水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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ランク入りにうれしい悲鳴が出ました。無事完結できるよう頑張ります。


19.はじまりの場所/■■■■■■■■■

 無抵抗のベルメリアを連れ、一行は輸送艦へ戻った。

 MSデッキ内を浮遊しながら、スレッタはぼんやりと生徒手帳を眺めた。フライトマップに表示された光点が、順調にプラント・クエタを離れていく。次の目的地はベネリット本社だと聞いていた。

 今の時間はアラート待機を言い渡されている。目の前のメンテナンスベッドには、貸し出されたデミギャリソンが収まっていた。ティルとアリヤは、グストンと共にブリッジで操艦中。フェンは憔悴したベルメリアを連れてどこかへ行ってしまった。

 

 メールの受信に気づき、スレッタはアプリを切り替えた。ミオリネと地球寮の他に、知らないアドレスからのメッセージがいくつか届いている。

 

「就職エージェントからの、スカウト?」

 

 聞いたことのない企業名が並んでいる。検索して出てきたのはすべてベネリット外の会社だった。月の企業が目に入り、すぐにメールを削除する。

 スレッタは輸送艦の天井を見上げた。

 

「みんな、何がしたいんだろう」

 

 ドアの開く音がして、スレッタは生徒手帳をしまい込んだ。ボトルを抱えたフェンが入ってくる。

 

「お疲れさま。ちょっと休憩しない?」

 

 スポーツドリンクのボトルを渡される。学園でよく見かけたブランドだ。礼を言ってストローをくわえると、グレープフルーツの風味が口いっぱいに広がった。

 デミギャリソンの足元で、フェンもボトルを開ける。口紅が落ちないよう、丁寧にストローを口に運ぶ。

 

「うちの仕事はどう?」

「少し、慣れました。まだ分からないこともありますけど」

「こっちは大助かりよ。水星でもずっと働いてたの?」

 

 フェンは穏やかに目を細めた。

 

「採掘現場で救助の仕事をしてました。エアリアル、わたしのMSと一緒に」

「こっちに来てから、水星と連絡は取れてる?」

「水星まで、通信が繋がる時間は少ないので。仕事の邪魔になるから、わたしが連絡をとることなんでできない、です」

「帰りたい?」

「……帰れません。帰りたいけど、わたしが帰るのを、誰も期待してないから」

 

 スレッタは意を決して言った。

 

「わたしをここに連れてきたのは、ベルメリアさんを捕まえるためですか?」

「それだけじゃないわ。あんなに効果があるとは思わなかったけど」

 

 フェンはゆったりと答える。

 

「ペイル社のことなら、他に助けないといけない人がいます! ベルメリアさんなら居場所を知ってるから、直接そこに行けば、」

「ごめんなさい、それは難しい。私たちには、先に調べなければならないことがあるの」

 

 表情を曇らせたスレッタに、フェンは改めて視線を合わせた。

 

「あなたを誘った理由はいくつかある。ひとつは、あなたのお母さんのことを聞くため。

 シン・セー開発公社はただの採掘会社じゃない。長年デリング・レンブランの下で後ろ暗い事業を行っていた、特殊な企業なの。あなたを含めて、採掘部門には何も知らされていないようだけど」

「お母さんが、デリング総裁と?」

 

 当惑するスレッタに、フェンは話を続けた。

 

「私たちが掴んだのは、ベネリットグループの資産の不自然な流れ。それを追っていくうちに、プラントクエタで何かを組み立てているのが分かったの。その責任者がプロスペラ・マーキュリー。ベルメリア・ウィンストンもそれに協力している。……クワイエット・ゼロって何か、聞いてない?」

 

 スレッタは息を呑んだ。

 

「宇宙議会連合の強硬派、月企業の派閥は、それを大量破壊兵器だと考えてる。条約違反を理由に、ベネリットグループとの間に戦争を起こしかねない。疑惑を晴らすためにも、まず、それが何か知りたいの」

 

 月と聞いて、スレッタはまた眉を寄せた。フェンはあくまで穏やかにたたみかける。

 

「わかり、ません。会社のことも、クワイエット・ゼロのことも。でも、お母さんが何かしようとしているなら、総裁のためじゃなくて……」

 

 目をさまよわせていたスレッタは、はじかれたように顔を上げた。

 

「あの、お母さん、捕まっちゃうんですか?」

「それはまだわからない。今言えるのは法廷で証言を求める可能性だけ。『私たちは』それで済むようにしたいの」

「どういう、意味ですか」

「先に話しておくわね。あなたを連れ出した理由はもう一つ。あなたが、水星の――」

 

 艦内に警報が響いた。

 すぐさまフェンはノーマルスーツのマイクを掴む。

 

「ブリッジ、何かあった?」

 

 スピーカーからグストンの声が漏れる。

 

『臨検だ。責任者を出せ、と』

「分かった、通信を繋げて」

 

 スレッタに片手で謝りながら、フェンは腹から響く声で応対を始めた。

 

「こちら議会連合L4高等弁務官事務所所属、輸送艦ヘリアンサス。登録番号ML32030169、現在捜査活動のためベネリット本社フロントへ移動中。速やかに照合されたし」

