会いに行って、話し合うかハッキングしたら多分事件解決だよね。早く行こう、僕も頑張るよ。それでカギヤ、その名前って?」

「……」

「カギヤさん?」「バカギヤ?」「カギヤ、どうしたの?」

 

 この流れで非常に言いにくいのだが……まあ言わないワケにもいかない為正直に白状するとですね……。

 

「……忘れた」

「へ?」「は?」「え?」

「忘れたんだよドチクショウ! なんかカタカナっぽい名前だった気がするけど……パイン? プリン? みたいな感じだったのは覚えてる!」

「え、ええ……」「ウソでしょ、有り得ない……」「プリン……?」

「しょうがねーじゃん、電脳警察(ホワイトハッカー)が迫りくるドタバタの中で小声の呟きを一回だけだぜ!? 誰もがおまえみたいに頭良いワケじゃねーんだよロゼ!」

「ちょっと、なんで私にだけ突っかかってくるのよ()()ギヤ」

「おまえだけガチで蔑んだ目してるからだよ!」

 

 ああもう、オレはサラっと流すつもりだったのに……ロゼはともかくEgoまで乗って来たせいで大事みたいになっちまったじゃねえかまったく。オレがリーダーなんだからさ、もうちょいこう、カッコつけさせてくれてもよくないか?

 まあそんなことを喚いてしまえば、今度こそロゼの情け容赦ない()()が襲って来るのは目に見えていたので、頑張って泣き言を我慢していた時……ピロン、と。

 そこで追い打ちのようにその通知が届いたのだった。

 思わず横目で確認すれば、それは珍しく電脳世界の外からのもので――。

 

「――げ、担任だ」

「タンニン?」

「あ」

 

 部外者(アリス)が居るのに現実(リアル)のこと言っちまった……と後悔してももう遅い。

 まあアリスは悪い奴じゃないだろうし――多分――別に隠さなくてもいいか。

 

「まあ、高校(ガッコウ)のな。そろそろ単位がヤバいぞ、昼登校(いまから)でもいいから来いってさ」

「え」

「まあ行かねえけど」

「い、行かないんですか!?」

 

 アリスが素っ頓狂な声を出す……が、オレからすると当たり前である。

 

「お、おう。だってあんたの『ログアウト不可』をできるだけ早く直す方が大事だろ。単位と命じゃ釣り合いとれてねーよ。それに、行ったってどうせ楽しくねえし――」

「行ってください! 今すぐ!」

「へ?」

 

 初めて聞くアリスの強い口調に、オレは思わず呆けてしまう。

 呆気にとられ固まるオレに、彼女は俯き、人形のように端正な顔を苦しそうに歪めながら言う。

 

「……そこまで迷惑、かけれないです」

「お、おう……」

 

 今にも泣きそうな顔でそう言われては、流石にオレも従わざるを得ないのであった。

 

「わ、分かったよ行くよ……まあ午後の2時間だけだし、すぐ帰ってくる。その間に諸々頼んだぞ、ロゼ、Ego!」

 

 まあ、そんなこんなで。

 オレは電脳世界〈CLONE〉からログアウトし、午後登校を行うことになったのであった。

 

 

◎Now Loading..._

 

 

 長い長い授業が終わり、オレは担任に捕まる前に教室を逃げ出した。

 ウチの担任は今時絶滅危惧種と言える熱血教師で、オレのような全然絶滅の気配がない素行不良児の世話を焼くことが生きがいみたいな人種だ。あるいは絶滅危惧種だからこそ、同じく廃れて久しい対面型の学校に勤務しているのかもしれない。その燃えるような正義感は大変結構だしオレ自身ちょっと好き寄りだが、生憎今日は捕まってやれる余裕がない。

 

「(依頼人(アリス)本人に言われたとはいえ、無駄な時間をくったぜ……早く戻って事件を解決しねえと)」

 

 そんなこんなで急ぎ足で学校から出て、敷地沿いに回って居た時のこと。

 

「――……!」「――!」

「……――……!」

 

 声が聴こえた気がして振り向き、柵越しにオレはそれを見た。

 校舎の裏で、1年生らしき男子が複数人の先輩らしき男たちに絡まれている。

 声こそ聴こえる距離ではないが、絡んでいる側は明らかに高圧的で、体格も絡まれている側より随分良くて、髪まで掴んだりしちまってて。

 50年で世界は様変わりしたっていうのに、人間のこういう所は00年代フィクションの世界からずっと変わっていないらしい。

 ――ザ、と。そんな彼等の前に現れる人影を幻視する。

 

『今北産業、俺様水産――おっとコイツは分かり易い、前言撤回説明不要!! もう安心しな1年坊、主役が遅れてやって来たぜ!』

 

