ちょっと短めです。
太陽風のアラートが鳴る。同時に照明が点滅し、赤黒い非常灯に切り替わった。
復旧は遅い。持ち込んだバッテリーの作動を確認し、かまわず作業を進める。膝の上のタブレットが、古びたMS用ハンガーを照らしている。
この星において、最優先されるのは生命維持に必須の設備とサーバー類、次いで採掘器具だ。人間にとっての快適さは後回しで、循環する空気は過冷却され不快な臭いが入り交じっている。ノーマルスーツを脱いでの生活はお勧めしないと、ここに来た初日に教わった。
重力ブロックは居住区域の一部のみ。地球圏との通信は週に一度が限界。磁場のせいでインフラは不定期に停まり、照明が消えれば朝も昼もなく、時間の感覚さえ失われていく。
逃亡してきた4歳の子どもを弱らせるには、それだけで十分だっただろう。
タブレットを操作し、ページをめくる。
日記、というよりも研究日誌に近い形で書かれた記録には、プロスペラ・マーキュリー……当時はエルノラ・サマヤと名乗っていた女性が、この星へたどり着いてからの経過が綴られている。
パーメット採掘を生業とする水星と、元々はパーメット全般の研究を行っていたヴァナディース機関との間には、古くから繋がりがあったらしい。ヴァナディース事変で地球圏を追われた母子は、そのわずかな縁を頼ってこの星へ逃げ込んだ。
決して住民たちと打ち解けることはなかったが、代わりに捕縛されることもなく。逃亡に使ったガンダム・ルブリスごとハンガーの片隅に部屋を与えられ、二人はようやく、家族と仲間の死を悼む時間を得た。
ページをめくる。
安寧は長くは続かない。
ヴァナディース事変から1年後、シン・セー開発公社はベネリットグループのM&Aを受ける。
幸いガンダムの情報を掴んでのことではなかったが、母子の立場は一気に悪化する。
娘を育てるため、エルノラは引き受けられる仕事は何でもやった。幸いモビルクラフトの操縦に習熟しており、開発やメンテナンスについても研究所で経験を積んでいる。夫の真似をして、マネジメントの類いにも手を出し始めた。買収に伴う業務再編の中、エルノラは徐々にシン・セー内で頭角を現していく。
一人残されたエリクトの病状が判明したのは、回復の見込みがなくなってからのことだった。
余命宣告と共に、記録は過密さを増していく。
投薬治療、臓器移植、ガンド義体の作成。エルノラは可能な限りの手段を模索する。医学的なアプローチは早い段階で潰えた。医者も匙を投げる中、エルノラはヴァナディース機関の研究に可能性を求める。
水星に漂着して間もない頃、エルノラはルブリスに転送された不審なデータに気づいた。送信元はフォールクヴァングの所長室。タイムスタンプは、ヴァナディース事変の最中を記していた。
ファイルの中身は、ヴァナディースが積み上げてきた論文と実験データ。手当たり次第に送信されたデータには、未発表の論文や覚え書きまで含まれている。襲撃の中、自室に追い詰められたカルド博士が、一縷の望みを託して送った研究の残滓だった。
エルノラはそれにすがった。
この子が生き延びるなら、どんな形でもかまわない。
その日の日記には、そう記されている。
解析の末に、エルノラは二つの方法を見いだした。
一つは、代わりとなる肉体を製造し、そこにエリクトの生体コードを上書きすること。人間としての生活は保たれるが、成功するかどうかは未知数。エルノラの知識が及ばない部分もある。造り出された肉体が、再び衰弱する可能性も高い。
もう一つは、エリクトの生体コードをガンダム・ルブリスへ転写すること。生体コードがデータストームと一致している、というエリクトの特異体質を利用し、精神をMSへ移行、当座の肉体として延命を図る。人の形も自由も失う代わり、延命の可能性はこちらの方が高い。そして、カルド博士の遺産によるならば、いずれその姿でも自由を得られる可能性があった。
どちらを取るか決めかねたエルノラは、ひとまず平行して研究を進める。
仕事へ通い、エリクトを看病する一方でルブリスの機動実験を繰り返し、合間に生殖医療の研究書をひもとく日々。
限りなくエリクトそのものの複製を行うため、器として卵細胞を必要とするクローニングでなくリプリチャイルド式を採用。すでに使われなくなっていた産科の設備を借用し、最初の培養を始める。
足りない知識を補うため、危険を冒して学生時代の知人へ連絡を取りもした。
彼女に正気が残っていたか、この記録からは判断できない。
ページをめくる。
エリクトを確実に延命させる、という目的上、ルブリスにもリプリチャイルドにも、ぶっつけ本番で上書きを行う訳にはいかない。最初に製造されたリプリチャイルドは、そのための実験に供される。
実験そのものは成功した。ルブリスは転写されたなにものかを受け入れ、演算性能を飛躍的に高めた。強引にパーメットスコアを上げれば、幾ばくかの意思を示しさえする。
同時にリプリチャイルド式の問題点も露わになる。生まれた幼児たちは皆、エリクトに由来する虚弱さを引き継いでいた。この星で子どもは育たない。かといって体質改善を行えば、エリクトの器として使用できない。
延命の手段は定まり、しかしエルノラはリプリチャイルドの作成を続行した。
エルノラ一人で生計を支えるならば、その間エリクトを守るためのパイロットが居る。一人では動けないエリクトのための手足。エリクトに外界を伝える目と耳。再びエリクトに会う日まで、経験を積むための肉体が。
エリクトは弱っていく。熱は下がらず、低重力ブロックですらもう満足に歩けない。娘の衰弱と裏腹に、最終ロットのリプリチャイルドが育っていく。
製造したリプリチャイルドは、一人を残し全員をルブリスへ転写。
最も発育の良好だった12番目の赤ん坊は、スレッタと名付けられた。