水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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29.招かれざる客/決着

 ――軌道エレベーター直下。

 強風が吹き付け、ミオリネは必死で子どもを抱え込む。だけど、ビームは襲ってこなかった。

 ミオリネは呆然と顔を上げる。白と紫のMSが、こちらに背を向けて立っている。

 

「ミカエリス……?」

 

 片腕に装備された突撃槍が、続けて飛来したビームを弾く。決闘の時にはなかった装備だ。インカムからは遅れて、味方MSの到着を告げる通信が届く。

 

 背後で呼び声がして、ミオリネは我に返った。道路の向こうでシャッターが開き、避難民が手を振っている。先ほど交渉していた、自治体代表者の姿も見えた。

 

 MSの駆動音が聞こえる。改めて武装を構えるミカエリスの向こうに、水色のガンダムが迫っている。

 きょとんとしてる子どもを促し、ミオリネは後も見ず走り出した。

 

 

 ◇

 

 

 爽快だった。

 

「サビーナ、レネ、メイジー、イリーシャ、エナオ。ごめん、みんな。これで全部台無しだ」

 

 背部カメラが人影を捉える。ミオリネと子どもがシェルターに駆け込むのを見届け、シャディク・ゼネリは操縦桿を握り直した。

 

 状況は悪い。最悪の選択をしたという自覚がある。ここで執行部の作戦を、ミオリネを助けたところで、何一つメリットはない。むしろ不干渉に徹し、すべてが終わってから政敵を糾弾する材料にすればいい局面だ。自分たちの計画を考えれば完全な横道、悪手でしかない。

 

 だというのに、気分は妙に晴れ晴れとしていた。

 

 予告なく降下したミカエリスに、ベネリットの対応は遅い。もとより共闘するつもりはない。最低限こちらの識別番号だけを送信し、フットペダルを踏み込む。ガンダムはもう、すぐそこまで接近している。

 

 ビルの合間を縫い、ミカエリスはなめらかに飛翔する。この先2時方向、軌道エレベーターから4キロの地点で、ベギルペンデとエアリアルが敵MSを食い止めている。防衛を掻い潜ったガンダムが3機、エレベーターおよび作戦本部へ接近中。狙いはおそらく軌道エレベーターの破壊。残る兵器すべてを突撃させ、シェルターの避難民もろとも自爆するつもりだ。

 

「地球を裏切った企業が、今度は月に切り捨てられたか。皮肉なものだな」

 

 倉庫のガンダムを発見され、スポンサーからの支援も途絶えた。オックスアースの命運はとうに尽きている。ここでベネリットと差し違える以外の道はない。

 

「――だけど、ここから先は、一歩も進ませない」

 

 右手のストライクブレイスを放つ。有線式のユニットがビルを回り込み、その向こうに迫っていたルブリスの頭部へ肉薄、至近距離からビームガンを放つ。頭を潰され、それでもガンダムは止まらない。胴部へ狙いを変え、さらに砲撃を続ける。数発がコクピットを直撃し、ようやく1機が落ちる。

 

 足は止めない。即座にスラスターをふかし、次のガンダムを探す。周囲には複数の熱源。その場でくるりと振り返り、引き戻した右腕からビームマシンガンを乱射する。背後に迫っていた吸着機雷が撃墜される。さらに射線を上空へ向け、包囲を図るガンビットを破壊する。

 

「ガンビットがそっちにいるなら――本体はこちらからだろう?」

 

 滑り込んだビルの影に、果たして2機目のルブリスがいる。予想通りの動きに、シャディクは口角を上げる。

 当然の読みだ。こちらがどれだけエアリアルの戦闘を研究したと思っている。

 

 あり得ないと思いつつも、移動や休息の僅かな時間に、何度も何度も決闘の映像を再生した。いつか、まさかの時のために。自分で捨てた本当にわずかな可能性、スレッタ・マーキュリー(ホルダー)に再び挑むことが許された時のために。

 

