もしも司くんがガチの役者気質だったら   作:不名誉

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お待たせ、待った?


bolero

 

 

 

 

 神山高校の昼下がりは穏やかだ。

 

 表現のしようがないほど青く澄んだ空。憂いなく旅をする雲の群れ。風に揺らめく木々の音。外に居れば自然で爽やかな音や香りが身を包んでくれる。偶に空を走る飛行機の音が僅かに聞こえるのもまたアクセントだ。

 

 こんな素敵な日に食べるランチは格別だろうと物思いに耽る。友人とたわいもない、何にも役に立たないことばかりを駄弁りながらであれば尚のこと良し。

 

「…まあ、そう思う時に限って一人なんだがな」

 

 不運なことに今日は用事が立て込んでいて、ランチを食べそびれてしまっていた。誰か友人を誘おうにも既に食べ終えているだろうし、今から何処か輪に入るのも忍びない。

 

 別に一人で静かに語感を働かせながら優美にランチタイムと洒落込んでも良いのだが。入学時から今日に至るまで一人で食べるということが無かったので、いかんせん落ち着かない。

 

 

 右手に弁当袋を提げながらどうしたものかと歩いていると、植物の蔦が細かく切り整えられた中庭に出てくる。緑化委員の仕事がよく行き渡っていることに感心しながら、教室から見下ろすのとはまた印象の違う光景に新鮮な感じを覚える。静かに弁当を広げる草薙も合わさって幻想的ですら………ん?

 

 思わず二度見するくらいには背景に溶け込んでいたので危うく見逃すところだった。ベンチに草薙が居る。あそこで静かに昼食を摂っている。

 重ねて言わせてもらうが、本当に溶け込み過ぎだろう。見ている此方が一体化してしまわないかと心配になるくらいだ。

 

 まあ良い。親交を深める意味も兼ねて、あの空間にお邪魔させてもらおうか。

 

「こんにちは、草薙。良い場所だな」

「………」

「無言で睨め付けるな。ここに居る理由を尋ねたいならしっかり言葉にすることだ」

「分かってるんじゃん」

 

 口に食べ物を含んだまま、胡乱な色を含んだ瞳で上目遣いに見られる。咀嚼している最中に口を開かないのは褒められるべき所なので強くは言えない。

 

 1.5人分ほどの間を空けてベンチに座る。弁当箱を包んだ風呂敷の結び目を解きながら、訥々とここまで彷徨い歩いてきた経緯を話し出した。

 

「物理で分からない所があって先生に質問しに行っていたんだがな。思いの外時間が掛かってしまって、あれよあれよという間に委員の集まり。結果、この時間までランチを食べそびれたんだ」

「ランチって、言い方…。というかごく自然に隣に座ってるのはどういう了見?」

 

 バレた。さもそれが当然だというが如き自然な着席だったのだが目敏いな。

 

「親交を深める意味も兼ねて、一緒にランチをと思ったのだが…。迷惑だったのなら離れよう」

「…五月蝿くしないなら気にしない。けど、私からは何も話題は提供しないから」

 

 と、いうことで婉曲的な許可を得たので具材を摘み始める。話題の提供に関しては、正直最初から期待していないので気にする必要はない。

 オレは話し上手にも聞き上手にも徹することができる。オレが劇団で習得した処世術の一つだ。

 

 甘い味付けのだし巻きを飲み込んで話題を振ってみよう。

 

「寧々はいつもここで昼を過ごしているのか?」

「ずっとここには居ない。人目につきにくいところを転々としてる」

「人目につきにくい、か。教室にはそこそこ人が集まるから不向きな訳か」

「まあ、ね。一緒にお昼ご飯食べる友だちも居ないし」

「草薙、お前…。今度からはオレを呼ぶといい。弁当の具材を交換し合おう」

「は?」

 

 内気というか、引っ込み思案というか。人との意思疎通に対して極度な及び腰になるというのは前々から分かっていたことだが、ここまで深刻なものとは思わなんだ。きっと彼女は過去に……いや、ここから先は彼女の口から聞かなければ意味がない。

 

 しかし、気の置けない友人がいない学校生活というのは些か息苦しいだろう。なのでオレが友だちになってやろうと思い先の発言をしたのだが、どうやら草薙には不評のようでたった一文字で返されてしまった。解せない。

 

 だが、草薙。オレはお前からの連絡をいつでも待っているぞ。今度の昼休みからは是非ともオレと楽しいランチタイムを過ごそうじゃあないか!

