レーダーに映る機影が、唐突に増えた。
全部で14、学園での登録なし。決闘に参加している学生ではない。
機体の前方、モニター越しにも見えている。ライフルとシールドだけを備えた、やけに単純な動きのMS。それが射撃動作をとる前に、スレッタ・マーキュリーはフットペダルを踏み込んでいた。
「エアリアル、なに、これ?」
さっきまでいた空間をビームが交差する。搭乗した白い
コンソールが点滅し、次々と情報を表示する。14機のうち、12は生体反応なし。無人機と推定。ビームライフルの威力を観測、レギュレーションは実戦仕様。
残る2機を照合、ガンダムと同定。交戦経験あり。極めて危険。
「プラント・クエタの時の、テロリスト?」
通信は混乱している。イベント中止と避難を呼びかける声、銃声、悲鳴、救助要請。聞き覚えのある少女の笑い声。
四方八方へ乱射されるライフル。天井を構成していたパネルが打ち抜かれ、砕け、ばらばらに落下する。投影された曇天がノイズを吐き、空がひび割れていく。
何がなんだか分からない。ここで行われていたのは、総当たりでの模擬戦だったはずだ。ランブルリング、アスティカシア学園オープンキャンパスの余興。勝敗は今後に影響しないとはいえ、手を抜いていたつもりはない。決闘に負けるなと頼まれたから、ここでも当然勝つつもりでいた。
実戦ではなかった。さっきまでは。
「他の人は? あっち?」
家族のように暮らしてきたMSは、スレッタにしか聞こえない声でサポートする。
ジグザグに飛行し射線を攪乱しながら、スレッタは戦術試験区域の中央を目指す。無人機が2機追ってくるが、エアリアルの加速に追いつけない。崖が途切れる瞬間にスラスターを調整、滑り降りると見せかけて断崖を蹴る。
前方の砂地に生体反応が複数。レーダーには撃破済みを示すマーカー。乱戦状態だった学生が複数、行動不能となっている。その中央、半壊状態の一機に、重火器を構えたオレンジ色のガンダムが接近する。
あそこが今、一番危険だ。
「みんな、お願い!」
スレッタはエスカッシャンを解き放った。エアリアルの全身から11機のガンビットが分離、降下しながらシールドを形成する。減速はしない。盾を構えたまま、重火器――ビームディフューズガンを構えたMSの間に割り込む。
シールドが射撃を受け止めた。ローレンツ力がビームをはじき、砂地に火花が散る。
「邪魔しないでください、スレッタ・マーキュリー」
オレンジのガンダムが、シェルユニットを赤く輝かせる。通信機からは暗鬱な少女の声がした。
「やっぱり、ノレアさん。なら、あっちが」
数日前知り合ったばかりの少女、ノレア・デュノクが、テロリストのMSに乗っている。それ自体意味がわからない。だけど、警戒しなきゃいけないのが、もう一つ。
スレッタの背後で、半壊したMSが後ずさる。そのさらに後ろ、上空から接近する気配に気づき、スレッタは後ろ手にライフルを向けた。狙いをつけないまま乱射されたビームを、巨体が軽々と回避する。同時に左手のシールドを確認、ノレアのビームディフューズガンが減衰するのを見計らい、エスカッシャンを分離させた。
11機のガンビットは、スレッタの意図を正確にくみ取る。5機がその場でビームキャノンを放ち、ノレアを牽制。3機は上空でビームシールドを展開、破損したMSを防衛させる。最後の3機はエアリアルと共に、接近する深緑のガンダム、そのビームガトリングを受け止めた。
「やっほー、スレッタお姉ちゃん。約束通り決闘しに来たよ」
火花の向こうから、ソフィ・プロネの声がする。突然学園にやってきて、スレッタを散々振り回していった少女。さっきからずっと、オープンチャンネルではしゃぎ続けていた声だ。
「ソフィさん!? やめてください、みんなが死んじゃう」
