ワールドエンド・クラッカー -電脳魔境戦線2075-   作:龍川芥/タツガワアクタ

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⑨ 凄腕プログラマー&最強ゲーマー

「諸々頼んだぞ、ロゼ、Ego――」

 

 そう言い残し、カギヤさんが一時ログアウトした後。

 〈Hack&Luck〉アジトに下りた沈黙を破ったのは、Egoさんの清流みたいな声だった。

 

「……ありがとう」

「え?」

「カギヤの心配してくれたこと。僕はアリスさんみたいに強く言えなかったから……ありがとう」

「いえ、そんな……」

 

 予想外の礼に困惑していると、横からとげとげしい少女の声が割り込んで来る。

 

「そもそも贅沢なのよアイツは。今日日現実の、それも対面型(オフライン)の学校に通えるなんて相当に恵まれてるのに……よりにもよってEgoの前で『学校行きたくない』なんて、ホントよく言えたものだわ」

「カギヤも普段はちゃんと行くんだけどね。事件や依頼があるとどうしてもそっちを優先しちゃうから……」

「ハッ、あんなの言い訳に使ってるだけよ」

 

 Egoさんのフォローさえ抉るようなロゼさんの辛辣なる舌鋒は、自分に向けられていないと分かっていても首を竦めたくなるほどの鋭さで。

 だから、思わず訊いてしまった。

 

「ロゼ、さんは……カギヤさんと仲悪いんですか……?」

「……ハァ?」

 

 瞬間、翠玉(エメラルド)の瞳にぎろりと睨まれて後悔する。どうやら藪蛇――否、茨の枝をつついてしまったらしい。

 

「逆にそれ以外のどう見えるワケ?」

「えっと、それは……」

 

 余りのとげとげしさと威圧感に、途端に答えに窮する私……そんな私を見てか、ロゼさんは溜息と共に視線を外して答えてくれた。

 

「……はぁ。まあ、そうね。私がアイツに――カギヤに対して、勝手に劣等感を抱いてるだけよ。尤もアイツの方は、仲が悪いなんて露ほども思ってないでしょうけど」

 

 予想外の素直さでそう認めるロゼさん。私からすれば2人とも同じように凄い電脳兵装(プログラム・ツール)あるいは電脳防壁(ファイアウォール)の使い手なのだが、ロゼさんから見たカギヤさんは更にもう一段凄い人らしい。きっと実力があるからこそ分かる実力差、才能の差というのがあるのだろう。

 だが、それが2人の関係性の全てだとは思えなかった。何故ならば。

 

「なのにカギヤさんと一緒に居るのは、その……『懸賞金』の件が関係してるんでしょうか」

「!」

「あの裏サイト……ロゼさんの顔もありましたよね。しかも懸賞金は私より多い8000万Cで……」

 

 私はそれを見てしまっていたから。だから尋ねずにはいられなかったのかもしれない。私と似た境遇にあるロゼさんが、カギヤさんをどう思っているのかを。

 失礼を承知の問いに、しかし茨の少女は答えてくれた。

 

「……その件で私に非はないし、誤魔化しはしないわ。確かに、私は一身上の都合で電脳犯罪者(クラッカー)ギャング・〈Lag-na-røk(ラグナロク)〉に追われている。防壁技師としての腕にそれなりの自信はあるけれど、私を狙う奴等から1人で逃げられる程自惚れてもいない。自分の実力は分かってる……だからこそこんなバカげたチームと契約したし、だからこそ腹が立つのよ。私の努力を嘲笑うような才能の持ち主にも、天才(そう)じゃない自分自身の無力さにも」

 

 忌々し気な言葉は、確かに彼女の本音である気がした。

 

「じゃあロゼさんがカギヤさんの仲間なのは、追手から身を護るためってことですか……」

「……まあ間違ってはないけれど……それと、一応」

「?」

「……アイツは鈍感でバカだから。私みたいな罵倒を呑み込めないヤツと、その……仲良く、できるのなんて、アイツみたいな鈍感バカくらいでしょう。それだけよっ」

「――」

 

 ……もしかして、だけど。

 この人は言動がとげとげしいだけで案外親切で可愛くて、カギヤさんとも微笑ましい関係なのかもしれない。

 何となく浮かんだ感想は、その実芯を捉えている気がする、と私は頬を染めてそっぽを向いたロゼさんを見て思う。なんだか途端に場の空気が柔らかくなった気さえした。

 しかし、そんな場の空気と反対に、少女の言葉を聴いて愕然としている性別不詳がひとり。

 

