水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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35.アスティカシアの一番長い日/大将

 ――アスティカシア学園港湾部。

 

 大破したハインドリーを管理会社に引き渡し、チュチュはMSを地球寮のドックへ向けた。着艦と同時に、ニカが駆け寄ってくる。

 

「チュチュ、ごめん、あのね」

「ニカ姉、話は後だ。デミバーディング(こいつ)に補給頼む」

「――うん!」

 

 スポーツドリンクのボトルを残し、ニカはメンテナンス用のハッチに飛びつく。片手でキャップをひねりながら、チュチュはコンソールを操作した。

 

 無数の敵MSを相手に、スレッタのガンダムが飛び回っている。外ではオジェロが補給に加わり、インカムからはリリッケとヌーノの通信が聞こえる。学園港湾部ではマルタンが、入港したペイルの艦へアリヤとティルを迎えに行った。シェルター内の定点カメラからは他寮に預けたティコたちの様子が伝わってくる。ミオリネも地球で頑張っているらしい。

 

 やっとみんなが帰ってきた。

 

「後輩がど真ん中で暴れてるんだ。あーしが引っ込んでてどうする」

 

 ドリンクを豪快にあおり、チュチュは外部へ通信を繋げる。

 

「おい、フェルシー・ロロ! もう港の中か?」

『なんだよポンポン頭! こっちはバックパック全損してんだぞ!』

 

 元気に噛みついてくるフェルシーに、チュチュは威勢よく言い返した。

 

「それだけ体力ありゃ十分だろ。補給終わったらもう一回出るぞ!」

『え? そりゃあたしも出たいけどさ……正直、足手まといなんじゃ』

「何も前線まで行くわけじゃねえ。港の防衛でも撤退支援でも、やれることいくらでもあるだろ」

 

 ブリオンの寮艦、とくにあそこがまずい。

 ロウジによって無理矢理共有されたデータリンクをにらむ。

 

 各寮にフロント管理会社にジェターク艦隊、おまけに乱入してきた連中のせいで、指揮系統はめちゃくちゃになっている。学園防衛というざっくりした方針があるだけで、対処法はバラバラだ。会社の分掌に従ってどうにか共闘しているにすぎない。

 

 ジャミング下で通信強度を維持するため、ブリオンの艦は避難をやめて港湾外に停泊している。あそこが落ちれば、一気に統率がとれなくなる。

 

 ジェターク寮生たちの盛り上がりっぷりにうずうずしていたのだろう。フェルシーはわりとすぐに返答した。

 

『わかったよもう! ――カミル先輩、消火ユニットに換装お願いします!』

 

 

 ◇

 

 

 ――学園港湾前、ブリオン寮艦のブリッジ。

 

「『ウラノメトリア』および各寮艦の撤退、完了しました」

「グラスレー寮生およびテロ容疑者、フロント管理会社で全員拘束済みです」

「援軍の到着、まだありません」

「決闘参加者およびスレッタ・マーキュリー、エラン・ケレスの両名、戦闘続行中です」

 

「シェルター内の生徒は?」

 

 セセリアの質問に、ロウジは黙って監視カメラの様子を見せた。

 

「暴動一歩手前。制止する人員は出せないと思う」

「おっけー、放送入れる。ロウジ、スピーカー入れて」

 

 セセリアは何度目かの深呼吸をし、マイクのスイッチを入れた。

 

『シェルター内の各位に、決闘委員会より伝達。現在の状況を説明します』

 

 こんなに真面目に話すのは、ランブルリングの時以来だ。

 監視カメラの先、不安げに顔を見合わせる生徒たちへ伝わるよう、セセリアは慎重に言葉を選んだ。

 

『先ほど一連のテロに関する容疑者を拘束、サリウスCEOの保護に成功しました。現在はフロント管理会社の収容下にあります。

 これに対し、ドミニコス……いえ、宇宙議会連合の艦隊は、ベネリットが容疑者をかくまっていると主張。強制執行を発令しました。

 敵MSの強襲に対し、フロント管理会社とジェターク艦隊、学生有志が出撃、学園の防衛に当たっています。また、サリウスCEOに依頼し、停戦交渉に当たっていただいています』

