廃ビルの影から、ノーマルカラーのディランザが飛び出した。
周囲を確認しながら細かくスラスターをふかし、次のビルへと飛び込む。牽制射撃を躱し、教科書通りの動作で瓦礫の上を飛翔。一際背の高いビルへと一気に距離を詰め、ビームライフルを連射する。
だが、そこに機影はない。砂埃だけが残っている。
次の瞬間、上空からビームキャノンの斉射を受け、ディランザはかろうじてシールドで受けた。
ビルの屋上から、丸い頭部を備えた機体が降下する。
MSJ-R122、デミバーディング。なじみ深いデミトレーナー系列の新型機は、背部のフライトユニットを荒々しく吹かし、飛び退いたディランザに蹴りをおみまいする。ディランザも負けじとビームトーチを抜き、両者は接近戦へと移行した。
――その周囲を、ドローンハロがゆっくりと旋回している。ホルダー制が廃止されたとはいえ、決闘システムそのものがなくなったわけではない。この映像ももちろん、決闘委員会のチャンネルを通じて全校へ放送されていた。
「しっかし視聴率低いねー。賭けとかもう成立してないじゃん」
決闘委員会のラウンジ。ソファーに退屈そうにもたれながら、セセリア・ドートはあきれた様子でモニターを眺めた。
一連の騒ぎで起動もできずにいた新型のテストパイロットとして、チュアチュリー・パンランチを雇い入れて一週間。
チュチュと、どこかから引きずられてきたフェルシー・ロロの決闘は、すでに三度目を数えていた。
「開発課からの評判はいいよ」
タブレットを見つめたまま、ロウジ・チャンテが答える。
「特に、ディランザと対戦してくれるのはありがたい。ジェターク寮が協力してくれたのは意外だけど」
「……シミュレータールームに籠もってたところを捕まえた、って言ってました」
ソファーの隅で小さくなったマルタン・アップモントが、細い声で答えた。
ランブルリングの日、不審な行動をしていたニカをフロント管理会社に通報し、それを地球寮の仲間に打ち明けられず学園の懺悔室で告白した結果、張り込んでいたこの二人に捕獲されたことは、人生における悪夢として記憶されている。あの日のことは、正直思い出したくもない。
モニターの中では、デミバーディングのフィストバルカンがディランザの肩を打ち抜いている。かろうじてブレードアンテナへの直撃を避けたディランザは大きく後退し、再びライフルを構えた。
へぇ、と小さく感嘆し、セセリアは頬杖をついた。
「今のところ一勝一敗だっけ? 初戦はちょっとひどかったけど、良い動きするようになったじゃん」
「……チュチュの機体は、ずっとニカが調整してたんです。残ったみんなで、デミトレーナーのデータを見てセッティングしたけど、最初はうまくいかなくて」
マルタンは、フェンから伝えられた捜査情報とその顛末を話した。
「ニカ・ナナウラ?」
ロウジが顔を上げた。
「あれ、知ってるの?」
「メカニック科の、事実上の主席って言われてる人。理事会がアーシアンの主席を認めないせいで空席になってるって、ずっと噂になってる」
「ふうん。……で、テロに関わってたらしいその子はちゃんと管理会社に自首してて、でもランブルリング後に行方不明。見つかったときの司法取引と引き換えに、水星ちゃんがうさんくさいアルバイトに行っちゃった、と。わざわざ事後報告に来るなんてお疲れ様ですねえ」
皮肉を口にしつつ、セセリアは険しい表情を浮かべた。
「ロウジ、学園内の監視カメラのデータ出せる? ランブルリング当日の分」
数秒後、ロウジのハロが目を瞬かせながら報告した。
「らんぶるりんぐ当日ノでーたヲ検索、全テ削除サレテイマス。ふぉれんじっくハ不可能デス」
セセリアは天を仰いだ。
「やっぱりかー。どうしようロウジ、うちにも裏切り者いたよ」
「……ハロ、管理会社のアクセスログを確認して。職員を特定、本社に連絡を」
頭を抱える二人に、マルタンはおそるおそる尋ねた。
「あの、何の話? っていうかそもそも僕が聞いていい話?」
「聞いていいも何も、証拠持ってきたのあなたなんですけどぉ?」
決闘は大詰めに入っている。デミバーディングのライフルがディランザのブレードアンテナを打ち抜き、チュチュの勝利が宣言される。三人の端末にいくつかの通知サインが届いた。
デミバーディングもディランザも、比較的損傷は少ない。それぞれが自力でMSコンテナへ戻り、寮生に回収された。きっと今頃、チュチュがガッツポーズを決めている。
決闘の終了を確認し、セセリアは改めてマルタンに向き直った。
「ご存じだと思いますけど、学園フロントの管理会社はブリオン社の系列企業です。テロリストの侵入を防げなかったことで、もともと責任を問われる立場なんですよ。あの懺悔室で網を張っていたのは、ちょっとでも事件の情報を集めるため。
で、事件当日の資料に改ざんの形跡があるってことは、まちがいなくテロへの協力者が社内にいる。これが一つ」
データの確認を終えたロウジが、メインモニターを切り替える。
「実はですね、懺悔室で証言してくれたの、あなただけじゃないんですよ」
ハロの目が点滅する。スピーカーから男子生徒の声が流れ出した。
『……コンテナの中身は見てません。寮長からステージギミックに必要だって聞いてて、でも、あのガンダムが出現したゲートは、僕が置いたコンテナと同じ位置で――』
「名前は教えませんけど、グラスレー寮の生徒です。帰省する前に吐き出したいって、懺悔室に寄っていったんですよね」
「この、寮長って、まさか」
ロウジがモニターを切り替える。
