【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
昇り始めた月がミッドヘイズを照らす様子を見ながら、俺はミーシャを待っていた。
ミッドヘイズ南西の丘で。リオンがミーシャに告白をした場所で。俺の父──セリス・ヴォルディゴードが最期を迎えた場所で。
どうにも身体が火照っており、涼しい夜風が心地よい。
こんなに身体が熱くなるのは、ミーシャのことを考えているからだろうか。リオンも同じ火照りを感じながら、ミーシャに告白したのだろうか。
これが本物の『青き春』というものか。月が照らすミッドヘイズは平和そのもので、俺は過去の惨劇や明日の殺し合いのことなど考えず、いま愛する人の顔を思い浮かべている。優しく、愛に満ちた、素晴らしい世界になったものだ。
そんなことを考えていると、<転移(ガトム)>の魔法の気配を背後に感じた。
振り向いてみれば──彼女が来てくれていた。
白銀のショートヘアに、もみあげをくるりとした縦ロール状に整えている。
白いワンピースにケープを軽く羽織った、いつものお出かけ服。
俺の大切な人──ミーシャ・ネクロンだ。
「……お待たせ」
そう言った彼女の澄んだ蒼い眼には、どこか落ち着かない様子が伺える。
「いや、俺こそ待たせて済まなかった」
俺が返事をしないせいで、答えを出すのが遅いせいで、ミーシャを不安にさせてしまったのだ。
だが、それもここまでだ。
「答えを見つけてきた。もしミーシャが俺以外を恋人にしたらどうするか……という話だが……」
ミーシャは俯き気味に、俺の声を聞いている。ずいぶんやきもちを焼かせてしまったようだな。
この状況を招いた自分自身に呆れながら、俺は答えた。
「無理だな。勘弁してくれ。お前が俺以外を恋人にするなど」
ぱちぱちと瞬きして、目を丸くしながらミーシャは俺を見る。
急にどうしたのか、と言わんばかりだ。
あいにく、俺は昨日までの俺とは違う。
「ミサが見せてくれた夢の中で、我が父セリス・ヴォルディゴードに会ってな。その夢の中で気付かされた。俺が俺らしく在り続けられるのは、ミリティアとミーシャのお陰だと。ヴォルディゴードの男が愛した女を死なせてしまう宿命ごとき、容易く滅ぼしてみせてこその俺だとな」
ミーシャと目を目が合う。静謐とした美しい眼だ。俺とミーシャは目だけで心が通じ合うことが多く、これだけしっかり話すのは初めてかもしれぬ。
だが今日だけは──話さなければならぬ。言葉にしなければならぬ。俺の全てを。
「お前のことを想いながら戦うたび、俺の中に慈悲や敬いの心が育った。お前が俺を『優しい』と言ってくれるたび、俺は本当に優しくなることが出来た。ミーシャ、お前のおかげなのだ。世界が平和になったのも、俺がここまで歩いて来られたのも」
ミーシャの正面で跪き、俺は願い出た。
「ミーシャ。俺が俺らしく在るには、お前が必要だ。誰よりも近い、俺の隣に。ずっとお前の声を聞きたい。お前が欲しい。他の男を恋人だの夫だのにするな。同じ屋根の下、同じものを食べ、同じ部屋で寝て、同じ朝日と星空を見よう。神だの運命だの悲劇だの……。たとえリオンが相手だろうと、ヴォルディゴードの宿命が相手だろうと、誰にもお前の笑顔を譲り渡す気はない」
ミーシャの目をまっすぐ見据え、ついに俺は告げた。何者にも縛れない、俺の本心を。
「ミーシャ。俺の……妻になってくれ。お前が許してくれるなら、愛してくれるなら……。リオンの手ではなく、俺のこの手を取ってくれ」
目を瞑り、俺はミーシャに右手を差し出した。
1秒……2秒……それが、凄まじく長く感じられた。
(これでもし……。ミーシャがリオンを選んだら……?)
最悪の予感が、最悪の想像が頭を巡る。
もし、レノの翻訳が間違っていたとしたら……?
