私の夢はプリキュアになることでした。
さて。合格通知が届き天馬家が淑やかなお祝いムードになってから数日、合格者は正門にて待機とのことだったので早めに到着して待機しておく。
同じく合格者の人たちが続々と集まり、其々の配属先のステージの先輩方に引率されていく。オレの所にも引率役のスタッフさんが来てくれたのだが…。
「天馬さんが本日から働かれるステージは此方です。少し離れていますのでついて来てください」
「は、はい…!」
驚いたことに着ぐるみが引率役である。しかも見た目にそぐわぬ重低音ボイス。普段なら可愛いマスコットだと思えるのだが、妙な威圧感が肌を撫でつけ自然と背筋が伸びる。
言葉少なく前を行く着ぐるみさんについて行くが、どんどんフェニランの中心地から離れて行く。客足も疎になり、碌に手入れもされていないのが丸分かりなほどボサボサと木が生えた、ストレートに言えば閑散とした場所へと誘われる。
まさか合格したなんてのは嘘で人気のないところでシメるつもりじゃ…なんてことを考え、言いようのない恐怖に膝が笑いそうになる。
「あ、あの。見渡す限りステージは無いように見えるんですが」
「ご心配なく。この道を行けば配属先のステージが見えてきます」
「道なんてどこにも…いや、確かに分かりにくいけど道がある」
此方の困惑など気にせず進んで行く着ぐるみさん。躓きそうになりながらついて行く。
急に視界が開けたかと思えば、寂れたステージが視界に飛び込んできた。塗装が禿げているところはあるし所々錆びが目立っている。何とも頼りないボロステージだが、そこには確かに歴史の呼吸が感じられ、絶妙な木漏れ日の差し込み具合により神秘的な印象を受けた。
ほぅ、と溜息を漏らす。何もかもが一新されて郷愁的なものを感じられなくなり、仄かに残念に思っていたのだが…。しかしこんな場所もあるのかと感心する。粋なことをするじゃあないか。
自然とステージへと足が向かう。直に触れてみれば閑かなこのステージが長く愛されてきたことが分かる。優しい手触りだ。
ゆっくり滑らかに指を這わせながらステージ全体を見渡していると、傾いた看板が目に入った。
「【ワンダーステージ】?このステージの名前か…」
フェニックスワンダーランドの一部の名を冠しているとは。【フェニックスステージ】は最新の設備が充実している屋内の劇場だったが、ここは対照的に野外でアナログな雰囲気。偶然が必然か、何だか運命的なものを感じる…。
「とぉーーーーーっ!」
「!?な、何だ!?」
どこかの上弦の参のように唐突に現れた影。その正体は桃色の衣装に身を包んだ少女であった。
余りに突飛な事態に情報を整理できないでいるオレを他所に、天真爛漫を絵に描いたような笑顔で溌剌とした声で歓迎する。
「ようこそっ☆笑顔いーっぱいのワンダーステージへ!じゃあ皆んなで行くよ!せーのっ、わんだほーい!」
「……???」
わんだ、なんだって?
これは…このステージ特有の挨拶か何かか?新入りに対する洗礼か。着ぐるみさんも少女の後ろで華麗にポーズを決めている。どうやらワンダーステージは文化圏が違うようだ。
ダメだ、情報が完結しない!冷静な思考ができない!
「せーのっ、わんだほーい!!」
「……わ、わんだっほーいっ!」
郷に入っては郷に従え。同じトーン同じセリフを繰り返した少女に向かい、見様見真似で返す。ほら、同じ行動をすれば仲間だと思ってくれるみたいな、そういう習性があるかも知れんし…。
役者天馬司、最大の空気読み。こんな所で適応能力の限界に挑む事になろうとは思わなんだ。
そんなオレの行動は正解だったようで、少女は満足げに頷いている。熊を前にした登山客のような心理状態にも余裕が出てきた。
「うんうんっ。素敵なわんだほいをありがとうっ!あたしはここでショーをしてる鳳えむ!よろしくね、司くん!」
「なるほど、先輩でしたか。誠心誠意ショーキャストを務めますので、よろしくお願いします。鳳先輩」
「あ、此方こそ…じゃなくて!そういうお堅いのはナシ!このワンダーステージではみーんな仲良く笑顔でいること!それがワンダーステージのお約束!」
だから敬語禁止!なんて言ってビシッと人差し指を向けてくる。幾ら幼い印象を受けようと先輩である事には変わりないので敬うべきだろうと思っていたが、どうやらお気に召さなかったらしい。
敬語禁止の先輩命令が出たからにはそれに従うまでである。ステージ上じゃあるまいし頑固になるべき所では無い。
「了解した、鳳さん」
「さん付けも禁止!苗字呼びも!」
「…分かったよ、えむ」
注文に従っていく内にいつの間にか名前呼びでラフな言葉遣いで話し合うことになってしまった。初対面の相手に砕けた態度で接するのは余り得意では無いが…満足そうに笑んでいるえむを見ていると自然と毒気が抜かれる。まあ良いか、なんて思える。
…ん?ボロステージで働くことに抵抗は無いのか、だって?
