【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
何度目かのミーシャとの抱擁をしている最中、人の気配を感じた。
今までミーシャにばかり魔眼を奪われていたので、気付かなかっただけかもしれないが。
片方は檳榔子黒のドレスを着ており、もう片方は翡翠色のドレスを纏っている。
ミサとレノの二人であった。
「あー、コホン。お二人とも、ずいぶん仲がよろしいようで……」
「見てるこっちが恥ずかしいぐらい情熱的だったね。おめでとう、アノス。ミーシャ」
名残りを惜しみながら、俺とミーシャは抱擁を解き、ミサとレノの方を向いた。
「ミサ。レノ。先ほどはずいぶん世話になったな」
するとミサは得意げに胸を張った。
「まぁこれぐらいの手助けは、私達が本気を出せばどうということはありませんわ。ねぇお母様?」
「そうそう。私達はちょっとアノスの背中を押しただけだよっ」
ミサに続き、レノがそう話す。そんな二人に、俺は疑問をぶつけた。
「ところで……。いつから出歯亀していたのだ?」
ミサとレノはギョッと目を見開いた。そしてミサが言う。
「最初からというか……。アノス様より先に来てましたわよ? 隠狼ジェンヌルの力と<秘匿魔力(ナジラ)>で皆様隠れていましたけれど……。お気づきになりませんでした?」
レノも苦笑いしながら言った。
「あ、あはは……。なんか……ごめんね? てっきり魔王アノスのことだから、全部知ってた上で見せつけてるのかなぁって思ってたんだけど……。そっかー。それぐらいミーシャのことが好きなんだねぇ……」
なん……だと……?
恥ずかしさ故か、ミーシャの顔が真っ赤に染まる。まるでサーシャのようだ。
ミーシャにどうプロポーズするか考えたり、身だしなみを整えたりする時間があったので、ミサやレノが先にここで待ち伏せしていてもおかしくはないが……。
こんな調子で俺はミーシャを守れるのか? 先が思いやられるな……。
というかミサめ。今、『皆様隠れていましたけれど』と言ったな。
まさか……?
「出歯亀はお前達二人だけ……ではないようだな」
心を研ぎ澄まし、魔眼で改めて深淵を覗くと……。茂みの奥に、魔法で巧妙に隠蔽された根源が……。
「……ずいぶん沢山いるな?」
するとミサは、まるで悪党のように「クックック……」と笑う。そして得意げな笑みを浮かべて言いのけた。
「史上最強の魔王の始祖の、一世一代のプロポーズですわよ? 出歯亀が二人だけな訳がないじゃありませんかッッ!! 順番にご紹介して差し上げますわ!」
ミサが隠蔽魔法を解除すると、彼女のそばに二人の人影が現れる。
涙を拭うサーシャと、涙の跡を誤魔化すように微笑むエレオノールだった。
「サーシャさん、エレオノールさん。何か言いたいことがあれば、どうぞ」
ミサにそう促され、何度目かの涙を拭ったサーシャが口を開く。
「まぁ……。一時はどうなるかと思ったけど……。元の鞘に収まったというか。やっぱりアノスとミーシャはお似合いというか。……おめでとう、アノス、ミーシャ」
続いて、涙を一筋スッと流しながら、エレオノールも祝ってくれた。
「うんうん! リオン君にはちょっと申し訳ないけど……。アノス君とミーシャちゃんが幸せそうで何より、だぞっ!」
ふむ。多くの者が出歯亀しているであろう中で、ミサが何故サーシャとエレオノールを最初に選んだのか……。
答えは──ずいぶん俺の心の深淵を覗けているから、ということだろう。
「サーシャ、エレオノール。他人事では済まぬぞ」
俺がそう言うと、二人は目を丸くした。構わず俺は二人に告げる。
「俺はサーシャとエレオノールの二人も、妻に迎えるつもりだ」
「なっ……! なぁぁああああ……!?」
「えっ……? ええぇぇーーっ!?」
二人の顔がみるみる紅くなる。俺はミーシャに顔を向けて訊ねた。
「ミーシャ。正室が3人になっても構わぬか?」
ミーシャは「んー……」と数秒考えていたが、目をぱちぱちさせてから微笑んで言った。
「3人一緒に、幸せにしてあげて」
「あぁ、そのつもりだ」
俺がミーシャに微笑み返すと、サーシャの怒号が割って入る。
「ちょっとアノスッ! ミーシャっ! 何を勝手に決めてるの!? 馬鹿なのっ!?」
「サーシャよ」
俺はサーシャに鋭い目線を向けながら、彼女に歩み寄った。一歩だけサーシャは後ずさるが、それより俺の歩みの方が速い。
「リオンにミーシャを取られそうになって気づいたのだがな。お前を何処ぞの馬の骨や男にくれてやる気など毛頭ないぞ」
サーシャに肉薄した俺は、指先でサーシャの顎をクイッと持ち上げる。彼女の眼には澄んだ『破滅の魔眼』が浮かんでいた。同じ『破滅の魔眼』で以て、その滅びを相殺する。
「お前は俺のものだ。今も昔も。身も心も。その美しい破滅の魔眼も。理滅剣ヴェヌズドノアも、魔王城デルゾゲードも、サーシャ・ネクロンも。他の男のものになるなど絶対に許さぬ。生涯俺の傍にいるがいい。褒美に、お前を世界一幸せな花嫁にしてやろう」
目を潤ませるサーシャに、俺は唇を重ねた。
サーシャの震え、サーシャの体温を、唇から感じる。アベルニユー相手にやったときや、サーシャがまだ14歳だったときにやったときに比べて、尊く愛おしく感じられる時間だった。
唇同士が離れた後、改めて俺は問う。
「……不服か? サーシャ」
するとサーシャは、数回口をパクパクさせてから、か細い声で言った。
「キスしてから聞くもんじゃないわよっ……。バカっ……。えーっと……その……」
俺が彼女の顎から手を離すと、目を伏せて小声でサーシャは言った。
「ふ……不束者ですが……。よろしくお願いします……」
