水星の魔女 ヴァナディースの灯ルート   作:九段景春

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閲覧・評価ありがとうございます。

原作と変わらない部分は特に描写しません。だいたい15話そのまんまのことがありました。


7.帰れない星/グエル

 旧式の携帯端末が、相次ぐテロと総裁の訃報を伝える。地球の片隅で、グエル・ジェタークは久しぶりに学園のことを思い出した。MSで決闘に明け暮れていたのが、遙か昔のことのように思えた。弟や後輩たちは無事なのか。今頃どうしているだろうか。

 

 廃墟の床で焚き火が燃えている。崩落した天井から煙が上り、遙か星空へ消えていく。ノイズだらけのニュース、水たまりの残る床、伸びっぱなしのひげ、不燃物の燃える臭い。フロントでのキャンプと何もかもが大違いだった。

 仏頂面で端末を見ていたオルコットが、廃材を焚き火に放り込む。火に集っていた虫がぱっと飛び散る。

 

「軌道エレベーターまではここから一本道だ。外の車なら半日ほどで着く」

 

 廃墟の外にはここまで乗ってきたピックアップトラックの他に、先ほど襲撃してきた強盗――オルコット曰く、軍閥崩れ―――が置き去りにした四駆が停められている。戦闘で横転し穴だらけだが、エンジンはまだ動いた。

 

「悪いが送っていくのはここまでだ。夜が明け次第俺は先に出発する」

「仲間と合流するのか?」

「総裁死亡で予定が早まった。ベネリットの攻撃が悪化する前に体勢を立て直す」

「そうか。世話になった」

 

 グエルは頭を下げた。元の立場はスペーシアンの御曹司と、ベネリットを襲撃したアーシアンのテロリスト。よくわからない過程を経たとはいえ、ここまでしてもらっただけでも十分だった。

 オルコットは胡乱げな顔をしたが、何も言わなかった。傍らの工具箱を開き、自動小銃の整備を始める。

 解体された銃を見ながら、グエルは意を決して口を開く。

 

「今のうちに聞きたいことがある」

 

 パーツを磨いていた手が止まる。オルコットが拒否しないことを確認し、グエルは先を続けた。

 

「通常の復興入札以外のルートで地球支援を行うなら、代表として話すべき人はいるか?」

「ボランティア精神でも湧いたか?」

「シーシアのことがあったから、というのは否定しないよ。俺にできることがあるかもわからん。先に会社を立て直さなきゃ何もできないしな」

 

 できない可能性が高い、とは言わなかった。まともに捜査が進んでいるなら、フロントに帰った瞬間逮捕され監獄行きだ。ニュースではヴィム・ジェータークの死因を、テロリストとの交戦によるものだと報じていた。殺したのがグエルであることが、どこまで知られているのかわからない。

 

「だが聞いておくべきだと思った。恥ずかしながらジェタークは地球に伝がない。ここであんたに聞かなきゃ一生知らないままだ」

 

 眉間にますますしわをよせ、オルコットは黙り込んだ。しばらくしてようやく口を開く。

 

「交渉できる相手がいるか、と言われれば、否だ」

「どういうことだ」

「今の地球にスペーシアンと対等に話せる指導者など存在しない。地球議会も自治区の代表も、全員スペーシアンの傀儡だ。下手な手出しは内戦の種にしかならん。――この病院も、そうやって破壊された場所だ」

 

 そう言って壁を見上げるオルコットに従い、グエルは廃墟を見回した。爆撃の跡に加えて設備は全て持ち出され、ただの鉄筋コンクリートにしか見えない。

 

 オルコットはバラバラになったパーツを取り上げた。

 

「お前がどこかの有力者と繋がり、復興に出資したとしよう。その自治区は一時的に豊かになるだろうが、周囲の地域との間に格差が生まれる。投下される資金を巡り、足の引っ張り合いが始まる。そこにスペーシアンが介入、表裏から対立を煽り、内戦へ発展する。そのための戦費やMSには困らない、スペーシアンが提供してくれるからな。お前が築いたものは破壊されるか収奪されるかのどちらか、かくして自治区は元の廃墟に戻る」

「利益を調停できる人間もいないのか」

「スペーシアンが奪った最大のものがそれだ」

 

 再び銃を組み立てながら、オルコットは言う。

 

「アーシアンには指導者がいない。頭角を示した者は即座に粛正されるかスペーシアンに取り込まれる。教育機関に出す金はない。……お前はグラスレー社のアカデミーのことを考えたな? スペーシアンの学校へ行く道はあるが、そういった人材は大抵宇宙から戻らん。戻ったところで居場所もない」

 

 グエルはアスティカシア学園の地球寮を思い浮かべた。前年の卒業生は、フロントで就職したと聞いた覚えがある。

 

「お前たち経営者の言葉を借りて言うなら、グランドデザインを描ける人間がいないのさ。リソースを長期的に運用する視野も、対立を忘れて交渉する胆力もない。パイロットを育てられないからガンダムに頼り、自衛用のMSすら自力で用意できない始末だ。いずれにしろ、恨みを忘れて協力しろというのは無理だ。なにせ敵は、ずっと俺たちの真上にいる」

 

