水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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新年度がようやく落ち着きました。


10.ニセモノたちの夜

 夜はまだ明けていない。

 痛む頭を抑え、スレッタは前を行くエランを追いかけた。視界にはまだ、パーメットの光がちらついている。

 状況を飲み込めないまま辺りを見回す。フロント管理会社の施設だと思うが、入ったことのない場所だ。騒ぎを起こしたにも関わらず、大人が出てくる様子はない。時折見かけるハロを載せた清掃用ロボットのほか、動くものはなかった。

 

 廊下をいくつか曲がったところで、エランはぴたりと足を止めた。いつになく青ざめた顔で振り返る。紡錘形のピアスが揺れる。

 

「で、あれは何?」

 

 切羽詰まった声で、エランはスレッタを問い詰めた。

 

「なんで君までデータストームを受けるんだよ。エアリアルは安全なガンダムなんじゃなかったのか?」

 

 とっさに半歩退きながら、スレッタは答える。

 

「エアリアルは、エアリアルですよ。水星で、生まれる前から一緒にいた、わたしの家族、です」

「君のガンダムは、パイロットなしで勝手に輸送されたりするの?」

 

 エランはあきれたように言った。

 スレッタがコクピットを追い出された直後、ハンガー内の設備がひとりでに動き出した。呆然とする二人の前で、発光するエアリアルはコンテナに収まり、リフトに載ってどこかへ運ばれていった。行き先はたぶん、シン・セーの輸送艦だ。

 

「できるようになった、そうです。スコア8まで上がったから、もうパイロットはいらないって」

「……冗談だろ」

 

 そう吐き捨てたエランに、スレッタは同じくらい血の気の引いた顔で尋ねた。

 

「あなたこそ、誰ですか?」

 

 目を見開いたエランに、スレッタは内心で悟る。

 ああ、この人は、本当に違うんだ。

 

「ずっと、気のせいだと思ってたんですけど。でも、エアリアルが、わたしと決闘したエランさんは、あなたじゃないって」

 

 エアリアルのレーダーは優秀だ。生体コードによる認証で、どんな救助対象だって特定してくれる。ましてやエランは、スレッタと出かけた日にコクピットにまで入っている。直接会った人間を、エアリアルが間違えることはない。

 何となく感じていた違和感を口に出せるほど、スレッタはエランのことをよく知らない。だからあの日、もっと彼と話したくて、学園のベンチで待ち合わせをした。

 エランに何があったのかはわからない。だけどどうやら、同じ顔の人間が大勢いることもあるらしい。

 

「なんだ、気づいてたんだ」

 

 エランを名乗る少年は、表情を取り繕った。片手をポケットに入れ、スレッタからわずかに距離を取る。清掃用のハロが、二人の間を通り過ぎる。

 

「わたしの知ってるエランさんは、いまどこに」

「話してもいいけどさ、あいつも本物じゃないよ」

 

 少年の一言に、スレッタは息を呑んだ。

 

「僕もあいつも影武者。MSに乗れない、本物のエラン・ケレスの代わりの強化人士。ホルダー制のせいで強いパイロットが必要になって、代わりに僕らが送り込まれた」

 

 理解の追いつかないスレッタの前で、エランを名乗る少年は大げさな身振りで話す。

 

「君が言うエランは4号のことだろ。僕はあいつの後任。インキュベーションパーティでオリジナルにも会ってるはずだよ。ベルメリア・ウィンストンも共犯。強化人士を作ったのもあいつ。僕のことは、とりあえず5号でいいや」

 

「きょうか、じんし……? エランさんも、リプリチャイルドだったんですか? わたしと同じで?」

 

 5号は絶句した。

 

「……違うよ。僕もあいつも、普通の人間だったはずだ。この顔は整形」

 

 わずかに背を丸め、5号はどうにか口を開いた。なぜか、スレッタ以上に怖がっているように見えた。

 

「ペイルは人工知能が動かしている会社なんだ。ペイルグレードっていう、会社のことを全部決めているAI。社員の仕事は経営でも開発でもなくて、ペイルグレードの保守とアップグレードをすること。オリジナルを後継者に指名したのも、ファラクトの開発を命令したのもそいつ」

 

 廊下の端で、清掃用ハロが床をこすっている。

 

「作らせたはいいけど、ペイルでもデータストームを解決できなかった。仕方ないからパイロットの方を弄ることにして、ベルメリアが作ったのが僕ら強化人士。神経系統を改造して、無理矢理耐性を上げた人間」

「なんですか、それ。じゃあ決闘した時、エランさんは」

 

 スレッタは震える声で言った。

 ソフィのガンダムだけでなく、ファラクトも、パイロットを助けてはくれなかったのか。

 

