水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

41 / 42
閲覧・感想ありがとうございます。


38.嵐の前に/覚醒

 ジェターク社の艦艇は、ベネリット本社からアスティカシア学園へ戻る航路にあった。

 

 航路上を輸送艦がすれ違う。

 インカムに通信が入った瞬間、ジェターク兄弟はぴたりと仕事の手を止め、パイロットスーツのヘルメットをかぶった。

 

“航路上に輸送艦を確認。ミラソウル社の船舶と確認。離脱まで引き続き警戒を続行”

 

 艦橋からの通信に、全身に力がこもる。グループ内企業の艦とはいえ、今のL4宙域は安全ではない。

 最低限の信号だけを交わし、必要以上に距離を保ったまま航行する。互いの射程距離外に出た瞬間、輸送艦は逃げるように加速し、レーダーの圏外へ消えていった。

 

 レーダーから輸送艦の姿が消えた瞬間、グエルとラウダはそろって肩の力を抜いて座席にもたれた。インカムからも警戒を解く指示が流れる。

 ヘルメットを外し再び端末を起動するラウダに、グエルは眉をしかめて問いかけた。

 

「本当にパイロットに復帰して大丈夫なのか?」

 

 ラウダは軽く首を振った。

 

「ペイルの連中から治療も受けた。ベルメリアとかいう専門家からも、復帰していいって言われてる。もう跡も残ってないよ」

 

 立ち上がって袖をまくってみせる。赤い炎症は消え、肌の色は元に戻っていた。

 

 ガンダムとはいえ、シュバルゼッテはジェタークのMSだ。高スコアこそ出せないが、ガンドフォーマットによる制御をAIで補助している分負担も軽い。あ(・)れ(・)と違い、パイロットはきちんと守られている。

 

 グエルはまだ眉をしかめている。

 

「あくまで安静にしていれば、だろう。いざとなったら俺が出る。出撃は見合わせるべきだ」

 

 とりあえず座れ、と、グエルは弟を強引に座席に押し込んだ。

 

「兄さんが戦ったオックスアースのパイロットだって、ピンピンしてるんだろ。フェルシーだってもう復帰してるんだ。僕だけ休んでいられない」

 

 学園での戦闘で、ジェターク社の艦隊は大きく数を減らしている。損傷の軽い艦を抽出し、容疑者や収容された議会連合艦隊の人員の輸送に当たっていたが、パイロットの数が絶対的に足りなかった。

 会社から予備パイロットを呼び寄せたとはいえ、グエルもラウダも、いざとなったらディランザで直掩に出るべく待機している。

 

 本当のことを言えば、データストームのダメージはまだ抜けきってはいない。手足に鈍い痛みがあるし、疲労も抜けきってはいない。一週間は安静にしろと言われたところを強引に乗艦してきている。

 だがここで自分も休息を申し出ることは、ラウダの、なけなしのプライドにかけてしたくなかった。 

 

「……学園に着いたら、もう一度診察を受けろ。今は平気でも何があるかわからん」

 

 グエルはモニターのフライトマップを見た。学園はまだ遠かった。

 

 学園襲撃から一週間。L4宙域は厳戒態勢にあった。

 

 強制執行だけではない。議会強硬派に内通していた社員の摘発が相次ぎ、どの企業も内部調査と粛正に追われている。特に選挙でグラスレーを指示していた企業の機能不全が酷い。体勢が固まっているのは、先に監査を済ませていたジェターク他数社のみだった。

 

 L4を出入りする航路には検問が敷かれ、亡命どころか輸出入もままならなくなっている。

 ベネリットグループを見限り、早々に議会連合に協力することを表明した企業さえ出ていた。

 

 ミオリネが真っ先に物資の輸送とインフラの保持を命じたため、今のところ各フロントの生活は維持されている。だが、このままではグループの企業活動が立ち行かなくなるのは、誰が見ても明らかだった。

 

 生徒手帳アラームが鳴り、ラウダはポケットを探った。グエルは僅かに身を乗り出す。

 

「ペトラから定時連絡。警備は万全、学生に異常なし……あいつは、まだ目を覚ましていないけど」

 

 反面、アスティカシア学園は平和を取り戻していた。

 

 授業こそ再開していないが、生徒たちはすでに日常に戻っている。

 シェルター内で体調を崩した生徒が数人入院した他、一連の戦闘の影響でカウンセリングを希望している生徒が出ているくらいで、それも医務室とリモートでの受診でこと足りていた。留守を頼んだジェターク寮生など、率先して瓦礫の撤去に出ているくらいだ。

