たいへんお待たせしております。
「俺の番が来ただけだ」
オルコットは椅子代わりのブリキ缶から立ち上がった。傍らの荷物を担ぎ上げる。
パイプ椅子にかけたまま、ナジ・ゲオル・ヒジャはその背中に呼びかけた。
「オックスアースは尻に火がついたらしい。筋を通さなくとも
オルコットは鼻をならした。
「散々ガキどもを戦場に送り込んできたんだ。いまさら怖じ気づいてたまるか。これのメンテナンスもかかってるしな」
そう言って左手の義手を叩く。
「古巣の連中も来るんだろう。死地だぞ」
「ドミニコスか。懐かしい話だな」
オルコットは煙草をくわえた。急遽招集された作戦まで、8時間を切っていた。
かつてオルコットは、ベネリットの軍人としてガンダムを狩る生活に嫌気が差し地球へ降りた。紆余曲折を経て「フォルドの夜明け」に加わったが、結局宇宙との繋がりは断ち切れていない。
プレハブの外からは、難民たちの騒ぐ声が聞こえる。戦場からは遠く、時折笑い声が響いた。子どもの声と共にボールが窓にぶつかり、また離れていく。
「クインハーバーでの作戦は罠だ。よほどオックスアースに恨みがあるらしいが、指し手がわからん。プリンスの計画に便乗したわけでもなさそうだ」
ナジはサングラスをかけ直す。地球圏に張り巡らされた情報網は、オックスアースの混乱を掴んでいた。原因はともかく彼らは追い詰められ、ベネリットとの決戦に追いやられている。オルコットのような外部のパイロットをかき集めるほど、なりふり構わなくなっている。
誰も彼もが、はるか上空にいる者たちの手で踊らされている。
「スポンサーは連中を切り捨てたらしい。俺たちにとってもいい話じゃないな」
オルコットは煙を吐き出した。
「プリンスの計画も予定通りにはならんだろう。月が動くぞ。リカバリーできるか?」
「奴にも奥の手はあるだろうが、どう転んでも勢力は描きかわるだろうな。それを乗り切れるか次第だ」
吸い殻を空き缶に放り込み、オルコットは傍らの端末に目をやった。オックスアースからの情報には、ジェタークの御曹司の名前と、白いガンダムの情報があった。
「俺の勘だが、事態を動かしているのはベネリットでも月でもない。恨みで動く奴は止まらん。どう転んでも地球は荒れるぞ。その時は他の連中を頼む」
残存する『フォルドの夜明け』は全員が潜伏済みだ。次の機会に備えて組織の再編と情報収集を行っている。
プリンス=シャディク・ゼネリの計画が失敗したとしても、再起の芽は残す。いつか地球を取り戻す日のために。
それを自分が見ることはないだろうな、と、オルコットは思った。
「じゃあな」
「おう。楽しかったよ」
片手を上げて応え、オルコットは去って行く。
その背中を睨み、ナジは軍用の端末を取り出した。まだ万策尽きたわけではない。
「やられっぱなしは趣味じゃねえな」
認証キーを差し込み、ナジはどこかへ通信を始めた。
◇
その日も5号のエランは、サビーナ・ファルディンから食事を受け取っていた。サビーナの去って行く方向と歩数に聞き耳を立て、ようやくドアの側を離れる。
少女たちの分をテーブルに置き、自分の分を開封する。印字された製造年月日は先週のランチと同じで、だいぶ期限が近い。グラスレーは追加の食料を購入していない。監禁生活も、そう長くはなさそうだ。
部屋の隅にいたニカ・ナナウラが、慎重にソファーに近づき、自分の分を手に取る。5号は部屋の反対側へ声をかけた。
「食べなよ。お腹減ってるだろ」
がり、がり、がり、と、鉛筆をこすりつける音が響く。
積み上げられたコンテナの上で、ノレア・デュノクは一心不乱に手帳を塗りつぶしていた。耳障りな音に紛れ、ぶつぶつと何かを呟き続けている。5号の声が届いた様子はない。
まずいな。5号は表情を変えずに考える。ソフィの死から、ノレアの精神状態は悪化の一途を辿っている。気を紛らわせてやりたいが、そろそろ先の話もしなければならない。
