「その誘いは断らせてもらうよ」
神代類は確かにそう言った。まさか断られるなんて思っていなかったから頭が真っ白になる──。
ということはなく。先輩方のアドリブがいつ来ても対応できるように身構えることには慣れているので思考が止まることはない。
取り付く島もない様子で断られたならまだしも、此方の言い分に耳を傾けて吟味してみるくらいの余地が神代にはある。その事実が確認できただけ御の字だ。挽回のチャンスはまだある…筈。
「参考程度に、どうして断るのか理由を尋ねても?」
「僕はね。ひとりで気ままにショーをするのが好きなんだ。僕なりに観てくれる人が心から楽しめるようなショーを作っていければそれで良いんだよ」
「確かに神代ほどの実力があればひとりでショーをすることも可能だな。だが、それは保守的な思考だと言わざるを得ない」
「へぇ…言ってくれるね。何故そう言い切れる?」
「“最高のショーはひとりではできない”」
これはオレが役者として活動してきた数年間で実感したことだ。
志を同じくした仲間と一緒にショーを作り上げるのはとても楽しい。どういうアプローチで演じれば良いのかを話し合ったり、時にはぶつかり合ったりしながら。一人一人のショーに賭ける情熱が、妥協してなるものかという執念がショーをより良いものにしていく。
勿論、情熱や執念だけでは空回りするだけではあるものの、情熱を絶やさずに居られる人が研鑽を怠る筈もない。神代類、お前だってそうなんだろう?
熱い想いがお前を突き動かしているからこそ、一人でもショーをしているんじゃないのか。その自分が好きで好きで堪らないショーの面白さや楽しさを一人でも多くの人に届けたいと、そんな信念を持っているんじゃないのか。ショーへの尽きぬ憧憬があるんじゃないのか。
…と、少なくともそんな考えはあるんじゃあないかと思っている。ケッコー希望的観測かも知れないが。
神代は息を呑んで目を見開いているところを見れば、そう的外れなことは言ってないと思えるけど。
「才能も技術も必要だが、そこに情熱が無ければ話にならんとオレは思う。そしてその情熱はショーを通して伝播していくんだ。それが二人、三人と増えて行けばもっと伝わり易くなる。一人じゃ伝わりにくい情熱や感動をより届けられる」
「……一理あるね」
「それに、勧誘を受けてくれるなら君はフェニランのステージでショーをやれる環境と、演出に全力を以って応える人間…つまりこのオレを、手に入れることができる。悪い話ではないだろう?」
「ふむ。確かに悪くはなさそうだ」
しっかりと利点も提示しておく。一人じゃできなかったことも、誰かを頼れば案外上手くいくこともあるだろう。
顎に手を当てて悩む素振りを見せる神代。どうだ、このオレとショーがしたくなったろう。ウチに加わってくれれば、スターの威光を思うがままに扱える楽しさというものを教えてやるぞ。
思考に耽っていた神代が俯かせていた視線を上げて口を開いた。
「今考えてみたけれど、君の勧誘に乗るのは僕にとってとても良いことだと判断したよ。誰かと協力してショーを作る楽しさと、生身の人間を使ってやりたい演出ができる自由さ。僕に足りていなかった部分だからね」
「おお!ならば…!」
「でも断る」
上げて落とされ、新喜劇みたくズッコケた。
「ど、どうしてだっ!?今のは手を差し伸べ合い固く握手をする場面だろう!」
「ふふっ。良い反応をしてくれるね。流石は体全体を使って表現する役者だ」
役者の部分を強調して目を見つめてくる。そんな遠回しかつ意味深に言われたって何も分からんぞ。まどろっこしい腹の探り合いは苦手なんだからな…。
「そう、君は役者だ。正確には“だった”かな?」
「…お前、オレのことを知っているのか」
「小さな頃からショーに触れていたからね。君の名前はよく聞いたさ。劇団【アラカルト】の期待の新星、天馬司くん?」