 草薙は迷惑そうな顔をした。

 

 

 オレから話題を振って、寧々が淡白に答えてそこから少し話を広げるという風に言葉をのキャッチボールをする。この間の一方的なヒットアンドアウェイなやり取りからは進展したのではないだろうか。

 

 ちなみに、ショー関連の話はしない。ここは学校でありワンダーステージではないからな。オレのような四六時中ショーのことばかり考えている阿呆と話すのなら兎も角。

 

 きちっとメリハリをつける男、天馬司は伊達ではないということである。

 

「ねえ。アンタはなんで私を引き入れたの?」

 

 険しかった目元も幾らか柔らかになってきた草薙は、そんな質問を投げ掛けた。

 

「なんだ急に。何故そんなことを聞く?」

「興味本位なだけ。アンタは私のことを知らなかったろうけど、私はアンタのことを知ってる。そして、私の知る天馬司はショーに妥協するような人間じゃなかった。…ロボット越しでしかステージに立てない人間を引き入れるなんて非合理的な選択をする人間には、到底思えなかった」

 

 少々棘がある言い回したが、節々にオレへの妙な信頼があるような気がした。何だかヘンに買い被られているような、そんな感覚。少しむず痒い。

 

 しかし…非合理的な選択か。彼女にとって、自らステージに立てない役者は足手纏いであるという認識になっているのか…。いや、そんな自分の不甲斐なさに苛立っているのか。

 どちらにせよ、彼女の精神は今褒められた状態じゃないことは確かだ。メンバーのメンタルを支えてやるのも座長としての立派な務めだろう。

 

 とは言え上辺だけの綺麗事を言ったって彼女の心には届かない。此方もしっかりと心から向き合う必要がある。

 

「理由がどうであれ、形がどうであれ。熱量を持ってショーに携わる人全てをオレは尊敬している。ロボット越しとは言えショーに出る決意と覚悟を持った人を拒むことはしたくないんだ」

 

 どれだけ場数を踏んできた役者でもステージの上に立てば、心を締め付ける恐怖を克服しようと立ち向かうことしかできない。努力と情熱と、ほんの少しの偶然を我が物して初めて成功への道が拓く。

 失敗したって泣き叫んだって演目は続く。観客は沈黙を守る。勝者がいれば敗者が居るのと同じで…表裏一体なんだ。万雷の喝采を浴びる栄光の道程には必ず気が滅入るほど暗い孤独がある。

 

 そんな孤独に向き合い我が物とし、憧れを追い求め続ける人のことをオレは否定したくない。実力主義で経歴主義な残酷な界隈だとしても、熱を信じるような人間が一人くらい居たって良いと思うんだ。でないと愚かな夢想家だと嗤われた悔しさを忘れてしまうような気がして。

 

「草薙からは熱意と覚悟を感じた。緻密なロボット操作もできて、技量も申し分ない。拒む理由なんて最初から無かったんだ」

「…でも、それも空回って失敗するかも知れない。アンタが前に言ってたみたいに、ネネロボが突然動かなくなるかも知れない…」

「もしもの話を考えるなとは言わない。その慎重さは草薙の美点だ。だが、全部ひっくるめてなんとかなると考えるのも大切だぞ」

 

 目標に向けてしっかり努力を積み重ねていれば案外何とかなるものだ。不安や心配があるのは分かるが、一度開き直ってみると良い。

 それができないから草薙は困っているって話なんだがな。

 

