原作と変わらない部分は特に描写しません。だいたい15話そのまんまのことがありました。
旧式の携帯端末が、相次ぐテロと総裁の訃報を伝える。地球の片隅で、グエル・ジェタークは久しぶりに学園のことを思い出した。MSで決闘に明け暮れていたのが、遙か昔のことのように思えた。弟や後輩たちは無事なのか。今頃どうしているだろうか。
廃墟の床で焚き火が燃えている。崩落した天井から煙が上り、遙か星空へ消えていく。ノイズだらけのニュース、水たまりの残る床、伸びっぱなしのひげ、不燃物の燃える臭い。フロントでのキャンプと何もかもが大違いだった。
仏頂面で端末を見ていたオルコットが、廃材を焚き火に放り込む。火に集っていた虫がぱっと飛び散る。
「軌道エレベーターまではここから一本道だ。外の車なら半日ほどで着く」
廃墟の外にはここまで乗ってきたピックアップトラックの他に、先ほど襲撃してきた強盗――オルコット曰く、軍閥崩れ―――が置き去りにした四駆が停められている。戦闘で横転し穴だらけだが、エンジンはまだ動いた。
「悪いが送っていくのはここまでだ。夜が明け次第俺は先に出発する」
「仲間と合流するのか?」
「総裁死亡で予定が早まった。ベネリットの攻撃が悪化する前に体勢を立て直す」
「そうか。世話になった」
グエルは頭を下げた。元の立場はスペーシアンの御曹司と、ベネリットを襲撃したアーシアンのテロリスト。よくわからない過程を経たとはいえ、ここまでしてもらっただけでも十分だった。
オルコットは胡乱げな顔をしたが、何も言わなかった。傍らの工具箱を開き、自動小銃の整備を始める。
解体された銃を見ながら、グエルは意を決して口を開く。
「今のうちに聞きたいことがある」
パーツを磨いていた手が止まる。オルコットが拒否しないことを確認し、グエルは先を続けた。
「通常の復興入札以外のルートで地球支援を行うなら、代表として話すべき人はいるか?」
「ボランティア精神でも湧いたか?」
「シーシアのことがあったから、というのは否定しないよ。俺にできることがあるかもわからん。先に会社を立て直さなきゃ何もできないしな」
できない可能性が高い、とは言わなかった。まともに捜査が進んでいるなら、フロントに帰った瞬間逮捕され監獄行きだ。ニュースではヴィム・ジェータークの死因を、テロリストとの交戦によるものだと報じていた。殺したのがグエルであることが、どこまで知られているのかわからない。
「だが聞いておくべきだと思った。恥ずかしながらジェタークは地球に伝がない。ここであんたに聞かなきゃ一生知らないままだ」
眉間にますますしわをよせ、オルコットは黙り込んだ。しばらくしてようやく口を開く。
「交渉できる相手がいるか、と言われれば、否だ」
「どういうことだ」
「今の地球にスペーシアンと対等に話せる指導者など存在しない。地球議会も自治区の代表も、全員スペーシアンの傀儡だ。下手な手出しは内戦の種にしかならん。――この病院も、そうやって破壊された場所だ」
そう言って壁を見上げるオルコットに従い、グエルは廃墟を見回した。爆撃の跡に加えて設備は全て持ち出され、ただの鉄筋コンクリートにしか見えない。
オルコットはバラバラになったパーツを取り上げた。
「お前がどこかの有力者と繋がり、復興に出資したとしよう。その自治区は一時的に豊かになるだろうが、周囲の地域との間に格差が生まれる。投下される資金を巡り、足の引っ張り合いが始まる。そこにスペーシアンが介入、表裏から対立を煽り、内戦へ発展する。そのための戦費やMSには困らない、スペーシアンが提供してくれるからな。お前が築いたものは破壊されるか収奪されるかのどちらか、かくして自治区は元の廃墟に戻る」
「利益を調停できる人間もいないのか」
「スペーシアンが奪った最大のものがそれだ」
再び銃を組み立てながら、オルコットは言う。
「アーシアンには指導者がいない。頭角を示した者は即座に粛正されるかスペーシアンに取り込まれる。教育機関に出す金はない。……お前はグラスレー社のアカデミーのことを考えたな? スペーシアンの学校へ行く道はあるが、そういった人材は大抵宇宙から戻らん。戻ったところで居場所もない」
グエルはアスティカシア学園の地球寮を思い浮かべた。前年の卒業生は、フロントで就職したと聞いた覚えがある。
「お前たち経営者の言葉を借りて言うなら、グランドデザインを描ける人間がいないのさ。リソースを長期的に運用する視野も、対立を忘れて交渉する胆力もない。パイロットを育てられないからガンダムに頼り、自衛用のMSすら自力で用意できない始末だ。いずれにしろ、恨みを忘れて協力しろというのは無理だ。なにせ敵は、ずっと俺たちの真上にいる」
