【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
ミサが俺に見せた夢に現れたセリス・ヴォルディゴード。
これがグラハムではないのは間違いなさそうだが、本物のセリスとは限らぬ。ミサが作った偽物という可能性もある。
立ち上がり、セリスの深淵を覗きながら、俺は訊ねた。
「もうセリスとしての父と会うことは無いと思っていた。どんな手品を使ったのだ?」
セリス・ヴォルディゴードは根源の大半をグラハムに乗っ取られ、僅かに残った心と<波身蓋然顕現(ヴェネジアラ)>の可能性としての亡霊だけが、グスタ・ライゼオに受け継がれたはず。その生涯最後の<波身蓋然顕現(ヴェネジアラ)>も、エクエスとの戦いで使い果たされたはずだ。
グスタ・ライゼオとしての父と日々を過ごすことは出来ても、セリス・ヴォルディゴードとしての父と会って話す機会は、もう二度とないと思っていたのだが……?
セリスが表情を変えぬまま答えた。
「大精霊アヴォス・ディルヘヴィアは、<羈束首輪夢現(ネドネリアズ)>と、愛の妖精フランの力を融合させて、<愛憶首輪夢幻(フラネリアディ)>の魔法を生み出した」
愛の妖精フランは、伝えられなかった愛を伝える精霊だ。根源すら滅びた死人にも身体を貸すという凄まじい力を持つが、フランの身体を借りて蘇った死人は記憶を失っており、力も乏しい。自分が『愛の妖精フラン』だと自覚すると消えてしまうという弱点もある。
<羈束首輪夢現(ネドネリアズ)>と組み合わせることで、現実世界に干渉できない代わりに、記憶を失いながら愛を求めて彷徨う部分のカットに成功したということか? 原理上はあり得ないこともないが、やはり腑に落ちない点はある。その点を俺は訊ねた。
「セリス・ヴォルディゴードは確かに滅びたが、グスタ・ライゼオに転生したはずだ。それでも愛の妖精フランの力を借りられるのか?」
「グスタ・ライゼオとしてではなく、セリス・ヴォルディゴードとして伝えねばならないことがあったから、ここへ来ている」
俺をまっすぐ見据えて、セリスは問い詰めてきた。
「妻などいらぬと──。言ったらしいな」
「……あぁ」
「腑抜けが」
セリスは射殺す眼光で俺を睨んだまま、そう吐き捨てた。
「俺でもできたことが、何故できぬ」
子を成すことや、妻を娶ることを言っているのか?
なるべく平静を装って、俺は答えた。
「……必要がない。子など魔法で作ればいい」
「お前は逃げているだけだ」
向き合う必要がないものと向き合わないことを、逃げと称するのか?
それとも……向き合う必要があるのか? ミーシャの想いと……。
シンや、セリスや、歴代ヴォルディゴードの男達も、向き合ってきたのだろうか……。
「我が息子ながら見苦しい。ここで引導を渡してやる」
セリスはそう言うと、天井に手を掲げた。
天井が突然光ったかと思うと、幾百という剣が聖座の間に降り注ぐ。
魔剣イニーティオ、光の聖剣エンハーレ、断絶剣デルトロズ、略奪剣ギリオノジェス、神雪剣ロコロノト……。
そして俺のセリスの間に刺さったのは、霊神人剣エヴァンスマナ。セリスのすぐ傍には万雷剣ガウドゲィモン。
俺が今まで見てきた魔剣や聖剣が、ズラリと勢揃いした。
「お前に決闘を申し込む」
