ダリルバルデを納めたコンテナごと軌道エレベーターに乗り込む。はやる気持ちを抑えながら、グエルはパイロットスーツに着替えた。足下の街が遠ざかっていく。
ヘルメットを被るのもそこそこに、コクピットに生徒手帳をセット。コンソールを立ち上げ、現在位置を確認する。エレベーターは中間圏を通過、カーマンラインを抜けようとしている。
「予備選力の配置……こんなに少ないのか?」
戦闘指揮システムにアクセス、総指揮所に残された戦力を確認する。ユリシーズを拠点にMS隊の即応体制が整っているが、素人目にも守りが薄い。この状況で、学園へ向かうだけの戦力を引き抜けるのだろうか。
「――逆だ。地上をおとりにして、宇宙から戦力を引き剥がした」
地球から宇宙へ上がるのは容易ではない。それはスペーシアンでも同じだ。降下はともかく、大気圏を上昇するには軌道エレベーターを使うしかない。
MS隊の大半は地上に送られ、容易に宇宙へは戻れない。援軍を絶たれたのはこちらのほうだ。
全身にわずかな重みがかかり、エレベーターが止まる。ダリルバルデのレーダーに反応。同時に、けたたましいアラームが鳴り響いた。
◇
――軌道エレベーター上空、ユリシーズ停泊地点。
襲撃の報告が届いてなお、作戦本部は冷静さを保っていた。
『ミサイル全弾、ガンビットによる撃墜を確認。』
『敵MS部隊、第一次防衛ライン突破。ガンダム、無人機ともに多数』
『民間人の退避、70パーセント』
「現地指揮官へ伝達、作戦通りに進めろ。想定の範囲内だ」
ユリシーズのCICに陣取り、ラジャン・ザヒは淡々と指示を続ける。命令は即座に伝達され、オペレーターらが整然と機器を操作する。総裁直属の古参兵らは、一切動じることなく任務を遂行していた。
『ケナンジ隊長より具申! 人質がアスティカシア学園に拘留されている可能性、部隊の派遣要請です』
「予備隊を当てろ。フロント管理会社へ協力を要請。周辺哨戒中の機動艦隊へ連絡、ケナンジに同行させろ」
『学園への通信途絶……ジャミングです!」
「……何?」
ラジャンの指示が止まる。図ったようなタイミングで、艦載レーダーがアラートを鳴らす。
『アンノウン接近!』
『パーメット識別コード確認、例の無人機です』
「狙いはエレベーターか。ベギルペンデを出せ」
メインモニターに艦外カメラの映像が投影される。地上に現われたのと同じ無人機――ガンヴォルヴァが12機。軌道エレベーターを包囲するように接近している。
ユリシーズのハッチが開き、紫のMSが発進する。特徴的なシールド――アンチドートを備えた機体を前に出し、三機一組で対処に当たる。
「優先して本体を探せ。そう遠くにはいないはずだ」
学園での戦闘は分析済みだ。本体たるガンダムはともかく、無人機の運動性は低い。エアリアルのいる地上へ配備できなかった分、アンチドートを備えたMSは軌道上の部隊に集中していた。
高速で接近するガンヴォルヴァへ、整然と向かっていくベギルペンデたち。そこへ、新手が現われる。
『熱源反応! ミサイル接近!』
『第2中隊へ伝達、対処に当たれ』
こちらもベギルペンデが対処に向かう。MS登載用の小型ミサイルだが、数だけが多い。ユリシーズはともかく、軌道エレベーターの損傷だけは避けなければならない。
「こいつらはおとりだ。警戒を怠るな」
ラジャンが檄を飛ばす。余力は十分とはいえ、対応にMSを割かれている。どこかに隠れている本体が、こちらの隙を狙っているはずだ。
「ケナンジに伝えろ。襲撃はこちらで対処する。準備ができ次第学園へ向かってかまわん」
モニターには接近するガンヴォルヴァと、それを待ち受けるベギルペンデの姿。ライフルを乱射する無人機に対し、大型の盾が変形、アンチドートが起動する。ガンヴォルヴァの足は、それで止まるはずだった。
シェルユニットが不吉に輝く。
次の瞬間、ガンヴォルヴァは自爆していた。
包囲していたベギルペンデが吹き飛ばされる。破片の直撃を受けた機体が上半身を失う。残る2機も手足を欠損、回転しながら彼方へ吹き飛ばされた。
穴の空いた防空網に、さらなる攻撃が迫る。
『第三小隊全滅、戦闘不能!』
『小型ミサイル、第2波接近!』
「全部隊に伝達、可能な限り遠距離から対処しろ! エレベーターに近づけるな!」
にわかに慌ただしくなる艦橋で、オペレーターの一人が声を上げる。
『ミサイルの発射地点を特定! 左舷上方1-5-4!』
「最優先で叩け! 砲術班用意、ミサイルはこちらで対処しろ」
混乱の中、ガンヴォルヴァの迎撃に成功した部隊が、ミサイルの発射地点へ向かう。
民間施設の周辺ということもあり、普段から掃宙が行き届いている。小隊は互いに距離を取り、索敵範囲を広げる。一機が熱源を感知し、高速で接近。残る二機がフォローに入る。隠れるような場所はない。
はたしてそこに漂っていたのは、放棄されたミサイルポッドだった。