「オレには責任がある。草薙からステージに立つという言葉を半ば無理矢理に引っ張り出した責任がな。オレの経験と実力を以てできる限りフォローするから、後は草薙がやりたいようにやってくれれば良い。後の自信は草薙自身が何度も自分を信じて得るんだ。…ショーは一期一会、毎回が本気の勝負だからこそ、草薙自身が自信を持って楽しむことでショーも彩りを増すというものだ」

 

 オレができるのはここまで。手を差し伸べることはできるが、その手を取って立ち上がるのは草薙だ。後は彼女が自分自身を信じることができるように、オレも彼女を信じることしかできない。

 

 でも、過度な信頼は力の源流を過ぎて重圧になり得ることをオレは知っている。

 

「偉そうなことを言っておきながら、類の奴の無茶苦茶な演出にどう応えれば良いのか。頭を悩ませているんだがな」

「…ふふっ。自称スター様、やっぱり怖気付いてるんだ」

「そんな訳があるか」

 

 まだ幾らか不安が残っていながらも、今まで見せてきた草薙の表情の中では一番爽やかだった。それほど綺麗な笑顔だった。

 

 そんな顔ができるのなら問題無いだろう。きっと彼女はワンダーランズ×ショウタイムが誇る歌姫に成れると思う。

 いや、思うじゃなくそう確信している。オレの直観はよく当たるんだ。

 

 

 ショーの話を切り上げて、たわいのない話をしながら昼食を食べている間。彼女の表情や声音には穏やかさが感じられた。

 

 親交が深まり心の隔たりが徐々に無くなっていくような、そんな気がした穏やかな昼のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワンダーランズ×ショウタイムの栄えある初公演の演目として採用された、このオレこと天馬司が直々に書き下ろした英雄譚【ツカサリオン】。これが初公演になるということもあってオーソドックスな英雄譚に仕上がっている。

 

 物語のあらすじはこうだ。

 

 〜主人公のペガサス王子は魔王軍の侵攻に苦しむ民を救うため冒険に出掛ける。道中で仲間と出会い暴れ狂うドラゴンとの激闘を繰り広げる。四天王グロスマリオネッツを打倒しながら仲間との絆も深めていき、最後は魔王との一騎討ち。魔王を打倒したペガサス王子は英雄として凱旋しながら帰っていく。〜

 

 多少の人間ドラマを挟みこそするものの、素直な勧善懲悪の物語。

 典型的、故に安牌。初回から奇を衒った脚本でショーをするのは賢い選択とは言えないだろうからな。

 

 素直で分かりやすいというのは確かに利点だが、裏を返せば没個性になり易く先の展開を読みやすいということでもある。全霊を以て観客に没入感を提供せねば飽きられるやも知れん。劇団としてのシンプルな力量が試されるワケだ。

 

 

「さあ司くん!必要なのは躍動感だよ!君の中のペガサス王子を最大限にまで解放するんだ!」

「もってくれよオレのカラダ、可動域3倍だァァァーッ!」

 

 魔王との一騎討ちのシーンの稽古にて。流麗にして華麗なペガサス王子としての闘い方を表現する為に、類が提案したワイヤーアクション。実際に試してみようとオレが言い出した途端に…彼の中に棲まう獣が目覚めた。

 

 目をかっ開いて縦横無尽にワイヤーを起動させては、限界まで腕や足を上げさせる。類が満足する画になるまでそれの繰り返しだ。途中何度も酔いそうになったり透き通った青空へ心が吸い込まれそうになったりしたが、回数を重ねる毎に浮遊感や痛みの軽減の仕方を体が覚えていく。

 最終的には気合いを入魂する為に叫ぶ余裕も出てきた。振り回されるオレを見守っていた寧々やえむも今は仲良く歌の練習をしているのが見える。くそう、オレの美しい黄金の回転を無視されるとは。

 

 類の無茶振りとも言える演出プランと動作の要求。当初は流石にもう少し配慮して欲しいと願って出たのだが…。

 

