――軌道エレベーター上空。
また機体に助けられた。片方の
機体の足は止めず、周辺の状況を確認。軌道エレベーターは無事。先ほどの砲撃がかすめ装甲を破損したものの、ユリシーズもまだ指示を出し続けている。
レーダーが熱源を捉える。グエルは即座にスラスターをふかした。身体になじみ深い重みがかかる。加速と同時に機体はやや右に傾斜、地球の重力が強い。索敵しながらバーニアの出力を調整する。
マニピュレーターにはビームジャベリンの代わりに、ビームショットライフルと複合したガンブレイドが握られている。改修されたダリルバルデの調子は上々。各所に仕込まれたドローンも正常に反応を返す。久しぶりの操縦だが、感覚は衰えていない。
ビームバルカンが飛んでくる。メインカメラがようやく敵影を捉え、ダリルバルデのAIがロックオンをかける。バルカンの射線へビームショットライフルを撃ち返しながらも機体をひねり、シャクルロウを射出。両足から放たれたワイヤーアンカーが敵を捕らえる。
「いない!?」
投棄された大型砲にワイヤーが巻き付き、そこにビームが突き刺さる。爆発の余波で一瞬モニターが塞がれる。そこを狙って放たれた射撃を、グエルはかろうじて回避した。黒い迷彩が視界をかすめる。フェイズドアレイキャノンをパージしたガンダムが、左手のビームディフューズガンをこちらへ向ける。
『若社長!』
避けきれないと思った瞬間、横合いから援護射撃が入る。紫のMSの介入を受け、迷彩色のMSは素早く機体を翻した。
割り込んできたケナンジのベギルペンデは、すぐさまダリルバルデをカバーできる位置に入った。
「ケナンジ隊長、助かりました」
『あれを落とさなければ艦が出せません。実戦になります。やれますか?』
「――――やります」
グエルは操縦桿を握り直し、迷彩色のガンダムをにらみつける。
対峙するMSたちの足下に、青い地球が広がっている。
インカムに通信が入る。
『ユリシーズより伝達。残存する守備隊は司令部および軌道エレベーターの防衛を優先、ガンダムの相手はケナンジとジェタークCEOに委任する。これ以上の破壊を許すな』
シェルユニットが赤く輝く。一気にスラスターを吹かせ、敵のガンダムが吶喊する。グエルもまたフットペダルを踏み込み、オルコットを迎え撃つ。自在に軌道を変えて迫るガンダムに、あえて正面からぶつかる。躱そうとするガンダムを、上方へ回り込んだベギルペンデの射撃が襲う。しかし奇襲は読まれている。機体を反転させ撃ち返された射撃を、紫の盾が防ぐ。
『この動き、クルーウェルか!』
ケナンジの驚愕に、グエルは眼光を鋭くする。
「やっぱり元ドミニコスか。なんでテロリストなんかやってる!」
『嫌になったからだ! お前たちのような甘ったれたガキを守るのが!
チャージされたビームディフューズガンの一撃を、もう一方の大盾で受ける。防戦に回るダリルバルデへ、ケナンジから戦訓が送られる。
『ジェタークCEO、あれもガンダムです。エアリアルとは違い、パイロットの体格に応じてデータストームが発生しているはずだ。スコアを上げ続ける限り、奴の方が先に潰れます』
『どうかな。ガキどもが耐えたんだ。俺が耐えられないわけがないだろう!』
全身のシェルユニットを光らせ、迷彩のガンダムが旋回する。ダリルバルデとベギルペンデの射撃を難なく回避し、ユリシーズへの距離を詰めにかかる。通信越しの呼吸こそ荒いが、オルコットが力尽きる様子は全くない。
時間がないのはこちらも同じだ。射撃をいなしながら、グエルは歯がみした。早く学園へ向かわないとラウダが危ない。フェルシーにペトラ、寮生たち、駆り出された機動艦隊、全員が危険にさらされている。
「これ以上死なせてたまるかよ」
ダリルバルデのAIが狙いを定め、ドローンを発射する。ビームサーベルを展開したイーシュヴァラが2機、ガンダムを狙い、しかし外れる。時間差をつけてさらに2機を射出、こちらも当たらない。
グエルはモニターをにらみつける。照準がさっきからブレ続けている。宇宙に溶け込む配色に、電波を吸収する塗装。廃熱部を隠蔽する設計。機体の構造そのものが、AIの判断を妨げている。
「あのガンダムの特性か。AIじゃロックオンできない」
手動で狙うしかない。ドローンを呼び戻し、グエルはシステムを切り替える。ドローン4発をマニュアルで再射出、オルコットではなくその進行方向を狙い、軌道を制限する。同時に本体のスラスターを噴射、ガンダムが回避するであろう方向へ、全力でMSを飛ばす。
斜線上にガンダムが追い込まれる。マニュアルで照準を合わせ、今度こそライフルを構える。狙いは胴部。引き金に指をかける。
ひゅ、と息を呑んだ瞬間、ガンダムの射撃が足をかすめた。耳をつんざくようなアラートに、グエルは慌てて回避機動をとる。引き金は引けていない。今何を見たのか分からず、グエルは己の手を見た。指は硬くこわばり、がたがたと震えている。