「え、じゃあ僕も『鈍感バカ』ってこと……?」

「……そうね、訂正するわ。アンタみたいなお人好しのド天然()そうだったわね」

「そんな――優しいなんて、ちょっと照れるな」

「……ね?」

「そ、そうみたいですね……」

 

 こちらは疑念の余地もなく。『お人好し』を『優しい』に変換するくらいには、そのゲーマーは天然らしかった。

 というか、ロゼさんに対する疑問が解消された今、私は彼(?)のことも気になり出した。

 

「ならEgoさんは、どうして〈Hack&Luck〉に? 答えづらいことなら構わないんですけど……」

「うーん……」

 

 Egoさんの美しい顔、その上で口が「へ」の字を作り、男にも女にも見える美形は顎を指でなぞって唸る。首を傾げ、ぱさりと髪がひと房流れ。

 そうして彼は結論を出した。

 

「うん。話してもいいけど、折角ならさ――」

 

 

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 ――STREET(ストリート) STORM(ストーム)

 電脳世界で最も人気、と言っても良い程の格闘ゲーム。略称は《ストスト》。その真髄はなんといっても、文字通り路上(ストリート)を含んだあらゆる場所を舞台に選べること、らしい。

 つまりこのゲームには専用の対戦空間が用意されているわけではなく、電脳世界のどこであっても、そこを対戦のフィールドにすることが出来るということで。路上だろうが店内だろうが……そしてアジトの中、家具一つない四角い箱じみた殺風景な室内でも例外なく対戦の場とすることができる。

 

 まあ、つまり。

 今私は、そんな対戦ゲームのプレイヤーとして、対戦相手たるEgoさんと向かい合っていた。

 

「さあ、いつでもどうぞ」

「は、はあ……」

 

 視界の上に張り付いた2人分のHPバーを見ながら、どうしてこうなったんだろう、と頭の中で独り呟く。

 否、分かっている。私の質問に、Egoさんが「折角ならゲームしながらお話しようよ」と提案し、気付けばこうなっていたのだ。

 まあ、これは『ゲーム』。難しく考えることはない、と自分に言い聞かせ、私は両手で『武器』を構えた。

 

 《STREET(ストリート) STORM(ストーム)》では、従来の格ゲーと異なり、プレイヤーは「キャラクター」ではなく「武器」を選択して戦う。これはフルダイブゲームの都合上、アバターの体格が頻繁に変わると操作が難しくなり、場合によっては歩く事さえままならなくなるという問題があるからだ。

 これはフルダイブ型VRゲーム隆盛の時代から生まれた流れだが、それより前の格闘ゲームの伝統に倣って武器にはそれぞれ「モチーフキャラクター」が設定されており、そのキャラクターごと使う(()()する)ことも可能ではある、らしい。私は初心者ということで、当然変身を選ばなかった……使う武器も最も初心者向きらしいものをEgoさんに選んでもらった。

 

 そんな『武器』を、ええいままよと振り回す。

 

「そ、それっ!」

 

 私の武器は〈Storm(ストーム) Blade(ブレード)〉と言う名の直剣で、発泡スチロールかってくらい軽くて振り回しやすい。ゲーム的な設定では『風を操る力で剣を浮かせて軽くしている』のだとか――あと『主人公武器』とも言っていたか――まあそんな感じでギミックもシンプルで使いやすく、これは確かに初心者向けだろう。

 

 斬る、というより叩く、という感じの私の初心者丸出しの攻撃は、しかし剣の軽さに助けられてそれなりの速度でEgoさんに向かって降り下ろされ。

 ぱしっ、と。

 なんでもないような気軽な動きで、その親指と人差し指で刀身を抓まれ止められた。

 

「(ウソ――)」

 

 いくら剣が軽いと言ったって、その分攻撃は早いはずで……一体どういう反射神経と技量があれば、片手での白羽取りなんてことが可能なのか。思わず背筋に怖気が奔る。

 そんな超絶技巧をさらりとこなしてみせた本人は、しかし至っていつも通りに、にこりと柔和に微笑んで、

 

「うん、いい感じ」

 

 なんて、いかにも本心ですといったふうにそう言った。

 

