【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】   作:生徒会副長

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モブ男子とミーシャのデートの続き。魔法模型店に入ります。



②魔法模型の階段

 次にリオンとミーシャが入ったのは、俺も知っている店だった。

 魔法模型店「創竜のふるさと」。ここでミーシャの人差し指の指輪に使っている魔法模型を作ったのだったな。懐かしいものだ。

 

「あら、ミーシャちゃん、久しぶりね!」

 

 入店したミーシャを出迎えたのも、俺の知った顔だ。女店主のメリッサだ。

 

「……忙しくて来られなかった」

 

ミーシャはそう静かに返事する。

 

「そうよねぇ、世界を救ったり神様と戦ったり、大変だったんでしょ?」

 

 メリッサは冗談めいた言い方をするが、まぁ事実だからな。

 メリッサは続いて、リオンに目を向ける。

 

「お隣にいるのは、あのときの魔王様じゃないのね。あぁ、リオン君じゃないの」

「どうも。ちょっと学業で忙しかったもので。メリッサさん、お久しぶりです」

 

 ふむ。俺はミーシャに誘われるまで魔法模型すら知らなかったのだが、リオンは来たことがあるらしい。常連なのかもしれぬな。

 

「売りに出せるクオリティーの魔法模型を創るのに、苦労してたわよね。あぁ、ミーシャちゃんに教わりに来たの?」

 

 メリッサがそう聞くと、ミーシャもリオンに目を向けた。

 リオンが淀みながら「え……えぇ、まぁ……」と答えた、すぐ後だった。

 

「いま魔王様だとか……ミーシャだとか……聞こえた気がしたが……まさか……」

 

 眼鏡をかけた老紳士がそう呟きながら、店の奥から出てきた。

 その老紳士はミーシャの顔を見て、目を見開いた。

 

「みっ……ミリティア様……!?」

 

 老紳士は「あの……ちょっと!」と止めようとするメリッサに目もくれず、ミーシャの前に跪いた。そして震える両手を合わせ、ミーシャを仰ぎ見る。

 

「お初にお目にかかります、ミリティア様。私は、魔法模型鑑定士を生業にしております。エル

ロン・グラムと申します」

「……はじめまして」

 

 ミーシャはなんとか愛想笑いを作ろうとしているが、その目には怯えや戸惑いが感じられた。

 

「ミリティア様にお会いできるとは光栄の至り! 貴女様がミーシャ・ネクロンだった頃より、貴女様の作品には光るものを感じておりました。貴女様がまさか創造神ミリティアだったとは、驚きを隠せません」

「……そう」

 

 自分の作品のファンに会えば嬉しくなりそうなものだが、ミーシャの顔と眼にそんな様子はない。

 それはそうだろう。この老紳士がいま見ているのは、ミーシャ・ネクロンではなく、創造神ミリティアなのだろうからな。

 

「つ、つきましては! 是非是非、貴女様の作品を! 世界を創造した権能の一端を、是非とも拝見させて頂けませんでしょうか! そ、それが叶うなら、この命尽きても悔いはありません!」

 

 老紳士はそう言って、声を震わせる。

 やれやれ。見ていられぬな。

 

「ちょっと、アノスっ! なによアイツ、勝手なことを……!」

「俺とて無論、分かっている」

 

 苛立つサーシャを俺はなだめた。

 出歯亀は終わりになってしまうが、ミーシャを放っておく訳にはいかぬ。俺が<秘匿魔力(ナジラ)>を解除しようとした、その時だった。

 

「あの……。エルロンさん。少し落ち着いて頂けませんか?」

 

 リオンが老紳士に目線を合わせるように屈んで、そう言った。

 

「君は誰かね?」

「僕はリオン・クローラー。魔王学院1年2組、ミーシャさんのクラスメイトです」

「おぉ。魔王学院1年2組といえば、世界を救った英雄だ。話を聞こうじゃないか」

 

 リオンは一息呼吸を溜めてから、ゆっくり話す。

 

「エルロンさんは、毎日、魔法模型鑑定士の仕事をしている訳ではない、ですよね。たまには、休みも、あるのでは?」

「ふむ。異論ない」

 