 

 シェルターのドアを破ろうとしていた生徒が手を止める。殺気だったひとりが作業を続けるが、他の誰かに制止される。

 

『ベネリット本社は、すでにこの動きを把握しています。先ほど入った通信では、グエル先輩が艦隊を、本物のドミニコス隊を連れて、学園フロントへ向かっています』

 

 シェルター内の空気が、目に見えて変わった。

 やっぱグエル先輩すごいなあ。

 セセリアはマイクを握り直し、煽りに気合いを入れる。

 

『今、フロント外宙域で、水星ちゃんが戦っています。ラウダ先輩も、エラン先輩も、フェルシー・ロロとチュアチュリー・パンランチも、フロント管理会社とジェターク艦隊も、他にも協力してくれているパイロットがいます。

 ――グエル先輩は、必ず帰ってきます』

 

『シェルター内の皆様、安全が確保されるまで、冷静な行動をお願いします。

 これから決闘委員会のチャンネルに、外の映像を流します。画面の共有は見たい生徒だけにとどめ、大型モニターの使用はお控えくださるようお願いします』

 

 マイクを切る。

 シェルター内の騒乱は、一応収まったように見える。

 数秒後、メインモニターの端で、更新のサインが点滅した。ロウジが画面を切り替える。

 

「決闘の対戦表? なにこのオッズ、初めて見た」

 

 誰も参加していなかった対戦表に、いつの間にか大量の賭け金が積み上がっていた。表は次々と更新され、ラウダやチュチュ、フェルシー、決闘に参加していなかったはずのスレッタやエラン、グエルにまで投票が集まっている。

 

「なにこれ、治安悪。……うちの学校らしいけどね」

 

 これを()()としてパイロットに伝えていいものかどうか、セセリアは珍しく苦笑した。

 

 

 ◇

 

 

 ――学園フロント港湾3番ドック、ロッドファーヴニル艦内。

 

「よお、俺」

「うげ……どうも」

 

 にやにや笑いを浮かべて近寄ってきたケレスに、5号のエランは露骨にいやな顔をした。隣で点滴中のノレアは、同じ顔の青年たちを二度見した。

 

 ハロ付きのロボットが不審げにカメラを向ける手錠こそかけられたものの、。拘束より治療が先だと強硬に言い張ったこともあり、今のところノレアの監視はこれだけだ。何しろ人手が足りない。艦の外は騒がしく、ドック内の誰もが学園防衛に駆けずり回っている。

 

 後ろでノレアのバイタルを確認していたベルメリアが、関わりたくなさそうに気配を消した。5号もできれば会話したくなかったが、しぶしぶ口を開く。

 

「ねえ、4号を逃がしたの、あんた?」

「ああ。艦に乗るくらいの体力はありそうだったからな」

 

 ケレスはあっさり口を割った。

 

「学園に呼び戻したのも?」

「それは俺じゃない。調査に出したはいいが一度も連絡寄越さないし、とっくにばっくれたと思ってたんだよ。ここの寮にあったペイルグレードを爆破したのも独断だろう。あいつなんでここにいるの?」

「僕に聞かないでよ。おかげでこっちは大混乱だよ」

 

 5号は天を仰いだ。どうしてこうなったか知らないが、原因の1割くらいは自分のせいのような気がした。

 

 ご本人様はこの調子だし、6号と7号は外で大暴れしてるし、おまけにさっきから話しかけたそうにこちらを見ている、ノレアのお仲間っぽい子どもが二人。

 

 あの子、本当にペイルに突撃しちゃったのか。焚きつけたのは僕だけど。

 

 黙り込む5号に、ケレスはわざとらしい笑みを浮かべた。

 

