もしも司くんがガチの役者気質だったら   作:不名誉

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信じてくれ…。私は実装されるずっと前から…ノゾミ派だったんだ…!


It's Show Time!

 

 

 

 

「──本日は、ありがとうございました!」

「うん、完璧だったね。素晴らしい最終リハーサルだったよ」

「おぉー!バッチリ花丸満点だって!司くーん!」

「のわーっ!急に突撃してくると危ないだろう!?」

「えっへへ〜♪」

「いや、真正面から受け止めてるアンタも何なの?」

 

 着ぐるみさんたちにも協力を仰いで大々的に宣伝を行い、客席やステージの修繕、周辺の足場の整理も完了。そして最終リハーサルも恙無く終えたオレたちワンダーランズ×ショウタイムは、爽やかな達成感に包まれていた。

 

 最終リハーサルの時点でこの完成度、この満足感。これは本番は凄いことになる。そんな確信とも言っていい予感が頭の中を駆け巡っている。

 

「本当に全ての演出プランに応えてもらえるとは思わなかった。…ありがとう、おかげでとても楽しかったよ」

「未来のスター天馬司として、そしてワンダーランズ×ショウタイム座長として。演出家の要望に応えられなくては名折れだからな」

「…しれっと座長を自称してる」

 

 おい寧々。茶々を入れるんじゃあない。

 

「それにまだ本番が控えているんだ。帰るまでが遠足と言うように、観客を満足させるまでがオレたちの役目。この最終リハよりも数千倍のものを見せるぞ、類!」

「フフ。数千倍とは大きく出たね。だが…そうだね。いいショーにしよう、司くん」

 

 向かい合って頷き合う。何だか少し難しいが、類との信頼度や明日へのやる気が高まっていくような感覚がした。

 

 軽く咳払いをして、全員を見渡せるように向き直る。

 

「類、寧々、それにえむ。皆、今日までよく頑張ってきた。まだ本番が控えていると言った手前、何かを仰々しく言おうというワケではないが…。オレと一緒にショーをしてくれて、ありがとう」

 

 照れ臭くなって最後の方は少し尻すぼみになっていった。しかし3人にしっかり伝わっていたようで、一斉に温かな視線を向けられる。

 

 居心地が悪くなったオレは両手を叩いて大きな音を出して解散の音頭を取る。幾ら数多の舞台に立ってきたオレとは言え、この類の視線を向けられるのは御免被りたい。

 

「明日も早いので解散にするぞ!後は各自の自由だが、本番に余計な疲れを持ち込まないように!それではまた明日、この場所で!」

 

 きっと自主練をしておきたい者も居るだろう。それで明日の本番がもっと良いものになるのなら大歓迎だが、支障をきたす程度になる前に切り上げるように釘を刺しておく。まあ、万が一にもそんなことをやらかす奴はここに居ないと思うがな。

 

 さて、オレも今日は帰って【司ドキュメンタリー】用のカメラとメモリを準備しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天気快晴ッ!気温安定ッ!満員御礼ッ!自然と笑みすら漏れてしまうほどに絶好のショー日和だな!」

「わぁ〜!お客さんいーっぱい!」

 

 本番当日。ワンダーステージには溢れんばかりの観客が来場している。立ち見の観客まで現れるほどの集客率。壮観とは正にこのことを言うのだろう。

 

 舞台袖から観客席にいる人たちからは死角になっている角度で見ていたオレとえむ。回していたカメラのレンズに収まるように横並びになり、仰々しく話し出す。

 

「どうでしょうか、えむさん?この大勢の観客を前にして意気込みの程を」

「ふっふっふ〜。みーんな笑顔いっぱいにしちゃいます!」

「やる気に満ち溢れているようです!心強いことこの上ありません」

 

 さながらライブを前にしたアイドルに突撃インタビューをしているかのような掛け合い。何の話し合いもなしに即興でそれが成り立つのだから、オレは言うまでもなくえむの適応能力はかなり秀でているのだろう。この発見は後のショーでかなり役立ちそうだ。

 

 録画ボタンをタップして区切りを付ける。画角を調整しながらズンズンと二人並んで進んでいく。

 