「そのまま好きなように攻撃してみて。大丈夫、お互い痛みとかは無いから」

「は、はい……」

 

 おっかなびっくり剣を振れば、次は体を傾けるだけの動きで躱される。

 剣の柄についているボタンを押し、かまいたちのように敵を切り裂く風を纏って攻撃範囲を広げた次の一撃は、盾のように割り込んで来た巨大な刀身に阻まれた。

 

 Egoさんの武器は〈Lævateinn(レーヴァテイン) & Gram(グラム)〉という、使用者の左右に浮遊する二銘一対の大剣だ。二振りの剣は両方とも使用者の腕の振りに合わせて飛翔し相手を攻撃するらしい……らしい、というのはEgoさんが一度も攻撃らしい攻撃をしてこないので、その場面を見ていないからである。彼はただひたすら、初心者の私の攻撃をひらりひらりと躱し防ぎながら、色々と説明をしてくれていた。

 

「《ストスト》は腕と武器に二種類のガード判定があるんだ。腕に攻撃が当たるとガードされた扱いになってダメージは大幅減少、武器ならダメージゼロ。逆にそれ以外の場所に当てるとヒット、ダメージが入って相手アバターの動きが短時間鈍くなるよ。ただこれは攻撃を当てた側がずっと有利になるってわけじゃなくて、攻撃を当て続けると補正値が――」

 

 ……まあ正直、半分以上何を言っているのか分からなかったけど。

 ただ、あんまりにも涼しい顔で私の必死の攻撃を捌かれ続けるものだから、だんだん悔しくなってきて。

 最後には半分ムキになって、私は使ったこともない必殺技を叫んだ。

 

「ス、"ストームアーツ"!」

『よっしゃあ、嵐を呼ぶぜ!』

 

 私の宣言に追従して、〈Storm(ストーム) Blade(ブレード)〉のモチーフキャラにして《ストスト》の主人公キャラ、ミチバタ・ショウの勝気な声が響く。

 

 『ストームアーツ』。格闘ゲーム《ストスト》における必殺技。攻撃や防御・被弾で増えたゲージを消費し、音声入力で発動する。

 

 その声に呼応した鮮やかな緑色の風が、先程までとは比べ物にならない嵐そのものの勢いで吹き荒れ、私の剣を風の巨剣へと変身させた。

 

「う、やあっ!」

 

 手元で爆発した暴風の勢いに自分でも若干驚きつつ、叫んだ気合いのままに剣を振る。すると刀身が纏った嵐が更に一段と力を増し、広がった風が剥き出しのミキサーの刃じみて斬撃軌道の周囲の悉くを切り裂いた。

 

 〈Storm(ストーム) Blade(ブレード)〉の必殺技(ストームアーツ)Storm(ストーム) 10pest(テンペスト)は、刀身が竜巻のような暴風を纏い、リーチ・威力共に大きく増加。10回目の振りで纏っていた風を解放し、高威力・広範囲の攻撃を放った後、強化状態が終了する。その説明の通り、風は巨大なる刃となった。

 

 一撃、二撃。剣を振る度、横倒しになった竜巻の刃が敵影を蹂躙する。

 三劇、四撃。突けば嵐が大砲となり、回し斬れば真空の刃が地平を薙ぐ。

 五撃、六撃、七に八。必死で振り回した剣が、真の意味で斬撃の嵐を生む。

 もはや剣に振り回されていると言っていい私の連撃ですら、風が強力に飾り立ててくれて。

 だから、九撃目でやっと気づいたのだ。

 視界の上……EgoさんのHPバーが、依然ちっとも減っていないことに。

 

 伸ばした手、突き出した剣の先。

 「X」字状に交差した浮遊する双剣が、嵐の斬撃を受け止めていた。

 ギャリギャリと緑の風刃に削られながらも傷ひとつないふた振りの魔剣――その刀身の奥で、刃よりも鋭いとさえ思わされる双眸が、真っすぐこちらを覗いていて。

 

「じゃあ僕も、"ストームアーツ"

『承認、魔剣合体』

 

 Egoさんの静かな宣言に続く声は、〈Lævateinn(レーヴァテイン) & Gram(グラム)〉のモチーフキャラ、戦神オーディンの後継者(という設定)にして一番人気眼帯美少女、シグルーナ・ウォーデンスのもの。