「それはそれとして、だ。あそこにザウォートが一機余ってるんだが」

 

 ケレスはドックの片隅を指した。地球寮の艦の側に、見慣れた量産型MSが駐機されている。

 5号は頬をひきつらせた。

 

「あれまさか、オジェロが組んでたジャンク? まじで直したの?」

「動作試験は通ったみたいだぞ。ついでに武装は俺が持ってきた」

 

 ブースターのないザウォートを地球寮の面々が取り囲み、ペイルの艦から降ろされた装備を搭載している。マルタンがちらちらこちらを見ているあたり、どうやら外堀は埋まっているらしい。

 

「僕にあれに乗れって?」

 

 すごんでみせる5号に、ケレスは真面目な顔を作った。

 

「戦況がだいぶ悪い。交渉はグラスレーのじいさんに任せたが梨の礫だ。4号たちが頑張っているがドミニコスに押し込まれている。ついでに開戦から20分経った。キャリバーンが落ちたら一気に崩れるぞ」

 

 手元のタブレットで戦況は把握している。普通のザウォートなら、そろそろ推進剤が切れてもおかしくない。ノレアの反応で、あの白いMSがろくでもない代物なのも察していた。

 

「MS一機増えたところで覆せる戦況じゃないがな、あいつのせいで俺は人生最大の賭けの最中だ。ボーナスは前払いしたが、最後まで契約を履行してもらわなきゃ割に合わん」

 

 5号は渋い顔でタブレットの映像を見た。無駄に上がった士気でどうにか押しとどめているが、技能や統率を底上げできる訳ではない。相手はL1の最精鋭。学生のガンダムが主力の時点で、最初から勝ち目は薄いのだ。

 

 死にたくない。だが、ここで行かなければ生き延びられない。

 だけど。

 隣のノレアを見る。放置されているとはいえ、彼女にとってここは敵地だ。できれば目を離したくない。

 

 5号の視線に、ノレアはため息をついた。

 

「行ってください。今更暴れたりしませんから。それに」

 

 通路の影でどちらが話しかけに行くか相談している子どもたちを見て、ノレアは毒気の抜かれた声で言った。

 

「あなただって、仲間を助けたいんでしょう」

 

 そのままそっぽを向いたノレアに、5号はやけくそ気味に叫んだ。

 

「ああもう、ガンダムじゃなきゃ何でもいいよ」

 

 

 ◇

 

 

 ――フロント外宙域、前線。

 

 敵ザウォートのバックパックを蹴り飛ばし、脚に搭載されたビーム砲をたたき込む。モスグリーンのMSが戦闘不能になるやいなや、4号のエランはすぐさま次の敵を探してファラクトのスラスターを吹かせた。

 

 前線は混沌としていた。ディランザによる防衛戦と、それを崩さんとするカラゴールが乱戦を繰り広げる。そこにキャリバーンが突入して部隊を攪乱し、負けじと斬りかかるシュバルゼッテが学園への接近をどうにか防いでいる。

 

 残存するフロント管理会社のデミギャリソンは、ほとんどが後方支援に移っていた。ペイルのMSも同じく数を減らしていたが、代わりに援軍として送り込まれたカラゴールの黄色が目立っている。学園正面と側面、二つに分かれていた戦線は、次第に接近し今はほとんど混じり合っていた。 

 

 その戦線を挟むようにジェタークとドミニコスの艦隊がにらみ合い、フロントの自転と同期してゆっくりと航行している。

 

「邪魔を、しないでくれるかな」

 

 追ってきたカラゴールを振り向きざまに撃ち落とし、エランは再び加速する。地球寮から拝借したライフルはすでにエネルギーが尽き、拾った敵ザウォートのロングビームガンを使っている。ファラクトの大型スラスターを吹かしながら、エランは戦場を縦横無尽に飛び回る白いMSへ呼びかけた。

 

「スレッタ・マーキュリー、もう戻って。それ以上は持たない」

 