アラカルト。オレが在籍していた劇団だ。オレは役者としての「いろは」を学び、仲間と共にショーを作り上げる大切さを知り、追う者と追われる者の残酷な競争と闇を間近で見て…一度夢を失った場所。
走馬灯のように色んな記憶が脳を駆け巡って頭痛が起きる。輝かしい記憶も闇に葬ってしまいたい記憶も、全て今のオレの一部だ。唐突のフラッシュバックに視界がパチパチ光り、順応していくようにボヤける中で絞り出すように声を出す。
「…昔の話だ。今のオレはショーキャストのアルバイトに過ぎない」
「そうだね。君は舞台から忽然と姿を消した。あれだけショーをするのが楽しくて仕方がないって感じだった天馬司が不自然に、ね」
「なにが、言いたい。要点を話せ」
「端的に言うと、僕は納得がしたいんだ。一度舞台から降りた君がどうしてまたショーをしようとしているのか。納得できないと先に進めないんだ」
頭の痛みが徐々に引いていく。それに比例するように神代の言い分も正確に理解できるようになっていく。
そうか。傍目から見たらそうだよな。急に劇団を抜けた人間がまたステージに立つなんてチグハグだ。客観的に見ればその疑問も非常に尤もである。
どうしたものだろうか。ポツポツと話しながら考える。
「それに対する返答は、
「
「そこについては、ただ若さ故の過ちで己の首を絞めてしまっただけだと言っておく。…つまり、諦めの悪い男が夢へ辿り着く別ルートを見つけて歩んでいるという感じだな」
オレの言葉を咀嚼するように数秒の間押し黙り、そしてまた疑問を投げ掛けてきた。
「その夢というのは一体どんなものなんだい」
「オレが携わるショーで沢山の人を笑顔にすること。叶うならそのショーの中心で秩序となり、太陽となり、歌い踊り演じる度に笑顔の輪を広げられるスターになりたいんだ」
「…随分と大きな夢だね。愚かしくも傲慢で強欲な夢だ」
けど、嫌いじゃない。
そう言って微笑んだ神代は右手を差し出した。
「納得できたよ。君の根幹を成すものと、ショーに賭ける情熱が嘘じゃないことを知れた。君とショーをするのは…とても楽しそうだ」
「おお!つまり、今度こそ…!」
「君の勧誘を受けよう。よろしくね、天馬くん。それと僕のことは類でいい」
「ならオレのことも司でいい!期待しているぞ類!」
「此方こそ、司くん」
心の距離が縮まったことを感じながら固い握手を交わす。演出に造詣が深い者が加わってくれるのは心強い。しかも目指すべきショーの形は限りなく近いときた。中々どうして追い風が吹いてきたぞ!
小躍りしてしまいそうになるほどに逸る気持ちを抑えて、スケジュールについて話し合おうと類に向き直る。すると、類は何か悩んでいるのか難しい顔をして屋上の下を見つめていた。名前を呼べば決心した表情を此方に向けてくる。
「ところで司くん。君が誘いたいのは演出家だけかい?」
「いや、役者も探している。人手不足なものでオレも余裕が無いんでな。それなりに実力がある人間が好ましいが…」
「なら、一人誘いたい人が居るんだけど良いかい?子供の頃からショーに触れて劇団にも所属していた経歴があるからね。実力も折り紙つきってヤツさ」
「そいつは重畳!是非とも加わって貰いたい!」
どこまでも運命はオレに味方してくれるみたいだ。まさかこんな直ぐに演出家と役者を引き入れることができるなんて、明日辺りに局地的に槍の雨でも降りそうだ。
「できれば今日の内に顔合わせはしておきたいが、良いか?連休という書き入れ時が近いからな。連休初日にはショーができるように間に合わせたいんだ」
「僕は大丈夫だよ。推薦するメンバーについては僕から話しておこう」
「助かる。それで場所なんだが、其方にマップを送るから──」
少々急ぎ足なスケジュールを共有して、その場から解散する。さて、一度ステージ衣装を取りに家に戻らねばならんな…。
☆
「あたしたちがショーをする時はドローンをね、シュシュッシャシャシャーッ!って飛ばしたいな!」
