【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
レグリア家の邸宅にて、俺はレノとミサに大まかな経緯を話した。まぁある程度はエレオノールを通じて知っていたようだが……。
リオンとミーシャが絆を育んできたこと。
俺自身も、リオンの成長を喜んでいたこと。
しかしながら──。ミーシャの問いに、どう答えればいいか分からなかったこと。
『もし──。私が──。アノス以外の誰かを恋人にしたら──。どうする……?』
その言葉と、ミーシャの不安げな顔が、脳裏に焼きついて離れない。あの迷い猫のような瞳が、俺の答えを待つ姿が、今も胸を締め付ける。
俺の話を聞き終えると、レノはしばらく神妙な顔で黙り込んでいた。ミサは何故か檳榔子黒のドレスを纏った真体──アヴォス・ディルヘヴィアの姿になった。しかし口も目も開かない。
沈黙を破ったのは、大精霊レノだった。
「あのさぁ……。アノスさぁ……。一言だけ。これだけはハッキリ言わせて欲しいんだけど」
「ふむ。なんだ?」
キッと鋭く俺を睨んで、レノは俺に言い放った。
「馬鹿っ! 馬鹿アノスっ! ミリティア……じゃなかった……ミーシャになんてこと言わせてんの!」
ふむ……。まぁ……。これぐらい情け容赦なく、忌憚なき意見を言ってくれる相手でなければ、相談した意味がないからな。ある意味では予想通りであり、望ましい言葉だ。
口も目も閉じたままのミサに対し、レノは話しかけた。
「あのさぁ……。ミサさぁ……。私は確かにね? リオン君とアノスならアノス派だったよ? でもこの展開は……。リオン君にとってもミーシャにとっても、酷いと思わない?」
するとやっとミサが口を開いた。
「そうですわね……。リオン派の私としては、呆れて言うことがないといったところですが……。それでもまぁ、ミーシャの意思は尊重するしか無いでしょう……。このお父様を超える大・朴念仁の、アノス・ヴォルディゴードのプライドが、どれだけズタズタになろうとね……」
「ミーシャの意思とは、なんだ」
俺が問いかけると、ミサは目を丸くした。
「え? 本当に分からないんですの?」
「あぁ」
俺の短い返答に、ミサの目が驚きと呆れで細まった。我慢の限界なのか、続けてレノが身を乗り出す勢いで言った。
「あのねぇ! 馬鹿アノスにも分かるように翻訳するならさ! ミーシャはアノスと結婚したいって言ってるんだよ!!」
クイッとミサはレノの方を向き、そのまま凝視した。そして訊ねた。
「そ、そこまで言いますの……?」
レノが俺とミサに目線をやりながら答える。
「今更恋人ごっこしててもしょうがないでしょ! もう結婚! 結婚だよ! ここからアノスがミーシャを愛して受け入れるっていうなら、結婚しかないんだよ、ミサ!」
ミサは顎に手を当てて、数秒唸ってから同意した。
「うーん。そう言われればそうかもしれませんわ……。ミーシャを想うなら、どうせ遅かれ早かれ結婚はするべきでしょうし……」
「なぜミーシャはそんなことを……求婚を意味することを俺に話してきたのだ……?」
俺の問いに、レノとミサが顔を見合わせた。まるで俺の鈍感さに呆れつつ、ミーシャの心をどう伝えるか相談するかのようだった。
レノが、続いてミサが答える。
「これは推測でしかないけどね? 多分リオンがグッと、ミーシャとの仲を深めるようなことをしたんだよ! ミーシャがリオンのお母さんに会ったみたいなんだよね? そのとき良い雰囲気になったんじゃないの?」
「ていうか恋してる女の子を自分の両親に紹介するなんて、もう完全に外堀埋めに来てますわよ」
ミサの言葉に、俺の胸に再び小さな棘が刺さった。リオンの母親と笑うミーシャの姿が、またしても脳裏に浮かび、俺の心をざわつかせた。
「でもミーシャはね! リオンがそこまでやってもね! アノスのことが気になってるんだよ! 本当はアノスからの愛が欲しいんだよ! だから『もし私がアノス以外の誰かを恋人にしたらどうする?』なんて聞いたんだ!」
「なんともいじらしい。そして可愛らしいことですわ。別にリオンのことが嫌いという訳ではないから、リオンを自分の手で悲しませるのは忍びないから、そんな遠回りな言い方をしたのでしょう。遠回り過ぎてアノス様には伝わらなかったようですが」
ミサの言葉に、レノが大きく頷き、俺を再び睨んだ。彼女たちの言葉は、ミーシャの心を鮮やかに映し出し、俺の鈍感さを突きつけるようだった。
「はい! 私とミサはちゃんと、ミーシャが言いたいことを翻訳したよ! アノスの答えはどうなの!? ミーシャと結婚する気ある? それとも……ミーシャとリオンが結婚してもいいの!?」
「それは……」
言い淀みながら、俺は必死に考えと想いを巡らせる。
それ程までに俺を想っていたミーシャ。
そんなミーシャと、いずれ結婚するかもしれないリオン。
ミーシャの想いに応えるべきか、リオンにミーシャを託すべきか。
愛とは? 恋とは? 妻とは? 結婚とは? 母とは?
