水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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16.ヘッドハンティング/シン・セー開発公社

 シン・セー開発公社のオフィスは、妙に人が少なかった。

 受付すらハロだった。案内に従い、グエル・ジェタークは待合室の椅子に腰掛ける。あいにく先約がいたらしく、待たされるのは分かっていた。

 会議資料でも読むか、と端末を取り出そうとした瞬間、隣室のドアが開いた。パンツスーツ姿の少女が顔を出す。

 

「あんた、本当に戻ってきたんだ」

 

 数ヶ月ぶりに会うミオリネ・レンブランは、開口一番そう言った。

 

「お前こそなんでここに、ああ、選挙か」

 

 グエルはその場で立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「デリング・レンブラン氏の訃報に際し、お悔やみを申し上げる。弔問にも行けず、悪かったな」

「それはいいわよ。葬儀もまだだし。――こちらこそお悔やみ申し上げます。あんたのとこも大変だったでしょ」

 

 怒った様子もなく、ミオリネは丁寧に返礼する。とげとげしさのないミオリネに、グエルは強烈な違和感を覚えた。

 応接室ではまだ話が続いている。ちらりと時計を見ると、ミオリネは空いた椅子に腰を下ろした。グエルをしげしげと観察する。

 

「あんた、地球に行ったんでしょ。どうだった?」

「酷かったよ」

 

 グエルも椅子にかけ直し、深く息を吐いた。死んでいく子どもが、今も脳裏に焼き付いている。

 

「俺たちの会社や、MSって何なんだろうな。俺はジェタークが大切だが、それだけ考えてもいられなくなった」

「……あんたは」

 

 ミオリネが何か言いかけた時、応接室のドアが開いた。金髪の青年が現われ、ぱっと顔を明るくする。

 

「ミオリネ?――それに、グエル! 帰ってきたんだな」

 

 シャディク・ゼネリは、軽い足取りで二人に歩み寄った。武官用のスーツがいかにも様になっている。CEO用のスーツに着られているグエルと違い、今の彼には覇気があった。

 

「お父さんのことは残念だった。改めて挨拶させてくれ」

 

 ここしばらく繰り返した応答を、シャディクとも交わす。

 

「お前こそまだ誘拐犯と交渉中なんだろ。サリウス代表、無事だといいな」

「……ああ、そう願ってる」

 

 頭の隅を何かがかすめる。何かがおかしい。それが形になる前に、ミオリネが口を開いた。

 

「あんたも営業がんばるわね。そんなに親父の喪主やりたいの?」

 

 あきれたように言うミオリネに、シャディクは肩をすくめる。

 

「おかげさまで苦戦しているよ。そうだ、誕生日おめでとう。今は祝われたくないかもしれないけど」

「気持ちだけ受け取っとくわ。あんたの後援者がやらかしたおかげで、誕生日に葬式挙げるのは回避できたし」

「耳が痛いな」

 

 見慣れた緩い笑みを浮かべるシャディクに、ミオリネは真剣な顔をする。

 

「真面目な話、さっさと決着つけないとまずいでしょ。ラジャンがどうにか持たせてるけど、株価下がってきてるし。対抗馬やっててなんだけど、なんでこんなにぐだぐだなのよ」

 

 ミオリネは椅子の背に寄りかかった。

 

「総裁が決まらないせいで、月から圧力がかかってる。決断力に欠けるだの指導力が問われるだの、あの議長があちこちで触れ回ってるわ。L4内でよその武装艦がうろついてるって情報も入った。船籍はL1だったらしいけど、あれも議会連合の手先でしょ」

「カテドラルの権限もシトー・ビーチェへ正式移譲、MSのシェアもカラゴールに取られたよ。工作員も入り込んでる。そこで相談なんだけど」

 

 シャディクは両手を組んだ。

 

「どうにか折り合いをつける方法はないかい? 後援企業の経営改善ならこの場で約束できるよ」

「地球からの撤退。そこは外せない」

 

 ミオリネはきっぱりと言った。シャディクは目を細める。

 

