【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
「み、ミーシャさん! あの……僕と、デートしてくれませんか!!」
神の名を騙る歯車エクエスを倒して数週間後。
俺――アノス・ヴォルディゴードが、ふと教室のミーシャ達に魔眼を向けていると、席に座るミーシャにそんな申し出をしている男子生徒の姿が映った。
ミーシャは無表情のまま、目をパチパチさせている。サーシャは逆に目を丸くしていた。エレオノールやレイなど、他の『強い』面々は、たまたま席を外しているようだな。
周囲の生徒たちは一瞬静まり返り、すぐにざわつき始めた。
「リオンのヤツ、命知らずにも程があるぜ……」
「創造神ミリティア様に何言ってんだリオンは……。不敬罪だろ」
「今更、ミリティア様が一般学生とデートして楽しめる訳がないじゃないの……」
ミーシャにデートを申し出たリオンに対し、そんな陰口が飛び交う。
ふむ。リオン・クローラーか。まぁはっきり言って、あまり印象に残っている生徒ではないな。
白服の混血の生徒で、入学当初からずっと1年2組にいる。メガネをかけた短い茶髪の、真面目そうな生徒だ。得意分野は魔剣と創造魔法。座学の成績も悪くない。クラスの中で上位30%に入るといったところか。1年2組は上位10%ほどが強過ぎるので、到底自慢できる強さでもなければ、突出した強さでもないがな。
竜の軍勢や地底の民、神々の軍勢などと戦い、何度も死にながら強くなってはいるが、それだけなら他の1年2組の生徒も同じだ。
「ねぇ、リオン。何かの冗談かしら……?」
「ぼ、僕は本気です! サーシャさんじゃなくミーシャさんに聞いてます!」
呆れ気味なサーシャに対し、リオンはそう言い返した。
するとミーシャが口を開く。
「……いつがいい?」
「えっ! ミーシャ、行く気なのっ!?」
ミーシャはサーシャの方を向き、目をぱちぱちさせた。
「断る理由はない。行っちゃダメ……?」
「ミーシャが、いいなら……。いいんじゃないかしら……」
チラチラと、サーシャはリオンとミーシャを交互に見て、首を捻っている。「釣り合っていない」とでも言いたげだな。
何を以て「釣り合っている」と言うかにもよるが、まぁ、魔力量で言えば、軽く千倍は差があるだろう。
「あ、明後日の、朝からで、どう?」
リオンは顔を紅くしながら訊ねる。するとミーシャはコクコクと頷いた。
「それでいい。……楽しみにしてる」
「あ、ありがとう!」
ミーシャの透き通った声での返事に、周囲はさらに驚愕したようだ。緊張が解けたリオンの顔に笑みが浮かぶ。
対するミーシャにも、微かな笑みが浮かんでいるようだった。
──※──
学院が休みの週末。待ち合わせ場所兼最初のデートスポットは、ディルヘイドの街にある「猫喫茶またたび亭」になったようだ。
リオンの奴、待ち合わせの30分も前に着くとは、真面目さに関して言えば大したものだ。収納魔法陣から本を出しては少し読み、また本を入れ替えては少し読み……と、ずいぶん緊張しているようだな。
そんなリオンの行動全ては、<幻影擬態(ライネル)>の魔法で姿を隠し、<秘匿魔力(ナジラ)>で魔力を消しながら建物の陰に潜んでいる、俺とサーシャに筒抜けだ。
サーシャが言う。
「ねぇねぇアノス。リオンの狙いは何かしら……」
「それを知りたくて出歯亀をやっているのだろう? まだ分からぬ。まぁ邪な目的があったとしても、リオンの力ではミーシャの髪1本傷つけられはせぬだろうがな」
しかし、抜け道がない訳では無い。ミーシャの優しさにつけ込んだりとか、心無い言葉を投げかけたりなどすれば、ミーシャを悲しませることは一応出来てしまう。
