水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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日記・2

 古いサーバーが、低い駆動音を立てている。インジケーターランプがひっきりなしに点滅する。数世代前の機材だが、幸い壊れる様子はなかった。

 蓄積されたデータは膨大だ。21年分のデータの果たしてどれが必要なのか、自分では判断できない。幸い許可は貰えた。持ち込んだ記録媒体に、片っ端からコピーしていく。

 転送にはまだ時間がかかる。

 作業の合間に、日誌を読み進めていく。

 

 ページをめくる。

 エリクト・サマヤがガンダムとなってから2年。シン・セーの管理職となっていたエルノラに、L4出張の機会が訪れる。

 

 スレッタの生育は順調に進んでいる。よく食べ、よく眠り、そのわりにおとなしく手がかからない。エアリアルと名を変えた姉の側で、いつも機嫌良く笑っている。体質改善のための投薬が効き、エリクトのように衰弱することはなかった。その代わり、データストームに同調する能力はいつの間にか失われていた。

 

 医療スタッフにスレッタを預け、エルノラは単身地球圏へ帰還する。仮面を付け、プロスペラと名乗り始めたのはこの頃からだ。

 L4はベネリットグループの隆盛に湧いていた。かつて滅んだ研究所のことなど、誰もが忘れ去っていた。

 多少の冒険は可能、と判断し、空いた時間に地球へと降りる。行き先は夫の故郷だ。そこにエリクトの遺髪を納めたかった。

 荒れ果てた地球を旅し、訪れた街。そこで出会ったオックスアースの残党により、エルノラはヴァナディース事変の真相を知らされる。

 デリングの暴走と、それに乗じたオックスアース経営陣の背信、宇宙議会連合の暗躍。接収され形を変えた会社と、戦争シェアリングを回すための駒として不完全なまま運用され続けるガンダム。

 報復の手段を探す彼らを匿い、ひとまずシン・セーの社員として経歴を偽造する。それくらいの権限はすでに得ていた。

 

 ページをめくる。

 ゴドイ・ハイマノらオックスアース残党との合流をきっかけに、エルノラはヴァナディース機関の生き残りを探し始めた。

 オックスアースが壊滅してなお、量産型ルブリスは各地で運用され続けている。市場に出た量産型だけでなく、改修あるいは新造されたとおぼしき機体もあった。運用する勢力は一つでなく、ルブリス同士での戦闘も確認されている。

 どこかでガンダムを研究している者がいる。それがヴァナディースの出身で、自分より医療に長けたメンバーであれば、あるいはエリクトの状態を解決できるかもしれない。

 

 だが。

 情報を得るために参加したパーティで見つけたのは、予想していなかった人物だった。

 

「エルノラでしょう? 久しぶり」

 

 銀髪の女は、何事もなかったかのように声をかけてきた。

 

「こんなところで会えるなんて。ああ、夫なら商談中よ。気にしないで」

 

 周囲を警戒するエルノラに対し、シャンパングラスを手に悪びれなく会場の片隅を指す。その手には当然のように結婚指輪が嵌まっている。

 ノートレット。現在の姓をレンブラン。

 学生時代の知人であり、仇敵デリングの妻だった。

 

「今、水星にいるんだったかしら。ここであったのも何かの縁だし、相談に乗ってくれない?」

 

 拒否権はない。言われるがままにパーティー会場を抜け出し、VIP用のゲストルームに通される。官憲やSPが待ち構えていることはなく、あくまで友人として接するつもりのノートレットに、エルノラは寒気を覚える。

 

 そこで見せられたのは、ガンドフォーマットを応用した巨大ネットワークの構想だった。

 パーメットの専門家によるものではなく、技術的な穴は大きかった。必要な予算は莫大で、資源や実行するための人員といった課題もある。それでも理論的に可能であることはわかった。

 同時に、なぜ彼女がこれを知っているのかと思った。

 この技術を葬ったのは、他でもないノートレットの夫のはずだ。

 ノートレットは、なんでもないことのように首をかしげた。

 

「平和のためだったら、デリングだって反対しないわ。技術は使い方次第だもの。ちゃんと説明して有用だって分かれば、あの人は許してくれる。デリング・レンブランは、心の底から平和を願っている」

 

 仮面の下の表情に気づかず、ノートレットは蕩々と語る。

 

「あの人は言ったわ。軍人になって、武力をコントロールできれば戦争を無くせると思った。でも違った。軍需産業に食い込んで、経済をコントロールしようとした。それでもだめだった。だから今度は、情報をコントロールしよう、って。

 軍事作戦を事前に止めて、MSを()()させないためのシステム。クワイエット・ゼロを実行できれば、世界は静かになる。私たちの社会に、戦争なんて要らなくなる。そのための行動は、平和への意思は、何よりも優先されるべき」

 

 娘たちを置いてきて良かった。

 エルノラは心の底から思った。二人が水星で待っている。そう思わなければ、この場でノートレットを縊り殺していたかもしれない。

 

 だがこの女は、エリクトを復活させるための全てを持っている。

 そしてクワイエット・ゼロを実行するための技術は、エルノラの手元に全て揃っている。

 穴だらけの設計図に、エアリアルとカルド博士の遺産が、ぴったりと嵌まった。

 

 ノートレットは幸せそうに笑い、右手を差し出す。

 

「娘が生まれたの。あの子に優しい世界をあげたい。あなたの力を貸してくれる? エルノラ」

 

 この日、ようやくエルノラは――プロスペラ・マーキュリーは、生きる目的を定めた。

 この計画、この夫婦の理想を踏み台にし、エリクトのための世界を創る。

 お前達はただ、私の娘が生きるための養分となればいい。

 ベネリットが踏みつけにしている、全世界の人々と同じように。

 

 握りつぶさないよう苦労しながら、プロスペラはノートレットの手を取った。

 

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