「厳しいな」

「妥協はできないわね。ここで変えないと、次の20年また同じ体制を続けることになる。次の総裁も暗殺されるわよ」

「その条件で後援者を説得するのは無理だ。皆弱腰を好まない」

「いっそ決闘で決める? それこそ親父の路線でしょ」

「それは最終手段だな」

 

 俺は一体何を見せられているんだ。

 息のあったやりとりを続ける二人に、グエルはだんだんといたたまれなくなってきた。

 ミオリネもシャディクも、時間を気にすることなく生き生きと交渉を続けている。学園に居た頃、互いに牽制し合っていたのが嘘のようだ。

 ホルダー時代は察する余裕もなかったが、俺はずっとこいつらに挟まっていたのか。

 

 受付のハロは、空気を読んだように黙り込んでいる。隣室のプロスペラから声がかかる様子もない。

 気が進まないが仕方無い。グエルは口を挟んだ。

 

「どこかで期限を決めて投票するしかないだろう。何があっても再延期はしない、と宣言しないと決まるものも決まらないぞ」

「それジェタークの社内ルールでしょ? それしかないのはわかるけど」

 

 ミオリネは眉をひそめ、端末を取り出す。

 

「今のスケジュールで決めるなら、二週間後。それが限界ね」

 

 選挙管理委員会のアドレスを呼び出すミオリネに、シャディクが待ったをかける。

 

「落としどころはないとまずいだろう。このまま投票したらグループが完全に割れるぞ」

 

 煮え切らないシャディクに、グエルは内心首をかしげる。なぜかシャディクの方が、決着を先延ばしにしたがっているように見えた。

 この時間が終わるのが、そんなに惜しいのか。

 

「だったら今の会話を公開討論でやったらどうだ。交渉は総裁決定後に持ち越し。ミオリネとの折衝を続けたいなら、投票後でもできるだろ」

「俺が選挙を引き延ばしている、とでも?」 

「お前はミオリネと、こういうことをやりたかったんじゃないのか?」

 

 その瞬間、シャディクの表情が崩れた。

 虚を突かれたようにも、怒っているようにも、泣き出しそうにも見えた。

 だがシャディクは、すぐに体裁を取り繕った。

 

「――そういうお前はどうなんだ、グエル。そろそろジェタークも立場を示さないといけないんじゃないか?」

 

 シャディクはわざとらしく手を差し出した。

 

「正式な交渉は改めて申し込むが、こちらにつかないか? 立て直しに協力するよ」

「その件ならラウダが伝えたはずだ。俺も重役たちと話したが、結論は同じだ。ジェタークはグラスレーとは組めない」

「理由を聞いても?」

「事業が競合しすぎた。うちとグラスレーでは市場も設備も被っている。お前の主張は効率化と再編によるグループ維持だろう? そうなったら真っ先にリストラされるのはジェタークだ。それは飲めない」

 

 先に手を組んだのがペイルである以上、選挙後はそちらが優遇される。シャディクの陣営に、最初からジェタークの居場所はない。

 

「うちは総裁選に出遅れたからな、立場が悪いのは分かってる。だが残った社員だけでも守らないとなんだ」

「……残念だよ」

 

 シャディクは両手を上げた。

 

「長居しすぎたな。そろそろこのへんで」

「ああ」

 

 ミオリネに軽く手を振って、シャディクは去って行った。

 

「次ノ方、オ待タセイタシマシタ」

 

 受付のハロが、ようやくグエルの順番を告げる。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 呼吸を整え、グエルは応接室のドアを開けた。

 その背中を、残されたミオリネが見つめていた。

 

 

 ◇

 

 

「ごめんなさいね。秘書が外出中なもので、たいしたおもてなしもできなくて」

「いえ、お構いなく」

 

 勧められたソファーにかけると、プロスペラはとても楽しそうに笑った。仮面の端に光が走る。ルージュを塗った唇が、にっこりと歪む。

 

「グエル・ジェタークCEOね。お噂はかねがね伺っております。……なんでも、うちの娘にプロポーズされたとか」

 

 強烈な一撃を食らい、グエルは、う、と息を詰まらせた。

 この女性が、スレッタ・マーキュリーの母親である、という事実が急に重みを増した。

 