 一度カットが入ったために口調を元に戻しながら再度録画ボタンをタップした。録画中を示す赤色の点滅光が薄暗い舞台裏の廊下を照らしている。

 

「次はウチ自慢の演出家、神代類の所へ突撃してみるぞ!えむ、控え室に突っ込めーっ!」

「ずどぉーん!突撃類くんわんだほーいっ!」

「おやおや。賑やかな来客だねぇ」

 

 最早蹴破る勢いで開かれた扉に驚くこともなく、類はいつもの薄い笑みを以ってオレたちを迎え入れる。

 

 備え付けの酸化した所が目立つチェアでも、類が座れば途端にヴィンテージというお洒落な言い回しが似合う雰囲気へと様変わり。演出家だからだろうか、類はこう言った視覚や聴覚の仕組みを巧みに利用して見ている側を騙すことに長けている。

 

 優雅に微笑む信用できるような信用できないような男。神代類は余裕を感じさせる表情でカメラのレンズをその目で捉えた。

 

「人事を尽くして天命を待つ。そんな心持ちでいようと最初は思っていたんだけどね。驚天動地のショーの鼓動が直ぐそこまで迫っているようで、とてもワクワクしているよ」

「おぉ…それっぽいぞ類」

「それっぽいよ類くん」

「うーん。ちょっと失礼じゃないかな、二人とも」

 

 小さな声で抗議する類を半ば無視するようにして、今度はワンダーランズ×ショウタイムが誇る歌姫こと、草薙寧々の元へ。

 

「寧々ちゃー……ん?」

「ここは緩急をつけて…読み聞かせるみたいに…」

「集中しているみたいだね。僕たちは邪魔しないでおこうか」

 

 ペイルグリーンの衣装を纏い、脚本と睨み合いながら反芻するように呟いている。誰の目から見ても分かるくらいに集中している。そこに水を差すような無粋な奴は、ワンダーランズ×ショウタイムには居ない。

 

 彼女が小さく振り付けを確認しながら鼻唄を口ずさんでいる間。小さく細い唄声にも関わらず自然と聞き入ってしまうほど美しいと思えるのは、偏に彼女の努力と才能の賜物だろう。誤解を招く言い方かも知れんが…彼女が劇団を退団してくれて良かった。でなければワンダーステージで共にショーをすることは無かっただろうからな。

 

 と、ここで寧々の視界に団子三兄弟の如く様子を覗いていたオレたちの姿が入った。一瞬ピシリと固まった後、恥ずかしがるような責めるような表情で問い詰められる。

 

「…覗き見とか、趣味悪いと思わないの?」

「すまないね、寧々。どうにも集中してるみたいだから邪魔するのも悪いと思って」

「大丈夫!とっても綺麗な歌だったよ!」

「そういう問題じゃない…というか司。そのカメラ何?まさかとは思うけど回してないよね?」

「ハッハッハ。恥ずかしがらずとも良いものが撮れたぞ」

「ちょっと消して。今直ぐ、ここで、目の前で!」

 

 

 

 

 上演開始5分前のアナウンスがスピーカーから鳴り響く。着ぐるみさんの絶妙にワイルドな声を活かしたアナウンスには、観客たちに引き出しの多さを予感させる意図があったりする。

 

 アナウンスから戻ってきた着ぐるみさんにビデオカメラを渡して、オレが音頭を取って円陣を組む。オレから時計回りにえむ、寧々、類の順番で肩を組んで顔を突き合わせる。

 

 一人一人の表情をしっかり確認する。全員、今から臨むショーへの決意が如実に表れている。程よく緊張し、程よく楽しもうとしている。非常に良い状態だ。

 

 満足げに頷き、右足を半歩前に出して口を開いた。

 

「ついにこの日、この時が来た。今日までオレたちは幾つもの議論と練習を重ね、素晴らしいショーへと仕上げてきた。緊張や不安はあるだろうが…今は積み重ねてきたものに自信を持とう。それは必ず、今日のショーを成功させる為の武器になる。…折角の晴れ舞台だ。先ずはオレたち自身がこのショーを楽しんでいこう」

「「おう!」」「お、おう…」

 

 しっかりノってくる類とえむ。乗り切れず小声になる寧々。ネネロボも目元のメインカメラを点滅させてモールス信号が如く決意を示している。

 ……今ネネロボ自律的に動いていなかったか?