『えー!やらないの?きっと皆んなが司くんを見てキラキラ〜な笑顔になるのに!』

『そんな…。どんな演出にも応えて見せると言ってくれたのに。これじゃあ拍子抜けだな』

『自称スター様、怖気付いてんの?』

 

 なんて反応をされたらやるしかないだろう。自分でも単純で扱い易い性格だと思うが、好き勝手言われたまんまにしておくのは嫌だ。

 

 そういうワケで類の奇想天外な演出と、見据えているペガサス王子の像を擦り合わせながら実践していった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…。少し、きゅうけい、で…」

「お疲れ様、司くん。中々良い形になってきたんじゃないかな。…それにしても、ここまで続けてできるなんて凄い体力だね」

「ハァ…まあ、な。ふぅ、ツアーで各地を回っていたからこそだ」

 

 学業との兼ね合い、年齢や身長の関係等から主要人物では無かったが、それでもかなり体力が必要だった。一度舞台から離れていたとは言え、あの頃から更なる成長を遂げたオレは凄まじい持久力を誇っている。

 

 ワイヤーアクションをする前にも、火炎放射器を搭載したドラゴンとの大立ち回りだったり、擬似的な滝に飛び込む際のリアルな動きだったりと。色々試していた後だったから余計に息が上がって、マトモにコミュニケーションを交わせない中、歌を練習していた二人も休憩に入ったのか此方へと歩み寄ってくる。

 

「凄かったよ〜司くん!グワワーッシュババッて、まるで王子様が本当に戦ってるみたいだった!」

「そうか…。そう感じられたのなら良かった」

 

 純粋で素直な価値観を持っているえむがそう言ってくれるのなら自然と自信も出てくるというものだ。

 

 ふんふん、と興奮した様子のえむは隣で無言で佇んでいる寧々に視線を向ける。「寧々ちゃんもそう思ったよね?」とでも言いたそうな瞳を向けられて、仕方なしに口を開く。

 

「ま、良かったんじゃない?少なくとも口だけの大根役者だとは思われないでしょ」

「おい寧々。もっと素直に「司くんカッコいいー!」とか「流石未来のスター!」とか褒めることができんのか」

「司にそんな褒め言葉を掛けるなんて、きっと辞世の句を詠む時くらいじゃない?」

「なにおう!?」

「あれー?なんだか二人とも前より仲良くなってる!」

「ふふっ、そうだね。喜ばしいことだ」

「お、そう思うか?」「どこ見てそう思うの?」

「「ん?」」

「ほら仲良しだー!」

 

 なんてやり取りをしながら休憩していれば自然と体力は回復していく。

 

「よし、練習再開だ!連休はもう目と鼻の先!悠長に寛いでいる暇なんて無いからな!ハーッハッハ!」

「あたしもいーっぱい頑張るよ!ハーッハッハ!」

「「ハーッハッハッハ!」」

「まだ5分も休憩してないのにうるさい…。ヒトデか何か?」

 

 ショーに懸ける熱意という中枢が傷付かない限り何度でも立ち上がる…。ド級の天馬司というワケだな!

 

 

 

 

「この台詞は演出と先の展開の都合上省いた方が良いんじゃないかい?」

「む、どうしてだ?王子としての矜持と蛮勇に突き動かされた冒険者としての意地。その葛藤は表現して然るべしだろう」

「それを分かった上で省こうと提案しているんだ。それは蛇足になりかねない」

「忠告は聞くが納得しかねるな。迷う気持ちがあるからこそ、ペガサス王子の人間性も見えて共感を呼び、より没入感を提供できる…」

「それでは凜とした王子像が揺らいで…」

 

「ねえねえ寧々ちゃん。二人が喧嘩を始めちゃったんだけど、どうしよう?」

「…止めなくて良いんじゃない。どっちも楽しそうだし」

 

 

 

