もしも司くんがガチの役者気質だったら   作:不名誉

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難&産。
本文なんと12000文字。色々詰め込んだ結果やべーことになりましたわ…。


列を成す迷い

 

 

 

 

 夏のショーイベントについての告知が届いてから早数日。ワンダーステージでも来るイベント開催日に向けて稽古に励む声が聞こえてくる。

 

 

「どうして私はあそこに居られないの」

 

「最初から居場所なんて無かった。私が居なくたって世界は変わらない」

 

「やっぱり私は夏が嫌いだ」

 

 

 寧々の演じる王女が陰鬱に、そして悲痛に声を絞り出す。

 

 客席で類とえむと台本を読みながらその演技を見る。夏の煩わしい日照りも気にならないほどの凍てついた風が心に吹き抜けた。そんな感想を抱くほど真に迫るものが彼女から感じられる。

 

「──うむ。良い演技だ」

「な、なんだか…心にバシャーンって水を掛けられたみたいな…」

「というのがオーディエンスの二人の意見だよ。どうだい寧々」

「まあ…今のはそこそこ手応えがあったから。当然」

 

 先程までの昏い雰囲気が霧散し、汗を拭って良い表情を見せる。そこにはやり切った満足感と自分の演技に対する自負が見受けられた。

 

 

 今回のショーの大枠を決めた後、オレたちは更に話し合いを重ねた。

 

 なんにせよ、ワンダーランズ×ショウタイムにとって歌とダンスがメインのショーは初めての挑戦。もう少しオレたちのやり易い形に落とし込むことができたら成功率は段違いに跳ね上がるだろうというのが皆んなの意見だった。

 

 ということで簡単なストーリーラインに沿って脚本を作ってみた。以下、オレが作ったプロット未満の物語の骨組みである。

 

 

 

 ──一年を通して温暖で乾燥しているとある国には、最も昼が長い日に潤いを齎してくれるオアシスの安寧を願い歌とダンスを捧げる風習があった。その風習はいつしか形を変え祭りとして語り継がれ、国内外問わずその日には多くの人が祭りへと訪れる。国に住まう凡庸な青年もその一人。己を構成する凡ゆるものが凡庸であることを理解している青年は、しかしダンスに関しては誰にも負けない自負があり、今年こそは壇上で踊るダンサーとして活躍してみせると意気込んでいた。

 

 場面は変わって国の王城。街が賑わい浮つく様子をつまらなさそうに王女は見ていた。と言うのも、彼女には水を自在に操る力を授かっており、その強力な力に国民が恐れて虐げられるのを防ぐ為に殆ど外に出られず籠城しているかのような生活を送っていたのだ。

 街が活気に賑わっていく様子を見る度、祭りを楽しみたいのに外に出られないジレンマに苛まれ、世界が彼女だけを置き去りにして回っているようにも思えて、すっかり夏を嫌いになってしまっていた。

 

 ある日、王女はこっそり城を抜け出して夜のオアシスで歌い踊る。水を自在に操る力を存分に使って彼女だけのステージを作り、何にも縛られず息を切らす自由を満喫していた。それを偶然目撃していた青年は、王女のステージに拍手を贈る。初めは警戒していた王女も青年の為人を知り、洗練されたダンスを見て打ち解けていく。

 

 ──私と一緒に祭りを盛り上げてはくれないでしょうか。

 

 無礼であることを理解しつつ青年は問い掛ける。しかし王女は首を横に振る。気持ちは有難いがこの力を人前に出す訳にはいかない、打ち明ける勇気がない、と。それならばと青年は王女の手を取って踊り出す。せめてこの時だけは何物にも代えられない素敵なステージを楽しんで欲しい。そんな想いを知った王女は穏やかな笑顔で青年と踊りを夜を明かした。

 

 そして祭り当日。なんとオアシスの水が干からびてしまうという事件が発生。青年を含めた多くの人間が東奔西走する中、王女がその力を以てオアシスを復活させる。初めはその力に慄き人々は言葉を失ったが、青年が王女の手を取り楽しく歌い踊る姿を見て、王女を褒め称える声が波及していく。王女は人々に認められた嬉しさを胸に、人々と歌い踊り祭りを堪能するのであった…。

