遅く…なりました…。
昨日に間に合わなくてすびばぜん…。書きたいこと全部突っ込んでたら全然時間足りなくって…。
急いで仕上げたので誤字脱字があったり話が急展開だったりしますが、何卒ご容赦下さい。それではどうぞ。
「元気ないね、お兄ちゃん。どうしたの?」
「ン……ああ。少し考え事を、な」
晩御飯をゆっくりと咀嚼しながら重怠い頭で今後のことを考えていると、咲希から心配する声を貰った。
いつもなら何でもないように出来るんだが。思ったよりも相当今日のことが響いているようだ。表面に出てしまうほど気持ちが落ち込んだのは
折角の夕食の席を暗い雰囲気で過ごしていることに申し訳なさを感じていると、慈しみに満ちた表情をした咲希が見つめられていることに気が付いた。
「何か悩み事があるなら言ってよ。聞くだけならアタシにだってできるから」
「咲希…気持ちは嬉しいが…そうだな…」
家族とは言え咲希は関係ない第三者。オレの事情に巻き込むワケにもいかない。しかし澱のような悩みを吐き出してしまいたいと願うオレも居る。
話したいオレと話したくないオレの間で揺れていると、咲希は態とらしく溜息を吐いて諭すような口調で話し始めた。
「お兄ちゃんって結構不器用だよね」
「語り出しがそれか。…だが、耳が痛い」
「まあ自分でも分かってると思うけど、何でも一人でやろうとするでしょ。それはお兄ちゃんの助けになりたいって思う私にとっては面白くない話なのです」
「なる、ほど。頼りにされると嬉しいものな」
咲希なりに話しやすいようにしてくれているのだろう。何だか心がジンワリと温かくなる感覚がする。大事にしてきた妹が役に立ちたいと言ってくれているのだ。嬉しく思わない兄は存在しないことだろう。
…妹の我儘を聞いてやるのも兄の務めか。できた妹を持って幸せものだな…。
「咲希は…信じるってことは、どういうことだと思う?」
「わーお。ビックリするくらい抽象的な質問だぁ…!」
「茶化すなよ。かなり真面目に悩んでるんだから」
「ごめんごめん。お兄ちゃんもそういうこと考えるんだーって驚いちゃった」
考えるさ。オレだって人の子なんだから。
うーん、と首を捻って考える素振りも様になっている。我が妹ながら可愛らしい。これを何の打算もなくやってのけるのだから、共学の高校に行っていたらきっと同年代の男子の恋慕を一身に受けていたことだろう。
そうならなくて良かった。
「そうだなぁ。信じるって何なんだろうね?アタシにも分かんないや。けど…一つ確信を持って言えることは、その人のこと好きって気持ちがあって初めて信じる選択肢が生まれるってことかな」
「好きという気持ち…?」
「アタシはいっちゃんやほなちゃん、しほちゃんのことを信じようって思うし、お兄ちゃんのことも信じようって思えるもん。それって多分、アタシが皆んなのこと好きだからだと思うんだ」
「そうか…。怖くないのか?」
「うーん…。怖くないって言ったら嘘になるよ。「もしも」を考え出すとキリが無いもん。…けど、だからこそじゃないかな。信じたいって望むだけなら簡単だけど、そこから一歩踏み出すことで互いの気持ちを通じ合えるって言うか。簡単なことじゃないからこそ相手に信じて欲しいって思えるんだよ。きっと、皆んな信じる代わりに信じられたいって、そんな風な関係でありたいんだよ」
それは…何と言うか。
「浅ましいな」
「うん。でも、それで良いんじゃないかな。浅ましくってもアタシは満足だもん」
「オレもそう思う。認めなければ終わりのないイタチごっこだ」
寧々はオレが対等な場所へ並び立つことを信じた。
類はオレが演出に応えより煌びやかにすることを信じた。
えむはオレが観客に笑顔を届けることを信じた。
皆んなオレのことを信じたからこそ共にショーをしようと力を貸してくれた。
多分…だけど。アイツらがオレを信じた分だけ頼って欲しかったのだろう。気兼ねなく背中を預けて欲しかったのだろう。
