水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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5.帰れない星/グラスレー

 通信を切った瞬間、シャディク・ゼネリはモニターの死角から声をかけられた。

 

「ずいぶん楽しそうだったわね」

 

 スーツ姿のエナオ・ジャズにじっとりとした視線を向けられ、シャディクは緩い笑みを浮かべる。

 

「父さんの名代としてお悔やみを述べただけだよ。ここで名乗りをあげなきゃ、グラスレーの代表として認められないからね」

 

 釈明するシャディクをもうひと睨みし、エナオは報告を始める。使い慣れたグラスレー・ディフェンス・システムズのオフィス。この部屋に盗聴器がないことは確認済みだ。

 

「サリウス代表を誘拐した犯人と交渉した。最初の身代金受け渡しと、代表の無事を確認。捜索に繋がる情報は無し」

 

 タブレットを渡され、ネットワーク上で行われた取引の内容を確認する。地球にあるグラスレー社所有施設の権限を、犯人に指定された現地有力者へ譲渡するだけの手続きだ。直接顔を合わせることのない取引はつつがなく終了し、代わりに動画ファイルが届けられている。犯人のアカウントは使い捨ての上、複数のサーバーを経由していた。ここから正体にたどり着くことはないだろう。

動画ファイルを開く。ランブルリングのさなかに誘拐された養父が、現状と犯人の要求を伝えている。動画の内容には目もくれず、シャディクはエナオへ振り返った。

 

「父さんの体調に問題はなさそうだね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()。荷物も無事搬入。後はサビーナたちに任せてきた。ゲストが増えたのは想定外だったけど」

 

 エナオは手元のタブレットを操作し、更に報告を送った。

 

「寮生の帰宅も進んでいる。来週には私たち以外全員退去しているわ。セキュリティの変更も終わった」

 

 ランブルリングで最大の被害を被ったのはグラスレーだ。学園からの撤退に、異論を挟むものは少なかった。

 シャディクは報告書の一行を差した。

 

「この、飛び込みゲストのことだけど」

「予約のお客さんとトラブルになったけど、今は落ち着いたわ。監視は続けている」

 

 手書きのメモを渡される。サビーナの字だ。通報を試みたニカ・ナナウラを拘束していること、その際匿っているノレア・デュノクと()()()ことが書かれていた。

 

「もう連絡役は不要でしょ? サビーナはリクルートしたがっていたけど、私は推薦できない」

「そのあたりは任せるよ。優先順位だけはっきりさせてくれればいい」

 

 上手くいきすぎて怖いくらいだ。

 グループ総裁の暗殺と、養父の誘拐を手引きした青年は、いつも通り穏やかに笑う。

 

 シャディク・ゼネリは戦災孤児だ。旧名をイエル・オルグ。荒廃した地球でアーシアンとスペーシアンのハーフとして生まれ、サビーナやエナオら5人の幼なじみと共に育った。住んでいたスラムがMSに踏み潰された後、グラスレー社の経営するアカデミーへ入学。そこで頭角を示したがゆえに、CEOの跡継ぎ候補までのし上がっている。

 だがそれはあくまで過程だ。グラスレーの経営に加わることは、栄達でなく手段でしかない。

 

 ベネリットグループを解体し、できうる限りの資産を地球へ再分配。スペーシアンの持つリソース、戦争シェアリングを動かす力を削り落とし、彼らと対等な立場に立つ力をアーシアンに与える。プラント・クエタ襲撃からの一連の事件は、すべてそのためのプロセスだ。

 

 サリウス・ゼネリの身代金を地球の有力者へ支払っているのがその端緒だ。支払い先は長年支援し続けたアーシアンの協力者。彼らが口を割ることはない。取引の方法から分配する資産の選定、支払先、事件の捜査に至るまで、すべてシャディクの手によるマッチポンプだ。テロリストに屈するな、という具申は、サリウスへの恩義を盾にねじ伏せた。シャディクが采配することを、社内の誰もが疑っていない。

