水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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34.アスティカシアの一番長い日/副将

 ――アスティカシア学園、フロント外宙域。

 

 最初に議会連合と衝突したのは、ジェターク社のMS隊だった。

 艦隊より発進した無数のカラゴールに対し、ディランザ・ソルの部隊が迎撃、砲火が飛び交う。

 

 会敵から一分後、戦場となった宙域で、一際大きな爆発が起こる。

 

 あ、撃墜された。

 

 モニター越しに戦場を見上げながら、セセリアは呆然とそれを悟った。ブリッジのブリオン寮生たちも同様に凍り付いている。唯一、ロウジが現実逃避気味にキーを叩く音だけが船内に響いていた。

 

『警告。非常用しぇるたー内デ異常発生』

 

 ハロの発言に、学生たちはようやく我に返る。警報を確認したロウジは、珍しく焦った顔をした。

 

「シェルターの生徒に動揺が広がってる。誰かが決闘委員会のカメラにハッキングして戦闘を見てたみたいだ。何人か外に出ようとしている」

 

 監視カメラの画面をのぞき、セセリアは唇を噛んだ。

 

「映像はもうしょうがないよ。今切断したら本当にパニックになる。でもドアロックだけは絶対に外させないで」

 

 ロウジの肩を叩き、セセリアはブリッジ内の情報に向き直った。他の学生たちも手元のコンソールに意識を戻し、目の前の戦闘に対応し始める。

 

 うちのクルーが冷静でよかった。そう思いながら、セセリアは新たに入った通信を受けた。モニターが切り替わり、額に汗を浮かべたスーツ姿の職員が映る。何度もやりとりしたことのある、フロント管理会社の社員だ。

 

『フロント管理会社より、学生各位に通達。至急最寄りのドックへ入港、フロント内へ退避せよ。繰り返す、フロント内へ退避せよ』 

「まだパイロットの収容が終わっていません。それより、一般学生に混乱が広がっています。シェルターの緊急射出機構を使って彼らを避難させられませんか?」

 

 セセリアの進言に、若手の社員は苦々しい顔で言った。

 

『我々も検討したが、むしろその方が危険だ。射出されたシェルターを護衛できる戦力がない。連中がそちらを狙わないという保証ができない』

「……そんな」

『開戦と同時にドミニコスに通信を封鎖され、本社との通信も途絶えている。どこまで状況が伝わったか不明だ。

 なんとか停戦に持ち込めるよう、引き続きサリウスCEOが交渉にあたっている。我々もデミギャリソンで時間を稼ぐ。とにかく君たちは避難を」

 

 パニックになりかけているらしい社員の顔に、突如ノイズが走る。ハロが両目を光らせる。

 

『外部ヨリ通信接続。切断フノウ』

「ハッキング? このジャミング下で?」

 

 ロウジが身構える。

 

 通信が乱れ、モニターに別の映像が割り込んだ。ノーマルスーツ姿の知り合いが、妙に偉そうな表情で映っている。背後には地球寮の生徒も二人映り込んでいた。

 

『アンチジャミング、ホッピング通信接続完了……アスティカシア学園、フロント管理会社、聞こえているか? こちら元ペイル・テクノロージーズ所属、情報収集艦ロッドファーヴニル。現在学園第一埠頭への入港シークエンスに入っている。そちらの受け入れ体勢を聞きたい』

「エラン先輩!? またキャラ変したんですか?」

 

 あれ、じゃあさっきMS乗ってたのは?

 困惑するセセリアを尻目に、ブリオンの社員は何の疑問も持たずに入港手続きを進めた。

 

『君はたしか、ペイル寮の学生だな? ガンダムに情報を持たせたのは君か』

『ああ、うん。会社は辞めたけどまだ学生のはず。学籍番号いる?』

 

 絶対違う。

 ブリッジの全員がそう思ったが、学籍情報はあっさり照合される。

 

『――3番ドックを開けてある。が、現状では誘導ビーコンを出せない。埠頭までは自力で航行してくれ』

『了解した。それと、現在襲撃中の艦隊について追加情報がある。連中の作戦計画と部隊編成だ。交渉担当者に伝えてくれ』

 

 送りつけられたファイルを、ロウジが無言で解析する。同じく中身を確認した管理会社社員が、悲鳴じみた声を漏らした。

 