「流れ星みたいに飛ばしたいんだね。高エネルギー運動によるプラズマ現象で、力強さを表現できるだろう」
「あっ、でもファラファラ〜って飛ぶのも楽しいかも?」
「ルリタテハの飛び方だね。確かにあの蝶のような不規則な動きは、超然とした雄大さを表すのに誂え向きかもね」
「…アイツら会話が成り立っている、のか?」
初めて顔を合わせることとなったえむと類だが、すぐに打ち解けてショーの話で盛り上がっていた。が、同じ言語の筈なのに側から聞いていると他言語コミュニケーションのように聞こえてしまう。
感覚的なものを擬音で表すえむと、確かな知識と技術にそれを言語化する能力に長けた類。正反対のように思えるが意外と相性がいい。
態とらしい咳払いをして会話を中断させる。ショーの演出について語り合っているのを邪魔するのは悪いが、必要なことを済ませてからにしてもらいたい。
「で、だ。推薦したいと言っていたもう一人のメンバーは?姿が見当たらないようだが…」
「さっきまで一緒に来ていたんだけどね。ただ、彼女は少し話すのが苦手でね。呼んでくるから待っていてほしいな」
そう言って茂みの奥へと消えていく類。これでなんとか最低限ショーをできる人数の確保ができたというワケだ。始まる前に終わるなんて洒落にならん事態は避けられたのである。
「どんな子なのかなー?とっても楽しみ!」
「楽しみなのは確かにそうだが、余り距離を詰め過ぎないようにな」
満面の笑みを浮かべているえむは、ハチャメチャが押し寄せてきているのが隠せない様子で揺れている。話すのが苦手ということで一応釘を刺しておくが、それを考慮できないような為人ではないのはこの数日でも理解している。釈迦に説法かも知れんな。
かく言うオレもどんな人が来るのかとワクワクが込み上げてきている。どんな人がオレたちの元へ加わってくれるのだろうか。
「二人ともお待たせ。連れて来たよ」
不敵な笑みを携えながら戻ってくる類の後ろには、待望の新メンバーが駆動音を響かせながら着いて来ていた。
「って、ロボットじゃないかァーッ!」
「大きいロボットだぁ〜!あたしの腰くらいまであるよ〜!」
メインカメラと思しき目の部分をプラズマがぶち抜き、ロボットは動き出した。瞳を輝かせているえむとは反対に、げんなりとした様子で項垂れるオレ。ロボットが悪いとは言わないが、しかしまたロボットかという胸焼けのような感覚がある。
えむがロボットのあちこちを興味本位に触れているのを微笑ましく見守っている類に、これは一体どういうことだと説明を求める視線を投げ掛ける。オレのなんとも言えない感情を知ってか知らずか、誇らしげな様子で語り始めた。
「僕がショーに使っていたものとは違って、これは遠隔操作型でね。一回の充電で3日はフルの稼働に耐えられるし、ショーに適した複雑な動きもできるように設計してある。いやあ、我ながら素晴らしいものを…」
「分かった、分かった。お前の腕が確かでこのロボットが出来るヤツだということも……って、遠隔操作型?」
「目敏いね司くん。いや、
得意げな顔をして言い直す類に「どうでも良いだろそんなこと」という言葉が出そうになるが何とか呑み干した。
しかし、遠隔操作型と言ったか。つまりは操縦者が居るということ。こんなにも大型のロボットを動かすのだからそれなりに近くに居る筈だ。叶うならしっかり顔を合わせて挨拶をしておきたいのだが。
ショーというのは数多の人の手の上で成り立つもの。期待と信頼を以って背中を預けあえてこそ上手くいく思っている。
『…天馬司。アンタとショーをする日が来るなんてね』
「わわっ、喋った!」
「会話もできるし、手元のコントローラーにはディスプレイが付いているからこっちの様子も把握できるよ」
故に一方的に知られているこの状況は非常に邪魔であると言っていい。役者と観客の関係じゃあるまいし、況してや今から共にショーをする仲間になるんだ。顔くらいは見せるのが筋ってもんじゃないだろうか。