「君とエアリアルのほうがおかしいんだ。ベルメリアが色々試したけど、ガンダムに乗る限り僕らも消耗を避けられない。4号もそれで限界が来て、僕に代わった」

「限界って、どういう」

「処分されたって聞いてる」

 

 目の前が暗くなった。

 

「なんですか、それ」

 

 だからあのとき、待ち合わせに来なかったのか。

 怒りと涙で視界がぐちゃぐちゃに歪む。壁に手をつき、スレッタはどうにか座り込むのを堪えた。

 

「僕もいつ処分されるかわからない。ホルダー制がなくなった以上、会社に連れ戻されるのは時間の問題だからね。で、相談なんだけど。エアリアルを譲ってくれない?」

 

 ポケットの中で何かを握り、5号は強引に笑顔を作る。

 

「ペイルはファラクトを諦めて、エアリアルを研究したがってる。あれを持って帰るのが僕の任務。どうせ行き先は君の母親のところだろ? どうにかして取り返せない?」

「それ、は、できません」

 

 また一歩引いたスレッタの背に、廊下の壁が当たる。5号は一歩踏み出す。

 

「もしくは君のお母さんを説得するとか。例えば、君の命が危ないって言っても?」

「無理、だと思います」

 

 スレッタは静かに首を振った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、わたしに何かあったって、聞いてくれません。それに」

 

 手足の震えを堪え、スレッタは顔を上げて言った。

 

「それでもエアリアルは、わたしの家族です。だから、ペイルには渡せません」

「……そっか」

 

 5号は肩を落とした。清掃用ハロが、二人の側を通過する。

 スレッタは手を握りしめた。

 

「ごめんなさい。……ここから逃げだすとか、どこかに通報するとか、他にできること、ありますか?」

「難しい、かな。学園もペイルに見張られてるから。下手に動くとかえって危ない」

 

 ポケットから手を抜き、5号は肩をすくめた。

 

「さっき言ったペイルグレードだけど、厄介な機能があってさ。問題はAIじゃなくて、周りのシステムの方なんだ。AIに解析させる情報を集めるための、通信傍受ユニット。ペイルの持っている艦全部にそいつが組み込まれていて、L4全域を監視している。もちろん、寮にある学生用の艦も」

 

 スレッタは思わず辺りを見回した。

 

「この会話も、聞かれてる、ってことですか?」

「どうかな。全施設を盗聴するほどのリソースはないはずだけど。確実に見張られているのは、港のセキュリティと外部への通信、決闘のデータ。ここにマイクがないのは確認してあるけどさ」

 

 再びポケットに手を入れ、5号は何事か操作した。取り出した何かをスレッタに放る。

 

「それ、ペイル寮のポストにでも入れておいて。発信器なんて持ち歩きたくないし」

 

 キャッチした生徒手帳を見て、スレッタは問いかけた。

 

「5号さんは、これからどうするんですか?」

「逃げるよ、死にたくないから。当てはあるんだ」

 

 そのまま背を向けようとして、5号は再び振り返った。

 

「いろいろごめん。――もしあいつのために何かしたいなら、他の強化人士を助けてやってよ。まだ会社に残ってる奴がいるんだ。まあ、できるもんならね」

 

 それだけを言い残し、今度こそ5号は走り去っていった。

 建物は少しずつ騒がしくなっている。そろそろ夜が明け、仕事が始まろうとしている。重たい足を動かし、スレッタはどうにか帰る道を探した。

 ハロはいつの間にかいなくなっていた。

 

 

 ◇

 

 

「本当に造っていたのか」

 

 メンテナンスベッドで組み立て中のMSを、グエル・ジェタークは呆然と見上げた。灰色の塗装に円形のブレードアンテナを載せた頭部は、まぎれもなくジェターク機の系譜だ。

 

 型式番号MDX-0003、シュバルゼッテ。ヴィム・ジェタークが最後に手がけたMS。全身にシェルユニットを組み込まれた、紛れもないガンダムだった。

 隣では弟と後輩が、同じように顔をしかめている。

 

「父さんは重役たちにも隠していたらしい。CEO用の端末を確認するまで、僕にも知らされてなかったんだ」

 

 灰色の機体を睨み、ラウダ・ニールがうめく。もう一度倒れかねない弟を、ペトラ・イッタが慌てて支えた。

 

「起動実験はしていないな?」

「うん。まだコクピットが完成してない。さっきマネージャーに確認したから間違いないよ」

 

 不幸中の幸い、と言ってもいいのだろうか。フロントへ帰ってから、初めてましな情報を聞いた気がした。

 誰にも見咎められないまま軌道エレベーターに乗り、検問を潜り、会社に帰り、顔を合わせた瞬間失神した弟を病院に担ぎ込み、相次ぐ重役の辞職や融資の引き上げに対応し、内部監査をかけ、どうにか情報をかき集めている間に早一週間。