普段の威勢はどこへやら。何とも可愛らしいものだ。
俺は微笑みながら言った。
「あぁ。よろしくな、サーシャ」
続いて俺は、エレオノールに目を向けた。彼女は手をブンブン振り、顔を真っ赤にしながら口早に喋った。
「あの……あのあのあの……アノス君っ! ぼぼぼ……ボクはやめといた方がいいんじゃないかなぁ〜〜!? 1万人のゼシアを幸せにしてくれてるだけでボクはすっごく幸せだし!? ボクってホラ! ジェルガ総帥の転生体だし!? あとさ! ボクってそういうキャラじゃないっていうか……!」
「エレオノール」
そう強く名を呼んでやると、エレオノールは押し黙った。
「お前はいつぞや俺に謎かけを出してきたな。俺はエレオノールを魔王の魔法にして、自由にしたが、その代わりにエレオノールはあるものに縛られてしまった……と」
あれは確か、初めてアノシュの姿で魔王学院に登校した日の放課後のことだった。ずっとその謎掛けの答えを考えていたのだが、ミーシャへの愛に気付いたとき、答えが見えてきた。
ミーシャはじーっとエレオノールを見つめ、サーシャは顔を引きつらせている。ミサとレノがいたずらっぽくクスクス笑っていた。
サーシャが言う。
「エレオノール……? あなた……アノスにそんな話してたの……?」
ミサとレノも愉しげにコソコソ話す。
「あらあら。エレオノールさんも隅に置けない方ですわ」
「ミーシャちゃんの問題よりは難しいよねぇ〜。でも、今の魔王アノスなら解けちゃうんだろうなぁ〜」
ふむ。サーシャやミサやレノの反応を見る限り、俺の答えは合っていそうだな。俺はその答えを言った。
「エレオノール。お前は、俺への想いに縛られてしまったのではないか? そして、その想いが友愛や忠義の範疇に収まるなら、わざわざ謎掛けにする必要はないし、縛られたという言い回しにするのも不自然だ」
友愛は謎掛けにするほど恥ずかしいものではないし、友人など何人いようと個人の自由だ。忠義も隠すぐらいなら公言した方が印象が良いし、そもそもエレオノールは勇者学院へも普通に義理立てを続けており、俺への忠義で縛られてしまったという訳ではあるまい。
なら、その真意は──。
「お前は俺に恋慕の情を抱き、それに縛られてしまったのではないか?」
誤魔化すようにエレオノールは目線を逸らすが……。レノが小さく拍手する音が聞こえた。少なくともレノから見れば正解だったようだな。
「エレオノール。俺は、情けや憐憫でこんな話をしている訳ではないぞ。まだまだこの先何が起こるか分からぬ。ミーシャは勝手に死のうとしたり、リオンに気を許したりするわ。サーシャは俺やリオンにガンを飛ばすわ……といった具合でな。お前の愛と包容力が必要なのだ。欲しいのだ。俺自身はもちろん、俺が創る世界にも、俺が築く家庭にもな」
誠心誠意俺は話しているのだが、エレオノールは「えっと……。その……」と言葉に詰まり、目線も身振りも落ち着きがない。
「まぁ……。全てが俺の勘違いで、お前がどうしても俺の正室になるのが嫌だというのなら……。大人しく引き下がるが……」
「そっ……そんなことないぞっ!」
俺が目を伏せようとしたとき、エレオノールは慌てて俺を引き止めた。さらにエレオノールは言う。
「ぼっ、ボクだってアノス君が大好きで! でも……ゼシア達の面倒を見て貰ったり、サーシャちゃんやミーシャちゃんに遠慮しちゃったり、ジェルガ総帥がアノスの敵だったりで、一歩踏み出せなかったんだけどっ! アノス君が貰ってくれるなら、それはすごく嬉しいことで……えっと……」
チラチラと、上目遣いで機嫌を伺うようにしながら、エレオノールは小さな声で言った。
「ぼ……ボクも……アノス君のお嫁さんに……なりたいぞ……?」
俺は指先に魔力を込め、クイッとエレオノールの身体を魔力で手繰り寄せた。
飛び込んでくる勢いそのまま、「わわっ!?」と戸惑うエレオノールに構わず、彼女の唇を奪った。
最初の数秒は理解が追いついていなかった様子のエレオノールであったが、その後は俺の唇の感触を味わう余裕が出てきたようであった。
キスを終えてから、エレオノールはにっこりと笑って言った。
「アノス君……ありがと。大好きだぞっ……!」
「あぁ。愛しているぞ、エレオノール」
長い黒髪を撫でながら、俺はエレオノールとしばし見つめ合う──。
……するとそこへ、幼い声が聞こえた。
「ミリティアもエレオノールも、おめでとう。エンネは、名実ともに魔王アノスがエンネのお父さんになってくれて、とっても嬉しいの!」
俺とエレオノールが顔を向けた先には、嬉しそうに笑うエンネスオーネと、首を傾げるゼシアがいた。
ゼシアが首を傾げたまま俺に訊ねた。
「アノスは……ゼシアの、お父さんに、なりましたか……?」
俺が「あぁ」と返事をしたが、未だゼシアは戸惑った表情のままだった。数回「うーん、うーん」と唸ってから、ゼシアはまた訊ねてきた。
「アノシュは……おしまいですか?」
「別にまだやめるつもりはないが……。もっといい話があるぞ」
再び首を傾げたゼシアに、俺は告げた。
「弟や妹が出来るかもしれぬぞ。ゼシア、エンネスオーネ。もし俺に子が出来たら……姉として、俺の息子や娘と仲良くしてくれるか?」
パァッと、ゼシアとエンネスオーネの表情が明るくなった。
「任せて、魔王アノス! エンネ、頑張るよ!」
「ゼシアに、おまかせです……! ゼシアは、お姉さん、ですから……!」
キャッキャと、ゼシアとエンネスオーネは飛び跳ねてはしゃいだ。
そこへミサが声をかける。
「さて。サーシャさんやエレオノールさんのせいでずいぶん後回しになってしまいましたが……。いよいよ此度のMVPであり最大の立役者である……彼に出てきてもらいましょう」