『ペイルが艦隊を嘱託? それに特殊装備の使用許可……小惑星破砕用弾頭!? ジェターク艦隊に繋いでくれ、今すぐだ!』

 

 とうとう学生のひとりが悲鳴を上げる。地球に落ちかけた大型デブリや、採掘用小惑星の破砕に使われる弾頭だ。間違っても有人フロントに撃ち込むものではない。

 

『着港し次第俺も交渉担当者のところへ向かう。こちらもできるだけ戦力を出すが、絶対に艦隊を射程距離内に近づけるな』

 

 それだけ言いつけて、エラン・ケレスらしき男は通信を切った。サブモニターを見れば、大型の艦艇が港湾に進入しかかかっている。護衛していたザウォートが2機、前線の方角へ飛び去っていった。

 

『とにかく今は交渉中だ。なんとか学生の安全だけでも確保してみせる』

 

 そう言いのこし、管理会社の社員もモニターから消える。

 逡巡の後、セセリアはブリッジの寮生たちに告げた。

 

『ひとまず、私たちも撤退を優先。このまま外にいると戦闘の邪魔になる。安全を確保しつつ最寄りのドックへ入港、他の寮にもそう伝えて」

 

 

 ◇

 

 

 間に合ったのに、どうして。

 

 キャリバーンのコクピットで、スレッタもまた開戦を目撃していた。

 

 交渉条件さえ整えれば、引き下がってくれると思っていた。ヴァナディース事変と同じ部隊だからって、所属している軍人まで同じなわけじゃない。エリクトに過去を見せられた自分が、大げさに怖がっているだけじゃないかと思っていた。

 それでも戦闘は始まってしまった。月の艦隊は聞く耳を持たなかった。

 

 最初から殺すつもりで来ていた。あの人たちの中ではもう、みんなが死ぬことは決定している。

 

『スレッタ・マーキュリー、君も撤退を。後は僕らだけだ』

 

 エランから通信が入る。二人を収容するため、地球寮の艦もこちらへ向かっていた。

 

「――だめ、です。ドミニコスがこのガンダムも狙ってる。わたしがフロントに入ったら、そこまで追ってくる理由、できちゃいます。エランさんだけでも、先に」

 

 動悸の収まらない心臓を抑え、スレッタは必死で考える。

 

 一番守らなければいけないのは、学園内の生徒と職員。学生パイロットとフロント管理会社、それにジェターク艦隊の人たち。逃げるわけにはいかない。

 一番いいやり方はもう駄目になった。なら、次は? 何をしたらいい? 相手は本物の軍隊。もう犠牲者は出てしまったけど、できるだけ人が死なない方法は何だ?

 

 手がかりはないかとあたりを見回し、スレッタはコンソールのランプに気づいた。ケレスからメッセージが送りつけられている。

 

“ペイルの艦隊がまだ現れていない。推定航路はグリッド566方面。学園側面、ペイル寮港湾からの侵入が予想される。奇襲を阻止しろ”

 

 あわてて戦場を見上げる。ジェターク艦隊とドミニコスが激しく戦火を交えている。素人目には押しとどめているようだけど、援軍を出せるようには見えない。これ以上敵が増えたら突破される。

 

 キャリバーンのコンディションは良好。装甲は少し傷んでいるけど、エネルギーも推進剤もまだ十分足りる。

 全身がだるい。ペダルを踏む足が重い。でも体力はまだある。エアリアルがいなくても、一緒に戦ってくれるガンダムがいる。

 

 出発前に持たされたドリンクを飲み干し、スレッタはファラクトに呼びかけた。

 

「エランさん、先に撤退してください。地球寮の艦なら、デッキに余裕があるはずです。――みんなも、」

 

 続けて地球寮に受け入れを頼むスレッタに、エランは険しい声で問いかける。

 

『あの艦隊と戦うつもり?』

「ペイルの艦隊が月の人たちに協力していて、横から奇襲、してくるみたいです。ジェタークの人たちだけじゃ足りない。できるだけ足止め、しなきゃ」

 

 モニター越しにエランの方を見て、次の瞬間、スレッタは悲鳴を上げた。

 

「え、エランさん、そのMS、ガンダム! で、データストームが!」

『……え、ああ』

 

 ようやくファラクトを認識したスレッタに、エランは淡々と状況を伝える。

 