『現場へ到着、ガンダムは確認できない。……一体どこへ』
『ロッシ、上だ!!』
カメラを向ける前に、小隊のベギルペンデをビームが貫いた。
◇
ガンビットという兵器が誕生した時点で、指摘されていた事実がある。
どれほど優れたパイロットであっても、MS本体とガンビット、両方を十全に動かし続けることはできない。ガンドアームというMSの不完全さがそれに拍車をかける。訓練で克服しようにも、完熟した頃にはパイロットの寿命が尽きてしまう。
初期に開発された機体では、そもそも継続しての使用を放棄していた。通常の武器より高い運動性で敵を狙えればそれでいい。量産型ルブリスの吸着地雷は、その場で使い切ることで火力とパイロットの負担軽減を両立させるという思想の元で設計された兵器だ。一方、MS単独でドローン同様の包囲攻撃を行う、というコンセプトの兵器は、その後も研究が続けられている。
ガンビットの小型化技術はヴァナディース機関と共に失われた。そのためオックスアースにおける開発は、MSそのものをガンビットに仕立てるという形へ発展していく。
プラント・クエタ襲撃の準備をしていた頃、少女たちに聞いたことがある。ガンダムとガンヴォルヴァの連携は、実際どの程度まで可能なのか。
二人の答えは簡単だった。
「2機くらいだったらわりと連携できるけど、多いと無理。わたしで6機、ノレアは10機までいけるけど、操作パターン作っててきとーに乱射させるのが限界かなあ。どっかに36くらい同時操作できる子がいるらしいけど、そいつも決まった動作しかできないんじゃないかな」
「……広範囲の破壊には向いていますが、数が増えるほど複雑な作戦は難しくなります。初見は有効ですけど、二度目以降はだいたい対応されますね。あれも貸与品なんで、壊すと上がうるさいですし」
配給のチョコレートバーをかじりながら、ソフィとノレアはそうごちた。
――俺には無理だ。付け焼き刃の運用では、彼女たちほどの指揮は執れない。ましてや相手はドミニコス隊。ガンダムへの対処に最も慣れた連中だ。
ならば使い方は一つ。旧型の吸着地雷同様、戦闘前に消費しきるしかない。
幸い雇い主には後がない。機材の返却など考えなくていい。
通信を極力制限するため単純な命令しかできなかったが、かえってそれが功を奏していた。アンチドートで動きは止められても、慣性と破片は止められない。自爆を続けるガンヴォルヴァの影で、それは静かに進撃を始める。
潰したベギルペンデからはもう離れている。最後のミサイルを発射し、その場でコンテナをパージする。全身に施された電波吸収性塗料がレーダーを拡散する。慣性とわずかな方向転換で進路を定め、探知されることなく移動を続ける。ステルス機として調整されたMSは、ものの数分でユリシーズ直上へたどり着いた。
真下をにらむ。地球と、軌道エレベーターと、懐かしい艦艇が一点に重なる。改装こそされていたが、情報通り、艦橋の位置は変わっていない。その下にあるCICも。
ベネリットは営利に傾きすぎた。敵の撃滅でなく固定資産の保護に尽力せねば、株主から愛想を尽かされる。象徴としてユリシーズを持ち出したはいいが、艦につくはずの直掩は、ほとんどが軌道エレベーター防衛に回されていた。司令部の守備さえ忘れて。
「まだデリングの副官でいるつもりか――それが命取りだ」
ガンヴォルヴァの指揮を停止する。シェルユニットが発光、背部のアンテナが変形し、巨大な砲身に姿を変える。チャージが始まる。
追い詰められた結果か、それとも月の圧力か。崖っぷちのオックスアースは再び斬首戦術を選んだ。
今のベネリットグループはラジャン・ザヒの手腕一つで保っている。彼の首が落ちた時点で、グループの中枢は簡単に麻痺するだろう。総裁選の結果もレンブランの娘も関係ない。ここでユリシーズを撃沈させれば、ベネリットは内側から崩壊する。
レーダーがエネルギー源を探知した瞬間、そのガンダムはスラスターを吹かせ、真下へ一気に加速した。
◇
「鈍ったものだな。狙いはこちらか」
ラジャンは忌々しげにモニターを睨んだ。
黒地にシルバーの斑点、宇宙用迷彩を施されたルブリスが突撃する。
CICにアラートが鳴り響く。すでにロックオンされている。ベギルペンデが駆けつけるが、間に合わない。艦橋ごと司令部を撃ち抜くべく、背中の砲身が赤黒く輝く。
砲身が発光する。
横から赤い機影が割り込む。
迷彩色のガンダムが押しのけられ、ビームが明後日の方向へ飛ぶ。
『やらせるか!』
ダリルバルデのコクピットでグエルが叫ぶ。
フットペダルを踏み込み、ガンダムを引き離すべく加速する。
接触回線から通信。聞き覚えのある声。
『お前か、小僧』
『オルコット!?』
動揺した瞬間、ダリルバルデのアラートが鳴る。強引に機体をねじり、迷彩のガンダムが砲身を向ける。再びのチャージ。
ダリルバルデの装甲を、フェイズドアレイキャノンが直撃した。