 嵐の刃を受け止める剣がどろりと溶け、互いに近付いて混ざり合い――気付けば風を受け止めていたのは、巨大な金銀の槍であった。

 

「ストームアーツ『Gungnir(グングニール)』。使うとレーヴァテインとグラムが融合して、強力な槍・グングニールになるんだ。(グングニール)は剣のときよりも威力・速度が上昇して――」

 

 説明は待たない。

 というより待つ余裕などなかった。半ば恐怖に突き動かされるように、私は剣を振り上げ――

 

 金銀の切っ先が、目の前に。

 

「――っ!!」

 

 反射的に刀身をぶつけて槍の軌道を逸らせたのは、何重もの幸運に助けられた結果。丁度剣を振り上げていた最中だったのと、剣が纏った暴風が力を入れずとも槍を横から叩き弾いてくれたからだ。同じことをもう一度やれと言われたって絶対に無理だと確信できる、ただの奇跡(ぐうぜん)

 遅れて今何が起こったのかと見れば、Egoさんは(グングニール)を投擲した姿勢で固まっていた。あの時、黒狼を滅したあの瞬間を彷彿とさせる、正確無比なる無情の槍投げ。

 だが。

 

「(あれ、これ――)」

 

 偶然槍投げを防いだ私の手には、必殺の「十撃目」を残した風の剣。

 槍を投げたEgoさんは当然徒手で、しかも槍を投擲した残心の姿勢で固まっている。

 

「(大チャンス、なのでは――?)」

 

 そんな思考が稲妻となって奔り。

 カギヤさん曰く『最強のゲーマー』の脳天目掛け、私は暴風纏った嵐の剣を振り下ろす――。

 

 ――背中で何かが爆発した。

 痛みは無かったが、そうとしか思えない弩級の衝撃だった。

 剣を振りかぶったまま見れば、私の胸元から、金銀の切っ先が突き出ていて。

 背中からグングニールに刺されたと理解した瞬間、私のHPが急激に減少を始める。

 

 予想外の異常事態に混乱する中……やはり涼し気な余裕と共に、Egoさんが先の言葉を続ける。

 

「――グングニールは、投げると()()()()()

 

 ストームアーツ『Gungnir(グングニール)』。

 与えられた名の通り、その槍は投げた場合に限り決して狙いを外さない。例え軌道を逸らされても、直撃しない限り180°曲がり飛翔して敵を貫く。故に正しい対処法は『回避』や『受け流し』ではなく『防御(ガード)』であるなど、初対戦の初心者には知るよしもなかった。

 

 そうだ、武器を手放しても腕による防御はできる。

 なのにEgoさんが残心の構えから動かなかったのは、もう勝負はついていたからだと理解した瞬間。

 

 神速二閃、槍から分離したレーヴァテインとグラムが私を刻み。

 それでとうとうHPがゼロになって。

 

[K.O!! Round1 Finished!!]

 

 必殺の十撃目を終ぞ放てないまま、響いたアナウンスと共に、私の(アバター)が地面に倒れ込んだ。

 そんな私の近くにしゃがみ込み、勝者は柔和に微笑んで言う。

 

「まあ、投げちゃうと槍状態は解除されちゃうんだけどね。『Storm(ストーム) 10pest(テンペスト)』の十撃目に相当する大技だよ」

「し、死んだかと思いましたよ……いやゲーム的にはHP0で死んでるんですけど……」

「ご、ごめん。最初の『勝ち』は自分の力で掴んで欲しいと思っちゃって……怖がらせたなら本当にごめんね」

「いえ……楽しかったので大丈夫です」

 

 そう、楽しかった。

 風の剣を――〈Storm(ストーム) Blade(ブレード)〉を思うままに振るう感覚は、まるでカギヤさんたちと同じような力を手に入れたような気がして。

 元プロで最強らしいEgoさんに――まあ格闘ゲームのプロだったのかは分からないが――勝機を見出した時なんかは、正直物凄くドキドキした。まあ次の瞬間天国から地獄に叩き落とされ真逆のドキドキを味わったわけだが……。

 

「ところで、なんでこのゲームを私に……?」

 

 勝手に始まったRound2を戦う気力もなく、上体を起こしてそう問えば……Egoさんは自分も座り込み、目線を合わせて答えてくれた。

 