仕方がない。冷凍食品を安定した場所に避難させ、5号はわざとらしく声をあげた。
「君のガンダム、ルブリスっていうんだろ?」
ノレアは動きを止めた。淀んだ目で5号をにらみつける。
「……なぜ知っているんです」
「ファラクトの仮想敵だから。あれのガンビットは、対ガンダム用の装備だよ」
ファラクトのスタンビームは、MSを部分的に強制停止させる装備だ。ガンダム相手に使えば、パイロットを容易く時間切れに追い込める。
「君たちは傭兵だって聞いてる。グラスレーとの契約が終わったら、また地球の連中と合流するの?」
「……そちらの契約は満了しています。ここでの仕事が終わったら、社へ戻って次の司令を受けるでしょうね」
「オックスアースに帰るの? 次で死ぬかもしれないのに?」
「あなたには関係のないことです」
鉛筆を手に、ノレアはコンテナから飛び降りた。両手を上げて逃亡を図る5号へ、ニカが困惑顔で問いかける。
「ルブリス……オックスアース? ねえ、死ぬって、どういうこと」
5号はこともなげに答えた。
「死ぬよ。ガンダムに乗ればいずれ死ぬ。ルブリスでも、ファラクトでも。僕の前任者も限界が来て、代わりに僕が送り込まれた」
5号はペイルの内幕を話す。ニカの顔が青ざめていく。
「まって、スレッタはそのこと、」
「エアリアルも例外じゃないよ」
「え?」
ニカに続き、ノレアも目を見開いた。
「スレッタから聞いたんだよ。相当いかれたシステムを積んでるみたいだけど、それでもデータストームはなくなっていない。
ていうか、あれが一番やばいよ。何をやったかは想像だけどさ、スコアを上げたらパイロットがいらなくなるって、そんなのもうMSじゃないだろ。あの子も誰かの代わりらしいし」
「エアリアルは、スレッタのお母さんが造ったって……そんな」
口元を抑えて震えるニカに、5号は天井を仰いだ。
「ベルメリアのお仲間だろ? それくらいやるさ。だからここへ逃げてきたんだ。あんなものをペイルへ持ち込んだら、今度こそ殺される。死なない方法があるとすれば、乗らないことだけだね、君もそうしなよ」
ソファーにもたれる5号に、ノレアは低く唸った。
「……生き残って、その後どうするんですか」
地を這うような声で、ノレアは現実を指摘する。
「ガンダムに殺されなくても、いつかスペーシアンに殺されます。どうせ死ぬならコクピットの中のほうがましです。一人でも多くスペーシアンを道連れにして、同胞の助けになれる。そうじゃなきゃ、」
「ならないよ」
膝を抱えて考え込んでいたニカが、唐突に呟く。
「あれがルブリスで、オックスアースで働くなら、地球のためになんかなりっこない」
「また腑抜けたことを。連絡役すらおぼつかないあなたに、何が分かるんですか」
鉛筆を逆手に構えるノレアに、ニカは破裂したように叫んだ。
「働いてたからだよ! ここに来る前、オックスアースの工場で、ずっとMSの組み立てをしてたんだ!」
ニカの言葉は止まらない。
「普段は内装やバックパックのラインにいたけど、一度だけ特注品だっていうパーツの組み立てをさせられたの。型番の数値が私の誕生日に似てたから、何となく覚えてた。
学園に来てから、あれが何のパーツだったのか調べたよ。私がオックスアースで組み立てた兵器は、地球でのテロに使われてた。アーシアンの指導者を暗殺するためにね」
「でたらめを言うな!」
掴みかかるノレアを、5号が羽交い締めにする。テーブルが蹴飛ばされ、ニカは反射的に頭をかばった。蹴りは飛んでこない。代わりに、小さなすすり泣きが聞こえた。
「……ほかに、どうしろっていうんですか。教えてよ、ソフィ。なんでしんじゃったの?」
ノレアは泣いていた。涙を拭うことなく、静かに嗚咽している。
すすり泣くノレアの手を引き、5号はソファーへ座らせた。手から鉛筆を取り上げ、テーブルに置く。
「死にたくない。死ぬの、怖いよ」
「うん。僕も死にたくない。君だって、誰かのために死んだりしなくていい」