 

 

 

 とまあこんな感じである。少々強引な展開かとも思ったが、これが中々好感触。このストーリーの上に演出を付けていくのが決定した。

 

『物語の都合上は青年が主役だが…王女は所謂“裏の主役”になる。そんな役柄とショー形式の都合上、寧々がこれを担当してもらうが。やれるな?』

『……うん。頑張って、みる』

『そんなに心配そうな顔をするな。出来る限りのサポートはする。それに何より自分をもう少し信じてみた方がいい』

 

 役決めの時は弱気になったような表情と声音でそう言っていたが…蓋を開けてみればかなり活き活きと役を演じている。王女の役が生きているように感じられるのは、偏に寧々の力量が成せるものだとオレは思う。

 

 

「よし、少し休憩したら次のシーンに移ろうか」

「分かった。それにしても…寧々は少しずつ演技が上達してきているな。いや、取り戻していると言うべきか」

 

 監督役を買って出ている類の言葉に頷きながら率直な意見を述べる。実際、寧々の演技は【ツカサリオン】でのそれと比べて精度が良くなっている。

 

 オレがやっとの思いで一歩進んだかと思えばすぐ後ろで3歩進んでいるような感覚と言うべきか。大きな才能に背中を捉えられる危機感とでも表そうか。兎に角追われる側の焦燥感というものが分かった気がする。この焦燥感は今回のオレの演技にも活かせそうだ。

 

 観客席に座って水を飲んでいた寧々はそんな会話を聞いて視線を寄越す。

 

「司のクセに何様……って言いたいとこだけど。確かに自分でもどんどん良くなってきてるのが分かる」

「できることが増えていく喜びはいつになっても色褪せないものだね。今が楽しくて仕方ないんじゃないかい?」

「うん。満足感って言うのかな。でも、もっとやれるって同時に思う」

「自分を認められて且つ向上心があるのは素晴らしいな。その調子で頼むぞ」

 

 成長によって芽生える万能感に支配されず飽くなき向上心を持つ。それがどれだけ難しいかは痛いほど分かる。目も当てられないほど高慢ちきだった時期があったオレが言うんだ、間違いない。

 

 ……さて。そろそろ止めてあげるか。

 

「えむ。気遣いは嬉しいが…疲れるんじゃないか?」

「全然っ!あたしの番はもうちょっと後だし、元気いーっぱいだからね、皆んなの役に立ってたいの!」

 

 着ぐるみ軍団と共に団扇を仰いでいるえむのは額には汗が滲んでいる。

 

 気遣いは嬉しいんだが…なんだか下働きさせているようで罪悪感がある。実際にやんごとなき家系だという事実も手伝って、涼しい筈なのになんだか嫌な汗が背筋を這う感覚が…。

 

 そんな悪寒にも似た感覚はオレだけのものではないようで。オレと寧々は半ば強引に団扇を持った。

 

「代わり番こにしよう。疲れたでしょうえむお嬢様。この私めが仰いで差し上げましょう〜」

「一人だけだと寂しいもんね…。私も仰いであげる」

「わぁ〜涼しい〜」

「何やってるんだい二人とも…?」

 

 団扇を仰ぐ役割を自分から申し出る。確かに側から見ればおかしな行動だ。そう考えて寧々と目を合わせて苦笑し合う。妙に恥ずかしくなって顔を逸らす。

 

 

 夏のイベントに向けての準備は、とても穏やかに進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワン、ツー、スリー、フォー!ここでターンで…ポーズ!」

 

 最終的に目指す所がどうであれ、今のオレたちはショーキャスト。であるなら歌って踊れて表情を作らなければならない。

 

 ということで笑顔を保ちながらのダンスの練習をしていた。オレが用意したオリジナルの音源を使って実際に声を出し、振り付けやローテーションを確認しながら踊る。

 オリジナルの音源を持ってきた際には音楽方面にも明るいのかと驚かれたものだ。実際は妹の幼馴染にも少し手伝って貰ったんだが、まあ張れる見栄は張っておくに限るだろう。

 

