デリング・レンブランの死は、速やかに太陽系全域へ伝えられた。
多くのスペーシアンが形式的な哀悼の辞を寄せ、ベネリット傘下のフロントでは活動自粛が表明される。
同時にその裏で、次の総裁を巡る対策と暗闘が、すでに幕を開けていた。
アスティカシア学園も例外ではない。
喪に服す、という名目で授業はすべて休講となり、校舎からは人の気配が消えている。ランブルリングでのテロの余波もあり、帰宅する生徒も少なくない。
だが、生き物の世話はその限りではない。テロが起きようがMSが暴れようが、餌やりと清掃は毎日行わなければならないのである。
箒を片手に、アリヤ・マフヴァーシュはぼんやりと寮の屋根を見上げた。
外には青空を模した天井。時刻表示は13時を過ぎている。普段ならとっくに掃除を済ませている時間だ。地球寮の厩舎では、ニワトリたちが遅れた餌を必死についばんでいた。
「どうしたものかな」
「何を?」
奥で寝藁を取り替えていたティルも、同じように手を止めていた。
「あれもこれも、さ。何から考えていいかわからない」
「気になるなら、占ってみる?」
「あいにく、何を占うかもわからないんだ」
ランブルリングの終了後。地球寮の面々がフロント管理会社の取り調べを受け、テロ容疑をかけられたニカの失踪が明らかとなり、謹慎処分を受けてから早数日。
寮内の空気は、いまだに沈みきっていた。
チュチュはずっと荒れている。オジェロもヌーノも口数が減り、特にマルタンの様子がおかしい。
アリヤ自身も寝不足が続いていた。動物たちの世話だけは欠かすまいと、比較的健常なティルと共に、こうして外へ出てきている。
「なら、今日の夕食は? スレッタが献立に困っていた」
「ありがたいけど、あの子一人に任せるのは怖いな。これが終わったら手伝いに行こう」
スレッタだけが、いつも通りだった。
六時に起床し、体調を崩したリリッケの代わりに朝食を用意し、休講中の宿題をこなし、ミオリネのトマトを世話しに出て行った。
「あの子も平気なわけではないだろう。ソフィとノレアのベッドを片付けたのはスレッタだよ。むしろできるだけいつも通りに行動することで、自分をコントロールしようとしてるんだと思う。……そうすることに、慣れている気がする」
アリヤの呟きに、ティルは静かに頷く。
「ニカも、そういうところがあった」
「そうだな。たぶん境遇が似ているんだろう。あの子たちは心配をかけたがらない。調子が悪くても表に出さないし、自分をごまかすために笑う。――動けなくなったら、追い出されると思っているみたいに」
テロリストと繋がっていたのも、そういうことなのかもしれない。
掃除を再開しながら、ティルが口を開く。
「推理……というか勘だけど。フロント管理会社は、まだニカを見つけていない」
総裁襲撃が暗殺に変わり、ベネリットグループの艦隊は軒並み捜査に駆り出されている。学園の港にも厳重な検問が敷かれ、生徒の帰宅は滞っていた。
すり寄ってきたティコのあごを撫でてやりながら、アリヤは小さく頷いた。
「私もそう思う。二度のテロで、警備責任者のメンツは丸つぶれだ。ニカが本当に捕まっているなら、容疑者確保をアピールしていないとおかしい。何か知っているなら、マルタンの方じゃないか?」
「そっちは本人が話すのを待とう。無理矢理聞き出しても、今は落ち着いて話せない」
捜査状況を知りたいが、つてがない。こういうときは立場の低さがうらめしい。
唯一の頼みの綱は、学園どころではないはずだ。
「ミオリネに報告は?」
「メールはしたが、まだ返事がない。無理もないけど」
株式会社ガンダムの社長にして地球寮生の上司であるミオリネとは、テロ以来連絡が取れていない。社長が喪中であることを理由に、株式会社ガンダムも休業中だ。こちらへ弔電を送ってきた企業へは、アリヤたちが代わりに対応している。
「会社もどうなるかな」
「分からない。私たちの実質的なスポンサーはデリング総裁だ。彼の後ろ盾がなくなったら、MS評議会がエアリアルへの対処を変えるかもしれない」
株式会社ガンダムは元々、エアリアルとスレッタを守るために立ち上げた企業だ。ガンド義肢という具体的な商品が出てきたことでMSから離れつつあるが、外部はそう考えていないだろう。
「止めたくはないな」
箒にもたれ、アリヤは今日一番の溜息をついた。
「たぶん、チュチュ以外そうだと思うんだが。うちの寮の子はみんな、地球に戻ることを期待されてないだろう」
ティルは無言で頷いた。
「先輩たちもそうだった。私たちに期待されているのは故郷で働くことじゃなくて、宇宙に地球企業の足がかりをつくる事だ。卒業したらフロントで就職して、支援事業なり業務提携なりの窓口になる。そうやって地球の立場を良くする……リリッケは疎開の意味合いが強いかな。あの子の地元は、最近きな臭くなっていたはずだ」
家の話をしない面々もいる。ニカとヌーノには、たぶん帰るところすらない。
「スレッタもそうだと思う?」
「水星を出るとき、お守りと寄せ書きを貰ったそうだ。期待されて送り出されたのは本当だよ。でも、あの中に、帰ってこいという言葉は一つもなかった」
故郷の話をするとき、スレッタは意図的に言葉を選んでいる。いい思い出だけを選んで話している。
皆が、帰れる場所を欲している。
「本音を言うとね。株式会社ガンダムの話が出たとき、私はほっとしたんだ。卒業しても一人にならなくてすむって」
こぼれた餌を探して駆け回る鶏たちを眺める。
「バラバラに勤めるより、地球出身者を受け入れられる企業が一つあった方がありがたい。水星も含めて、フロント以外の出身者の足がかりとして、株式会社ガンダムを残したい。これからどうなるかわからないけどね」
青空は徐々に日を陰らせ、夕暮れの色に切り変わっていた。放課後の賑わいは、どこからも聞こえてこない。
「それも含めて、社長を待つしかないか」