「モビルスーツに乗ったら人は死ぬ、学校で習わなかったの?」
ビームガトリングの雨が飛び散る。とにかくここを離れないと、他の学生が危ない。シールドの反対側では、牽制射撃に引き下がったノレアが体制を立て直している。
「なにを言っているんですか。どうしてガンダムでひどいことを」
「ちゃんと撃ってきてよ。じゃないとお姉ちゃんも死んじゃうよ」
話が通じていない。混乱する頭と裏腹に、スレッタの経験則はこの場の優先順位を組み立てていく。
最優先すべきは、試験区域内の民間人と生徒の避難。
パイロットの撤退、エアリアルと自身の安全確保、暴れている無人機とガンダムを、他の区域へ、スレッタの友達へ近寄らせないこと。
助言をくれるお母さんはいない。管制塔からの指示もないから、スレッタが自分で判断しなければならない。
逃げれば一つ、進めば二つ。
「そうだね、エアリアル。わたしたちで、助けなきゃ」
困惑も恐怖も後回しでいい。今はまず、このガンダムを遠ざけなければ。
エアリアルのレーダーが、新手の接近を告げた。
上空からビームの乱射が加わる。ノレアが防戦、その隙を突いてガンビット5機を回収、ソフィのMSへ射撃する。当たらなくていい、ガトリングの掃射がそれた瞬間、スレッタはエアリアルのスラスターを全力で吹かせた。背後では飛び込んできた黒いMSが、オレンジのガンダムとドッグファイトを始めている。
上空で倒立するように身をひねり、頭部バルカンから牽制射撃を繰り返す。シールドを広げたガンビットはそのまま地上に残す。無人機の弾を防ぐだけなら、エスカッシャンに任せられる。
スレッタの誘いに乗って、ソフィはエアリアルを追ってきた。深緑の装甲がバルカンを軽くはじく。大型の見た目と違わず、重装甲を備えている。
「せっかくのガンビットを置いていくの? なんかなめてない?」
「これ以上、あなたに撃たせるわけにはいかないんです!」
エアリアルの背後から、無人機が2機現われる。ソフィが直接操作しているのか、他の機体より動きが速い。装甲一枚の差でビームをすり抜ける。生まれた時から乗っていたMSは、スレッタの身体同然に動く。
必死でガトリングの射線を引きつけながら、スレッタはフィールド内の状況を見渡した。
「エアリアル、他のみんなは?」
ノレアは黒いMS――ファラクトを追っている。パイロット、エラン・ケレスは強い。たぶんこのまま逃げ切ってくれる。先輩であるチュチュや、他の学生は無事だろうか。
連れてきた5機のガンビットに、戦術試験区域全体をスキャンさせる。エアリアルのレーダーは優秀だ。どんな救助対象だって特定してくれる。生存者の場所は、
「―――――え?」
学生たちの中にUNKNOWNの表示を発見して、スレッタは息を止めた。
足が止まった瞬間、コクピットにアラートが鳴る。回避は間に合わない。衝撃が走り、コンソールは右脚の被弾を表示する。エアリアルが悲鳴を上げる。
「またよそ見してる!」
スレッタは悲鳴をかみしめ、ソフィのガンダムへ向き合う。エアリアルが悪態をつきながら5機のガンビットを接続、推力を最適化する。どういうわけか、ソフィとノレアのガンダムを見ると、エアリアルの機嫌が悪くなる。
苦しげに息を切らせながらも、ソフィは楽しそうに、楽しそうにガンダムを操る。推力の落ちたエアリアルに向かって加速、ビームサーベルを抜刀する。スレッタもビームサーベルを抜き、ソフィの突貫を迎撃した。
「何か気になることでもあった? 仲間とか、ミオリネって女とか? そいつのために人殺しの道具に乗ってるわけ?」
「エアリアルは人殺しの道具じゃありません!」
「じゃあなんでエアリアルは武器持ってるの?誰が暴力マシーンを作ったの?」
「エアリアルはお母さんが、お母さんが……」
なんのために?