そう考えはするものの実際に口には出さない。此方から誘ったワケだし、それに顰蹙を買って即脱退なんてことになったら目も当てられない。ワンダーステージは慢性的な人材不足である。
ロボットを介してでもなんでも良い。兎に角ショーをすることができるなら。今はそれで良いが、いずれは顔を突き合わせて腹を割って話したいものだ。
「其方はオレのことを知っているようだが…一応自己紹介をしておこう。天馬司、いずれスターになる男だ」
「あたし、鳳えむ!ロボちゃん、あなたの名前は?」
『名前?え、ええっと…』
「そういえばロボット自体には名前を付けていなかったね。この際、君の名前を教えたらどうだい?」
『…草薙寧々』
「そっか!じゃあこの子はネネロボちゃんだね!よろしく、寧々ちゃんにネネロボちゃん!」
草薙…草薙寧々。聞いたことがあるような無いような。どこかの劇団に所属していたということは類から聞いているが…。
まあそれは良い。経歴は大切ではあるが、今は然程重要ではない。
ロボットの遠隔操作でどれだけやれるのか。差し当たってそれが大きな問題だ。
「早速で悪いが、君とそのロボットがどれだけやれるのかを把握しておきたい。良いか?」
『…ま、良いけど。腰抜かさないでよ?』
というワケでステージに上がってもらい、一通りダンスや演技をやってもらったのだが。
短い足でタップダンスが出来る上に、滑らかで繊細なジャズダンスまで出来る。演技は華麗にして流麗と言って差し支えない。総じておよそロボットとは思えない人間的な動きが可能であり、操作している人間の力量も相当なものだということが十分に伝わった。
そんな驚きの中で、最も目を惹かれたのは──。
『〜♩〜〜♪』
歌声だ。どんな場所だろうと透き通り響くだろうと思わせるような歌声が一際心を震わせた。
敬愛する神に贈る讃美歌のような。小川を流るる雪解け水のような。夕方と夜の境目に降り始めた帷のような。泰然と浮かぶ三日月のような。ありふれた奇跡にも似た美しさがそこにはあった。
『…ふぅ。大体こんな感じだけど、自称未来のスター様のお眼鏡にかなったワケ?』
「…ああ、そうだな。ロボット精密動作性の観点から問題ない。話題性も抜群だろうからその点でも良し」
「おおっ!じゃあ、じゃあ、司くん…!」
幾ら細かな操作を受け付ける高性能のロボットとは言え、ここまで柔らかな動きを再現できる上に歌という協力な武器もある。断る理由は一見無いように思えるが…。
真剣な面持ちでネネロボと名付けられたロボットの目を見つめる。先程まで騒いでいたえむも緊張した表情になり、類も眉を顰めて難しい顔をしている。全体的に弛んでいた空気が張り詰めたような気がした。
「類から話は聞いている。君が劇団に所属していた経歴があるということは。…分かっているとは思うが、ショーというものは繊細であり理不尽だ。一つの小さな綻びが大きな雪崩を引き起こすことだってある」
『…嫌ってほど知ってる』
「ならば問おう。その恐怖に立ち向かう“覚悟”はあるか?栄光を掴む“勇気”はあるか?」
覚悟だ、覚悟が必要なんだ。実力があるなら後は心の問題なのだ。成功させたい、自分を見て欲しい、観てくれる人たちを笑顔にしたい…。そんな想いと覚悟の発露が鍵になってくるだろう。
これはオレの推測になるのだが。彼女にはショーに対する拭えない傷がある。劇団に所属していた過去があるのだから、人前に出るのが嫌いというワケではないだろう。それが今から共にショーをする仲間とさえ、ロボット越しで会話をしているワケだからな。その傷は相当根深いものだと察せられる。
それでも、ロボット越しだったとしてもショーがやりたい。そう思っていなければ彼女はここには来ていない。情熱はあるんだ、後は「何が何でも」という執念が必要なんだ。
「良いか。ステージに魔法は存在しないが、理不尽は存在する。急に演技やダンスが上手くなることはないが、機材が原因不明の不具合を起こすことはある!」