あるワケが無いさ。ショーに携わることができるなら古い新しいは問題では無い。設備の老朽化は無視はできないが、経費で落としてもらおう。無理ならポケットマネーを使って整えれば良い。
それに、このステージのキャストはオレを除けばえむと着ぐるみさん以外には居ないみたいだし…ステージの上に立つ機会を最初から得られるなんて幸運でしかない。お世辞にも集客性が良いとは言えない立地だが、まあ何とかなるだろう。
総じて、恵まれた環境であると言えるだろう。
「しかし、アトラクション新設に伴いステージも改築、新築する予定だと聞いていたが…」
「仰る通り、ランドの全面改修にあたりステージも取り壊し、新しくする予定でしたが…現在、ステージだけ工事が延期になっております」
「ということは、今はショーをされていないということですか?」
「してるよ〜♪今日はお魚の世界のショー!あたしマンボウ役やったんだ!お客さんは居なかったけど!」
着ぐるみさんの説明に問い返せば、えむが笑顔で無人のステージでショーをやっていたことを告白する。その光景を想像すると何だか悲しくて「居ないのかい」なんて突っ込むのは憚られた。
そんな憐れみにも似た気持ちを抱いているなんて知らないまま、何も気にしていなさそうな様子で笑顔を浮かべるえむ。
誰かこの子を偉い子部門で表彰してやってくれないか。この強いメンタルは称賛されるべきと思うんだ。
しかし、工事が延期か。一体どういう理由でそんなことになっているのかは置いておくとして、重要なのはショーが出来るのかどうか。
着ぐるみさんの返答はYES。改修前とは言え充分な集客ができれば問題ないとのこと。
ショーができるということなら御の字。あとは誰もが唸るショーをして見せるだけなのだから。まあ、それが一番難しいんだが。
「こんな大馬鹿野郎の力で良いのならば協力は惜しまない。誰もが笑顔になれる、そんな最高のショーを作り上げよう」
「うんっ!キラキラいーっぱいのワンダーステージで、お客さんみんなが笑顔になれるショーを!一緒に頑張ろうね、司くん!」
右手を差し出せばえむは嬉しそうにその手を取り、オレたちは固い握手を交わす。着ぐるみさんは息を潜めてその様子を写真に収めていた。歴史的瞬間になるかもしれない場面をバッチリ撮影する仕事ぶり、オレは敬意を表するッ。
というワケでショーをすることになったは良いものの、目下解決せねばならない問題がある。
「それはキャストの少なさだ。オレとえむと着ぐるみ集団だけではやれることも限られる。人の数だけショーの数はあると言っても過言ではないからな…引き出しは多いに越したことはない」
「ふむふむ。皆んなでやった方が楽しいもんね!」
えむの反応に一種の感心を覚える。ちょいと純粋すぎじゃあないか心配になってくるくらいだ。
ステージ上で歌い踊り演じることは当然のことながら、脚本の作成にステージ衣装を自前で用意できるほどの裁縫技術、アクロバットも嗜んでいるのに加え楽器の演奏もできて、オマケに絵も描ける。嘗ての同僚から「オマエは逆に何ができないんだ」と言われるくらいに多才なオレと言えど、勿論のことながらできないことはある。
舞台照明・音響・操作等の舞台技術分野は少し齧ったことがある程度だし、プランニングなんかはからきし向いていない。えむもどうやらそういう技術方面にはとんと知識がないらしく。
「演出を担当してくれる人材を確保するのが先決だな」
ショーをするにあたって欠かせない人材。引き込むのは急務と言える。演者としてステージ上にも出られるなら尚のこと良し。そんな条件を共有して勧誘の為にステージの外へと飛び出す。
…が、当然の如くそんな人材が都合良く現れるワケもなく。
「ムリ」
「嫌」
「何処だよワンダーステージ。架空のステージ?」
色々なステージに赴いて片っ端から勧誘をかけるが、たった2文字で拒否される。その上、ワンダーステージをそもそも知らない人が多数。けんもほろろも良いところだ。
分かってはいたことだ。フェニランで働いている人すら知らないステージで、かつガキ二人と着ぐるみ集団で構成された所で演出を担当してくれる奴なんて、冷やかしが目的か相当な物好きしか居ないだろう。ダメで元々、そう思っていたのは確かな筈なのに…こうもにべもない態度を取られると腹が立ってくる。
頭を冷やしがてらフェニランを歩き回る。
隣にはステージ衣装に身を包んだえむと着ぐるみさん続いて歩いている。側から見ればマスコットキャラクターとその付き添いのゲストさんが触れ合いに来たように見えるワケで。ちびっ子たちがゾロゾロとそこへ集まって行った。
手慣れた様子でちびっ子たちを次々と捌いていく二人を巻き込まれないように離れて見ていると、遊園地には似合わない異音が耳に届いた。気がする。
辺りを見渡すと、特に変わった様子は無い。少し遠くでちびっ子たちと戯れている二人と、空中を悠々と飛んで行くドローン。後はそぞろに歩く人の群れ。いつものフェニラン……。
「ん?…ドローンだと?」
頭上を飛んで行くドローンを再度見遣る。夜のパレードなんかで使うならまだしも、こんな昼間から何でもない道の上で飛ぶものなのか…?
