水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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4.帰れない星/ベネリット本社

「このたびは、お父様のご逝去に際し、心よりお悔やみ申し上げます。突然の悲報に接し、私も驚きと深い悲しみの念に堪えません」

 

 そんなこと、ひとつも思っていないくせに。

 モニターの向こうで蕩々と述べる男に頭を下げつつ、ミオリネは心の中で毒ついた。やや後ろに直立したラジャンが、同じように頭を下げている。弔問客に相づちを打つたび、疲弊した頭が割れるように痛んだ。

 ベネリットグループの応接室。ミオリネは続々と押し寄せる財界要人からの面会を受けていた。今通信している相手は宇宙議会連合の議長だ。強硬派と呼ばれる最大派閥を率い、出身は議会本拠地と同じく月。生前のデリングとは、バリバリの政敵だった。

 

「……生前のお父様とは、さまざまな意見を交わし合う中で、時には対立することもありましたが、その中で彼の情熱や信念を強く感じておりました。デリング氏の存在は、業界において大きな影響を与え、多くの人々に尊敬されていました」

 

 隣の部屋では、先行して挨拶を済ませた重役たちが、方々への対応をこなしている。マスコミへの対応、子会社からの弔問の受け付け、その優先順位の策定。今後行われる総裁選のための段取り。

 次期総裁として指名されたグラスレー社CEO、サリウス・ゼネリは、学園を襲撃したテロリストにより誘拐され行方不明だ。速やかに空席を埋めようと、次期総裁を選ぶための準備と暗闘が隠す気配もなく行われていた。

 

 どいつもこいつも、デリング・レンブランの死を活用することしか考えていない。

 誰も父の死を悲しんでいない。悲しんでもらえない。そんな男だったことが、無性に情けなかった。

 

「これからは、彼の築いてきたものを大切にし、引き継いでいくことが私たちの責任だと考えております。お嬢さんが、この困難な時期を乗り越えられるよう、心よりお祈り申し上げます……ああ、そうそう」

 

 長々とした口上の後、議長は今思いついたと言わんばかりに告げた。

 

「デリング氏の死去を受けまして、MS評議会の議長席、およびドミニコス隊の指揮権を、ベネリットグループより剥奪させていただくこととなります」

「は!?」

 

 ミオリネは目を見開いた。評議会の当事者であるラジャンからも、たじろいだ気配がする。

 

「これらの役職は、元々デリング氏個人の名声と手腕あればこそ、議会の賛同を経てお任せしていたもの。氏が亡くなったのであれば、適任者へ速やかに委譲していたかねば。なにせ、L4ではテロが横行していることですからな。現在ドミニコスへ出向されている部隊も、そちらでお使いいただいた方がよろしいでしょう。正式な通達は評議会の決を経てからとなりますが、一足先にお耳に入れておこうかと」

 

 おそらく、議会への根回しと次の指令官指名まで終わっているのだろう。歯がみするミオリネの後ろから、ラジャンが苦々しげに切り返す。

 

「……引き継ぎ等の実務は、そちらの辞令を待って行わせていただきたい」

「もちろんですとも。そちらはまず総裁を決めねばならんでしょうからな」

 

 なめ腐った態度を隠そうともせず、議長は晴れやかに挨拶する。

 

「お嬢さんが総裁を目指されるのでしたら、ぜひ応援させていただきましょう。半年後、月面サミットでお会いするのを楽しみにしておりますよ」

 

 通信が途切れた瞬間、ミオリネは深く脱力した。

 

「お母さんの葬式に、なんでお父さんが来なかったのかわかった」

 

 デリングの遺体は、ミオリネ立ち会いの元すでに葬られている。公的な葬儀は総裁選を経てから、新総裁を喪主として行われる予定だった。

 予定日はミオリネの誕生日だ。

 

 ラジャンから冷水を受け取り、処方されていた鎮痛剤を飲み込む。頭痛が緩やかに落ち着いていく。次いでコンパクトを取り出し、目の隈にファンデーションを塗り直した。

 

「次の弔問は3分後の予定となります。――失礼」

 

 ラジャンも倦怠感を隠せていない。先ほどの情報を送るためか、一礼して端末を取り出す。ミオリネも生徒手帳を取り出し、メールに目を通した。スレッタから、地球寮からの連絡がずらりと並んでいる。学園の様子、会社の報告、どの文面もミオリネを心配していた。

 ニカが行方不明、という一文が目に入り、収まりかけていた動悸が再び激しくなる。学園で起きたテロやフロント管理会社からの報告は、ミオリネへも届いている。容疑はかかっているが、あくまで重要参考人扱いで捜索中、と聞かされていた。違和感があるが、考えている時間はない。

 

 アラームが次の弔問客との通信を伝える。モニターが切り替わり、金髪に褐色肌の青年を映した。

 

「なんだ、シャディクか」

「なんだはひどいな」

 

 昔なじみの青年は、困ったように肩をすくめる。

 

「これでもグラスレーを代表して来てるんだけど」

 

 なんだか気が抜けて、ミオリネは机にぐったりと突っ伏した。

 

「嫌みったらしい年寄りとばっかり会ってたらそうなるわよ。さっきは宇宙議会連合の議長、その前はペイルのなかよし厚化粧」

「ミオリネらしいな」

 

 苦笑するシャディクを問いただしたくなるのを、ミオリネは膝に爪を立てて堪えた。

 もしかしてこいつも、お父さんの死を喜んでいる?

