随分と前に一話だけ書き殴って消したものを色直ししたものです。
chameleon
──ずっと、妹を笑顔にしたかった。
その想いに嘘偽りは無い。いつだってその想いは行動指針であり、今を形成する礎であり、勇気をくれるおまじないである。
元より病弱気味で学校に行けず、翳りのある表情を見せる妹。同情なんてものを押し付けるより、笑顔と勇気を与える事が自分の存在意義だと確信していた。その為に思い付く限りのどんな事も試し、どんな誰よりも長く一緒に時を過ごした。
試行錯誤を繰り返して我武者羅になって、初めて鈴の鳴るような笑顔を引き出せた時…どんな金銀財宝にも勝る輝きがオレの心を満たした。オレにとって妹が何にも変えられない宝物であるように、妹にとってオレが英雄たる存在で居たかった。
『わあ…!すごい、すごいよお兄ちゃん!あの人、すっごくカッコいい!キラキラしてる!』
そのショーは、曇り空だった妹の表情を一瞬で青空で輝く御天道様のような笑顔に変えてくれた。連れて来てくれた両親すらも、主演が壇上で歌い踊る度に笑顔になっていく。
眼前にて繰り広げられる光景へ羨望や嫉妬、憧憬を抱くにはそれだけで十分過ぎる。海を割ったモーセに続く民衆の心情はこんな感じだったのか、なんて的外れなことを考えながら。
『──こんなに楽しいのに、終わっちゃうの寂しいな。毎日ショーを観られたら良いのに。でも…わたしそんなにお外出られないから…きっとムリだよね…』
──ずっと、妹を笑顔にしたかった。
その想いに嘘偽りは無い。いつだってその想いは行動指針であり、今を形成する礎であり、勇気をくれるおまじないであり…
歓声を受け、万雷の拍手を受け、スポットライトなんて目じゃないほどに輝きを増していく『スター』。オレもあんな“英雄”になりたいという明確なビジョンが出来上がっただけ。ステージの上で歌い踊り演じ、誰も彼もを魅了する一番星のビジョンが。
混じり気のない雪解け水のようだったその想いが色を変え形を変え、オレの夢になったんだ。妹が笑顔になれるショーを毎日してやりたい。そんな夢に。
でもどうせなら…。その時オレはモーセでいたい。自ら天に昇るペガサスになって見せたい。夜空で一際光を放つ一番星のようでいたい。妹の満面の笑顔を見るなら、ステージのど真ん中が良い。
輝くだけでは無いのだろう。そこに至るまでの道筋には心が折れそうになる孤独や逆境があるのだろう。けど、それで躊躇うには余りにも「勿体無い」と思えた。それすらもオレを彩る美しい歌になるだろうとさえ。
震える拳を強く握り締め、一瞬たりとも見逃さないように舞台を注視する。壇上に立つ人々の一言、一挙手一投足の美麗さを。駆け巡る照明の力強さを。確とこの目に焼き付ける。
【スター】は秩序だ。何もかもを飲み干すような輝きは合理を超え、壇上も客席の垣根も消え去り調和を生み出す。それは正しく世界を明るく照らす太陽のようで、愚直で恐れ知らずにもその輝きを我が物としたいと思った。
一人の小さな人間が目指す先として分不相応にも程がある。経験を重ね知識を蓄えてきた今振り返っても、高慢ちきが過ぎると思う。あの時は呆れるくらいに馬鹿だった。
…でも、それくらいが良いと今でも思える。いつだって夢を叶え世界を動かすのは、そういう一握りの馬鹿だ。ならばオレはマジメに馬鹿をできる人間になろう。真性の馬鹿はイチバン強いのだから。
回顧が長くなってしまった。まあ、端的に表すと…そうだな。
この日、スター志す少年【天馬司】は産声を上げた。そんな所だろう。
☆
「身嗜みよし。喉の調子よし。程よい緊張状態、万全な健康状態、オマケに天気も快晴…。これ以上ないコンディションだ」
正に世界がオレの新たなる門出を祝っているだと思えるような万能感。故に不安。いつだって油断は成功の確信による気の緩みから生まれるものだ。そう自分に言い聞かせて気を引き締め直す。
自室の鏡に映る自分と睨み合っていると、ノック音が響いてくる。返事を聞くまでもなく入ってくるのは、我が愛すべき妹である天馬咲希。兄妹共通の金色ベースの髪色に、毛先に向かってピンクのグラデーションが出来上がったツインテールを揺らしている。我が妹ながら可愛らしい。
「どうしたのお兄ちゃん、鏡と睨めっこして。緊張しちゃってるの?」
「む…まあ、な。そりゃあ緊張くらいするさ」
「えー。なんか意外。我ここに在りって感じのお兄ちゃんが緊張してるなんて」
スタートラインに立つ権利は平等に与えられる。しかしその先にあるコースを走る為には篩の大きい分かれ道を進むようなものだ。選ばれる、選ばれないの分かれ道はコースアウトへの幅が大きく、小さな道を進むことができた者にしか先は用意されていない。