 キャリバーンのシェルユニットが強く輝き、防衛線を突破したカラゴールに急接近する。すれ違いざまに下半身を切り落とした白いガンダムに、すぐさま敵MSが殺到、戦場へと追い返していく――ガンダムの時間切れを狙っている。

 

『だめ、です。止めないと、これ以上近づかれたら――』

 

 すさまじい数のMSを引きつけながら、スレッタは再び大きく旋回した。減速あるいは方向転換に手間取った追手を、ジェタークの部隊が的確に撃ち落としていく。

 

 キャリバーンの後を追い、ファラクトも援護に加わる。だが、振り切られるのはファラクトも同じだ。スコア4が、キャリバーンが速すぎる。今のエランでは追いつけない。

 

 エランは歯がみしてコンソールを睨んだ。ファラクトの出力が足りない。スレッタに追いつく方法は一つ。だがガンドフォーマットのロックを外したところで、今のエランでは起動した瞬間即死する。

 

 空間を赤紫のビームが横切り、敵ザウォートを直撃する。ラウダの放ったガンビットにより、最後に残っていたペイル勢が艦隊ごと後方に退く。エランはフットペダルを踏み込み、最小限の動きで迫る砲撃を回避する。古巣のMSが減ったことで、かえってカラゴールの攻撃が強化人士らに集中していた。

 

『――ッ、被弾した! コントロールが効かない』

『援護する、学園へ』

 

 スレッタの援護に回っていた7号のザウォートをビームライフルが直撃、制御を失い吹き飛ばされる。6号がカバーに入るが、こちらも武装を使い切っている。エランはファラクトを割り込ませ、追っ手へビームガンをたたき込んだ。だが、数が多い。数機が弾幕をすり抜け、退避する2機へ迫る。

 

『4号、その武器よこせ!』

 

 学園から新たなMSが飛来する。味方機のアイコンが追加される。

 

 ()()()()()()の通信に、4号のエランはすぐさまコンソールを叩いた。使い方が分からず放置されていた2丁のビームガンがファラクトの腰から外れ、突っ込んできたザウォートの手に渡る。

 

 銃をキャッチした瞬間、ザウォートはすさまじい勢いで早撃ちを始めた。弾幕が追手のカラゴールを撃ち落とし、続く機体も大破させる。その間に、6号と7号のザウォートにデミトレーナーに似たMSが接近、港湾へ回収していく。

 

 見たことのないマニューバを見せた顔見知りらしき青年のザウォートに、4号のエランは躊躇なくビームガンを向けた。

 

「君が僕の後任? 今まで本気出してなかったの?」

『ふざけんな、本気出したら死ぬんだよ!』

 

 エランは引き金を引き、ザウォートに迫っていた敵MSを撃ち抜く。同様にファラクトに迫っていたカラゴールをビームガンで撃退しながら、5号のエランは大声で言い返した。

 

『ああもう、人のことは止めるくせに、気軽にスコア上げちゃってさぁ』

 

 全身を赤く輝かせるキャリバーンを追い、二人のエランはそれぞれの銃を構えた。

 

 

 ◇

 

 

「グエルさんが来るまでがんばる、グエルさんが来るまでがんばる、グエルさんが来るまでがんばる」

 

 ぶつぶつと目標をつぶやきながら、スレッタはバリアブルロッドライフルを背後へ向けた。一切制動をかけることなく、手首のひねりだけで角度を合わせ、照準も見ずに引き金を引く。死角から迫っていた敵MSにビームが直撃する。すぐさま箒をバトンのように持ち替え、逆側から接近するカラゴールへ射撃、再び推進モードへ切り替え飛翔する。

 

 後を追ってきた敵MSが、ファラクトとザウォートの連携で叩き落とされる。僅かにできた余裕で4まで上げていたスコアを落とし、スレッタは必死で酸素を吸い込んだ。5号のエランらしき援軍に、通信を繋ぐ余裕もない。脳にたたき込まれる情報が減った瞬間、かき回すような頭痛が主張を始める。何度スコアを上げたか、とっくに数えるのはやめていた。気を抜くと力の入らなくなる手足を叱咤し、黄色のMSを追い返しに向かう。