 焚き火の煙が夜空へ昇っていく。はるか宇宙には満月が浮かんでいた。

 

「……あんた、元々はスペーシアンだな?」

 

 組み上がった銃を置いたオルコットに、グエルは問いかけた。言い回しの端々に自分たちと近いものを感じる。

 

「余計な口を叩くな。エレベーターにたどり着く前に死ぬぞ」

 

 オルコットは溜息をついた。話は済んだ、と言わんばかりに肩を回し、上着を脱ぐ。半身を覆う機械が露わになる。

 義手のカバーを外し、中のパーツを引き抜くオルコットに、グエルは再び問いかけた。

 

「その腕、あんたたちのガンダムと関係があるのか」

「まだ聞く気か」

「学園に居た頃、俺はガンダムと戦って3度負けた。パイロットも知っている。片方はよく分からん奴だったが、もう一人は元気そのものに見えた。ガンダムの呪いとは、一体なんだ?」

 

 オルコットはじろりとグエルを見た。

 

「呪いのないガンダムがあるなら俺が知りたい。少なくともソフィはデータストームで死んだ。スペーシアンがそれを作れたとしたら、本物の魔女を抱え込んだんだろうよ」

「魔女、か」

 

 ガンダムのパイロット、もしくは開発者を指す言葉だ。

 学園でもプラント・クエタでも、グエルの人生の岐路に、いつも彼女の姿がある。

スレッタ・マーキュリーは呪いを知らない。正面から戦ったグエルにはわかる。あの図太くも暢気な少女は、MSに関して嘘をつける人間ではない。

 だが、母親の方はどうだろう。

 

「お前が気にしているのは、あのPVの子か」

 

 声を詰まらせたグエルに、オルコットは鼻を鳴らした。

 

「あの白いガンダムの開発者が、何の思惑でベネリットに協力したかはわからん。だが少なくとも、デリングの忠実な部下というわけではないだろうな」

 

 グエルは眉根を寄せた。

 

「なぜそう思う」

「カテドラルが声明を出していない。デリングの態度はあくまで黙認だ。ガンダムと認定した上で可とも不可とも言わず、いざとなったらドミニコスを動かす、そういう余地を残している。処分をちらつかせておかなければ裏切る、と言っているようなものだ」

 

 こいつはやはり宇宙の人間だ。

 グエルは密かに確信する。操縦技術を見るに元々はフロントの軍人、もしかしたらドミニコス隊出身かもしれない。

 

「あんたたちの雇い主も魔女だったりするのか?」

「それを答えると思うか?」

「いや。参考になったよ」

 

 グエルをもう一睨みし、オルコットはメンテナンスに戻った。義手を元に戻し、上着を着る。焚き火はずいぶん小さくなっていた。残った灰をかき回すと、オルコットはブランケットを手に背を向けた。

 

「お前ももう寝ろ。明日起きなければそのまま置いていく」

 

 そのまま横になったオルコットに倣い、グエルもコンクリートの上に寝転んだ。毛羽だった毛布からは硝煙の臭いがした。

 眠れる気はしない。暗闇の中で、目だけが冴えていた。

 

 あんたが言ったんだぞ、オルコット。アーシアンに指導者はいないって。

 

 グエルが地球に居る間、学園で再びテロが発生していた。オルコットらフォルドの夜明けは、一切関わっていないのに。そしてプラント・クエタで使われたジェターク社のMS、デスルターが、既に彼らの手元にないことも確認している。

 ジェターク社の流通体制は完璧だ。製品管理のお手本として、学園の授業でも取り上げられている。販売先は身元の確かな企業に限られ、製品番号からの追跡も可能だ。オルコットらが使っていたデスルターだって、本来テロリストが入手できるようなものではない。

 海賊版の可能性も低い。グエルが奪った機体は、OSまで正規品だった。

 

 ならば答えは一つだ。横流しした者が社内にいる。それも上層部に。

 

 そしてテロの真犯人もまた宇宙だ。スペーシアンの中に紛れ、全ての手配を取り仕切り、次の計画を練っている。

 真犯人と、ジェターク社の内通者。それが同一かはわからない。オルコットの言う魔女が、どう関わっているのかも。

 逃げれば一つ、進めば二つ。

 冷たいコンクリートの上で、グエルは拳を握りしめる。

 そいつを捕まえない限り、一歩も先に進めそうにない。

 

 

 ◇

 

 

 トマトの水やりを終え、スレッタ・マーキュリーは温室を出た。静まりかえった学園に、生徒手帳の着信音が響く。

 発信者、ミオリネ・レンブラン。

 スレッタは慌ててボタンを押す。

 

「ミオリネさん!? ええと、今、大丈夫なんですか?」

「スレッタ? 時間が無いから要件だけ聞いて。細かいことはまた後で連絡する」

 

 通話越しのミオリネは、いつもと変わらず落ち着いている。スレッタはほっとすると同時に、何となく嫌な予感を覚えた。

 

「さっきアスティカシアの理事長と話した。明日付けで、ホルダー制の廃止が通告される」

「え?」

 

 主人のいない温室に、ミオリネの声は淡々と響いた。

 

「あんたとの婚約を取り消すわ」

 

 




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