水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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13.ブラックボックス

「進捗、だめそう」

 

 授業から帰ってきたティル・ネイスは、寮の惨状を見回し一言そうこぼした。

 スレッタはタブレットから顔を上げた。慣れない文章を読みすぎて頭が痛い。対面の席ではヌーノがぶつぶつ呟きながらキーボードを叩き、その隣でマルタンとアリヤがああでもないこうでもないと言い合っている。テーブルの上には、タブレットや付箋だらけの書類が所狭しと散らばっていた。

 

「だいぶ行き詰まってるなー」

 

 後から戻ってきたチュチュが、あきれたように寮生を見回す。その隣で、リリッケが手を鳴らした。

 

「休憩にしましょう。今日のおやつはクッキーです」

 

 学生たちはのろのろと腰を上げ、タブレットを片付けた。

 

「クッキーって、トマト練り込んでたやつ?」

「オジェロどこ行った?」

「手詰まりだって、ザウォートのレストア作業に行きました。わたし呼んできますね」

 

 すぐに全員が揃った。テーブルの上にはティーセットと茶菓子が並べられていく。

 時刻はまだ早かったが、今日の授業は既に終わっていた。総裁選には教師陣も駆り出されており、休講や自習が相次いでいる。

 

 ――地球寮総出で行った、ミオリネの引っ越しの後。

 プロスペラから渡された「宿題」を見たミオリネは、見事に頭を抱えた。タブレットで何事かを操作し、数回唸ったあと、

 

「多分、社外秘にしておけば問題ない。ものっすごくクロ寄りのグレーだけど」

 

 と判定を下した。

 

「本当に? いきなりドミニコスが突入してきたりしない?」

 

 率直にひるんだマルタンに、ミオリネはもう一度溜息をつく。

 

「根拠はあるわよ。これと全く同じ資料を、ベネリット本社で解析してる。クワイエット・ゼロって名前で」

「えぇ!? 」

 

 悲鳴を上げるスレッタに、ミオリネはじっとりした目を向けた。

 

「言っとくけど、私もあんたのお母さんから見せられたんだからね?……少なくとも親父の時代からやってた事業だから、シン・セー経由での業務委託、ってことにすればギリギリ知っててもおかしくない。セキュリティレベルは上げないとだけど。データは持ち出し禁止で共有は寮内LANのみ、金庫も手配するわ」

「つまり、俺らが関わるとまずい事業なんだな?」

 

 ヌーノの発言に、ミオリネはあっさり爆発した。

 

「っていうか、そもそも私がこの事業のこと知ってるのがおかしいのよ! 総裁直轄の極秘案件よ!? なんでさらっと情報漏洩してるのよ!!それも複数!!」

「ごめんなさい、うちのお母さんがごめんなさい!」

 

 地球寮の面々の間に、生暖かい空気が流れた。

 何となく、関係性が変わったらしい。

 

「これの解析、やめた方がいい?」

 

 ティルがタブレットを取り上げる。

 

「そこが問題なのよ」

 

 ミオリネはしかめ面で首を振った。

 

「その、極秘事業についてだけど、ガンドフォーマットを使うらしい、って事以外に情報がないのよ。これ以上聞くわけにもいかないし。総裁選が終わるまで開発は凍結されてるけど、その後どうするかを判断する材料が欲しい。最優先はガンド義肢の開発だけど、できる範囲でこっちも解析を進めて。……義肢のデータは本当に有用だしね。こっちに関してはプロスペラ様々」

 

 夜食の代わりに出されたホットミルクを飲み干し、ミオリネはようやく一息ついた。

 

「ニカのことは、私からも調査を頼んでみる。……それと、悪いけど今夜は徹夜してもらうわよ。総裁選が終わるまで帰ってこれないから、今のうちに経営状況を確認させて。後はみんなに任せるから」

 

 疲れを滲ませながらも、ミオリネは株式会社ガンダムの業務を確認し始めた。皆と意見を交わしながら、不在の間の作業をチェックし、開発計画を修正、今後の方針を固めていく。宣言通りに完徹し、翌朝ミオリネは出発していった。

 

 ――そして、現在。

 一杯目の紅茶が飲み干され、クッキーが半分ほど無くなった頃。話題は自然と、「宿題」のことに移った。

 

「義肢の方は、一応のめどが立ったよ」

 

 タブレットを取り出したマルタンが報告を始める。リリッケとアリヤがそれに続いた。

 

