――1時間前、L4近郊。ロットファーブニルMSデッキ。
アラートが鳴り響いている。スレッタはストレッチャーから飛び起き、パイロットスーツのジッパーを上げた。手足がずきりと痛んだ。
MSデッキでは待機していた面々が、同じように出撃準備を始めている。目的地についた、というわけではないらしい。
「全員いるな? 悪い知らせだ」
通路のドアが開き、ケレスとフェンが飛び込んできた。
「ついさっき、月の駐在官から情報が入ったわ。議会連合がベネリットグループに対し強制執行を可決。アスティカシア学園に向けて、ドミニコス隊が出撃したそうよ」
「目的は学園で隠匿しているテロリストおよび協力者の捕縛――と謳ってはいるが、要は口封じだ。委託を受けたペイル社も艦を派遣している。ついでにファラクトも破壊して、ガンダム開発を抹消する気だろう」
壁面のモニターに命令書が表示される。ベネリットグループへの告示は作戦開始と同時刻。MS隊に加え、揚陸部隊の派遣が記されている。
派遣元の企業名を見て、スレッタは声を震わせた。
「この会社、それにドミニコス隊って、まさか」
「ヴァナディース事変と同じだな。ハイングラがカラゴールに代わっただけだ。ちゃんと揚陸隊もいる。強硬派は21年前を再現する気だろう」
「そんな、どうして学園に」
「その方が儲かるからだろ。仕込んでた策をふいにしてでもな。
市場を見たが、ベネリットグループの株が大量に空売りされている。学園襲撃で大暴落を起こせば、艦隊を動かしても元が取れると踏んだんだろ」
「インサイダー取引じゃないか!」
愕然とするアリヤの隣で、こわばった顔のティルが問う。
「犯人ごと学生を虐殺する? そんなことが議会で通るのか?」
「通るさ。デリングが1回やったからな」
引きつった笑みを浮かべ、ケレスはモニターをフライトマップに切り替えた。ベネリット本社、学園、ドミニコスの予想進路に、この艦の航路が表示される。
本社まであと1時間。ロッドファーヴニルは、L4手前で大きく旋回しようとしていた。
「問題はここからだ。L4への通信はことごとく妨害され、こちらには急を知らせる手段がない。おまけにベネリット本社近辺に強力な通信制限が敷かれている。どうやらあちらも軍事作戦の途中らしい」
「工作員の連絡では、数日前にユリシーズ以下総裁直属部隊の移動が目撃されてる。今から本社へ向かっても、援軍は望めないわ」
化粧が崩れるのもかまわず、フェンは口元を抑える。
「ひとまず艦の進路を学園へ変えたが、ドミニコスより先に着けるかわからん。着いたところでフロント管理会社の戦力だけじゃ防衛は無理だ」
ロッドファーヴニルの予定航路と、月からの航行ルートを指す。予想される到着時刻はほぼ同時だった。
「俺たちの取れるプランはこうだ。これから直接学園へ乗り込んで事態を通報、フロント管理会社に学生の避難ないし救援を依頼。体勢が整うまでの間、フォールクヴァングで得た情報をネタにドミニコスと交渉して時間を稼ぐ。近隣に軌道艦隊でもいればいいが、最悪俺たちだけで艦隊を足止めすることになる。
……ちなみに、今から月へ投降するのも無しだぞ。俺たちも口封じの対象だからな」
ケレスはルブリスのパイロットたちをちらりと見た。
「お母さ……シン・セー開発公社の方は、何か分かりましたか?」
「本社の作戦にエアリアルが参加中。それ以外はまだ、何も」
スレッタはメンテナンスベッドを見上げた。調整済みのキャリバーンが、静かにこちらを見下ろしている。
たくさん話して、ごはんも食べて、仮眠も取った。なら、今できることをしよう。
「――キャリバーンだけで、先に学園へ行くことはできますか? カタパルトから射出してもらえたら、スコアを上げなくても、旋回する艦よりちょっとだけ速く進めます」
スレッタの提案に、ケレスは呆れた顔をした。
「できないことはないけど……お前、またあの産廃に乗る気なの?」
タブレットを叩き、アリヤが難しい顔をする。
「計算してみたが、先行しても稼げるのは10分くらいだ。それでもやるのか?」
「10分あったら、みんなシェルターに駆け込めます。――行かせてください」
スレッタの顔を見て、ケレスは盛大に溜息をついた。
「……まあ、それぐらいやらないとだよな。ティックバランを積んであっただろ。直進するだけならオートパイロットで行けるはずだ。邪魔なら途中で乗り捨てていい」
「
