今回、キャリバーンの性能を原作より若干盛っています。
――アスティカシア学園、フロント外宙域。
『ウラノメトリアより伝達。先ほど突入班がサリウスCEOほか2名を発見。現在医務室へ搬送中。命に別状なし』
戦場中にセセリアの放送が響き渡る。同時に、デミバーディングのコクピットに通信が入る。
『チュチュ? ニカ先輩、無事だったって!』
リリッケの涙声にチュチュは雄叫びを上げた。
「よっしゃあ! あとはこいつらだけだ!」
操縦桿を力一杯押し込み、火力をハインドリーへ向ける。ライフルとバオリパックのビームキャノンを駆使し、旋回するサビーナ機に追い込みをかける。
『ポンポン頭!』
警報が鳴る。同時にフェルシーから通信が入る。直後、デミバーディングのコクピットに衝撃が走った。
『あちゃー、間に合わなかったかー』
普段と何一つ変わらない明るい声とともに、デミバーディングの肩に何かがとりついた。機体が軋み、ライフルごと右腕を極められる。有線ユニットを引き戻すが、間に合わない。関節が音を立てて破損し、右肘から先の反応がなくなる。
ロックオンアラートが鳴る。サブカメラの向こうで、もう一機のハインドリーがハンドガンを向けている。
『向こうがだめでも、せめてこっちくらい落とさないと』
ハンドガンの弾がデミバーディングを叩く。装甲が削られ、コクピットに警報が鳴り響く。左右のモニターと接近する味方機をにらみつけ、チュチュは操縦桿を握り吼えた。
「くっそ、なめんな!」
全身のスラスターを噴射、その場で機体をローリングさせ、しがみついていたメイジー機を前方へ投げ飛ばす。とっさに姿勢制御を図るメイジー機に、横合いからフルオート射撃が叩きつけられる。フェルシーのディランザによる斉射を受け、ハインドリーが1機大破する。
フェルシー・ロロの操縦は、良くも悪くも教科書通りだ。決闘の回数も多くはなく、ほとんどがジェターク兄弟の両機としての参加。当然戦闘経験は少ない。
だが、誰かの両機としての実績だけなら、グラスレー生にも引けを取らない。
『……ッ!』
動揺を隠しつつ射撃を続けるイリーシャに、フェルシーはそのままライフルを向け突撃る。ディランザの射撃を回避しつつも、ハインドリーは照準をずらさず、執拗にデミバーディングを攻撃する。
だがその時には、バオリパックの引き戻しが終わっている。
二門の火砲が、イリーシャ機の片足を吹き飛ばす。まだ致命傷ではない。被害を最小限に抑えたイリーシャが、上半身だけでランスをデミバーディングに向ける。
「やれ、フェルシー・ロロ!」
『ああ!』
ランスを射出する直前、急接近したディランザがビームトーチを抜き、イリーシャ機の腕を切り落とす。間伐入れず、デミバーディングのビームキャノンが残る片足を破損させる。バランスを崩しスピンしたハインドリーが、決闘区域からはじき出される。
『やった、あとは――』
ビームトーチを構えたまま、フェルシーはディランザを旋回させる。
そのわずかな瞬間に、ディランザの背から右肩を、射出されたランスが貫通する。
「くそ、来やがったな!」
スラスターの誘爆により離脱するディランザを見送り、チュチュは残る左腕でビームサーベルを抜いた。爆煙の向こうから、ハンドガンのビームが飛んでくる。
『よくもやってくれたな!』
最後に残ったハインドリーが突撃してくる。サビーナ・ファルディンはエネルギーの切れた武装を捨て、放り出されていたイリーシャのランタンシールドを構える。
ランスがデミバーディングの胴をかすめ、ビームサーベルがハインドリーの肩を浅く斬る。2機の間で火花が散る。
『ニカ姉は返してもらった。うちの寮長だってやるときはやるんだ』
剣戟を交わしながら、チュチュはサビーナへ気炎を吐いた。通信機からは、サビーナの絞り出すような声が返った。
『ニカ・ナナウラは我々が連絡役として引き込んだ人材だ。我々の同士になってくれるかもしれなかったのに!』
「あァ?」
チュチュは吐き捨てた。
折れかけた右腕でランスを受け止め、そのまま押し返す。じりじりとつばぜり合いが続く。
「じゃあてめーら、一回だってニカ姉を助けてくれたことがあるのかよ」
『何?』
「
気勢を上げてスラスターをふかし、デミバーディングでハインドリーを押し返す。返す刀でビームサーベルを切り上げ、割れかけていたラウンドシールドを切り裂いた。
『貴様らなんかに、堂々と顔を上げて生きてこられた人間に、私たちの何がわかる!』