縦横無尽に飛び回るドローンを目で追うと、そこには不適な笑みを湛えた青年が立っていた。周りには小型の自律型ロボットとドローンが隊列を成し、均一的な美しさを醸し出している。
「──あるところに、変わり者の錬金術師が居ました。彼は錬金術を使って自由に暮らしていましたが、その力のせいで街に住む人々から恐れられていました」
そんなありきたりな語り出し。それをドローンが多彩な色を放って点滅し、小型ロボットが忙しなく動く様でイメージを補強している。青年もどこか妖しい雰囲気を纏って、錬金術師の得体の知れなさを演出している。
「そんなある日、街に旅の一座がやって来ました。一座のショーを観た人々は皆笑顔になり、覗き見ていた錬金術師もまた、そのショーに心奪われました。」
「錬金術師は思いました。──僕もこんな風に、ステキなショーをしてみたい!」
旅の一座によるショーで活気が溢れる様子を表現している。語り口調の青年も感情の入った、しかし程よく力の抜けた良い姿勢だ。非常に分かりやすい脚本とくどくない緩急の付け方もマッチしている。
総じてかなり完成度が高いショーだ。周りに青年以外に人が居ないのを見れば、これを一人でやっているということが分かる。一度でもショーを観たことがある人ならそれがどれだけ難しいことかは容易に想像できるだろう。
「わあ…!色んなロボットと一緒にショーをしてる!」
いつの間にか隣に来ていたえむが彼のショーを観てキラキラと瞳を輝かせている。ワンダーステージは最新技術とは無縁そうなので魅入る気持ちも理解できる。色んなショーを観てきて目が肥えているオレも素直な感嘆の思いが湧いてくる。
だがしかし、あれ程の腕を持つ青年がどうしてこんな所でショーを?あの腕ならば若くとも引く手数多だろうし、後進育成の為のゲリラショーということでも無さそうだしな。
「着ぐるみさん。彼のことは知っていますか?何処のステージに所属しているのかとか…」
「ショーキャストの方々の顔と名前は、先日の面接で合格した方のことも覚えているつもりですが…彼のことは存じ上げませんね」
可愛い着ぐるみから放たれる重低音に気が散りながらも重要な情報は聞き逃さない。
つまりそれは、彼が部外者ということではないだろうか。無関係の人が突然ゲリラショーを始めたということになるのではないか。
…オイオイ。路上でやるならまだしも、人気テーマパークのガッツリ敷地内でやるなんて。怖いものなしか、アイツ。
感心が疑念に変わり、そして呆れにまで堕ち始めていると、警備員の方が棒状の赤色灯──通俗的にはライトセーバーと呼ばれる物を振り上げながら青年を追い出さんと怒鳴りながら走って来ていた。
迫り来る警備員をその目に認めた青年は肩を竦め、その身を翻す。
「おやおや、邪魔が入ってしまったので今日はここまでだね。続きはまた次回にしようじゃあないか。錬金術師のショーが成功したのか想像して待っていてくれたまえ!」
「「「えぇ〜!?」」」
「待てェーッ!毎度懲りずに無断でショーするんじゃあない!」
ショーを観ていた少年少女とえむの残念そうな声と、怒り心頭と言った感じの警官、楽しそうに逃げる青年とそれをゲンナリとした目で見送るオレ。事態は混沌と化していた。
突如として迎えた終わりに妙な騒めきと不完全燃焼感を残しながらも、観客たちは散り散りになっていく。そうしていつも通りのフェニックスワンダーランドの空気が戻ってくるのだ。
「スゴいショーだったね、司くん!」
「まあ、そうだな。見事な演出とクソ度胸だった」
部外者が無許可でテーマパークの敷地内でゲリラショーを行うなんて、頭のネジが数本ぶっ飛んでいなければやろうとは思わないだろう。常識に囚われない考え方はギリギリ…本当のギリギリに尊敬に値する所だったりなかったりするかも知れん。
…待てよ。アイツはどのステージにも所属していない部外者なんだよな?つまり引き入れるチャンスは十分にあるということだ。