今度はオレが皆んなを信じる番だった。そしてオレは選択を間違えた。自分すらも騙して皆んなの期待を裏切ったんだ。上辺だけの信頼を嘯いて肝心な時に役に立たなくなる。アイツらがオレを好いてくれているからこその信頼だったのなら、裏切られた悲しみは相当に深いだろう。
なんだ。全部オレのせいじゃないか。決別しきれていなかった「臆病な天馬司」が再び顔を出して。オレは丸っきり、何も成長していなかったんだ。
「…ありがとう。少しだけ、何か分かった気がするよ」
「それなら良かった!さぁさ、ご飯冷めちゃわないうちに食べちゃお」
ほんの少しだけ軽くなった…ような気がする。変わらず爛漫と接してくれる咲希にこの上ない感謝を抱きながら、再び晩ご飯に手をつけ始めた。
☆
重苦しい鉛色の雲の合間からハリボテのような光が差し込んで、空想の中に生きているような感覚に襲われる。セカイの終わりを告げるような色ではなく、人の営みの中で起きる悪事をほくそ笑んでいるような色の空の下、雨上がり特有の湿気に満ちた悪臭が充満していた。
嘘みたいだが、ここはワンダーランドのセカイ。あの頭が痛くなりそうなほど明るい雰囲気は霧散して鬱屈とした雨上がりの様相を覗かせている。
特に深い理由もなく何となく来てみたが…一体何があったのだろう。疑問に思いながら水溜まりを避けてセカイを歩いていると、見覚えのある影が視界の隅を横切った。
お手本のような二度見をした後、小さく息を吐いてその影の主の方へ歩いて行く。
「おーい、起きるんだルカ」
「ぅん〜?あら、司くん。おはよう」
いつものように幸せそうな顔で眠りこけていたルカの頬を優しく叩いて起こす。ぽやぽやとした夢見心地な表情で目を開くが、本当に起きているのか疑わしいものだ。
「丁度屋根になっているとは言えこんな所で寝ていると風邪を引くぞ。と言うか何だそれ…空のバスタブ?」
「ショーで使わなくなったものを再利用してるの。この絶妙な狭さを感じながら雨音に耳を傾けて目を閉じると…とても気持ちよく眠れるのよ」
「雨音ってことはやっぱり雨が降っていたんだな」
オレが知る限りこのセカイは雨なんて降った試しがない。いつもカラッとした晴れだ。現実とは隔絶された空間なのでそんなものかと思っていたんだが…。しかしここに来て実例が生まれてしまった。
「ここは司くんの想いから生まれた場所だもの。雨が降るってことはきっと司くんに泣いちゃうくらい悲しいことが起こったのね」
「成程…。心情がそのままセカイの天気に影響を及ぼすのか」
情景描写みたいだ。“想いから生まれた”だなんてトンデモでオカシいセカイなんだから、そういうこともあるか…。
此方まで眠気を誘われるほど緩い語気で話していたルカが、何を思い出したか「そう言えば」と切り出す。
「KAITOから司くんに会ったらステージへ連れて来て欲しいって言われてたんだったわ。行きましょう司くん?」
「分かった、分かったから引っ張るな…うわっ!水溜まりの中へ跳ねて行くな!」
「うふふっ。たーのしいわねぇ」
濡れるのも厭わず心の赴くまま行動する姿は、一体誰に似たんだか。無邪気な姿に毒気を抜かれて自然と笑みまで浮かんでしまう。
…オレってもしかして
ふらふらと自由気ままに飛んでいく蝶のような彼女に、物理的にも精神的にも振り回されながら…。ワンダーランドに鎮座するショーステージへと到着する。
「KAITO〜?司くん連れて来たわよ〜」
「ああ、ありがとうルカ。それとこんにちは、司くん」
「…こんにちは、KAITO」
鏡でも見ているのかと錯覚するくらいに。ステージの上に佇んでいたKAITOに強い既視感を覚えた。そう、アレは役作りの為に壇上に立って考え込むオレに似ている。天馬司を一旦排そうとしているオレに。