 続けてリオンは言う。

 

「創造神ミリティアにも、休みはあると思いませんか?」

「う、うむ。そう、だな……。異論、ない……」

 

 言葉に詰まるエルロンに対し、リオンは軽く微笑んだ。

 

「僕もミーシャさんの作品が好きで、お気持ちは分かるんです。しかし創造神ミリティアとしてのミーシャさんにお願い事があるのなら、魔皇エリオ様に話を通して頂けばと、僕は思うのですが……」

 

 老紳士は目をふせて、こめかみに指を当てている。

 

「うむ。ま、まったくもって、君の言うとおりだ……。私は興奮のあまり、我を失っていたようだ……」

 

 そして老紳士は改めてミーシャの方を向いて、手を合わせた。

 

「ミリ……いえ、ミーシャさん。休息のひとときを乱すような真似をして、申し訳ありませぬ。どのような罰もお受けいたします……」

 

 ミーシャはふるふると首を振る。

 

「別にいい。気にしてない」

「御慈悲を賜り……いえ、貴女が優しい人で良かった。ミリ……ミーシャさんの作品がまた見られる日を、ゆっくり待たせて頂こうかと思います。せめて配慮が至らぬ老骨は、これにて退散すると致します。良き休日をお過ごしください。ではっ……」

 

 なるべく柔らかい言葉を選んで喋っているのが見て取れる。リオンの説得を受けて、出来るだけミーシャをミーシャとして扱おうとしているのだろう。

 そして、別れの挨拶を済ませた老紳士は、そのまま静かに退店した。

 退店を確かめたところで、リオンとメリッサが胸をなで下ろした。

 メリッサが言う。

 

「やるじゃない、リオン君! かっこよかったわよ!」

「ありがとう」

 

 ミーシャもほのかに笑って礼を言う。

 

「い、いえ……。エルロンさんが、良識ある方だっただけですよ」

 

 リオンが照れながらそう言う。

 

「ふ、ふーん……。リオン、ちょっとはやるじゃない」 

 

 サーシャもそう言って、リオンを少し評価しているようだ。

 素直に認めてやればよいと思うのだがな。

 メリッサが顎に手を当てて言った。

 

「あー、でもねぇ。ちょっとエルロンさんのことで話が……。リオン君ちょっとおいで。大した話じゃないから、ミーシャちゃんはそこで待っててくれる?」

 

 ミーシャは一旦首を傾げたが、すぐにコクンと頷いた。

 大した話でないなら、ミーシャが聞いても問題ないだろうに。

 メリッサはリオンを連れて、ミーシャから見えない柱の陰に入ったが、その程度で俺の魔眼からは逃れられぬ。

 一応聞いておくか。

 

「リオン君……。ミーシャちゃんのこと好きなんでしょ? 恋人にする気っ?」

 

 メリッサはニヤニヤしながら、リオンにそう訊ねた。対するリオンは彼女をジーッと見つめてから聞き返す。

 

「……言わなきゃ駄目ですか……?」

「誰にも言わないからっ! <契約(ゼクト)>を交わしてもいいわよっ!」

 

 手を合わせてメリッサはそう頼み込む。リオンはそんなメリッサをじーっと見つめた。

 

「……そこまでしなくても、信用しますよ……」

 

 溜息を「はぁ……」とついてから、リオンは言った。

 

「……イエス、です」

 

 メリッサの目をまっすぐ見て、リオンはそう言う。

 メリッサは音を立てない程度の動きで小躍りしている。

 何がそんなに嬉しいのやら?

 

「告白はっ? いつ? どこで? うちの工房でやっちゃうっ?」

「メリッサさんも、他のお客さんもいるのに、ここで告白する訳ないでしょ……。……今日の帰りですよ」

 

 ほう。今日の帰りに告白か。

 ……うん? 今日だと?

 待て、待つのだ。リオン。もしミーシャが了承したら、明日から恋人同士になるのか?