せっかく苦労して勝ち取った、笑顔溢れる平和な世界なのだ。ミーシャには……ミリティアには、笑っていて欲しいのだ。それを穢すような、悲しませる理不尽を、俺は許さぬ。
それはサーシャも同じ気持ちなのだろう。俺より先に出歯亀に来ていたぐらいだからな。
単に青き春を満喫したいだけなら、別に言うことはないのだが。その場合でも、「なぜミーシャでなければ駄目なのか」という疑問は解き明かしておきたいところだな。
するとそこへ、ミーシャが歩いて現れた。白いワンピースの上から軽いケープを羽織っている。見慣れたミーシャのお出かけ服だな。
「……遅れた?」
遅れておらぬぞ。
まだ待ち合わせの10分前だ。
「ううん、ちょうどいいよ! 僕もいま来たところだよ!」
リオンめ、30分前から来ているくせに、優しい嘘をつくものだな。
「ミーシャさん、似合ってるね!」
「……ありがとう」
リオンが褒めたのに対し、ミーシャが目を細める。
いまの褒め言葉は本心で間違いあるまい。
そして2人は店内に入っていった。
「サーシャ。遠見の魔眼で見るぞ」
「そうね。流石に中に入ったらバレるもの」
俺とサーシャは魔眼で店内の様子を伺う。
ふむ。どうやら受付の店員に、どうも落ち着きがないようだな。
「あ、ミリティア様!? ミリティア様の、お目にかなう猫が、いればいいのですが……!」
若い男性店員が、目を白黒させながらそんなことを言っている。
『優しい世界はここから始まる』の魔法で、世界中の人々の心が1つになったからな。顔を見ただけでミーシャがミリティアと気付いたようだな。
あとはアレか。名札に『研修中』と書いてあるな。単純にまだ店や接客に慣れていないのやもしれぬ。
「気にしなくていい」
「は、はいっ」
ミーシャが静かに首を振って、穏やかにそう言うと、店員も多少落ち着いたようだ。
ミーシャとリオンは、窓際の席に案内されて座った。
リオンが口を開く。
「ミーシャさんは、猫が好きだよね? だから最初はここにしたんだ」
「……好き」
何かにつけて、ミーシャは「猫の氷像」などをよく創る機会があったからな。クラスメイトとして普通に気にかけていれば、それぐらいは気づくのだろう。
それにしても、ここは俺とミーシャが魔剣大会の前の頃に寄った店でもある。あのときはアイヴィスの報告を聞くのが目的だった。リオンがこの店を選んだのは偶然なのか?
「にゃぅん……」
ミーシャの膝に三毛猫が乗ってきて、それをミーシャはそっと撫でる。猫がゴロゴロと喉を鳴らすと、ミーシャの口元に小さな笑みが広がった。
「……可愛い」
そう呟いて笑みを浮かべたのはミーシャだ。
「ミーシャさんが笑うと、なんかこっちまで嬉しいよ」
「……そう?」
ふむ。やはりリオンは、素直に思ったことを言っているだけに見える。
そんなリオンの左肩に白猫が一匹、後方から我が物顔で乗ってきた。対面のミーシャに集中していたリオンは「おっ、と……」と少し驚いたようだったが、その白猫を撫でて手懐け、肩に乗せっぱなしにした。
「リオンも、猫が好き?」
「うん。実はそうなんだ。魔王学院に入学する少し前、『人間よりも魔族よりも猫の方が上位の種』って冗談で言ったら、めちゃくちゃ怒られたよ……」
くはは。中々面白い冗談ではないか。暴虐の魔王が東奔西走して、理不尽を滅ぼさねばならぬような世界よりは、平和かもしれぬ。
「そんな世界があるなら、見てみたい」
そう話すミーシャの頬も緩んでいるな。
「ちょっとアノス? あんたは妬かないの?」
隣で共に出歯亀しているサーシャがそう聞いてくる。
「猫を相手に嫉妬するほど俺は狭量ではない」
「猫じゃなくてリオンのことなんだけど……。そりゃ、ミーシャが笑ってないよりは笑ってる方がいいんだけど……」
何? 俺が、リオンに、嫉妬だと?
ミーシャに、少しばかり笑顔をもたらした、リオンに、嫉妬だと?