ビームサーベルの一撃を、同じくビームサーベルを抜いて受ける。再びのアラート。つばぜり合いを演じる2機の背後から、無人機がライフルを向ける。被弾覚悟で放たれたビームが深緑のガンダムをかすめ、エアリアルのフライトユニットを貫通した。
「損耗率50パーセント……エアリアル、もうちょっとだから頑張って」
エアリアルの声、地上で防衛するガンビットの声、それらが感知する悲鳴が、耳元で聞こえている。装甲を灼く感覚、飛び散る火花のひとつまで、コクピットのスレッタは感じ取っている。
フロントの天井が迫る。ひび割れた空の中に、暗い宇宙が覗いている。
メインカメラを狙った突きを、ソフィは容易く避けた。その間にエアリアルは補給の終わったガンビットを分離、割れた天井から先に放出する。
「スレッタお姉ちゃんにもあるんでしょ、欲しいもの。そのMSに乗って手に入れてきたんでしょ? 何人撃ったの、何機撃墜したの?」
「違います、わたしたちは」
「そうやって手に入れたもの、みーんな壊して、家族にしてあげるね、お姉ちゃん」
2機のガンダムが、もつれ合いながら宙へ飛び出していく。照明がなくなり、カメラが宇宙の闇に調節される瞬間、ソフィはエアリアルを蹴り飛ばして距離を取った。間髪入れずにビームガトリングを撃つ。避けきれなかったビームがエアリアルの装甲を削る。さらに追従する無人機が、被弾を恐れずエアリアルへ突撃する。
そこに、5条のビームが走った。
先行し伏せられていたガンビットが一斉にビームキャノンを撃つ。頭と手足狙いの斉射。一発がソフィ機の掌を貫き、ビームサーベルが脱落する。操作の途切れた無人機を、エアリアルのビームライフルが撃ち落とす。
「エアリアルは、ガンダムは、誰かを助けるためにあるんです」
レーダーに反応。地上の無人機が撤退を開始。ガンビットたちが戻ってくる。
みんなの声が聞こえる。
シェルユニットが蒼く発光した。
「持ってるのが武器でも、人殺しの道具でも! わたしたちはずっと、そうやって生きてきたんです!」
理由は知らない。母の開発理由が何であれ、エアリアルはずっとスレッタのそばにいて、家族で、水星で一緒に働いていた。
いつだって、誰かのためにモビルスーツを駆ってきた。始めて現場に出たのは10歳。11歳の頃にはもう、水星の採掘現場で救助活動をこなしていた。
ライフルはデブリを砕くために。ビームサーベルはひしゃげたモビルクラフトをこじ開けるために。エスカッシャンたちだって、要救助者を探してはデブリや危険物から守ってくれた。
スレッタの知るガンダムは、命を救うためにある。
深緑のガンダムは、絶叫しながらも戦闘を続けた。先ほどの射撃でブレードアンテナは折れている。それだけではソフィは止まってくれない。
破損したフロントから、残る無人機たちが飛び出してくる。
遠距離から飛んできたビームディフューズガンを、エアリアルは軽々回避する。
「ノレア、来るな! コントロールが、ガンヴォルヴァが奪われた」
「停まってください! ソフィさん、これ以上は」
「……見つけた」
一段と苦しげな声に、スレッタは停戦を呼びかける。フロントからは脱した。学生たちの元には、フロント管理会社の救助が向かっている。
誰も死んでいない。だが、何かがおかしい。これ以上続けてはいけない。
「そっか、そうだったんだ」
ソフィはけたたましい声で笑った。
「聞こえる、感じる、あのときのときめき!わたしを殺そうとする綺麗な声!」
エアリアルが怒っている。無人機たちがソフィへ向かっていく。それを易々と撃墜し、ソフィは戦闘を続ける。
「スレッタ、あんたじゃない、わたしが、欲しかったのは!」
深緑のMSが、大きく距離を取った。
背負っていたパーツ、無人機を操っていたアンテナが変形し、巨大な砲身へと姿を変える。
エアリアルがアラートを鳴らす。砲撃のエネルギーを算出、直撃すれば背後のフロントが崩壊、破片と真空が人々を襲う。
いつもと同じシールドでは足りない。