 あまりに急展開過ぎて、俺は心の準備が出来ておらぬぞ。

 ──いやいや。俺の方こそ、待て。

 別に急な求婚や結婚など、二千年前は珍しくなかっただろう。俺は何を焦っているのだ?

 だいたい俺は勝手に出歯亀しているだけで、無関係なはずだ。心の準備など、必要ないはずだ。

 

 ふと隣を見ると、サーシャが歯軋りしていた。

 

「何よアイツ……! 私とアノスの姿が見えてないからって、調子に乗って……!」

 

 まぁ……。俺は関係ないやもしれぬが。

 サーシャとミーシャは、只の双子というだけでは説明がつかない程に繋がりが深い。リオンとミーシャが、サーシャを蚊帳の外にやって全てを済ませるというのは、無理な話だろう。

 メリッサが不安そうに訊ねる。

 

「でもリオン君、大丈夫なの? 魔王様に殺されるんじゃないかしら。心配だわ……」

「そう! そうよ、メリッサ! よくぞ訊いたわ!」

 

 よくぞ訊いたわ、ではない。

 メリッサもサーシャも、何を適当なことを言っている?

 恋心抱く善良な学生を殺すようなことをする訳がないだろうが、馬鹿め。

 ごくりと唾を飲み込んでから、リオンが言う。

 

「覚悟は、出来ています。何もせず、あの時のような後悔を繰り返すぐらいなら……。殺されるまで、走れるところまで、走りたいと思います……」

「よくぞ言ったわ……リオン君……。なんて素晴らしい覚悟なの……」

 

 メリッサよ。それにリオンよ。感動しているのに悪いが、全くいらぬ覚悟だ。

 俺はリオンを殺さぬ。

 それよりも、俺としては、リオンが言う「あの時のような後悔」の方が気になるな。15才の誕生日のことを言っているのか?

 だが「繰り返す」とは、何のことだ?

 メリッサがリオンに何かを渡しながら言った。

 

「応援してるわ、リオン君……。割引券ぐらいしか渡せるものがないけど……。健闘を祈るわ……! うちでしっかり好感度を上げていって頂戴……!」

「は、はぁ……。ありがとうございます……」

 

 リオンが礼を言ったところで、メリッサは柱の陰から出た。

 

「お待たせしちゃったわね、ミーシャちゃん! 今日も創っていく? 出来たものをうちにそのまま置くと、またエルロンさんみたいな人が来るかもしれないけど……。うちで飾り方とか売り方とか、考えようか?」

 

 メリッサが明るくそう言うが、ミーシャは少し俯いている。

 

「……今日創るかは、分からない……」

 

 ただミーシャは、それだけ言った。

 それに対しリオンが言う。

 

「じゃあミーシャさん。僕が創るのを見ててくれないかな。アドバイスが欲しいんだ」

「……それぐらいなら、大丈夫」

 

 ミーシャはコクンと頷いた。

 

「それじゃお二人とも、ごゆっくり〜」

 

 何やらニッコニコなメリッサに案内されて、そのまま2人は工房へ入っていく。

 メリッサは、何がそんなに嬉しいのやら? 強いて言えば、母さんに近いものを感じるが。

 工房が2人きりになったところで、ミーシャが口を開いた。

 

「さっきの話、本当?」

「な、何のこと、かな……」

 

 リオンに焦りが見える。柱の陰で話していた内容を、ミーシャに聞かれていた可能性があるな。

 ミーシャが言う。

 

「リオンは、私の作品が、好き?」

「……あぁ! それか! そうなんだよ。実は僕、ミーシャちゃんの作品を見て、魔法模型を作り始めたんだよ。茶色い猫と、白い猫の、2匹がじゃれ合ってる、魔法模型。2年ぐらい前かな」

 

 コクコクとミーシャが頷いた。創った覚えがあるということだろう。そしてミーシャが問う。

 

「本屋さんで会うより前?」

「そうなんだよ。名前だけ先に知ってたんだ……」

「どうだった?」

 

 ミーシャが首をかしげる。

 