誰が出てくるか察したエレオノールは、俺がミーシャの傍へ行くよう促した。ミサが隠蔽魔法を解除すると、三人の人影があった。
一人は魔法模型店店主のメリッサ。
一人はレイの母、シーラ・グランズドリィ。
そして二人に背中を擦られ、涙を流す、短い茶髪に眼鏡をかけた少年がいる。
リオン・クローラー。遅咲きのリオン。平凡な魔王学院1年2組の生徒でありながら、ミーシャを愛し、魔王である俺に挑んだ、真面目で、優しく、勇敢な少年だ──。
「うぐっ……。ひぐっ……。うぅっ……」
リオンが泣き続けるのも無理はない。ミーシャが彼ではなく俺を選んだ瞬間を見てしまったのだからな……。
それでもミサは、「後になって伝聞で事の仔細を知るよりは、リオン自身の目で見るべきだ」と判断し、リオンを連れてきてくれたのだろう。
リオンが泣き止むより前に、シーラが口を開いた。
「えぇっと……。アノス君? リオン君が泣き止むまでに、私からお祝いを言わせてもらうわ」
「あぁ」
リオンから離れたシーラが、俺とミーシャを交互に見てから微笑み、そして言った。
「私としてはね。大恋愛に挑むリオン君の姿とレイの姿がダブって見えて……リオン君を応援したい気持ちもあったわ。でも、アノス君に幸せになって欲しい気持ちも、本当なの」
「……そうか」
「おめでとう。ミーシャさん、アノス君。あと、サーシャさんに、エレオノールさんも。結婚してからも、うちのレイと、仲良くしてあげてね」
コクコクと、ミーシャは頷いてから言った。
「レイも、大切な友達」
「あぁ。俺の唯一無二の親友だ」
「ま、アノスの友達じゃ、無下に出来ないわよね」
「シーラさんもよろしくね。また女子会したいぞっ」
俺達4人は続けて、そう言った。
一方、メリッサは痺れを切らせて、リオンに強い口調で励ましを送っている。
「ほら! リオン君! 魔王様に挑んだときから、こうなるかもしれないって覚悟はしてたはずでしょ! 言わなきゃいけないことがあるでしょ! ミーシャちゃんに!」
するとやっと、リオンは無理やり涙を拭い去り、嗚咽を嚥下して、ポツポツと話し始めた。
「そう……ですよね……。僕は……弱くて……臆病で……遅咲きで……。こうなるのは……仕方ないことで……。でも……こうなるのは……。悪いことではなくて……」
そしてリオンは、無理やり笑顔を作って、言ってくれたのだ。
「おっ……おめでとう! ミーシャさん! それに……。アノス様も! 僕は……。僕はっ……! 嬉しいよっ! ミーシャさんがっ……幸せになれることが……っ。一番……大切な……ことだからっ……!」
言うべきことを言い切って、リオンは再び泣いた。丘に生えた草や木がざわめくほどに。誰かが拍手をし始めると、つられて皆がリオンに拍手喝采を送った。
「度胸と勇気じゃ、アンタが一番よ! リオン!」
「うんうん! 一番頑張ったのは、リオン君だぞっ!」
サーシャとエレオノールは、涙を流しながらリオンを褒め称えていた。
「立派だねっ、リオン君は」
「そうですわね、お母様。本当によくできた子ですわ」
レノとミサも、目から涙を零しつつ、拍手を送っていた。
拍手が止んだ頃、メリッサも祝いの言葉を贈ってくれた。
「おめでとうございます、魔王様。それにミーシャちゃんもね。ミーシャちゃんがうちに魔王様を連れてきたとき、『彼氏?』って聞いたら、ぶるぶる首を振ってたわよね。逆に怪しいと思ってたのよ。今はどう?」
ミーシャはぎゅっと俺の腕に抱きついて、恥ずかしげに言った。
「婚約者。一番……大切な人」
「そっかそっかー」
続いてメリッサは、俺に目を向けた。
「魔王様。今度とも、お嫁さんの思い出の店である、『創竜のふるさと』を何卒ご贔屓に。いつか、家族で来店してね」
「あぁ。何人家族で来ることになるか分からんぞ。せいぜい店を大きくしておくことだ」
俺とメリッサは、「ははは」と笑い合った。
そうやって話している内にリオンの涙は落ち着いてきたようだったので、俺はリオンに告げた。詫びと感謝を。
「すまぬな、リオン。そして……ありがとう。お前が祝ってくれるなら、俺は遠慮なく、ミーシャと共に幸せを掴める」
「……はい」
俯いたまま、鼻を鳴らして、リオンはそう返事した。するとミーシャが俺を見つめて言った。
「アノス。少しだけ……いい?」
俺とミーシャが分かり合うのに、多くの言葉は要らない。
ミーシャはリオンの為に、何かするつもりなのだ。
「あぁ……頼む」
俺がそう言うと、ミーシャはゆっくりと、リオンの方へ歩いていった。
「リオン……」
ミーシャがそう声を掛けると、リオンは顔を上げる。そんな彼に、ミーシャは腕を広げて抱きついた──。
「ミーシャ……さん?」
「……ありがとう、リオン」
慈愛の笑みを浮かべ、ミーシャは語りかけた。
「あなたが一歩……愛と優しさと勇気をもって、一歩踏み出してくれたから、私とアノスも、未来への一歩を踏み出せた」
リオンとミーシャと俺は……三人とも臆病だったのだ。
7ヶ月片思いを抱いて足踏みしたリオン。
俺と友達以上の関係になるのを躊躇ったミーシャ。
自らが宿す滅びを恐れて愛や恋から目を背けた俺。
そんな中一歩踏み出したリオンには、感謝と敬意を抱かずにはいられない。
「リオンと過ごす日々は、凄く刺激的で、ドキドキして……とても楽しかった。最後にはアノスの手を取ってしまったけれど……。あなたから愛された私は……とっても幸せだった」
「……聞いてもいいかな。なんでアノス様を選んだのか」
本当にリオンと過ごす時間が幸せだというのなら、リオンの手を取りそうなものだからな。