「悪しき魔王を打ち倒し〜♪平和を取り戻すのだ〜♪」

「あたしも歌うよー!わんだほわんだほわっほっほ〜♪」

「うん。見事なまでの不協和音だね」

「感心してないで指摘してよ…。えむは喉を絞る歌い方じゃなくてお腹から息を出した方が良いと思う」

「なるほど!腹式呼吸ってことだよね!」

「ふむ、的確なアドバイスだな…。オレの歌はどう改良できる?」

「自分で考えてみれば?」

「…!……!」*1

「私が悪かったからその無言の抗議やめて」

 

 

 

「ショーに集中して貰うためにも、客席は修理せねばな!」

「この座席をショーに連動して動くようにするのはどうかな?」

「ガガガプシュー!ズドドンッ!ってなるやつだよね。楽しそう〜♪」

「おいそこの悪ノリコンビ。酔いやすい観客のことも考えて物を言え!」

「…ちゃんと言わないとその内ほんとにやるよ」

「まあ偶に変わり種として導入するくらいなら良いんじゃないか」

 

 

 

 

 

 稽古中に意見を交換し合ったり、改善点を指摘し合ったり、ネジが緩んでグラグラしていた客席を直したりしていると、いつの間にか夕焼けがオレたちを照らすような時間帯になった。

 集中していると時間の経過なんて気にならない。幾度となく感じた時に置いて行かれているような感覚には未だ慣れる気配はない。

 

 今日のところは解散にしようかと考えていると、夕焼けを眺めながら文字通り黄昏ているえむが視界に映る。彼女には似合わない寂しさを滲ませた表情をして。

 

 どこか儚げな印象を受けたオレは、明るさの中に真剣さを含ませた表情でえむの肩を叩いた。

 

「どうしたんだ、えむ。夕陽に向かって走りたくなったか?」

「司くん…。あたし、小さい頃からずっと夕方が苦手でね。楽しい時間も過ぎて行って、皆んなもそれぞれの生活に帰っていく。それはきっと良いことなんだけど、でもお別れを突きつけられてるみたいで…」

 

 赤く濡れた空に鴉が鳴いて、それに続くようにそれぞれの生活に戻っていく言いようのない寂しさ。えむは夕方という時間帯をその象徴として捉えている。

 

 夕方が寂しいだなんて考えたこともなかったが、ひどく納得できる。えむの素直な発想と受け取り方は尊敬するべき所なのかも知れないな…。

 

「こんなこと言われたって困るよね。あたし、ちょっと弱気になってるみたい。もっと元気出せるように、もっと笑顔で居られるようにしなきゃね!」

「…何も取り繕う必要はないだろう。えむのその寂しさ、よく伝わってきた。楽しい時間が目の前を過ぎ去っていくのを見守るしかないのは辛いよな」

 

 今、気付いた。えむは割と抱え込みがちな性格で、ワンダーランズ×ショウタイムとして活動している時間をとても愛おしく思ってくれているということを。

 

「その寂しさの分、明日のワクワクは更に強いものになる!オレはそう信じている。ワクワクしている心地よい心音に身を任せて眠れば、きっとステキな夢と明日が待っている筈だ」

「……うん、そうだよね。あたしたちまた会えるもんね」

 

 下がっていた眉尻も自然と角度を上げていき、いつもの快活な雰囲気のえむが戻ってきた。

 

 心配になる程に素直で、突拍子がなくて、元気印な彼女には彼女なりの苦悩がある。そのとびきりステキで鋭敏な感受性は、彼女の短所であり長所であるのかも知れない。

 

「よし、明日は朝の7時にここに集合!細かい所の調整と最終リハーサルを行うので体調を整えておくこと!入園用のスタッフカードは各自持って帰るように!」

「「「はーい」」」

 

 若干の不穏な影が迫っているような。そんな予感を頭を振って吹き飛ばす。

 今は目の前のショーを成功させるのみ諸々の問題を対処していくのは、それからでも遅くはないだろう。

 

 割り切って、割り切って、割り切って、そうやって。今日のところのワンダーランズ×ショウタイムはこれにて終幕である。

 

 

 

 

 

 

 