 

 まあ良いか。今気にしたって仕様がない。

 

「それじゃあ、締めの挨拶はえむに任せようか。ビシッと頼むぞ」

「任せて司くん!せーの…みんながんばろ、わんだほーいっ⭐︎」

「「わんだほーいっ!」」「わ、わんだほーいっ!」

『ワンダホーイ!』

 

 どう見たって自発的に声を出していたネネロボから必死に目を逸らして本格的に準備を始める。

 

 

 

 

『会場内でのフラッシュ撮影、飲食・喫煙等はお控え下さい。それでは間も無く開演致します…』

 

「さぁて。役者天馬司、久し振りの表舞台。鮮烈な再始動と洒落込もうではないか」

「──司くん!」

「ん、えむ?お前の出番はもう少し後だった筈だが」

 

 開演まで秒読みとなった頃。舞台袖で待機していたオレにえむが話し掛けてくる。はて、一体どんな用だろうかと首を傾げていると、真剣な面持ちで話し始めた。

 

「あのね。…ありがとう!あたし、このステージにショーを見に来てくれる人が、みーんなニコニコ笑顔になってくれることが夢だったの。司くんのお陰で、今からきっと、あたしの夢が叶うから…だから、ありがとう!」

 

 紛れもなく、それは彼女の心からの言葉だった。今までの言動全てが嘘だったとか、そういう事では無いんだが…。今までで一番彼女の心の芯を近くに感じた言葉だったように思えた。

 

「相当にこのステージに貢献してきた自覚はあるが…しかしオレだけじゃない。オレの勧誘に類が応えてくれて、寧々も共にショーをしてくれて。それに何より、えむの熱い歓迎がなければオレもここに居ることはなかっただろう。皆んなで掴んだ今日という舞台だ。此方こそありがとう、えむ」

「……っ!うんっ、司くん!どういたしまして!」

「さあ、今に見ていろえむ!オレたちの輝きをきっと『世界』は知ることになるだろう!」

 

 それでは皆様お待ちかね…。

 

 ワンダーランズ×ショウタイム!公演スタートだッ!!

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

 ──ベレロポーン王国。豊かで平和な“人の国”と呼ばれるほど、人々の活気と笑顔に満ち溢れたその国は、悪の魔王軍により標的にされていた。度重なる襲撃に心を擦り減らしていく国民たち。英雄を欲する人々のために立ち上がったのは勇敢にして聡明、国の希望の象徴たるペガサス王子であった…。

 

「悪しき〜魔王〜♪たお〜すため〜♪私は〜旅〜だ〜つ〜〜♪」

『わぁ〜っ!!』

 

 歌い踊り、類の自律型ロボット扮する魔王の手先のモンスターを華麗な剣戟で薙ぎ倒す様を演じる。力強くも流麗にして華麗、役者天馬司の実力を発揮した歌唱と演技に、観客は惜しみのない拍手を贈ってくれる。

 掴みは上々。このまま観客たちの意識を更に引き込んでいこう。

 

「王子様。貴方の実力を見込んでお願いがあります」

「聞こう。民の願いを無碍にするような狭量ではこの国の王子は務まらんからな」

 

 襲いくるモンスターを討伐しながら魔王城へと進む王子の噂は広まり始める。モンスターに襲われている村を助け宿を用意してもらっていた所、類の演じる宿の主人がペガサス王子へと話を切り出す。

 

 なんでもこの村の近くでドラゴンとその世話係が居着いてしまっているらしく、それらを除いて欲しいとのこと。勇敢で責任感の溢れるペガサス王子は一も二もなく了承し、明朝にドラゴン討伐へと出立した。

 

 インカムから舞台袖に引っ込んだ類たちの声が聞こえてくる。

 

『次はえむくんと着ぐるみさん達の出番だ。頼むよ』

『お任せ下さい。では…行くぞ!』

 

「くっ、現れたなドラゴン!」

『わぁ!!おっきなドラゴンだー!』

 

『獅子舞の要領で作った簡単な物だけど、連携が取れている彼らがやると、まるで生き物みたいだ』

 