「水星から上京させたのは、あなたと決闘する直前だったはずですけど。いつの間にそんなに親しくなられたのかしら」

「……勢いで行ったことである、というのは否定しません」

 

 こめかみに冷や汗を流しながら、グエルは言葉を絞り出す。

 

「ですが、お嬢さんを大切に思っている気持ちに、嘘はありません」

 

 背筋を伸ばして言い切ると、プロスペラはあらあら、と微笑ましそうに言った。口元に当てた手の、金属製の指が目に入った。

 

「よかった、あの子もいい出会いがあったのね。……では、改めてご用件をお伺いいたしますわ。我が社と、ヴィム・ジェターク氏との間で交わされた業務提携について、でしたわね」

 

 会社の話になったことにほっとしながら、グエルはどうにか体制を立て直す。

 

「はい。俺が会社を出ていた間に行われたものですので、改めて確認させていただきたい」

「あのMS、シュバルゼッテと呼んでいたかしら」

 

 プロスペラはにこやかな態度を崩さない。

 

「生前のヴィム・ジェターク氏と我が社との間で契約を締結、ガンダム開発について技術提供を行っておりましたわ。シン・セーからはエアリアルのデータと、シェルユニットの製造技術をお渡しいたしました。見返りとして、ジェターク社からもMSの装甲技術をご提供いただいております。改修したエアリアルにも反映させていただきました」

「実機を確認しました。あれの安全性については、どうお考えですか?」

「エアリアルの機構については、こちらも再現できないことをご納得いただいた上での技術提供です。不完全な部分――データストームの処理について、お父様はAIでの補完を構想されていたようですが、詳細は伺っておりません」

 

 起動していなくてよかった。グエルは内心胸をなで下ろした。

 

「父との交渉において、何かトラブルになるようなことは」

「ございませんわ。お父様の気性は存じておりますけど、お互いビジネスですもの。技術者同士のやりとりでも、そのようなことはなかったと存じております」

 

 プロスペラは懐かしそうな声色をした。

 

「技術提供はほぼ終了し、残る契約はシェルユニット開発の助言のみとなっております。総裁選にむけて活用したい、との事でしたら、スケジュールを都合いたしますが」

「現在組み立てと平行して、技術的な問題点を洗い出させております。そちらの知見をいただく機会はまた後日セッティングさせてください」

 

 プロスペラの答えは型どおりだ。ガンダムの話題になっても、動揺する様子はない。

 何か、他に聞き出せることはないか。グエルは視線をさまよわせる。

 目は、どうしてもプロスペラの腕に向いた。

 

「これ、気になるかしら?」

 

 プロスペラは右袖をまくった。露わになった義手に、見覚えがある。

 緊張感に負けるまいと、グエルはプロスペラを見返した。

 こうなったら正面突破あるのみだ。

 

「気に障ったようでしたら謝罪します。ですが、お伺いしたい。先日、地球に降りた際、それと同じ義肢を使っている者と会いました。……その男は、プラント・クエタでのテロに直接関与していた。襲撃に使われたガンダムについても知識があったようです。

 単刀直入にお聞きします。フォルドの夜明けと名乗るテロリストについて、何かご存じですか?」

 

 赤い口元が、真一文字に結ばれる。グエルはその表情を観察する。

 果たしてこの女性は、父の死に関わっているのだろうか。

 

「……私もシン・セー開発公社も、直接の関係はないと言っておくわ」

 

 沈黙の後、プロスペラは静かに口を開いた。

 

「お察しかと思いますが、これがガンド義肢の実物です。あなたが地球で見た、というのも、おそらく同じガンドでしょう。ですが、この技術は21年前に散逸しています。株式会社ガンダムで再現しようとしていますが、まだ新規の施術には至っておりません」

「現在使用されているガンドは、すべてヴァナディース事変より前のもの、ということですか?」

「当時の技術者が生き残っている、という可能性はあります。ですが、彼らも身を隠している以上、出所の特定はできません。私自身、まだ使用者がいたことに驚いているくらい」