 フェルシーをはじめ、パイロット勢も疲労と打撲程度で済んでいる。

 

 重傷なのはひとりだけ。

 

 キャリバーンのコクピットから意識不明の状態で救出されたスレッタは、今もペイルの艦艇で昏睡状態にあった。

 

 無言で座席に沈み込むグエルに、ラウダは慌てて取り繕った。

 

「だけど、学園は平和だよ。兄さんが間に合ったおかげだ」

 

「ジェターク以外の学生もか?」

 

「もめごとが起きたって報告はなし。うちにも、セセリア・ドートの所にも」

 

 グエルはいたたまれない顔をした。

 

「誰も、何も言わないのか」

 

 ラウダは黙って頷いた。

 

 そう。誰も、何も言わない。

 

 学園の生徒や職員からも、フロント管理会社からも、ジェターク社艦隊の面々や社内からも、学園での戦闘でグエルが告白したことに対して問い詰める声は上がらなかった。

 

 キャリバーンが謎のオブジェクトを破壊し、戦闘が停止した時からそうだった。誰もが飛び出していく赤いディランザに従い、人員の救助とデブリの撤去にあたった。今に至ってもまだ、社員たちはグエルの指揮下で捕虜の輸送と治安維持に従事している。

 

 退職者はひとりもいない。ヴィム・ジェタークはグエルが殺したと、聞こえていなかったはずはないのに。

 

「ここで逃げ出すような奴は、クエタの時点でみんな出て行ったよ」

 

 ラウダは生徒手帳を見た。決闘委員会の掲示板にはまだ、不謹慎極まりないオッズ表が残されている。グエルに入った票もまた、一つも撤回されていなかった。

 

「本社の法務部から直接連絡があった。裁判所の判断はそのまま、プラント・クエタでテロリストと戦った社員全員に正当防衛を認める。その中には、兄さんも含まれるって」

 

 グエルは観念して頭を下げた。

 

「……黙っていて悪かった」

 

「兄さんのことだ。どうせ責任とって、犯人と刺し違えるとか考えてたんだろ」

 

 図星を突かれ、グエルは喉の奥でうめいた。

 

「僕も、兄さんに黙っていたことがある」

 

 ラウダは緊張した面持ちで言った。

 

「CEO専用の端末から見つけた情報だ。まだ、僕とペトラしか知らない。

 ――過去3年間で5回、父さんがデリング総裁の暗殺を実行していた形跡がある。僅かだけど証拠も」

 

「――――――…………は?」

 

「もちろん全部失敗している。立証はできないし、今からじゃもう、どうしようもないけど」

 

 ラウダの差し出したタブレットを、グエルは食い入るように見つめた。

 起動テスト時の誤射に連絡船の爆破と、事故に見せかけられるような手段が並んでいる。

 

 直近の1回は半年ほど前。

 忘れもしない、編入してきたスレッタ・マーキュリーと決闘して負けた日に実行されていた。

 

「…………嘘だろ」

 

 力なくタブレットを取り落とし、グエルは呆然とラウダを見上げた。

 

「他の重役たちは、このことを」

 

「関与はしていなくても、薄々察していたと思う。父さんは何でも自分で実行する人だったから」

 

 拳を握り、ラウダは振り絞るように言った。

 

「プラント・クエタだけじゃなかったんだ。シャディク・ゼネリに一方的に利用された訳でもない。だから――――本当に、兄さんだけのせいじゃないんだ」

 

 輸送艦の客室に、大きな音が響いた。

 グエルが両手で自分の顔を叩いた音だった。

 

「誰かに責められるのを、期待するべきじゃなかったな」

 

 どこか遠くの宇宙を仰ぎ、グエルはつぶやいた。

 

「取り返しのつかないことをしても、それで終わりじゃない、か。これからどうするかは、俺が自分で考えないとだめか」

 

 フロントマップ上では、学園フロントを示す光点が、少しずつ近づいている。

 

 

 ◇

 

 

「ベネリットグループを解体して、L4の資産を地球へ分配する。スペーシアンの持つリソース、戦争シェアリングを動かす力を削り落とし、彼らと対等な立場に立つ力をアーシアンに与える。それが俺たちの計画の骨子だ。

