「砂糖とミルクは?」
「えっと、両方お願いします」
自動販売機のコーヒーを渡され、スレッタはおずおずベンチに腰掛けた。
隣ではグエルが、同じく紙コップを傾けている。一口飲み込み、眉間にしわを寄せる。口に合わなかったのかもしれない。
待合室の窓の向こうでは、連絡船の発着が行われている。重武装のデミギャリソンがモノアイを動かし、周囲を警戒していた。
スレッタは視線をさまよわせ、壁のデジタル時計を見上げた。出航時刻までは余裕がある。現在の上司であるフェンは、突然呼び止めてきたグエルとの関係を聞くと「休憩時間先取りね」とだけ言って去ってしまった。
そもそも、この人と何を話したらいいんだろう。スレッタは頭を悩ませる。すごく強いパイロットだけど、言動はよく分からない。しばらく行方不明だったらしいが、聞いてもいいことなのだろうか。
逡巡の後、スレッタはおそるおそる口を開いた。
「お父さんのこと、残念でした。お気落としのないよう」
「……ああ。お前こそ、クエタにランブルリングと大変だったな。二度もあのガンダムと交戦したんだろ。無事でよかった」
「いえ、わたしは、」
返事に困り、スレッタはコーヒーを口にして誤魔化す。不味くはないが、やたらと甘かった。
少しずつコーヒーを飲むスレッタの、グレーのパイロットスーツを、グエルはなんとはなしに見つめた。
「ホルダー制、本当になくなったんだな」
「やっぱり、残念ですか?」
「いや。ミオリネならそうするだろう。お前こそ止めてよかったのか」
「二人で話、しました。友達になろうって。……わたしも、決闘負けちゃいましたし」
「誰にだ」
思いのほか食いついたグエルに、スレッタは悲鳴を上げて紙コップを盾に縮こまった。
「お前まだそんななのか……」
グエルは額を抑え、大人しく座り直した。
スレッタもそろそろと頭を上げる。反射的に隠れてしまったが、今のグエルは、そんなに怖くないかもしれない。
しばらく二人でコーヒーをすする。出港のアナウンスが聞こえる。制服姿のグエルに、急ぐ様子はない。
「グエルさんは、これから学校ですか」
「今日は挨拶に来ただけだ。休んでいる間に随分人が減ったな。寂しくなったもんだ」
家族と共に搭乗口へ向かっていく生徒を横目に、グエルはまた一口コーヒーを飲んだ。
「なら、さっきはなんであんなに焦ってたんですか?」
スレッタが聞くと、途端にグエルはばつの悪そうな顔をした。
「さっきはその、お前まで学校辞めるんじゃないかと」
「やめませんよ?」
スレッタはきょとんとした。
「いろいろあって、インターンシップに行くことになって。総裁選が終わるまで、授業もあんまりないので」
「どこの企業だ」
またしても身を乗り出したグエルに、スレッタはどうにか逃げ出さずに答える。
「うちゅ……ちょっとお世話になった、輸送業者さんです。ええと、二週間の予定だし、そんなに遠出するわけでもない、ですけど……?」
守秘義務の内容を思い出すスレッタに、グエルはなおも言いつのる。
「業務内容は」
「MSでの作業と、搬入とかいろいろ、です」
「危なくはないんだな?」
「パイロットなので、絶対じゃない、ですけど」
必死の形相のグエルに、スレッタは首をかしげる。
「なんで、そんな顔してるんですか?」
「……俺がバイトに行った結果、取り返しのつかないことになった。父さんのことだって俺のせいだ」
グエルは渋面を浮かべ、肩を落とした。通りがかった作業服の集団を見て、さらに顔を伏せる。
「何があったかは、分かりませんけど」
グエルの様子を窺いながら、スレッタは少しずつ言葉を紡いだ。
「わたしも、取り返しのつかないこと、しました。だけど、それで終わりにはならないです。ちゃんと休んで、ごはんも食べました。今できるのはこれです。だから行きます」
「進めば二つ、か」
スレッタは首を振った。
「それはもう、わたしには効かなくなりました。お母さんの魔法は解けちゃったけど、わたしを進ませてくれたものは残ってます。だからここからは、自分で歩かなきゃ」
「そうか。そういうところが、お前なんだよな」
グエルは納得したように笑った。
「というか、なんであなたが心配するんですか?」
不思議そうにするスレッタから、グエルは不自然に視線をそらした。
「それは、その、なんていうか、判れよ」
一転して落ち着きのなくなったグエルに、スレッタは半目になる。
やっぱりこの人、わけわかんない。
グエルはガシガシと頭をかいていたが、やがてまっすぐにスレッタを見た。
「前はああ言ったが、お前のこと、大切に思ってる」
スレッタは目を瞬かせた。
以前決闘した際にプロポーズされたのは、冗談ではなかったのか。
グエルが視線を逸らすことはなかった。
「返事はいい。だから、ちゃんと帰ってこい。次はもっとましなコーヒーを飲ませてやる」
生徒手帳のアラームが鳴る。出航時刻が近づいてる。
スレッタは立ち上がった。今度はグエルも引き留めない。
「グエルさんも。お気をつけて」
ぺこりと頭を下げて、スレッタは待合室から走り出した。
◇
搬入口へ去って行くスレッタを見送り、グエルは溜息をついた。紙コップを握りつぶし、ゴミ箱へ捨てる。
端末を取り出し、スケジュールを確認する。幸い時間はある。進むなら今しかないと思った。
ジェターク社の秘書室を呼び出し、コールする。
「俺だ。シン・セー開発公社にアポイントメントを取ってくれ」