「学園到着後、ガンダムとの戦闘が予想される。推進剤は可能な限り温存しておけ」
タブレットに何事か打ち込みながら、ケレスは早口で言う。
「いいか、ドミニコスを止めるなら、まず連中の正当性をなくす必要がある。最低でもルブリスとシャディク・ゼネリ、この両方を確保して、事件は解決済みだと宣言しなきゃならない。
お前の仕事は情報伝達と、MSによる逃亡の阻止。テロに使われたルブリスに無人機、あれも出てくるだろうから可及的速やかに制圧しろ。あれを抑えないと話にならない」
「ノレアさんが……分かりました」
インカムを掴み、ケレスは矢継ぎ早に指示を出す。ティルやアリヤ、メカニックたちが散っていく。
「カタパルトのベクトル修正、5分後に射出する。それまでに準備を済ませろ――スレッタ・マーキュリー」
コクピットへ向かうスレッタを呼び止め、ケレスは言った。
「ばあさんたちが艦隊を参加させたんなら、ペイルグレードがそれで勝てると判断したってことだ。それを覆すとしたら、AIが想定しないようなバカなことをやるしかない。
こうなった以上、お前とキャリバーンに全額投資してやる。どうにかしてAIの計算をひっくり返せ。もし全部が上手くいったら、とっておきのボーナスをくれてやる」
「――はい!」
◇
――そして、現在。
学園中にスレッタの声が響き渡る。
最初に反応したのは、この場の管制を担当していたブリオン寮だった。
「多量ノでーたすとーむヲ検出。新タナがんだむと判定。ぱいろっとノ声紋、すれった・まーきゅりート一致」
ハロの分析を聞き、セセリアはひとまず謎のMSへ呼びかける。
「水星ちゃん? えっと、今立て込んでるんだけど?」
『セセリアさん!? お願いします、すぐに学園の人たちを避難させてください! 現在ドミニコス艦隊が学園に向けて侵攻中、目的はシャディクさんたちの捕縛とファラクトの確保。だけど、議会連合の人たちは逮捕なんてするつもりない、口封じにみんな殺すつもりです! 早くしないと――-』
『スレッタ先輩!? 一体何が、他のみんなは?』
リリッケが通信に割り込む。
途中で回線が切り替わり、会話がわずかに途切れる。地球寮艦から通信コードが送られたらしい。ロウジが無言でタブレットをいじり、グラスレーからの傍受を遮断する。
『アリヤさんとティルさんは、ペイル社の艦でこっちに向かってます。ベルメリアさんとフェンさんとグストンさん、エランさんじゃないケレスさん達も一緒です。艦隊のデータと通信記録、送ります。確認お願いします!』
地球寮艦へ送られたデータは、すぐさまブリオンへ、ついでジェターク寮へも転送される。ロウジが猛然とパネルを叩く。
「L2の電子署名登録と照合。議会連合の声明、通信記録、艦隊の出撃情報、いずれも捏造の可能性は低いよ」
「このデータ、フロント管理会社とジェターク艦隊へも転送して。そっちでも照合をお願い。各パイロットへも状況を伝達」
よくわからない単語に困惑しながらも、セセリアはスレッタへ状況を説明した。
「ええと、生徒と職員の避難は完了してる。テロの犯人もグラスレーで確定。あんたのとこのポンポン頭とフェルシー・ロロがそいつらと決闘してて、寮にも殴り込みかけてるところ。
で、今ランブルリングの時のガンダムが暴れ出して、ラウダ先輩のガンダムと交戦してる」
『えぇ-―――――――!?』
スレッタの情けない悲鳴が響き渡った。
◇
『解析結果、出ました。データは本物。ジェターク艦隊の索敵範囲に入るまで、あと10分と予測されます……揚陸隊を連絡船に偽装って、本気で学園を襲うつもりなの……?』
シュバルゼッテのコクピットに、ペトラの通信が流れる。
オレンジ色のガンダムと撃ち合いながら、ラウダは低い声でつぶやいた。
「こんな手の込んだことがあの女にできるものか……?」
高等弁務官事務所の電子証明までついている以上、情報はおそらく本物。だが、持ち込んだのはあの愚鈍な女だ。おまけにペイルが背後についているらしい。虚偽が含まれていないと、誰が証明できるのか。
時間がない。ラウダは眉間にしわを寄せる。
今兄はいない。ここで決断するのは自分の役目だ。
ビームの乱射を巧みに回避しながら、ラウダは通信機へ声を張り上げた。
「ジェターク艦隊に通達、今すぐグリッド872方面へ反転、襲撃に備えろ! 通信封鎖も解除、本社へ救援を要請! フロント管理会社に連絡、学園に接近する艦はすべて入港を拒否しろ!