「つ、司くん?なんだか、怖いよ…どうしちゃったの?」
「君の歌声はこのステージにとって代え難い武器になる。君にしか成し得ない場面は必ずある。だからこそ、その時に丁度ネネロボが動かなくなるなんて最悪が万が一起きた時!君は…草薙寧々はどうする?」
『……ッ!』
オレがアラカルトに居た頃の話だ。
ミュージカル公演本番中、物語も佳境を迎え更に興奮が加熱していくというところで突然音響装置が不具合を起こし、本番とは思えないほどに場が静まり返り背筋が凍る思いをした事がある。
失敗。その二文字が脳裏を過った。ここから持ち直すのは不可能だろうと、そう思いさえした。
それでも諦めない人が居た。音が響かなくとも、会場が急速に冷えていっても、ただの失敗になんてさせて堪るかと、精一杯を振り絞りショーを続ける主演が居た。
その人の情熱は伝播し、オレを含めた壇上の役者たちは突き動かされたように、
最後、壇上に並び礼をすれば、割れんばかりの拍手と声援が会場を包んだ。目の端に涙を溜めている人すらも見受けられた。
ショーを成功させたい、観客たちに感動を届けたいという執念が、勇気が、覚悟が生んだ「大成功」だった。
心意気があれば必ず成功するなんてことは絶対にない。だが、成功させる為に心意気は絶対に必要だ。白熱したショーの渦に包まれた観客には、よりその強い意志が伝わり易い。失敗なんてさせないという執念は伝播する。それは「感動」を生む。
だからこそ彼女の心に、不測の事態が起きてもやり通して見せる「覚悟」があるのかと、そう問うたのだ。
「ちょちょっ、ちょっとストーップ!」
「済まないが司くん。寧々が困っているからそこまでにしてくれないかな」
「そうだよ!皆んな仲良く、それがワンダーステージだから!」
ピリつき始めた空気を察した二人が諌めるように飛び出し、オレとネネロボの間に割って入る。止めてくれるなと思うと同時に、ここは一旦引くべきだと冷静な自分も現れる。
冷静に自分を俯瞰してから、かなり熱くなっていたことに気が付いた。思わず我を忘れて語気が荒くなってしまうくらいに。
急速に冷えていく頭の中で考える。
これ以上繊細な所に踏み込むのは要らぬ軋轢を生む。しかし彼女のショーに対する心からの熱を知りたいとも思う。
どうしようかと迷った瞬間こそ…オレは直感を信じることにしている。
「…ショーに関するとどうも熱くなってしまうのはオレの悪い所だ。気を悪くさせてしまっただろう。本当に済まなかった」
『え…いや、大丈夫、だけど…』
「そう言ってくれるなら良かった。君のような人材を逃すのは余りにも惜しい」
これは紛れもない本音だ。初対面の相手にあんな迫り方をしたのは恥ずべきだと思っているし、ここまでの力量の人物をみすみす逃すなんてことはしたくない。
うんうん、と態とらしく大きく頷く。懐疑的な感情がロボットから漏れる声音から読み取れた。
「ショーというのは補い合ってこそだ。もしも不測の事態が起きようとも、未来のスターの席が確約されたこの天馬司が何とかしてやろう。大船に乗ったつもりで居て、君は気にせず寄り掛かれば良いんだ」
『……む』
「ああ、何の憂いも心配も要らない!オレが全てを上手くフォローしてみせるからな!壇上で輝くオレを遠くから指を咥えて見てると良い!ハーッハッハッハ!」
『……むむむむ…っ!』
「司くん。それ以上寧々を煽るようなら…」
類が怖い顔をして詰め寄ろうとして来た瞬間、ステージの外の茂みからガサッという音がした。発生源の方へ目を向けて見ると、怒り心頭に発すると言った感じでズカズカと歩み寄ってくる少女の姿が見えた。
その少女がオレの胸倉を掴もうとするのを敢えて受け入れ、逃げないようにする意味も兼ねてしっかり目を合わす。あれだけ細やかな動きをしていたネネロボは、
「自分が招いた事態くらい、自分の手で拭って見せる。アンタは外野で大人しくしてれば良い」