 

 やっぱり、ちょっとずつ押されてる。

 

 旋回した瞬間戦場全体が目に入り、スレッタは焦りを深くする。遠くで隙を伺っていた月の艦隊が、だんだんとこちらへ距離を詰めていた。

 艦隊と前線、それから学園。それぞれの距離を測ろうとして、後方にできた空白に気がついた。

 

 大型バズーカを構えた黄色のMS。そこから学園の港、そこを出入りするデミギャリソンまで、大きく射線が開いている。

 

 考える前に身体が動いた。バリアブルロッドライフルを収束モードに切り替える。しっかり狙いをつけ、引き金を引く。青白い閃光が走り、照準器のサークルの中で、コクピットを撃ち抜かれたカラゴールが爆散する。

 

 操縦桿を握る手が緩み、すぐに握り直す。スレッタの目はもう、次に狙うべきMSを探している。

 止まっている場合じゃない。箒の出力は切り替えず、シュバルゼッテを追っていた別のカラゴールへ向け再び狙いをつける。考えたり悩んだりするのは後回し。みんなが安全になってからでいい。 

 

 それより、もっと前線を押し上げないと。これ以上近づかれたら、落とすしかなくなる。

 

 重たい足でフットペダルを踏みしめる。敵MSを引き連れたまま加速、戦線を駆け抜け、学園宙域の外へ、外へ飛翔する。シールドが、エスカッシャンがあれば。みんながいれば。脳をかすめる思いつきを、歯を食いしばって追い払う。

 

 領宙灯を飛び越える。その向こうで、月の艦隊が徐々に射程距離を詰めていた。

 

 

 ◇

 

 

 撤退するディランザをかばい、シュバルゼッテのビームブレードを振り上げる。

 

「よくもうちの社員を墜としてくれたな」

 

 肩で息をしながら、ラウダはさらにフットペダルを踏み込んだ。背中に接続した四本のガンビットにより加速、敵小隊に斬りかかる。敵のビームライフルが装甲をかすめ、火花を上げる。腹立たしいが、もうガンビットを飛ばすだけの余力がない。

 

 だが、退くわけにはいかない。寮生たちより、社員たちより前へ。一番先頭に立ち続けるのが、ジェタークの男の仕事だ。次男だろうと家名が違おうと、それを譲るわけにはいかない。

 

 ビームブレードを振り回し、黄色のMSを両断する。限界が来る直前にガンドフォーマットを停止、わずかな休息を得る。呼吸を整えるその間にも、ペイルのMSが敵に狙撃と連射をたたき込む。青白い閃光が宙を薙ぎ、白いガンダムが駆け抜ける先で、敵MSが次々と戦線から脱落していく。

 

 血の味がする舌を動かし、呪文を唱える。シェルユニットが再び光を取り戻す。

 

「兄さんが来るんだ。あいつより先にへばってたまるか――」

 

 汗まみれの手で操縦桿を握り、ラウダは再びスコアを上昇させた。

 

 

 ◇

 

 

 ――フロント港湾内、管制塔。

 

「これ以上の引き延ばしは難しい。被疑者の身柄を引き渡し、私も議会へ出頭する。それで学生たちだけでも退去を認められないか話す。皆殺しだけは避けねばならん」

『CEO、我々はまだやれます。グエル様が来るまではどうか』

 

 継戦を訴えるジェタークの司令官へ、サリウス・ゼネリは低い声で現状を伝えた。 

 

「フロント管理会社の部隊が崩壊しかけている。それ以上にガンダムのパイロットが持たん。前線を支えている彼らが落ちれば、一気に攻め落とされるぞ」

 

 額に脂汗をにじませ、サリウスは苦々しく語る。

 