セリスはその言葉と共に、腕輪を2つ投げて寄越した。魔剣大会で使った『吸魔の円環』と同じデザインだが、ただの腕輪のようだ。
「ルールを説明する」
セリスが提示したルールは以下の通り。
使っていい魔法は<武装強化(アデシン)>のみ。剣以外で相手を攻撃してはならない。腕輪を破壊されれば負け──。
魔剣大会に似たルールだが、剣は折れた場合交換していいらしい。強烈な攻撃魔法を使うと夢の世界が壊れるため、このルールで戦いたいらしい。まぁどんなルールだろうと負けぬが。
そして、勝った方がアノス・ヴォルディゴードの身体を使い、負けた方は夢の世界に取り残されるとのことだった。
(まぁ嘘だろうが……)
ミサや愛の妖精フランに、そんなだいそれたことが出来るはずもないが……。
(だからといってわざと負けてやる理由もないな)
身体や根源を奪うというのは嘘、もしくは大袈裟かもしれぬが、何らかのペナルティはあり得る。
このセリスが本物であれ、ミサが用意した偽物であれ、勝負を挑まれた以上は勝ちを拾わせてもらうとしよう。
セリスが言う。
「お前が床から剣を抜いたら始めよう。俺の獲物はコレだ」
セリスは万雷剣ガウドゲィモンを構えた。俺はひとまず様子見ということで、すぐそばにあった魔剣ゼフリードの柄を握った。
「これでいい」
「……さすがにもう少し真剣に選べ」
魔剣ゼフリードは、魔王学院の入学試験でゼペスが使っていた魔剣。神話の時代の小枝の方がマシなほど貧弱な剣だ。セリスが言いたいことも分かる。
とはいえ、真剣に選んで瞬殺するのも悪い。様子見ならコイツで十分だ。
「まぁ、折れたら折れたで次を使う。遠慮は要らぬ」
俺が床から魔剣ゼフリードを抜いた瞬間──、セリスが俺に肉薄していた。
雷のごとき力強さで振り下ろされた万雷剣を、魔剣ゼフリードにて受け止める──が。
ベキィッ──と不快な音を立てて、ゼフリードは粉微塵と化した。
「なっ──!?」
身体に万雷剣が触れるより早く、身体を捻って斬撃を避ける。万雷剣が宿す雷気が俺のズボンを焦がした。
(いかにゼフリードとはいえ、俺の魔力を込めた剣を粉塵に帰すだと!? 想像以上に強い! ミサが作った幻や、愛の妖精フランに出せる力か? これが……!?)
セリスが次々に繰り出す剣閃を避け、間合いを取りながら、俺はこのセリスが本物ではないかと思い始めていた。
そんなはずはないのに。
幻名騎士団団長セリス・ヴォルディゴードは、ただの平凡な男グスタ・ライゼオに転生したはずなのに──。
「くっ……!」
斬撃の嵐の中、やっとのことで隙を見出した俺は、床から自在剣ガーメストを抜いて、万雷剣の斬撃を受け止める。
自在剣ガーメストは冥王イージェスの配下、リンカが使っていた魔剣だ。サーシャを瀕死まで追い込み、ミーシャが秘めた力を目覚めさせるきっかけになった魔剣だ。
ミーシャがリンカや神々の運命によって消されるかもしれないという、あのときの不安や怒りを思い出しながら、俺は自在剣の刃を20本にも分身させ、セリスに繰り出した。
自在剣は数も形も長さも自在であるが、自在剣をどれだけ操ろうと、セリスの万雷剣とは拮抗が限界だった。
いやむしろ──。自在剣の性能に頼り、自在剣を摩耗させている分、こちらが押されている──?