 

 だが、グラスレーだけでは足りない。ベネリットグループのすべてを地に墜としてなお、アーシアンの自立には遠いだろう。30年近くかけてできた格差は、その程度では埋まらない。地球で行う数々の搾取を、彼らは心の底から善行だと思っている。

 

 復興支援の名の下、地球で代理戦争を繰り広げておきながら、スペーシアンたちは訳知り顔で言うのだ。

 これだけ施しても再生できないなら、問題はアーシアンの怠惰にある、と。

 

 メモをシュレッダーに入れ、粉々に粉砕する。細切れになった紙片が、薬品で完全に溶解される。

 

 総裁選に勝利すれば、グループの最重要機密へアクセスできる。デリング・レンブランは決して清廉な経営者ではなかった。漏れ聞こえるきなくさい噂への証拠を手に入れ、前総裁を特別背任で告訴。賠償と組織再編を理由にグループ資産を売却する。そのどこかで、自分たちは討たれるだろう。

 このまま計画を完遂できるなどと、甘いことは考えていない。ベネリットの捜査官は優秀だ。学生の謀略など、どこでほころびが出てもおかしくない。

 それでもやらなければならない。自分たちにしかできないと、シャディクも仲間たちも認識している。

 

 それに、道半ばで討たれたとしても、次の手は用意してある。

 

「報告を続けてくれ。外部企業との連絡状況を頼む」

 

 エナオはタブレットをつついた。

 

「L1とL5はこちらの話に興味を示している。L2とL3は今のところ反応なし。おおむね予想通りよ」

「引き続きコンタクトを頼む。月の方は?」

「プラント・クエタの件でだいぶ好感触を得た。ベネリットグループが平和的な組織再編の道を選ぶ限り、宇宙議会連合はその方針を歓迎する、って言ってきてる。代わりに要求されたのが、これ」

 

 転送された覚え書きを見て、シャディクは目を細めた。

 

「売却を容認する代わりの賄賂か。分かっちゃいたけどふっかけてきたな」

 

 表示された書類には、グループが保有する企業や資産がピックアップされている。御三家のような大資本こそないが、替えのきかない技術や特許の保有企業がいくつも目についた。

 

“ベネリット解体と地球への売却を容認する代わり、中核技術を格安でこちらに納めろ”

 

 後ろ暗さを極限まで薄めた文体で、そう書かれている。

 画面をスクロールするうち、一つの企業が目に留まる。エナオが社名を指でなぞった。

 

「……シン・セー開発公社。エアリアル狙いだと思う?」

「欲しがっているのはガンダムじゃないよ」

 

 シャディクは肩をすくめる。

 ここを見落とすほど、議会連合の目は曇っていないらしい。

 

「俺だってできれば地球へ売りたかったけど、無理だと結論が出たはずだ。あの会社は、地球からじゃ維持できない」

 

 スレッタ・マーキュリーの立ち位置次第では交渉できたかもしれない。シン・セー開発公社の推薦で、現CEOの娘として編入してきたとき、候補に挙がった案だ。だが彼女は一介のパイロットでしかなく、エアリアルは悪目立ちが過ぎた。本命の前に注目を集めるべきでないと、シャディクは干渉を諦めている。

 

「利用できないなら、せめてこれ以上邪魔しないでくれるといいんだけど」

 

 不機嫌そうなエナオを、シャディクは苦笑しつつなだめた。魔女であることを差し引いても、彼女とシャディクらはどうにも相性が悪い。

 

「水星ちゃんとは戦うフィールドが違うよ。もうガンダムの出番はないさ」

 

 端末のアラームが鳴る。次のアポイントメントの時間が近い。

 シャディクはソファーから立ち上がり、軽く身なりを整えた。

 

「行こう。挨拶回りは早いほうがいい」

 

 彼らの総裁選は、もう始まっている。

 

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