「あのガンダムについても?」

「あれを製造した会社は、オックスアースといいます。ヴァナディース機関の親会社でしたが、彼らもまた、事変の際に壊滅させられました。クエタで見かけたMSは、当時販売された機体とは異なるものです。おそらく新造されたもの、潜伏した技術者がいるというならあちらのほうが可能性が高いでしょう。ですが」

 

 仮面越しの眼光を感じる。グエルの背筋を冷や汗が伝う。

 

「オックスアースと我々は、事変以来何の関わりもありません。テロの当日、私もクエタでテロリストと交戦しています。侵入者は無差別だった。スレッタと同行していた地球寮の子たちまで巻き込んでいます。私が間に合わなければ、また娘を亡くしていたかもしれない」

 

 義手の拳が音を立てて握りこまれる。

 

「彼らは私の娘を襲った。それも二度。オックスアースがまだガンドを手にしているなら、この手で撃墜してやりたいくらいよ」

 

 プロスペラはスーツの袖を戻した。威圧感が霧散する。

 

「ガンドについての資料は、すべてスレッタに託しました。ご興味があるようでしたら、あの子と株式会社ガンダムへ連絡してくださいな」

 

 仮面の下の表情は読めない。だが、その怒りは本物だと思った。

 あの父やデリング・レンブランと長年渡り合ってきただけはある。この女性に比べれば、自分などひよっこ同然だろう。

 にこやかに笑うプロスペラに、グエルはただ頭を下げた。

 

 

 ◇

 

 

 シン・セー社のオフィスを出て、グエルはようやく肩の力を抜いた。プロスペラは次の要件があるらしく、足早に去って行った。

 端末をチェックすると、アポイントメントが入っていた。急いでジェターク社へ戻る。

 応接室のソファーで待っていたのはミオリネだった。

 

「アポイントメントって、お前が?」

「選挙運動に来たの。昔はどぶ板を踏むって言ったらしいわよ」

 

 ふてぶてしく来客用のカップを傾けるミオリネに、グエルは諦めて対面のソファーにかけた。職員がグエルの分のコーヒーを置き、一礼して去って行く。

 扉が閉まると同時に、ミオリネはカップを置いた。

 

「前置きはいいでしょ。ジェターク社の立て直しにあたって、こちらから債務の補填と組織再編の支援を約束する。その代わり、総裁選で私を支持して」

 

 具体的にはこれ、と、ミオリネはタブレットを操作する。文面がジェターク社の内情とおおむね合致することを確認し、グエルはミオリネを見返した。

 

「うちの主力製品は戦闘用MSだ。お前の公約は、グループ全体の民生方面への転換だろう? ジェタークを加えたらそれに反しないか?」

「全産業の転換なんて、いきなりできるわけないでしょ。今の主力製品で業務転換の費用を稼いで、小回りの効く企業から切り替えを進める計画。ジェターク社のMSにはまだまだ稼ぎ頭でいてもらう、っていえば、あんたの面目も立つんじゃないの?」

 

 これが最新版のロードマップ。

 ミオリネは指を滑らせた。カラフルな画像には、いくつもの付箋やマーカーが付け加えられている。

 

「ジェターク社が加わってくれれば、この方針に実効性と裏付けができる。実現性を疑ってる出資者にもアピールできるはず」

「本気でグループの方針を変えるつもりなんだな」

 

 眉間にしわを寄せ、グエルは問いただした。

 

「先代が築いたものの全否定だろう。お前はそれでいいのか?」

「ぶち壊したいのよ」

 

 ミオリネは低い声で言った。

 

「お父さんのことは、嫌いじゃない。愛されていたのもわかった。でも、あの人の作った世界は、私以外幸せになれない」

 

 どいつもこいつも、俺のいない間に一体何があったんだ。

 元婚約者の変貌を認め、グエルは密かに練っていた構想を口に出した。

 

「俺からも要求がある。組織再編にあたり、現在の雇用は維持すること。それと、ジェターク社への支援に、民生機の開発ノウハウ提供を追加してくれ」

「は?」

「会社の連中は戦闘用MSにこだわっているが、総裁選をダシにすれば方針転換を通せるだろう。……父さんの築いたものは守りたい。だが現状維持でいいとも思わん。俺にはもうできない」