客席に座ってはまた眠りに入るルカに呆れたような安心しているような表情を見せたかと思うと、いつもの精悍な顔付きでオレを捉えるKAITO。バーチャルシンガーが故の表情変化の滑らかさとスピードか。よく知らんが。
しかしこの緩急の自然さは見習うべきものがある。
「鈍重な雲が空を覆っているとは言え、雨が止んだところを見るに…。塞ぎ込んでいた心に余裕という間隙ができたようだね」
お陰様で、行き着くアテのない思考を挟めるくらいには回復している。
「ミクとレンは?ここには居ないようだが」
「二人は雨上がりのセカイを探検しに行ったよ。司くんを見掛ければ連れて帰って来て欲しいと頼んでいたんだけど、その必要は無さそうだね」
「…包囲網でも作ろうとしているのか?」
「そういうワケじゃないよ。ただ、司くんの顔を見ておきたかっただけだから」
言って、眉尻を下げて申し訳なさそうに笑う。そんな顔をされると出掛かった不満の溜飲も呑まなければならない。
小さく溜息を吐いてステージに登り客席を見渡してみる。薄暗く伽藍堂な雰囲気はショーステージとしては似つかわしくないかも知れないが、しかし独特な神秘性を感じられて結構好きだ。
「その目は…迷ってるのかな。何かやろうとしているけど、どうすれば良いのか分からない。そんな目だ」
「…なんで分かるんだよ」
「分かるさ。僕たちは君の想いから生まれたんだからね。僕は君で、君は僕だ」
「そういうもんか」
絶妙に納得し難い感じがあるが、しかし今までを振り返ってもKAITOはオレの理解者然とし過ぎていたし、実際に助けてもらったことも幾度かある。
…そうだな。一人でウジウジ悩んでいても仕方がないし。お前はオレなら好きにできる。
「アイツらに謝りたいんだ。信じられなくてごめんって。本音から全てを吐き出すことを期待されているから。でも…取り留めもなくもしもを考えてしまう。愛想を尽かされるかも知れない。自然と上辺だけのモノになってしまうかも知れない。しっかり誠意を込めて心からの言葉で話したいのに、どうしても怖くて踏み出せないんだ。…オレはどうすれば良い?どうすれば本音で語り合える?」
背中を押して貰いたいワケじゃない。ただ、どうすれば良いのか分からない。上辺だけの言葉に逃げずに正面から向き合えるようにする為に、その糸口が欲しいんだ。
正直な弱音を吐露して表情を窺い見る。KAITOは何が嬉しいのか静かに爽やかな笑顔を向けている。その生暖かい視線は辞めてくれと素直に思う。
「もしもを考えながらも司くんは今、その心を囲む檻を壊して翔び立とうとしているんだね」
「ステイホームはとっくの昔に終わってるんでな。それで、何か良い案はないか?」
「あるよ。でもこれは司くんにとってとても辛いことになるけど…」
「構わん。話せ」
オレにやれることなら何だってやってやる。
「…僕の案はシンプル。司くんを苛む過去から皆んなに引っ張り上げてもらうんだ。君が真に人を信用できなくなってしまった、君自身も蓋をしてきたあの過去から」
「それは…確かに辛いな。ただ単に自分語りをする気にもならないし…」
「そこは任せてよ」
「僕たちらしく、君たちらしく。ショーの感動で伝えようじゃないか」
言ってみせたKAITOはとてもイイ笑顔をしていた。
☆
キラキラと散らばっていた菱形の光が一点に集まり、そして霧散する。何者かがセカイへと訪れる時に差し込まれる演出のようなモノである。
現れた人は桃色の髪を揺らしながら賑やかなセカイを征く。その足取りは迷いなくショーが行われるテントの方へと向かっていた。
外観から想定される収容体積を度外視しただだっ広いテントの中には既に2名の先客が観客席に腰掛けていた。音を吸収するカーペットを踏みしめながら少女は二人の隣へと歩く。
「類くんに寧々ちゃん!こんにちは!」
「おや、えむくん。こんにちは」
「…まあえむも呼ばれてるよね」
桃色の髪の少女──えむは満開の花を思わせる笑顔で挨拶する。それに応じて類と寧々もえむの方へと身体を向けた。