――フェルシー、チュアチュリー・パンランチ、聞いているな? 作戦目標を修正、ドミニコス到着前にこいつらを取り押さえろ!」
◇
旧式のコンソールがめまぐるしく点滅する。接触回線を通じて、学園で戦うためのデータがキャリバーンに共有される。
『MS“キャリバーン”と学籍番号の紐付けを確認、登録完了。IFF付与します』
『データリンク限定接続、決闘管制システム同期完了。エラー検知なし』
「システムチェック、データリンク、限定確立、エラーなし。……たぶん大丈夫、です」
決闘委員会の管制下に入ったことを確認し、スレッタはシステムを戦闘モードに切り替えた。即座にフットペダルを踏み込み、その場から全速で離脱する。飛び立った瞬間、さっきまで立っていた外壁に、MSのビームが突き刺さった。
『人喰いキャリバーン……? なんでそんなものに乗って平気なんですか?』
通信機から、苦しげな少女の声が聞こえる。箒を構え飛翔するキャリバーンの背後から、オレンジ色のルブリスが追ってくる。
「ノレアさん? ――今すぐガンダムを止めてください。そのままじゃ死んじゃう」
ビームディフューズガンの乱射を回避しながら、スレッタは説得を試みた。
「お母さんの家族を殺した人たちがここに向かってます。今は戦ってる場合じゃないんです」
『いいじゃないですか、みんな死ぬなら』
ノレアの返答は、最大出力の射撃だった。
『止まって、どうしろというんですか。たとえ呪いで死ななくても、どうせ私に、先なんかない!』
シェルユニットを爛々と輝かせ、ノレアはキャリバーンへ急接近した。スレッタは箒を振り回して回避、しかしその先にガンヴォルヴァが2機現れ、キャリバーンへ集中砲火を仕掛ける。
スレッタはコンソールの時刻表示を見た。月艦隊の到着まであと7分。ノレアの限界はもっと早い。
言葉だけじゃ説得できない。スレッタは操縦桿を握りしめる。
「パーメットスコア、3」
キャリバーンの全身が輝く。
つま先から両足、胴、手指、頭の先へ、赤い痣が這い上がる。激痛とともに感覚が拡張、18.2メートルの巨体と一体化する。
狭まる呼吸に耐えながら、スレッタは機体を急加速させた。箒を操り、立ち塞がるガンヴォルヴァの一機を狙って突撃。すれ違いざまに蹴り飛ばして上方へ転身、機体を前転させながらライフルを構え、撃つ。ビームが無人機の胴と頭を直撃、爆散させる。
できるだけ早くガンダムを無力化するしかない。スレッタはMSをオレンジのルブリスに向け加速した。下手に撃たせるとフロントを傷つける。ビームサーベルを抜き接近戦を挑むキャリバーンに、ノレアもまたビームサーベルを抜き向かってくる。
一太刀目を交わした瞬間、コクピットにアラートが鳴る。斬り合う2機のガンダムに、全方向からビームが降り注ぐ。慌てて回避を図りながら、スレッタはコンソールを見て首をかしげた。
「ラウダさん……あれも、ガンダム?」
見慣れぬガンビットが旋回し、再びオールレンジ攻撃を仕掛ける。ルブリスを、そしてキャリバーンの装甲を、ビームがかすめる。スレッタは歯を食いしばった。
通信機からはセセリアの焦った声が響く。
『ちょっと、ラウダ先輩!?』
『備えはさせるが、水星女のいうことをすべて信じた訳じゃない』
ビームブレイドを抜き、ラウダは白いガンダムに向け斬りかかった。
『万が一の罠に備えて、こいつもここで撃墜しておく! この女がまたペイルにはめられていないという保証がどこにある!』
『ええ!?』
防戦を図るキャリバーンに、さらにビームディフューズガンの射撃が降り注ぐ。ガンビットの射撃を掻い潜ったノレアが、灰色と白のガンダムに向けビームを乱射する。
『内輪もめとはいいご身分ですね。どこまで人をバカにしているんですか』
灰色のガンダムがビットを操る。オレンジのルブリスがビームをばらまく。そうしている間にも時計は刻々と進んでいる。
何が何だか訳が分からなってきたが、たぶんやることは変わっていない。可能な限り速やかに
「だから、こんなことしてる場合じゃないんですって!」
乱暴にフットペダルを踏み込む。飛んでくるビームをサーベルで切り払いながら、スレッタは灰色とオレンジのガンダムに向け機体を突撃させた。
◇
――グラスレー寮跡地。