 テロに誘拐、総裁選も、全部そのためにやった。総裁になればグループの最重要機密へアクセスできるからね。デリング・レンブランの極秘事業の証拠を手に入れ、特別背任で告訴。賠償と組織再編を理由に資産を売却しきれれば、俺たちの勝利だった。……まさか、本当に大量破壊兵器が出てくるとは思わなかったけど」

 

 ベネリットグループ本社の取り調べ室。

 手錠で拘束されたまま、シャディク・ゼネリは淡々と語った。

 

「計画の立案も実行も、全部俺の責任。サビーナたちは俺の指示を聞いただけだ。そういうことにして欲しい」

 

 向かいの椅子で、ミオリネは隈のできた目でシャディクを睨む。

 

「現状じゃ何も約束できないわ。あんたと同じで、今は全員本社で拘束中。保証できるのは三度の食事と、人権くらい」

 

「スペーシアン相当なんだろう? それで十分だよ」

 

 じっとりとした視線を受け、シャディクは普段通りの緩い笑みを浮かべた。

 クインハーバーで彼女にぶたれた頬が、まだ痛い気がした。

 

「計画の完遂まで生きていられるとは、最初から思っていなかったさ。それでもこれは、俺たちにしかできないことだった。後悔はしていない」

 

 シャディクは天井を仰いだ。

 

「だけど、俺も甘かった。議会連合にオックスアース、ペイル、プロスペラ・マーキュリー、地球寮に決闘委員会、それに俺自身。不確定要素を一つも見抜けなかった。

 視野が狭いのは俺の方だったな。……みんなに、謝らないと」

 

「売却して、その後はどうするつもりだったのよ」

 

 机の上で、ミオリネは手を組んだ。

 

「資産を分割して売り払ったのが、地球の勢力同士で争わないようにするためなのは分かる。でもバラバラに運用したらじり貧だし、経済力の差ですぐに宇宙に吸い上げられる。

 クインハーバーで私も見たもの。資金を提供して復興させようにも、今の地球にはそれを指導できる政治家も経営者もいない。あんたがそれに気づかなかった訳ないでしょ」

 

「対案はあったよ。実行もした」

 

 シャディクはこともなげに答えた。

 

「先に言っておくけど、罪状が増えるようなことはしていない。相手は議会連合や他の有力企業だが、俺たちがやったのは単なる情報提供だ。調べれば君にも分かる」

 

「何を渡したのよ」

 

「戦争シェアリングの過程で発生した、スペーシアン同士の軍事衝突に関する情報。各地で隠蔽されていた、スペーシアンによるスペーシアンへの虐殺行為の証拠さ。長年地球上で企業同士がぶつかり合っていたら、起こっていないはずがないだろう?」

 

 地球で誰かが死んだところで、ニュースになることすらない。だが、フロントの市民ナンバーを持つ人間なら話は別だ。

 ましてやそこに、企業の面子がかかっていたら。

 

「あんたはそれを、敵対するフロント間にばらまいたっていうの? スペーシアン同士で戦争させるために?」

 

「事実関係の調査に時間がかかるから、本格的な対立までもう少しかかるだろうね」

 

 シャディクはそう肯定した。

 

「彼らに理性があれば戦争にはならないさ。こちらとしてはスペーシアンに対立を起こさせるだけでも十分だからね。フロント間の緊張で、軌道艦隊を増強せざるをえなくなれば、その分地球に降ろす戦力を減らせる。地球に手出しするリソースを減らせば、それだけ復興する時間を稼げるだろう?

 ……だけど、考えなかったわけじゃない」

 

 シャディクは感情のない声で続けた。

 

「戦争をするなら、スペーシアンだけでやればいい。宇宙で、企業同士で殺し合ってくれればいい。そうすればきっと、地球だけは静か(quiet)になるだろう、って」

 

 ミオリネは何も言わなかった。

 

「怒らないんだね」

 

「怒れないわよ。ベネリットが、お父さんがしてきたことを、そのままやり返しただけじゃないの」

 

 沈黙する取調室に、かすかなアラームが鳴った。

 ミオリネは生徒手帳に飛びついた。食い入るように画面をスクロールし、肩を落として端末を戻す。

 

 ミオリネはずっと、学園からの連絡を待っている。

 

「向こうに戻らなくていいのかい?」

 

「学園の指揮はジェタークに任せてある。グエルもまたあっちへ向かってるところ。

……スレッタには会社のみんながついてるし、エランもいるから大丈夫。総裁になったんだもの、私はこっちで報告をまとめて、次の方針を決めなきゃ。

――っていうか、あいつが一番意味わかんないわよ。なんで三倍に増えてるのよ。ペイルグレードってなによそのインチキ!」

 