「うん!司くんから「セカイのショーステージに来て欲しい」って言われて」
「何日も音沙汰無いと思ったら急に呼び出して…人騒がせな奴」
「彼にも時間が必要がだったんだろう。そう目くじらを立てずに」
「…彼って。随分と他人行儀じゃん」
「…理性と感情は別物ってだけだよ」
天馬司の欠点が露呈した翌日、「暫く休む」という短いメッセージだけを残して司は行方を眩ました。
えむ、寧々、類の3人はセカイに居るだろうと確信したものの、何故かセカイに行く為に必要な音楽ファイルが再生できずに弾かれるという現象が発生。確信こそあるものの確定できないもどかしさと、1ヶ月近くの猶予はあれどショーを前にして座長が半ば失踪した焦燥感。
何とか3人でもショーの練習をしておこうとしたものの、司が居なければどうにも上手く回らない。しかしそのことに甘んじてショーの練習をしないのも、司に疑いの言葉を掛けた手前取りたくない選択肢だった。
どことなく滲む閉塞感を振り切れないまま日々を送っていた。そこに突然訪れた「セカイのショーステージに来て欲しい」という連絡。色々と吐き出したい不満を飲み込んで──遠慮なく書き連ねた者も居るが──3人はここに集うこととなったのだ。
「でも、驚きとかより安心が先にきちゃったな〜。無事だったんだなって」
「…自分と向き合って、そして一つの解を得たんだろう。だからこうして戻って来た」
「………」
「寧々ちゃん?」
「……あ、うん。私もそう思う」
「なんだかボーッとしてる?大丈夫そう?」
「心配いらない。ちょっと考え込んでただけ……」
「ハロー!エーブリワーン!」
けたたましく壮大な音楽と共に現れた空色のツインテール。このご時世知らぬ者は居ないだろうその声の主は楽しそうに客席にいる3人を眺めた。
「あっ!ミクちゃん!」
「やっほー皆んな、ミクだよー!今日はステージに来てくれてありがとう!それじゃあ私たちのショーを楽しんでいってねー!」
「えっ…ショー?今から?」
「これは少し…想定外だな。ミク君も出るのかい?」
「今日のミクは語り手さん!それではそれでは〜?レッツショータイム♪」
ミクの声が響き照明は落ちる。数十秒間の暗転の後に、数多のライトが壇上を照らす。
「あれは…KAITOだね。本気の演技の時の顔だ」
『──♪』
「わぁ〜っ!すごい歌声!」
「流石はバーチャルシンガー。抑揚の付け方も上手」
ステージの中心で歌い、踊り、そして演技をする。力強く、時には繊細に。流るる水の如き身のこなしには沢山の技術が凝縮している。一身に脚光を浴び続けるKAITOは底知れない力量を感じさせた。
【彼は実力、名声共に広く知れ渡ったスター。多くの人を魅了しその道へと誘う正に一番星のような存在でした】
『今日は僕の公演に来てくれてありがとう!またいつか、何処かでお会いしましょう!』
【去り際でさえ人を惹きつける彼の姿。公演終了のアナウンスもお構いなしに観客たちは惜しみない拍手を送り、そしてその誰もが笑顔でした】
『凄い…。オレもいつか、あんな風に…!』
真剣にショーに見入っていた3人は後ろから聞こえてきた声に一斉に振り返る。いつからそこにスタンバイしていたのか、客席の後方に一つの影がぽつねんと立っていた。
【偶然と言うには余りに情熱的で、運命と言うには余りに劇的過ぎる出逢い。天馬司少年のスターを志す日々はここから始まりました】
悠々と観客席からステージへと登る司。このショーに出て来るだろうことは勘付いていたがまさか司のこれまでの歩みを見せるものだと推測できた者は居らず、皆一様に驚きを見せている。
自伝というのは得てして当たり外れの振り幅が大きいものだが…。それをショーに落とし込む形は珍しい。しかし、それもまた彼らしさなのだろう。
【劇団のオーディションに申し込んだ司くん。何とか合格を勝ち取って劇団アラカルトに所属することができました。そして、アラカルト所属の天馬司としての初日。司くんは良くも悪くも運命の出会いを果たします】
