情けは人の為ならず 〜旅する医者はキヴォトスを憂う〜 作:慰謝医者意志意地医師
「医者」という役割がある。
人を治療し、療養させ、健康を取り戻させる存在がある。
キヴォトスにも医療に携わる者たちはそう少なくない。彼女たちは大まか、救護、救急などと言った言葉を冠して部活として活動している。
あくまで大まか、だ。一部には、そうでないものもいる。
『連邦生徒会が新組織「S.C.H.A.L.E」の代表者を指名し、「先生」がキヴォトスへ赴任されたことを発表してしばらく、クロノススクールは先生がこれまで行ったことを特集……』
スマートフォンのテレビ受信機能を使って垂れ流していたニュースが白いコートの大人を映し出す。
『アビドス高等学校の方面へ向かい、精力的に活動を行われていたようですが、詳細は不明で……』
特殊改造キャンプカー「エキナセア」のエンジンの音が響く車内に、クロノスのキャスターの声がよく通る。
「……先生、ですか」
晴れ渡る空の下、車の向かう先は、D.U.にあるシャーレオフィス。事前に連邦生徒会宛に訪問の願いを提出していた運転手……つまり私に対して、急遽担当者変更の申し出があったのはつい昨日のことだ。
『過日日程調整の依頼を頂きました訪問の件ですが、担当者を変更してもよろしいでしょうか?』
『と、いうと……私の訪問先は連邦生徒会長、もしくは貴女と思っていたのですが、一体どなたに?』
『「先生」です』
『……「先生」?』
そんなわけで、回されてきた「先生」という人物を、私は特に調べていなかった。それは、七神リンという存在を信じているからではあるのだが。
七神リンという女傑が、無意味な時間を取らせるとは思えない。自分よりも適任の人材がいるから変わったのか、自分と同じくらい優れた能力がある人材がいたから変わったのか。そのいずれかだろうと推察する。
七神リンは、そうでなければ「ご期待には添えませんでした、申し訳ございません」と言って予定を空ける合理的なタイプだと彼女は思っている。
「さて……もうじきです? あ、あのビルか……駐車場はどこだろう……」
適当なところに車を停めてもいいのだが、やってきた「先生」はヘイローがないとリンから聞いている。これから推察されることは、弾丸のみならず、外傷に比較的、もしくは圧倒的に弱いということだ。
つまり、その分周辺警戒も強まっているはずであり……
「駐禁切られても癪に障りますし……あ、そこだと……4時間500円……ま、いいか……」
ヴァルキューレの点数稼ぎたちが彷徨いているのも容易に想像がつくというものである。
常日頃ヴァルキューレに感謝こそすれ、恨みは違うとは思っているが、それはそれとして車乗りにとってヴァルキューレは居るだけ面倒なものなのである。
エキナセアを停め、ビル前まで歩き、ビルの守衛に声をかける。
「お疲れ様です。シャーレオフィスはこちらで合っていますか?」
「お疲れ様です! こちらはシャーレオフィスでお間違いありません! アポイントメントはお持ちですか?」
「『
少々お待ちくださいね、と言って奥へ入っていった守衛は、すぐにその手に首かけのネームホルダーを持って戻ってきた。
「お待たせしました。確認が取れました、こちら仮の入館証になりますのでお帰りの際お返しください」
「ありがとうございます」
エレベーターに乗って少しすれば、シャーレのオフィスに到着する。身嗜みには気を遣わないタイプの私だが、今日はそれなりにいい服を着ている……『売り込み』用のパンツスーツに、魂の白衣だ。
たまたまエレベーターの奥側についていた鏡で最後の確認を済ませると、ぽーん、と抜けた音が鳴り扉が開く。
開かれた扉の先、エレベーターホールに、一人の男が立っていた。
「やぁ、こんにちは。君が今日リンちゃんからお願いされた話をしに来た子で合ってるかな?」
「相違ありません。お迎えまでいただき、恐縮です……こちら、名刺になります」
「あ、頂戴するね……ではこちらも」
「頂戴いたします」
名刺入れから一枚減って、一枚増える。さっきスマホの中にいた、スーツの上から白いコートを羽織った男……手元の名刺によると、この人こそが「先生」であるという。
「とりあえず、座って話そうか。こっちだよ」
「お邪魔します」
オフィスの中では、数人の生徒がシャーレの事務作業を行っていた。見知った顔もあり、僅かに驚く。目線が合った一人が席を立ち上がり、こちらへ歩み寄る。
「あら、内海さん? 先生へお客様って内海さんのことだったのね……」
「えぇ。ちょっと、ご相談がありまして。早瀬さんこそ、シャーレにいつの間に所属を……セミナーの方は大丈夫なのですか?」
早瀬ユウカ。ミレニアムの生徒会『セミナー』の経理を担当する計算の天才。彼女と私が知己であることに驚いたのか、先生が問いかける。
「二人は知り合いなの?」
「患者と医師の関係ですので、細かくは早瀬さんからお聞きになってください。すみません、私情でご案内の最中にも関わらずお手間を。元患者の現状は気になってしまうものでして」
「ああいや、気にしないで欲しい。あとで時間を取らせようか?」
「よろしいので? まあ、一先ずは話を進めましょう」
早瀬さんへ一礼。邪魔してしまった、そんなつもりは無かったのだけれども。
「仕事中に失礼しました、早瀬さん。また後でお話出来ればいいですね」
「えぇ、その折はいいお茶でも用意しておくわ」
「こっちだよ、内海さん」
先生に連れられて奥の応接間へ案内された私は、まず手にした紙袋から缶を取り出す。