寄り添って手を繋いだまま、5号はニカへ問いかける。
「ニカ・ナナウラ。君の方針はここを出て出頭すること、と思って間違いない?」
ニカは決然と頷く。
「もう一つ。ここに来てから、シャディク・ゼネリが直接顔を見せたことはある?」
「ないよ。ここに来るのはサビーナさんだけ」
「だろうね。一度でも本人が連絡をくれたなら、信じてもよかったんだけど」
ニカは首をかしげた。
「グラスレーを信用して逃げてきたんじゃないの?」
「選択肢がなかっただけだよ。あちらもペイルに対する手札が欲しかっただけだろうし」
5号は首をすくめた。
「とっくに終わってるはずの総裁選が長引いてる。グラスレーの旗色次第で、僕もペイルに引き渡されかねない。シャディク・ゼネリと友達だったのは、僕じゃなくて4号だからね」
テーブルの隅で、食事のトレイが冷めていく。
「連中はおそらく、もう一度ルブリスを暴れさせようとしている。たぶん逃走時のおとりかな。このぶんだと、ルブリスの整備もさせてもらってないだろ?」
ノレアの嗚咽が大きくなる。
「あと一回、ガンダムに乗ることになる。だけど、チャンスがあるならそこだけだ」
他の誰にも似ていない笑みを浮かべ、5号のエランはようやく本題を切り出した。
「だからさ、一緒に考えようよ。生きてここから逃げ出す方法をさ」
◇
「――この映像、間違いなく本物なのですか!?」
端末を軋むほど握りしめ、L5の渉外担当者はわなわなと身体を震わせた。人払いされていることも忘れ、会議室の中を見回す。
「裏取りは済ませてあります。もちろんそちらでも真偽を確認していただければ」
ビジネス用の笑みを崩さず、シャディク・ゼネリは茶封筒を手渡す。AI全盛の時代だからこそ、アナログな証拠に勝るものはない。
「真実であれば、我が社も方針を変えざるを得ない。どちらで入手されたのです?」
「さる筋から、としかお答えできません。情報提供者を危険にさらすわけにはいきませんから。堂々と公開できないからこそ、あなた方に活用していただきたいのです」
「……急ぎ本社に戻り、精査させていただく」
足早に去って行く男を見送る。入れ替わりに控え室から秘書官が顔を見せた。エナオは学園に帰している。今日の同行者は、グラスレーの社員だった。
「ペイル社から連絡です。予定されていたミーティングを延期したいと。CEOが本社を離れたとの報告も入っています」
「行き先はL4外だな?」
「おそらく」
「わかった。空いたスケジュールでもう一件回ろう」
思ったより早かったな。生徒手帳をタップしながら、シャディクは目を細めた。老婆たちの行き先は、十中八九宇宙議会連合だ。ならまだ猶予はある。寝返った彼らがシャディクを告訴するなら、総裁決定直後だろうから。
対抗策をエナオへメールし、ついでに着信履歴を確認する。新着メッセージが1件。
「……ミオリネ?」
“私、地球へ行く”
たった一言、そう書かれている。
シャディクは秘書官を振り返った。
「執行部の動静、出せるか?」
すぐにタブレットが差し出される。午前中にラジャンとミオリネが会談、その後旧ドミニコス隊が出撃準備に入る。エアリアル並びにダリルバルデの輸送も確認されている。どう見ても軍事作戦だ。
「まさか、クインハーバーへ行くつもりか?」
あそこにあるのはオックスアースの拠点だ。シャディクともフォルドの夜明けとも関係ない。的外れな捜査で損害を与えたと執行部を糾弾する予定で、あえて放置していた場所だった。
そこに、ミオリネが降りる。おそらくグエルも一緒に。
安全は保証されているはずだ。秘書に端末を返しながら、シャディクは状況を検分する。
ケナンジ・アベリー以下、ベネリットの切り札であるMS隊が付いている。パイロットは違うがエアリアルもいる。グエルが最新鋭機を持ち出した。ラジャン・ザヒは、前総裁の令嬢を安全圏から出すまい。
本当にそうか?