「綺麗だな、とか、優しい気持ちになれるな、とか思ったんだけど……。同時に、『自分でも創れるんじゃ……?』って、身の程知らずなこと思ってさ。いざやってみたら、すごく難しくって……」

 

 コクコクとミーシャが頷く。

 

「見るだけなら簡単に見える。やってみると、難しい」

「そうなんだよね……。本を読んで勉強したり、メリッサさんからアドバイスを貰ったりしながら、色々創ったよ。メリッサさんが売り物にしてくれる品質のものは、結局学生になってから創った3つだけだったかな……」

「今日、創ってみる?」

 

 ミーシャに促されたリオンは「う、うん!」と頷き、限定魔法陣の前に立つ。

 

「今日入った、またたび亭の様子を創ろうと思うんだけど、どうかな?」

 

 ミーシャがコクコクと頷く。

 

「いいと思う」

 

 リオンはまず、喫茶店の外装と内装を作っていく。これはまぁ問題あるまい。授業でも城などの建物は作っているのだからな。ミーシャのアドバイスも、レイアウトの隅や装飾品に関する、最低限の内容だけだった。

 問題は猫であろう。前にミーシャが創った魔法模型は、本物の俺達・母さん達をそのまま小さくしたかのような精巧さだったが、常人が真似してもそうはなるまい。似顔絵や紙幣の肖像でもそうだが、顔の違和感や造形ミスは気付かれやすいものだ。それに、生物を非生物の物質で真似るのは、難しいという面もある。

 

「7匹はちゃんと覚えてるんだけど……」

「今日お店にいたのは15匹。私は全部覚えてるから、教えてあげる」

 

 リオンが創造魔法を発動する。まずは座っている白猫を創るようだ。

 

「毛の一本一本、根元から作ってあげて」

「す、すごいね、ミーシャさん。いつもそうやって作ってるの?」

「猫の場合はそう。そうしないとモフモフにならない」

 

 楽しそうな笑みを浮かべながら、ミーシャはそう教える。言うのは簡単だが、リオンにとっては中々大変な作業だろう。猫の毛など1匹に何万本もあるのだからな。

 

「もう少し太く短くする代わりに、本数を減らしても大丈夫。慣れたら何本も同時に創造して。そう……。その辺りは硬めで……」

 

 俺の隣でサーシャが言う。

 

「ふーん……。ミーシャ、楽しそうじゃない……」

 

 確かに、教えているときのミーシャは、中々饒舌かつ楽しそうである。

 7匹創ったところで、「ふぅ……」とリオンはため息をつく。魔力と根源はまだ余裕がありそうだが、集中力が切れたようだった。残り8匹のイメージが曖昧で、創るのが難しいのも理由の1つだろう。

 

「せっかく手伝ってもらってるのに悪いけど、ちょっと休憩しようかな」

 

 コクコクと、ミーシャは頷いた。そのまま2人は工房内のソファに腰掛ける。

 

「まだ途中だけど、過去一番の出来栄えになる気がするよ。ミーシャさんのお陰だね」

 

 ふるふると、ミーシャは首を振る。

 

「リオンも頑張ってる」

「そうかなぁ……」

「1年2組はハードだから」

 

 逆に他の組には悪いことをしたような気もしているところだ。1年2組が地底遠征に行っている間、二千年前の魔族などを教師として雇って、大魔剣教練や大魔王教練の代理をさせていた。しかし、地底から帰ってきてみれば、1年2組と他の組とでは、ずいぶん差が開いてしまっていた。

 

「そう考えたら、アノス様やエールドメード先生にも感謝しなきゃね。はぁ……アノス様なら何秒で完成させたんだろうなぁ……。10秒ぐらい?」

 

 リオンの言葉に、ミーシャは少し俯いて何も返さない。

 ふむ……。限定魔法陣なしで、8秒ぐらいだろうな。限定魔法陣を使っていいなら5秒で創れる。

 ミーシャが口を開くが、俺とは直接関係のない話題だった。

 

「リオン。もし……。あなたがある朝突然、最強の魔法模型師になっていたら……。うれしい……?」

 

 ふむ。妙なことを聞くものだ。

 

