水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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12.仲間はずれの部屋

「昼の分だ」

「どうも」

 

 サビーナ・ファルディンが差し出したトレーを、5号のエラン・ケレスは貼り付けたような笑顔で受け取った。市販の冷凍食品が三人分と、ミネラルウォーターのパック。全て未開封であることを確認する。

 振り返らずに部屋の中を窺う。背後では二人の少女が、部屋の両端に別れて牽制しあっている。積み上げられたコンテナの上に陣取り、こちらをじっとにらんでいるノレアを横目で見て、5号は冷凍食品に意識を戻した。

 

「ノレアの分もこれ? てっきり君らの味方だと思ってたけど」

 

 もう片隅で丸まっているニカ・ナナウラはともかく、ノレアは最初からグラスレーと協力関係にあったはずだ。それにしては待遇が悪い。

 サビーナは表情を変えずに答えた。

 

「彼女は傭兵だ。我々とは契約上の関係にすぎない。食事の提供を含めてな。任務が終われば敵対する可能性もある以上、我々も手の内は見せられない」

「そんなもんか」

 

 それだけじゃなさそうだけど、と思いつつ、5号は深入りを避けた。サリウス・ゼネリ誘拐の証拠を盾にかまをかけたとはいえ、5号自身もグラスレーに匿われている身だ。不興を買いたくはない。

 

「では、次は18時に」

 

 サビーナが廊下へ下がると、扉は重い音を立てて閉まった。電子ロックが降りる寸前、かすかにコーヒーの匂いが漂う。サビーナの足音と、食品用のカートを押す音が遠ざかっていく。

 グラスレー寮の構造を思い出す。この部屋へ連れてこられたとき、廊下の左手にあるはずのエレベーターを使った。サビーナが去って行ったのは右。3人分のトレーを運ぶには大きすぎるカート。決闘委員会のラウンジで、彼らが飲んでいた紅茶。

 

「……ふうん?」

 

 加熱されたトレーが、少しずつ冷めていく。空腹はトラブルの元だ。これ以上待たせるとまた乱闘になりかねない。

 何をするにもまず、食べられるときに食べておかねば。

 頭の隅にメモをしつつ、5号は少女たちの元へ戻った。

 

 

 ◇

 

 

「スケジュールを組み直さなければならないでしょうね」

 

 モニターの向こうで、異様な化粧をした老婆が言い放つ。

 

「先週はサイプレス社の粉飾決算、今週はハーシェルコーポレーションの不倫騒動」

「こちらの支持者ばかりスキャンダルが発覚するというのも不思議なものね。全て真実だったからこそたちが悪い」

「総裁選はまた振り出しに戻った。そろそろ妨害工作を疑ってかかるべきではありませんこと? シャディク・ゼネリ」

 

 順番に口を開く、同じ衣服と化粧の老婆たち―――ペイル・テクノロジーズのCEOに、シャディクはビジネス用の姿勢を崩さず答える。

 

「情報の裏取りをしていただいたことは感謝します。ですがこの件に関しては、早期に発覚したことを僥倖と考えましょう。内部を引き締め、前総裁の時代とは違うことをアピールすべきです」

「我々自らが襟を正してみせる必要があると?」

「ジェタークは内部監査に踏み切ったようです。姿勢だけでも示さなければ」

 

 驕慢な態度を隠さないまま、老婆たちはもっともらしく頷いてみせる。ポーズをとってみせたところで、もちろん彼らが監査など行う訳がない。

 

 総裁選は長引いていた。当初の日程では、すでに決選投票が行われているはずだった。ベネリットグループ御三家のうち2社が結託して、対抗できる候補などいるはずがなかったのだ。

 趨勢が決しようとする度、有利な陣営の不祥事が発覚し投票が延期される。小出しにされるスキャンダルを、シャディクは選挙の遅延狙いと分析している。

 

 何者かに足を引かれている。だが、その目的がわからない。いたずらに投票を延期すれば、その分ベネリットの体力が失われる。シャディクにしたところで、さっさと当選しなければ捜査の手に追いつかれかねない。

 シャディク個人を落選させたいわけでもない。なぜなら、目の前の大物が放置されている。

 

「先代との決別を訴えるには、少々次期を逸しましたわね。その点ではミオリネ・レンブランの方が遙かに分があるでしょう」

 

 CEOの一人、ニューゲンが皮肉げに唇をゆがめる。

 

「デリング・レンブランの方針を全面否定し、民生方面への事業転換ならびに地球との協調を主張。親への反抗にかけては一級品、あれほど説得力のあるマニフェストもなかなかないわね」

 

 バイザーの老婆、ネボラが頷き、

 

「お父様の弔問を上手く使ったものね。あれで全ての子会社と顔を繋げたもの」

 

 小太りのCEO、カルが鼻に皺を寄せ、

 

「縁故があったとはいえ、シン・セー開発公社が真っ先に後援したのも大きい。あれこそ零細中の零細でしょう」

 

 厳つい容姿のゴルネリが締めくくる。

 

 今朝の時点で、ベネリットグループ154社のうち86社がミオリネ支持を表明している。いずれも中小企業、デリングの下では日の目を見ることなく、いつ潰されるかもわからなかった会社だ。

 対するシャディクの方針は、実現性の高い組織改革を訴える堅実路線。要は現状維持だ。古参企業から手堅く支持を集めている代わりに、一発逆転は見込めない。

 

「資本規模ではまだ我々が上回っている、とはいえ、ジェタークの動き次第ではそれも怪しくなってくるわ」

「ホルダー制を撤廃し、自分の手札を確保。その上でシン・セーとの繋がりは消さない。以外としたたかだったわね、彼女」

 