「妬いてなどおらぬ」
「……ふーーん。ならいいけどっ」
サーシャめ、何か言いたげにも見えるな。
まぁ本気で言いたくなれば、自分から言い出すだろう。
その後リオンとミーシャは紅茶を飲みながら猫と遊び、穏やかな時間を過ごして店を後にした。
──※──
リオンとミーシャが次に入っていったのは、中規模の本屋のようだ。看板には「スクリア書店」と書いてある。古書と新書の両方を、幅広く扱っているようだな。
店に入ったリオンはカウンターでしゃがんで作業している中年の男に声をかけた。
「店長。お久しぶりです」
声に気づいた恰幅の良い男は、カウンターから顔を上げて笑顔を見せた。
「おお。リオンじゃないか。久しぶりだな! 魔王学院の1年2組といえば、色々大変だ……ろ……」
その店長の男は、目を見開いていた。視線の先に居るのは……ミーシャだな。
「リオンっ。ちょっと来い……!」
店長の男は、小声でリオンを手招きした。
それに応じたリオンに耳打ちする。
「あの子って……。創造神ミリティア様じゃないのか……!?」
「……クラスメイトのミーシャ・ネクロンさんですよ」
リオンも耳打ちで返事をする。
「一緒だろうが……! 俺とか店の売り上げに気なんか使わなくていいんだよ……! こんな本屋にミリティア様連れてきてもしょうがないだろうが……! もっといい本屋連れていけよ……!」
ふむ。店長よ。猫喫茶の店員と違って、小声で話す気遣いは悪くないのだがな。
その程度の小声を聞き逃す程、魔王や創造神や破壊神の五感は鈍くはないぞ。
「私も使ったことがある。ここは良い本屋さん」
そう言ったのはミーシャだった。
ほう。あの小声がミーシャに聞こえていることは予想できていたが、ミーシャが使ったことがある本屋とは知らなかったな。
「そ、そう仰っていただければ光栄です!」
店長は顔を赤くして平謝りする。リオンは苦笑いしていた。
「ごめんね、ミーシャさん。先に話を通しておくべきだったよ……」
ミーシャは静かに首を左右に振った。
「別にいい。気にしてない」
リオンとミーシャが本棚を見て回り始めると、サーシャが俺に話しかけてきた。
「ねぇねぇアノス。あなたはこの本屋さん知ってる?」
「地図上でしか知らぬし、使ったことはないな。なんだ、サーシャも知らないのか」
サーシャは首をかしげた。
「おかしいわね。私相手なら、一緒には行ってなくても、何処の本屋さんに寄ったかぐらいは、言いそう……だけ、ど……?」
ふむ。仲の良い姉になら言うだろうがな。
自分で話している内に、サーシャも気付いたようだな。
「お前たち2人が15歳になる前のことではないのか? ちょうどリオンがその話をするようだぞ」
俺とサーシャは再び遠見の魔眼に意識を向ける。
いまリオンとミーシャがいるのは、哲学や心理学の本を扱うコーナーらしい。いま売り出し中の本は──『魔王讃美歌で学べる地底宗教』か。
まぁ、今はリオンの話に集中するとしよう。
「ミーシャさんは覚えてないかもしれないけど……。僕は魔王学院に入る前、親戚のツテで、この店を少し手伝ってたんだよね。その時、ミーシャさんがお客さんで、僕がお会計をしたんだ。それが初対面だった」
「覚えてる」
リオンの眼が輝きながら見開かれたのが見て取れた。
サーシャが「えぇっ」と小声で驚いている。
ミーシャが続けて言う。
「……一度会った人の顔は忘れない」
ミリティアの力と記憶を思い出す以前から、ミーシャの記憶力には類稀なところがあったからな。リオンが特別という訳ではあるまい。
サーシャは「あぁ、そういう意味……」と呟いている。
「……魔術書なんかの他に、終活特集の雑誌を買ってて、なんか変だな、と思ったんだ。お使いとか、別の内容や特集が目当てなだけかな、とも思ったんだけど」
ミーシャは首を左右に振った。
現代の考え方や雑誌のことに疎い俺でも分かる。14歳前後の少女が『終活』などと、人生の終え方について書いた雑誌を読むなど、そうあることではない。
普通なら、な。
「魔王学院入学間近になって、僕の家族が仕えてた皇族から聞かされたんだ。『ネクロンの片割れは15歳の誕生日に消える。居ないものと見做すように』って」
あの頃のディルへイドでは、穏健な皇族が他の混血等の魔族を、部下や小間使いとして使役・雇用しているのは珍しくなかった。ミーシャの親代わりの男もそうだったようにな。
『分離融合転生』の一件は、皇族の間でそのように伝わっていたのか。いちいち調べたり聞いたりする機会はなかったな。
「魔王学院に入ってからも、ミーシャさんのことは、目で追ってたよ。でも、皇族派の連中が怖かったし、アノス様がそばにいるのもあって、声なんか掛けられなくて……ずっと後悔してたんだ。今こうやって話せて、ほんと嬉しいよ」
ミーシャはリオンの真剣な瞳を見つめて言う。
「もうアノスに助けてもらったから、大丈夫」
「そっか。さすがアノス様だよね……。よかった」
笑みを浮かべるリオンとミーシャに対し、俺の横でサーシャが声を震わせていた。
「……ミーシャが、そんな雑誌を買うほど、思い詰めていたなんて……」
「悲しむ必要はないぞ。あの悲劇はもう、俺が滅ぼしただろう」
それに、サーシャはサーシャで、違う追い詰められ方をしていたことだしな。
「それにしても、だ。皇族派が怖かっただけなら、俺が皇族と混血の隔たりを無くした後、すぐミーシャをデートに誘いそうなものだがな」
俺がそう呟くと、サーシャが呆れたように言ってきた。
「そりゃ、そこらの皇族より、あなたの方が怖かったんでしょうよ……」
「恐怖や畏怖が原因ならば、お前が……破壊神アベルニユーが出てきてから行動に移したのは、妙なことではないか?」
サーシャは首をかしげた。
「言われてみればそうね……。私がそこまで怖がられてないって思えば悪い話じゃないけど……。優しい世界に生まれ変わったから『行ける!』って思ったのかしら……?」
ふむ。どうも、その線が濃厚か?
