水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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15.ヘッドハンティング/空港にて

「砂糖とミルクは?」

「えっと、両方お願いします」

 

 自動販売機のコーヒーを渡され、スレッタはおずおずベンチに腰掛けた。

 隣ではグエルが、同じく紙コップを傾けている。一口飲み込み、眉間にしわを寄せる。口に合わなかったのかもしれない。

 待合室の窓の向こうでは、連絡船の発着が行われている。重武装のデミギャリソンがモノアイを動かし、周囲を警戒していた。

 スレッタは視線をさまよわせ、壁のデジタル時計を見上げた。出航時刻までは余裕がある。現在の上司であるフェンは、突然呼び止めてきたグエルとの関係を聞くと「休憩時間先取りね」とだけ言って去ってしまった。

 そもそも、この人と何を話したらいいんだろう。スレッタは頭を悩ませる。すごく強いパイロットだけど、言動はよく分からない。しばらく行方不明だったらしいが、聞いてもいいことなのだろうか。

 逡巡の後、スレッタはおそるおそる口を開いた。

 

「お父さんのこと、残念でした。お気落としのないよう」

「……ああ。お前こそ、クエタにランブルリングと大変だったな。二度もあのガンダムと交戦したんだろ。無事でよかった」

「いえ、わたしは、」

 

 返事に困り、スレッタはコーヒーを口にして誤魔化す。不味くはないが、やたらと甘かった。

 少しずつコーヒーを飲むスレッタの、グレーのパイロットスーツを、グエルはなんとはなしに見つめた。

 

「ホルダー制、本当になくなったんだな」

「やっぱり、残念ですか?」

「いや。ミオリネならそうするだろう。お前こそ止めてよかったのか」

「二人で話、しました。友達になろうって。……わたしも、決闘負けちゃいましたし」

「誰にだ」

 

 思いのほか食いついたグエルに、スレッタは悲鳴を上げて紙コップを盾に縮こまった。

 

「お前まだそんななのか……」

 

 グエルは額を抑え、大人しく座り直した。

 スレッタもそろそろと頭を上げる。反射的に隠れてしまったが、今のグエルは、そんなに怖くないかもしれない。

 しばらく二人でコーヒーをすする。出港のアナウンスが聞こえる。制服姿のグエルに、急ぐ様子はない。

 

「グエルさんは、これから学校ですか」

「今日は挨拶に来ただけだ。休んでいる間に随分人が減ったな。寂しくなったもんだ」

 

 家族と共に搭乗口へ向かっていく生徒を横目に、グエルはまた一口コーヒーを飲んだ。

 

「なら、さっきはなんであんなに焦ってたんですか?」

 

 スレッタが聞くと、途端にグエルはばつの悪そうな顔をした。

 

「さっきはその、お前まで学校辞めるんじゃないかと」

「やめませんよ?」

 

 スレッタはきょとんとした。

 

「いろいろあって、インターンシップに行くことになって。総裁選が終わるまで、授業もあんまりないので」

「どこの企業だ」

 

 またしても身を乗り出したグエルに、スレッタはどうにか逃げ出さずに答える。

 

「うちゅ……ちょっとお世話になった、輸送業者さんです。ええと、二週間の予定だし、そんなに遠出するわけでもない、ですけど……?」

 

 守秘義務の内容を思い出すスレッタに、グエルはなおも言いつのる。

 

「業務内容は」

「MSでの作業と、搬入とかいろいろ、です」

「危なくはないんだな?」

「パイロットなので、絶対じゃない、ですけど」

 

 必死の形相のグエルに、スレッタは首をかしげる。

 

「なんで、そんな顔してるんですか?」

「……俺がバイトに行った結果、取り返しのつかないことになった。父さんのことだって俺のせいだ」

 

 グエルは渋面を浮かべ、肩を落とした。通りがかった作業服の集団を見て、さらに顔を伏せる。

 

「何があったかは、分かりませんけど」

 

 グエルの様子を窺いながら、スレッタは少しずつ言葉を紡いだ。

 

「わたしも、取り返しのつかないこと、しました。だけど、それで終わりにはならないです。ちゃんと休んで、ごはんも食べました。今できるのはこれです。だから行きます」

「進めば二つ、か」

 

 スレッタは首を振った。

 

「それはもう、わたしには効かなくなりました。お母さんの魔法は解けちゃったけど、わたしを進ませてくれたものは残ってます。だからここからは、自分で歩かなきゃ」

「そうか。そういうところが、お前なんだよな」

 

 グエルは納得したように笑った。

 

「というか、なんであなたが心配するんですか?」

 

 不思議そうにするスレッタから、グエルは不自然に視線をそらした。

 

「それは、その、なんていうか、判れよ」

 

 一転して落ち着きのなくなったグエルに、スレッタは半目になる。

 やっぱりこの人、わけわかんない。

 グエルはガシガシと頭をかいていたが、やがてまっすぐにスレッタを見た。

 

「前はああ言ったが、お前のこと、大切に思ってる」

 

 スレッタは目を瞬かせた。

 以前決闘した際にプロポーズされたのは、冗談ではなかったのか。

 グエルが視線を逸らすことはなかった。

 

「返事はいい。だから、ちゃんと帰ってこい。次はもっとましなコーヒーを飲ませてやる」

 

 生徒手帳のアラームが鳴る。出航時刻が近づいてる。

 スレッタは立ち上がった。今度はグエルも引き留めない。

 

「グエルさんも。お気をつけて」

 

 ぺこりと頭を下げて、スレッタは待合室から走り出した。

 

 

 ◇

 

 

 搬入口へ去って行くスレッタを見送り、グエルは溜息をついた。紙コップを握りつぶし、ゴミ箱へ捨てる。

 端末を取り出し、スケジュールを確認する。幸い時間はある。進むなら今しかないと思った。

 ジェターク社の秘書室を呼び出し、コールする。

 

「俺だ。シン・セー開発公社にアポイントメントを取ってくれ」

 

 

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