「なぜ押されているか、なぜ剣に迷いがあるか教えてやろう」
俺が鍔迫り合いを強いられてしまったとき、セリスがそう語りかけてきた。
「創造神ミリティアを、ミーシャ・ネクロンを失いそうになっているからだ」
「失うだと……?」
何を馬鹿なことを。
「失う訳では無い。ミーシャは笑っている。リオンと共に……!」
シンがレノと、レイがミサと笑い合っているのと何も変わらない。ミーシャが無理をして、俺のような化け物の隣にいる必要など無いのだ。リオンが欲するなら、ミーシャの居場所は、リオンの隣で……。
「お前にミーシャの何が分かる!」
自分の中の迷いを掻き消そうとするかのように、俺は自在剣を30本にも増やし、セリスに剣閃を突きつける。
しかし逆に、その分身した自在剣の全てが、万雷剣の刃で切られ、雷で焼かれ、自在剣の根源を震わせる。
とうとう俺に酷使され、セリスの攻撃に晒され続けた自在剣ガーメストは、その剣身が砕け散った。
「ミリティアのことなら分かる。随分世話になった……」
紫電を纏い、自在剣の破片を舞わせながら、セリスは過去を振り返るようにそう言う。
過去。過去か……。ミリティアも見てきたのだろうか。ヴォルディゴードの男達の戦いを。ヴォルディゴードに嫁いだ女達の滅びを。
それでもなお──ミーシャには、俺への想いがあるというのか。
再びセリスが俺に迫ってくる。俺が次に床から選んで抜いたのは炎の魔剣ゼスと氷の魔剣イデス。七魔皇老のイドルが使っていた剣だ。炎と氷の二刀を辛うじてセリスの斬撃に合わせる。炎を氷と紫電が激しい色彩で聖座の間を満たすが、セリスに傷はなく、俺と聖座の間だけが火傷や凍傷を負う。
「ミリティアは平和を望んでいた。世界は平和になったか? アノス」
万雷剣を二刀で受け止めながら、何とか俺は返事をする。
「……名もなき亡霊の騎士が彷徨っていた頃よりはな」
「だが足りん。ただの魔族アノスの、心からの笑顔がなければ」
俺の、心からの笑顔だと……?
世界は平和になった。良き配下、良き友、良き子孫に恵まれた。
なら俺は“笑っていなければならない”。俺は“笑っていなければおかしい”。
暴虐の魔王とまで呼ばれた俺に、鬼だの悪魔だの外道だのと呼ばれた俺に、恋人や妻など必要ない!
子など、魔法で作ればいい! 七魔皇老のときのように!
そんな想いを込めて斬撃を繰り出すが、炎の魔剣ゼスは弾かれて天井に刺さり、氷の魔剣イデスは儚く砕け散った。セリスの万雷剣による、返す刃で。
「亡霊の俺ですら妻と子に恵まれた。もしお前が“そう”なったら、どれほどの笑顔をお前とミーシャは咲かせるか。どれほどの笑顔がミリティアの世界に咲くか。俺にできたことがお前にできないはずがない」
砕け散った剣の代わりに、床から一意剣シグシェスタを抜きつつ、俺は思考する。
(俺とミーシャが、笑顔を咲かせるだと……?)
リオンはミーシャの隣で笑っていた。あの場所に、リオンを退けて、俺が立ってもいいとでも……?
いや駄目だ。
「出来るとしても、やってはならぬ」
反論しながら俺は一意剣を振るった。
一意剣シグシェスタは、思うがままに変化する魔を秘めている。微かな雑念でもあれば、一意剣は真価を発揮しない。それを理解った上で、力尽くで一意剣を従属し、剣として強引に使う。
「ミーシャを、大精霊レノやルナ・ヴォルディゴードと同じ目に遭わせてはならない。例えミーシャがどれだけ望んだとしても……!」
俺は言葉と共に幾千幾百の剣を繰り出したが、その軽さを自分でも感じていた。真価を発揮していない一意剣程度が、セリスに通じるはずもなかった。
稽古の相手をするように軽やかな動作で、セリスは俺の剣を防いでいた。防ぎつつ、セリスは俺を諭すように語りかけてくる。
「お前は優しいな。俺と違って。お前の優しさは誰から受け継いだものだ? お前は誰の為に優しい魔王になった?」
俺の優しさの……原点……?