隙を見せたダリルバルデに、迷彩のガンダムが追撃、瞬く間に距離を詰められる。こちらもビームバルカンを乱射するが、当たらない。とっさに振り抜いたガンブレイドはいなされ、至近距離に割り込まれる。
ガンダムが右腕を構える。マウントされた武装が変形し、パイルバンカーの先端が現れる。だがこの距離ならば、迷彩も役に立たない。前腕のドローンを発射しようとし、引き金に指をかける。今なら当てられる。そう思った瞬間、潰れたコクピットと父の断末魔が蘇る。またグエルの指が止まる。
巨大な杭が発射される。パイロットの代わりにダリルバルデのAIが反応、残った大盾が解き放たれ、パイルバンカーとダリルバルデの間に割り込む。真っ二つになるアンビカーと引き換えに、グエルは撃破を免れる。こめかみを冷や汗が伝う。すかさずケナンジの援護が割り込み、オルコットをその場から引き離す。
ひゅーひゅーと、かつてなく細い呼吸が耳につく。コンソールの動作は正常、なのに視野が全く合わない。震える身体、強ばる手足を押さえながら、グエルはそれでもダリルバルデを飛ばす。このままでは学園に間に合わない。撃てなくとも、せめて援護だけは果たさなければ。
強引にフットペダルを踏み込み、再度迷彩のガンダムへ接近、ケナンジのカバーに入る。無理矢理撃ったショットライフルは簡単に回避され、ベギルペンデへの射撃を止めるには至らない。
ケナンジとオルコットの実力は同等に見えた。腕前に差がないからこそ、ガンダムの推力にベギルペンデはかなわない。堅実に攻め続けることで紫のMSへダメージを与え、徐々にユリシーズへの距離を詰めている。
ビームディフューズガンの一撃がついにベギルペンデを捉え、片腕を吹き飛ばす。撃墜を見届けることなくガンダムは反転、ダリルバルデへ拡散ビームを発射する。グエルは強引に加速し回避、しかし動作を見切られている。
『狙いが甘い!』
回り込んだガンダムに行く手を遮られる。避けきれないと判断、接近戦に移行する。突き出したガンブレイドは、ガンダムの左肩に備わったシールドに受け止められる。
『それとも父親のことでも思い出したか? そもそもあのテロは』
「父さんが内通者だろ、知ってんだよ!」
あの日総裁と接触した社員は、全員が取り調べを受けている。残る容疑者はただひとり、聴取そのものができなかったヴィム・ジェタークだけ。
他の可能性がすべて消えたのなら、もう、それ以外ありえないじゃないか。
「だけどそれでも、父さんは、あそこで死んでいい人じゃなかった。あそこで死ぬべきだったのは、父さんじゃなくて――」
ガンダムの蹴りが命中し、コクピットが激しく揺れる。AIの緊急機能が作動、間合いを開けるべくドローンを放つが、ことごとく回避される。
視界はぼやけにぼやけ、目の前にいるMSの色すら判別がつかない。身体に染みついた操縦技術がかろうじてMSを動かしている。
一瞬、集中力が途切れる。ガンブレイドの先端が折れる。
オルコットは隙を逃さない。ダリルバルデの腕を押さえ、右腕の武装を向ける。
『所詮は学生か。その程度の奴が、戦場に出てくるな』
パイルバンカーが迫る。
グエルは先端を見つめる。
あと数秒で、父と同じ死に方をする。
本当なら数ヶ月前に至っていたはずの運命。
操縦桿を握る手が緩む。
避けなくてもいいのではないかと思う。
コクピットの片隅で、生徒手帳がメールを受信する。
弟にも寮生たちにも会社の人間にも苦労をかけっぱなしだ。
挙げ句の果てに、社員総出でこんな危険なことまでさせている。
グエルがとらなければならないはずの責任だ。
俺の不始末のせいで、あいつらにまで命をかけさせている。
――だけど、まだチャンスはある。
着信ボタンが点滅する。誰かが返事を待っている。
グエルの走るずっと先を、赤い髪の少女が駆けていく。
“失敗しても、取り返しのつかないことをしても、それで終わりにはならない”
今から帰れば間に合うだろうか。
あいつらが待っている。
行かないと。
モニターに焦点が合う。
手に力が戻る。操縦桿を引く。
全身のブースターを噴射し、機体を強引にずらす。パイルバンカーの先端が、胴体の端をかすめる。間髪入れずに膝をかちあげ、ペレットマインを発射。ダリルバルデもろともガンダムを爆破する。
閃光と煙幕がメインカメラを覆う。損傷を伝えるアラームが鳴り止まない。止まっていた息を吐き出す。素早く手を動かし、計器を確認する。装甲こそ破損しているものの、操縦に支障はない。
ペダルを踏む足が軽い。まだ生きている。
視界が戻る。スラスターの最適化を図りながら、ガンダムを探す。レーダーはあっさりと敵影を捉えた。装甲が破損し、片方のカメラアイが沈黙。右手のパイルバンカーも脱落している。だが全身のシェルユニットは、まだ光を失っていない。