そんなだから、オーディションというのはどれだけの場数を経験していても慣れない。何かが掛け違えば直ぐに真っ逆さまに落っこちる。そう思うとやはり体や心は強張ってしまう。
まあ…オーディションと言ってもその実ショーキャストのアルバイトの面接。そこまで緊張する必要は無いのかも知れんが、臆病で居るくらいが丁度いいのだ。
「緊張し易い兄を助けると思って少し会話に付き合ってくれないか?」
「もっちろん!どんな話がいい?」
「そうだな。学校の話が聞きたい」
宮益坂女子学園に籍こそ置いていたものの、入退院を繰り返して体調が安定しなかった咲希は、高等部に上がるまでマトモな学校生活を送れなかった。そんな咲希が楽しそうに学校であったことや、幼馴染たちと放課後に遊びに行ったことを話している姿を見ていると、心の底からじんわりと暖かさが広がってくるようで。
キラキラとした笑顔で話す咲希に頷いたり、質問をしてみたりする。楽しかったこと、嬉しかったことを共有することが楽しいみたいだ。純真無垢な表情や声音に此方も楽しくなってくる。嫌味のない語り手ができるというのは咲希の美点だろう。
そんな風に語らっているといい時間になった。咲希の話にもっと耳を傾けていたいところだが、遅刻してしまうなんてことがあれば目も当てられない。
「雑談に付き合ってくれてありがとう。お陰でいい具合に緊張が解れた」
「んーん。アタシもいっぱい話したいことあったし♪」
妹の暖かな笑顔が背中を押してくれる。我が妹ながら本当に出来た妹だ。頼りないところも優しく受け止めて寄り添ってくれるのだから。
「それじゃあ頑張ってね。…無理だけは、しないようにね」
「心配そうな顔をするな、死地に赴くワケじゃあるまいし。役者人生を賭すと言うのなら強ち間違いじゃないのかもしれんが」
「ちょっとお兄ちゃん?冗談でもそんな縁起の悪いこと言わないで!アタシの方が不安になってきちゃうじゃん」
「ハハ。無事を祈っててくれ。咲希が祈ってくれるなら、オレも元気が出るというものだ」
「……まったくもう」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
「ああ、行って来ます」
目指す場所はフェニックスワンダーランド。長きに亘り愛されている夢と笑顔が溢れる場所にして、シブヤ最大規模を誇るテーマパークである。
シブヤは人の街である。
人の手で湾を埋め立て、超高層のビルを建設し、地下にさえ人の通る道を作る。正に人が造る街。叡智の群れとも言えるか。
そんなシブヤにあるフェニックスワンダーランド…略してフェニランに人が集まるのは自然なことだ。園内に居る人は皆、人の創造や意思の流れに乗っかってここまで来ている。
「折角だし、人の流れに従って見て回るのも良いかもな」
面接開始時間の1時間も前に到着してしまった。手持ち無沙汰になったオレはどうするべきかを幾許かの時間考えて、大まかな人の流れに従ってみようと決めた。人の街、人の空間に居るのならそれも乙なものだろう。幸い、フェニランは平日だろうと人が一杯だ。
人の波にされるがまま足を運べば、新しくできたコースターや改築された城が目に入る。ショーステージも改装される予定らしく、どこもかしこもピカピカなテーマパークになるのはそう遠くないだろう。
しかし、記憶にある子供向けのアトラクションが幾らか減っている。新しいアトラクションができるにあたって、集客率の悪いものは閉めているのだろうが。諸行無常とでも言うべきか。錆びて動かない乗り物に物悲しさが込み上げてくる。
「…で、会場は何処だ」
入り口付近に待機しているスタッフが案内してくれる、と募集要項に書いてあったが。それを無視してフェニランの中を色々と見回っていたためどう向かえば良いのか珍紛漢紛である。
指示に従わず勝手な行動をしてしまった手前どうにも居心地が悪いが、恥を忍んでスタッフの人に声を掛ける。にこやかに会場の場所を教えてくれた。
「成程。教えてくださりありがとうございます」
「いえいえ…此方こそ?」
綺麗な所作と声音で素直に感謝を伝えれば、スタッフさんも釣られて頭を下げてきたので負けじと更に深く礼をした。感謝すべき相手よりも頭が高い位置にあるのはよろしくない。
頭の下げ合いに見事勝利して面接会場へ向かう。小さな講堂のような場所に数多の人が一纏めに集められている。ショーキャストの座を虎視眈々と狙うライバルがここまでいることに面食らったが、すぐに気を持ち直して指定された席に向かった。
面接の流れについての大まかな説明を終え、とうとう面接が始まる。数にして3ブロック、五人一組の小グループに分けられ順々に審査していく方式のようだ。順番にして中々印象に残りにくい中間辺りのグループになったが、まあなるようになるだろう。
