水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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ようやくパソコン買い換えたのでゆっくりですが更新再開します。


25.招かれざる客/クインハーバー

 暗号通信が可能な部屋に入り、シャディク・ゼネリは専用の端末を立ち上げた。

 この回線は緊急用だ。プラント・クエタでの作戦が終わり、ニカ・ナナウラが離反した今、使うことはないはずだった。

 認証キーを入力。通信先は地球。軽いノイズと共に音声通信が始まる。

 

『オックスアースが暴発した。クインハーバーの件は把握しているな?』

 

 「フォルドの夜明け」首領の声に、シャディクは眉をひそめた。

 

「そちらの身の安全は?」

 

 ひとまず状況を問う。難民に紛れての逃走は上手くいったはずだ。

 

『この件に俺たちは関わっていない。が、オックスアースは地球に残る全戦力を投入した。うちのパイロットも駆り出されたよ』

「ベネリットと正面から戦うつもりか? なぜ今になって……月か」

宇宙(ソラ)の連中のことはわからん。とにかく情報は渡した。上手く使ってくれ』

 

 通信はあっさり切れる。逆探知の形跡がないことを確認し、シャディクは端末からキーを引き抜く。手の中でキーをへし折りながら、シャディクは輸送艦へ足を向ける。

 

 クインハーバーへガンダムが投入される。

 数は不明。ガンヴォルヴァを含めればいくらになるかわからない。エアリアルやグエルがいても、市街地では苦戦は避けられない。MS隊は市民への被害など気にかけないだろう。そしてそれを、ミオリネが指揮することになる。

 

 今更だろう。

 シャディクは唇をかみしめた。

 とっくの昔にミオリネを見捨てた。グエルの父を利用した。彼らがいかに変化したとて、それはシャディクが事を起こしたからこそのものだ。そこまでされなければ、アーシアンになど目も向けなかったくせに。

 

 放っておけばいい。それでシャディクは勝てる。議会連合がどう動こうと目的は遂げられる。サビーナたちもそれを望んでいる。

 それを今になって、今なら彼らと、協力して地球復興ができたかもしれないなどと!

 

 時計を見る。ペイルの逃亡により、スケジュールには穴が開いている。

 ミカエリスも、艦に積んでいる。

 作戦開始まであと3時間。

 シャディクは歩き出した。

 

 

 ◇

 

 

 降下するエレベーターの外を、エアリアルが飛翔する。

 グエルは防弾ガラス越しに地球を見下ろした。一面の曇天。この距離からでも、遙か下に広がる街が、荒廃しきっていることがわかった。

 インカムにプロスペラの通信が入る。

 

『こちらエアリアル、降下完了。これより配置につきます』

 

 軌道エレベーターの直下、あらかじめ解放されていたスペースに、白いMSが着陸する。建物を取り囲む群衆が動揺する。バリケードを挟んで対峙するデモ隊とMS。大通りを監視する派遣部隊。その向こうに、穴だらけの建物――テロリストが籠城しているという倉庫群があった。

 

 MSたちの中にディランザ・ソルの姿を認める。ジェタークのMSがそこにあることを、今は手放しに喜べない。

 

 エレベーターの中に目をやる。ミオリネは生徒手帳を手に何かを打ち込んでいた。見慣れた端末に、ジャミングを回避するための機材がコードを引いている。ケナンジもまた、インカムで各所に指示を飛ばしていた。

 

 グエルは再び窓の外をにらみ、義手の男や子どもたちを思い浮かべた。この街のどこかに、彼らフォルドの夜明けのメンバーもいるのだろうか。

 

 学園を襲ったパイロットの情報が見つかった以上、クインハーバーがガンダムと関わっていたことは間違いない。倉庫群のテロリストを確保すれば、フォルドの夜明けに繋がる情報もあるのだろう。だが、彼らはただの実行犯だ。宇宙で誘拐されたサリウスや、真犯人がいるとはいるとは思えない。

 

 黒幕は宇宙にいる。グエルは今もそう考えている。

 だが証拠はない。推測の元はオルコットとの問答だ。誘導されていると言われればそれまでだし、疑いをかけたプロスペラは白だった。捜査官(プロ)の判断を覆すだけのものもない。

 このまま潜伏し続けるとして、真犯人の狙いは何か。この作戦に関与してくるのか。わざと情報を流して罠を張っているのか。――だからといって、ベネリットの最精鋭と正面から戦おうとするだろうか。相打ちに持ち込めるかも怪しいのに。

 

 考えすぎて目眩がする。

 俺はいったい、何に引っかかっているんだ?