一目見ただけでも演出家としての腕はかなり良いことが伺える。アイツを演出担当としてウチに据えれば即戦力間違いなしだろう。
倫理観が緩いことを除けば理想的な人材じゃないか、アイツ。
「なあえむ」
「なあに司くん」
「あの演出をバックにショーをしたいか?」
「したい!」
「ならばアイツを勧誘するか」
「さんせー!」
という感じでトントン拍子に謎の青年を勧誘することになり、その後手分けして園内を探したのだが、結局彼の姿を見つけることはできなかった。
☆
「よぉ司。昨日バイト初日だったんだろ?どうだったよフェニラン」
「どうだった、か…。一言で表せば“渋滞”だろうか」
「何言ってんだオマエ?」
翌日、神山高校へ登校するとクラスメイトが話し掛けてくる。中学時代からの付き合いの奴だ。バイト初日の感想を聞かれ素直な所感を言えば首を傾げられた。そりゃあそうだろう。詳しく説明すると長くなるので彼には困惑したままで居てもらおう。
「ああそうだ。この辺りでロボットを使ってショーをしている奴を見かけたことはないか?紫色を基調とした髪で、薄ら笑いを浮かべていて…」
「個性のデパートみたいなヤツだな、ソイツ…。ああでもその特徴、最近隣のクラスに転入してきた神代類に当て嵌まるな」
「神代類?」
曰く、名門校からの転入生で頭は相当に賢い。
曰く、かなりの変人で授業中に機械弄りをしたり薄ら笑いを浮かべたりしている。
曰く、不定期で路上パフォーマンスを行っているらしい。
尋ねてみれば情報が出るわ出るわ。オマケにそのパフォーマンス中の神代の様子を収めた動画も見せて貰えた。昨日フェニランで無断ゲリラショーを行っていたアイツと同じ顔である。
灯台下暗しとはこのこと。まさか同じ学校に在籍しているとは何とも幸運でご都合的。運命はオレに味方していくれているようだ!
「隣のクラスだと言ったな。情報提供感謝する」
「いいって。またショーやる時は教えてくれよ?かーちゃんが「司くんのショーをまた観たい」ってウルセーからさ」
「もちろん!オレの晴れ舞台を家族で観にくるといい!」
会話がひと段落ついた所で担任の先生が教室へ入ってくる。また放課後に神代の元を訪ねようかと考えながらホームルームの時間を過ごした。
昼休みになった。教室で席を寄せ合う者、食堂へ行く者、外へ出ていく者と様々な姿が見受けられる。
浮き足立っている騒めきの中、ある程度机の上を片付けてから神代の居る2年B組の教室へと足を運ぶが…。
「神代?トイレにでも行ったんじゃない?知らないけど」
「入れ違ったか…。早めに来た筈なんだがな」
既に神代は教室から姿を消しており、同じクラスの人も何処に行ったかは知らない様子。待っていれば帰ってくるかと思い、B組にいる友人に神代についていくつか尋ねながら待たせてもらうことにした。
「アイツこえーんだよな。授業中ずっとなんかブツブツ言って笑ってるし」
「コミュニケーションができないワケじゃないんだよね。寧ろ話しやすい部類だし。けどその分何考えてるのか分かんなくて近寄り難いってゆーか」
「なんか見えない壁みたいなの感じるんだよな」
話し合いができないワケではないが、気難しそうな所もあって積極的に関わりたくない。そんな印象が大体の総意らしい。昨日ショーをしていたアイツは心底楽しそうで気さくな印象すらも感じていたので、ここまで遠巻きにされているのは少し意外かも知れない。
ふむ…。外面を取り繕うのが上手なタイプか。他者との交流は持たなくとも良いと割り切る冷たい一面があり、しかし偶に何かに熱中したような表情を覗かせる、と。何か根深い問題がありそうだ。心に刺さった棘が苛んでいるかのような…。
ほとんど無意識的にプロファイリング擬きをしかけていたのを頭を振って止める。役柄の為にその性格を“降ろす”のならオレも厭わないが、そうでない時に無遠慮に人の事情に踏み込むのは余りに無礼だろう。