 怒りがぶり返してきたらしく、ミオリネは一息に吠えた。

 書類鞄からエナジードリンクを取り出し、堂々とラッパ飲みする。

 

「……俺が言うのもなんだけど、ちゃんと食事はとるんだよ? ミオリネ。またカップ麺で済ませてないか?」

 

 即座に眉をつり上げたミオリネに、怒る元気があるなら大丈夫だな、と、シャディクは密かに安堵した。

 

 相応に疲れているようだが、心底落ち込んでいる訳ではない。働くだけの気力も思考力も保っている。

 運動神経が残念なので誤解されがちだが、企画のために何日も徹夜するくらいの体力は元々持っている子だ。おまけに今は、やる気を出させるようなことに満ちあふれている。

 

 ミオリネ・レンブランという少女は基本的に、立ち向かう相手がいる時ほど本領を発揮するのだ。

 

 空になった瓶を机に叩きつけ、ミオリネは改めてシャディクをにらんだ。

 

「とにかく、私の仕事は社内の統制と状況の把握。この後関係者を集めて会議するから、それまでにもう少し考えをまとめたいの。それで、あんたに聞きたいんだけど」

 

 ミオリネは机に身を乗り出した。

 

「強硬派の手口はあんたが一番知ってるでしょ。教えて。これから、何が起こると思う?」

 

「……認知戦の分野ではまず負けているから、そこは抑えるべきだ」

 

 シャディクはゆっくりと言葉を続けた。

 

「ベネリットはマスコミへの影響力が弱い。逆に議会連合は自分たちを正当化する報道に長けている。クインハーバーでの戦闘やクワイエット・ゼロの件を表に出して、L4制圧もやむなしという世論を作ってくるはずだ。

 これには淡々と、事実関係と対策を訴えていくべきだろうね。経営改革もそうだ。グループ総会の予定は立てているんだろう? その情報は早く出した方がいい」

 

 ミオリネは真剣な顔で頷く。

 

「パーメットの禁輸に対しては、シン・セー開発公社からの代理調達を内外に広報しよう。あそこはこういうときのための企業だ。プロスペラ・マーキュリーが離反したからこそ、採掘部門は絶対に味方につけないといけない」

 

「本社の備蓄分は放出した。水星へも次の輸送の前倒しを依頼してある。……エランがコネを作ってきたみたいよ。水星の人たちはみんな、スレッタの味方みたい」

 

 ミオリネはまた、生徒手帳を見た。

 

「もちろんこれだけじゃ足りない。学園襲撃が失敗した以上、議会連合も後に引けなくなっている。もう一度武力に訴えてくる可能性は高いよ」

 

「議会連合直属の艦隊で、即応体制にあるのは5つ。穏健派のつてを使って、L2とL3から出撃に圧力をかけてもらってる。ベネリットの艦隊は本社に集結中。月が仕掛けてくるとしたら、どこからだと思う?」

 

「本命は本社だろうが、学園で一度負けているからね。もう一度正面から攻めるには議員の反対が大きいだろう。俺ならベネリットの容疑を固めるために、先にクワイエット・ゼロを捜索する。普通に考えればベネリット本社よりも楽に制圧できるはずだ」

 

 それと、もう一つ。シャディクは表情を硬くする。

 

「議会連合はL4での戦争シェアリング運用を計画していた。だとしたら、戦火をL4内に封じ込める方法も考えていたはずなんだ。月や他のフロントへ飛び火させないためのね。

 武力か他の何かかは分からないが、隠し球があると思った方がいい」

 

「大量破壊兵器、とか?」

 

「ありえなくはないよ。L4を包囲するためのもの、もしくは武装勢力の脱出を許さないような何か、だろうからね」

 

 考え込むミオリネの手元で、再び生徒手帳のアラームが鳴った。

 画面を確認し、少女の顔がぱっと輝く。

 

「スレッタ、起きたって」

 

 

 ◇

 

 

 スレッタはゆっくりと目を開けた。

 

 頭の上の方で、バイタルモニターが規則正しい電子音を立てている。艦ではなく重力ブロックにいるらしく、身体はベッドに密着していた。

 もう、学校に戻ったんだっけ。戦闘が終わって、それから、ええと。

 