『ガンドフォーマットがロックされてるから、大丈夫。その代わり、普通のザウォートくらいの動きしかできないけど』

 

 そう言ってスナイパーライフルを持ち直し、エランはファラクトのスラスターを軽く吹かせた。

 

『ファラクトも確保しに来るんでしょ。なら退けない』

 

 コンソールが点滅し、味方機のアイコンが1つ増える。

 

『IFF付与完了、決闘委員会戦術データリンク共有……ロウジ・チャンテか、相変わらず早い』

 

 戦闘態勢に入るファラクトへ、スレッタはおそるおそる問いかけた。

 

「体調、本当に大丈夫ですか?」

『無理はしないよ。君も、限界が来る前にちゃんと撤退すること』

 

 撤退する地球寮の艦を背後に、2機のガンダムは揃って前線を見上げた。

 

『何があったか、後で聞かせて』

「……はい。エランさんも」

 

 操縦桿を握る。シェルユニットが発光する。

 

 怖いし苦しいし身体は相変わらず痛いけど――なんだか今は、負ける気がしない。

 

 

 ◇

 

 

 ――アスティカシア学園、フロント側面宙域。

 

 ペイル・テクノロージーズの艦隊は、無警戒の宙域を悠々と侵攻していた。やや離れた地点では、ドミニコスとジェターク社艦隊が鎬を削っている。探知されていてもおかしくないが、今から部隊を向かわせるには遅い。そんな距離をとってある。

 

『目標確認。予定通りペイル寮港湾より突入、ファラクトを探せ』

『ドミニコスより伝達。学園にて未確認のガンダムを確認、優先して撃破せよ、と』

『寮艦との通信途絶。ペイルグレード同期失敗。電子ゲート解錠できません』

『強襲作戦に移行。MS隊発進』

 

 ハッチが開き、無数のザウォート・ヘヴィが出撃する。フロント側面に向け部隊を展開、無防備なドッグへ接近するモスグリーンのMS群に、突如アラートが鳴り響いた。

 

『高威力のビームを探知! MS隊、散開!』

 

 青白い光線がザウォートの群れを襲う。運悪く直撃した数機が手足を吹き飛ばされ、戦列を離れる。2度、3度と砲撃を繰り返しながら高速で接近するMSを捉え、隊長格のパイロットが檄を飛ばす。

 

『目標確認、白いガンダムが接近! 確実に撃墜しろ!』

 

 箒を抱えたMSの接近に、編隊は進路を変える。彼らの注目がガンダム――キャリバーンに向いた瞬間、何者かが隊長機の頭部を撃ち抜いた。

 

『狙撃だ! 2機目が来……ファラクト!?』

 

 機体が撃ち抜かれる瞬間カメラに映った黒いガンダムに、パイロットのひとりが叫ぶ。警戒するまもなく白いガンダムが接近、編隊の中央に飛び込み拡散ビームを乱射。MS隊の足をその場に釘付けにする。

 反撃は許されない。砲撃を回避、あるいはガンダムの包囲を図ったMSを、ファラクトのライフルが次々と撃ち落としていく。

 

『報告。ペイル寮港湾前に多数のMSを確認。フロント管理会社の守備隊と思われます』

 

 ガンダムに翻弄されている間に、目標としていた港湾ゲートの前にデミギャリソンの部隊が展開している。

 

『……ペイルグレードは作戦続行を指示している。それに相手はガンダムだ、長くは持たん。交戦を継続、先に奴らを落とせ』

 

 再び艦艇のハッチが開き、ザウォートが追加投入される。

 

 

 ◇

 

 

 ――作戦目標は学園の防衛。ドミニコスの人たちが諦めるまで、敵MSを引きつけ続けること。

 

 浅い呼吸を繰り返しながら、スレッタはキャリバーンを急旋回させた。四方八方から撃ち込まれるビームキャノンを回避、進路上にいた1機の腰を蹴り砕いて反転、背後に迫っていた小隊をバリアブルロッドライフルでまとめて撃退する。

 

 ロックオンアラートが鳴る。キャリバーンの背後から、ザウォートの1機がミサイルを発射する。慌てなくていい。ファラクトのライフルがミサイルを撃墜、撃ったMSも手足を撃ち抜かれ無力化される。その間にキャリバーンは再度転進、ファラクトにビームキャノンを向けていた1機に拡散ビームの照準を合わせた。

 