「貴重なお時間を頂きありがとうございます。心ばかりの物ではございますが、先程向こうに居られました方々にもよろしくお伝えくださると幸いです」
「これは……クッキーかい? 気を遣わせてしまったね」
「『蒼い靴下』のクッキーです。日持ちするとは言っていましたが、早いうちにお召し上がりくださいね」
軽く顔を綻ばせる先生は、缶を机の端に避けるとソファを勧め、自分も向かいのソファへ座り込んだ。
「失礼します。さて、改めまして自己紹介を。私、旅する医者としてフリーランスで活動をしております『内海アオノ』と申します。お気軽にアオノでも内海でもその他でもなんなりとお呼びくださいね」
「分かったよ……アオノは今日、何を私に聞かせてくれるのかな?」
「先生は、キヴォトスが『学籍を持たない者』に異様に厳しいと思ったことは?」
これに否やと返されれば、私に打つ手はないのだが、と思いながらも問いかけると、先生はひとつ頷いた。
「ある。……先日、アビドスというところに行ったんだ。私の初仕事でね。いろいろとあったけれど、途中で『ブラックマーケット』という場所に立ち寄ることになった。……考えさせられたよ、色々とね」
その言葉は、取っ掛りだった。分かりやすく取り付ける島だった。だから、私は全力でそこから話を広げていく。
「そのブラックマーケットの一部として組み込まれるような彼女たちは、生きることに懸命で、それ故に怪我も病気もなりやすく、治せない。そんなことは、医師として、一人の人として見逃せません。そこで、本日のお話につながります」
私が用意した『話』。それは、普通の人間に一利すらない話だった。
「先生。あなたの力を、私の夢に使わせてもらいたいんです」
「……私を、君の夢に?」
当惑する彼に、私は続けた。
「学籍のない人達は病院の利用が困難で、悪質な闇医者に頼らねばならない現状があり、闇医者への医療費の返済のため裏社会の仕事へ……と負のループを辿る傾向があります。……これを、抜本的に変える。それが、私の当座の目標になります」
先生は考え込むような素振りを見せた。それは、どのようにしたら出来るのか。どうすれば出来るのか。そう考えるようだった。
「ループからの脱却の手段は、あります。私の個人的な上に溜まりに溜まった膨大な私財、それになぜかついてきた私の
「……なるほど。そこで、私が」
先生がそこで真っ直ぐこちらを見据えた。その目線にひるむことなく、私はさらに続ける。
「えぇ。お気づきの通りですが、このプランは前提として『学籍と身元保証人のない人間を受け入れる病院があること』を要求しています。そんな病院はハッキリ言って存在しません……が」
「……私が『シャーレ』の立場を用意することで、私が身元保証人になる。前提は、『シャーレが身元保証した人物を受け入れる病院』になる。そして、その後の求人の斡旋にも私が役に立てるか」
真剣に考えていた先生はどうやら就職の斡旋のことまで考えていてくれたようですが、事前に就職斡旋企業に何社かアプローチをかけてうち一社から色良い返事があったのでそこはあまり心配しなくてもいいところではあります。
「あぁまあそこまでは考えていなかったのですが……斡旋の方面にもお力添えいただけるなら幸いではあります。一応、本件については先生の一声があればいつでも始められるように事前に根回しは済ませていますので」
「一応立替ということは貸付という形を取るんだね?」
「えぇ。ですが、あくまで慈善事業ですので利子利息はなしの分割。特例や奨励要素を作って一部免除や全額免除の可能性を作ろうかと」
先生は小さく頷いた。そのあと、気になる点は、と口を開く。
「それで採算は取れるのか、ってところかな……」
「初期は赤字を予定していますが、以前の話し合いで連邦生徒会から多少の補助金を出して貰えるよう財務室長にお願いして通ったことがあります。それと、ここでも先生頼りになってしまうようですが、先生や既についたパトロンのネームバリューを活用して一般企業からの協賛や寄付を募り、非営利組織として立ち上げようかと」
先生はふふ、と笑って私に困った顔で言う。
「私のネームバリュー、そんな大きくないよ?」
「どちらかというと『今話題の生徒寄りの立場と大いなる権力を持つ人物が協賛の中心に位置している』という事実が大事ですので問題は無いかと」
その言葉でいよいよもって先生は腹を決めたらしかった。ふぅー、と息をついて、こちらへ強い目線を向けて。
「……うん。私としては、協力に吝かではないよ。喜んで協力させてもらう。リンちゃんもこの件に関しては『お聞きになった上でなんと仰せになっても構いませんので』と言ってたからね」
私は喜びに打ち震え、席を立った。先生もまた、立ち上がっていた。
「本当ですか! ……ありがとうございます、お陰様でやっと夢の第一段階に立てました……!」
差し出された手を、握り締める。
「何年前から計画していたの? この夢を」
「あー……私が高等部一年生の時ですから」
頭の中で、指折り数えて私は頷いた。もう、そんなに経つんだと。
「もう、
そういえば話してませんでしたか。私、トリニティ総合学園3年次で退学(届けが受理されていればですが)後もキヴォトスに残り続けていますので……
「君は……その、女性に年聞くのは失礼だと分かった上でなおお聞きするけど、今、いくつ?」
「今22ですね」
「えウッソだぁ!!?」
まあれっきとした、成人にあたるのではないでしょうか。これからよろしくお願いしますね、先生……!