「ほーう?それは助かるがどうするつもりだ?壇上に立たない人間の、内容が伴わない虚実など信じられないな」
「言ったでしょ、私の手で拭うって…。その時は私がステージに出て、誰もが息を呑むような歌を歌う」
「観客が私の歌に聴き入る感動は、自称スター様になんか譲らない」
正面切ってそう宣言して見せる少女──草薙寧々の瞳には、強い意志の光が灯っていた。
言い訳みたいな美意識も飛んで、虚しくなるのもバカらしいくらいで、疑うのは自分の狭量だと思わせるような。そんな強い瞳だ。
「任せて良いのか?これ以上は無理だと判断した時、
「それでケッコー。天馬司に甲斐甲斐しく助けてもらうなんて、恥以外のなんでもないから」
「──その心意気や良し!改めて、ワンダーステージへと歓迎しよう!」
何処からともなくクラッカーを取り出したオレは、草薙の目の前で紐を引いて鳴らす。彼女の顔に色紙がヒラヒラと舞い落ちた。
鳩が豆鉄砲を食ったように目をぱちくりとさせる草薙。段々頭の中が整理できてきたのか、目を見開いて小刻みに震え始める。
「ま、まさか…嵌められた…ッ!?」
「何のことだ?ただ単に君がやる気になっただけだ。それ以上でも以下でもない。頼らせてもらうぞ、草薙寧々!」
「天馬司…アンタねぇ…!」
「寧々ちゃーん!良かったよぉ〜!」
「わっ、ちょっ、いきなり何…!?」
おいおいと泣いて喜び抱きつくえむと、それを煩わしそうに引っ剥がそうとする草薙。二人の間にはかなりの温度差があるが、純粋で邪気のないえむのソレを拒まないでいる。彼女等の距離感としてはあれくらいが丁度良いのかも知れない。
少女たちの戯れ合いに割って入るほど無粋ではない。2人の様子を安全圏から見守っていたオレの隣に、複雑そうな表情をした類が立つ。何から言えば分からないとでも言いたげに下がった眉尻を見て、此方から口火を切ることにした。
「お前にも謝っておこう、類。お前が彼女のことを特に気に掛けていることに気付きながらも、強い言葉を投げ掛けてしまった」
「…いや、結果的には良かったのかも知れない。君が上手い具合に発破をかけてくれたから、寧々もこうして奮起する事ができた。僕には選べなかった選択肢だろうから…ありがとう、司くん」
感謝を述べてこそいるが、どこか悲しげな表情をしている。それどころか自分を少し卑下するような雰囲気まで感じ取れる始末だ。
出会って間もない人間が言うことじゃないかも知れないが、なんとも
後頭部を掻く。オレはそんなに凄いことをしたとは思わない。だから類の感謝に違和感がある。だが、その感謝を受け取らないのは失礼に値するから…。
「蹲っている所を、手を引いて立ち上がらせたのは類だ。オレはその背中を押しただけに過ぎない。類が居たからこそ、草薙はオレの煽りに萎縮することなく立ち向かえたんだと思う」
「…そう、なのかな。そうだと嬉しいね」
暗にオレたちの内どちらかが欠けていれば成し得なかったことだと、そう伝えてみる。類は少し考えた後に安堵したような、憑き物が落ちたような微笑みを浮かべる。…そんな自然な表情もできるのか。
と、感心したのも束の間、直ぐに食えない笑顔に戻ってしまった。その胡散臭さ満点の表情を待っていた。
「司くんが僕を信用してくれていることがよーく分かったよ。ならば僕も君のことを信用して、盛大な演出を作り上げなきゃいけないねぇ」
危ない雰囲気で言う類の瞳には覚えがある。やりたいこと全部やってやろうという目だ。役者のことをこき使って納得できるまでやろうという目だ。
「君の演出を最大限に活かそう」なんて言った手前、何も言うことができず…。半ば実験台のようにされる未来を幻視しながらも頷くしかなかった。
寧々の心情については次話で詳しく描写します。
司くんは基本同年代、年下には君という二人称を使います。しかし余裕が無くなったり距離が縮まったりするとお前に変わります。