 二分ほどの尺の音楽が鳴り止む。それと同時に後方でバタバタと倒れる音が聞こえてくる。

 

「も…もう無理っ。しんどい…」

「認めるよ。僕はダンスを嘗めていたとね」

「おいおい、そんな体力で大丈夫か?」

 

 リピート機能によりまたイントロが流れ始めた音楽を背景に、寧々と類は思い思いに言葉を吐く。二人の弱気な発言に肩を竦めて諌める。

 

「本番はもっとキツくなるぞ。なんせ続けてやるんだからな…二人ともえむを見てみろ」

「ねえねえ、みんなーっ!トルネードダンスーっ!!」

「…あそこまでやれとは言わんが、あのタフネスは見習うといい」

 

 元気が有り余っているのか、両手をプロペラのようにして回り続けるえむ。その様子を横目に確認しながら観客席に置いてあったスマホを取って録画終了ボタンを押した。

 

「明日はさっきの録画を見直して改善点を洗い出すことにしようか」

「ああ、司くん。その録画はグループに送っておいてくれないかい?それなら僕たちも帰った後に見直せるから」

「分かった。ならばチャットに映像を送っておくから、帰った後は各自で見直しておくように」

「は〜い!あたしのダンスってどう写ってるのかな?ワクワクだね〜!」

「ちょっと怖いけどね。どれだけ不格好になってるのかって、ちょっとだけ」

「ふっふ〜寧々ちゃん?こけしに入らずんばホシを得ず、だよ!」

「虎穴に入らずんば虎子を得ずでしょ。こけしに入ってどうするの」

「えむマトリョーシカになるな。取り出す度にわんだほいと喋って輪唱になることだろう」

「輪唱わんだほい…?……ぷっ」

「わんだほ〜わんだほ〜わんだほーい♪」

「実際にやるんかい」

「ちょっとお腹痛くなるからやめて、えむ…!」

「マトリョーシカか…。その要領で面白い演出が考案できそうだ」

「お前はブレんな…」

 

 なんと言うか…コイツらと話していると疲れる。クセが強いのはさることながら、偶に有り得んほど智慧の深い発言をするから、残念な頭だと侮られないためにユーモアのある返しをせねばならん。総じて振り回されている。このオレが!この天馬司が振り回されている!恐ろしい奴らよ…。

 

 だが、この疲れは爽やかで、新鮮で。それすら楽しいと思えるようで嫌いではないのだ。

 

 

 

 

 伽藍堂になったワンダーステージを後にしたオレは嘗て面接を受けたビルの方へ行かねばならなかった。と言うのも、今回のショーの詳細な企画書を提出する必要がある。

 

 面倒臭いが、組織に属しているのなら報連相はきちんとせねばなるまい。オレたちは「個」だ。しかし同時に「合議体」である。だから「共有」することは大切なのだ。

 

 営業部の受付窓口に企画書を提出する。窓口の人が切れ長の瞳で紙面を一瞥し、問題がないことを確認するとフワリと笑んで受け取った。その雰囲気のメリハリの付け方には貫禄すら感じられる。もしかすると彼女はショーキャストだった過去を持っているのかもしれない。

 

 成程、一流の企業というのは人材に無駄がないということなのか。勉強になる。

 

 

「──あら、一際輝く方がいらっしゃると思えば、天馬司さんじゃありませんか」

 

 

 思考に耽りながら歩いていると、背後から声を掛けられる。

 

 やけに朗々とした声に同業者かと当たりをつけながら振り返ると、綺麗なブランドの髪を揺らす女性が素敵な笑みでコチラを見つめていた。

 

 コツ、コツ、と音が鳴る。歩き方一つ取っても確かな自信と高度な魅せる技術を感じる。只者ではないという戦慄もそうだが、その仰々しさに少しついて行けないでいた。

 

 オレは彼女を知っている。余裕綽々を絵に描いたような彼女を覚えている。そしてそれは彼女も同じようであった。

 

「そういう貴女は青龍院櫻子」

「ええ。こんな所で会えるなんて幸運ね」

 

 青龍院櫻子。言わずと知れたフェニックスステージの歌姫。自分でも、周りからもそう称されるほどに歌の実力は折り紙付き。演技もフェニックスステージの中では頭抜けた実力を持つ。

 

 そんな彼女がどうしてここに?