俺の脳裏によぎったのは──我が母、ルナ・ヴォルディゴードの最期だった──。
「俺はミーシャを傷つける為に傍にいるのではない。友人まではいい。配下は幾らでも従えよう。だが恋人だの妻だのは駄目だ」
俺の言葉に、レノとミサの目が一瞬凍りついた。だがそんな程度で俺の言葉は止まらぬ。一度口に出してしまえば思いのほか気が楽になってきた。ブレーキが壊れたトロッコのように、俺は言葉を紡ぎ続けた。
「ヴォルディゴードの宿命、俺の母親のルナ・ヴォルディゴードの末路は知っているな? もしミーシャを恋人だの妻だのにして、うっかり俺の子でも孕んでしまえばどうなる? 俺の子を産むと同時に、ミーシャもろともミリティア世界が滅びるぞ。一時の愛の為にそんな悲劇を起こしてたまるか。魔王に恋人や妻などいらぬ。俺がもし子供を欲しいと思ったときは、七魔皇老と同じ方法で魔法を使う」
滅びの根源を宿すヴォルディゴードの子が生誕するには、母親の滅びが必要。事実、俺もそうしてルナ・ヴォルディゴードを……母親を滅ぼしながら生まれた。
あのような悲劇は繰り返してはならぬ。ましてミーシャに降りかかるなど言語道断。まぁ防ぐ方法は簡単だ。俺が恋人だの妻だのを欲さなければいい。
「だいたいが、人間の国を数十は焼き払い、根源の中で常に世界を百度滅ぼして釣りが来るような滅びを渦巻かせ、本気で七歩歩くだけで世界滅ぼしてしまうような化け物と結婚した女が、幸せになれるとでも思っているのか? 恋人ごっこだの結婚だのには、リオンぐらい弱くて優しい男が丁度よかろう。俺はミーシャの友達で良い」
あぁそうだとも。それが俺の生き方であり戦いだ。俺が俺であるということだ。俺は常に皆の前を征き、悲劇や理不尽に立ち向かう。配下達はただ我が後ろを歩いてくればよい。恋人や妻や友人と笑い合いながら。親愛や友情の名の下、俺の隣に立つ者がいたとしても、それは一時のことでいい。
『ああ、君は……僕なんか、及びもつかない、どうしようもないぐらいの……孤独な化け物だよ……アノス……』
グラハムはかつてそう言った。それで大いに結構。平和さえ守れるなら。
部屋に重い沈黙が落ちた。レノの拳が震え、ミサの瞳が悲しげに揺れた。
「アノス様……。貴方……。本気でおっしゃってますの……?」
「あぁ」
ミサの声には、驚きと失望が混じっていた。お前も一応は暴虐の魔王のはずなのにな。
まぁ所詮ノウスガリアが用意した贋物の魔王か。俺と同じ深淵には至れまい。
とはいえ、俺の生き方であり戦いを自覚する役には立った。礼の一つでも言って退散しようか──と、俺が思ったときだった。
「なんで……。なんでそんなこと言うんだよぉぉおおおお!!」
レノの目から涙が溢れ、慟哭が部屋に響いた。大精霊の威厳をかなぐり捨て、ただ一人の女として、俺の言葉に抗議するように。
「シンは私を愛してくれたのに! 私は死んだって!! 後悔なんてしてなかったのに!! たった三日間の結婚生活だったけど!! 私は誰より幸せなお嫁さんだったのにぃぃいいいい!! どうして私とシンの愛をアノスが否定するんだよぉぉおおおお!! アノスの馬鹿ぁぁああああ!! うわぁぁああああん!!」
ズキリと、心が痛む。
(俺が……間違っていたのか……?)