激高したサビーナが、至近距離でランスを射出する。コクピットの装甲すれすれをランスが通過、その後からハンドガンの弾が飛んでくる。チュチュの手からビームサーベルが吹き飛ばされる。追撃をかけようとサビーナはさらにスラスターをふかし、
次の瞬間、ハインドリーの両足が爆発した。
2機の下方で、密かに射出されていたバオリパックのビームキャノンが狙いをつけている。
「話す気もなかった奴のことなんか誰が分かるか!」
チュチュの咆哮とともに、更なる砲撃がハインドリーの四肢を叩く。手足を破損し、なおもデミバーディングに向けハンドガンを向けるサビーナに、チュチュも正面から突撃する。
ビームサーベルはもうない。代わりに右手に握られたままだったライフルを持ち替える。
マニピュレータをひねり、グリップの代わりにバレルの先端をつかむ。
「いつまでも寝ぼけたこと言ってんじゃねえ! 歯ァ食いしばれ!」
振り下ろされたデミバーディングのライフルが、ハインドリーの頭部を粉砕した。
◇
―――同時刻、学園フロント外壁付近。
白とオレンジのMSが高速で飛翔する。
バレルロールを繰り返し、合間に射撃を織り交ぜながら、学園フロント外縁を全速力で疾走する。
眼下にフロントの裏側、小惑星の岩肌をにらみながら、スレッタはキャリバーンを強引に旋回させた。重力が身体を振り回し、シートのアタッチメントが伸縮する。
バリアブルロッドライフルを拡散モードに変更。フロントを背に、ノレアのルブリスが真上に回った瞬間を狙い、引き金を引く。ビームの雨がオレンジのガンダムを叩き、速度を減衰させる。装甲は削ったものの、ノレアが降参する様子はない。
アラートが鳴る。進行方向直上から灰色のガンダム――シュバルゼッテが接近、片手で大剣を振り回し、2機の脳天へ振り下ろす。散開するキャリバーンの前方にガンビットが出現、再び急旋回して回避。同じくシュバルゼッテに進路変更を強制されたオレンジのガンダムと、再び撃ち合いを始める。
浅い呼吸を繰り返しながら、スレッタは再びノレアの説得を試みた。
「ノレアさんも、オックスアースの人、ですよね。――フォールクヴァングはなくなりました。あそこを占領していた人たちはもういません」
『は?』
『ムジカさんとギィさん、あそこにいた子たちは、穏健派の人に頼んで保護してもらってます。司法取引ができたらきっと、地球にだって帰れる。ノレアさんも投降してください!』
『あなたまで口からでまかせを!』
銃口を向けたまま突撃してくるルブリスを、あえて回避せず待ち受ける。激突寸前で機体をずらし、すれ違った瞬間長い腕を捕まえ、そのまま後方へ投げ飛ばす。飛ばされた先ではシュバルゼッテが大剣を構え、ビームガトリングをぶつける。流れ弾がキャリバーンもかすめ、スレッタは箒を握り急旋回をかける。
「ラウダさんも! このままスコアを上げたら危険です。命の保証ができるのは、20分までだって」
『その前にまとめて撃墜してやる! 落ちろ――――!』
4機のガンビットが解き放たれ、進路状にビームの雨を降らせる。回避を強いられる白とオレンジに対し、さらに2機のガンビットが追加される。
ビームの端がキャリバーンをかすめる。速度が落ちたところに、他5機のビームが集中する。完全に包囲されたかと思われた瞬間ガンビットの1機が爆散、キャリバーンは辛くも脱出する。
『狙撃? 誰だ!』
ラウダはMSを旋回させた。射線の先にはすでに誰もいない。直後オレンジ色のガンダムからの射撃を受け、やむなく戦闘を再開する。
一方灰色のガンダムを引きつけつつ、ノレアはルブリスの背部ユニットを輝かせた。近場でデミギャリソンを相手にしていたガンヴォルヴァが呼び出され、灰色のガンダムへ向け突撃する。ビームライフルを乱射し接近した瞬間、どこかから飛んできた射撃が無人機の胴と頭を貫通、続けざまに撃墜される。
『誰ですか、さっきから!』
歯を軋ませ、ノレアは低い声でうめく。センサーが一瞬だけMSの反応を捉え、すぐに消える。白と灰色のガンダムに追い回されているうちに、いつの間にか無人機の数が減らされていた。残るガンヴォルヴァは4。次々いなくなる味方に、ノレアは指が折れるほどの力で操縦桿を握りしめる。
灰色とオレンジが再びドッグファイトを始める。先行する2機を追い、スレッタは箒のスラスターを全開にした。ルブリスと交戦中の本体に代わり、シュバルゼッテのガンビットが立ち塞がる。スレッタは旋回を繰り返して射撃を回避、途中フロント管理会社と抗戦していたガンヴォルヴァを見つけ上方から射撃、爆散させる。
……あれ?
