「閃光のハサウェイ キルケーの魔女」公開おめでとうございます
クインハーバー市街地、最前線。
エアリアルのコクピットで、プロスペラは暗号通信を受け取った。
コンソールに光が走り、秘匿回線に切り替わる。この会話がベネリットに聞かれることはない。
エアリアル――エリクトの力は、もうそこまで達している。
「ゴドイ? スレッタは見つかった?」
『――申し訳ありません。作戦は成功したのですが……』
いつになく歯切れの悪い様子で、秘書はフォールクヴァングの顛末を語った。
こめかみが引きつるのを感じながらも、プロスペラはゴドイをねぎらう。
「……そう。あの子が無事ならそれでいいわ。ご苦労だったわね」
コンソールが点滅する。さらなる情報が送られてくる。エリクト曰く、キャリバーンの機動はスレッタの操縦と一致していた。現状はともかく娘は生きている。それでよしとするしかない。
「急かせて悪いけれど、予定通り撤収にかかって。研究室は放棄、クワイエット・ゼロは予定の航路に。地上は私たちだけで大丈夫」
『了解』
通信が切れる。再びコンソールが点滅する。ゴドイのもたらしたもう一つの情報、月艦隊の襲来を確認し、プロスペラはつとめて冷静に話しかけた。
「ええ。学園の方もなんとかしないと。エリィ、あなたは先にサブユニットへ向かって。大丈夫よ、こっちの作戦は私だけでなんとかする」
コンソールを白い光が取り巻き、すぐに消える。エリクトが通信に集中したことを確認し、プロスペラは深い溜息をついた。
「いろいろと予定外だったけど、なんとかなりそうね」
デリング・レンブランが死に、クワイエット・ゼロが凍結された時はどうなることかと思った。総裁選やベネリット内部のスキャンダルを使って時間を稼ぎ、プロスペラ自身への疑いすら利用してここまでこぎ着けた。テロの犯人がシャディク・ゼネリと聞いて耳を疑ったが――「え、そうなの?」と聞き返すエリクトに、さすがのプロスペラも言葉がなかった――それすら作戦に使わせてもらった。
エリクトは遠くへ意識を飛ばしている。スコア8へ到達し、あらゆるパーメットを支配する力を得た娘は、もうMSに閉じ込められてはいない。
けれど、まだ追い求める自由にはほど遠い。エリクトの真の自由を、エリクトのための世界を作り上げるために、まずは邪魔者たちを始末しなければ。
アラートが鳴る。同時にレーダーに反応。周囲のベギルペンデが一斉にライフルを構える。ミサイル多数接近。
「こちらエアリアル、誘導弾を確認。迎撃に当たります」
プロスペラはガンビットを解き放った。エリクトの意識はここにないが、カヴンの子らは残っている。11のエスカッシャンが市街地を覆い、広がるシールドがミサイルを弾き返す。
市民の避難は終わっていない。アーシアンを巻き込んだ攻撃に動揺するパイロットを、司令部が一喝する。さらに郊外で爆発。レーダーが発射位置を計測、北東へ警戒を向ける。
『誘導弾、発射ポイントを特定。第2中隊出撃、掃討に当たれ』
第二波がくる。放たれたミサイルは、ガンビットの防御を掻い潜るように有機的な軌道を取り、上空から破片をまき散らす。
「……使い捨てのガンビットか。来るわね」
第三波が直上で弾ける。レーダーにさらなる反応。地上すれすれにMSが接近している。ベギルペンデの小隊が対処に向かい、街外れで激突する。左右からライフルを撃ちかける紫のMS。その背後に無数のガンビットが回り込み吸着、爆発した。
『第3小隊、敵MSと会敵! パーメット識別コード判定、ガンダム複数を確認!』
『エアリアルは誘導弾に対応中、オーバーライド使用不能。第1中隊、迎撃に当たれ』
幹線道路上を水色のMSが侵攻する。背中にはガンビットランチャー、あるいはミサイルユニット。全身を赤く光らせている。
量産試作型ルブリス。かつてプロスペラの夫や同僚が乗っていた機体。
「まだこんなに残っていたなんて、ね」
操縦桿をきつく握り、プロスペラはエアリアルのスラスターを吹かせる。今のエアリアルでも、ミサイル防衛とオーバーライドは同時にはできない。地上の敵は、プロスペラ自身が叩かなければ。
ガンビットが新手を探知。道路の一部が陥没し、新たな量産型ルブリスが出現する。エアリアルはビームライフルを撃ちながら接近、サーベルを抜き、上空から唐竹割りに切りつける。フットペダルの踏み込みが甘い。狙いは外れ、頭の代わりに切断されたガンビットランチャーが吹き飛ぶ。スラスターをふかして回避するルブリスを、待ち構えていたベギルペンデの十字砲火が襲う。
コクピットを貫かれ、残る