10分ほど待っても神代の姿が見えないので、仕方なく学校の中を探してみることにする。中庭に行き、購買に行き、運動場へ行き…。入れ違いになったかもなんて考えながらも目撃情報が無いかと聞き回るが何も得られず。強いて言うなら2年の教室が並ぶ2階廊下を通ったことだけは分かったが、それ以外には何も無い。
要は手詰まりである。
一体何処へ行ったのだろうか。まさかここまで見つからないとは思わず、避けられてしまっているのではないかとさえ思った。気疲れしてしまって廊下の壁に背を預けて溜息を吐く。どうしたものかと徐に窓の外を眺めると、小さな影がフワフワと浮いているのが見えた。
「……ん?ドローン!?」
なんと、小型のドローンが滞空しながらレンズを此方に向けていた。
そこはかとなくデジャヴを感じながらドローンを見遣る。よく耳を澄まさなければ気付かない飛行音に、視覚効果を利用した見落としやすいフォルム。カメラが付いているのは勿論、よく見ればマイクすらも搭載している。
追い掛けていると思っていたら追い掛けられていた。何を言っているのか分からないと思うが、オレにも分からない。だがまんまとしてやられたということだけは理解できた。
態々こんな手の込んだことをするのは…現状一人しか思い浮かばない。
「神代類、そのマイクを通して聞こえているんだろう…。オレは君に用がある。其方に行くから何処に居るのか教えて貰えないか」
キラリと光るレンズを見つめながらそう言えば、ドローンは窓から学校の中へ侵入し、オレの頭上を通り去って行く。これは…ついて来いということだろうか。
この学校の生徒とは言え、敷地内でドローンを飛ばすのはどうなんだと思いながら後ろをついて行く。昨日のを見る限り許可なんて取りに行っていないだろうし。やはりちょいと倫理観が振り切れている節があるようだ。
ドローンが向かっている先はどうやら屋上らしい。普段は施錠されている筈だし、教員の付き添いが必要という条件もあるんだが。もう何が起きても大して驚かない自信がある。ゲンナリとしながら階段を登った。
案の定、屋上に行く扉が開けっ放しにしてある。漸く邂逅かと呼吸を整えて屋上へと一歩踏み出した。
「やあやあ天馬くん!いずれここに辿り着くとは思っていたけど、まさかドローンに気付くなんて。君のことを侮っていたよ」
「そりゃどーも。一応聞くが、付き添いの先生は?」
「居ないよ?ノイズは無い方が良いからね」
「…施錠されていた筈だろう」
「ほんと不用心だよね。南京錠一つなんて直ぐに突破できるのに胡座を掻いてさ」
このオレこと天馬司と、推定倫理観ゆるキャラ神代類。漸く顔を合わせることとなったが…この短いやり取りで頭のネジが飛んでいることが分かった。
「…そのドローンは神代が作ったのか」
「ああ、そうだよ」
「となると、昨日フェニランで見かけたロボットもか?」
「おや、僕のショーを観ていたのかい?もしかして君は僕のファンなのかな。用というのはサインか何かだろうか?」
「違う。オレはお前を勧誘しに来たんだ」
勧誘という言葉に首を傾げる神代。何とも態とらしくいじらしい仕草だが、妙に様になっている。
ここからはオレのスカウトマンとしての実力の見せ所だな。とんとスカウト経験なんぞ無いが、ライブ感で乗り切るしかあるまい。
「昨日のショーを拝見させてもらったが、君の演出家としての腕はかなりのものだ。演者としての実力も伴っていた」
「おや、意外に高評価だね。どうもありがとう」
「だからこそ、君を勧誘する。君の最高の演出を最大限に活かし、更により良いショーを作り上げることを約束しよう」
「成程。それはそれは…面白そうだね」
よし、中々良い反応だ。後はもっと押して行けば…!
「その誘いは断らせてもらうよ」
…ワンダーステージに配属されて2日も経っていないと言うのに、前途は余りにも多難である。
毎年毎年スギ花粉には頭にきますよ!目が痛いですね…これは痛い…。