 ガンドのもたらす全能感。脳に与えられる興奮。自身の体力が18メートルのマシーンと同一だと錯覚させる特性。

 

「ガンダムの呪いだ。我々が止めない限り、彼らは死ぬまで戦い続ける」

 

 だからあれを開発すべきでなかったのだ。

 

 灰色のガンダムに目をやり動揺する司令官へ、サリウスはさらにたたみかけた。

 

「学生を前に出した時点で我々の負けだったのだ。――全責任は私が負う。降伏の準備をさせてもらえまいか」

 

 

 ◇

 

 

 ――学園フロント、港湾前。

 

 火を吹きながら撤退してきたMSに、消化剤をぶちまける。待機していたモビルクラフトが後を引き継ぎ、港湾内部へ誘導していく。

 これで何機目だろう。フェルシーは疲れ切った顔で戦場を見上げた。少し離れたところで、デミバーディングが同じように戻ってきたMSを回収している。考える暇もなくコクピットにアラートが鳴り、慌てて装備を構える。

 

『まずい、1機抜けた!』

 

 装甲の欠けたカラゴールが1機、防衛戦を抜けて港へ向かっている。警備のデミギャリソンが迎撃するが、強引に抜けてくる。

 

 こっちに来た。そう思った瞬間、フェルシーの腕は勝手に操縦桿を押し込んでいた。被弾と引き換えに敵機へ接近、ありったけの消化剤をぶちまけ、カラゴールの視界を塞ぐ。カメラを塞ぐ泡に敵が動揺した瞬間、デミギャリソンの小隊が四方からビームライフルをたたき込む。

 

 息を切らすフェルシーへ、援護してくれたデミギャリソンが話しかけてくる。

 

『君ももう撤退しろ。これ以上は危険すぎる』

「だけど、もう下がるところなんか」

 

 フェルシーは前線を見渡した。防衛線は薄くなり、はっきりと学園側へ押し込まれている。シュバルゼッテはまだ奮戦していたが、あれだけいたはずのディランザが、見て分かるほどに数を減らしている。

 これじゃあ先輩が来る前に、みんな、

 

 もう一度砲火に埋め尽くされた宇宙を見上げ、フェルシーは滲んだ目を見開いた。

 

 戦場のただ中に、一筋、赤い光が飛んでいく。

 

 

 ◇

 

 

 キャリバーンがアラートを鳴らす。フットペダルを踏み回避、しようとした瞬間、踏み込んだ足がずるりと滑る。

 

「――――――ッ!!」

 

 左足をビームがかすめ、スレッタは声にならない悲鳴をあげた。衝撃でスコアが落ち、一瞬目の前が真っ黒に染まる。身体に染みついた操縦が、どうにか回避マニューバを続けている。だがフットペダルを動かせない。足が、動かない。

 

 再び被弾。今度は右肩。衝撃でシートに叩きつけられ、口の中が切れる。その場に漂っていたカラゴール用のシールドを掴み、それ以上の追撃を避ける。

 

 リリッケが何か叫んでいる。エランの警告が聞こえる。目を見開き、血がにじむほどに操縦桿を握りしめる。割れかけたシールドを捨て、キャリバーンが箒を握りしめる。

 

 逃げはしない。学園へは行かせない。みんなが後ろにいる。コクピットで、港湾で、避難したシェルターで、ガンダム(わたしたち)の戦いを見ている。

 

 データリンクが更新される。学園外から、味方の反応が現れる。

 

『学園宙域の全軍に告げる、直ちに戦闘を停止しろ!』

 

 オープンチャンネルに青年の声が響き渡った。

 

 同時に重武装のベギルペンデが整然と突入、戦闘中のMSの間に割って入る。あれほど暴れ回っていたカラゴールがたちまち制圧され、飛び交っていたビームが消えていく。

 勧告に従いキャリバーンの推力を、スコアを落としながら、スレッタは艦隊の来た方角を見上げた。赤いMSが前線を突っ切り、月艦隊の正面へ飛んでいく。

 