「サーシャ。お前はどう思う?」

 

 サーシャは少し考えてから答える。

 

「私だったら……。嬉しい、かしら。ミーシャと魔法模型の話が出来るようになるし」

 

 ふむ。サーシャは過ぎた破滅の力のせいで苦しんでいた記憶が多すぎるし、俺はあいにく最強ではなかった頃の記憶などロクにない。ミーシャやリオンの立場で考える為のサンプルケースとして、妥当ではないだろうな。

 エミリアの立場にでもなって考えてみるか? 竜の軍勢と戦い、勇者学院に居場所を見つけたと思っていた時期のエミリアの立場だ。そんな時期のエミリアに、ある日俺が突然、こう告げたと仮定しようか。

 

『お前は実は、俺すら生み出したことを忘れていた、メルへイスより百倍強い、8人目の七魔皇老だったのだ』

 

 無茶苦茶な設定だが、これは……。良いニュースとは言えまい。エミリアが今まで歩んできた戦いや葛藤の日々が、空虚に感じられることだろう。やっと見つけた自分の居場所とアイデンティティが、再び揺らぐ結果となるだろう。

 さて、リオンの答えは?

 

「嬉しさはあると思うけど……。自分の想いや努力で、そういう力を身につけたい、って思うかな。ミーシャさんに憧れて、何度も失敗しながら魔法模型を創った経験や思い出が、無駄に思えちゃいそうだし……」

「……憧れられるようなものじゃない。ミリティアなんて」

 

 ミーシャはぽつりと、そう呟く。さらにミーシャは話を続ける。

 

「私は、アノスの役に立ちたいと思った。創造の魔法と、魔眼でなら、アノスを超えられるかもしれないと、アノスは言ってくれた」

 

 ちょうど、この魔法模型店を出た後のことだった。それは。

 真面目で優しいミーシャのことだ。それ以降、必死に魔眼と創造魔法を研鑽してきたに違いない。

 

「アノスの役に立てないミーシャ・ネクロンよりは、アノスの役に立てるミリティアの方がいい。でも……。」

 

 何を言っているのだ、ミーシャよ。

 地底で初めて<涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴイエム)>を使った後、ボロボロになった俺の根源を癒してくれたのは、ミリティアではなくミーシャだっただろう?

 だが先程の話からすると……。ミリティアの記憶と力は、少々強過ぎたのか。

 

「ワガママを言ってもいいのなら……。私は、自分の想いと努力で……アノスの役に立てるミーシャ・ネクロンに、なりたかった」

 

 なっているのだがな、十分過ぎる程に。

 心ではそう思っていても、言葉で伝えられなかった、俺の至らなさが悪いか。

 創造神ミリティアではエクエスには勝てなかった。あれは、魔族として15年生きたミーシャ・ネクロンの優しさ、ミーシャ・ネクロンを想う者たちの想いあってこその勝利だ。

 ──いや。論点が少し違うか。

 いまミーシャが言っているのは、結果ではなく過程。優しさや想いではなく、魔眼や魔法のことなのか。

 不都合な記憶や過去なら遠慮なく滅ぼしてやるところだが、いまのミーシャの悩みばかりは、そうもいかぬ。

 サーシャが言う。

 

「ミーシャがそんなこと思ってたなんてね……」

「そう言うサーシャはどう思っている? そうだな……。逆に……。もしお前とアベルニユーが、全くの別人だったとしたら?」

 

 俺はそうサーシャに問いかけた。

 ミーシャとしては、ミリティアとミーシャが別人だったら良かったものをと、思っている面があるのやもしれぬ。

 ミーシャが創造神に青き春や魔法模型などを教え、創造神がミーシャに創造魔法を教えるという筋書きだ。ふむ。それはそれで悪くない筋書きに思える。

 しかしサーシャは、血の気が引いた上に、顔をしかめた。

 

「私以外の男だか女だかが、二千年前にアノスと眼の交換をしてて、アノスのお城になって、理滅剣や、破滅の魔眼や、終滅の神眼を使うってこと? うわぁ……。ぜっっっったい、嫌だわ……」