 疑問が湧いてくるのを押し込める。今は目の前に立つ強大な彼女とのファーストコンタクト。オレたちはその血が定めた運命の二人が如く相対し握手を交わす。

 

「このフェニックスワンダーランド、ひいては演劇業界に青龍院さんの名を知らぬ者は居ないさ。寧ろオレ…いや、自分を知ってくれていることの方が驚きだ」

「話し易いようにして構わないわ。それと、天馬司の名前は貴方が思うよりも大きな力がある。具体的に言うと天馬さんがここの面接を受けると風の噂で知ったどこかの歌姫が、是非とも我がステージで共演したいと思うくらいには」

「そんなに。オレをそう評価してくれる歌姫とは、また眩い光のステージで共に壇上に立ってみたいと思うよ」

「ふふ。お上手ね」

 

 建前と本音を使い分けながら会話を交わす。お互いに不敵な笑みを携えて、底を知られないように繕いながら。

 

 世辞とも皮肉とも取れるオレの言葉を上品に笑って受け流した青龍院さんは息を吸った。ただそれだけの挙動なのに辺りの空気が一変したかのように思えるのだから、彼女はやはり凄まじい。

 

「ワンダーステージのショーを拝見したわ。天馬司の鮮烈な再始動を見ない選択肢は無いもの」

「それは光栄だな。オレたちのショーはどうだっただろうか」

 

 

 世間話の一つとして何気なく尋ねたものだったが…。続く問答がオレにとって重要な分岐点になるとは思いもしなかった。

 

 

 青龍院さんはオレたちのショーを思い返すように首を僅かに傾げて、そして穏やかな笑みで評価を下し始める。

 

「天馬さんの演技は言うまでもなく素晴らしかったわ。ストーリーも老若男女誰もが楽しめるものだった。後は演出も良かったわね。一見突拍子もないけど、様々な意図を丁寧に汲んでいてショーらしい華やかさもある」

「ふむ…。そこが良かった点、と」

「ええ。勢いに任せているところはあるし演技の粗も目立つ。天馬さんの采配で幾分か良くなっているとは言え、まあまあな評価に落ち着いてしまっている。どうして人事はフェニックスステージに配属しなかったのか不思議で仕方がないわ。天馬さんも、あの中途半端な環境でよくショーをやろうと思えるわね」

 

 うーむ、手厳しい。ボロボロに言われているがそう的外れな意見でもないというのが更にタチが悪い。

 

 彼女の眼と感覚は確かなものだ。まだまだワンダーランズ×ショウタイムには改善点が残されている。結成されてから1ヶ月程度の、言っちゃ悪いが寄せ集め集団だからな。実力があって、才能があって、熱意があったとしても…多少の粗はある。青龍院さんのようにショーに造詣の深い人が見ればそれは尚更顕著なものだろう。

 

 だが…ここまで好き勝手言われて黙っていられるほど、オレは大人ではない。努めて冷静でいようとはするもののここで曖昧な肯定を返すに終わるのは、天馬司の名折れというものだ。

 

「確かにワンダーステージは、フェニックスステージに比べれば小さく頼りない。人員だって厳選された人間ではない。しかし、オレは結構満足している。ワンダーステージには人を笑顔にする不思議な何かがあると思っているし…仲間たちも手放しで信頼を置けるくらいには好いている。共にショーを作る仲間を信じている。オレたちのショーは最高だ。」

「…ふぅん。信じている、ねえ」

「ええ」

 

 首を傾げる青龍院さんに頷きを返す。危なっかしいところはあるが、そういうところも引っくるめて信頼している。背中を預けるに値する仲間だ。

 

「…成程」

 

 オレの顔をぼんやりと見つめながら、言葉を咀嚼するように顎に指を当てて考え込んでいた青龍院さんだったが、彼女の中で何か結論が出たのか頷いてまた自信に満ちた笑みが戻ってくる。

 

 胡乱な目で見ていたオレに小さく謝罪をしてから、鼻先が触れ合うくらいまで距離を詰めてくる。

 