 

 ミオリネは怪訝そうな顔をした。

 

「失踪してるあいだに何があったのよ?」

「それは俺のセリフだ。で、返答は?」

 

 わざとらしく咳払いし、ミオリネは片手を差し出した。

 

「要求はできるだけ呑む。詳細ができてるなら送って。これで交渉成立?」

「ああ」

 

 ふたりは握手を交わした。

 

「お前、この後の予定は?」

「今日はあんたで最後だけど」

 

 タブレットをしまうミオリネに、グエルは声をかけた。

 

「こういうのは早いほうがいいだろう。2時間後にうちの役員を招集するから、今夜のうちに連中を説得して細則を詰める。お前も同席してくれ」

「明日の朝イチで発表? シャディクに奇襲かけるなら、いいんじゃない?」

 

 ミオリネに断って端末を取り出し、グエルは会議の予定を伝える。ソファーに座り直し、同じく端末を確認していたミオリネは、ふいに頭を上げた。

 

「そういえばあんた、プロスペラと何を話してたの?」

「父さんの残した事業について、聞きたいことがあった。ガンドフォーマットの開発についてだ」

 

 グエルはシュバルゼッテのことを話した。

 

「あんたのところにもデータをばらまいてたわけ?」

 

 ミオリネは「宿題」の存在を明かした。

 

「その話といいガンドといい、あの人、もう出身を隠す気がないんじゃないか?」

「まあね。お父さんがいなくなってからやりたい放題。私からは何も言えないけど」

 

 淡々と言うミオリネに、グエルは疑問を投げかけた。

 

「お前はプロスペラさんを疑っていないのか?」

「動機はあるわよ。でも容疑はもう晴れてる。プラント・クエタの時はテロリストと交戦しているし、その後学園が襲撃されるまで、ずっと私と一緒にいたもの。不審な通信記録もなし。ラジャンが真っ先に取り調べたから、それは間違いない」

「本社でも身元を把握していたのか」

 

 ミオリネは肩をすくめた。

 

「親父と共同で何か企んでいたみたい。でも、総裁選が終わるまで事業は凍結されているし、定期的に報告も来てる。ラジャンも監視をつけているはず。どう見ても怪しいけど、この件に関しては一つも得してないのよ」

「ヴァナディース事変関連の線はなしか。振り出しに戻ったな」

 

 グエルはこめかみを揉みながら、重役との調整に戻る。

 

「そういえば、あの人もパイロットだな」

 

 プロスペラの威圧感は、コクピットで相対するものに似ていた。

 

「ヴァナディース機関のテストパイロット、だったらしいわ」

 

 頭の中で何かが引っかかっている。それが何なのかはまだ分からなかった。

 

 

 ◇

 

 

「ええ、総裁選は停滞中。こちらのスケジュール通りに動いているわ」

 

 無人の通路を歩きながら、プロスペラは通話を続ける。

 

「エリィが頑張ってくれたもの。それに新しい作業員が協力的でよかった。開発は無事間に合いそうよ。ボーナスをはずまなくっちゃ」

『我々の出発は予定通りでかまいませんね?』

 

 スピーカーからゴドイが答える。通話の向こうは出港準備に追われている。作業員の声と複数のエンジン音、消しきれないノイズが交じり、ひどく聞き取りづらい。

 

「ええ、お願い。クインハーバーのほうは私とエリィでやる。そちらの作戦はあなたに一任するわ」

『彼らを発見できたのはエリクトお嬢様のおかげです。感謝を』

「成功を祈っているわ」

『了解。そちらもご武運を』

 

 廊下が終わり、自動ドアが開く。通話が切れると同時に、プロスペラはキャットウォークへ足を踏み入れた。メンテナンスベッドには、修復中のエアリアルが収まっている。

 手すりに腰掛け、プロスペラはエアリアルへ話しかけた。仮面の端が明滅する。

 

「大丈夫、順調よ。もう少ししたら、あなたの出番が来るわ」

 

 プロスペラは穏やかな声で娘をなだめた。

 

「仕方ないわ。エリィも私も、あそこへは行けないものね」

 

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