ミーシャは、未来への希望を抱いた眼をして答えた。
「アノスは……優しい。優しすぎて、無理ばっかりする。頑張り過ぎてしまう。そんなアノスを……支えてあげたい。そんなアノスを助けて、笑顔に出来るような……色んなものをいっぱいいっぱい創って、もっと世界を優しくしたい。世界に笑顔を咲かせたい。レイやシンよりももっと、アノスの心に寄り添える場所で。それが私の夢。私の誇り。私の居場所」
「そっか……。そっかぁ……! いい夢だと……思うよ! 敵わないなぁ……! アノス様には……!」
しみじみと頷くリオンの眼から、また涙が流れる。そんなリオンに、ミーシャは訊ねた。
「リオン、覚えてる? あなたは怯えて、心配してくれてた。ミーシャをミリティアと呼ぶ人が増えて怖くなったって。ミーシャが消えてしまうかもって。私が遠くへ行ってしまうかもって」
「……うん。覚えてるよ。自分で言ったことだから……」
この丘で告白するとき、リオンがミーシャに言ったことだ。
「私は消えない。何処にも行かない」
強い意志の眼と、優しい笑みで、ミーシャははっきり言い切った。
「どんな悲劇や理不尽が相手でも、私とアノスは負けないから。リオンからよく見える場所で、私は笑って、色んなものを創り続けるから」
「うん……。うん……!」
再びリオンは泣く。ミーシャの胸を借りて。
「よしよし」
そんな彼の頭を、ミーシャは優しく撫でた。
だが──リオンはそこで終わる男ではなかった。
「僕も……頑張るよ」
ミーシャが目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをした。
「アノス様とミーシャさんの愛を引き裂くような悲劇や理不尽にも負けないぐらい……強くなるから。アノス様とミーシャさんが遠くへ行っても、追いつけるように……走り続けるから」
嗚呼、ミサの言う通りだった……。
リオンは、命を賭けた恋に破れたぐらいで、絶望する男ではなかった。
この勇気ある少年が俺の恋敵で、本当に良かった。
にこりとミーシャは微笑んだ。そして、まるで俺に対して言うのと同じように言った。
「リオンは強い。そして……優しい」
するとそこへ、しんみりとした空気をぶち壊す男の声が響いた。
「当然! 当然! 当然だぁ!! その遅咲きこそ、この熾死王エールドメードが手塩にかけて育てた魔王の敵……うぐぐぐ! おぉっと語弊があったな! 魔王の恋敵だぁ! ここで燃え尽きて終わる男ではなぁぁああい!!」
相変わらず無駄に洗練された無駄のない無駄な動きでクルクル舞う、熾死王エールドメードだ。隣にはナーヤもいる。
リオンは名残り惜しげにミーシャとの抱擁を解き、そしてエールドメードの前に跪いた。
「申し訳ありません! エールドメード先生! それにナーヤさんも! 教わったことを活かし、命を賭けて挑んだ恋でしたが……。魔王アノスには勝てませんでした……! ミーシャさんの愛は勝ち取れませんでした……!」
するとナーヤは申し訳なさそうに手を振った。
「い……いいんですよ、リオン君! リオン君はよく頑張りましたよ! ねぇ熾死王先生?」
そのエールドメードは、ポカンと口を開けてから淡々と言った。
「遅咲きの努力はまぁ認めるがな。命を賭けた計画や挑戦が失敗するぐらい普通のことだぞ、リオン」
この狂人が言うと説得力があり過ぎるな……。
何度も俺の前で命をチップにした賭けに出て、今なお俺の前に平然と立っている男だからな。
呆然としながらエールドメードを見上げるリオンに、熾死王はさらに語った。
「命を賭けて魔王に挑み、五体満足で生き延びた! 大☆戦☆果ではないかっ! 失敗など構わない! まるで構わない! 詫びる必要など全くない! 花はたとえ散っても季節が巡ればまた咲くだろう? 再び1本の小さな芽から美しき大輪を目指せば……否!」
シルクハットを被りなおし、杖をリオンに向けてエールドメードは言った。
「まーるい0の種子から、再び始めようではないいか! 遅咲きリオンの──恋物語を!」
「それは……魔王の敵や……。魔王の恋敵でなくても……よいのですか……?」
わざとらしく、頭痛が起こったかのようなジェスチャーをして、「うーん!」とエールドメードは唸ってから言った。
「いかん! いかんぞぉ……リオン。敵という呼び方には語弊があるっ! 魔王がより深淵に至るには……そう! ライバルが必要なのだ! た・と・え・ばぁ……」
エールドメードはバッと、花吹雪を舞わせて、それを背景に言った。
「嫁自慢大会とか……な?」
それを聞いて「ぷっ!」とレノが噴き出していた。リオンはまだ呆然としている。構わずエールドメードは好き勝手に喋った。
「今までの魔王アノスは、嫁自慢大会があっても出場すらできなかった! しかし今日からは出場できる! この熾死王エールドメード、魔王アノスが優勝するのはまぁ構わないが、魔王アノスがそこに至るまでに何の試練も何の進化もないというのは我慢ならん! お前はどうだ、遅咲き! 仮に嫁自慢大会があったとして、黙って魔王アノスの優勝をモブ男子として見ているだけでいいのか! それとも魔王アノスに一矢報いる闘志があるか!」
リオンの目に、みるみる生気が戻る様子が伺えた。魔王アノスに負けっぱなしで終わってたまるかと、モブ男子として埋もれてたまるかと言わんばかりに。
「闘志は……あります! 挑みます! エールドメード先生の、教えを胸に!」
力強く元気に、リオンは返事をする。その目にもう涙はない。
「よろしい! 差し当たっては……遅咲きのリオン。それに居残りのナーヤ。お前達に良い話を持ってきた」