もっと大きく、もっと遠くに広がらなければ。
「みんな!」
スレッタの叫びに、エアリアルが、エスカッシャンたちが応え、巨大なシールドを展開する。
砲撃が直撃する。モニターに赤い光が弾け、シールドを減衰させる。
これまでに無いほどのエアリアルとの同調。
スレッタの感覚が膨れ上がり、エアリアルの機体を超え、宇宙へと広がっていく。
同時にコクピットの中、スレッタの背後に、誰かの気配が発生する。
「僕の妹は君じゃないよ」
その言葉と共に、エアリアルの様相が一変した。
攻防を続けていたシールドが安定し、同時に、何か取り返しのつかないものが抜け出していく。
「だめ、エアリアル、やめて!」
その意味を理解しないまま、スレッタは叫ぶ。目の前で白い光が弾けた。
◇
全身に焼けるような痛みが走り、肺腑は悲鳴を上げている。
データストームのもたらす苦痛の中、ソフィ・プロネは勝利を確信していた。この瞬間こそ、自分が生きている証明だった。
戦災孤児だったソフィにとって、手に入れることと壊すことは同じだ。自分のものにならなくても、他の誰かのものでなければいい。何かを得ること、破壊すること、殺すこと、生きることは、ソフィの中で矛盾無く並び立っている。
フェイズドアレイキャノンが減衰していく。これを撃って手に入らなかったものはない。ちょっと予想外だったけど、エアリアルもスレッタ・マーキュリーも、これでソフィのものだ。
無線越しにノレアが呼んでいる。言葉はもう分からない。自分が居なくなったあとの彼女だけが気がかりだった。
光が消え、メインカメラが明度を調節する。戦果を一目見ようと、ソフィはモニターを拡大した。
「……は?」
ソフィは目を見開いた。かすれる視界の中に、信じがたいものが見えた。
破壊したはずのフロントは、元通りの形を保っている。
その前に立つ、一機のMS。
フェイズドアレイキャノンを防ぎきった、11機のガンビットによるシールドと。
全身を白く発光させた、エアリアルの姿だった。
エアリアルを取り巻く赤毛の少女たちを見て、ソフィは血反吐と共につぶやく。
「13人がかりって、ずるくない?」
それを最後に、ソフィ・プロネは呼吸を停止した。
◇
停止したソフィの機体を抱え、ノレアが去って行く。コクピットの外を漂いながら、スレッタはその背中を見送った。
砲撃の後、突然停止したソフィのガンダムに乗り移り、スレッタはコクピットをこじ開けた。中のソフィは、操縦桿を握ったまま息を引き取っていた。
「ガンダムに殺されないあなたは、何者なんですか?」
泣きじゃくるノレアの言葉が耳に残っている。ソフィの死因は、ガンダムの呪いだと言った。スレッタには分からない。だって、スレッタのガンダムは、いつだってスレッタの味方だった。
「エアリアル……?」
おそるおそる機体を振り返る。そこにあるのは、空っぽのパイロットシートだ。
誰かがそこからいなくなった。
何となくそう思った。生まれ育ったコクピットが、なぜだかとても恐ろしい。
フロント管理会社のデミギャリソンが近づいてくる。まだデブリが漂っているから、安全なところで待機しなければ。
コクピットへ戻り、ハッチを閉める。エアリアルは何も答えなかった。
◇
医療用フロントのエントランスで、ミオリネ・レンブランはぼんやりと外を眺めていた。同席していたプロスペラ・マーキュリーは、先ほど何かの連絡を受け足早に立ち去っていった。
背後でドアが開き、誰かが慌ただしく駆け寄ってくる。父の側近、ラジャン・ザヒが、いつになく青ざめた顔をしていた。
「先ほど、デリング様の意識が戻りました」
それが吉報でないことは、ラジャンの表情でわかった。
「ですが容体は非常に厳しく、危篤に近い状況です。どうか、心の準備を」
ルート分岐条件
・ランブルリングにおける死者を3名以下に抑える
・戦闘中、エスカッシャンによる生存者探知を一回以上使用する
・エアリアルの損耗率が50パーセントを超える