焚き火の煙が夜空へ昇っていく。はるか宇宙には満月が浮かんでいた。
「……あんた、元々はスペーシアンだな?」
組み上がった銃を置いたオルコットに、グエルは問いかけた。言い回しの端々に自分たちと近いものを感じる。
「余計な口を叩くな。エレベーターにたどり着く前に死ぬぞ」
オルコットは溜息をついた。話は済んだ、と言わんばかりに肩を回し、上着を脱ぐ。半身を覆う機械が露わになる。
義手のカバーを外し、中のパーツを引き抜くオルコットに、グエルは再び問いかけた。
「その腕、あんたたちのガンダムと関係があるのか」
「まだ聞く気か」
「学園に居た頃、俺はガンダムと戦って3度負けた。パイロットも知っている。片方はよく分からん奴だったが、もう一人は元気そのものに見えた。ガンダムの呪いとは、一体なんだ?」
オルコットはじろりとグエルを見た。
「呪いのないガンダムがあるなら俺が知りたい。少なくともソフィはデータストームで死んだ。スペーシアンがそれを作れたとしたら、本物の魔女を抱え込んだんだろうよ」
「魔女、か」
ガンダムのパイロット、もしくは開発者を指す言葉だ。
学園でもプラント・クエタでも、グエルの人生の岐路に、いつも彼女の姿がある。
スレッタ・マーキュリーは呪いを知らない。正面から戦ったグエルにはわかる。あの図太くも暢気な少女は、MSに関して嘘をつける人間ではない。
だが、母親の方はどうだろう。
「お前が気にしているのは、あのPVの子か」
声を詰まらせたグエルに、オルコットは鼻を鳴らした。
「あの白いガンダムの開発者が、何の思惑でベネリットに協力したかはわからん。だが少なくとも、デリングの忠実な部下というわけではないだろうな」
グエルは眉根を寄せた。
「なぜそう思う」
「カテドラルが声明を出していない。デリングの態度はあくまで黙認だ。ガンダムと認定した上で可とも不可とも言わず、いざとなったらドミニコスを動かす、そういう余地を残している。処分をちらつかせておかなければ裏切る、と言っているようなものだ」
こいつはやはり宇宙の人間だ。
グエルは密かに確信する。操縦技術を見るに元々はフロントの軍人、もしかしたらドミニコス隊出身かもしれない。
「あんたたちの雇い主も魔女だったりするのか?」
「それを答えると思うか?」
「いや。参考になったよ」
グエルをもう一睨みし、オルコットはメンテナンスに戻った。義手を元に戻し、上着を着る。焚き火はずいぶん小さくなっていた。残った灰をかき回すと、オルコットはブランケットを手に背を向けた。
「お前ももう寝ろ。明日起きなければそのまま置いていく」
そのまま横になったオルコットに倣い、グエルもコンクリートの上に寝転んだ。毛羽だった毛布からは硝煙の臭いがした。
眠れる気はしない。暗闇の中で、目だけが冴えていた。
あんたが言ったんだぞ、オルコット。アーシアンに指導者はいないって。
グエルが地球に居る間、学園で再びテロが発生していた。オルコットらフォルドの夜明けは、一切関わっていないのに。そしてプラント・クエタで使われたジェターク社のMS、デスルターが、既に彼らの手元にないことも確認している。
ジェターク社の流通体制は完璧だ。製品管理のお手本として、学園の授業でも取り上げられている。販売先は身元の確かな企業に限られ、製品番号からの追跡も可能だ。オルコットらが使っていたデスルターだって、本来テロリストが入手できるようなものではない。
海賊版の可能性も低い。グエルが奪った機体は、OSまで正規品だった。
ならば答えは一つだ。横流しした者が社内にいる。それも上層部に。
そしてテロの真犯人もまた宇宙だ。スペーシアンの中に紛れ、全ての手配を取り仕切り、次の計画を練っている。
真犯人と、ジェターク社の内通者。それが同一かはわからない。オルコットの言う魔女が、どう関わっているのかも。
逃げれば一つ、進めば二つ。
冷たいコンクリートの上で、グエルは拳を握りしめる。
そいつを捕まえない限り、一歩も先に進めそうにない。
◇
トマトの水やりを終え、スレッタ・マーキュリーは温室を出た。静まりかえった学園に、生徒手帳の着信音が響く。
発信者、ミオリネ・レンブラン。
スレッタは慌ててボタンを押す。
「ミオリネさん!? ええと、今、大丈夫なんですか?」
「スレッタ? 時間が無いから要件だけ聞いて。細かいことはまた後で連絡する」
通話越しのミオリネは、いつもと変わらず落ち着いている。スレッタはほっとすると同時に、何となく嫌な予感を覚えた。
「さっきアスティカシアの理事長と話した。明日付けで、ホルダー制の廃止が通告される」
「え?」
主人のいない温室に、ミオリネの声は淡々と響いた。
「あんたとの婚約を取り消すわ」
書き溜めはここまでです。