「定期メンテナンスのノウハウと、治験の方式に裏付けができました。出資者へ報告を送って、今は医学方面からの検証に協力してくれる企業を探しているところです」

「私たちだけで進められる範囲は解決したんだが、外部に宣伝するには早いかな。みんな総裁選に集中しているし、今PVを上げても誰も見ないだろう」

「スケジュールは順調。ここまでは社長にも報告済み。問題は、やっぱりそっちの方」

 

 ティルの指摘に、ガンダム担当組が一斉にばつの悪そうな顔をした。

 

「あーしは途中でリタイアしちまったけどよ、結局どこで詰まってんだ?」

 

 自分用のソファーでカップを傾けながら、チュチュは進行状況を聞いた。専門用語だらけの資料に早々に音を上げ、チュチュ自身はもっぱら地球寮の生活維持を担当している。

 

「どこっていうか、全部?」

「そもそも、これ読んでどうすりゃいいのかわかんなくなってきた」

「一応お母さんにも聞いてみましたけど、ずっと返信がなくて。ベルメリアさんともまだ連絡がとれてない、です」

 

 ベルメリア・ウィンストンは、ペイル社から出向してきているガンドの専門家だ。株式会社ガンダムに引き渡されたエランのMS、ファラクトも、彼女が開発したらしい。

 スレッタは生徒手帳を握りしめる。株式会社ガンダムの仕事のふりをして、何度かペイルへ問い合わせをしてみた。今のところ、自動応答のメールしか返ってこない。ベルメリアもエランも、ずっと出張中ということにされている。

 顔を見合わせる面々に、クッキーのおかわりをよそったリリッケがアイデアを出す。

 

「そういうときは、最初からおさらいしてみましょう」

「さいしょ……ガンド義肢の開発から、でしょうか?」

 

 スレッタはタブレットを起動した。プロスペラの「宿題」は、まずそこから始まっている。他の面々も端末をとり、紅茶とクッキーの間に広げた。

 

「じゃあわかっているところから確認しようか。まずガンドと、ガンドフォーマットの危険性について」

 

 マルタンの音頭で、資料の読み合わせが始まる。

 

「パーメットを使って、人体との神経接続を従来より高速化、より柔軟で自然な運用ができるようにしたのが、ガンド義肢。当時の運用データを見る限りこれに関してはある程度安全性が確認されて、実用化も始まっていた」

「問題は、これをMSサイズまで大型化した場合だ。パーメット粒子による情報伝達を、人体が処理しきれなくなることによる肉体の損傷……これがデータストーム。義肢のサイズであればガンド内で処理できるものが、大型の機器では人体側に流れ込み障害を起こす。ガンドをMS開発に転用したことでこれが社会問題となり、ヴァナディース事変を引き起こした」

 

 これが症例な、と、オジェロがタブレットの画面を見せた。特徴的な赤い炎症の写真と、神経障害についてのデータが表示されている。

 

「MSの駆動にガンドを使用したのが、ガンドアーム……ガンダム。操縦性が桁違いに高い代わりに、パイロットを傷つけ、場合によっては命を奪う呪いのMS、といわれている」

「でもエアリアルはこれまで安全に動いていて、パイロットのスレッタも健康体。俺たちもいじったが異常性は見当たらなかった」

「株式会社ガンダムとしては、エアリアルのシステムを解析して、安全なガンド義肢を製造、販売したい。……とりあえず、ここまでは合ってます、よね」

 

 ふむ、とアリヤがタブレットをつつく。

 

「現状、ガンド義肢とガンダムの呪いは、ほぼ同一のものとして認知されているな。会社への問い合わせもだいたいそれだ。本当に販売するならここの解消は必要だと思う」

 

 リリッケが小さく手を上げた。

 

「疑問なんですけど、どうして医療用のガンドまでまとめて禁止されたんでしょうか。治験も行われて、一部で認可も降りていたのに。デリング総裁って、軍人だったんですよね? 義肢の技術があるなら、機関ごと買収して軍に提供するとか考えなかったんでしょうか?」

「開発者がいなくなって自然消滅、とも考えられるけど……それも宿題を解けばわかるかな」

「次はそこだな。エアリアルがどうして安全なのか、と、ガンダムの開発についてだ」

 

 視線を向けられ、スレッタは説明を始めた。できるだけ、技術に関係することに話を絞る。エリクトと自分のことは、どう話していいかわからなかった。

 

「……今のエアリアルが安全なのは、システムの中で、データストームを肩代わりしてくれている人がいるからです。前にお母さんも言っていたとおり、全く同じものを作ることはできません。