湧き出す疑念を打ち払えない。
いまさらミオリネを案ずるのか? プラント・クエタで、とっくに危険に晒したのに? 覚悟はとっくに決めただろう。クインハーバーは、少なくともあの時より安全なはずだ。
端末のランプが光る。動揺を抑えるシャディクに、もう一通メッセージが届く。
◇
グラスレー寮では、久しぶりにエナオが顔を見せていた。
5人の少女は現状報告を簡単に済ませ、総裁戦後の行動について相談を進める。
引き延ばされていた総裁選も、もうすぐ決着がつく。この学園に留まる日々も、そう長くはあるまい。
スイーツをつまみつつ、思い思いに時間を潰していた面々の間に、生徒手帳の着信音が響き渡った。
見覚えのない学籍番号からの着信に、レネ・コスタはソファに寝転んだまま応答する。
端末から、やや緊張した少女の声が流れた。
『レネ・コスタ先輩ですか?』
「リリッケ・カドカ・リパティ!?」
レネは飛び起きた。
『あなたたち5人に、地球寮から決闘を申し込みます!』
「はァ?」
端末のスピーカーをオンにし、レネは部屋の全員に目配せした。空気に緊張が走る。
『決闘者はうちのチュチュと、ジェターク寮のフェルシー先輩、あとラウダ先輩も参加される予定です。戦術試験区域はフロント外宙域を指定します』
「決闘ってことは、何か賭けたいものでもあるわけ?」
リリッケはなぜかそこで言いよどんだ。
『賭けというよりは、戦うことそのものが目的といいますか』
『正確にいうと、頼みたいのは模擬戦なんだよ』
チュアチュリー・パンランチの声が割り込んだ。
『ブリオンから新型機のテスター頼まれてんだけど、一対一の戦闘はもうやり尽くしちまって。集団戦でのデータも欲しいっていうんで、頼まれてくれねえか?』
「最近やり合ってたのそれかー」
ソファーにかけたまま、メイジーがのんびりと言う。ろくに見てはいなかったが、地球寮とジェターク寮の決闘通知だけは何度も受信していた。
サビーナのアイコンタクトを受け、レネは端末を渡した。ことMS戦については、彼女が統率を担当している。
「なぜ模擬戦として依頼しない?」
『決闘ってことにしないと、あーしら戦術試験区域借りられねーんだよ』
『ずっと二人で演習してたんだけど、さすがにもうマンネリなんです。胸貸してください、サビーナ先輩』
フェルシー・ロロの声が加わった。
「少し相談する。待っていてくれ」
サビーナは端末の保留ボタンを入れた。間延びしたメロディーが流れる。
「……遊びの決闘だったら、受けなくてよくない?」
ぬいぐるみを抱えたまま、イリーシャがつぶやく。
「あたしたちにも賭けるものないし、今更決闘したってねー」
「じゃあ断っていい? ラウダ・ニールをボコれないのは惜しいけど、今は待機優先でしょ?」
端末を取り戻そうとするレネに、エナオが待ったをかけた。
「ストップ。シャディクから指示が来てる」
エナオは自分の端末の画面を見せた。サビーナは顔をしかめ、保留を解除する。
「……わかった、その決闘、受けよう。その代わり我々が勝ったら、ファラクトをグラスレー寮の預かりとさせてもらう」
電話の向こうで、リリッケが息を呑む。
『前の決闘で、株式会社ガンダムへの干渉はできない、と決まったはずですが』
「会社ではなく、寮として預からせてほしい。要請があればそちらの使用も許可する。それであれば結果に反しないだろう」
地球寮の返答は早かった。
『わかりました、ファラクトを賭けます。ただ、現在エラン先輩とは連絡がつかない状態です。先輩との交渉は、決闘後にそちらで行っていただけますか?』
「かまわない。人員の都合上、こちらから参加できるのは4人までだ。そちらと人数を揃える必要はあるか?」
『いや、非対称戦でかまわねぇ。なるべく大勢出てくれると助かる』
『こちらが賭けるものについては、現在ジェターク寮と相談中です。決闘期日までにお伝えしますね』
『決闘委員会への申請もこっちでやっときます。対戦よろしくお願いしまーす』
賑やかな声とともに通話が切れる。
「シャディクから、何だって」
端末を返されたレネが問いただす。
「“ペイルがおかしな動きをしている。保険としてファラクトを抑えろ”だそうだ」
「やっぱり裏切ったかー」
「スペーシアンが信用できるわけない。もともと告発する予定だったのが、早くなっただけ」
「ブラフだったとしても、ガンダムの実機を抑えられるならそれでいい、か」
仲間たちの所見を聞きつつ、サビーナは自分の生徒手帳を取り出した。決闘委員会からのメールが着信している。ずいぶんと手際がいい。
「問題は地球寮だ。彼らは何を考えている?」
シャディクを筆頭に、有力なパイロットは大半が学園を離れている。模擬戦の相手となるパイロットがサビーナらしかいないのは本当だ。
「学外への中継申請なし。なら総裁選は関係ないか。立会人がセセリア・ドートだから、ブリオン側の都合かな」
「ミオリネちゃんは本社でしょ? あの子たちの独断っぽいよね」