 

 エレベーターの扉が開く。

 案内された部屋ではベネリットの現地指揮官が待機していた。

 スキンヘッドの男はケナンジに敬礼し、速やかに予定を伝達する。

 

「自治体代表者との会談は、15分後を予定しています。しばらくここでお待ちください。――隊長、少々確認したいことが」

 

 グエルとミオリネに一礼し、責任者とケナンジが退出する。二人だけになった部屋で、グエルは恐る恐る問いかけた。

 

「なあ。テロリストなんだが、本当にここにいると思うか?」

 

 ミオリネはグエルを振り返った。

 

「分からない。けど……私は、どっちでもいいと思ってる」

 

 生徒手帳をしまい、ミオリネは思いのほかさっぱりした調子で言った。

 

「犯人は捕まえたいけど、それ以上にこの作戦を終わらせたい。ラジャンたちはああ言うけど、私は復讐するのも、誰かに代わりに殺させるのもごめんだもの。――テロリスト殲滅を実績にするの、あんただって嫌でしょ」

「それは、そうだが」

「作戦が失敗して犯人が捕まらなくても、次の総裁が撤退する理由は作れる。シャディクなら上手く利用するわよ。不採算だって喜んで凍結してくれる。あいつはこういう、面子にこだわるようなこと嫌いだもの」

 

 なんとも言えない顔のグエルに、ミオリネは肩をすくめた。

 

「あんたには悪いけどね。もし選挙に負けたら、私の相続する株式の譲渡と引き換えに、ジェタークを含めてこちらについた企業への支援を取り付ける。それで手打ちになると思う」

「遺産まで放棄する気か」

「株式会社ガンダムを続けるだけの資産が残ればいい。それに忘れたの? 私は最初から、全部捨てて地球へ行くつもりだったのよ」 

 

 ミオリネは再び窓の外を、軌道エレベーターに背を向けデモ隊と対峙するエアリアルを見た。 

 

「お父さんが死んだのは悲しいけどね。だけど、殺されるだけのことはしたって、わかっちゃったから」

 

 ドアが開き、ケナンジが顔を出す。

 

「面談の用意が調いました。こちらへ」

 

 着慣れない野戦服と防弾ベストに身を包み、ミオリネは誰ともなしにつぶやいた。

 

「行くわよ」

 

 

 ◇

 

 

 自治体の代表者たちは、挨拶もそこそこに言い放った。

 

「我々の要求は一つだ――今すぐ部隊をまとめて街から出て行け」

 

 一瞬ひるんだものの、ミオリネはすぐに居住まいを正す。

 

「市街を荒らしたことについては申し訳なく思います。ですがガンダムが確認され、テロリストが立てこもっている以上こちらも治安維持活動を行わないわけにはいきません。これまでの被害は補填いたします。すみやかな撤退のためにも、協力をお願いします」

 

 代表者たちは鼻で笑った。

 

「1652人も連行しておいてまだ解決できないのに? これ以上何を協力しろとおっしゃる」

「解決など簡単でしょう。スペーシアンがいなくなれば奴らも出て行く」

「市民の避難すら満足にさせないくせに、何が補填か。お嬢様の仇討ちごっこに、あと何人巻き込むつもりだ」

 

 絶句するミオリネの隣で、グエルはかつての会話を思い返した。

 なるほど、交渉できる相手がいないとはこういうことか。

 

 目の前の代表者たちは、話し合いで何かを勝ち取りに来た様子ではない。撤退の要求ですら通るとは思っていないように見える。呼び出されたから来て、文句の一つも言えれば十分。そういう風だ。