再びガンビットの攻撃を避けながら、スレッタは首をかしげた。シュバルゼッテ本体と戦っている時とガンビットだけの時で、動きが違うような気がする。
試しにライフルを翻し、「なんとなくガンビットがいそうな方向」に射撃する。適当に撃ったビームの先で、キャリバーンの死角から銃口を向けていたビットが回避を図る。
「――これ、グエルさんの動き?」
いつか決闘した時の、ダリルバルデのドローン。死角から攻撃し回避を強要、本体の前に誘導する動き。
ジェターク社はAIの開発が強い会社、だと聞いている。シュバルゼッテのガンビットにも同じAIが使われているのかもしれない。
どっちから来るか分かっているなら、やれる。足りないのはこちらの速さだけ。灰色とオレンジのガンダムを前方に、スレッタは操縦桿を握りしめる。
「パーメットスコア、4」
視界が真っ赤に染まる。心臓に爆発しそうな痛みが走る。その代償に、神経系を通じ、キャリバーンのセンサーが得る情報がそのまま脳へ共有される。
箒のスラスターを全力で噴射する。圧倒的なGを受けながら、スレッタは瞬く間にガンダムとの距離を詰めた。ヒトでは不可能な速さで処理される情報を制御し、機体を精密にコントロールする。キャリバーンの接近に気づき、ラウダのガンビットが向かってくる。その軌道も銃口が向く角度も、今のスレッタには遅く感じる。
4機のガンビットを難なく回避、後から現れた1機をビームサーベルで両断。さらにビームブレイドを抜き向かってくるシュバルゼッテの頭を蹴って飛翔、その向こうのオレンジのガンダムへ狙いを定める。
ノレアがビームディフューズガンを向ける。大出力のビームがなぎ払われ、装甲の数センチ先を閃光が通過する。肌が焼けたような錯覚。回避動作と同時にスレッタは再びビームサーベルを抜刀、ルブリスの異様に長い腕を、構えたビームディフューズガンごと切断する。
「あと、ちょっと!」
キャリバーンは止まらない。返す刀でルブリスの頭を狙う。メインカメラを潰せば止まってくれる、スレッタはサーベルを振り抜き、
――直後、乱入してきた深緑のガンダムが、2機の間に割り込む。
「え?」
大型のルブリス――ソフィの乗っていたMSの腕に、キャリバーンのサーベルが食い込む。スレッタの攻撃を受け止めたまま、深緑のガンダムはノレアに向け叫んだ。
『チキンレースに付き合うのはやめろ! ノレア!』
「……5号のエランさん?」
スレッタはきょとんとしてつぶやいた。スコアを落とし間合いをとるキャリバーンにはかまわず、深緑のルブリスは片手のビームガトリングを宙へ向ける。そちらから接近していたシュバルゼッテをビームが迎撃、回避を強制する。
『さっきから邪魔していたのはお前か! そもそもお前が兄さんを!』
『あいにく人違いだよ!』
完全に標的を変えたシュバルゼッテを前に、5号は牽制射撃を続ける。その間も深緑のガンダムの双眸は、オレンジのルブリスだけに向けられている。
『ノレア、今のうちにスコアを落とせ、逃げるぞ!』
『しばらく見ないと思ったが、貴様もテロリストの仲間か!』
灰色のガンダムを無視し続ける5号に、ラウダはシュバルゼッテのガンビットを集中させた。ビームの弾幕が2機のルブリスを狙った瞬間、拡散モードの砲撃が灰色のガンダムを襲う。とっさにガンビットをシールドに切り替えたシュバルゼッテにキャリバーンが肉薄、2機のルブリスから引き離す。
『5号さん、今ベルメリアさんがこっちに向かってます。ノレアさんに治療、受けさせてください!』
5号のエランはノレアを止めようとしているらしい。説得の時間を稼ぐべく、スレッタはシュバルゼッテに再び拡散ビームを放った。
艦隊到着まで、3分を切っている。
◇
『――なんで、でてきたんですか』
白と灰色のガンダムが競り合う中、オレンジ色のガンダムは静かにビームサーベルを抜いた。スラスターを噴射し、
息を切らし、かすれた声でノレアが叫ぶ。
『作戦なんかとっくに失敗してます。死にたくないんでしょ? さっさと一人で逃げればいいじゃないですか』