「…皆んな帰ったな?」

 

 人気の無くなったワンダーステージ。周りに自分以外誰も居ないことを右を見て、左を見て確認する。今この空間にオレだけがいることを確信してから…液晶画面に浮かぶ音楽ファイルをタップし再生する。

 

 途端、ワンダーステージを眩い光が包み込む。偉大な相手というのは輝いて見えるものだヨ…なんて考えながら、光が発する浮遊感に身を任せて目を閉じる。

 

 

 

 次に目を開ければ、そこは異セカイだった。

 

 現実ではまず有り得ない光景。いつだって快晴な空にピンクの雲。宙に浮かぶ汽車やメリーゴーランド、喋るぬいぐるみ、歌う花、畦道を征く帆船。物語がせめぎ合いごった煮になったような、頭が痛くなるほどな明るい場所。

 

 側から見れば得体の知れない世界を、オレは迷いなく歩む。

 

 

 ここはセカイ。ワンダーランドのセカイ。

 

 いつの間にか出来上がっていた、現実とは異なる空間。正に異世界と呼ぶに相応しいその空間は、オレの「想い」から出来上がったらしい。

 要するに、ここはオレの心理を具体化した空間であるということ。初めてここに招かれた時は、オレの心はこんな頓痴気なことになっているのかと少なくない衝撃を受けたものだ。

 

 このセカイは、忘れかけ曇りかけていたオレの本当の想いを鮮明に思い出させてくれた。そんな思い入れの深い場所。

 

 

「ツカサクン、コンニチハ!」

「こんにちは。KAITOはいつもの場所か?」

「ウン!ショーステージノトコロニイルヨ!」

 

 風船でふわふわと浮きながらカタコトで話してくる縫いぐるみ。幼い頃に登場人物としてよく使っていた、咲希の縫いぐるみだ。足の裏には平仮名で「さき」と書かれている。

 このセカイにはこんな風に、オレのルーツとなる物が多く存在している。そのことから、セカイというのが人の想いから生まれるなんて突拍子もない理論も真実味を帯びるというワケだ。

 

 煌びやかな装飾が為されたサーカステントの中に入る。薄暗い客席とライトが当てられたステージ。その空間の中には先客が2名居た。

 

「こんにちは、KAITO。ミク」

「やあ司くん。また会えて嬉しいよ」

「やっほ〜司くん!私たちとショーをやろぉ〜っ!」

「どわーっ!?突撃してくるなと何度も言っているだろう!」

 

 オレを歓迎してくれたのは、世間ではバーチャル・シンガーとして広く知られているKAITOと初音ミク。…疲労による幻覚などでは無いから心配しないで欲しい。

 

 セカイにはこうしてバーチャル・シンガーが其々の姿で存在しているらしい。彼等彼女等の役割は、セカイの持ち主に「本当の想い」を見つけてもらうこと。そしてその本当の想いを歌にして歌うことらしい。

 オレの場合、アラカルトを退団した直後で進むべき道を見失っていた時にこのセカイへと招かれ、KAITOとミクと一緒にショーをすることで本当の想いを思い出すことができた。そしてその想いは歌になり、現実世界とワンダーランドのセカイを繋ぐ鍵として今もスマートフォンの中で息づいている。

 

 ウチのKAITOは頼れる兄貴分。セカイの劇団の座長を務める皆んなのまとめ役で、役者脚本家演出家なんでもござれの凄い奴だ。きっとセカイの創造主に似たのだろうな。

 

 ウチのミクは明るく活発。猫をモチーフにしたピエロの衣装を着込んだ彼女の瞳はいつも爛々と輝いており、トラブルメーカー兼ムードメーカーである。事あるごとに突撃してくるので自然と強い衝撃への耐性がついた。

 

 そんな二人にはこのセカイに来るたびに一緒にショーをしないかと誘われる。いつもなら断る理由もないため直ぐに壇上に上がるのだが、今日はもう残りの時間は慰安に務めると決めている。抱きついてくるミクを引っ剥がしながら口を開いた。