「グエルさん」

 

 

 ◇

 

 

 たった1機で旗艦の前に躍り出たMSに、月艦隊の司令官は、唇を引き攣らせた。

 

 赤い塗装に派手な羽根飾り。一目で指揮官と分かる改造ディランザ。

 なるほど。

 声こそ若造だが、こいつこそがこの場の代表者。

 援軍だけでなく、ここで戦っていた学生たちの大将か。

 

『宇宙議会連合所属、ドミニコス艦隊司令とお見受けする。ジェターク・ヘビーマシーナリーCEO、グエル・ジェタークだ。

 先ほど地球にて、次期総裁ミオリネ・レンブランがテロの首謀者を確保。関連する武装勢力についても制圧した。ベネリットグループにおける一連のテロ事件についてはすべて解決している。これ以上の捜査活動は不要だ。今すぐ艦隊をまとめて撤退しろ!』

 

 改めて弁明するグエルを、司令官は鼻で笑う。

 

「プラント・クエタ崩壊に関する容疑は貴社にもかかっている。亡くなったとはいえ、容疑者の筆頭はあなたのお父上だ。まさか代替わりしたら罪状が消えるとお思いではないでしょうな? テロリストにMSを提供し、暗殺計画に関与した疑いのある会社がそうして野放しになっている。我々が介入するには十分では?」

 

『ヴィム・ジェタークは俺が殺した』

 

 皆が息を呑むのにもかまわず、グエルは言葉を続ける。

 

『企業行政法に基づき、俺も本社の処断を待つ身だ。だが、社員の処断は社内で行う。俺を裁くのはベネリットグループだ。議会の手は必要ない』

 

 司令官の反論を待たず、オープンチャンネルに降伏信号が流れた。ペイル・テクノロージーズの残存艦が、勝手に白旗をあげている。僅かに残ったMSも武装解除を始めていた。

 

「あの風見鶏どもめ」

「司令、我々も撤退すべきです。これ以上の戦闘は不可能かと」

「……駄目だ」

 

 副官の進言を、司令官は震える声で拒絶した。

 

「学園内でテロリストのガンダムが暴走。フロントは壊滅、学生が巻き込まれ、死傷者多数。それをドミニコスが制圧したという情報が、あと30分でリークされる。すでに映像データと緊急速報の配信が全フロントで予約されているのだ。後には退けん。……幸い、射程距離には入っている」

 

 脂汗を垂らしながら、司令官はCICに向け命令した。

 

「全艦艇、学園フロントへ突入! 艦隊戦、並びに砲撃戦用意、主砲に対小惑星用弾頭を装填!」

 

 発令した瞬間、CIC全体にかすかなノイズが走った。

 

「――レーダーに反応! 多量のデータストームを観測!」

 

 装填ユニットがエラーを吐く。操舵手が舵輪をゆするが、動かない。あらゆるコンソールに白い光が走り、艦隊の機能を停止させていく。

 

「MA? こんな大物、なぜ接近に気づかなかった!」

「随伴のMSを確認……生体反応なし、無人機が11――」 

 

 レーダーに映る巨大な影を、彼らは恐慌状態で見上げた。

 

 

 ◇

 

 

 それが現れた瞬間、アスティカシア学園領宙内のありとあらゆる機械が静止した。

 

 MSが、艦艇が、学園フロントのシステムが、何もかもがそれの発する空間に呑まれ停止していく。電力や空調といったインフラだけが不自然に取り残され、かろうじて人々の生命を維持している。

 わずか数人、ガンダムのコクピットにいた者たちだけが、それの発するざりざりとした違和感に気がつく。

 

 戦場の真上に現れた12の影を、誰もが呆然として見上げるしかない。

 

 まるで神がこの惨状を見かねて、全員黙れ(quiet)と命じたかのように。

 

 

 

 




乱入者はこれで最後です。
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