【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】   作:生徒会副長

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リオン君、いよいよ告白フェイズです!


③夕闇の丘

 最後のデートスポットは、ミッドヘイズを出て南西にある、見晴らしのよい丘だ。二千年前は墓標であったが、今は只の丘である。夕闇によって紅く染まりつつあった。

 ミーシャとリオンが歩いて丘に向かっている隙に、出歯亀が1人増えた。呼んだとも言えるがな。

 出歯亀の新メンバー、エレオノールが、俺やサーシャと共に茂みに隠れながら言う。

 

「えーっ。じゃあボクは、一番面白いところだけ見に来たはずなのに、実際は一番面白いところを見逃したってコトかな?」

 

 エレオノールは、1万人のゼシアやら、エンネスオーネやら、勇者学院との架け橋の仕事やらで、少々忙しい。ミーシャとリオンのデートも知ってはいたが、デートの最後だけ見に来るつもりだったようだ。

 ちなみにゼシアは来ていない。まぁ、「大人しく見るだけ」なら、演劇などの方が面白いだろうしな。

 サーシャが答える。

 

「まぁ、リオンが魔法模型店で何の成果も出してなかったら、告白を諦めたかもしれないわね……。あなたは分水嶺を見逃したわ……」

 

 まぁ、あそこまでミーシャが機嫌良く、明るく過ごした時間は、珍しいかもしれぬ。

 ……俺やサーシャ、母さんや父さんなどを除けば、の話だが。

 

「んー? ってコトは、リオン君の告白は、成功しちゃうってことかな?」

 

 サーシャの顔が紅くなった。

 

「さ、さ……流石に無いんじゃないかしら……!? リオンが私の魔王様に勝ってる点なんて、無い! あるはず無いわっ!」

「サーシャちゃん。その理屈だと、そもそも分水嶺なんてモノが無いんだぞっ?」

 

 そもそも勝負しておらぬ。

 リオンとミーシャの心の内が全てだ。俺は当事者ではない。

 エレオノールが俺に聞いてきた。

 

「アノス君はどう思ってるのかな?」

「ミーシャが決めることに口を出す気はない。俺は見ているだけに過ぎぬ」

 

 しかし、見るだけで満足するぐらいなら、後で顛末をミーシャから聞けば済んだ話にも思えるが……?

 まぁ、ここまで見てきたのだ。終幕まで見させてもらうとしよう。

 リオンとミーシャは膝を丸めて、夕焼け空の下に広がるミッドヘイズを眺めていた。

 人一人分ほどの間を空けて座っている。

 リオンが訊ねる。

 

「今日この後は、どこも寄らずに帰るの?」

「うん」

「アノス様の家に寄って帰ることも、多いんだっけ?」

 

 ぱちぱちと瞬きしてから、ミーシャは答えた。

 

「アノスは……。……友達」

「そっか」

 

 リオンは深呼吸を繰り返す。そして不意に立ち上がった。

 

「み、ミーシャさん……!」

 

 ただならぬ雰囲気を感じてか、ミーシャも立ち上がる。

 

「なに……?」

「僕は……。ずっと、ミーシャさんのことが……。好き、でした……」

 

 サーシャとエレオノールが身を寄せあい、声なき声を上げている。

 ミーシャは何も言わない。

 

「顔も知らないうちから、ミーシャさんの魔法模型に憧れて……。本屋さんで初めて会って、一目惚れ、しました……」

 

 コクンと、ミーシャは頷く。

 

「魔王学院で同じクラスになったとき、運命だと思った。でも、ミーシャさんが消える運命からも、魔王の力からも、僕は、逃げてしまいました……」

 

 リオンが少し俯き、言葉が止まる。ミーシャはただ続きを待つのみだ。

 

「ずっと、後悔、してました……。アノス様がミーシャさんの傍にいるなら、僕は傍観者でもいいって、自分を、慰めていました。でも……」

 

 あぁ。なるほどな。やっと理解した。

 このリオンという、ちっぽけで弱い学生は、ミリティアと戦っていたのだ。

 俺が、ミリティアの7億年に対し、ミーシャと過ごした7ヶ月で抗ったように。

 

「ミーシャさんを、ミリティアと呼ぶ人が増えて、怖くなったんだ。またミーシャさんが消えてしまうかもって。消えないにしても、学生じゃなくなったアノス様みたいに、遠くへミーシャさんが、行ってしまうかもって……。だから……!」