「あたしは魔王様のドラゴンのお世話係・エムム!王子なんて、ぺちゃんこにちゃうぞ〜!」

 

 そうしてペガサス王子とドラゴン、そしてエムムの戦闘が始まる。しかし戦局は一方的。巨大な体躯を活かした強力な攻撃と、絶大な範囲と威力を誇る炎のブレスにペガサス王子は成す術がない。

 

「それじゃあトドメ!自慢の尻尾で吹き飛ばしちゃえ〜!」

「くっ、防げない…ぐあぁぁぁっ!」

 

 大きく吹き飛ばされたペガサス王子はそのまま滝壺に落下していく。ワンダーステージの壁面にあるプロジェクターには落下していく映像が流れ、オレも透明な貯水槽へ背面から飛び込む。衣装は濡れてへばり付いてしまうがやむなし。これもショーの為に必要なことよ。

 

 主人公であるペガサス王子はどうなったのか。観客が固唾を呑んで見守る中、満身創痍のペガサス王子を助けたのはネネロボであった。

 

「…う、くっ……ここは?」

「オメザメにナラレマシタカ。オウジ」

「君は…君が助けてくれたのか。ありがとうロビット族の方よ」

「ワタシのナはネ・ネー。オミシリオキを」

 

 舞台袖をチラリと見遣ると、必死に指と目を動かしながら演じている寧々が目に入った。出会った当初から思っていたことだが、随分と器用なことである。

 

 ネ・ネーもどうやらドラゴンの「棲みか」に来ていたらしく、ペガサス王子が単身挑む姿に勇気と感銘を受け、是非とも旅に同行させて欲しいとのこと。ペガサス王子も最初は渋るが、彼女の歌には安らぎと催眠の効果があることを知り、ドラゴン攻略に役立つだろうと思い首を縦に振る。

 

「分かった。ネ・ネー、君の同行を歓迎しよう。その歌で私を助けてくれ」

「ソレデハ、ワタシタチのタビのハジマリをシュクシテ。サカズキをカワシマショウ」

「いや…申し訳ないが、私はまだ成人していなくてだな」

「モンダイアリマセン。サカズキトハナバカリ、コレはゲンキニナル“ハイパードリンク”デス。ノンアルコールでノドゴシバツグン」

「ほう、それはありがたい。それでは乾杯。んぐ、んぐ………ぐぅぅ!?なんだこの味は!?あ、そうか。ロビット族は油しか飲まないんだった…」

『アハハハッ!』

 

『類くん類くん!みんな笑ってるよ!』

『うん。中々良い感じだね』

 

 新たに加わった仲間を引き連れて、ペガサス王子はドラゴンとエムムとの再戦に臨む。

 

「まーた性懲りも無くやって来て!力の差が分からないのかな?」

「前回と同じだと思うなよ。今度の私は、ちょっと強いぞ…!」

 

 剣の小道具を構え、仇敵を睨め付けるが如く瞳でドラゴンを射抜く。

 

 ここからは実質的に寧々のソロパートだ。後ろに控えるネネロボの目を見つめて台詞を放つ。

 

「頼むぞネ・ネー!君が村の人たちを救うんだ!」

「オマカセを。ウタをウタッテ、ドラゴンをネムリにツカセマショウ」

 

 言って、綺麗な歌声がワンダーステージに響き渡る。透き通っていながらも芯のある美声に、観客も大いに感動している。

 

「〜♪〜〜♪」

「完全に眠るまでは行かないが…しかしドラゴンがウトウトし始めている!確かに動きが鈍くなった!これならば十分討伐できる!」

 

 成程、これが寧々の言っていた感動の光景なのか。オレが生み出したものではないが…しかし観客が聞き入ってくれているのが自分の事のように嬉しい。流石はワンダーステージの歌姫。後はその感動をもっと跳ね上げられるように…!