 非常に整った顔が触れ合える距離に現れたことに面食らう。その様子に満足そうに笑い声を漏らしてから青龍院さんは言った。

 

「天馬さんは生粋の役者だということね」

「はぁ。一体何を…」

「皮肉っているワケではなくてよ。ただ、役者というのは観客を騙すお仕事でしょう?そう言った点で天馬さんは秀でている。それも、自分をも騙してしまうくらいにね」

「要領を得ないな。オレは自分自身に嘘をついたことなんてない。青龍院さんの思い違いでは?」

「…まあ、イドラというものは得てして自分では気付けないもの。いい機会だから教えてあげましょう」

 

 そうして、オレに決定的なダメージとなる言葉を彼女は放つ。

 

「ショーを見ていた思ったわ。至る所にショーをよく理解している者。即ち天馬さんのバックアップが施されている、と。これはあくまでも憶測だけど、天馬さんは自分にできることを何でもやらなければ気が済まない性格ではなくて?」

「ショーを成功させる為なら何でもやる。オレに限った話じゃない筈だ」

「ええ、そうね。けど、貴方のそれは行き過ぎている。確かに安心感という点で見れば良いことではあるけれど…でも、失敗する前提で動いているようにしか見えなかった」

「……失敗する、前提?」

 

 

 

 

 

「──貴方は仲間のことを信じて居ない」

 

 

 

 

 

「──なッ」

「その反応、やっぱり自分でも気付いていなかったみたいね。その調子じゃお仲間さんもなんとなく勘付いてはいるものの確信までは至ってないと言ったところかしら」

 

 ──いけしゃあしゃあと言いやがってこのデコ助が!

 吐き捨てて、睨み付けて、この場を去る。

 

 そうしたい筈なのに身体は動かない。それは自分でも仲間を信じていないということを認めているようで…とても、とても嫌だった。

 

「私くらいショーに精通していて、冷静で、客観的で、天馬司を見てきた人間でないと気付かないくらい。それだけ貴方は仲間を信じている天馬司を演じられていた。だから私は貴方のことを生粋の役者だと評したの。…いえ、この場合は役者というよりも『大嘘吐き』かしら?」

 

 オレは天馬司ではなく、それを見ている天井のシミなんじゃないかと思うくらいひどく俯瞰的に…そして他人事のように感じた。

 

 茫然自失。物言わぬ屍の如く立ち尽くすオレの肩が軽く叩かれて漸く一人称の視点に戻ってきた。青龍院さんが変わらぬ笑みで佇んでいる。

 

「悲観的に捉えることは無いわ。役者として生きてきた人間にはよくあることだもの。ただ…一度自分を見つめ直してみた方が良いかもしれないわね」

 

 言いたいことは全部言ったという風に去っていく青龍院さんに振り返ることなく、重たい足取りで家路に着く。鏡に映る幽鬼の如く鉛色をした顔を見て全ての気力を削がれたオレは、投げやりになった気持ちを抱えながら泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレはどちらかと言えば憑依型の役者だ。感情や行動を分析して理論立てて役に溶け込んでいく型ができないワケでは無いが、それは上手く役に憑依できない時の補助の役割が大きい。

 役を憑依させると自分との境界線が曖昧になっていく。どんな自分が本当の自分だったのか、役を憑依させる毎に朧げになっていく。その恐怖で役者を辞めてしまう人も少なくはない。

 

 我が強いオレのことだから万一にもそんなことは起きないと高を括っていたが…とんだ間違いだったのだろうか。

 「仲間を信じている天馬司」と「そうではない天馬司」の区別がハッキリと付いていないのだろうか。

 

 いや、そんなことはない。確かに青龍院さんは卓越した実力と審美眼を持つ傑物だが…所詮はあの時が初邂逅の他人。オレを知らない人間の戯言。その筈…。

 

『そんな人間の言葉がどうして引っ掛かる?』

 

 オレの理性がそう問い掛ける。認めたくない感情の火と、理路整然とした理性の氷が薄い壁を隔たりとして佇んでいる。感情の火は今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。

 