「思い出せ。アノス。まさか俺ではないだろう。俺はお前の父であることすら隠していたのだから」
我が父、セリス以外で……。俺の歩みの、原点……。
──振り返ってみれば、奇妙な会話であった。
それは、二千年の時を遡って、魔王城デルゾゲードを訪れたときのこと。
お互い知らぬこととはいえ、ミーシャを相手にミリティアの話をした。
『ミリティアと一つ、約束を交わした』
『どんな約束?』
『どうにもならぬ悲劇と理不尽を、他の神々がもたらすというのなら、俺がそれを滅ぼしてやる、と』
ふふっ、とミーシャは笑った。
穏やかな笑みで、暴虐の魔王とまで呼ばれた俺を相手に、ミーシャは口癖のように『こう』言ってくれるのだ。
『アノスは優しい』
そうミーシャに言われると、つい気を許し、『優しい』話をしてしまうのが、いつもの俺とミーシャの間に流れる、穏やかな時間であった。
『大それたことではあるがな。優しく、慈愛に満ちた健気な神に、俺はどうしても教えてやりたかったのだ』
俺はミリティアに──何を教えたかった?
『彼女の創ったこの世界は……。“この世界から生まれた俺は”、決して理不尽などには負けはしないと』
嗚呼、そうだった……。
俺が強く、優しく生まれたのは、ミリティアの世界に生まれたからだった。
俺が強く、優しく在り続ければ、ミリティアの愛と優しさを証明できると思ったのだ。
セリスの声が聞こえる。
「お前がお前であることを──。見守ってきたのは、支えてきたのは……誰だった?」
ミリティアは7億年かけて見守ってきたのだ。ヴォルディゴードの男達の戦いを。俺が生まれる世界を。
ミーシャは7ヶ月かけて俺に言い続け、支えてくれていたのだ。
『アノスは優しい』
鬼だの悪魔だの外道だのと呼ばれていた過去を晒しても。
不適合者呼ばわりされようと。
少々派手に暴れてやんちゃをしようと。
──グラハムの醜い感情と言葉に当てられ、怒りと憎悪に身を焦がしそうになっていた俺にすら……。
『大丈夫』
淡々とミーシャは言ったのだ。
『アノスはいつもと同じ』
するりとサーシャの手をすり抜けて、ミーシャは俺のもとまで辿り着いた。
『優しい顔をしてる』
『……見てはいまい』
『ん』
優しく彼女は頷いた。
見なくても、わかるということらしかった。
良い魔眼をしているどころの話ではないと思った。
『嘘ならば、責任をとれ』
俺が振り向くと、近くにいたミーシャが微笑んだ。
『ほら』
ミーシャは俺に言ってくれる。何度でも。穏やかな笑みと共に……。
『いつもの顔。優しい』
──思考の海に沈み、隙だらけだったはずの俺に、セリスは攻撃を仕掛けなかった。
万雷剣をだらりと垂れたまま、セリスが俺に語りかけてくる。
「お前とミリティアは……お前とミーシャは、強く、優しい。亡霊の俺など及びもつかないほど。お前なら……お前とミーシャなら、ヴォルディゴードの宿命を乗り越えられる。ヴォルディゴードの男を愛した女の悲劇の連鎖を……理不尽な運命を、滅ぼし尽くすことができる」
「……当然だ。セリス。我が父よ」
ミリティアが創った世界が、ミリティアの優しさから生まれた俺が、ミーシャから優しいと言われ続けた俺が、ヴォルディゴードの宿命ごときに負けるはずがない。
魔王がなんだ。リオンがなんだ。滅びの根源がなんだ。
俺が俺であり続けるには──ミーシャが必要だ。俺の隣、俺の傍に。
いや、必要というよりも──。
「俺はミーシャが欲しい。ミーシャに会いたい! ミーシャを愛している! こんな決闘と、こんな夢は、俺の勝利で終わらせてやろう!」
一意剣シグシェスタを淡い朱色に輝かせながら、俺はセリスにそう告げた。