まぁ、ミーシャが悲しむような事態に繋がりさえしないなら、どうでもよい、筈なのだが。
リオンが言う。
「じゃあさ、ミーシャさんに、どれでも好きな本を買ってあげるよ!」
「……お金には困っていない」
リオンの提案に、ミーシャはそう即答した。しかし。
「……でも、貴方が選んだ本を読んでみたい」
ミーシャはそう付け加えた。
「え!? ほんと!?」
目を輝かせたリオンに対し、コクコクとミーシャは頷く。
「じゃあ、ちょっと待ってて!」
リオンはそう意気込んで、棚へ向かった。
さて、どんな本を選んでくるのだろうな?
そんなことを考えていると、サーシャが肘で俺を突いてきた。
「これって……プレゼントよねっ?」
「まぁ、そうなるな」
友達同士でプレゼントを渡すなど、普通のことだろう。
「あなたはミーシャに、プレゼントはしたのっ?」
「ふむ。分かりやすいプレゼントと言えば、指輪2つぐらいか?」
誕生日プレゼントの『蓮葉氷の指輪』と、魔法模型店で作った指輪だな。
「あなたは、それでいいと、思ってるワケ?」
「ふむ……」
言われてみれば、少ない気もする。
俺はミーシャから色々と貰ってばかりだ。助けてもらったことも、一度や二度ではない。配下として見ても抜群の働きと言えよう。その対価や褒美が指輪2つとは、あまりに器量が欠けているか。
……いや、しかし。
「欲しいものはないか」「足りぬものはないか」と、ミーシャに限らず、よく働いた配下には、たびたび訊ねているではないか。大抵は大したものを所望してこないのだが。無論ミーシャも。
ミーシャにだけ、俺の方から勝手に渡すのは、どうなのだろう、な……?
俺が答えを出すより先に、リオンが戻ってきた。
リオンが選んだのは、表紙に星と月が描かれた童話集のようだ。『星空の下の小さな物語たち』と、題名が書いてある。
リオンは少し緊張しながらミーシャに渡した。
「これ、昔読んでてさ。ミーシャさんに似合うかなって思ったんだ。静かで優しい話が多いよ」
ミーシャは本を受け取り、ページをそっとめく
る。
「……綺麗」
そう呟くミーシャの指が挿絵をなぞると、小さな笑みが浮かぶ。
「……ありがとう、リオン」
「気に入ってくれたなら良かった!」
ミーシャは静かに礼を言い、リオンは満面の笑顔を浮かべていた。
その後ミーシャとリオンは数冊ずつ欲しい本を選び、会計を済ませて書店を後にした。
「プレゼント、か……」
俺がミーシャに蓮葉氷の指輪を渡したときは、本当に喜んでいた。あの笑顔は今でもはっきり覚えている。
リオンが本をプレゼントしたときの笑顔と比べれば──。
──いや。いやいや。なんだ? 俺は何を馬鹿なことを考えている?
笑顔や優しさに優劣などあるものか。あの笑顔の方が上だの、あの優しさの方が劣っているだのと、競うようなものではない。
俺だけでなく、ミーシャやサーシャ、俺の配下達、世界中の人々が戦い抜き、やっと優しい世界を勝ち取ったのに、俺が愚かな思考を抱いてどうする。
俺は俺であり、リオンはリオンだ。何を気にすることがあるのか──。