 2機のガンダムに翻弄され、ペイル艦隊は完全に足を止められていた。乱戦の中、撤退する機体と追加投入された機体が入り乱れ、統制は失われつつある。

 

 だからそこに、()()()()()ザウォートが紛れ込んでいることに気づかない。

 

 ペイル艦隊の1隻が、唐突に爆煙を上げた。続けてもう1発、2発と攻撃を受け、たちまち推力を落とす。下方からミサイルランチャーを構える自社MSに部隊が反応する前に、さらなる射撃を受け別の艦艇が大破。煙を噴きながら後退する。

 

 いつの間にか味方機が増えていることに気づき、スレッタは目をぱちくりさせた。

 

「カイヤさん、ジョゼさん?」

 

 ザウォートから通信が入る。モニターの隅に、二色に塗り分けられた艦艇の図面が表示される。

 

『ペイルの艦は、ほとんどAI操作。バイタルパート以外に人はいないから、撃ち抜いても死人は出ない』

『ファラクトのパイロット、エラン様から伝言。ペイルに恨みがあるなら、今のうちに好きなだけ殴っとけって』

 

 そう言って旗艦らしき艦へ残りのミサイルを発射する2機に、4号のエランは唖然としている。

 

『6号と7号?……君、本当に何をやったの』

 

 スレッタが返事を返す前に、通信機のランプが点滅した。コクピットにリリッケの声が入り込む。

 

『スレッタ先輩、そのお二人、味方ですか?』

 

 発射されたグレネードを回避し、スレッタは明るく答えた。

 

『はい。カイヤさんとジョゼさん、エランさんたちと同じ、元ペイルの社員さんです』

『わかりました。IFFと通信コード、付与します。――ロウジくん!』

『パイロット各位。こちらアスティカシア学園決闘委員会』

 

 ロウジの声が割り込む。

 

『学園とジェターク艦隊の間にデータリンクを確立した。今から戦況を共有する。通信チャンネルはそのまま動かさないで』

 

 コンソールが点滅し、新たな情報が追加される。即席のデータリンクが学園宙域全体の戦況を投影し、学生たちに正面の攻防を伝えた。さらに背後ではデミギャリソンの部隊が奮戦、防衛線を突破したMSに対処している。

 

 回線がつながった瞬間、早速学園正面から通信が入った。

 

『ジェターク艦隊より、学園側面のパイロットへ伝達。カラゴールの大隊がそちらへ増援に向かった。すまんが対処を頼む』

『了解。我々が対応する』

 

 後方にいたデミギャリソンの部隊が対応に向かった。ライフルを構え増援隊に突撃する紺色のMSたちに、黄色のMSの群れがすさまじい勢いで食らいつく。

 

 突破は一瞬だった。デミギャリソンの妨害を瞬く間に撃ち抜き、大隊は学園側面へ殺到する。

 

 練度が違う。

 

 追ってきたザウォートを撃ち落とし、スレッタはキャリバーンを翻した。デミギャリソンの救援に向かうが間に合わない。エランはザウォート3機とドッグファイトを演じており、他の二人も遠い。

 

 生き残ったデミギャリソンが増援に食らいつく。たちまち手足を撃ち抜かれる。残る機体を撃墜しようと、カラゴールの小隊が反転、紺色のMSへ殺到する。

 

 撃墜される直前、4本のビームが宙を走った。

 

 四方からの攻撃に、続けざまに2機のカラゴールが手足を解体される。反射的にライフルを撃ち返した1機の首を、急接近した灰色のガンダムが、両手に握られたビームブレードが打ち落とす。

 

『撃って来いよ、ドミニコスの偽物。こいつも摘発対象なんだろう?』

 

 撤退するデミギャリソンを背に、ラウダ・ニールはカラゴールの群れに向け唸る。即座にビームライフルを向けてきたMSたちをシュバルゼッテの剣でいなしながら、ラウダは学園全域へ向け叫んだ。

 

『本社から連絡が入った。先ほど地球で、ミオリネがシャディク・ゼネリを確保。ケナンジ隊長以下本社の艦隊を連れて、グエル・ジェタークが学園へ向かっている。

 ――ジェターク艦隊ならびに全パイロット、作戦目標変更。兄さんが来るまで持たせろ!』

 

 通信機越しに、爆発的な喚声が響き渡った。

 

 

 

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