「……司くん?起きているかい?」

「はっ。す、すまんボーッとしていた。何だ?」

「何だ、って。今から王女と青年が邂逅するシーンを通しでやろうという話だったじゃないか」

「ああ。そうか。そうだったな」

 

 深い思考の海に飛び込んでいたところを類の声が引き上げる。

 

 オレが何に悩んでいようが知ったこっちゃないと時計の針は進む。じっくり悩んでいる暇なんて無いと背中を押す。

 今は兎に角目の前のショーに取り組むことだけを考えよう。後悔も反省も後で幾らでもできるのだから。

 

 頬を叩いて気を取り直していたオレを、類は少し心配そうな瞳で見る。

 

「ボーッとしているなんて司くんらしくないね。どこか具合が悪いのかと勘繰ってしまうよ」

「いや、体調はすこぶる万全だ。きっと蕎麦や素麺を食べ過ぎた故のものだろう」

「偏った食生活は演技の質の低下に繋がるよ」

 

 無類の野菜嫌いが何か言っているが…まあ大したことではないだろう。あー、あー、聞こえなーい。

 

 壇上に上がってストレッチをする寧々とそれを手伝うえむに話し掛ける。

 

「台詞や振り付けはもう叩き込んだか?」

「うん。しっかり体に馴染んでる」

「寧々ちゃんすっごく頑張ってたもんね!王女様の踊りと歌には優雅さが必要だ〜って!」

「一挙手一投足に気品を感じさせねばならんからな。難しい役を要求したが…その分なら問題ないだろう。寧々の本気の役作りの成果を見せてもらおうか」

「うん!きっと司くんもビックリしちゃうよ〜!」

「えむが得意げに答えてどうするの…。でも、期待には応じてあげなきゃ、ね」

 

 そう言って笑う寧々からは余裕を感じられる。強者故の不適な笑みも今の彼女には似合いそうだ。そう思えるほどにコンディションが良い。

 

 対するオレは放物線の下降部分を歩いている状態。コンディションは余りにも良くない。だが、寧々の相手はオレでなければ務まらない。これは自惚れでも何でもないただの事実だ。今の寧々はオレ以外が相手取るには荷が重すぎる。

 

 舞台袖に置いていた脚本を再確認しながら考える。今のオレに真正面からぶつかり合う力は無い。ならば…どうするべきか。

 

 意を決して壇上は出る。観客席に居るのはたったの二人だが、それでもショー独特の緊張感が漂っていた。

 

 

「いよいよ明日が本番…。オアシス様に勇気を貰いに来たは良いものの、夜は少し冷えるなあ」

 

 駄目だ。やはり思ったように自分の中にある「青年」の像が上手く吐き出せない。

 

 それでも今この時は演じ切らなくては。祈るようにオレは口を開いた。

 

「あれって…王女様?」

 

 ステージの真ん中でぽつねんと佇む寧々──孤独な王女。青年役を務めるオレは観客席に最も近いステージ端で様子を見守る。

 

 美麗なワルツが鳴る。それと共に王女は小さく歌い出し、そして綺麗な手振りで踊り始めた。見るもの全ての視線を釘付けにするかのように流麗にして華麗な姿。演出こそまだ付いていないものの本当に水を自在に操って彼女だけのステージを作り上げているかのようだ。

 

 突出した実力を持つ役者というのは演技を以て背景を幻視させる。ステージ上のセットだけでなく、まるで絵本の見開きのように情景を、風や温度を感じさせるのだ。

 

 今の寧々は正にそれだ。孤独な王女が伸び伸びと舞い踊る様子を体全体で表現するだけでなく、オアシスのヒンヤリとした心地や彼女を照らす月光を感じさせる。その身一つで『奥行き』を演出している。

 

「…綺麗だ」

 

 オレが言ったのか、それとも青年が言ったのか。何方とも取れない声は王女の耳を震わし、訝しげな視線を向けられる。

 

「貴方…いつから見ていらしたの?」

「あ、ああっ。申し訳ありません王女様!」

 

 あれ程凄まじいものを見せつけられると不調だとか言っている場合ではない。

 

 我がことながら非常に単純だが…心を動かすほど凄まじいものを見ると気力が湧いてくる。オレも負けていられないなんて、負けず嫌いで子供っぽい部分が顔を出す。

 