『同じくらいの歳の子が居なくってさ。良ければ友達になってくれないかな?』
『勿論!此方からお願いしたいくらいだ!』
【彼は司くんよりも前からアラカルトに所属しており、何度も大きな舞台で子役として抜擢されていた実績を持つ、謂わば目標となる存在。緊張していた司少年に声をかけて友達になろうという有難い申し出を断る選択肢はありませんでした】
次いで、劇団に所属してからの司の様子を映し出す。レンが演じる泰然としながらも表現者としての鋭さを持つ少年と、心底緊張しながらも威勢を失わない司が握手を交わす。
そして物語は続く。中々思うような演技ができない司少年と、レンの演じる少年との残酷なまでの力量の違いが演出される。
『司くん。そんなに追い込んだら身体に悪いよ。それに、違う人間を演じるのは君が思うよりも心に負荷が掛かる。…初めてできた友達なんだ。無茶はしないでくれ』
『心配してくれて感謝するよ。だが…オレは歩みが遅いんだ。皆んなが一歩で進む距離をオレは何十歩と歩かなければいけない。おちおち休んでられる暇なんて無いんだよ』
努力の対価は「成功」ではなく「成長」である。なんて言ったアスリートが居たけれど、その頃の司の成長は雀の涙とも言うべきものだった。
経験と才能の差。少年の頃の司の心を締め付け追い込んでいくのは劣等感だった。幾ら練習を重ね、考え、手を伸ばそうとも高みに届かない。
彼の友は悠然と壇上に立ち更なる飛躍を遂げようとしている。司にとっても周りにとっても比較するなと言うのは難しい話だった。
身体中を掻きむしりたくなるようなもどかしさを表現する司に、誰もが息を呑んだ。実際に経験した筆舌に尽くし難い感覚を繊細に伝える表現力にも、その生々しい感覚を受けて鳥肌が立っていることにも。
今まで見せてこなかった本気の演技を振るう天馬司がそこに居た。
【何度も折れそうになるものの、その度に再起する司くん。アラカルトに在籍してから早一年半、彼に転機が訪れます】
『司…だっけ。お前良いね。今度の舞台立ってみなよ』
『あ…ありがとうございますっ!』
【彼の一生懸命な姿が監督の目に留まり、舞台に立たせてもらうことになったのです】
ルカが演じる監督役の気だるげな感じは、普段の彼女の掴めなさが成せる技だった。
『おめでとう司くん。これからも一緒に役者として頑張っていこう』
『ああ、我が友よ!頼りにしているからな!』
同じ舞台に出ていた少年とも仲を深められた。天馬司の快進撃はここから始まる。
そこからは物語の展開も目まぐるしく変わる。
舞台に立ったことから司の才能は身を結び、加速度的に成長していく司。様々なことを経験し、先達から揉まれ、競い合って役者としての器が育っていく。そしてその現状に満足することなく、飽くなき探究心を持ち続け更なる実力を身に付けた。
楽しい。
当時の司は素直にそう思えた。舞台に立つことも、その為に研鑽を積むことも。全てが彼がスターへの街道を快適に歩くために在ると天狗になってしまいそうなほど。アラカルトが公演を計画する毎に名前のある大きな役を任されるのだから、それも仕方がないだろう。
【頭角を現し数々のショーで成功を収める。まさに順風満帆な芝居道。そんな中で司くんにとある話が持ち込まれます。アラカルト創設20周年記念公演にて、“これまでとこれから”を表す為に、若手筆頭として司少年を推していきたいと監督は言いました】
『で、演目はハッピーフェニックスの予定だけど…司、リオ役やらない?』
『っ……!はい!やらせて下さい!』
ハッピーフェニックス。内気だけど少し頑固な少年リオと、永い時を生きるフェニックスの日々を綴る。司がスターを志すようになった思い出の演目だった。加えて、そのショーでリオを演じていた役者も観に来るという噂を聞いた司は更にやる気を滾らせる。