 

 サーシャ目線で破壊神アベルニユーを見ると、そうなるのか。

 

「え? 待ってよ? アベル二ユー目線だと……。私が魔王様のお城になって、破滅の太陽も理滅剣の材料として渡して、転生したらまた会う約束もしてたのに? ちょっと遺伝で破滅の魔眼持ってるぐらいで調子に乗ってる小娘が、私の魔王様にガンつけたり、自分からキスしに行ったり、魔王様の家でキノコグラタン食べたりしてるの? うわぁ……。最悪過ぎるんだけど……。そんなオチだったら、サーシャ・ネクロンと破壊神アベルニユーは、本気で殺し合いしてるでしょうね……」

 

 ふむ。サーシャが悩みを抱えていなくて何よりだが、今のミーシャを慰める役には全く向かぬようだな。

 リオンが口を開いた。

 

「僕は、創造神ミリティアのこととか、二千年前のアノス様のこととか、授業でやった程度の内容しか知らないんだけど……」

 

 ミーシャはリオンをじっと見て、静かに耳を傾けている。

 

「ミーシャさんの想いと努力は、絶対無駄なんかじゃないし、ミリティアに劣ってなんかいないと思うよ。少なくとも、サーシャさんとアノス様は、絶対そう思ってる」

 

 コクンとミーシャは頷くが、その表情は明るくない。

 頭では分かっているのだろう。俺やサーシャ、ミーシャをよく知る配下や友人達が、ミーシャ・ネクロンが生きた時間を蔑ろにするはずがないと。

 だが創造神ミリティアの記憶と力という証拠品がミーシャの中にあり続け、人々が彼女をミリティアと呼ぶ度に、ミーシャの中で疑念や不安は膨らんでいったのやもしれぬ。

 

「あと……。弱くて、頼りないかもしれないけど……。僕も」

 

 ぱちぱちと瞬きして、ミーシャはリオンを見た。リオンは少し顔を紅くしているが、それでも、努めて聞き取りやすい声で言った。

 

「ミーシャさんの魔法模型が、僕を魔法模型の世界に連れていってくれたんだ。ミリティアなんて……関係ない。思いがけず階段を飛び越すような出来事があったのは、ツライよね。でも……今までミーシャさんが歩いてきた階段が、消えた訳じゃないんだよ。僕はまだ、その階段の後を、追いかけてる真っ最中なんだから。だから……その……」

 

 紅い顔を掻き、リオンは言い淀む。光る眼で見つめるミーシャに急かされるように、やっと続きを言った。

 

「やめないでほしい。嫌いにならないで欲しい。魔法模型も、ミーシャさん自身のことも。僕は……。その……。好き、なんだから……」

「……ありがとう」

 

 ミーシャはニコリと、笑っていた。

 『ミリティアなんて関係ない』、か。

 ミーシャとミリティアの両方が大切だと言う者だけでは、足りなかったのかもしれぬ。ミリティアだけを見る者や、ミリティアの神眼と魔力を頼りにする者が多いが故に。

 どこぞの不適合者で暴虐の魔王も、ミリティアの魔力を使わねば出来ぬような無理難題をふっかけてくることだしな。

 

「さっ。つ、続きしよっか!」

 

 リオンが立ち上がると、ミーシャも立ち上がった。

 

「<魔王軍(ガイズ)>で、魔力を供給してもいい?」

 

 ミーシャがリオンに訊ねた。

 

「えっ? いいの……? なんかちょっと、ズルい気もするけど……。あぁ、でも、ズルいかどうかで言えば、教えて貰ってる時点でズルいか……」

 

 ミーシャがふふっと笑った。

 

「リオンは真面目過ぎ」

「よく言われる。正直褒め言葉と思ってない」

「リオンが私を想ってくれた分を、お返しするだけ。悪くない。ズルくない」

 

 微笑んでそういうミーシャに、リオンは「ありがとう……!」と返す。

 かくして、2人の力を合わせた魔法模型作りが始まった。

 

「<思念通信(リークス)>で残りの猫のイメージを送る」

「助かるよ! これなら……!」

 