「私はこの力を人前に出す訳にはいきません。ましてやオアシス祭で貴方と踊るなんてこと…とても、怖いのです」

「王女様…。ならば、一夜限りで構いません。貴女のお手を拝借したい。せめてこの夜のオアシスは…貴女だけのステージだと思ってもらいたい」

「…そういうことなら。楽しませてくださいね、ダンサーさん」

 

 華やかな笑みの裏に挑発的なものを滲ませながら。青年の目の前にしなやかな手を差し出した王女。

 

 ここまでされて応えない訳にはいかない。互いを尊重し合うように、されど喰い合わんとするように一歩、足を踏み出して……。

 

 

 ──本当にそれで良いのだろうか。

 

 自分の中に棲まう何かがブレーキをかける。熱くなっていた思考回路に冷や水をかけられたみたいに、昂って膨らんでいった心が締め付けられ萎んでいく…。

 

 そうだった。オレはこれまで一体何を学んできた?

 ただオレが輝く、オレこそが一番だと目立とうとすることだけが全てじゃない。足並みを乱さず壇上の主役の座に居る人に視線を誘導する。時にはスターへの渇望を手放すのも一つの技だ。

 

 ショーを成功させる。その為にオレが出しゃばることが必ずしも必要ではない。舗装された成功への道を外れるくらいならオレは目の前の輝きの影に溶け込む。

 

 それが良い。その方が良い。今は王女の輝きにノイズを与えないように演じた方が、きっと…。

 

 寧々の表情が歪むがそれもほんの一瞬で、直ぐに夜の舞踏を楽しむ王女の顔になる。しかし、そこにはほのかに別な感情も滲んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

「…ナメてんの?」

 

 シーンが終わって一区切りついた後、寧々から放たれたのはそんな言葉。いつも所在なさげに動き回っている瞳はしっかりとオレを見据え純粋な怒気で射抜かんとしている。

 

 どうしてそんなに烈火の如き怒りを向けられているのか。イマイチよく分からなかった。眉尻を下げて肩を竦めるくらいしかすることがない。

 

「酷い言い草だな。オレはただやるべきことを懸命にやっただけ。そんなに睨め付けられる理由なんて…」

「アレで懸命?私の演技にノって来ずに謙るような腑抜けた動きばっかり。巫山戯るのも大概にしないと怒るよ」

「巫山戯るなんて、そんなことしない。相手の動きに合わせて受けに入る演技だってショーの成功には必要だ」

「そういうこと言ってるんじゃない」

 

 背丈の関係から上目遣いに鋭い視線を頂戴する形になる。胸倉でも掴もうとしたのだろう彼女の右腕が僅かに動いて、留まったのか腰に添えられた。

 

「分かってる。引き立て役はそんな立ち回りだけど必要だってことくらい。でも、アンタらしくない。スターを目指してるアンタが引き立て役に甘んじるなんて気が狂ったとしか思えない。…それだけじゃない。引き立て役が居ないと私は輝けないと思われてるみたいで不愉快だった」

 

 決して侮っているつもりはない。オレはただショーをより良いものにする為にそうするべきだと思ったから、それを行動に移しただけで。

 …でも、そこには若しかしたら侮りがあったのかも知れない。自分でも気付いていないだけで『ショーの為』という言い訳を塗り重ねて…。寧々のことを侮辱してしまった。

 

 …オレが全面的に悪い。相手が不快になる演技をしてしまったオレの落ち度だ。

 

 一瞬間考えた後に頭を下げる。引き立て役に回ったことを間違いだとは思わないが、しかしオレのせいで不和が生じるのは望むところではない。

 

「すまない。まだまだオレにも至らない点があった。どうやら天狗になっていたみたいだ。今の言葉を金言として改めることを誓おう」

「…本当に分かったなら、良いけど」

「ああ。本当にすまなかった。じゃあ稽古を再開して…」

 

「いや、一旦止めよう。僕からも一つ言っておきたい」

 

 客席の方で静かに見守っていた類が立ち上がって口を挟む。隣に待機していたえむはどうして良いのか分からず所在なさげに両手をワタワタしていた。

 