『まだ目はあるだろ。ちょうどこの後大騒ぎになるらしいしさ、逃げ方なんていくらでも考えられるだろ』
八つ当たりじみた剣戟を、5号は左腕の装甲で受けた。エアリアル戦ですでに破損していたパーツが、次々に脱落していく。
レーダーの隅で、ガンヴォルヴァの最後の一機が撃墜される。
『あなたも現実見えてない側ですか? 艦隊が包囲してるんですよ? こちらはとっくに顔も名前も割れてるんです。会社に戻ったってどうせ始末される。一生逃げ続けるつもりなら一人でやってください。私を巻き込むな!』
サーベルが頭をかすめる。深緑の装甲が削れる。だが、致命傷にはほど遠い。ノレアの操縦は、明らかに精細を欠いている。
――これ以上はノレアが持たない。5号は一瞬の隙を狙い、振り下ろされたビームサーベルを片手で受け止めた。装甲を貫きメインフレームに食い込むサーベルを引っかけ、力任せにへし折る。深緑のガンダムの腕ごと、ノレアのサーベルがもぎ取られる。
『――――現実がなんだよ』
5号はオレンジのガンダムに向けて叫んだ。
『ノレアも僕も、まだ生きてるだろ。艦隊の一つや二つで諦めてたまるか!』
ただ生きたいと思って、何が悪いのか。死ぬのが怖いと言って、何が悪いのか。
他の誰が否定しても、5号のエランは生き残ることを諦めない。
一番死ぬのを怖がっている子に、それだけは諦めさせたくない。
『先のことなんか知るか。今日生き残らなきゃそれだってわからないだろ! どんなに無様でも、逃げ続けても、生き延びた方がいいに決まってるだろ。――そうだって、僕に証明させろよ!』
『うるさい!』
オレンジのガンダムが加速、強烈な勢いで緑のMSを蹴り飛ばし、距離を開ける。
『私に、これ以上夢を見させるな――――――――――!』
ノレアが絶叫する。
シェルユニットの発光とともに、ルブリスの背部ユニットが変形する。
ガンヴォルヴァが全滅した今、アンテナを維持する意味はない。内部から巨大な砲身が現れ、チャージが始まる。
フェイズドアレイキャノンが深緑のガンダムを捉え、赤く発光し、狙いを定めるべくルブリス・ソーンが動きを止めた瞬間、
どこからか放たれた狙撃が、オレンジのガンダムを撃ち抜いた。
◇
「……なあ」
地球寮寮艦、ブリッジ。
オジェロとヌーノは、困惑顔でメインモニターを見上げた。
「あの緑のガンダムに乗ってるの、エランなんだよな?」
「らしいな」
「ティルたちと一緒に戻ってくるのも、エランなんだよな?」
「スレッタはそう言ってたな」
二人は顔を見合わせる。
「――じゃあ、さっきうちのMSデッキに侵入して、ファラクトで飛び出していった奴は誰なんだ?」
◇
オレンジ色のルブリスが墜落する。
スレッタは振り返らない。外野で起きた出来事に、同じく動きを止めたシュバルゼッテに狙いを定め、一気に距離を詰める。
「キャリバーン!」
パーメットスコア、4。
全身を焼く痛みとともに、白いガンダムの出力が増す。シュバルゼッテの半身に組み付き、加速し、フロントから引き離す。圧倒的な加速が身体をシートに押しつける。ラウダがガンビットを呼び寄せるが、追いつかない。キャリバーンを狙ったビームは、装甲をわずかに掠め外れる。
ラウダの練度か、あるいはAIのせいか。グエルを模したガンビットは、弟に狙いをつけられない。
『あれもお前か、水星女ァ!』
シュバルゼッテがもがき、片腕のリボルバーを向ける。ベアリングの発射を腕をつかんで反らし、もう片腕に握った箒を引き寄せ、至近距離でチャージを始める。
『この距離で撃つつもりか!?』
発射直前、シュバルゼッテの蹴りがバリアブルロッドライフルを弾き飛ばす。スレッタは逆らわない。
自分から箒を手放し、空いた手に二本目のビームサーベルを持ち替える。
「いい加減、頭冷やしてください!」
振り抜かれたビームサーベルが、シュバルゼッテのブレードアンテナを切り飛ばした。
◇
『ウラノメトリアより伝達。標的のガンダム、およびハインドリー全機の撃墜を確認。作戦目標達成。……参加パイロットは各自寮艦へ撤収、乱入組は適当に乗せてもらって。負傷者がいたら報告よろしく』