コンソールにメッセージが表示される。カヴンの子らの観測結果に、プロスペラは目を細めた。
「そう。ようやく出てきたのね、
子どもを使わなかっただけ褒めてやってもいい。
狙い通り引きずり出された敵に、プロスペラは唇をつり上げる。
なにせこの戦闘は、オックスアースを一網打尽にするためにプロスペラが仕組んだものなのだから。
プロスペラのしたことは単純だ。オックスアースの拠点をベネリットへ、ベネリットの作戦概要をオックスアースへ伝えた。大まかにいえばそれだけだ。
ゴドイの伝で情報を集め、出所がわからないよう工作はしている。タイミングを計り、真偽不明の情報を織り交ぜ、それぞれが知りたがっていることを複数ルートで伝達した。ベネリットは威信を守るための戦果を求め、フォールクヴァングをベネリットに潰されたと誤解したオックスアースは破れかぶれの報復に出た。相討ちを狙う存在に気づくことなく、皆プロスペラの思うとおりに踊ってくれた。
インカムがノイズ混じりの命令を伝える。
『ユリシーズより伝達、軌道エレベーター上空でもガンダムを確認。増援は見込めない。いまある戦力のみで対処せよ』
上でも戦闘が始まったらしい。こちらも上手くいっている。指揮所の場所さえ伝えておけば、誰かが襲撃してくれるだろうと思っていた。
道路にさらなる陥没。新たな量産型が姿を見せる。奇襲を受け、直上にいたベギルペンデが1機下半身を失う。ルブリスの全身が発光し、ガンビットランチャーが吸着機雷を放つ。
「残念。それ、目視でないと上手く吸着しないのよね」
手頃なビルに機体を隠し、プロスペラは引き金を引いた。ロングレンジモードに切り替えたライフルで、発射直後の機雷をすべて撃墜する。直後にスラスターをふかしその場を離脱。さっきまでいた場所を、別のルブリスのライフルが襲う。装甲をビームが掠める。また少し踏み込みが遅れる。急制動をかけて銃撃を回避、建物の背後に回り込み、鉄筋越しにライフルを撃ち込む。コンクリートに大穴が開き、その向こうでルブリスが沈黙する。
「ありがとう、大丈夫よ」
全身にかかる加重に、プロスペラは密かに息を整えた。カヴンの子らの呼びかけに、無理矢理にでも明るい声を作る。今の身体では全盛期のような操縦はできない。
何度も繰り返したエアリアルの起動実験か、それとも水星の環境か。プロスペラの身体は年を追うごとに衰弱し、言うことを聞かなくなりつつある。体力は落ち続け、ガンドがなければ長時間立つこともできない。
自分が長くないと分かった時、プロスぺラはベネリットへの復讐をやめた。
私の残り時間はすべて、娘たちのためだけにある。所詮踏み台でしかないレンブランのためになど、一分一秒たりとも使ってやるものか。
そう、私がやる必要などない。他ならぬデリングとノートレットの死に様がそれを証明した。
ラジャンらは最後までプロスペラを疑っていたが、それすら利用してやればいい。何しろベネリットに復讐したがっている者なんて、この世に大勢いるのだから。
『こちら第2中隊、敵MSおよびモビルクラフト隊を撃滅。誘導弾発射装置を確保。これより帰投する』
ベギルペンデの援護射撃が別のルブリスを転倒させる。飛来したガンビットたちがとどめを刺す。ミサイルが止まった以上、エスカッシャンを盾に回す必要もない。
次々に現れる量産型ルブリスも、すでにゴドイの調査通りの数が出そろっている。さすがは元ドミニコスというべきか、ベギルペンデらは順調に掃討を進めている。もう少し相討ちになって欲しかったが、欲は言うまい。
残るルブリスは5。エスカッシャンらの仕掛けた挟み撃ちに対し、ビームライフルを装備した一機が抵抗する。ビットには傷一つつかない。身体を持たせられなかったリプリチャイルドたちがせめて傷つかないよう、ガンビットの装甲は採算を度外視して作ってある。
ビームサーベルを抜く。ルブリスをこちらに引きつけるべく、正面から突撃する。破れかぶれのルブリスが頭部バルカンを乱射し、吸着地雷をその場で破裂させる。回避を図るが、また脚の反応が遅れる。エスカッシャンが目の前に割り込む。シェルユニットがひときわ強く輝く。モニターを爆発が覆う。
「――まったく、最後までエリィの邪魔をするなんて。許せないわよねえ」
自爆したルブリスを盾に、残る水色のMSが突っ込んでくる。振り下ろされるビームサーベルを受け止めながら、プロスペラはエスカッシャンへ援護射撃を命じた。
防御が間に合わず、防ぎ損ねたビームが一発、軌道エレベーターの方角へ飛ぶ。
◇
ガンビットが飛び交う。エアリアルがビームサーベルを振るう。水色のガンダムが倒れ、その下でビルが崩壊する。