 ただ、エアリアルは元々、ヴァナディースが開発していたデータストームを無効化する研究に使われていました。昔の名前は、ガンダム・ルブリス。テストパイロットは、お母さんだったそうです」

「呪いをどうにかするプランがもう一つあるってことか」

「開発している、途中でした。ルブリスの起動実験中に、ヴァナディース事変が起こって、たぶんそこで停まってます。今のエアリアルは別の仕組みで動いていますから、そのときのシステムは残ってないみたいです」

 

 沈黙が広がる。ややあって、オジェロが頭をかきながら口を開いた。

 

「……設計資料は読んだけどよ。MSとしての構造は、ルブリスもエアリアルもそんなに変わらねえ。ファラクトもだ。構造材や動力なんかは順当に新しい技術に置き換わってるけど、それだけ。肝心のシェルユニット周りは、ルブリスから一切進歩してねえんだ。思うに、仕掛けがあるとすりゃ、ハードじゃなくてソフトの方だと思う」

「ソフトウェア……OSが特殊なんでしょうか。開発資料にAIについての記述があったと思いますけど」

「要求スペックが21ゼタとかいうあれか。一番目につくところではあるけど」

 

 スレッタは首をかしげた。

 

「AIに意思がある、とか、そういうことはないんですよね?」

「今のところ、自我を持ったAIの開発は確認されていませんね」

「意思があるように見えても、AIはAI、プログラムだよ。学習させたことを返すだけだ」

 

 アリヤが液晶をなぞる。その隣で、ヌーノがだるそうに手を上げた。

 

「俺、こいつが起動しなかった理由、分かったかも」

「マジで?」

 

 全員の視線がヌーノに集まった。

 

「手を動かしてた方が頭が回るから、とりあえず仕様書通りにAI組んでみたんだよ」

「そんなことできるんですか?」

 

 おう、と、ヌーノは淡々とタブレットの画面を見せた。

 

「ガンド部分はともかく、機体もOSも全部20年前の仕様だからな。技術としてはとっくに枯れてる。現代のコードでの再現だから、厳密に同じってわけじゃねーけど」

「その手があったか。俺も設計組みながらやるかな」

 

 オジェロが脱帽する。

 ヌーノはわざとらしく咳払いし、タブレットを持ち直した。

 

「ルブリスのシステムそのものは、わりと単純にできてる。使われているのもオーソドックスな学習型AIだ。AIに人間の生体コードと、それに同調したデータストームのパターンを学習させて、シェルユニット内で人体に無害な形に変換させる、っていうのが大体の構想だな。安全装置としてシステムをレイヤー化して、変換率が足りないと起動しないように設計されてる」

「そのレイヤーが悪さしてたってことか?」

「いや。足りなかったのは学習そのものだ。AIに変換を教えるための学習データが圧倒的に足りてなかった。誰にでも対応するAIを作るなら、大量のテスターと同じだけの正しい変換データが必要なはずだ。資料を見る限り、こいつにはどっちも不足してる。

 それに、そもそもデータストームの変換データなんてこの世に存在しねえはずだ。ヴァナディースは多分、AIに学習させるためのデータセットを作るところから始めたんだと思う」

「起動実験を繰り返して、お母さんたちは()()()()()()()()()()()()()()()()。あれって、そういう意味だったんだ」

 

 エアリアルの中で見た、フォールクヴァングの風景を思い出す。

 AIによる変換が必要なかったから、エリクトはルブリスを起動できた。エリクトにAIと同じことができたから、スレッタは今まで無傷だったのだ。

 

「容量がでかいのは、AIそのものより演算処理にメモリを食うせいだな。で、スレッタに相談」

「なんですか?」

「決闘した時に取った、エアリアルのデータあるだろ? あれ、サンプルとして俺の組んだAIに学習させてみていいか?」

「それは、大丈夫です」

「ありがと。この方向で進めてみるわ。――だけど、これ、あくまでMSの話なんだよ。この後どうするかで困ってる」

 

 椅子にかけ直し、ヌーノは腕を組んだ。

 

「MSのデータストームは解消できるかもしれねえが、それをどうやって義肢に反映させたらいいか分からねえ」

「義肢用のプログラムとMS用AIだとだいぶ違うね。そのまま転用はできないよ」

「ヴァナディース機関がMS開発を始めたのは、オックスアースに買収されたから、だったっけ? 上からの要請で造ってただけで、結局ガンドとは別の研究だったりするか?」

 

 再び首をひねる面々に、スレッタは自分のタブレットを差し出した。

 