もし、俺の告白が遅すぎたのだとしたら……? 間に合わなかったのだとしたら……?
頭がどうにかなりそうだ。リオンはこんなプレッシャーを抱えたままミーシャと日々を過ごしていたのか? なんという凄まじい胆力だろうか。
「うっ……ひっぐ……うぐ……」
少女が啜り泣く声が聞こえる。無論声の主はミーシャ以外あり得ない訳だが……。
「ミーシャ……?」
我慢できず、俺は目を開けた。
やはりミーシャが、顔を紅くして、大粒の涙を流して泣いている。
まさか俺は……泣かれるほどミーシャに嫌われていたのか……!?
流石にそれはない……と思いたい……。
するとミーシャは涙を拭い──両手でがっしりと、俺の右手を掴んで言った。
「うれしい……! よろこんで……!!」
それは、心からの笑顔だった。
7億年、世界を見守り続けた優し創造神の。
7ヶ月、俺を見守り続けた少女の。
7週間ほどの間、二人の男の間で揺れていた少女の──。
可愛らしく、愛おしく、優しい、俺の大好きなミーシャの──。
心からの笑顔だった──。
「ミーシャっ!」
彼女の手を支えに俺は立ち上がり、手を広げた。
「アノスっ!!」
俺の胸に、ミーシャは飛び込んで来た。
誰にも渡さない。二度とこの手を離さない。そんな想いを込めて、強く強くミーシャを抱きしめる。
柔らかく……温かい。長く戦い、生きて、歩んできたが、これほど生の歓びを実感したことはない。こんなことなら、もっと早くミーシャを抱き締めておけば良かった。
「アノス。キスしても、いい?」
吐息が感じられるほど近い距離、目と目を合わせたとき、ミーシャはそう訊ねてきた。
返事をする時間すら惜しいと思った俺は、ミーシャの唇に俺の唇を押し当てた。
抱きしめるより、よりダイレクトにミーシャの命や体温を感じる。俺とミーシャの境界がなくなり、一心同体になったような感動を覚えた……。
どれほどの時間そうしていたか数えていないが、やっと唇が離れたとき、ミーシャは言った。
「うれしい……。私のファーストキス、アノスにあげられた。サーシャとお揃い」
「ありがとう。それは貴重なものをもらってしまったな」
嗚呼、良かった。危うくリオンに取られるところだったのか。
こんな素晴らしいものを、こんなにも愛おしいミーシャを、俺は危うくリオンに譲り渡してしまうところだったのか。俺はとんだ大馬鹿者だ。
「アノス。私がお嫁さんになったら、私が作った料理、食べてくれる?」
「あぁ。毎日でも食べたいぞ」
ニッコリと、ミーシャは笑い、俺も微笑み返す。
「たまには一緒に旅行して、一緒に綺麗な景色を見よう?」
「あぁ。何処へでも連れて行ってやろう」
「それからね、それからね……」
創造神としての想像力と、子どものような甘え方で、ミーシャは俺と一緒にやりたいこと、創りたいもの、行きたい場所を挙げていく。
ミーシャと一緒なら、何でもできる。何でも創れる。何処へでも行ける。そして全ての日々と、全ての場所が、愛と優しさで色鮮やかに彩られていく予感がした。
「アノス。今度は私から──キスさせて?」
「あぁ」
先程は俺から迫ってしまったからな。ミーシャがキスしやすいよう、ほんの少し屈むと、俺の唇にミーシャの唇が優しく重ねられた。
俺の昂りとミーシャの温もりを交換し合い、心まで満たされた頃、ミーシャは名残り惜しげに唇を離した。
「アノス。好き」
「あぁ。俺もだ、ミーシャ」
「アノス。大好きっ」
「あぁ、愛してるぞ、ミーシャ」
「えへへ……。ずっと、一緒にいてくれる?」
「あぁ。もう離さぬ。ずっと一緒だ」
再び抱き締めあって、キスをして、愛を囁きあって……。
俺とミーシャは、飽きもせず、そうやって互いの愛を確かめあった──。
──次回、完結──。