 

 

 

「────♪──、─、………」

 

『……マイクが、切れた?こ、コントロールもできない!急にどうして…!?』

『そんな…まさかここで不具合が…!?』

「なっ…!?」

 

 

 

 既視感。

 

 イヤホン越しに聞こえてくるひどく焦った声音。理解を拒む脳。背筋を伝う汗。

 

 既視感。

 

 物言わぬ像と化してしまったネネロボ。何事かと首を傾げるえむ。突然の事態に頭の中が真っ白になってしまいそうになる。鼓動の音が速く五月蝿く、それでいて世界から隔絶されたような孤独が苛む。

 

 既視感──。

 

 それはあの時感じた全て。理不尽に見舞われてショーが崩れ去って行きそうになる虚脱感。ここから逃げ出してしまった方が楽になれるんじゃないかと思ったあの日の自分が、陽炎になって此方を見ている。

 

(どうして突然止まった?不具合が起きた?ドラゴンのブレスの熱に耐え切れなかった?いや、内蔵されている冷却ファンがそもそも上手く働かなかった…?いや、違う、違う!今はそんなことどうだっていい、どうやってこの場を繋ぐかを考えろ、天馬司!)

 

 突然機能を停止してしまったネネロボを、観客は沈黙の中で見守っている。カバープランを考えていなかったワケではないが…しかし問題なく動くものだと自分でも高を括っていた。

 準備不足は経験で補っていけ!どうすればこの場をうまく繋げられるのか、思考を絶やすな…!

 

「…お、おいネ・ネー!しようがない奴だな…。君が先に眠くなってどうする?」

『アハハハッ!』

 

 ネネロボを介しての演技の継続は不可能。しかしこれからの展開に寧々を欠いては物語の筋書きは大幅な変更を余儀なくされ、余りにも不完全で頼りないものを見せることになる。続けられないことはないが、それではつまらないショーになってしまう。

 

 それは…それでは駄目だ。観客の中には若しかしたら、()()()()()()()の人が居るかもしれない。

 

 

 寧々がやらなければならない。今、ここで。寧々がステージに立つ覚悟を決めて。想定し得る最悪を乗り越えて。

 

 

 オレは寧々のことを信じて時間稼ぎをする。それが今、オレにできる唯一にして最善のサポートだ。

 

「もう少しでドラゴンも完全に弱り切る!皆んな!ネ・ネーを一緒に応援しよう!せーの、ネ・ネー!頑張れー!」

『ネ・ネー!頑張れ〜!』

「頑張れー!…本当に…!」

 

 済まない、寧々。これ以上オレは…君を()()()()()()

 ひどく動転してしまい、アタフタとしている寧々の姿を認めて…歯軋りをする。

 

 お前の歌に観客が聴き入る感動は誰にも奪わせないんじゃなかったのか!立ち上がってくれ寧々!あの日の言葉を、強い意志の瞳を、お前自身が否定するような結果にしないでくれ、頼む…!

 

「お前がやらなきゃ誰がやる!寧々!」

「っ……!」

 

 見入っていた観客達の視線が、次第に胡乱なものを見るようなものに変わってきた気がする。…これ以上は難しいか。ならば、どうにか綻びの生まれないように……っ!

 

 黙りこくってしまったオレを、えむの心配そうな瞳が見ている。それに精一杯の笑みを返しながら、マイクを握って呟いた。

 

「…待たせやがって」

 

 

 

 

 

「──♪────♪」

 

 

 舞台袖から少女が小さな歩幅でステージの中央へと歩いてくる。指先を滑らかに動かしながら、一つ一つの音階を丁寧になぞるようにして。軽快にタップダンスを踊りながら。

 歌を歌うのが楽しくて仕方がない少女のように。勇ましく歩む英雄の仲間のように。期待を背負って歌い抜ける歌姫のように。

 

 草薙寧々は歌う。自身の存在を証明するかのように歌う。数多の観客の視線が注がれている現状を目にして、喉が咄嗟に閉まる。

 

 やっぱり私にはまだ早かった、と。身体中ヘンな汗が出て止まらない。私を見ないで。そう願っては薄暗い隅の方へと身を寄せそうになる。

 

「──彷徨える歌姫よ。どうか私の手を取ってくれ」

 

 流線型の光が一筋、寧々の心を照らす。嬉しそうで泣きそうな表情をしている王子は、迷子の歌姫に手を差し伸べた。

 

 君のことをずっと待っていた。彼の体温がそう語りかけてくるようで、寧々は心の底から気力が湧いてくる。

 