「相手はブリオンの新型にディランザが2機。水星ちゃんが出てこないなら、本当に勝敗に興味ないのかも」
皆の意見を受け、サビーナはメールを返信した。決闘委員会へ受諾通知が送られる。
「寮の監視はエナオに頼む。決闘には他の4人で参加。最初に挑まれた以上、隊長はレネ、お前がやれ」
レネはソファーから立ち上がった。
「あたしハインドリー見てくる。ま、ガンダムがいないならびびることないっしょ」
「油断はするな。総裁選に響くことはないだろうが、失点は避けるべきだ」
「はいはい」
他の面々もレネに続く。エナオだけが部屋に残り、再びあぐらをかいて瞑想を始めた。
◇
「上手くいった、のかな」
生徒手帳を手に、3人はガレージの床に座り込んだ。リリッケが生徒手帳を操作し、あらかじめ入力していた決闘申請を送る。同じく待機していたセセリアから、すぐに受諾とフロント外宙域の確保通知が届いた。
緊張の解けたフェルシーが、不安そうにチュチュの袖を握る。
「なあ、本当にサビーナ先輩たちが犯人なのか?」
「それを確かめるためにやんだろ。もう後には引けねえぞ」
生徒手帳に届いた空調工事のリマインドを切り、チュチュは目の前のデミバーディングを見上げた。
◇
「通信途絶から3時間。御社の筆頭パイロットの遭難について、お悔やみを申し上げます」
月面の応接室。宇宙議会連合の議長は、大げさな動作で頭を下げた。
居並ぶ4人の老婆は、芝居がかった仕草で弔意を受ける。
「お心遣い、痛み入ります」
「捜索に艦を割いていただいたこと、御礼申し上げます。そちらこそ
「無人のデブリ帯で損傷するなんて恐ろしいこと。近隣の艦艇が通信を捉えていなければ、把握すらできなかったでしょう」
「早急に対策を見直さなければならないでしょうな。まったく、
肩を落としてみせる議長に、ペイルのCEOたちは一斉に同意してみせた。
ここで行われるのは、都合のいい事実を造るための劇だ。
もちろん彼らは、フォールクヴァング襲撃とその後の顛末を熟知している。オックスアースの断末魔は、捕虜の受け取りに向かっていた艦艇により月へ伝えられている。だからこそ証拠隠滅が行われた。
目撃されたMSから、襲撃者はベネリットグループの秘匿部隊とほぼ断定されている。手駒を潰され、議長は怒り心頭のはずだ。裏では当然のように報復措置がとられている。
CEOらはそっと目配せする。秘匿施設は秘匿施設のまま葬らなければならない。秘匿された研究も、ケレスを筆頭に離反したペイルの社員たちも同様だ。
老人たちは予定を変えた。
そのためには、正当な理由が必要になる。
「しかし、事故現場付近でベネリットのMSが目撃された、という情報は一考に値します。地球での過剰な捜査といい、彼らの行動には不審な点が多すぎる。いまだ調査中ではありますが、大量破壊兵器開発の疑惑も晴らされていません」
議長の言に、ニューゲンが身を乗り出し、にんまりと笑う。
「その件について、我が社へ匿名の通報が入りましたのよ」
「ベネリットを襲ったテロリスト、なんと学園内に潜伏しているとのこと」
「我が社の社員が、彼らに拉致されている疑いがあります」
「学生だけでできることではないわね。企業の協力があるとみて間違いないかと」
老婆たちが台本通りのセリフを読み上げ、議長は納得したように大きく頷いた。
「証拠は揃ったようですな」
議長は立ち上がり、壁際に控える事務官たちへ堂々と宣言する。
「ベネリットグループ内で不穏分子が暗躍、アスティカシア学園内でテロリストを匿っている疑いが、ペイル社の皆様よりもたらされました。フロント管理会社の協力なしではありえず、複数のグループ内企業の関与が疑われます。早急に対応すべき状況です」
事務官たちが整然と歩き出し、オペレーターが各所へ伝達を始める。おのおののモニターへ、決済完了の通知が届く。
作戦そのものはすでに立案済みのものだ。総裁選の決着後、シャディク・ゼネリの逮捕と大量破壊兵器の確保を目的として策定されていた、ベネリットグループへの派兵計画。フォールクヴァング襲撃に伴い、早急に隠蔽工作を図る必要が出たため、予定を早めることとなった。
作戦内容に変更はない。ただ、日時と標的を変えただけだ。
「テロに使用されたガンダムもいまだ潜伏中、敵が強硬手段に出ることも考えられます。派遣部隊の安全のため、特殊装備の運用を許諾。作戦の円滑な遂行のため、ペイル社保有艦隊へも嘱託を行います」
老婆たちがタブレットにサインする。その様子を、カメラが逐一撮影する。
真実に価値はない。都合のいい部分だけでつぎはぎされた見解こそが、既成事実として公表される。それを糾弾できる者は、今の宇宙には存在しない。
正しさにも価値はない。勝った者がそれを定める。他ならぬデリング・レンブランがそうだったように。
無数のカメラに向かい、議長は大きく両手を広げた。
「ベネリットグループの腐敗は深刻です。事態収拾のため、議会連合法第7条3項に基づき、アスティカシア高等専門学園へドミニコス艦隊による強制執行を発令いたします。――L4の平和のために」