 ミーシャが<魔王軍(ガイズ)>を発動し、リオンにクラス補正と魔力の恩恵を与える。ミーシャのサポートを受け、リオンは先程までより早く猫を創っていく──。

 15匹目に、伸びをしている黒猫を創ったところで、リオンの魔法模型は完成を迎えた。

 

「できた! ありがとう、ミーシャさん! 過去最高の出来栄えだよ! まぁ……1人でやったんじゃないから、そりゃそうか……」

 

 自分で創った魔法模型を見ながら、リオンはそう言う。

 

「1人で頑張りたかった?」

 

 ミーシャが訊ねる。

 

「本音はね。でも、また目標が出来たよ。1人でこれぐらいのものを創れるように、腕を磨くよ」

 

 微笑みながら、ミーシャはコクコク頷いた。

 

「次は、私の番」

 

 リオンは「えっ?」と小さな声を漏らした。

 

「見たくない?」

 

 ミーシャが首を傾げる。

 

「そりゃ見たい、けど……! さっきは、『今日創るか分からない』って……!」

 

 ミーシャはふるふると首を振る。

 

「リオンが創ってるところを見たら、創りたくなった。それに……」

 

 少し表情を引き締めて、しかし口角を上げて、ミーシャは言った。

 

「リオンに見せたい。魔法模型の階段の、一番上。階段の歩き方、教えてあげる」

 

 限定魔法陣の前に、ミーシャが立つ。莫大な魔力が工房内で光を放つ。リオンはじっと、その深淵を覗いていた。無論、俺もここから見ている。

 ほう……。これは……。いやはや……。

 これは、平和な世でなければ、創れんな……。

 

「ミーシャちゃーん。リオンくーん。お茶でも……」

 

 ちょうど魔法模型が完成したところで、メリッサが入ってくる。魔法模型をチラリと覗きみて、メリッサは目を丸くした。

 

「うん? えっ? ええええっっ!!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて、メリッサは紅茶を慌てて机の上に置き、ミーシャの魔法模型に駆け寄った。

 

 魔法模型が創った人物は4人。

 俺──暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードと、想いの聖剣を持つ勇者──レイ・グランズドリィ。

 歯車の破片と共に宙に浮く、サーシャ・ネクロンと、ミーシャ・ネクロン。

 レイがエクエスの神殿に駆けつけ、サーシャとミーシャがエクエスの歯車から解放された場面の再現だ。

 ここからまだ、エクエスの抵抗やら、<極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア)>やら、<涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴイエム)>やらがあって長いのだが、ここが戦いの分水嶺だったのは間違いあるまい。

 魔法模型として「ありえない」点は、メリッサが震え、リオンが声も出せない理由は、主に2点。

 

「なんっ……で……。サーシャちゃんとミーシャちゃんの魔眼とか……勇者レイの聖剣が……光ってるの……!? 実はミーシャちゃんが……魔力を供給してるとか……!?」

 

 魔法模型とは、「魔法で作った模型」であり、魔法具ではない。魔力を帯びておらず、魔法現象が起こることもない。空気中の魔力を燃料に勝手に光ったり勝手に燃えたりするのは、魔法具としてはあり得ても、魔法模型としてはあり得ない。

 ミーシャが説明する。

 

「差し込んだ光を吸収・反射することで光っているように見える。暗い部屋に置くと光らない。光る原理は物理学で全て説明できる」

 

 この魔法模型の謎は、もう1つある。

 

「じゃ、じゃぁ……。なんでサーシャちゃんと、ミーシャちゃんと、歯車の破片は……浮いてるように見えるの……? 実は、ミーシャちゃんが魔法で浮かせてるんじゃ……」

 

 やれやれ。もっと深淵を覗くがいい。

 

「手袋をつけて、優しく触ってみて」

 

 メリッサはミーシャに促され、手袋をつけてゆっくり歯車の1つに触れようとした。

 しかし、メリッサの指が歯車に触れることはない。それより先に、透明で平らな「何か」に触れた。

 