決闘委員会から状況終了のアナウンスが流れる。
スコアを落としながら、スレッタはキャリバーンの片手を空中へ差し出した。放り出した箒が戻ってくる。簡素ではあるが、これもガンビットの機構を組み込まれているらしい。
MSを学園フロントの方へ向かわせ、スレッタはぐったりとシートに身体を預けた。胸元を押さえ、強引に呼吸を整える。スコアを落としてもなお、手足に重い痛みが残っていた。
『――先輩、スレッタ先輩!』
通信機からリリッケの呼びかける声がした。戦闘中にニカの無事を知らされてはいたが、ろくに返事もできていなかった。
「リリッケさん、ニカさんたちは……」
『今マルタン先輩と、フロント管理会社の医務室です。それにさっきアリヤ先輩から通信が入って、あとちょっとで学園に着くって。フロント管理会社に入港申請中です』
「よかった、間に合った」
スレッタは学園フロントを見下ろした。外壁の上で、不時着したルブリスから、パイロットが引っ張り出されている。
「リリッケさん、フロント管理会社の人が来る前に、ノレアさんと5号のエランさんを迎えに行ってもらえませんか。……あ、応急処置。保冷剤とか経口補水液とかあったら、持っていってください。このこと、ジェターク寮にも伝達、お願いします」
『俺行くわ。冷蔵庫にキットがあっただろ』
マイクがヌーノの声を拾い、駆けていく足音がした。
あと、何をしなくちゃいけないんだっけ。それから、それから。
センサーが接近するMSを捉える。カメラが機影を拡大する。黒い細身のMS。片手になぜか、デミトレーナーのスナイパーライフルをぶら下げている。
スレッタの視界がぼやける。
泣いたらだめだ。まだ操縦中で、そこら中をデブリが飛んでいて、準備することだっていろいろある。
なのに、現れた黒いガンダムを見た瞬間、そこから言葉が出なくなった。
ファラクトのマニピュレータが伸ばされ、接触回線が起動する。
『また困ってる? スレッタ・マーキュリー』
「エラン、さん―――」
ようやく口に出した瞬間、スレッタの瞳から、涙があふれて止まらなくなった。
◇
「ノレア!」
作業用のフックにワイヤーを引っかけ、ルブリスのコクピットを飛び出す。オレンジ色の装甲をよじ登り、ハッチを開放する。中のノレアが、呆然とした顔でこちらを見上げた。
5号のエランは、強引にガンダムのコクピットへ乗り込んだ。座り込んだノレアの手を掴み、有無を言わさず外へ連れ出す。半端に重力があるせいで踏ん張りがきかない。ノレアを引き出した瞬間足がすべり、身体が宙に浮く。姿勢を制御しようとしてワイヤーに引っ張られ、今度は背中から外壁に墜落する。ノレアの方が上手く着地している始末だ。
みっともないにもほどがある。
だけど、生きているってこういうことだろう。
「私、あなたを撃ちました」
ノレアが小さい声で言った。
「いいよ、気にしてない」
なるべく軽い調子で言って、5号は外壁に堂々と寝転んだ。隣のノレアが、ゆっくりと脱力する気配がした。呼吸は落ち着き、安定していた。
見上げればデブリだらけの宇宙がある。少し遠くで、白と黒のガンダムが仲良く漂っている。別の方角を見れば、大破したハインドリーがデミトレーナーに似たMSに回収されていた。同じ方角から学生用の小型艇がこちらへ接近している。フロント管理会社よりこちらの方が早そうだった。
このまま本当に、なんとかなるのだろうか。
学園領宙を見上げ、5号は目を細める。
宇宙の向こうから何かが接近していた。
◇
シュバルゼッテのコクピットで、ラウダは憮然とした顔で機体の状態を確認した。ガンビット2機を喪失、本体も損傷していたが、操縦に支障はない。データストームの痛みもあるが、まだ我慢できる範疇だ。
アンテナを斬られた瞬間、ついいつもの癖で、システムアナウンスに従い操縦を止めてしまった自分に悪態をつく。
『ラウダ先輩! 大丈夫ですか!』
寮艦から通信が入る。焦った様子のペトラの声に、ラウダは意識して落ち着いた声を作った。