 奇襲に失敗したガンダムが、ビームライフルを乱射する。ビルの表面がえぐられ、破片がミカエリスに降り注ぐ。

 

「ひどいな。これを復興するのにどれだけかかると思ってるんだ」

 

 明るい声音に、シャディクは自分が笑っていることに気づいた。

 

 らしくない。頭の中が空っぽで、負うべき重責も罪も何一つ考えていない。今まで貫いてきたことをまるごと投げ出して、ともすれば裏切るようなことをやっている。

 ずるいとさえ思う。自分はこんなにも卑怯だったかと思う。

 だけど。

 俺だって許されるならずっと、陰謀や政治に頼ることなく、戦果にさらされている誰かを助けに行きたかった。

 

 ビームを小盾で受け止め、再び身を隠そうとするガンダムを追う。下手な回避はできない。コクピットだけは守りつつ、流れ弾の発生を抑える。市街地を逃げ回りながらも、ルブリスは確実に軌道エレベーターへ接近している。

 受け損ねたビームがブレードアンテナをかすめ、今度こそシャディク声を上げて笑った。

 

 ルールは無用。生まれも、立場も、政治も、何もかもどうでもいい。

 もうどうなってもいい。

 今はただ、後ろのシェルターにいる、どこかの誰かを守ることだけ考えればいい。

 

 再びストライクブレイスを射出する。回避を続けるルブリスの進路へ撃ちかけ、その隙にビルを飛び越えて接近、直上から左腕のドリルジャベリンを打ち込む。ルブリスは機体をひねって回避、バイタルゾーンへの直撃を避ける。半端に突き刺さった槍に、シャディクは眉をしかめる。

 

 アラートが鳴る。フットペダルを踏み込むが、間に合わない。横合いから3機目のルブリスが現れ、ビームサーベルを振り抜く。突き刺さったジャベリンごと、ミカエリスの左腕が切断される。

 返す刀でミカエリスを狙うサーベルを、急制動をかけ回避する。全身にかかるGに耐えながら、呼び戻した右腕で反撃する。だがルブリスの方が早い。全身を赤く輝かせ突撃、ミカエリスを突き飛ばしビルへ叩きつける。明らかに跳ね上がった出力に、シャディクは歯を食いしばる。

 

 目の前に迫るサーベルを、手首をつかんで押しとどめる。背後でコンクリートが砕け、機体が建物へめり込んでいく。ルブリスがもう片方の腕でビームライフルを構え、ミカエリスのコクピットに突きつける。

 撃たれる直前、シャディクはブースターをふかしミカエリスを下へ滑らせた。脚部にビームがかすめる。とうとうビルが限界を迎え、二機のMSを巻き込んで崩れる。降り注ぐ瓦礫の中、バランスを崩したルブリスへ向け、ビームマシンガンを乱射する。ビームがルブリスを貫通し、爆発がミカエリスのコクピットを叩く。

 

 鳴り響く警報を無視し、シャディクはMSを立たせる。左腕を欠損、今の攻防で右腕も限界に来ている。だが敵はまだ動いている。ふらつく機体を強引に飛ばし、シャディクは残るガンダムの後を追った。

 

 ルブリスはなりふり構わなかった。残る守備隊の集中砲火にもひるまず、最短距離で軌道エレベーターを目指している。高スコアの機動力に任せて飛び、妨害するMS隊をすり抜けざまに切り伏せていく。

 この速さでは回り込めない。同じく直線距離をとりながら、シャディクはガンダムの背後へ迫る。ルート上には点々と、撃破されたベギルペンデのパーツが落下している。

 

 ビームガンを撃ちかけ迫るミカエリスへ、ルブリスは何かを投擲した。回避は間に合わない。コクピットに衝撃が走り、シャディクはシートへ叩きつけられた。メインカメラの端で、投げつけられたベギルペンデのシールドが、ちぎれたミカエリスの右腕ごと地面へ落ちる。

 