 

 数瞬の後、相手から返答があった。

 

『フェン・ジュンだな? 貴官ならびにグストン・パーチェについては、情報漏洩の疑いで逮捕状が出ている。こちらへ同行願いたい』

 

 スレッタはデミギャリソンのコクピットに飛び込んだ。レーダーには多数の光点。艦の周囲にMSが展開、少しずつ接近している。

 通信回線にはジャミングの表示。生徒手帳も通話できない。

 

『フェン、こいつら強硬派だ。軌道艦隊じゃない!』

「落ち着きなさい。逃げるのは無理そうね」

 

 端末を取り出し、なにがしかの指示を出しながら、フェンはマイクへ声を張り上げた。

 

「降伏信号を出して。この場は投降します!」

 

 

 ◇

 

 

『いち早く情報をいただけたこと、心より感謝いたします。L4を巡る一連の事態はこれで解決に向かうことでしょう』

 

 艦橋の正面モニターの中、宇宙議会連合の議長は恭しく頭を下げた。

 

「そうおっしゃっていただけ光栄ですわ」

「我々はフロント社会に生きる者の義務を果たしただけ」

「あのデリング・レンブランが、こんな恐ろしいことを企んでいたなんて」

「事前に察知できなければどうなっていたことか」

 

 艦橋に並ぶ老婆たち、ペイル社のCEOは、口々に恩あるいは打算を口にする。サイドモニターにはフライトマップが映され、ペイル社の艦隊が月の勢力圏に入ったことを示していた。

 

『ベネリットグループの腐敗はゆゆしき事態です。社内抗争だけでは飽き足らず、大量破壊兵器の開発まで行っているとは。企業行政法に基づき静観せざるを得ませんでしたが、これ以上は見過ごせません。穏健派のやり方は手ぬるい。即刻L4へ艦隊を派遣し、犯人確保と事態の収拾を図ることをお約束いたします』

 

 深刻そうな声音とは裏腹に、議長は喜色を隠せていない。ペイルのCEOも、同様の笑みを浮かべている。

 密談に異を唱える者はいない。議長は単独で会見に臨んでおり、艦橋内のクルーはやりとりを無視している。CEOに意見するような社員はペイルに存在しない。半自動化されたコンソールの中、ペイルグレードだけが静かに演算を続けている。

 

 四人を代表し、ニューゲンが猫なで声を出した。

 

「提携企業の暗躍を見逃した責任はペイル・テクノロジーズにもございます。グループの解体については、ぜひとも我々に協力させてくださいませ」

「もちろんですとも。シャディク・ゼネリとオックスアースの共謀だけでなく、かの忌々しき水星の不正を暴いた功績はあなた方にあります。シン・セー開発公社の技術及び人員はペイル社の管理下に渡ることでしょう」

 

 議長は醜く顔をしかめた。

 

「採掘の裏でクワイエット・ゼロなどというものを製造するとは。シン・セー開発公社の解体は我々の悲願でもあります。フロント社会の今後の発展のために、あれだけは潰さなければならない」

「お力になれて何よりですわ」

「宇宙の秩序と安定こそ、我々の最も望むところですもの」

 

 私情を滲ませる議長に、老婆たちがねっとりと同調する。

 

『騒乱後のL4再開発についても、ぜひ助力をいただきたい。子会社間の対立について、最も詳しいのはあなた方でしょうからな。お渡ししたMSについても、有効にお使いいただければ』

 

 サイドモニターにメッセージが表示される。月が近い。老婆たちの目線に気づき、議長はわざとらしく手を打った。

 

「到着まであとわずかですか。次は対面でお会いしましょう。我々宇宙議会連合は、あなた方を歓迎いたしますよ」

 

 通信が終了する。老婆たちは顔を見合わせ、にんまりと笑みを浮かべた。

 

「これで安泰?」

「どうにか泥船から逃げ切ったかしら」

「子どもの選挙ごっこに付き合うこともなかったわね」

 

 コンソールの中で、AIが追従するように点滅した。

 シャディク・ゼネリも見通しが甘い。ガンダムを餌にペイルとオックスアースの共倒れを狙ったのだろうが、情報を得た老婆たちは即座に月へと駆け込んだ。オックスアースの背後に宇宙議会連合がいることなど、ペイルはとっくに掴んでいる。

 シャディクの暗躍と、独自に掴んだクワイエット・ゼロの情報。それらと引き換えに、ペイルは強硬派との協定を確立した。AIの神託に基づき、L4の崩壊からいち早く逃げきるために。

 

「手はかかったけど、エアリアルの技術もこれで我々のもの。アップグレードも加速できるかしら」

 

 安堵を口にする同輩を、ニューゲンが引き締める。

 

「まだ油断はできないわよ。ペイルグレードは不確定要素の存在を予見している。上手く風を掴まなければ、我々まで戦争シェアリングに巻き込まれるわ」

 

 艦が着陸態勢に入る。誘導先がVIP用のドックであることを確認し、ニューゲンは唇を機嫌良くゆがめた。

 

「交渉はここから。ひとまずエラン様との合流を待ちましょう」

 