「裏付けがもう一つ。オープンキャンパス時に取り交わした、会場設営の申し送りです。急遽来賓がサリウスCEOになったことで、戦術試験区域の警備と設営をほとんどグラスレーに持っていかれたんです。決闘委員会がやったのは、当日の運営と放送関係だけ。
状況証拠は揃ってるんです。ていうか、CEOを誘拐する手段と動機がある人なんて、ほかにいないっしょ」
「シャディク・ゼネリが犯人? あ、あ―――!」
マルタンは頭を抱えて叫んだ。
「そういえば、ニカと会話してた! インキュベーションパーティの時、二人だけで!」
「ダメ押しありがとうございまーす」
動揺するマルタンに、セセリアは肩をすくめてみせた。
「分かってるなら早く通報しないと!」
「そこがシャディク先輩のおっかないところです。状況だけならめちゃくちゃ怪しいのに、物的証拠が何もないんですよ。今通報したところで取り合ってもらえません」
モニターがニュースサイトに切り替わる。総裁選の当確予想は、いまだシャディクに傾いていた。
「お姫様がだいぶねばってるけど、次の総裁はシャディク先輩でほぼ決まりです。選挙後の会社のことを考えたら、大人はびびって動けませんよ。報復されたくないですから。さっき上げた報告もいいとこ社内の処分止まり。グラスレーの彼にしたって、懺悔したこと自体を否定するでしょうね」
「だったらなおさら証拠を探さなきゃ。総裁選が終わるまでに犯人を捕まえなきゃ、ニカがどうなるか」
「あたしだってさっさと告発したいですよ。うちの不手際を取り繕うなら、犯人を挙げるしかないですから」
セセリアはモニターの日付をにらんだ。
「タイムリミットは総裁選の決戦投票。一番有力な証拠は、ニカ・ナナウラとサリウスCEOの発見。でも軌道艦隊がそこら中で検問を張って、それでも見つかってない。あたしたちにできるのは学園内の捜索だけ」
「監視カメラ以外に、何か残ってる記録は?」
「シャディク先輩じゃ消去できない記録……学園内の監視データは消去、戦術試験区域はそもそもハッキングされてた。決闘委員会のドローンは途中で落とされちゃったし……」
「……MSのカメラとか? でも戦闘中に何か見ていたら、とっくに報告してるよな」
タブレットを見つめていたロウジが、はっと目を見開いた。
「証拠、抑えられるかも」
ロウジはタブレットを二人に向ける。
表示されているのは、フロント管理会社の通信ログだ。
ランブルリングが始まってすぐにマルタンの通報記録。5分後に学園の港湾封鎖の連絡、ほぼ同時に検問が完成。ニカの通話記録はその後だ。
「彼女が誘拐されたときにはもう、学園は封鎖されていた。この検問は、オープンスクールの客が全員出港するまで、ずっと解除されてない」
「セキュリティの変更もその5分で完了してる。こんなに早いの?」
「元々は、ミオリネ・レンブランの脱走対策なんです」
ロウジはすばやく画面を切り替えた。
「この学園のセキュリティは、彼女の逃亡を防ぐことに特化されてる。脱走の報告が入ったら、即座に該当人物の生体コードを特定して、出入りを不可能にするようシステムを組んである。貨物のチェックはもちろん、エアロックに近づいただけで管理会社に警報が飛ぶんです。
ランブルリングの日、同じシステムがニカ先輩にも適用された。このセキュリティ下で彼女を連れ出すのは不可能だ。ならもう、学園内に隠したと考えるのが自然だと思う」
「……グラスレー寮の中? もしかして、サリウスCEOもそこに監禁されてるってことは」
「ロウジ、寮内の監視カメラにアクセスできる?」
代わりにハロが答える。
「不可能。各寮ノせきゅりてぃしすてむハ、学内ねっとわーくヨリ遮断サレテイマス」
「外部アクセスポイントの警備も厳重。まともな方法じゃ侵入できない」
セセリアは生徒手帳を取り出した。掲示板アプリを呼び出す。
「会社の非常事態だからって、グラスレー生はほぼ全員帰宅してる。責任者としてサビーナ先輩たちが残ってるけど、代わりにセキュリティレベルはMAX。交代で外出はしてるけど、基本寮内に閉じこもってるみたい」
「問題はまだあるよ。見つかっていないのは、あのガンダムとパイロットたちも同じ」
「ノレアもまだ学園にいる、ってこと?」
「下手につついたら、また学園内でガンダムが大暴れかぁ」
頭を抱えるセセリアに、マルタンは必死の表情を向ける。
「ミオリネに連絡して、本社の部隊を連れてきてもらえば」
「総裁選の対抗馬でしょ? あの子が動いて空振りだったら、その時点でシャディク先輩の勝ち確ですよ。通報記録が消されてないのも、株式会社ガンダムに疑いを擦り付けるためです。リスクが大きすぎる」
「だったらなおさら僕たちでやらなきゃ。もしグラスレー寮でニカを見つけられなくても、僕らだったら学生のいたずらで済ませられる、かも」
自身なさげに言うマルタンの背後で、ラウンジのドアが開いた。
「グラスレー寮内で二人を発見できても、サビーナ先輩たちの逃亡を防ぐ方法がいる。MS戦は避けられないと思う」
「カチコミには戦力が足りないなあ。ブリオンのパイロットじゃ心許ないし、水星ちゃんはお外。あのポンポン頭ひとりに、ガンダムとあの五人の相手は無理っしょ」
「いっそ停電でも起こしてみる? グラスレー寮のセキュリティをダウンさせて、MSの発進を妨害するとか」
「……おい」
背後からかけられた声に、三人はゆっくりと振り向く。
「今の話、どういうことだ」
青筋を浮かべた、ラウダ・ニールが立っていた。