水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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18.はじまりの場所/プラント・クエタ

 ペイル・テクノロジーズの受付は、やはりハロの自動応答だった。

 

「えらん・けれす及ビべるめりあ・うぃんすとんノ両名ハ、タダイマ社用デ出テオリマス」

「いつ戻るか、とか、伺えませんか?」

「遠隔地デノ業務ガ長引イテオリ、帰社ハ未定トナッテオリマス」

 

 ハロの返答に、スレッタは眉を下げた。とりつく島がない。

 さすがは御三家と言うべきか、本社のエントランスは混雑している。スレッタの後ろで、どこかの社員が機嫌悪そうに爪先を鳴らす。

 

「伝言だったら預かってもらえるんじゃないかしら」

 

 同行していたフェンが、横から助け船を出した。

 

「三分以内デめっせーじヲドウゾ」

「なら、エランさんにこう伝えてください。――パーティーのときに貰ったハンカチ、やっぱりお返しします、って」

「承リマシタ」

 

 列に押されるようにその場を離れる。心臓がばくばくしている。5号のエランに繋がるようなことは言っていないはず、と、スレッタは胸を押さえつけた。

 捜査官を連れてくれば、と思ったが、やっぱり簡単にはいかないらしい。

 

「あなたの用事、これで良かったの?」

 

 先を行くフェンがこちらを振り返った。

 

「わがままを聞いてくれて、ありがとうございます。また、何か考えます」

「いいわよ。その分仕事してもらうから。まずは艦の掃除から」

 

 港湾の端に泊めた輸送艦を目指す。ティルとアリヤが待っているはずだ。

 スレッタはペイル社の建物を振り返った。こころなしか、誰かが見ている気がした。

 

 

 ◇

 

 

『貨物ブロック、E-1から8まで確認。E-3の外壁に損傷あります』

『映像を確認、深度3だな。ティル、応急処置を頼む。スレッタはFブロックに移ってくれ』

『はい!』

 

 係留された輸送艦の周りを、デミギャリソンが周回する。危なげなくスラスターをふかし、艦の損傷を確認、後ろに続くモビルクラフトと共に、点検作業を続けていく。

 

『F-6、ボルトが破損してます』

『耐圧は考えなくていい位置だな。そのまま交換してくれ』

 

 MSのマニピュレーターが金属片を掴み、ゆっくりと引き抜く。モビルクラフトがアームを伸ばし、即座に新品をねじ込んだ。

 

 ――文句なしの最高評価だ。

 プラント・クエタの係留場。輸送艦のブリッジで、フェン・ジュンは採点表にSをつけた。本業も副業も人手は足りていない。良い作業員はいつでも大歓迎だ。

 点検は滞りなく進んでいく。仕事に私情は挟みたくないが、フェン個人としては地球寮を気に入りつつある。優秀でよく働く、いい子たちだ。できれば無事に学園へ帰してあげたい。

 だからこそ、調べなければならない。

 

「パイロットとしてはベテラン。だけど、普通の学生ね」

「スレッタ・マーキュリーか」

 

 操縦席から大柄な男が立ち上がる。近寄ってきたグストン・パーチェに、フェンはタブレットの画面を見せた。

 宇宙議会連合穏健派が独自に集めた、シン・セー開発公社の調査報告。スレッタ・マーキュリーは、社員名簿の末端に登録されている。

 CEO息女としての立場、社内での地位、持っている技能。なにもかもがかみ合っていない。

 

「MSの総搭乗時間を見たときは信じられなかったけど、勤務履歴も本物ね。決闘用のパイロットではないけど、かといって未来の経営者として教育されたわけでもない。あくまで一介のレスキューパイロット、そう考えるしかないのだけど」

 

 水星は遠すぎる。現地を調べる時間がない以上、ここから判断するほかない。

 グストンは腕を組んだ。

 

「仕事ぶりを見ていたが、お嬢様って感じじゃない。完全に現場の人間だ。社内に影響力があるとは思えない。本当にあの子が保険になるのか?」

「強硬派はそのつもりみたいよ」

 

 フェンはメッセージアプリを呼び出した。

 

「ペーパークリップに彼女が載った。本気でベネリットを潰すつもりね。オックスアースの例のMS、あれを移送したって情報もある」

「ドミニコス隊が移動を始めた? 再編されたばかりなのにか」

「L4内の人員に撤退命令が出ている。上は大騒ぎよ。強硬派が何かを掴んだのは確か」

「開戦するだけの情報……まさか、クワイエット・ゼロのことを?」

「わからない。でも、時間はあまりないでしょう」

 

 フェンは顔をしかめた。

 

 宇宙議会連合は決して民主的な組織ではない。ベネリットグループがMS評議会を牛耳っていたのと同様、議員の背後には各フロントを支配する企業がいる。

 フェンらも例外ではない。穏健派はL2とL3を采配する企業の意を受けて動く議員の派閥だ。その力関係が現場の捜査官にまで及んでいる。対する強硬派は、月とL1の企業に後援されている。現議長とて、突き詰めれば月企業の代弁者にすぎない。