セリスはフッと僅かに笑みを浮かべ、万雷剣を構えて言う。
「見せてみろ、アノス。お前の強さを」
俺とセリスは、同時に駆け出し、同時に剣を振るった。万雷剣と一意剣が激しくぶつかり合い、幾度となく火花を散らす。
思えば、俺が一意剣の真の力を引き出せたのは、今が初めてであった。
ミーシャへの愛に燃える一意剣は、万雷剣と何度ぶつかろうと刃毀れせず、折れる気配もない。
「やるな、アノス!」
「そちらこそな!」
剣圧の余波で神代の学府が激しく揺れるが、そこには軽快な音楽の調べのような心地よさがあった。
腑抜けた時間が終わるどころか、一意剣の真価を引き出し、新たな深淵に至った俺は、次々にセリスへと必殺の剣撃を叩き込んでいく。セリスの顔に苦笑が浮かびつつあった。
「父よ。コイツで駄目押しだ!」
大きく薙ぎ払いを繰り出してセリスと間合いを作る。その隙に、俺は床から新たな剣を、2本目の剣を引き抜いた。
俺の父、グスタが魔剣大会の為に鍛えてくれた──金剛鉄の剣だ。
──かつて、この剣を手に、魔剣大会の決勝戦へ向かう俺の背中に、ミーシャは言ったのだ。
『アノスは生まれ変わった』
振り返ると、ミーシャは俺の目をまっすぐ見つめてきていた。
『今は学生』
あの頃の俺は、リオンと対等な立場だった。どちらも魔王学院の学生。
今とてある程度はそうだろう。同じ男で、同じディルヘイドに住む魔族だ。
ミーシャは薄く微笑み、言った。
『楽しんできて』
俺が暴虐の魔王と知っておきながら、ミーシャはかつての俺ではなく、今の俺を見てくれていた。
生まれ変わった俺を。
俺は、これが欲しかったのだ。
このなんでもないような無為な時間が。
尊く、愛おしく、穏やかで、優しい……。
ミーシャと共に過ごす時間が──。
「行くぞ、父よ!」
一意剣と金剛鉄剣を構えた俺に対し、セリスは万雷剣を向けて応えた。
「来い! アノス!」
かつて無いほど嬉しそうな顔で、セリスが言ったのを聞き届けてから、俺は踏み込んだ。
一意剣の剣圧で以て、万雷剣を持つセリスの手を痺れさせる。その隙に、金剛鉄剣の剣閃を煌めかせて──。
「はぁぁああああっ!!」
俺の身体がセリスの身体を追い抜いた瞬間──。
俺の左肩からブシュッと血が吹き出す。だが腕輪も一意剣も金剛鉄剣も無傷。
一方では、セリスの腕輪が2つとも砕け散り……万雷剣が床に刺さった。
「強くなったな……アノス」
セリス・ヴォルディゴードが膝を着いた。
この決闘を制したのは俺──アノス・ヴォルディゴードだった。
──※──
「父よ……」
決闘を終えた俺は、セリスの傍に歩み寄り、跪いて言った。
「俺はとんでもない親不孝をするところだった。ミーシャを悲しませてしまうところだった。すまぬ。そして……ありがとう」
セリスは微笑みながら言った。
「親孝行なら、あの間の抜けた男に……。グスタ・ライゼオにくれてやれ」
「……あぁ」
「グスタに見せてやれ。お前とミーシャの婚礼衣装を。お前とミーシャの子どもを。あいつにとっての……孫をな」
魔法模型展でミーシャと共に『夢幻婚礼結界』に入ったときのことを思い出す。あれが夢ではなく現実になれば、父は──グスタは、泣いて喜ぶことだろう。
「アノス。お前は誰にも負けはしない。虚無が相手でも、世界の意思が相手でも、ヴォルディゴードの宿命が相手でも……」
「……あぁ」
気づけば俺は……泣きながら、父の肩を抱いていた。
「見ているぞ、アノス。グスタ・ライゼオの中から。ずっと……。あの……家で……」
全てが、暖かい光に包まれていく。神代の学府も、数々の剣も、セリスの身体も──。
夢は、そこで終わった。
──※──