 いつもの胡散臭い雰囲気は鳴りを顰めて、静かな瞳が逃げることは許さないと言わんばかりにオレを捉えてくる。触れられたくない部分まで全て見透かされてしまいそうで思わず後退りをしてしまった。

 

「気のせいかとも思っていたんだけど…たった今確信したよ。僕が感じる君への懸念の正体。司くんはまだ僕たちを信じ切れていない。故に干渉し過ぎているんだとね」

 

 両耳を塞いで全てをシャットアウトしたい気分に駆られる。しかしそんな気力も今は無かった。

 

「ショーを成功させる為に何でもやりたいという気持ちは尊重しよう。座長としての役目みたいなものを感じているのだろうことも理解できる。だけど、干渉のし過ぎはかえって不満を招く。さっきの君の演技に寧々が不快感を覚えたように。「ああ、僕たちは信頼されていないんだ」なんて思われたって仕方がないよ」

 

 ショーの行先を憂い全力を尽くすことの何が悪いのか。そんな反論が思い浮かびこそすれど口をつくことはない。

 

 オレはショーを成功させる為だという大義名分を盾に自分のやりたいようにやって、それで安心感を覚えたいだけだった。真に仲間を見ようとせず己の不安を解消する為だけに信じているという方便を使った。

 

 そう分かっている。けれど「認めたくない」。青い感情が燻っている。

 

「この際だ。えむくんも言いたいことがあるなら言っておきなよ」

「えっ、あ、あたし?」

 

 急に振られて素っ頓狂な声を上げるが、恐る恐る、されど確かな意思を感じさせてえむは言う。

 

「さっきのシーンなんだけど…司くん、全然楽しそうじゃなかった。ギュッと我慢してるみたいで。みんなが笑顔になってくれるショーをしたいって、そう願う人が苦しい表情してると…何だか悲しいよ」

 

 その言葉は深く心に突き刺さる。なんて事ない当たり前の意見なのに鋭い刃の如き切れ味のように感じてしまうのは、偏にオレの心が歪んでいるからだ。

 

 三者三様、全て正論だ。人目も憚らず吐瀉物を撒き散らしたくなるほど的確に現実を突き付ける。自分でも見て見ぬ振りをしてきた弱さを皆んなは受け止めて伝えてくれている。

 

 ありがとう。本当に、ありがとう。

 

 言いたいのに、言えない。言ってしまうと最後、目頭に集まる熱が決壊したダムみたいに溢れ出してしまうから。

 

 情けないことにオレは…口を真一文字に結んで閉ざし、無力感に打ちひしがれることしかできなかった。

 

 

「…今日はもう終わりにしようか」

 

 類のそんな声はお通夜のような雰囲気のワンダーステージによく響いた。

 

 呆然としながらなんとか立っている状態のオレの横を、寧々や類はただ通り過ぎて行く。失望されているのやら気遣われているのやら。兎に角今のオレは過去最高に情けない姿を見せているということは分かった。

 

「…司くん」

 

 最後に残ったえむは心配そうな瞳を向けている。その優しが今のオレにはとても辛かった。

 

「すまない、えむ。少し一人にしてくれないか」

「………」

「大丈夫だから」

 

 突き放すような物言いになるのも厭わずえむを遠ざける。それでも、えむは寄り添おうとしてくれた。

 

「…あたしたちには「分かりあう為の言葉と心がある」って、司くんは言ってくれたよね。あたしはそれで救われた。だから次は…司くんが救われる番じゃないかなって思うんだ。…あたしからはそれだけ。じゃあね」

 

 最後に精一杯の笑顔を見せてえむもワンダーステージを去って行った。

 

 

 …分かり合うための言葉と心がある、か。

 オレは何を偉そうにそう言ったのだろう。信じ合うための心を持たず、言葉で繕うオレが。

 

 悔しい。情けない。腹立たしい。

 

 青龍院さんはワンダーステージを中途半端だと評していたが、一番中途半端なのはオレだった。笑えない皮肉だ。

 

 





オリジナルの夏ストーリーやるって言った私を殴りたい。
次回もまたちょうど2日後にあげますわ。
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