「《ストスト》はね、電脳世界(CLONE)を余すところなく楽しんで欲しいって思いで作られたゲームなんだ。だから色んな場所でプレイできる。これを喧嘩の手段にしてる人も居るんだよ」

 

 にこり、いつも通りの柔和にではなく。

 少し照れたように笑って、Egoさんは言う。

 

「僕の勝手なエゴだけど……折角なら〈CLONE〉を楽しんで欲しかったんだ。カギヤなら、きっとそう言うと思うから」

 

 そう言うEgoさんは、ロゼさんとは違い、素直にカギヤさんのことが好きそうで。

 2人の関係がやはり気になって、ゲームの勢いのままに訊いてみた。

 

「Egoさんは、どうして〈Hack&Luck〉に? プロゲーマー、だったんですよね?」

「うーん、あんまり面白い事情じゃないよ」

 

 そう言って言葉を濁すEgoさん。

 やはりそう簡単に話せないような重い事情なのだろうか……それなら無理に言わなくても、と訂正しようとして。

 

「僕は――」

「(あ、教えてくれるんだ)」

 

 どうやら言葉を濁していたわけではなく――つまり「あんまり面白い事情じゃないよ(あんまり話したくないなあ)」ではなく、本当にただ「あんまり面白い事情じゃないよ(あんまり面白い事情じゃないよ)」と言っていただけだったらしい。

 そんなロゼさん曰く『お人好しのド天然』なEgoさんは、己の事情を語り出す。

 

「僕はね、生まれつき病気なんだ。『公害二世児』って知ってるかな」

 

 なんてことないように言われたそれは、しかし受け止めきれないほど重かった。

 『公害二世』。かの世界公害による大気汚染で親が被害を受けた結果、生まれつきの障害を抱えてしまった子供のことだ。

 

「体が欠けてて弱いせいで、ずっとベッドの上から離れることもできなくてさ。そんなときに〈CLONE〉に、電脳ゲームに出会って世界が変わったんだ。体を動かすのが楽しくて、勝負することが楽しくて……夢中でやってたら、運よく色んな人に応援して貰えて」

 

 Egoさんは虚空を見ながら語る。病院の天井、〈CLONE〉の現実離れした光景、そして巨大なステージで戦う自分とそれを応援してくれる沢山の観客(ギャラリー)……そういったものを懐古しているのだろうことは、傍から見ているだけでも分かった。

 そんな横顔が、辛い記憶を思い出して少しだけ陰る。

 

「……でもとうとう心まで病んで、一度全部を投げ出したんだ。死の恐怖で自暴自棄になって、僕を生かしてくれた団体に恩を返すなんて言い訳で裏の闘技場を荒らし回ってお金を稼いで――そんな僕を救ってくれたのが、カギヤだった」

 

 眩しいものを見るように目を細めて、心底嬉しそうに口元を綻ばせて。

 涼やかなのに弾む声で、Egoさんは語る。

 

「カギヤに沢山大切なことを教えて貰って、友達になって。僕なんかを応援してくれた人たちには本当に申し訳ないことだけど……一瞬も無駄にはできない時間を、友達と一緒に過ごしたいと思ったんだ。僕が今ここに居る理由なんて、そんな僕のエゴだけだよ」

「……」

 

 きらきらと、夢見る童女のように。あるいは飾らない少年のように。

 角度によって勇ましくも可愛らしくも見える端正な顔に透き通った声は、しかし一様に友情を慈しんでいた。

 

 そんな彼の語った事情に、理解と、納得と、同情と……そして、残った疑問がひとつ。

 

「答えてくれてありがとうございました……それでその、できればもうひとつだけ……えっと、なんていうか……Egoさんってどっちなんですか? 恥ずかしながら判別がつかなくて……」

「? どっちって?」

「その、性別の話です……言いにくいことなら結構なんですけど、どうしても気になっちゃって……」

「ああ、それ良く訊かれたなぁ。それはね――あ、カギヤがあんまり個人情報言うなって言ってたっけ」

「で、ですよね」

「うーんと、じゃあアリスさんから見て……」

 

 唇に指を当て考えていた顔が、ぱっとこちらを向いた。

 さらり、長い髪が流れて、その隙間で藍の瞳がにこりと細まる。

 

「――僕は、どっちだと思う?」

 

 悪戯っぽく笑ったその表情(カオ)は、心優しい青年の微笑にも、恋する乙女の微笑みにも見えて……どちらとも取れない無垢なる美しさは、しかし吸い込まれそうな程に妖しげであった。

 と、そんなときであった。

 

[Time up!! Round2, Draw!!]