 ぼんやり首を傾けると、点滴のパックと、こちらをじっと見つめる少年の顔が目に入った。

 

「えらん、さん」

 

「おはよう、スレッタ・マーキュリー。気分は悪くない?」

 

「ええ、と――」

 

 返事をしようとして、スレッタはうめき声を上げた。

 

 身体が動かない。手足の感覚は鈍く、呼吸するだけで鈍い痛みが走る。シーツの上に投げ出された腕は、指先までびっしりと赤い痣が這っていた。

 

「今医者を呼んだ。すぐに来ると思う」

 

 手早く端末を叩くエランを見上げ、スレッタはかすれた声で尋ねる。

 

「みんなは、学園は、どうなったんですか?」

 

「ドミニコス隊……議会連合の艦隊は投降した。だけど強制執行は撤回されていないから、月との交渉が続いている」

 

「……何人、死んだんですか?」

 

 引き金を引いた回数は、10回から先は覚えていない。ましてやエリクトに撃たれた数なんて、想像もつかなかった。

 

 エランは淡々と答えた。

 

「まだ調査中。だけど、学生に被害はなかった。みんな生きているよ」

 

「そう、ですか」

 

「一番重症なのは君」

 

 端末の電源を切り、エランはスレッタに向き直った。

 

「君の家族も行方もわからない。プロスペラ・マーキュリーは地球で姿を消した。エアリアル……エリクト・サマヤも」

 

 スレッタは目を見開いた。

 

「どうして、その名前を」

 

「水星で見た資料に名前があった。君の呼びかけも聞いたし」

 

「え、エランさん、水星に行ったんですか!?」

 

「うん。君のことが知りたくて」

 

 エランはほんの僅かに眉を寄せ、スレッタの動かない両足を見た。

 

「だから聞きたい。スレッタ・マーキュリー、どうしてこんなことをしたの?」

 

「わたし、は――」

 

 口を開きかけたとき、部屋の外で猛烈な足音がした。

 

「スレッタ起きたって――――!?」

 

 ドアが開き、チュチュを先頭に地球寮の面々がなだれ込んでくる。ニカの姿を見つけ、スレッタは声を上げた。

 

「ニカさん! よかった」

 

「ごめんね、スレッタ。本当に、目が覚めてよかった」

 

 作業服姿のニカは、ベッドの側で目を拭った。

 

 部屋はたちまち騒がしくなる。ニカや、同じく飛びついてきたリリッケの手を借り、スレッタはゆっくりと身体を起こした。

 枕にもたれたスレッタの前に、チュチュが生徒手帳を突きつける。

 

 病室に怒号が響き渡った。

 

『スレッタ――!! あんたはまったく、何をどうしたらそんなことになるのよ!!』

 

「み、ミオリネさん……? 」

 

『もう、連絡は寄越さないし、外から変なの連れてくるし、戻ってきたと思えば入院? 何してんのよもう……』

 

「ええと、生徒手帳、なくしちゃって」

 

 だんだん涙声になってきたミオリネに、スレッタはおろおろと視線を動かした。

 

「あ、そうだ」

 

 エランが思いついたように顔を上げた。

 

「君のカルテを探さなきゃならなくて、水星でもらったデータを地球寮に公開した。個人情報だから、先に君に断るべきだったんだけど」

 

「それは、かまわない、です」

 

『なにそれ、またやばいデータが出てきたわけ!?』

 

 ようやく感覚の戻ってきた手を動かし、スレッタは頭を抱えるミオリネをなだめた。

 

 時刻は夕方にさしかかっている。そろそろ夕ご飯、と思うと、急に食欲がわいてきた。

 

「会議何時からだっけ。スレッタ、出られるか?」

 

「その前にご飯って、食べられるでしょうか」

 

「食堂のランチ、まだ残ってるか?」

 

「まずはお粥じゃね?」

 

「その前に医者だよ! ベルメリアさん今どこ?」

 

「なんか本社から通信入ってたらしいけど」

 

「メール来た。あっちのエランが連れてくるって」

 

「ジェタークに連絡入れたっけ? 報告するところってあとどこだ?」

 

 てきぱきとやりとりされる会話。まとまっていく相談。

 また廊下から、誰かが駆けてくる足音がする。

 

 まだまだ問題は山積みだ。何も終わっていない。だけど。

 やっと帰ってこれた。

 

 ようやく来たベルメリアの診察を受けながら、スレッタはほっと肩の力を抜いた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。