 それをこの場で聞くことに、耐えられそうになかった。

 

「そういうことなら挨拶は省くよ。だけどミオリネ、本当に調子が悪そうだ。予定が変更できないなら、俺との時間は休憩に使ってくれ。できるなら他の重役と交代したほうがいい」

 

 一転真面目な顔で言うシャディクに、ミオリネは低い声で答えた。

 

「いやよ。お父さんの家族の役は誰にも任せられない。こんなの他の人にさせたくない」

 

 人のことは言えない。父の死を悲しむ気持ちは、ミオリネからも失せている。

 代わりに、途方もない怒りが、腹の底で渦を巻いていた。

 

「あんた、ホルダーにならなくて正解だった」

「お父さんに理由を聞いたのかい?」

 

 ミオリネは暗い目で頷く。

 

「私のために地球の人を殺す役目」

 

「ミオリネ、それは」

「もしくはグループが破綻したとき、私の代わりに吊される人の選定」

 

 先にミオリネが誕生日を迎えていれば、ここに座らされていたのは花婿のはずだ。

 

「お父さんにとっては誰でもよかったのよ。私が選んだ人でさえなければ」

 

 スレッタはミオリネに母親を紹介してくれた。グエルも自分の父親との会食の場をつくろうとしていた(当日ミオリネがすっぽかしたが)。

 デリング・レンブランがホルダーの顔を見ようとしたことは、ミオリネの知る限り一度も無い。

 

「……シンクタンクの報告は、俺も見ているよ」

 

 蒼白な顔で、シャディクはどうにか言葉を絞り出した。

 

「君もそれを知っておくべきだったと思う。だけどこれは仕事だ。対策も改革もグル-プの社員がやるべき職務。総裁選の焦点もそこになるだろうね。」

「お父さんが死ぬまでは、そうだったかもね。だけどここから先は、今生きている人の責任でしょ」

「責任には権限が伴うべきだよ。君がそれを持っていたことはない」

 

 シャディクはやや調子を取り戻した。

 

「あえてこういう言い方をするよ。君はもう自由だ。逃げたっていいし、止めたいことは全部止めたらいい。今ならどこにだって行けるよ」

 

 家出の経緯を知る男は、冗談めかしてそれを言う。

 

「跡なんて継ぐ気、なかったわよ」

 

 ミオリネは顔を上げる。

 

「だけどここで投げ出したら、私の会社も続けられなくなる。株式や資産だけじゃない、止めなきゃいけないことを山ほど残していったわ。それをどうにかするには、あんたの言う権限が必要」

「総裁選に出るつもりか?」

 

 シャディクは眉根を寄せた。

 

「あんたも出るんでしょ?」

「もちろん。俺は父さんの後継者として、ここで立つために育てられた。公約もベネリットの行く先も、ずっと考えてきたよ」

 

 わざとらしく笑みをつくり、シャディクは提案する。

 

「俺と組む気はないかい? 君と俺が手を結べば、すぐにでも勝負が決まるよ?」

「無理よ」

 

 ミオリネは即座に首を振った。

 

「ガンダムのことがなくてもだめ。あんたの支持基盤はグラスレー、今の体制をできる限り維持したい連中でしょ。私とは方針が合わない」

 

 モニター上のシャディクをにらみ返す。

 

「私は、お父さんの業績を台無しにしたい。だからあんたとは組めないわ」

 

 シャディクは肩の力を抜いた。

 

「なら、次に会ったときは敵同士だ。総裁選での討論、楽しみにしているよ」

「受けて立つわよ」

 

 モニターが切れる。

 さっきとは違う脱力感がミオリネを襲う。だが、気分の悪さはなくなっていた。

 

「次の弔問までもうしばらくあります。お茶をお入れしましょうか」

 

 ラジャンの申し出に、ミオリネは後ろを振り返った。

 

「あなたは次の総裁になろうと思わないの?」

 

 ラジャンは静かに首を振った。

 

「私はデリング様の部下として付き従い、デリング様の指示を叶えることで栄達してきた人間です。あの方なき後、グループを引き継ぐような器ではありませんよ」

 

 カップを温め、茶葉を蒸らしながら、事実上のナンバー2は静かに過去を振り返る。

 

「ベネリットグループは、あの方が一代で築いた王国です。デリング様の真似は誰にもできませんし、後進となる者が別の道を選んだとして、それを阻むつもりはございません。状況が落ち着くまで本社の舵取りは行いますが、次の総裁が決まり次第、全ての役職を退くつもりでおります」

 

 ポットが傾き、紅茶の香りが執務室に広がる。

 

「それはミオリネ様も同じでございます。総裁選に出馬されるつもりであれば、不詳、このラジャンが後援いたします。ですが、あなたはあなただ。グループの進退に関わりなく、ご自分の道を行かれるべきです。どのような方針をとろうとも、私は反対いたしませんよ」

 

 ミオリネは紅茶を口にした。舌になじんだ味がした。

 暖めていた案が、頭の中で形を持つ。

 

「もうひとつ聞かせて」

 

 カップを置き、ミオリネはラジャンを見上げた。

 

「アスティカシア学園の理事長は、この後誰が引き継ぐの?」

 

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