 最終防衛ラインが近づく。保安部隊のディランザがシールドを構え、集団でガンダムを阻む。ルブリスは止まらない。重力下とは思えない軌道でディランザの上を取り、頭越しにビームライフルを撃ち込む。擱座するディランザの背後へ着地し、軌道エレベーターへ向けライフルを構える。

 

 撃たせてたまるものか。

 

 シャディクはミカエリスを走らせる。

 

 両腕のないMSがアスファルトを駆け抜け、ビルの壁面を蹴って三角跳びを決める。重力の乗った跳び蹴りがルブリスの胴に突き刺さる。

 転倒した水色のMSへ、シャディクはもう一歩踏み込み、落としたライフルを踏みつける。バレルがねじ曲がり、エネルギーパックが小さな爆発を起こす。

 

 ルブリスは諦めない。上方へ頭部バルカンを乱射、ビームがミカエリスのコクピットを削る。だがシャディクも止まらない。ルブリスの腕を、頭を、胴を、残る足で蹴り続ける。避けてはならない。パイロットの殺意をこちらに引きつけ続けろ。ガンダムの射線が少しでも逸れれば、ビームが軌道エレベーターに、その下のシェルターに直撃する。

 

 地面がひび割れる。コクピットにアラートがなる。武装は全損、装甲は刻一刻と削られている。シャディクの視野から、ガンダム以外のすべてが消える。狙いはルブリスの肩、そこに刺さったままのドリルジャベリンへ、全力で足裏を打ち付ける。

 

 ようやくつま先が柄を捉え、ジャベリンがより深く突き刺さる。火花が上がる。ミカエリスのカメラをバルカンが射貫く。あと一発。シャディクは操縦桿を押し込む。メインモニターがブラックアウトする瞬間、蹴り込まれた槍がガンダムの胴を貫く。

 

 

 ◇

 

 

 アラートだらけのコクピットで、シャディクはミカエリスの動力を止めた。ダメージコントロールは成功、引火と誘爆は回避される。足下で停止したルブリスも、爆発する様子はない。

 

 レーダーに光点はない。敵MSはすべて沈黙していた。続けて生体反応も確認するが、生身で接近を図るような敵も、もう残っていなかった。作戦本部が状況終了を告げ、後処理部隊が動き出す。

 

 さて、どうしようか。状況へのリカバリーを考えつつ、シャディクはハッチを開けた。煙たい風が吹き付ける。状況の把握に会社と学園への連絡、やるべきことを脳内にリストアップしていく。

 

「――みんなに、謝らないとな」

 

 コクピットを出、ヘルメットを外そうとして思いとどまる。向こうの道路から、砂煙を上げる何かが接近していた。

 小型のモビルクラフトが姿を現す。武装はない。すさまじい蛇行運転と急ブレーキの繰り返しで、誰が乗っているのかすぐに分かった。

 

 車はミカエリスの足に衝突する寸前で止まる。運転席から小柄な影が飛び降りる。ヘルメットをとった瞬間、銀色の髪がさらりと広がった。

 軽い足取りで近寄ってくるミオリネを、青年は片手をあげて迎えた。

 

「やあ、ミオリネ……?」

 

 少女は目の前で立ち止まる。シャディクはヘルメットを上げ、少しだけ腰をかがめる。

 灰色の両目が、シャディクの頭からつま先までをゆっくりと点検する。負傷がないのを確認し、白い頬からふっと力が抜ける。かすかに微笑みを浮かべるミオリネに、シャディクも笑い返す。

 

 次の瞬間、灰色の眼が凶悪に吊り上がった。

 

「犯人は、あんたね?」

 

 周囲に乾いた音が響いた。

 

 

 ◇

 

 

 状況終了のアナウンスとともに、市街地はにわかに活気づいた。

 モビルクラフトが瓦礫を撤去し、市街のあちこちで消火活動が行われる。

 生き残ったパイロットが救出され、確保されたテロリストたちは速やかに収容される。

 喧噪の中、いつの間にかエアリアルが姿を消していることに、誰も気づいていない。

 

 




次から学園へ戻ります。
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