しかし、こんなにも多くの人を審査しなければならないなんて、面接官の人たちも大変だな。同情なんてしないが、敬意は表すべきだと思うくらいに。
余り緊張しすぎないように別のことを考えて気を紛らわせていると、オレの属するグループが呼ばれる。逸る気持ちを何とか落ち着かせて…なんて事はなく。寧ろ妙に凪いできた心を奮わせる準備をしながら面接室へ向かう。そのまま入室を許可されたかとおもえばヌルッと始まった。
「では、一番右の方から順に自己紹介をどうぞ」
「はい。私は……」
面接官から見て右側、オレから見て左側の人から順に自己アピールが始まる。
面接に限った話ではないが、人は第一印象が大切だ。それだけで第一印象が9割方形成されると言っても過言ではない。ショーキャストの面接、もといオーディションであればそれも顕著で、何か光るものを感じさせなければ没個性として淘汰されるのみ。
しかし奇を衒い過ぎればそれはただの奇人変人の類だと判じられ、好印象に結び付きにくい。言ってしまえば「扱い易い」と感じさせればより良いということ。
「──それでは次の方、自己紹介からどうぞ」
「はい」
だが、それは【スター】の思考じゃない。
自己紹介が促されたので静かに立ちながら思考を纏める。
遥か遠くの空の恒星の如く輝くスターが「扱い易い」なんて枠に嵌って堪るか。ここでオレを引き入れなければマイナスになると思わせる程のスゴみを見せつけてこそ、未来を担うスターの器というものだ。
謙虚であり、傲慢であり、厳格であれ。
言い聞かせながら、段々と心が熱を帯びていくのを感じながら…腹から声を出す。
「天馬司です。宜しくお願いします」
一挙手一投足、頭のてっぺんから足の指先まで自信を行き渡らせる。華麗にして流麗な所作を心掛けて。瞬きすら許さない輝きを以てライバルを焼き払うが如く。
とくと見よ。これがスターの威光である。
☆
「──さて。大方合否及び配属先は決定したワケだが」
「やはり問題はC枠に居た…天馬司さんでしたか」
ショーキャストを務めるにあたって必要なのは何か。技術、経歴、人の視線に縮こまらない胆力。そのどれもが必要だ。言ってしまえば複合的な才能。これさえあれば良いというモノは無い。
しかし、
熱意さえあれば実力差が覆るなんてことはないが、しかし実力が拮抗した場合に優劣を分けるのは熱意の差。或いはその持続力である。
熱意を見定め、将来有望そうな人材を選ぶのが今回の面接官という存在だ。
とは言っても所詮はアルバイトの面接。正規のオーディションならまだしも、相手は素人同然である。そのため良さげな人を幾らか見繕おうという認識だったのだが、その認識を覆す青年が居た。
「履歴書にもある通り、彼は九年間劇団に所属していた経歴がある。詳しく調べたところ、最初はパンフレットの端に名前が載る程度の端役だったが、徐々に頭角を現していき主演級の役に抜擢されることも多くなった。しかし突如として劇団を退団し、表舞台から姿を消した。少々違和感はあるが情熱は健在のようだ」
「過去の映像を見る限り折れてしまったということも無さそうですしね。まあ過去を詮索するのは今することではないでしょう」
「そうですね。彼を採用するか否か。面接官を務めた私としては採用しない外ないとは思いますが…」
議題に上がるのは天馬司という青年。ショーへの熱意は上々、「見られる」ことへの慣れや「魅せる」ことへ余念の無さが現れた態度。実力も申し分ないどころかフェニランの各ショーステージに籍を置く一線級の役者に勝るとも劣らない、そう感じさせる底の知れなさ。
逃すべきではないのだろう。あの大胆不敵な彼はどんなショーステージでも輝ける可能性を秘めている。しかしそれだけに我を押し通すことで劇団に不和を生じさせかねない。情熱と同じくギスギスとした雰囲気も伝播し易いのだ。なので余計な軋轢を生み出すタネを考え無しに受け入れるのは避けるべきである。
その問題をスッキリ解決する手立てがフェニラン側にはある。そのことを確認し、協議していた代表三者は頷き合い結論を出した。
「では、天馬司はワンダーステージ配属とする。それで良いな?」
「「異議なし」」
奇しくも彼はあるべき運命へと進んで行く。
運命は偶然よりも必然であるという言葉が表すように。彼が天馬司である限り、運命はその通りに進んでいく。
だが、命を運ぶと書いて運命が導くのはあくまでも「結果」であり…その道程にどんな変化が生まれるのかは誰も知らない。
そんなことを露ほども知らない天馬司は一つ大きなクシャミをした。誰か良い噂をしているな、なんて呑気に考えながら。
司繋がりで私の明浦路先生風味なてんつかも考えましたがボツになりました。