 グエルは未だ、プラント・クエタで起こったことを言い出せずにいる。

 

「開発資料と、シン・セーとの業務提携の覚え書きがこれ。ガンダムってこと以外に不備は見つからなかった。建前上は次世代ドローン事業の一環なんだけど……兄さん、こいつの開発は続けるの?」

 

 グエルのタブレットへ情報が転送される。ざっと中身を改め、グエルはもう一度機体を見上げる。小豆色の内部フレームに、装甲が少しずつ取り付けられている。

 

「少し考えていることがあってな。建造はそのまま続けさせるつもりだ。その代わり、起動実験は絶対にさせない」

「……わかった。それと、これが監査の結果」

 

 ラウダに促され、今度はペトラから情報が送られる。先月退職した社員の顔写真に、グエルは眉根を寄せた。

 

「やっぱり内部からの横流しか」

「製造番号は削られていたけど、OSのバージョンとパーツのロットからどうにか割り出した。該当するデスルターを取り扱っていたのはこいつで間違いないよ」

 

 テロリストへMSを売却した後、在庫記録を改ざんし、直後に退職。L4を出港した後の足取りは不明。本社の捜査官が後を追っているが、まだ確保には至っていない。

 

「退職を含めて計画的な行動だろう、っていうのが捜査官の見解。ドミニコスから引き上げた隊員が捜査に加わってて、ジェタークの伝で捜査資料も貰えた」

 

 流出したデスルターはいくつかの業者の手を経たことまでは分かっていたが、アーシアンとの取引の形跡は未発見。取引の首謀者、真犯人の存在に至っては、未だ気配すら掴めていないらしい。

 

「俺から捜査の継続を依頼する。が……犯人はもうジェタークに残っていないだろうな」

 

 父の死後、社内では転職や引き抜きが相次いでいる。横流しに協力者がいたとしても、どさくさ紛れに逃走しているだろう。

 

「僕のところにまでリクルーターが来た。すぐ叩きだしたけど」

 

 心底腹立たしいという顔で、ラウダが前髪をいじる。険しい表情のまま、グエルはさらに資料をめくった。極秘とスタンプされたページには、グエルがいない間に行われた、一連の捜査活動の情報がまとめられている。

 テロ当日のタイムテーブル。プラント・クエタにいた人間のリスト。総裁のスケジュール、戦闘記録、生存者の証言。

 犯人のMSは総裁のいたブロックを直接狙った。当日のスケジュールを知っていた人間は多くなく、直前に内通者が居場所を報告した可能性が高い。Cブロックにいた生存者は全員が取り調べを受け、行動を確認済み。リストの中には、プロスペラ・マーキュリーの名前もある。

 

 手早く内容を確認し、グエルは顔を上げた。まだ包帯の取れない弟と、寄り添った後輩の姿が目に入る。これ以上負担をかけるわけにはいかない。

 

「わかった、助かった。――ラウダ、ペトラ。お前たちは学園に戻れ。後は、俺がなんとかする」

「でも、兄さん」

 

 食ってかかるラウダに、グエルは真剣な顔をつくった。

 

「経営不安と引き抜きで社内に動揺が広がっている。学園の方も同じはずだ。俺の代わりに寮の連中をまとめてくれ。頼む」

 

 何か言いたげなラウダを制し、グエルはハンガーに背を向ける。

 

「戻りが遅くなって悪かった。会社のことは、俺が責任を取る」

 

 ジェタークの存続は未だ危うい。株価こそ持ち直したが、今の業務形態をそのまま続けていくことは難しいだろう。再編か、合併か、それとも倒産か。万が一の時腹を切るのは、間違いなく自分の役目だ。そのために恥をさらしている。

 ロボットアームが伸び、シュバルゼッテにカメラアイを取り付ける。できる限りの負債を道連れにすべく、グエルはこの後の予定を組み始めた。

 

 

 ◇

 

 

 取り残されたラウダとペトラは、困ったように顔を見合わせた。

 

「ラウダ先輩、あのこと、グエル先輩には……」

 

 不安げにタブレットを抱きしめるペトラに、ラウダは努めて平静な顔をつくった。前髪に手を伸ばしながらも、どうにか考えをまとめる。

 父の端末に残っていた情報は、もう一つあった。

 

「兄さんにはまだ黙っていてくれ。機会を見て僕から伝える。……今から話しても、もうどうしようもない」

「……はい」

 

 




シュバルゼッテとデミバーディングは大幅に出番を増やします。
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