エールドメードはそう言うと、収納魔法陣から巻物を一本取り出す。大袈裟にその巻物を広げ、その内容を読み上げた。
「遅咲きのリオン。お前を熾死王軍副参謀に。 そして居残りのナーヤ。お前を──熾死王軍副将に任命するっ!」
「「……ええっ!?」」
リオンとナーヤは、同時に素っ頓狂な声をあげた。
構わずエールドメードは説明した。
「熾死王軍なんぞ、本来は二千年前に解体されているがな。今は俺が参謀ジークに無理難題を吹っかけて遊んでいるだけの玩具だ。リオン! ナーヤ! 俺はな、お前達のような面白過ぎる玩具を手放す気はないぞ! カカッ! 教え子としてだけではなく俺の直属の配下として、お前たちに魔法も策謀も恋のイロハも仕込んでやろう! 不服かね?」
リオンとナーヤは顔を見合わせる。そして同時に熾死王に膝を着いた。
「熾死王先生っ!」
「先生……いや。我が主……熾死王エールドメード様!」
ナーヤは嬉しそうに、リオンはクソ真面目っぷりを発揮して話した。
「これからもずっと……私の先生でいてくださいっ。アノス様やリオンばかりじゃなく……私のことも見ていてくださいっ!」
「熾死王様。僕の恋桜は一度散ってしまいました。ですが、我が師にして主君たる熾死王様の教えを糧に、いつか再び……花を咲かせてみせます! 暴虐の魔王の時間と心と勝利すら奪いうる、美しき花を……!」
エールドメードは満足げに深く頷いてから、今後は俺に杖を向けた。
「異存はあるまいな? 魔王アノス」
「無論だ、エールドメード。リオンのように平和で尊い魔王の敵ならば、いくらでも育てて差し向けてくるがいい。誰が相手だろうと負けはせぬがな」
杖を床につけ、エールドメードは愉しげに「クックック……」と笑ってから叫んだ。
「カーーッカッカッカ! さすがだ! つい昨日まで、うっかり遅咲きにミーシャを取られそうだったはずが、今となっては正室を3人も手に入れ、愛と自信に満ち溢れ、さらなる深淵に至っているではないかーーっ!! 嗚呼魔王アノス! お前はどこまで進化して、どれほど俺を満足させれば気が済むのかーーっ!?」
「ところで熾死王先生」
ナーヤがリオンをチラチラ見つつ訊ねた。
「副将と副参謀って、どっちの方がエラいんでしょう?」
リオンはじーっとナーヤを見てから答えた。
「それは副参謀じゃないかな。参謀のジークさんとか、副参謀の僕が立てた作戦通りにナーヤさんが頑張るんじゃないの?」
するとナーヤはムスッと膨れてから反論した。
「なっ……納得がいきませんっ! 私の方が先に熾死王先生に師事してたのに! 熾死王先生が1番で、私が副将だから2番! 3番目がジークさんで、リオン君は4番目じゃないですか?」
「え!? ナーヤさんってジークさんより上なの!? それはおかしいよ!」
リオンとナーヤは「副将!」「副参謀!」と胡乱な言い争いをしている。エールドメードは答えを教えずに笑っているだけだ。それを見て、レノとミサが呆れ笑いをしながら言った。
「ねぇミサぁ。もしかして、私達がリオンを慰める必要ないのかな?」
「いえいえ。忘れた頃にズドーンと落ち込むかもしれませんわよ。それよりエールドメードのせいで空気が緩みすぎてしまったので、この2人に締め直してもらいましょう」
ミサが隠蔽魔法を解除すると──シンとレイが現れた。
「アノス」
レイが先んじて俺に歩み寄り、笑みを浮かべた。
「君が今日という素晴らしい日を迎えられて、本当に良かったよ。その助けになれたことを、友人として……一生の誇りにするよ」
レイには今日、経済サミットで『暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴード』を演じてもらっていたからな。礼を言わねばならないのはこちらの方だというのに、爽やかな男だ。
「レイ。俺の方こそ、ずいぶん助けられてしまった。ありがとう。お前こそ……俺の一番の友だ」
そう言って俺が手を出すと、レイは固く手を握り返した。
「これからもよろしく、アノス」
「あぁ。お前も早くミサと結婚するといい」
するとレイは苦笑した。
「恋愛じゃ僕の方が先輩だったはずなんだけどね……」
「俺より先に交際していたからといって、俺より先に結婚できるとでも思ったか」
そう軽口を叩き合って、互いに笑い合った。
続いてレイは、未だ元気にナーヤを言い合いをしているリオンに声を掛けた。
「リオン」
その声を聞いて、リオンとナーヤは慌てて姿勢を正す。
レイは安心したような微笑を浮かべた。
「どう慰めればいいか考えてたんだけど……僕からあまり言う事はないかな?」
するとリオンは言った。
「あの……アノス様とレイ君が話してる内容は実は聞こえてて……。レイ君も、焦る必要はないんじゃないかな」
「へぇ……?」
「僕の二つ名は『遅咲き』なんだけど……。案外、遅く咲いたほうが大きく綺麗に咲く花もあるんじゃないかなって」
レイの口角が上がった。まぁ無理もない。人を勇気づけることにかけては右に出る者がいないレイを励まそうというのだ。本当にリオンは大した奴だ。
「ま、あんまり遅いとミサに愛想尽かされそうだから、少なくともリオンよりは先にケリを着けるよ」
レイがそう言って下がると、レイの分が終わるのを微動だにせず待っていたシンが、俺の方へ歩み出て跪いた。
「我が君」
「シン」
「謹んで我が君のご成婚をお祝い申し上げます。この剣を以て、アノス様と王妃各位のご多幸の為、忠節に励む所存」
相変わらず堅苦しい奴だ。まぁそれが面白いのだが。
それにしても王妃か。王妃かぁ……。