「ら──♪らら───♪ららら───っ♪」

 

 歌う、歌う、歌う。今の私は誰にも負けないくらい輝いているのだと。全人類私の歌に聴き惚れろと。腹からも、肚からも。只管に歌う。

 

「わー!とっても綺麗な歌〜!なんだかあたしも眠くなって…きちゃった……むにゃ」

 

 えむは嬉しそうに目を輝かせて、その目を閉じる。その輝きは彼女の心が発露したものなのか、欠伸による涙なのか。それとも──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました、ペガサス王子。ドラゴンの脅威も去った今、村は活気を取り戻しつつあります」

「礼には及ばん。困っている者に手を差し伸べるのは、上に立つ者として当然のこと」

「しかし、私たちはこの多大なる恩を貴方にお返ししたいと思っている。…この村が復興した暁には、貴方様を一番にお迎えしたい。この村の者全員で、貴方の帰還を心の底から祈っております」

 

 村人達の激励を背に受けて、ペガサス王子は村を後にする。その先で待っていたのは、動かないロボットを側に控えさせたネ・ネーだった。

 

「ありがとう、ネ・ネー。君がいなければ私はドラゴンを倒せなかった。君は誇り高き…村を救った英雄だ」

「…王子。私は…」

 

 ネ・ネーは語る。己が罪を懺悔するかのように、訥々と。

 

「人と直接関わることが怖かった。貶され、否定され、傷付くのが怖かった。だからロビット族などと偽って貴方に近付いた。でも、それは…。私を信じてくれた貴方に失礼極まりなかった。そんな私の無礼を、どうかお許しください」

 

「ネ・ネー。そも私は君に命を助けられ、力を貸してもらった身だ。許す許さないの裁量権は私にはないよ。寧ろ、私の方が君に頭を下げて頼まなければならない。…魔王を打倒するこの旅に、君の力を借りたい。改めて、少し臆病な只人の歌姫よ。私の仲間になってくれないか」

「……はいっ!喜んで!」

 

 差し出された手を取れば、ワッと歓声が巻き起こる。観客の熱は最高潮と言って良い。

 

 この一幕は脚本に無い。だが、必要だと感じた。だからやった。その結果、上演時間は少し押すことになってしまったが…些細な問題だろう。

 

「ありがとう。あなたのおかげで私は…ここに居る」

 

 場面転換の際、寧々はネネロボを優しく抱きながらそう言った。

 

 

 

 ペガサス王子とネ・ネーは旅を続け、出会いと別れを繰り返しながら魔王城へと辿り着く。

 

 そして場面はクライマックス。ペガサス王子と魔王の一騎討ちとなった。

 

「よくぞここまで来たな、王子」

 

 魔王を演じるのは類。稽古中に何度も見てきた狂気的な瞳が余りにもピッタリだった。実際、類は演技も上手いので威厳のある重厚感の中に野望を秘めた魔王としてはかなり良い味を出している。

 

 類は悪辣な笑みを更に深めて、いけしゃあしゃあと台詞を放つ。

 

「大衆を導く王子とあろう者が…傷付き、疲弊し、膝を突いている。そんなボロボロの姿で、貴様はどうしてまだ剣を振るう?無駄だと分かっているのに」

「どうしてだと?そんなこと決まっている!諸悪の根源たる貴様を打ち倒し、世界中の人々を笑顔にするためだ!!」

 

 足元に設置されていた強風装置が作動して身体が宙に浮く。霹靂と紛う程の咆哮を上げて剣を振り下ろす。

 

 そうして…ペガサス王子は英雄となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日は、ご来場ありがとうございました!」

『ありがとうございました!』

 

 このショーに出演した全員で手を取り合い深々と頭を下げる。

 

 割れんばかりの喝采と大地を揺るがしてしまいそうなほどの歓声がオレたちに燦々と降り注ぐ。今回のショーの結果は、笑顔に溢れた観客たちの姿を認めれば誰の目から見ても明らかだ。

 

 大成功。それに尽きる。

 

 頭を上げて、手を振って。舞台裏へと戻り終了のアナウンスが鳴るまで、観客達は惜しまない拍手と歓声を贈ってくれた。

 