 指導者の不在。また一つ言われたことを思い返す。この代表者たちも、地域の知識人というだけで政治家ですらないかもしれない。

 

 ミオリネの立ち直りは早かった。背後に控えていた現地指揮官を呼び、その場で避難誘導を指示する。

 

「エレベーター直下のシェルターを開放、デモ隊の避難誘導を始めて」

「まだ工作員が紛れ込んでいる可能性があります。保安検査が間に合いません」

 

 否定する指揮官に、ミオリネは周辺地図を示す。

 

「8番と13番なら安全上問題ないでしょ。搬入ゲートを開放すれば彼らをまるごと収容できる。――倉庫街の蜂起時に、民間人も複数巻き込まれてる。このまま外にいたら、デモ隊を盾にされかねないわよ」

 

 ケナンジの反論がないのを見て、現地指揮官は渋々命令を伝達した。

 

 代表者は鼻白んだ顔をした。

 

「今更保安活動などされても、出せる情報などないぞ。倉庫の連中、サイバーダイン社と名乗っていた連中については、先に話したことしか知らんのだ」

「フォルドの夜明けじゃないのか?」

 

 グエルは目を見張った。

 

「どうせダミー企業だろう。だが、ここ数ヶ月あそこに宇宙からの搬入は行われていないし、グラスレー社との通信も確認できなかった。そちらは信用しなかったがな。――第一我々には、ベネリットと交渉する手段などない」

「どういうことだ?」

 

 食いつくグエルに、代表者はあきれた顔をした。

 

「なぜも何も、仮に我々が人質を抱えていたところで、そちらは話し合いなんぞに応じるのか? 交渉とは双方に信頼あってのものだ。あなた方らが我々を信じないように、我々もあなた方を信用しない。

 そもそもアーシアンが交渉の窓口を持っていると思うのか? お嬢さんとの面会自体、ベネリットが言い出さなければこちらからは打診すらできなかったのだぞ」

 

 グエルは目を見開いた。

 

 轟音とともに、部屋がわずかに揺れる。デモ隊から悲鳴が上がる。

 ノックの音とともに、防弾装備の男が駆け込んでくる。

 

「――隊長、レーダーに反応。北北西にて、複数の熱源を探知」

 

 スキンヘッドの男が頷く。

 

「MSか。――ミオリネ様、そろそろ指揮所へ。あそこなら安全です」

 

 暗に閉会を進言され、ミオリネは代表者らへ頭を下げる。

 

「お時間をお取りいただき、ありがとうございました。私が言うことではありませんが、あなた方もシェルターへ」

「――お気遣いいただき、どうも」

 

 友好的とはいえないなりに、二人は握手を交わす。代表者らを見送り、ミオリネはじっと考え込んでいるグエルを伺った。

 

「あんた、さっきからどうしたの?」

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 グエルはぽつりとつぶやいた。

 ずっと引っかかっていた疑問が、堰を切って流れ出す。

 

「なあミオリネ。もしプラント・クエタでデリング総裁が誘拐されてたら、お前どうしてた?」

 

 ミオリネは即答した。

 

「交渉するわよ。身代金だって払う。執行部が渋っても、どうにかして資産をかき集めた」

「ああ、俺だってそうする。だが要求されたのはキャッシュだけじゃない、地球上の資産だ。どうあがいてもすぐに引き渡しなんかできないはずなんだ」

 

 強情な重役たちはテロリストに屈することを拒むだろう。犯人を捕らえようと余計な知恵を巡らし、交渉を台無しにしていた可能性すらある。

 固定資産を身代金とするのは、親族の同意だけでは不可能だ。それ以上に引き渡す上での手続きが煩雑にすぎる。関係各所との折衝、書類の書き換え、従業員の立ち退き、出資者への説明。誘拐から数日そこらでできる取引ではない。

 ジェターク社にはアーシアンと交渉する伝すらなかった。ヴィム・ジェタークが死なずに誘拐されていたとしても、取引成立まで長くかかったはずだ。

 宇宙へ帰って以来、穴が空くほど眺めた資料を取り出す。

 

 違和感はここだ。

 身代金の受け渡しがスムーズすぎる。

 