失敗は有り得ない。成功すらも論外。誰も彼もを唸らせる大成功。それを成し遂げる。
決意を固めた司はこれまで以上に稽古に励む。同じ稽古場にいた役者をして「鬼神が宿っていた」と言わしめる気迫で。
脚本を頭に叩き込み、自身の演技を俯瞰して改善点を探し、素朴な衣装に身を包んで…。公演当日はやって来た。
ショーに携わる一人一人が熱意を持って仕上げてきた。全てをぶち抜いてウチのハッピーフェニックスが一番だと言わせてやるという想いが込められたステージに観客は大いに沸く。
大きな歓声と拍手を浴びながら一度舞台袖に引っ込んできた司。途轍もない熱が会場を包んでいる。これは大成功以上のものが期待できそうだと心を躍らせながら水分を補給する。
演目は山場を迎える。フェニックスを追い続けたリオが倒れ伏し、どれだけ手を伸ばしても届かない切なさに涙を流すシーンだ。
舞台袖から飛び出し、我武者羅にフェニックスを追いかけようと飛び出した。
『なん、だ…?』
途端、今までの記憶と不気味なキラキラが司の視界を埋め尽くす。まるで宇宙の中を気ままに飛んでいるかのような感覚が突然襲ってきたことに困惑を隠せない。
妙な温かさを孕んだ感覚に身を任せてしまいそうになるが、今はまだショーの途中だったことを思い出し、踠くようにして浮上していく。オレが演じるリオを観客が待っているのだと自分に言い聞かせて…。
見えたのは一面の白。次いで色んな箇所に走る痛み。苛む痛みに耐えて考えて…。司はステージの上に立っていないことを漸く悟る。立っているどころか何故か横になっている。余りの急展開に脳の処理が追いつかない。
『おう。目が覚めたか』
『…監督。オレはどうなって…ショーはどうなったんですか?』
【司くんはリオとして飛び出すと同時に激しく転倒し、その拍子にセットが崩れて司くんを覆い隠すように倒れてしまったのです。勿論ショーを続行できるような状況ではなく中止に。医務室に運ばれた司くんは数時間の後に目を覚ましました】
『足首の捻挫に右腕の骨折。頭にも少なくない衝撃がいって気絶してたが…大丈夫そうだな』
『すみません…迷惑を掛けて』
「っ…」
自分がヘマをしたせいでショーが続けられなくなった。その事実がどれほど心を抉るのか。寧々はその痛みを分かる。分かってしまうからこそ、自然と歯を食いしばってしまう。
失意の底に深く沈む司。精神的にも肉体的にも傷を負っているとは言え、演技から離れるわけにはいかないと見学だけはさせて貰えることとなった。先輩も後輩も、誰もが司の失態を責めず慰めの言葉を掛けてくる。
いっそのこと全部オレのせいだと罵ってくれた方がマシだったかも知れない。
そんな風に考えながら明るい稽古場の暗い隅の方で小さく蹲って人の演技を見る。ああ、なんてツマラナイ。
『犯人、見つけたぞ。あの転び方は尋常じゃないと思って調べてみればすぐ分かったわ』
ある日、リハビリがてら軽く演技をして汗を流している所に、監督が何者かの首根っこを掴んで司の元へやって来た。
…犯人って、誰かが作為的にショーを失敗に追いやったみたいな言い方だな。
監督の発言に引っ掛かる部分を覚えつつその誰かの顔を見てみると…愕然とした。
『驚いた?そうだよ、司くん。君があの場面で転ぶように僕が仕掛けた』
レンが演じる少年が投げやりな雰囲気で吐き捨てる。
司が出てくる位置からは見えないように精巧に罠を張って、あそこで転ぶように仕掛けを施していたらしい。
そんな監督の説明が右の耳から左へと抜け出ていく。どうやって、とかいつの間に、とか。そんな事どうだっていい。ただ一つ、怒りも悲しみも何もかも全てがない混ぜになった「どうして」だけが司の頭をぐるぐる回っていた。
『どうして…そんな事したんだよ。あのショーはオレだけじゃない、沢山の人の想いが詰まったものだったんだ。それを壊してお前は一体何がしたかったんだよ。それにオレたちは信頼し合って…』