サーシャとエレオノールも「王妃!?」「い……言われてみればそうだぞっ!」と慌てている。
やることは多そうだが、まぁ細かいことは後でゆるりと考えることにしよう。
俺はシンに言った。
「シン。お前がレノを愛し、ミサを育てたからこそ、俺は今日というめでたき日を迎えられた」
「有難きお言葉」
レノの涙とミサが見せた夢が、俺の目を醒まさせてくれた。感謝してもしきれぬ。
「俺はいつもお前の愛と忠義に助けられている。これからもよろしく頼む」
「御意」
「俺が父親になった暁には、子を持つ父親同士、酒でも飲みながら語り明かそう」
シンが珍しく、口角を上げて答えた。
「楽しみにしておきます。酒の肴、ミサへの愛は、この胸に幾らでもありますので」
言い終えたシンは引き下がらず……リオンに向けて歩を進めた。ただならぬ気配がシンから漂い、リオンの気を引き締めさせた。
「リオン・クローラー……」
「は、はい! シン先生」
「私はあなたを侮っていたようです。我が君がミーシャの手を取るなら、私にもあなたにも出番など無いと思っていましたが……。それは間違いでした」
シンは……殺気を出していた。風が止まり、木々や草のざわめきが静まり返るほどの殺気を。それを収めぬままシンは言った。
「いくら恋愛の場とはいえ、あなたは我が君に『勝負』を挑み、『敗北』をし、そして五体満足で生き延びました。それだけでは飽き足らず、熾死王エールドメード直属の配下にすらなっています。もはや捨て置くことはできません」
シンが収納魔法陣から魔剣を取り出す。対するリオンはシンをまっすぐ見据えて動かない。
「リオン・クローラー。私は、あなたを……」
一陣の風が吹く。それが止まってからシンは告げた。
「……二千年前の魔族と、同等の敬意と警戒で以て接することにします。もうあなたを平凡な生徒として見ることはないでしょう」
ホッと、レノやミサ、サーシャやエレオノールなどなどの面々が、緊張を解いた。まぁ俺やミーシャや、エールドメードやレイは、シンの殺気がどういう類いのものか分かっていたがな。
「ぐ……具体的には……?」
リオンの疑問に、シンは答えた。
「私はレイを週に5回から10回程度斬り殺しています。リオン、あなたのことは月に5回から10回程度斬り殺して鍛えることにします。ご安心ください。斬った後にはきちんと蘇生しますので」
一度だけリオンは武者震いをしたが……その後、すぐにシンに向かって跪いた。
「シン先生! 願ってもない申し出……ありがとうございます! 魔王の右腕としての忠義と、千剣と呼ばれた剣技で、僕を鍛えてください! 強くしてください! どんな試練にも耐えます!」
「今の言葉を、自分の剣に誓えますか?」
そうシンから問われたリオンは、収納魔法陣から魔剣を取り出して立ち上がった。剣で誓いを立てるときの儀礼通りに、シンとリオンは剣を鞘から抜き払い、互いの頭上で剣先を交差させた。
そして二人同時に、鮮やかに剣を鞘に収める。鞘を腰に下げ、リオンはシンに頭を下げた。
「ありがとうございます。今後とも、よろしくお願いします」
シンは表情も殺気も緩めずに言った。
「感謝する必要はありません。エールドメードに任せきりでは、本当に魔王の敵になりかねないと思っただけのことです」
シンはスタスタと引き下がっていった──。
そんなシンを見て、ミサは溜息ついてから言った。
「お父様が殺気を振り撒いてしまいましたから、次は愉快な綺麗どころでも呼ぶと致しますわ」
ミサが隠蔽魔法を解除すると、一挙に8人もの少女が姿を見せる。
エレン、ジェシカ、マイア、ヒムカ、カーサ、シェリア、ノノ、シア──魔王聖歌隊である。
8人ともその目元には涙の痕があった。しかし──。
『『アノス様っ! ご成婚、おめでとうございます!』』
8人合わせて満面の笑みを浮かべ、元気よく俺達を祝福してくれた。
「ふむ。どうだった? 俺のプロポーズは」
すると魔王聖歌隊の面々は恍惚とした顔で各々話し始めた。
「はい! アノス様のガチ告白3連発にキスが3連発……! 尊さポイントと情報量がキャパオーバーして根源が爆発しそうです!!」
「やっぱりアノミシャとミシャアノは大正義にして原点にして頂点ってはっきり分かるんですよね……」
「生のアノス様が尊過ぎて私が描いてるアノ夢の薄い本が加筆修正で厚い本になっちゃいますよぉぉおおおお!!」
「薄い本が厚くなるぐらいならいいじゃん! 私なんていまネーム描いてるアノカノ本がもうプロットから組み直し不可避だもん!! いい意味で!」
「フッ……。愛してるぞ、ミーシャ」
「フッ……。サーシャ。褒美に、お前を世界一幸せな花嫁にしてやろう」
「フッ……。エレオノール。お前の愛と包容力が必要なのだ。欲しいのだ」
キャッキャとはしゃぎ、俺のモノマネまで魔王聖歌隊はやり始める。
ふむ……。さすがに少々恥ずかしい……。
まぁ、楽しそうで結構なことだが。
「エレン、ジェシカ、マイア、ヒムカ、カーサ、シェリア、ノノ、シア」
『『はいっ、アノス様!!』』
「お前達が祝ってくれて、俺も嬉しいぞ。ところで頼みたいことがあってな」
魔王聖歌隊は真剣に、一言一句聞き逃さないように耳を傾けてくれていた。
「俺達4人の結婚式では、ぜひお前達に新曲を歌って欲しいと思っている。たった今目撃した俺の愛を、お前達の最高の作詞作曲と歌声で表現して欲しい。出来るか?」
瞬間。戦闘中ではないのに、彼女達の身体が愛魔法の光によって爆発的な輝きを放った。太陽のごとき輝きで、夜の丘が白く染まる。
「アノス様の一世一代の結婚式を……私たちの歌で彩る!!?」
「これってもはや……間接結婚じゃないっっっっ!!?」
違うが?