 穏健派は後手に回り続けている。ここで月が行動を起こせば、強硬派が宇宙の覇権を握りかねない。

 

 グストンはいらいらとコンソールを叩いた。

 

「このままじゃ強硬派に押し切られる。フェン、クインハーバーの件を先にリークできないか?」

「無理よ。ガードが硬すぎる。ガンダム絡みは完全に証拠を押さえてからでないと握りつぶされるわ」

 

 外では点検作業が終わっている。アリヤからの通信に、フェンは帰投命令を出した。デミギャリソンがなめらかに着艦する。

 

 シン・セー開発公社の令嬢。水星のガンダムパイロット。命綱は彼女につながっている。案外あの子に、宇宙のバランスがかかっているかもしれない。

 

 タブレットに通知が届く。プラント・クエタ内にいる、穏健派の協力者からだ。

 

「ここで焦っても仕方がない。確実な証拠から押さえましょう」

 

 フェンはシートから立ち上がった。

 

「ターゲットの居場所を確認。行くわよ」

 

 

 ◇

 

 

 開発済みのMS、528機の納品が完了した。

 

 輸送完了の通知を見て、ベルメリア・ウィンストンはタブレットの画面を消す。あとは起動試験のはずだが、日程はまだ伝えられていない。メールフォルダには株式会社ガンダムからの連絡が溜まっていたが、開封する気力はなかった。学生たちに今の自分を知られることが、何よりも恐ろしかった。

 

 78番ハンガーは無人だった。これまではプロスペラの秘書に監視されていたが、数日前から姿を見ていない。プロスペラに行方を聞くつもりはない。余計なことは知らない方がいい。

 壁に取り付けられたノブを掴み、廊下を進む。いつもの癖で、監視カメラの位置を確認する。もうペイル社を気にしている状況ではないと分かっていても、長年染みついた習慣は消えない。

 

 だからといって、逃げられるわけもない。ベルメリア・ウィンストンは決して逃げられない。魔女狩りにペイル、プロスペラをやり過ごせても、何よりガンド技術から逃げられない。エアリアルの正体、プロスペラの娘たちの顛末を知ってなお、かつて見た理想を捨てられない。

 

 ヴァナディース事変から命からがら逃げ延び、逃げ込んだペイル社でガンダムを製造し、何人もの強化人士を切り刻み、それでも研究を諦められない。

 エアリアルの力、スコア8の先、ガンド技術の終着点。プロスペラも、カルド博士も、ペイル社も、皆が目指しているものを、ベルメリアもまた追い続けている。仕方が無いと言い訳を続け、自首する勇気もガンドを捨てる意思もなく、保身に走る自分を開き直ることさえできない。

 

 通路を抜ける。着信音をまた無視する。あの学生たちに技術を伝えられたのは、ほんのわずかななぐさめだった。ペイルからスレッタ・マーキュリーへの接近を命じられていたにも関わらず、後ろめたさを忘れて没頭した。彼らがヴァナディースの理想を継いでくれるなら、無様な人生にも意味があるとさえ思えた。

 だからこそ足を掬われた。研究所時代の先輩は、ベルメリアの味方などしてくれなかった。何も知らない学生たちに自分の正体を知られたくないあまりにプロスペラの提案を受け入れ、こんな計画にまで手を貸している。

 

 最低の所業だ。だけど、最後の一線だけは越えていない。一般エリアへの廊下を曲がりながら、ベルメリアは自分に言い聞かせる。

 他に何をしてでも、これだけは明かさないと誓った。ペイル社からも隠し通した。

 株式会社ガンダムに全てを託すためにも、本物の禁忌、ガンド義肢の命脈を本当に絶つことになる一線だけは――

 

「すみませーん」

 

 後ろから声をかけられ、ベルメリアは振り向いた。恰幅の良い二人連れが近づいてくる。

 

「うっかり迷ってしまって。78番ハンガーはどちらでしたっけ」

「ええ、それでしたら、」

 

 はたと気づき、ベルメリアは凍り付いた。先頭の女性がにんまりと笑う。

 

「78番ハンガー。公的には存在しない区画ですよね」

 

 とっさに床を蹴り、ベルメリアは廊下の先を目指した。どこの勢力か知らないが、染みついた癖が逃亡を促した。

 行く手のドアが開く。赤い髪の、いつになく陰鬱な表情の少女が立っている。

 

「……ベルメリア、さん」

 

 スレッタ・マーキュリーの顔を見た瞬間、ベルメリアは息を呑んだ。とっさに手すりを掴み、足を止める。頭から血の気が引く。

 

 この子はもう、全てを知っている。

 

 背後から追ってきた女が、怯むベルメリアの前に回り込んだ。片手に手帳を握っている。宇宙議会連合の記章が目に入る。

 

「ベルメリア・ウィンストンさんね。ちょっとお話を伺えませんか?」

 

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