軌道エレベーター地下。指揮所の片隅で、ミオリネはじっと推移を見守る。大型モニターの中でMSが飛び交い、報告と指示が淡々と交わされている。戦場の揺れこそ響いているが、ここまでは届かない。軌道エレベーターも襲撃されたようで、インカムにはダリルバルデ出撃の報告が入った。
――自分だけが安全な場所にいる。ミオリネは再びポケットの生徒手帳を握りしめた。
野戦服の大人たちが行き交う。ミオリネの動向など一顧だにせず、会話は頭の上を素通りしていく。
当たり前だ。交渉ならともかく、戦闘が始まった時点で自分にできることはなくなった。軍事に関しては完全な門外漢。ミオリネにはスレッタのような救助も、グエルのような操縦も、シャディクのような部隊指揮も、何一つできないのだから。
求められているのはただ、ここで戦争に立ち会うことだけ。グループ内でのミオリネの扱いは、父が生きていた頃から、何一つ変わっていない。
焦燥をごまかすために、手元のタブレットに目を向ける。各所に飛ばされたドローンが、崩壊していく市街地の様子を映し出す。
映像の一つに目を留め、ミオリネは息を呑んだ。慌てて指揮官を呼び止める。
「ちょっとまって、これを」
スキンヘッドの男がうっとうしげな顔をし、すぐに指示を出す。
「5番ブロックに民間人確認。子どもが取り残されている。付近に守備隊は」
「MS隊の直下です。地上部隊は撤退済み、近隣のシェルターまで100メートルです」
「接近はできんか。ドローンで音声誘導しろ。自力でシェルターへ行かせるしかない」
「助けにいけないの?」
愕然とした顔で、ミオリネは司令官に言い立てた。
5、6歳の子どもだ。瓦礫の中で、泣きながら立ち尽くしている。どう見ても自力で避難できない。
「救助側の安全を保証できません。付近のシェルターへ通達しますので、それでどうか」
指揮官が正しい。
頭の中で、冷静な自分が言う。
軍事作戦の最中だ。避難誘導だってした。部下が死ぬような命令を出さないのは当たり前。取り残された人が出ても、できるのは無事を祈ることだけ。責任者の仕事は、ここですべてを見届けて罪を負うことだ。
一方冷静じゃない方のミオリネは、大人の判断を受け入れられないでいる。
また他の誰かに戦わせるのか。
また他の誰かに命を賭けさせて、自分は安全な場所で文句を言うだけなのか。
それをしたくなかったから、地球までやってきたんじゃないのか。
唇を噛みしめたまま一向に引かないミオリネに、指揮官は面倒くさそうに命令する。
「後の指示はこちらで行いますので、席でお待ちください。――お父上もそれを望まれるはずです」
その一言で、ぷつんと何かが切れた。
もう一度状況を確認する。指揮所の位置、通路の構造、子どものいるブロックまでの距離。そこから一番近いシェルター。
口の中で呪文をささやく。
「ここでじっとしていれば、作戦は成功する」
進むのは間違いかもしれない。だけど、逃げるのはもっと間違っている。
「助けに行けば、あの子の命と、地球の人たちの信用が手に入る」
それから、もう一つ。
「ここで行かなかったら、私は二度と、地球寮のみんなと会社をやれない」
タブレットを操作する。呼び出した命令書にサインし、現地指揮官に押しつける。
「ミオリネ様、これは!?」
「今からやることに関して、あなたたちに責任は負わせない。音声でも記録したわよ、なんか文句ある?」
ヘルメットを被り、廊下を駆け出す。追ってくる者はいなかった。
シェルターを出た瞬間、熱風が吹き付けた。道路は縦横無尽に揺れ、そこかしこで火が噴き出している。どこか近くでビルが崩落し、もうもうと埃が舞い立つ。
現場までのルートは暗記した。今出たシェルターから200メートル、それだけの距離がやけに遠い。重力だけでなく、風と砂塵と爆発、あらゆる圧力が体を抑えつける。
ビームが真上を通過し、飛沫がアスファルトに穴をあける。
「なによ、私が怖がってどうするの」
子どもの泣き声が近づいてくる。ヘルメット越しに感じる炎、砲声、臭いに歯を食いしばる。これが本当の地球。会社の仲間や、幼なじみが育った場所。
地響きで何度も転び、ようやく子どもの側へたどり着く。泣いていた子どもが、ミオリネの顔を見上げる。爆音のせいで指示は聞こえない。シェルターの方角を指さし、背中を押して歩かせる。
ふと、子どもが上を見た。
空が光る。流れ弾。MSのビームキャノン。
ミオリネはとっさに子どもを抱え込む。
逃げてももう、間に合わない。
プロスペラ「……ノートレットのアカウント、削除しておかなくちゃ」