火花を散らせながらも、ガンダムは姿勢を立て直す。シェルユニットが一際赤く輝く。おそらくスコアの上昇。一気に加速するガンダムに、グエルもまたダリルバルデを加速させる。
「まだやる気か、オルコット!」
『アンテナが折れれば降参するとでも思ったか? これは子どもの遊びじゃない!』
すさまじい機動力で飛び去るガンダムを、必死のダリルバルデが追う。調子の戻った身体にGが重くのしかかる。破損し推力の落ちたこちらに対し、ガンダムの推力は増すばかりだ。装備の大半を失い軽量化した機体を、スコア4の出力が後押ししている。2機の進行方向に、ユリシーズが待ち構えている。
無事なスラスターを最適化、残る武装を確認しながら、グエルは迷彩の剥がれたガンダムをにらみつける。
残る手札は少ない。だが、今の攻防でコクピットの位置が分かった。エアリアルやシュバルゼッテとほぼ同じ構造、装甲もそれほど強固でない。あと一度、狙いさえつけられれば、こいつを無力化できる。
ガンダムの進路上に、紫のMSが割り込む。片腕を失ったベギルペンデが猛攻をかける。ほんの一瞬、軌道が交錯し、ベギルペンデをビームが貫く。
『ユリシーズ直掩部隊に伝達、敵の狙いは自爆だ。絶対に接近を許すな!』
コクピットだけは守り切ったケナンジの通信に、残存するMSたちが答える。グエルもまたダリルバルデを加速させる。無人機の運用を忘れてはいない。オルコットの戦術には間違いなく特攻が含まれている。作戦本部を巻き込んで自爆すれば、それだけで相手の勝利が確定する。
ユリシーズがせまる。戦闘の間に部隊が再編され、複数のベギルペンデが待ち構えている。ガンダムは止まらない。でたらめな推力でMS隊を翻弄、アンチドートをものともせず、防衛線を突破する。部隊が全滅するまでのほんのわずかな時間、オルコットの足が止まる。
艦橋は目前にある。シェルユニットを輝かせ、最後の加速を図るガンダムを、しかし何かが押しとどめる。足を止めた一瞬で追いついたダリルバルデのアンカーが、ガンダムの片腕を拘束、強引に牽引していた。
「やらせない……今度は、外さない!」
『ここまで来て、止められてたまるか!』
全力でスラスターを噴射し、グエルはガンダムをこちらへ引き寄せた。抵抗は一瞬でなくなる。武装ごと左腕を切断して脱出したオルコットが、再び標的をダリルバルデに定める。命を削った加速に、回避は間に合わない。ガンダムの最後の武装、右腕に内蔵されたビームサーベルが、ダリルバルデのコクピットへ向かってくる。
できる限りのコマンドを打ち込み、グエルは残る武装を射出する。
目の前へ刃が迫る。
グエルは引き金を引いた。
「父さん、俺は――」
ダリルバルデの胴をビームサーベルが貫通する。
同時に迷彩のガンダムの四肢を、射出されていたドローンが切断する。
シェルユニットが急速に出力を失う。ダメ押しとばかりに、漂っていたベギルペンデの
残る片目が光を失う。迷彩色のガンダムは完全に機能を停止した。
コクピットの中で、グエルはゆっくりと力を抜いた。ガンダムのビームサーベルは、装甲とコクピットの間すれすれを突き抜けていた。ありとあらゆる警報が鳴り、モニターには脱出勧告が表示されている。ジェターク社の装甲技術と、コクピットさえ避ければ生還できる安全性、その二つを信じた賭けだった。
ガンダムから通信がつながる。接触回線はまだ生きていた。
『小僧、貴様……』
信じられない、と言いたげなオルコットの声に、グエルはどこかすっきりとした声音で答えた。
「俺は、グエル・ジェタークだ。自爆はさせない。……同じ失敗は、二度としない」
インカムには戦況報告が届いている。いつの間にか地上の戦闘も収束していた。
救助用のモビルクラフトがこちらへ向かってくる。
『若社長! 早く脱出を! 回収はこちらで行います!』
脱出装置の動作を確認しながら、グエルは一足先に救出されたケナンジの通信に応えた。
「ケナンジ隊長、艦の用意をお願いします。急いで学園へ向かわないと」
ここで足を止めてはいられない。
自分はまだ、終わるわけにはいかない。
オリジナル機体
ルブリス・ハガル
・黒地に銀の斑点、宇宙用迷彩色のルブリス。パイロットはオルコット。
・ステルス機として調整された機体。全身に施された電波吸収性塗料、宇宙に溶け込む配色と廃熱部を隠蔽する設計により、敵のレーダーとAIによる探知の回避に特化している。
・武装はビームディフューズガン、大型パイルバンカー、頭部バルカン、ビームサーベル、フェイズドアレイキャノン。そのほかミサイルコンテナを搭載し、戦況によって不要な装備を投棄していく戦術をとる。単独で標的に接近し、弾切れになっても暗殺を成功させるための機体モデル。