 

 ◇

 

 

「欠陥品掴まされてんじゃねえか」

 

 提供された機体のスペックを見て、エラン・ケレスは密かに毒づいた。こんなところまで出張してきたものの、ケレス自身の実入りはなさそうだった。

 眼下のドックでは、MSの輸送準備が行われている。ペイル・テクノロジーズの移籍交渉の結果、先方から技術供与として引き渡されることになった機体だ。身売り先の、そのまた下請けの社員たちが、錆び付いたハンガーに群がっている。

 

 X-EX01、キャリバーン。かつてオックスアースが開発した、もう一つの原初のガンダム。

 ガンドフォーマットによる機体パフォーマンスを最優先し、極限の機動力と追従性を求めた機体。十全に操縦できるならば、現代の最新鋭機に匹敵するほどのスペックを有している。武装こそシンプルだが冗長性は十分。採用後の装備追加を見越して、多数のハードポイントが設けられていた。

 

 ――といえば聞こえはいいが、こいつはコンペ落ちした失敗作だ。推力もエネルギーゲインも申し分ない代わりに、データストームへの対策が一切搭載されていない。パイロットは例外なく死亡、または再起不能。技術実証機だというならまだ納得できるが、量産機としての採用を狙っていたというから理解に苦しむ。生身の人間が乗ることを想定していないとしか思えない。

 

「ファラクトよりひでえや」

 

 動かしたら死ぬが故に、ついたあだ名が怪物。取引と引き換えにこんなものを掴まされたというなら、老人たちの見込み違いと言うほかない。

 

 走り回る作業員たちを横目に、タブレットを覗き見る。ここまで乗ってきた艦も、当然ペイルグレードの端末だ。老朽化した基地は容易くハッキングされ、AIに情報を吸い上げられている。

 監視カメラの映像にアクセスする。こことは異なるハンガーには、赤茶と藍色のルブリスが並んでいる。奥には学園を襲った無人機の姿もあった。パイロットの子どももどこかにいるのだろう。

 

 状況は依然、ベネリットの崩壊へ向かっている。月では老人たちがグループ解体の算段を話し合っている頃だろう。キャリバーンを押しつけられたあたり、ペイルの立場も良くはあるまい。せいぜいオックスアースの後釜がいいところだろう。ジャイアントキリングは起こりそうにない。

 

「結局、このまま月の一人勝ちか」

 

 ふとドックが騒がしくなった。先ほど入港した艦から、拘束された人員が降りてくる。中に知り合いが混ざっていた。

 一人はベルメリア・ウィンストン。その前方に、落ち着きなく当たりを見回す赤毛の少女がいる。本社から連絡のあった顔だ。

 

 暇つぶしの種を見つけ、ケレスは人の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 ◇

 

 

 偽装した艦隊――宇宙議会連合強硬派らしき艦に護送され、フェンの輸送艦はどこかのフロントへ入港した。

 押し込められた船室で、スレッタは係留の震動に気づいた。スレッタの体感で、臨検から12時間ほど経っている。生徒手帳は先に奪われたので、正確な時間はわからない。

 

「秘密基地、とか、そういうの、ですか?」

「そうなるわね。――来るわよ」

 

 船室のドアが開いた。武装した男に、出るよう促される。束ねた髪が気になり、スレッタは慌てて前を向いた。やけに場慣れしたベルメリアの指示で、端末のメモリーカードだけは髪の結び目に隠していた。

 ライフルを突きつけられ、順番に艦を降りる。タラップの先は古びたドックだった。錆ついた鉄骨とひび割れた塗料。真っ黒に焼け焦げた壁に、月と星をかたどった社章がペイントされている。

 

「オックスアースの社章だ」

 

 両手を上げたティルがつぶやく。

 

 コンクリートはとっくに変色しているのに、エアロックやキャットウォークだけが場違いに新しい。一度破壊された施設を、後から無理矢理補修したようだ。

 ホールドアップされたまま、スレッタは当たりをきょろきょろ見回した。施設の古い部分に、なぜだか見覚えがある。真新しい通路と、作業着姿の研究者たちが浮かぶ。

 

「……嘘でしょ」

 

 後ろでベルメリアがつぶやく。

 

「そんな、爆破されたんじゃなかったの!?」

 

 炎に包まれるハンガーが脳裏をよぎる。

 やっぱり、そうなんだ。浅い息をしながら、スレッタはキャットウォークを歩く。船員名簿を確認していた兵士が、スレッタの顔に目を留めた。

 

「お前、ペーパークリップの対象か。こっちへ来い」

「スレッタ!?」

 

 唐突に腕を掴まれ、スレッタだけが別の方向へ引きずられる。アリヤが叫ぶが、銃を突きつけられ足を止める。だいじょうぶです、とかろうじて返事を返す。その間も、スレッタの視線は施設のあちこちに向けられている。

 連れ込まれた通路、床、天井の照明、その一つ一つを、スレッタはすでに教えられていた。

 

 ここはフォールクヴァングだ。

 




搭乗する艦艇の名前は、原作に登場したユリシーズを除きすべて捏造しています。
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