「理論とかはさっぱりなんですけど。カルド博士は、ルブリスをガンド義肢の開発に使うつもり、あったと思います」

 

 これなんですけど。

 画面を共有する。書き込みだらけになった論文に、皆が顔をつきあわせる。

 

「『パーメットの情報伝達における指向性情報制御の可能性』? 「宿題」の一番最後にあったやつか」

「パーメットの情報伝達が閾値を超えると、情報の共有に指向性が生まれる――他のパーメット機器に一方的に命令を送りつけ、制御を代行できるようになる、と。

 その先の段階として、情報処理に特化した空間を展開、従来とは一線を画す演算処理を行える可能性を提示する――これプレプリントだろ? 査読も実証実験もまだの」

「博士はこれを、ルブリスを使って確かめようとしたんだと思うんです。今のエアリアルがやっていることに、論文を当てはめてみたら分かったんですけど」

 

 理屈としてはこうだ。

 ガンダムのシェルユニットに、一定値――パーメットスコア6を超えるだけの情報処理を行わせる。テストベットとしてMSを選んだのは、より多量で複雑な情報を処理させるためだろう。

 スコア6を超えたガンダムは、周囲のパーメット機器に対し一方的に情報を押しつけコントロールを奪う能力、オーバーライドを発現する。さらにスコアが8に到達すると、領域内の情報処理を支配する空間を構築、展開する。

 

「エアリアルはオーバーライドを、他のMSの制御を奪う形で使っていました。でもこの論文だと、他の機体の情報処理を肩代わりすることもできるみたいなんです。スコア6を超えたガンダムがひとつあれば、他のガンダムもオーバーライドして、全部のデータストームを処理することができるんだと思います」

 

 技術的なことはよくわからない。だがエアリアルにはできている。ならこの論文の理論は証明される。

 あ、と、誰かが声を上げた。

 

「パーメット機器全般の制御を代行する……ってことは、ガンド義肢の制御も代行できるのか。開発の場に限って使えば、テスターの安全を確保できるな」

「そこでさっきのAIか。一度に複数機のデータストームを変換できるなら、ねずみ算式に学習用データを収集できる」

「安全性を上げる方法として、ガンビットの制御技術も使われているな。親機との接続を双方向にすれば、安定してデータストームの変換を行える」

「クワイエット・ゼロも、この理論のどれかを使っているんでしょうか」

「スコア8の空間展開、ってのは、たぶんサーバーの仮想化に近いな。演算領域を機体の外側に拡げられるっていうなら、ハードウェアの容量を超えて性能を無限に上げられるわけだ」

 

 タブレットの画面が更新される。一人がコメントを加えたのを皮切りに、次々にアイデアが付け足される。

 そこに、黙って聞いていたチュチュが口を挟んだ。

 

「だけどよ、その理論、思いっきり矛盾してねえか? 安全なガンダムを開発するために、誰かが安全じゃないガンダムでスコアを上げなきゃならねえんだろ?」

 

 反論できず、スレッタは眉を下げる。

 

「そうなります、ね」

「結局最初のAIに戻ってくるわけか。卵が先か鶏が先か、だな」

「地道にデータを積むしかない、ってこと」

 

 皆はのろのろと椅子に戻った。

 

「で、結局どーすんだよ。AIの方も論文も、俺らにも実証はできねーぞ」

「俺たちでガンダム作る訳にはいかねえしな。プロスペラさんも、それが分かってるからデータをくれたんだろ」

 

 皆の様子を見て、マルタンが総括する。

 

「解析は続けるべきだと思う。ガンドの開発につながるならそれでいいし、もし呪いが解けなくても、出資者への説明は必要になる」

「だな。ここまでの内容、ひとまず社長に報告しよう」

 

 皆が片付けに入る中、スレッタはぽつりとつぶやいた。

 

「やっぱり、誰かが行かないとだめなんだ」

 

 皿もポットも空になっている。手分けして食器を運んでいると、玄関のチャイムが鳴った。ドアの側にいたリリッケが飛び出していく。全員が慌ててタブレットを隠す。

 数分後、リリッケは不思議そうな顔で戻ってきた。

 

「スレッタ先輩に、お客様です」 

 

 リリッケの後ろから、恰幅のよい女性が顔を出した。ティルが首をかしげる。

 

「輸送業者の人?」

「ミオリネ・レンブランさんの紹介で参りました。フェン・ジュンと申します」

 

 




このSSでは、プロローグのルブリスに人格等はない設定です。
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