「内通者はいた。施設の構造もばれていた。なら犯人からすれば、クエタでデリング総裁を誘拐する手もあったはずだ。その方が手に入る資産もグループへのダメージも圧倒的に大きい。父さんや他のCEOが対象でもよかった。だが連中が選んだのは暗殺。職員の拉致すら考えていなかった」

 

 グエルが連行されたのは全くの偶然だ。だが身元が割れた後も、彼らがジェターク社と交渉する様子はなかった。誘拐計画があったなら、そのまま転用できたはずなのに。

 

「なぜ父さんやデリング総裁では駄目だった? サリウスCEOとの違いは何だ? ――グラスレーの資産であれば、簡単に取引できる算段があったからじゃないか?」

 

 ミオリネが目を見開いた。

 

「先に総裁を暗殺したことも説明がつく。総裁の性格上、傘下のCEOが誘拐されたら自分が陣頭指揮を取るし、交渉そのものを認めない可能性が高い。だから先に襲撃して、自分が交渉のトップに立てるようにした」

「お父さんがいなくなれば、総裁選を起こせる。ベネリットグループを丸ごと手に入れるチャンス。総裁にさえなってしまえば、犯行をうやむやにできるし資産も自由に動かせる。

 ――お父さんとサリウスCEO、両方が邪魔なのはシャディクだけ」

 

 顔を見合わせる二人に、ケナンジがまったをかける。

 

「筋は通っています。ですが、このままでは証拠がない」

「学園よ。シャディクはいつも、大切なものは手元に隠す」

「CEOの身柄か。俺が行く。ラウダもまだ向こうにいるはずだ」

 

 業務用の端末を取り出しながら、ケナンジが歩を進めた。

 

「主犯の逮捕が優先だ。私も同行します。作戦監督は現地指揮官へ委譲。地上のMSは残しますが、こちらの作戦はプロスペラCEOにお任せすることになります」

『私はかまわないわよ』

 

 インカムからプロスペラの声が応える。

 

 その時、生徒手帳の受信音が鳴った。ジャミングを回避された端末で、二人は同時にメールを開く。

 

「ラウダから……? あいつら、嘘だろ!?」

「うちの社員も同じ結論みたい。作戦開始は……2時間後? 間に合う?」

 

 文面を見せられたケナンジは顔をしかめた。

 

「ジェターク艦隊がいるなら、逃亡は難しいでしょう。こちらも急がねば」

 

 二人は軌道エレベーターへ走り出した。ラジャンの手配が早く、先に出立の連絡が届いている。

 エレベーターの上昇を今か今かと待ちながら、ふとケナンジが疑問を口にする。

 

「黒幕がシャディク・ゼネリなのは分かります。ですが、クエタの内通者ではない。そちらに心当たりは」

「……そっちの正体も分かりましたよ」

 

 プラント・クエタで生き残った職員は、全員が取り調べを受けている。総裁と面会した人間は特に。

 

「一人だけいるんです。現地にいて、当日の行動が分かっていない人間が」

 

 

 ◇

 

 

 指揮所へ誘導されながら、ミオリネは窓の外を見た。遠方で噴煙が上がり、MSが武器を構える。シェルターへ殺到するデモ隊を、治安維持部隊がどうにかコントロールしていた。

 

「レーダーに反応、ミサイル複数を探知!」

「やはり民間人にもお構いなしか」

 

 オペレーターのやりとりが慌ただしくなる。

 案内された席で、ミオリネはポケットの生徒手帳を握りしめた。プロスペラに通信を繋ごうとして、止める。

 謎はグエルが解いた。なら、今戦っている相手は誰なのだろう。

 

「こっちの作戦は、本当におとり? 私たちが間違えたの?」

 

 タブレット越しに戦況を見つめる。

 敵MS出現。パーメット識別コード未確認。ガンダムが複数。

 エアリアルが前線へ飛んでいく。

 

 ノーマルスーツ越しに動悸を押さえながら、ミオリネはひとり呟く。

 

「シャディクにガンダムを提供して、得られる利益があったの? ……そうじゃないなら、彼らの目的は何?」

 

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