 

 リオンは片膝をついて、ミーシャに手を差し出した。掴んで欲しいと、言うように。

 

「僕の……恋人になって下さい! ミリティア相手に何も出来ない、ミリティアのことなんか全然分からない僕だけど……! ミーシャさんの傍に、居させて欲しい!」

 

 ミーシャはまだ、答えない。リオンの手を取ることもない。俺も、サーシャも、エレオノールも、固唾をのんで、見守っていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 静寂を破ったのは、そんなミーシャの、小さな声だった。

 

「私は、アノスの友達として、アノスの配下として、創造神ミリティアとして……。やらなきゃいけないことがある。やりたいことがある。リオン1人を恋人にすることは……できない」

 

 リオンがミーシャに向けて差し出していた手が、地に着いた。

 そこへ、小さな言葉が紡がれた。

 

「……今は、まだ」

 

 リオンが「えっ」と顔を上げる一方、ミーシャはリオンのすぐ傍で座り、膝を丸めた。

 

「座って」

 

 ミーシャは自分のすぐ横の草むらをポンポンと叩いた。

 

「もう少し、話がしたい」

「う、うん……」

 

 先程と同じ距離感になるように、リオンも膝を丸める。

 しかし、ミーシャは少しだけ、リオンの方に寄った。まだ靴2つ分ほど、空いてはいるが。

 

「今日は、とっても楽しかった」

 

 ほのかな笑みを浮かべて、ミーシャは言った。

 

「私も……少し、怖かった。ミリティアと呼ばれる度、ミーシャ・ネクロンが上書きされて、消えていくような気がしてた」

 

 俺とて、四六時中ミーシャの傍にいる訳ではない。優しいミーシャのことだ。強く言い返せないまま、ミリティアと呼ばれた経験ばかりが、蓄積していったことだろう。

 

「でも……リオンは違った。私を、ミリティアと呼ばなかった。私をミリティアと呼ぶ人に、優しく諭してくれた。ミーシャ・ネクロンを……好きになってくれた」

 

 少し涙ぐんで、リオンは言った。

 

「……アノス様に比べたら、弱くて、臆病で、ちっぽけだよ……」

「それが、リオンのいいところ」

 

 ミーシャは、続けて言った。

 

「右向け右って。左向け左って。権力や、力や、称号で、従わせるのは、簡単。従っていたら、楽ちん。それが秩序」

 

 魔王とは、権力でも、力でも、称号でもない。俺はかつてそう言った。

 だが全ての人々が、全ての秩序が、そう思ってはいるまい。

 俺が「ミーシャをミリティア扱いするな」と大っぴらに言ってしまえば、鶴の一声。大凡その通りになるだろう。

 俺の権力、力、称号を畏れ、敬った結果として。

 だが、そんな世界は、優しくない。

 

「弱くて、ちっぽけな貴方が。自分の意志で、自分の優しさで。ミーシャ・ネクロンを、選んでくれた。それが、とても嬉しい。貴方の優しさが、優しい世界の証明」

「……そんな、大したもんじゃ、ないよ……。僕は……」

 

 そう言うリオンの方へ、ミーシャは身を乗り出した。そして彼の頭に手を伸ばす。

 

「よしよし」

 

 ミーシャはリオンの頭を撫でていた。

 こそばゆいことをするものだ。

 

「優しいね……。ミーシャさんは」

「アノスにもしてあげた」

「……ホントに友達?」

 

 ぱちぱちと、ミーシャは瞬きをした。そして答えた。

 

「アノスは……。……友達」

「……ごめん。疑って」

「……リオンも」

 

 リオンが目を丸くして、ミーシャの方を向いた。

 

「友達からでも……。……いい?」

 

 ミーシャが首を傾げて尋ねた。

 

「う……。うん! じゃあ、また……。一緒に、遊んでくれる?」

 

 コクンと、ミーシャは頷いた。

 

「また、連れていってほしい」

「わかった! よろしく、ミーシャさん!」

 

 二人とも、平和に、優しく、笑い合っていた。

 さて……。デートが終わったなら、出歯亀も終わりだな。

 ミーシャに謝りに行かねばならぬな。

 

 

──※──

 

 

「良かったね、リオン君。大きく進展だぞっ!」

 

 そう笑顔で言っているのはエレオノールである。

 