 シャディクはこめかみが引きつるのを堪える。選挙の後援者である以上、まだ彼らを処断するわけにはいかない。ペイルを始末するのは総裁選に勝った後、一番最後と決めている。

 

「まあ、こちらの優勢は揺らいでいないのだからいいでしょう。ミオリネ・レンブランのやり方では、我々には絶対に勝てない」

 

 ようやく気が済んだらしい老婆たちに、シャディクは如才なく頭を下げる。

 

「引き続き助力をお願いします。そのお礼と言ってはなんですが」

 

 手元の端末を操作し、シャディクは暗号化されたファイルを送った。

 ペイルはまだ潰さない。だが、余計な戦力は削らせてもらう。

 

 転送後即座に解読されたそれに、老婆たちは目を細めた。

 

「テロに使用されたガンダムと、その出所が掴めました。裏こそ取れていませんが、そちらで捜索していただければ」

「オックスアース・コーポレーション。生き残っていたというの」

「この座標、本物なのかしら」

 

 内容をためすがめすしつつ、ニューゲンはシャディクに疑いの目を向ける。

 

「デリング・レンブランが取り逃した企業の討伐、かつ仇を討ったとなれば、総裁選の決め手には十分でなくて?」

「グラスレーの戦力は、全て養父(ちち)の捜索に割いています。僕にはそちらのほうが重要ですよ」

「親孝行なこと。ではこちらで調べさせていただきましょう」

 

 会談が終わる直前、シャディクは思い出したように尋ねた。

 

「そういえば、エランは今どちらに? 久しぶりに顔を合わせたいのですが」

 

 ニューゲンは平然と答えた。

 

「彼には重要な仕事を任せています。しばらく本社には戻らない予定ですわ」

 

 通信が切れる。

 照明が切り替わり、部屋に明るさが戻る。

 

「さすがにボロは出さないか」

 

 吐き捨てるシャディクの背後で、明るい声と共にドアが開いた。

 

「終わったー?」

 

 メイジー・メイとイリーシャ・プラノの二人に、シャディクは手を上げて応える。シャディクが不祥事の対応に回った分、社の通常業務を彼女たちに依頼していた。

 

「わたしたちの作業も終わったわ。引き継ぎは日報を見て」

 

 報告もそこそこに、イリーシャはソファーの一つに寝転ぶ。

 足を崩して座り直すシャディクの眉間を、メイジーの指が強引に伸ばした。

 

「シャディク、怒ってる?」

「そう見えるかい?」

「むかつくよね。あのおばあさんたちも、ミオリネちゃんも」

「二人にはかなわないな」

 

 シャディクは苦笑する。二人の方が年下だが、昔からこの姉貴分たちには頭があがらない。

 横になったまま、イリーシャがつぶやく。

 

「わたしたちが絶対に言えないこと、公約にするのはずるいよ」

 

 養子でしかないシャディクに、現状維持以外の公約は求められていない。

 保守路線のグラスレーでアーシアンとの共同歩調を唱えようものなら、自分たちは簡単に足場を失う。資金援助でさえ眉をひそめる者がいるのだ。シャディクがどれだけ功績を積み上げていても、それだけで()()()()()()()()()と見なされるだろう。

 

「下の会社の人たちが、勝手なこと言ってる。決選投票でシャディクとミオリネちゃんが残ったら、結婚させちゃえばいいって」

 

 総裁選の本質は、対立でなく和解の手腕だ。誰もグループを割ることまでは望んでいない。選挙後にグループ全社をまとめなければならない以上、どこかで手打ちが必要になる。

 結婚は有力な手段だ。ミオリネの婚約破棄を、世間はそう見ている。

 だが、シャディクは首を振った。

 

「それはしないよ。ベネリットと心中する訳にはいかない。ミオリネもそのつもりはないだろう」

 

 温室を取り壊したという報告を思い出す。結局一度も中に入ることはなかったな、と思いながら、シャディクは襟元を緩めた。

 

「むしろ火種が残った方がいい。あちらの主張もペイルの研究も、内部崩壊の起爆剤にできるさ」

「あのおばあさんたち、上手くぶつかってくれるかしら」

 

 イリーシャが寝返りを打った。

 

「シン・セーも、ペイルも、オックスアースも、みんなスペーシアンの会社でしょ? 魔女同士でつぶし合ってくれればいいのに」

「そこだけはサリウス代表と同感かな。オックスアースなんて、もう地球企業じゃないじゃん。命令されたらアーシアンでも見境なしだし」

 

 イリーシャの隣に座り、メイジーが明るく笑う。その片腕にイリーシャが抱きつく。

 

 まだ地球にいた頃、住んでいたスラムが戦場となった。スペーシアンのMSとガンダムが争い、住人たちは避難したシェルターごと踏み潰された。

 シェルターに入れてもらえなかった、シャディクたちだけが生き残った。

 

「一応彼らとの取引は継続中だ。もう少し待ってくれ」

 

 笑顔で怒りを口にする仲間たちを、シャディクは決して否定しない。

 彼女たちが代わりに怒ってくれるからこそ、自分は復讐以外の手段を選択できる。

 端末にメールが届いている。軽く目を通し、シャディクは再び顔を引き締めた。

 

「……エナオからだ。グエルが戻ってきた。内部監査の件を含め、既にジェタークを掌握している。改めて交渉の可能性を探りたい」

 

 メイジーとイリーシャが端末を取り出す。タブレットの画面に、また新たな着信が入った。

 

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