「私達にとってもアノス様にとっても、今世紀最大の晴れ舞台!」
「ここで最高の歌を披露出来ないようじゃ、私達に生きてる意味なんてない!!」
「お任せ下さい、アノス様! 最高の一曲に、最高の作詞をのせて、最高の歌声をお届けしてみせますっっっっ!!」
相変わらず途中で何を言っているか分からない箇所はあったが、まぁいつもどおり元気そうだな。
「あぁ、よろしく頼むぞ」
『『はいっっ!!』』
その言葉を最後に、愛魔法の光は収まった。まぁずっとあのまま光りっぱなしでは眩しくてかなわないからな。良かった良かった。
「次の二人が最後ですわ」
ミサがそう言って、隠蔽魔法を解除する。
考えてみれば、“この二人だけは”、本当なら俺が自分で連れて来るべきであった。
ミサが連れてきてくれて、俺とミーシャが一番幸せになれた瞬間を見てくれて、本当に良かった……。
「アノスちゃーんっ!」
「でかしたぞ、アノス! さすが俺の息子だ!!」
グスタとイザベラ。父さんと母さんが、俺に抱きついてきた。
「すごいわアノスちゃん! ちゃんとミーシャちゃんにもサーシャちゃんにもエレオノールちゃんにも、プロポーズできたわねっ! とってもカッコよくて偉かったわ!」
「あぁ。今まで心配をかけたり、誤解を招くような真似をしたりして、すまなかったな」
俺に頬擦りする母さんはとても嬉しそうだ。
今までは、3人嫁がいるというのは母さんの勝手な誤解であったが、今日からは愉快で楽しく平和な真実である。
父さんも感極まって泣きながら話す。
「いやぁ……。実はなアノス。俺も、母さんと付き合うところまでは不思議なぐらいトントン拍子に進んだんだけどな。結婚のプロポーズってなると小っ恥ずかしくって、中々言い出せなくってな。あの日はガチガチに固まって、ガタガタ震えながらプロポーズしたもんさ。しかしアノス──」
俺の肩を掴みながら、父さんは言った。
「俺にできたことがお前にできないはずがないっ!……だろっ?」
俺の脳裏で──。ミサが見せた夢に現れたセリスの、目の前の父さんの姿がダブって見えた──。
『亡霊の俺ですら妻と子に恵まれた。もしお前が“そう”なったら、どれほどの笑顔をお前とミーシャは咲かせるか。どれほどの笑顔がミリティアの世界に咲くか。俺にできたことがお前にできないはずがない──』
今度こそ、俺は自信を持って答えた。
「無論だ、父さん。そしてこんなものでは済まさぬぞ。俺とミーシャ、サーシャやエレオノールの婚礼衣装を、俺達の子どもを、父さんにとっての孫を見せつけてやる」
すると父さんは、涙を拭いながら答えた。
「さすがだアノスっ! お前ほど親孝行してくれる息子はいないっ!」
その後もしばらく父さんと母さんは俺を褒めちぎってくれていたが、突然母さんは思い出したようにリオンの方を向いた。
「そ……それと……! リオン君っっ!! ……だったかしら!?」
暴走列車のような勢いで母さんはリオンに迫り、彼の手を握った。
「ご……御母堂様……」
「ごめんね! アノスちゃんのせいで! アノスちゃんのせいで!」
鬼気迫る様子で謝る母さんに対し、リオンは笑みを浮かべて言った。
「いえ。アノス様は優しい御方で──」
「アノスちゃんもね! 男の子なら誰でもいいって訳じゃないと思うの!」
瞬間、リオンの表情が凍りついた。
「……。……はい??」
皆の反応は様々だった。顔を引き攣らせる者、呆然とする者、無表情になる者、首を傾げる者、苦笑いするもの……。
唯一魔王聖歌隊だけは「きた……」「きちゃった……」「アノリオ? リオアノ?」と胡乱なことを嬉しそうにヒソヒソ話している。
母さんを止める者はいない。
やはり──。母さんこそ──。最強──。
「そりゃあレイ君と『仲良し』してる様子を見たら、勘違いしちゃうのも仕方ないと思うわっっ!! でもね! それはレイ君が、ちゃーんと上手に『二刀流』が使えて、二千年前から『いろいろ』経験済みで、特別なだけであってね? 男の子なら誰でもウェルカムっていうのは、流石のアノスちゃんでも難しいと思うの!! だからね、リオン君っ!」
目をうるうるさせながら、母さんは真剣にリオンに訴えた。
「アノスちゃんのこと……責めないでくれるかなぁ……?」
首をぐぐぐっと無理やり動かし、リオンは俺達に助けを求めた。
「アノスさまぁ……。ミーシャさぁん……。これ……どうしたらいいんですか?」
恋心の為なら暴虐の魔王にも創造神にも挑む覚悟を見せたリオンが、一瞬で白旗を上げた。
だが生憎、俺でも母さんには勝てない。
「母さんは少々早とちりなところがあってな。その早とちりに勝つ方法はない」
「アノスのお母さんは……」
目をぱちぱちさせて、一瞬考えてからミーシャは告げた。
「エクエスの百倍強い」
苦笑いの中に、ミーシャの冗談で笑う声も混ざった。
──するとそこへ、ミサの声が響いた。
「さて。イサベラ様がオチもつけてくださったところで……。皆で晩餐会と洒落込みませんか? こんな展開もあろうかと、お店を一軒押さえてありますの。場所はログロース剣客食堂ですわ」
魔王聖歌隊を中心に「おおーっ!」と歓声が上がった。
なんという手際の良さだ、ミサよ。最適な出歯亀を巧妙に隠しつつ、店の予約まで済ませていたのか。
「なにぶん急なことですので、メニューは平凡なものしかありませんけれど」
「キノコグラタンはあるのだろうな?」
それこそが俺にとって最大の懸念であった。平和の象徴たるキノコグラタンの名を聞いて、レイやエレオノールなども笑みを浮かべる。