「僕はなんともない。フェルシーはもう戻ったのか」
『今着艦作業中です。先輩も一度帰投してください』
ラウダは横目でレーダーを確認した。ジェターク艦隊の転換はほぼ完了している。発艦はそちらからだったが、今は寮の艦へ行くしかなさそうだった。
「わかった。バナス・パティへ着艦する。メンテナンスベッドを空けておいてくれ」
『はい。……あれ?』
通信の終わり際、ペトラの声に着信音が混ざる。
『すみません、途中で……グエル先輩!?』
◇
――学園領宙外。ジェターク社軌道艦隊旗艦、艦橋。
艦載レーダーが無数の反応を捉える。AIが識別コードを照合。先日宇宙議会連合より任命された、新たなドミニコス隊と判定する。
「本当に来たのか」
月方面の航路をにらみ、艦隊司令官は驚きとも呆れともつかない嘆息を漏らした。
学園から通信が入る。フロント管理会社の責任者が、やや震えた声で報告する。
『フロントのレーダーでも確認しています。先行する艦より入港要請あり。準備が整うまでの間、対応をお願いできますか』
「承りました。これ以上は危険です。学生へ撤退命令をお願いします」
刻一刻と接近するドミニコス隊を前に、司令官は旗下の艦艇に命令を下した。
「グループ外艦隊接近、MS隊発進用意。――相手の出方を待て。絶対に先に撃つな」
幸い艦隊の反転は完了している。月からの航路は完全に封鎖。学園フロント正面には、ジェターク艦隊が立ちはだかっていた。
準備は学生たちが間に合わせた。ここからは大人の出番だ。
転送された入港要請に、司令官は大声で応答した。
「こちらはジェターク社軌道艦隊旗艦「シャルベーシャ」。現在アスティカシア学園領宙は、先日のテロにともなう捜査活動のため封鎖中である。直ちに艦隊を停止し、所属と声名を明かされたし」
モニターに壮年の男が映る。L1の企業の制服だった。
『こちらはMS開発評議会所属、ドミニコス隊である。宇宙議会連合より、議会連合法第7条3項に基づき、アスティカシア高等専門学園に対する強制執行が発令された。
ベネリットに属する複数の企業により、学園内でテロリストを匿っている容疑がかけられている。速やかに武装を解除し、港湾施設を開放せよ』
「先日のテロについての容疑者であれば、先刻こちらで捕縛、人質も解放された。使用されたガンダムもすべて撃墜済みだ。企業行政法第13条に基づき、法的処置はグループ内で行われる。介入は不要である」
『ジェターク社に対しても、プラント・クエタ崩壊に関与していた疑惑がかかっている。容疑を晴らしたければこちらの要求を―――』
モニターが切り替わり、土気色の顔の老人が映る。通信越しに、相手がうろたえる気配がした。
『私の顔を見忘れたか』
サリウス・ゼネリが一喝した。点滴と呼吸器を取り付け、こけた頬にガーゼを貼られているが、その眼光は全く衰えていない。
『シトー・ビーチェ社所属、第三艦隊司令ジェームズ・ブラウン提督……だったか。見ての通り、私は先ほどグループ内有志の手で救出された。身内の恥をさらすようだが、この問題は我がグラスレー社の責任であり、ベネリットグループ本社の裁定を待つべきものである。月の手出しは必要ない。速やかに撤退し議長にそう伝えよ』
『べ、ベネリットグループに対しては、大量破壊兵器の開発・保有を行っているとの通報も入っている。非公式ではあるが、艦隊派遣はそれについての監査も求められてのものだ。
――ならびに』
平静を取り戻し、ドミニコス隊司令官はにやりと口元をゆがめた。
『現在アスティカシア学園領宙において、未確認のガンダム2機の機動を把握している。新たにドミニコスを拝命したものとして、これを見過ごすことはできない。
そちらに武装解除の意思がないことは明白である。交渉の余地なし――MS隊に伝達、学園制圧を開始せよ』
キャリバーン……というかバリアブルロッドライフルの追加機能
・ビームの収束と拡散を切り替え可能。
・簡易的なガンビットとしての機能。ただし、戦闘中に手放しても手元に戻ってくる程度の機能であり、自律飛行や射撃はできない。