『信頼?そんなものとうに捨てたよ。あるのはお前に対する怒りだけだ』
何か司の中でひび割れる音がした。それが何か分からないが、人として大切なものだとボンヤリと司は思った。
『僕より後に来たクセに。僕よりずっと下手だったクセに!何なんだよお前は!僕の前を行くんじゃない!お前はずっと僕の三歩後ろを歩いていれば良かったんだよ!調子に乗って自分こそが一番みたいな顔して舞台に立ちやがって…!腹が立つ腹が立つ腹が立つ!追い抜かれる痛みと恐怖を知らない愚図にこの上ない成功なんて積ませたら世界は終わる!これは大義だ!お前みたいな自己中な奴が人の上に立たないため゛っ』
『…悪い。ここに連れて来るんじゃなかったな。コイツの処理はこっちがやっておくから』
見事に鳩尾にブローを喰らい倒れ伏す…演技をするレン。
鳩尾にブローを決め込んで気絶させる…演技をするルカ。
側から見れば思わずツッコみたくなるような画なのに、茶化そうとする気概なんて湧かないほど司の崩れかかった精神が観ている者の心をキツく掴む。
信頼していた友が見せた狂気と裏切りに泣きそうな顔をしているのに、直ぐに何でもないような顔をして動き出す司。極めて「いつも通り」の動きをしようとする裏腹に、注視すれば何処となく無機質な雰囲気が感ぜられる。
そして、舞台全てが暗転。
『…疲れたな。そうだな、オレは疲れたんだ。こんな事になるくらいなら、オレはもう…』
闇の中からそんな声が聞こえて長い静寂が訪れる。
類は難しい顔をして唇を噛んでいる。共に歩んできた仲間が唐突に反転してしまう様子を見て来たからこそ。
寧々は俯いて考え込んでいる。この場にいる誰よりも司の苦しみを理解できるのは自分なのに、心無い言葉を掛けてしまったから。
えむは透き通るような涙を流している。歩んできた道のりの過酷さと出逢えた奇跡に感動が訪れた。
「…別に、同情してもらおうとか言い訳をしようとか考えてこんなのを用意したワケじゃないんだ」
闇一色だったステージに小さな光が差し込んで小さな背中を映し出す。
「これはオレなりの謝罪であり…覚悟だ。オレはこの過去を言い訳にしてお前たちを真に信じようとしなかった。そんなオレからの脱却を、オレは心から誓おうと思う」
訥々と話す様子に嘘は無い。「仲間を信じる天馬司」を演じる彼は居ない。
「…このショーはまだ終わっていない。こんな鬱屈とした終わり方、オレは嫌だ。でも、このショーの結末はオレじゃ決められない。ピリオドを付ける役目を…お前たちに任せたい。これがオレの、お前たちを信じる為の第一歩だと思って」
「臆病で、自信過剰で、繊細で…。どうしようも無いところなんて沢山ある。情けなくもスターを目指す身の程知らずの大馬鹿者が差し出す手を、どうか取ってはくれないだろうか」
「もう一度、お前たちと最高のショーをする為のチャンスをくれないか」
祈るように、縋るように…そして躊躇いがちに。伸ばされるその手を。3人は──。
強く引っ張り抱き留めた。
「ありがとう司くんっ!勇気を出して謝ってくれて、私たちを信じようとしてくれて、ありがとう!!」
「ごめん、なさい…。事情も知らないで好き勝手言って…。それでも一緒にショーをしたいって言ってくれて、嬉しかった…っ!」
「色々と言いたいことはあるけれど…。君が居ないと僕の演出も退屈なんだ」
「…ははっ。少し、苦しいよ」
【心に深い傷を負った少年は、けれども情熱を諦めきれずにまた歩き出しました。そこで出会った掛け替えのない仲間と共に、これからもショーを作り続けることでしょう。誰もが笑顔になるような…そんな最高のショーを!】
「めでたしめでたし!だよね♪」
次回、夏イベスト最終回。今週中には上げられると思います。多分。
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