「っはぁー!寿命が縮むかと思ったぞ!まさか本当にネネロボが急に動かなくなるとはな」

「軽く原因を調べてみたんだけど。どうやら内部の指揮系統が誤った伝達をして、安全装置の誤作動を起こして強制シャットダウンしてしまったみたいだ」

「そうか…。ネネロボは午後の公演には出せそうか?」

「難しいと言わざるを得ないね」

 

 物言わぬネネロボを軽く叩きながらそんな会話をする。まあ原因が分かっていてどう修理すれば良いのかが分かっているのなら良いんだ。どうして不具合が起きたのか分からないのは怖いし、勝手に直ったなんてことになればもっと怖い。

 

 一つ深呼吸をして、遠巻きに此方を見ている寧々に激励の言葉を掛ける。

 

「ネネロボについては後で考えるとして…寧々。よくステージに出てきてくれた。お前のその勇気が無ければ今頃どうなっていたか…考えたくもないな」

「ううん。司が上手く場を繋いでくれたから、覚悟を決める時間があったから私は歌えた。だから、まあ?一度しか言わないから、よく聞いておいてよ。……ありがとう」

「その感謝、確と受け取らせてもらう。だが、今回のショーの大成功の立役者は寧々、お前だ。…今はもっと素直に喜んでも良いんじゃないか」

「そう、だね。うん。……〜〜〜っ!やったぁ…!」

「うぅ〜っ!おめでとう寧々ぢゃん゛〜っ!」

「なんでえむが泣いてるの。…でも、ありがとう」

 

 うむ。見目麗しい少女たちが仲睦まじくしている様子は目の保養になる……なんてことを言っている場合ではない。

 

「この調子で午後の部…行けるか?脚本や演出については問題ないが、寧々にその体力が残っているか…」

「自称スター、遠慮してるワケ?らしくない」

「何とでも言え。あらゆる可能性を考えて、団員たちが気持ちよくショーができるようにする。それが座長の役目というものよ」

 

 役者は体が資本。無理をして体調を崩されては元も子もない。またどこかで振替公演の日を作ったってバチは当たらんさ。

 

 と、一応は心配している体でそう尋ねてみるが…。同じ役者だからな。その瞳の色を見れば返事は聞かなくても分かる。

 

「予定通り午後の部も出る。今さっきステージの上で掴んだあの感覚を忘れる前に物にしたい。何でもできてしまうような、魔法だって使えるような。あの光がパチパチ弾ける感覚を」

 

 つい先程まで舞台裏に引っ込んでいた奴とは思えない、好戦的で闘志溢れる姿だ。一つの切欠でこうも見えている世界が変わり全能感にも近しい感覚を掴み掛けるなんて。寧々も役者ということか。その輝きに魅せられ必死に手を伸ばそうとしている。

 

 非常に“イイ”。その発展途上故の熱は更にショーをより良いものにする。“挑戦者(チャレンジャー)”としての胸踊る感覚に、寧々は闘志が湧いてきているのだろう。全てを置いてけぼりにして走り抜けてやろうという自信さえ感じられる。

 背中を凄まじい勢いで追われる圧迫感とでも言うのだろうか。それをショーを通じて感じ取ることができたのなら…。

 

 オレはこのショーを通して()()できる。

 

「ならばオレも遠慮なく行かせてもらうぞ。オレの演技について来られるのか…見ものだな」

「減らず口を。後で恥掻いても謝ってあげないから」

 

 競い合える絶好の相手が居る。それは人の成長を促す。成長こそ人の幸福であり満足感だと思っているオレからすれば、なんて幸せ者なんだろうと心の底から思うのだ。

 

 

「皆んな頑張ってる。このショーを最高のものにする為に…。立ち止まってる訳にはいかないよね…」

 

 

 高まっていく熱の渦の中でも、妙に冴えていた感覚はそんな呟きを取り零さなかった。

 

 

 

 

 





次回で恐らくメインストーリー分は終わりになります。もうちょっと一話あたりの文字数減らした方が良いのかな?

ショーの真っ只中で急成長を遂げる寧々は、この作品の中で最も書きたかったことの一つです。他にも書きたいところが沢山。書き上げるその時まで私は死ねない…っ!
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