 

 爆音でアナウンスが響き、私は思わぬ不意打ちに肩を跳ねさせる。

 

[2P, WIN!!]

 

 続いたファンファーレとアナウンスが、2P、つまりEgoさんの勝利を告げた。

 後半第二ラウンドが引き分けだったので、前半第一ラウンドで勝っていたEgoさんの勝ち、ということだろう。

 アナウンスが試合終了を告げるのと同時、私の目の前に『再戦』か『対戦終了』かを選ぶ立体映像(ホログラム)ウィンドウが出現した。つまり『対戦終了』を選べば、ゲームを終えられるということだろう。

 

「1マッチ、試合(ゲーム)終了だね。それじゃロゼちゃんの所に――」

「あの」

「?」

 

 背を向けて元の部屋に戻ろうとするEgoさんに対し。

 私は『再戦』のボタンを押し、転がっていた剣を――〈Storm(ストーム) Blade(ブレード)〉を掴み、立ち上がって、問う。

 

「……その、勝ったら教えて貰ってもいいですか?」

「――あははっ! いいね、それ」

 

 瞬間、珍しく大笑したと思ったEgoさんの顔が、肉食獣じみた薄笑いに変わった。

 私が本気で勝とうとしているのを感じたからか、彼はぺろりと舌なめずりして対戦を成立させ、武器を取り出す。

 

「なら僕も本気で行こうかな。一本取れたらその度どんな質問にも答えるよ」

「……頑張り、ますっ」

 

 そう言って剣を構えた私だけれど。

 正直なところ、勝てるとも質問に答えて貰おうとも思ってなくて。

 ……単純にゲームが楽しかったから、もう一度やりたかっただけだったのです。

 

 その後は大方の予想通り……私は様々な武器で瞬殺され続けた。

 先の〈Lævateinn(レーヴァテイン) & Gram(グラム)〉の飛翔する剣に翻弄されて負け。同じ〈Storm(ストーム) Blade(ブレード)〉で格の違いを分からせられて負け。

 〈Crime(クライム)/Ripper(リッパ―)〉という小さなナイフと足枷の鉄球という明らかに弱そうな武器にボコボコにされて負け。

 〈Grimoire(グリモワール):CHAOS(カオス)〉という本がランダムに唱える呪文に黒焦げにされて負け。

 〈-Halo(ヘイロー) of(オブ) Death(デス)-〉という5種類の形状に変形する武器に八の巣にされて負け。

 そして〈Ego[F]ist(エゴフィスト)〉という、Egoさんが世界大会で優勝した景品として作られたグローブによる拳に叩き伏せられ負けた。

 それでもなんだか楽しくて、悔しくて、「もう1回!」と叫び続けているうち……。

 

「――やっと帰って来たと思ったら、なんか楽しそうなことやってるな!? ズルいぞオレも混ぜろEgo!」

「おかえりカギヤ。勿論だよ……僕と()るのとアリスさんと()るの、どっちが良い?」

「うーん、じゃあ第三の選択肢だ、アリスと組んでEgoをボコす! 今日こそ初勝利を捥ぎ取らせてもらうぜ!」

 

 そう、ロゼさんとEgoさんを合わせても絶対に3倍は騒がしい〈Hack&Luck〉リーダー・カギヤさんが、現実(リアル)の学校から帰って来たのであった。

 

「(え、嘘……もうそんな時間経った?)」

 

 なんて思うくらいには一瞬の出来事で。

 そんな私の横に現れ並び立ったカギヤさんが、なんだか嬉しそうに笑う。

 

「よしアリス。これ勝って気持ちよく依頼再開といこうぜ!」

「……はい!」

 

 〈Hack&Luck〉の2人からカギヤさんのことを聞いたからだろうか。なんだか2時間前よりも、カギヤさんを身近な存在に感じる。

 そんな彼と並んで武器を構え、ゴングと同時に私たちはEgoさんに斬りかかった。

 

 

 ちなみに、カギヤさんはあんまり格ゲーは強くなく、なんなら私より先にKO(ノックアウト)され……そして二対一でも、友達相手でも変わらず、『最強』は情け容赦ないくらい『最強』なのでした。

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