 『カギヤ』ならそう言って顔を突っ込みに行くと確信しながら……オレは恐喝現場に背を向けて、そのまま見て見ぬふりをして帰路についた。

 ……現実はクソだ。〈CLONE〉の中ならいつだって取り出せる(あいぼう)も無い。どんなに電子戦(ハッキング)が上手くたって、年上の拳ひとつにビビッて逃げなきゃならない。

 でもだってしょうがないだろう。

 今日は間が悪い、アリスの件は彼女の生死すら懸かってると言えるんだ。だから無理だ。

 ハッキングは事前準備ナシで不良を懲らしめられるような便利な魔法じゃない。だから無茶だ。

 そもそもオレは貧弱だし、敵は多いし、彼等の関係も分からないし、現実(リアル)に友達いないから絡まれてる1年とも当然何の関係もない。だから無謀だ。

 ここにはロゼもEgoも居ない。だから、不可能なんだ。

 言い訳ばかりが泡のように浮かんでは弾ける。

 

「無理・無茶・無謀に不可能は、か……」

 

 呟く声は我知らず沈んでいた。

 思い出すのはちょっと前に『カギヤ』が言った言葉。

 

『なにせ無理・無茶・無謀に不可能ってのは「やらない奴のための言葉」じゃねえ。その逆で――挑んだ奴、やり遂げた奴を滅茶苦茶カッコ良くする、そんな魔法の言葉なんだぜ!!』

 

 あの時、オレは確かにそう言ってカッコつけたハズだ。それを実戦で実践さえして、なんなら勝っちまったハズだ。

 なのに……なんで今オレは逃げてるんだろう。『カギヤ』は紛れもなくオレなのに。

 そう思っても、オレは結局戻って助けに入ったりなどせず、そのまま普通に下校を続けた。

 

 気付けば家まであと半分ほどの距離にある交差点まで来ていた。

 それさえ戻らない理由にしている自分がまた一段と嫌になる。

 目の前の車道を車が通過する。生暖かい風が肌を撫でる。近くの母親と子供が何やら楽し気に会話をしていて、オレは急に寂しさを覚えた。

 信号が青になるのを待つ中、近くのビル壁に取り付けられた大型モニターがニュースを流すのを聴いた。

 

『――れでは、続いてのニュースです。2052年に施工された「国の子供」政策の実施から23年が経ちました。毎年全国で生まれている「国の子供」たち。彼らが少子化社会の救世主となるのか、専門家の方々の意見を――』

 

 ――心臓が止まった。

 息が吸えなくなり、視界が暗闇に呑まれて狭まる。

 まさかこんな所で()()()()を聞くなんて――完全に不意打ちでその上追い打ちでもあったからだろうか、体が固まり動かない。

 信号が青になったらしい。立ち止まったまま動かないオレに胡乱気な目を向けながら歩き出す人々。どん、と後ろからぶつかられても、今のオレにはそれに反応する余裕さえなかった。

 どこかで笑う家族の声。おかーさん、「くにのこども」ってなーに。

 頭に響くニュースの音。『彼等は能力に合致した専門的な教育を受けており、少子化が進む国を支える新たな労働力として期待が……』

 自分の呼吸音がやけに五月蠅い。

 視界の隅で流れる人影は常に此方を見ているようでけれどオレの異変には気付かず――。

 家族の声。ええっと、それはねゆーくん。

 ニュースの音。『しかし倫理的な問題もあり、未だ国内外から批判が……』

 呼吸音が真っ暗な頭に響く。

 家族の声。ニュースの音。呼吸音。

 自分を鬱陶しがる声。人が背にぶつかる音。意識を苛む呼吸音。

 かぞくのこえ、ニュースのオト、思い出したくもない言葉が反響する――。

 

『 おまえ は にんげん じゃ ない 』

 

 ――やめてくれ!!!

 

 心の中で何かが爆発して、震えた手で手首に嵌めたスマートウォッチの画面を叩いた。

 パッ、とモニターの映像が切り替わる。

 

『――どうも皆さんこんちゃー、神ロボ再現TVのラガンダムでーす!! 今日は助手のゴジラヴちゃんと一緒に、巨大ロボと巨大怪獣のコンビで電脳警察(ホワイトハッカー)と戦ってみようと思いまーす!!』

 

 「うわっ、なんだ?」「アレって確か炎上してた……」「なんで急にネットの動画が?」

 どよめく人の声から逃げるように、オレは信号なんて見れずに横断歩道を走った。車が急停止したような気がしたが気にしてなんていられなくて。

 ああチクショウ……普段なら爆笑モノの動画さえ、今はちっとも笑えない。

 

 走る。逃げるように走る。

 剣も槍も手には無い。仲間の声も、聴こえない。

 オレは走った。脇目も振らず走った。

 居場所のない世界から逃げるように、ただ。

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