ニカは瓦礫の下で目を覚ました。
身体が重い。手足を動かすと、硬いものが崩れ落ちる。暗闇の中、かすかに明るい方へ向け、少しずつ這い出す。
抜け出した先は、かつてのエレベーターホールだった。絨毯敷の床は大きく傾き、倒れた鉄骨がどうにか崩落を食い止めている。
崩れる前に脱出しないと。恐る恐る立ち上がるニカの耳に、荒いが息づかいが聞こえる。振り向いた先には横になった老人と、座り込むエナオの姿があった。
ニカに気づき、エナオは緩慢に顔を上げた。どこかに怪我をしているのか、片腕を押さえたまま動かない。老人の方も息はあるようで、胸元がかすかに上下している。彼らの後ろには、瓦礫に潰された車椅子と、まだ原型をとどめている通路が口を開けていた。
「あなた、生きてたの」
「そっちこそ、無事でよかった」
固い声で答えながら、ニカは改めて周囲を確認した。
地面はまだ揺れていて、どこかからMSの駆動音が聞こえている。天井からは埃とも砂利ともつかないものが落下し続けている。空気は埃っぽく、どこかから煙が流れ込んでいた。
まずい。
ニカは慌てて空気の流れを追った。場所は分からないが、確かに風が流れ込んでいる。フロント内からならいい。だけど、もし外壁に穴が開いていたとしたら、何かの拍子に宇宙へ吸い出されかねない。
急がないと。ニカはごくりと喉を鳴らし、老人の側にかがみ込んだ。動かしていいものか迷ったが、考えている時間が惜しい。枯れ木のような片腕を持ち上げ、肩に担ぎ上げる。僅かに意識があるのか、老人は立ち上がった瞬間うめき声をあげた。
「ちょっと、何してるの」
血相を変えたエナオが立ち上がり、脇腹を押さえてよろける。
「いいからそっちを支えて。このままじゃ崩れる」
老人を半ば引きずりながら、ニカは一歩一歩、奥の廊下に足を進める。瓦礫を避けながらの歩みは、遅々として進まない。ギブスをはめたままの片腕に、ミシリと痛みが走る。もしかしたらまた罅が入ったのかもしれない。倒れたときに切ったのか、口の中で血の味がする。
それがどうした。ニカは歯を食いしばる。弱った足を踏みしめる。
誰だっていい、今目の前にいる人を助ける。
わたしの友達だったらそうする。
突然重みが減る。老人の反対側で、立ち直ったエナオが腕を担ぎ上げている。
「……お前たちは……」
二人の間で、薄目を開けた老人が、何事かつぶやく。
背後でまた瓦礫が崩れ、砂埃が上がる。揺れる建物に、MSの駆動音が近づいてくる。
◇
ザウォートのセンサーが生体反応を捉えた。マルタンは通信機に向かって叫ぶ。
「生存者の反応! ふたり、いや、3人いる!」
MSが集まってくる。作業を重機ユニットからマニピュレーターへ変更、瓦礫の山を、慎重に取り除いていく。
『助けに来たぞ! 今瓦礫をのけている!』
『聞こえますか? 聞こえたら何か音を立ててください!』
外部スピーカーで呼びかけを続ける。限界まで感度を上げたセンサーが、小さな、本当に小さな声を拾い上げる。
「ニカだ! 見つけた!」
『今瓦礫をのけます。下がって!』
『救護班に連絡、輸送準備頼む!』
コンクリートの残骸が次々とどけられていく。数機がかりで大きな鉄骨を掴み、ゆっくりと持ち上げる。その下から、少女二人と、彼らに支えられた老人が姿を見せた。
『CEOほか2名、生存を確認!』
『圧迫なし、全員意識あり。担架もってこい!』
待機していた救護班が前に出、歩けないらしい老人を引き取る。CEOを引き渡した瞬間倒れかけたエナオを学生のひとりが支え、車両へ誘導する。
ハッチをあけ、マルタンは地上へ呼びかけた。
「ニカ!」
「……マルタン?」
こちらも救護班に支えられたニカが、MSを見上げつぶやく。目をぱちくりさせるニカに、マルタンは思わず操縦桿を放しかける。
――次の瞬間、地面が揺れた。
『下から反応! MSが来る!』
『搬入ゲート方面! MS隊、構えろ!』
マルタンは操縦桿を掴み直した。ハッチは開けたまま不器用に機体を動かし、ニカと救護班の面々をかばう。再び寮が揺れ、ザウォートの背を瓦礫が叩く。
砂埃に呑まれながらも、サブカメラの一つが、地下から飛び立つ深緑のMSを捉える。
混乱の中、マルタンは通信機へ向けて叫んだ。
『A班より伝達! グラスレーから緑のガンダムが出現、