目を覚ますと、そこはレグリア家の客間ではなく、レグリア家のベッドであった。俺はそのベッドに寝かされていた。見慣れぬ部屋だが、窓から見える街並みやインテリアの意匠は、ここがレグリア家であることを証明している。
街は紅く染まっている。既に陽が落ちようとしていた。夢の中と現実では時間の流れが違うのかもしれぬ。
コンコンと、部屋をノックする音が聞こえた。
「入ってよいぞ」
俺がそう促すと、ミサとレノが部屋に入ってきた。ミサは未だにアヴォス・ディルヘヴィアの姿だった。
ミサが俺に問う。
「答えは見つかりましたか? アノス様」
「あぁ。良い夢だった」
レノが「ふぅ……」と息を吐いてから言う。
「良かったね、アノス。あとはミーシャに想いを伝えるだけだねっ」
「……ひとつだけ、懸念が残っている」
ミサとレノが目を見開いた。それに構わず、俺はアイツの名前を言った。
今回、一番の主役であり立役者である──。
「リオンのことだ」
ミサとレノが安心したようにホッと肩の力を同時に抜いた。俺が今さら何を言い出すのかと心配していたのかもしれぬ。
しかしリオンのことを考えると、中々どうして難しい。
「リオンは何も悪くない。むしろよくやったと言えるだろう。俺の勝手なエゴと愛で、リオンが失恋するとしたら……。リオンを悲しませてしまうとしたら……。不憫でならぬ」
ミーシャへの愛に溢れる今の俺には、リオンの努力がますます愛おしく尊いものに見える。
リオンはあのちっぽけな根源で、たった15年の人生の全身全霊を賭けて、ミーシャを愛し抜こうとしたのだ。俺が恋の敵、恋の障害として立ち塞がることにも臆せず。
俺とリオンの両方がミーシャの愛を手にする方法があれば最も良いのだが……。俺の魔力がどれほど強大でも、流石にそんな方法はない。
いったいどうすれば良いのか……。
数秒の沈黙の後、ミサが口を開く。
「まぁ……その辺りの露払いは、私とお母様にお任せくださいな」
レノが深く頷いてから続けて言った。
「恋の病や失恋にまつわる精霊は多いんだよ、アノス。新しい恋が見つかるおまじないの精霊とか、失恋の涙で育つ精霊とか。私とミサが……。ううん。大精霊の森アハルトヘルンの皆で、ちゃんとフォローするよっ」
「だが……」
俺が反論しようとすると、ミサが呆れ顔で言った。
「アノス様。エクエスとの戦いで、レイやミーシャさんやサーシャさんは、<極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア)>の滅びを相殺していましたわよね?」
「……あぁ」
それがリオンと何の関係があるのやら?
ミサが言った。
「あんな絶大な滅びの露払いに比べれば、たった一人の少年の失恋を慰めるぐらい、どうとでもなりますわ。リオンは死線を幾度と越えてきた魔王学院1年2組。私は偽りなれど暴虐の魔王。命を賭けた恋に破れたぐらいで、リオンや私が絶望するとでも思いましたの?」
「……そうかもしれぬな」
リオンのことはミサやレノに任せよう。
俺はこの胸の高鳴りを……ミーシャに伝えたい。
ベッドから降りて、俺はミサとレノに言った。
「ずいぶん世話になった。ありがとう」
するとミサが言う。
「お代は要りませんから、その代わり……。どこで想いを伝えるのか、お教えくださいな」
ふむ。出歯亀でもする気か?
まぁ減るものでもないし、俺もリオンの告白を出歯亀していたことだしな。
場所は──あそこしかあるまい。
「ミッドヘイズの南西にある丘だ」
リオンがミーシャに告白した場所。
そして──創造神ミリティアが、セリス・ヴォルディゴードを看取った場所だ。
我が父セリスの想いが最も強く残っているであろうあの場所で、俺は伝えるのだ。
ミーシャへの愛を──。