シンがレノを愛したように、セリスがルナを愛したように、俺がミーシャを愛するのが正しいとでもいうのか……?
そんなはずはない。
レノを救ったような奇跡は、そう何度も都合よく起こせはしない。俺のような化け物が、ミーシャを愛するのは間違っているはず。危険すぎるはず。
俺が固まったまま思考を巡らせている間、ミサはレノの背中をさすり、涙を止めようとしていた。しかしレノは泣き続けた。
「泣くよ! 私は泣くんだもん!! ミーシャの分まで泣くんだもん!! なんでミーシャは! ミリティアは! こんな朴念仁を好きになっちゃったんだよぉぉおおおお!! なんでアノスは! ミーシャを愛してあげないんだよぉぉおおおお!! なんでシンに出来たことがアノスに出来ないんだよぉぉおおおお!! うわぁぁああああん!!」
シンに出来たこと──。それはあまりに鋭すぎる指摘だった。
あの堅物で、「愛など知らない」と言って憚らなかったシンですら、レノを愛し、ミサを育てたのだ。
ならば俺にも出来る──とでも? この血塗られた手と滅び渦巻く根源で、ミーシャを女として愛するなどということが……。
レノは号泣していたが、次第にその激しさが和らいできたようだった。嗚咽はまだ喉の奥で震えて、鼻を啜る微かな音が響いているものの、大粒の涙はもう流れ落ちていない。涙はただポロポロと頬を伝うのみ。
その涙を代弁するように……ミサは鋭い目で俺を睨んでいた。
「アノス・ヴォルディゴード。貴方は、理由がどうであれ、私のお母様を泣かせましたわね」
「……すまぬ」
「泣かせた理由がどうであれ、禊を受けて頂きますわ」
ミサが掌の上で、複雑な魔法陣を展開した。まだ起動していないその術式の深淵を、俺は覗いた。
「<羈束首輪夢現(ネドネリアズ)>に近い術式だが……?」
ミサが俺の疑問に答えた。
「<愛憶首輪夢幻(フラネリアディ)>とでも名付けましょうか。<羈束首輪夢現(ネドネリアズ)>と、とある精霊の力を融合させましたの」
「何の精霊だ?」
「それを先に言っては、禊になりませんわ。受けて下さりますわよね?」
コクリと俺は頷く。真剣に禊を受ける気があるから、というだけではない。恐らくミサは、この融合魔法が見せる夢を利用して、俺に何か伝えようとしている。
ミサが俺に「反魔法を解除してくださいな」と命じた。
俺は目を閉じ、反魔法を解除し、根源を曝け出した。
「では、アノス様。良い夢を──。<愛憶首輪夢幻(フラネリアディ)>……」
首輪がつけられた感触とともに、俺の意識は白く染まって夢の世界へ沈んでいった──。
──※──
俺が目を覚ますと、そこはレグリア家の邸宅ではなかった。座っているのも木の椅子ではなく冷たく白い石の座具だ。
「神代の学府エーベラストアンゼッタか……」
真っ白な円形の空間に、均等に座具が設置されている。
そこへ降り注ぐ光がヴェールのようになり、目映く輝いていた。エーベラストアンゼッタの、聖座の間に違いない。
──俺が、グラハムと戦った場所だ……。
聖座の間の中央、俺の目の前に、<転移(ガトム)>の魔法陣が描かれた。
姿を現したのは、紫の髪に黒い外套を纏った男──。
(どっちだ……?)
背を向けていたその男が、こちらを振り向く。
その蒼い眼光は、稲妻のように鋭かった。
あの空虚な笑みを浮かべる成りすましの男ではなく、まるで我が父──。
「アノス……。久しぶりだな」
「……父よ」
セリス・ヴォルディゴードが、俺の前に、ミサが俺に見せた夢の中に現れた──。