「ああぁぁぁぁ……。し、信じ、られない……。こ、これは……。魔法模型全体が、空気と極めて近い屈折率と透明度の物質で……固められている……?」

 

 水に浸した氷が極めて見えづらくなるときがあるのは、水と氷の屈折率が近いだからだ。

 いくらガラスが透明でも、窓ガラスがあるか無いか分かるのは、空気とガラスの屈折率が異なるからだ。

 ならば、空気と屈折率が近い物質で魔法模型を創れば、どうなるか。

 結果はこれだ。中に閉じ込めた人形などは、浮いているように見える。

 

「あぁ……。魔眼で目を凝らすと、ギリギリ、境界線と、空気の流れが見える……。青い透明な物質で水中を表現した魔法模型はいくつかあるけれど……。これは、気泡もなければ、不純物もない……。どうすれば、こんな精巧な……。髪の一本一本まで丁寧に作っているのに、なんで気泡が混ざらないの……? し、信じられない……。こんな……」

 

 平和な世で、退屈な安寧が訪れなければ、誰もやらなかった技術だろうがな。

 勝手に光る石が欲しいだけなら、そういう魔力を帯びた石でいい。宙に浮き続ける人形も、魔法具としてなら容易に創れる。<獄炎殲滅砲(ジオグレイズ)>の発動より簡単だろう。もっといえば、相手に見せるときだけ光らせたり浮かせたり透明にしたりするだけなら、ゼペスでも朝飯前と考えていい。

 なんと無駄で、なんと平和で、なんと優しい<創造建築(アイリス)>であろうか。

 「魔法模型」という世界の秩序(ルール)を愛し、守った上で、その深淵を覗かなければ、到底創れまい。

 メリッサがミーシャの手をガシッと掴んで言った。

 

「ミーシャちゃん! ここっ……個展に、興味は、ないかしら!?」

 

 ミーシャは「個展?」と首を傾げる。

 

「そう! 個展よ! ミーシャちゃんが今まで創った魔法模型はねっ。6割ぐらいは購入者と連絡が取れるわっ! 今までミーシャちゃんが創った作品を、少しの間だけ返してもらってねっ! どこか、貸し切った会場で飾るのっ! この魔法模型は、その目玉にするわっ! う、う、運営は任せてちょうだい! 何回か他の魔法模型師さんの個展を手伝ったことがあるから、出来ると思う! ううん! やり遂げてみせるわっっ! 無理強いはしないけどねっ! なるべく多くの人に、ミーシャちゃんの作品を、見て欲しいわっ! どうかしら!?」

 

 メリッサの興奮はただならぬものがある。魔王聖歌隊に迫れるやもしれぬほどだ。

 それを正面から受けているミーシャは、どこか呆けた様子で、目を開けっ放しにしている。少なくとも嫌悪感は無さそうだ。

 

「僕も、いいと思う。個展……」

 

 魔法模型に見惚れていたリオンは、ミーシャの方を向く。それにミーシャも目を合わせた。

 

「みんなに見てもらおうよ。ミーシャさんの、魔法模型の世界の、階段の歩き方。階段の、一番上」

 

 微笑みを浮かべて、ミーシャは言った。

 

「アノスに相談してから、決める。アノスやサーシャ、レイにも見せたい」

 

 メリッサは歯を食いしばった。

 

「うぐぐ……。それは、確かに、相談しなきゃ駄目ね……。でも、ミーシャちゃん。覚えててね。売ったりプレゼントしたりするのは、個展が終わってからでも、遅くないんだからね!」

「……わかった」

 

 ミーシャはしっかりと返事をした。

 その後、リオンが創った魔法模型はメリッサが喜んで買い取り、ミーシャが創った魔法模型は、一旦ミーシャの収納魔法陣に収まった。

 ミーシャとリオンは、メリッサに惜しまれながら、店を後にした──。

 

 




途中でサーシャが話してる「サーシャ・ネクロンと破壊神アベルニユーめっちゃ仲悪い説」書いてて面白かった。
これだけで短編書けそう。

需要があったら書こうかと思います。
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