 

「申し訳ないが、今日は報告に来ただけだ。また後日誘ってくれ」

「えー!?司くんと一緒にショーをしたかったな〜…」

「まあまあミク。そんなに落ち込まなくても、またいつでもできるさ。…それで、報告というのは一体なんだい?」

「お前たちも知っているとは思うが、新たにショーをする仲間ができた。お前たちには世話になったからな。報告するのが筋だと思ったんだ」

「そっか。おめでとう司くん」

 

 柔らかな笑みで返答するKAITO。穏やかなその口調から、しかし思いもよらぬ言葉が発せられる。

 

「その子たちのことだけど…。どうやらこのテントの外に居るみたいだね?丁度良いし僕たちも挨拶しに行こうか、ミク」

「そうだね〜!司くんの友だち、どんな子なのかな〜?」

「……ちょっ、ちょっと待てKAITO!」

 

 今…なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。嘘だよな?聞き間違いだよな?というか、そうであってくれ!

 

 不思議そうな顔をしたKAITOに、焦りながら今なんと言ったかを問いただす。

 

「僕たちも挨拶しに行こうか?」

「違う、その前だ」

「おめでとう司くん?」

「…お前、態とやってるだろ」

「はは、ごめんごめん。司くんの新しい仲間がこのセカイに来ているってところかな?」

 

 お茶目な顔でウインクしながらそう言ってみせるKAITO。何も分かっていなさそうにのほほんとした表情のミクに対して、オレは戦慄した顔になる。

 

 このセカイに他の人が入れるのか、とか。アイツら帰っていなかったのか、とか。色んなことが頭を堂々巡りになる。目がまわる。吐き気がする。

 

「ひと段落ついたから、しっかり準備してから打ち明けようと思っていたのに…」

「んー?そう難しく考えることはないんじゃないかなー?司くんがこれだって決めた人たちなんだもん。驚きとかはあると思うけど、きっとそれ以上に楽しんでくれるよ!」

「…そうだな。遅かれ早かれ明かすつもりだったし、何も気負うことは無いな。…よし」

 

 正直に言って、自分の心を具現化したこのセカイに呼ぶことを怖がっていた節がある。家族にだって知り得ない根源的なところに触れられるワケだし、何よりこんな空間に出入りできる特異性を受け入れてくれるかどうかも不安だった。そんな心理を、ミクは正確に見抜いて言葉を掛けてくれた。

 

 いつもぶっ飛んだ発言をするクセして、こういう所があるのだから狡い。

 

 でも、そうだな。遅かれ早かれこうなったと思おう。問題の先送りは解決を意味しない。きっとなるようになるさと、そう考えよう。

 

「早く迎えに行ってやらねばな。このセカイはオレの器のように広い。迷い込んでしまっては大変だろう。二人ともついて来い!」

「おー!」

「ははっ。仰せのままに」

 

 色々と予定は狂ったが。外に居るという3人を歓迎するために、兎に角サーカステントから外へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「見て見て、みんなー!あたし空飛ぶメリーゴーランドに乗ってるよー!」

「これは一体…どういう生物なんだろう?身体は綿でできているのに言語を解し話すことができるなんて、是非持ち帰って調べてみたいねえ」

「タスケテ…ツカサクン…」

「あらあら〜?貴女は一体どこから来たのかしら〜?」

「エト…ソノ…」

 

 

 眼前に広がるのは、正にカオスと言うに相応しい状況。ヘンに肩肘張っていたことがバカらしくなるほどフリーダムな光景。頼もしさやら能天気やら。いい意味でも悪い意味でも変わらずマイペースな姿に溜息が出る。

 

 …はぁ。

 

 

「お前らは一旦ッ!協調性というものを身に付けろォォォーッ!」

 

 

 取り敢えず先ずはルカに絡まれてちいかわみたいになっている寧々を救出することにした。

 

 

*1
ガバディ ガバディ





次回はもう少し早く更新できると思います。多分。
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