サーシャが「あんたそればっかりね……」と呆れているが、構うものか。
こんな最高の夜には、最高のキノコグラタンを食べなければ勿体ないというものだ。
ミサが答えた。
「ご安心くださいな。キッチンを使えるよう頼んであります。イザベラ様直々に作って頂ければ文句なしでしょう?」
そこらの飲食店に母さんの味を超えるキノコグラタンが出せるか怪しいところだからな。それなら心配いらぬな。この人数分のキノコグラタンを作る母さんが大変であることだけ気にはなるが、母さんは元気に声を張り上げた。
「まっかせて! アヴォスちゃん! アノスちゃんも皆も笑顔になれるキノコグラタン、ちゃんと作るからね!」
「私も作る」
ニコニコしながら続けて名乗り出たのは、ミーシャであった。
「ミーシャよ。お前は今宵の主賓だ。のんびり座って待っていても良いのだぞ」
ミーシャはふるふると首を振って答えた。
「作りたい。アノスにも皆にも、食べてほしい。笑顔になってほしい」
そこまで言うなら止める訳には行くまい。
俺はミーシャのプラチナブロンドの髪を撫でた。
「では頼む。ミーシャ、俺の最愛の妻よ。俺の為に、最高のキノコグラタンをつくってくれ」
「うんっ」
心底嬉しそうに、ミーシャはそう返事したのだった。
見上げれば、満天の星空と明るい月が、世界を優しく照らしていた。心地よい夜風が、草を楽しげに揺らしている。
素晴らしい夜だ。これから晩餐会だが、<転移(ガトム)>で飛んでしまうのはあまりに風情がないと思った。
俺は皆に伝えた。
「俺は歩いて征く。場所が分かっている者は<転移(ガトム)>で飛んでもよい。ゆるりと歩いて征く者は──俺についてこい」
「あのっ……アノス?」
「ん?」
サーシャが顔を赤らめ、俺の服の裾を引っ張りながら言った。
「手を、繋いで歩きたいんだけど……。困ったわ……。アノスの腕は……2本しか無いでしょう?」
あぁ、なるほど。何とも可愛らしいものだ。
愛する妻は3人。俺の腕は2本しかない。分身しても良いのだが……。
「ではこうするか」
ひょいっと、俺はサーシャの背中と腰に手をやり、その身体を持ち上げた。
お姫様だっこというヤツだ。
「ちょ……ちょっと、アノスっ!?」
「2分ごとに交代だ。ミーシャ、エレオノール、それでよいか?」
エレオノールがうんうんと、ミーシャがコクコクと頷いた。
「それなら平等だぞっ!」
「みんな仲良し」
俺は歩き出した。サーシャを腕に抱き、左右でミーシャとエレオノールと触れ合い笑みを浮かべあいながら。
誰も転移はしなかった。皆が俺についてくる。
「アノスがゼシアのパパなら……。ふふ……。アノスの次は……魔王ゼシアの時代、です……!」
「わわっ。ゼシアお姉ちゃん、悪巧みしちゃ駄目だよぉ……」
ゼシアも、エンネスオーネも。
「新しい恋が見つかるおまじないの精霊として、瓶詰の妖精パンポントルというのがおりまして……」
「へぇ〜。ナーヤさんも一緒に試してみない?」
「い、いやぁ……私は……その……」
「なんだ居残り! 言いたいことがあるならはっきり言え! それでも熾死王軍副将かっ!」
ミサにリオン、エールドメードとナーヤも。
「レイ。実際のところどうなの? いつになったらシン先生に勝てるのよ」
「いやぁ……。僕も強くはなってるんだけど、シンの成長も止まらなくてね」
レイとシーラも。
「レノ。そういえば日中、我が君と何を話されたのですか?」
「えへへ。聞きたい? シン? 私ね、シンがくれた愛を思い出して、泣いちゃったんだよ」
シンとレノも。
「それでね。ミーシャちゃんを想うリオン君が言った超アツい台詞がね……」
「うおーっ! 灯滅せんとして光を増し、その光を持ちて灯滅を克すっ!」
「リオミシャの深淵を覗くことは、アノミシャの深淵を覗くことに通ずるっ!」
「メリッサさん! 私達が作ったアノス様のフィギュアにアドバイスをくれませんかっ!」
「なんなら外部顧問になってくれませんか!?」
メリッサと、エレン、ジェシカ、マイア、ヒムカ、カーサ、シェリア、ノノ、シアも。
「アノスちゃん!」
母さんが俺の背にぴたっとくっついた。
「お母さん、とっても幸せよ。お父さんと結婚出来て。アノスちゃんみたいな素敵な子供が生まれて。可愛いお嫁さんが3人! 可愛い孫が1万人! そしてまだまだ孫は増えるんだよねっ! アノスちゃんも、サーシャちゃんも、ミーシャっちゃんも、エレオノールちゃんも……私に負けないぐらい、絶対絶対、幸せになってね!」
「……あぁ。もちろんだ」
チラリと後ろを向けば、父さんは魔王聖歌隊と共に胡乱な話に興じて楽しそうだ。
──かつて、グラハムは俺に、こう言った。
『ああ、君は……僕なんか、及びもつかない、どうしようもないぐらいの……孤独な化け物だよ……アノス……』
くはは。バカめ。大馬鹿者め。
こんなにも多くの妻と、子と、配下と、友に囲まれ、父や母と共に、かつて敵だった者まで巻き込んで笑いあう俺の、どこが孤独だというのだ? あいつの目は節穴だ。
──見ているか、父よ。
これが亡霊として戦い続けた父に贈る、最高の、魔法のような、夢のような未来。
生涯で最も素晴らしき夜。
月が優しく照らす、大行進だ──。
この大行進の歩みと笑いは、星々と月明かりに祝福され、如何なるものにも穢されることはない。
いつまでも、いつまでも──。
──その後、霊神人剣が見つからないまま、外の世界からの来訪者が現れないまま、13年が過ぎて……。