「ふ、ふーん……。まぁ……。あそこまでミーシャに言わしめたんじゃ、しょうがないわね……。友達なら、まぁ……」

 

 サーシャは腕を組みながら、そう言っている。

 

「さて、いい加減ミーシャに謝りに行くぞ」

 

 俺はサーシャとエレオノールにそう促した。

 サーシャが言う。

 

「えぇ? あぁ……。出歯亀してましたって、言いに行く気っ?」

「言う他あるまい。隠し通せるとは思えぬ」

 

 まぁ、リオンが何を考えているか分かっていなかったしな。大義はあるのだ、許してもらう他あるまい。

 

「ねぇアノス君。ボクだけ、たまたま通りがかったって設定にしちゃ駄目かな?」

 

 エレオノールがそう聞いてくる。まぁエレオノールが見たのは、最後の告白だけだからな。

 

「ミーシャの魔眼を欺く自信があるなら、許す」

「わおっ! レイ君かエールドメード先生でもなきゃ、絶対無理だぞっ!」

 

 俺は<幻影擬態(ライネル)>と<秘匿魔力(ナジラ)>を解除し、茂みから出る。サーシャとエレオノールもそれに続いた。

 まもなく、足音に気づいたミーシャとリオンが、こちらを振り向いた。

 

「アノス……」

「あっ……あっ……アノス様っっ!」

 

 ミーシャが立ち上がり、リオンは跪いた。

 

「ずっと見てた?」

 

 ミーシャが尋ねてくる。

 

「まぁな。もしや気づいていたか」

 

 ミーシャが本気を出せば、俺の幻影擬態(ライネル)>と<秘匿魔力(ナジラ)>を、見破ることは出来ただろう。しかしミーシャは首を横に振る。

 

「アノスとサーシャの性格なら、見てるだろうと思った」

 

 お見通しだったのは、心の方か。

 

「すまぬ。許してくれ。俺もサーシャも、お前のことが心配だった」

「まぁ結果は……。心配するほどのものじゃ、なかったわね。ごめんね、ミーシャ」

 

 コクコクと、ミーシャは頷いた。

 

「大丈夫。気にしてない」

「ボクは、たまたま通りがかっただけだぞっ」

 

 ほう。ミーシャの魔眼に挑むとは、大した度胸だな、エレオノール。

 ミーシャはジーッとエレオノールを見つめた。そしてミーシャは言う。

 

「……嘘だと思う。でも、見てたのは、最後だけ……?」

「うーん、流石ミーシャちゃんだぞっ。ごめんね。最後だけ、わざわざ見に来たんだ」

「別にいい。気にしてない」

 

 謝るエレオノールに対し、ミーシャは微笑み返した。

 さて、そんなやり取りをしている間、リオンはずっと跪いている訳だが。

 

「リオンよ。何か言いたいことはあるか?」

 

 俺が訊ねると、リオンは答えた。

 

「アノス様っ! み、ミーシャさんを……デートに誘って……。告白までして……。申し訳ありませんでしたっ!」

「創造神ミリティアをデートに誘ったのではないのか? お前が欲したのは、創造神ミリティアの心と力だったのではないか?」

 

 リオンが歯を食いしばる音が聴こえた。

 唾を2度飲み込んで、やっとリオンは答えた。

 

「断じて……っ! 断じて……違いますっ! 僕が好きなのは……! 魔法模型が好きで……。猫が好きで……。不適合者の烙印を押された頃のアノス様が、15才の誕生日にお救いになった、ミーシャ・ネクロンさんです!! 創造神ミリティアに関して、論ずることはございませんっっ!!」

 

 俺が適当な攻撃魔法の1つでも使えば、リオンは一瞬で死ぬだろう。

 力でも、権力でも、称号でも、俺には遥か遠く及ばない。

 それでもなお、怯まぬか。

 己が『リオン・クローラー』であることを、己の愛と優しさを、貫くか。

 

「リオンよ」

 

 俺はリオンと同じ目線になるように屈み、リオンの背中を撫でた。

 

「面をあげよ。お前は大した奴だ」

 

 リオンは震えながら顔を上げる。

 

「……お叱りに、ならないのですか?」

「ただの学生2人が、デートを楽しんだだけであろう? 何を叱ることがある? むしろ、お前のような子孫、配下、生徒に恵まれたことを、魔王として誇りに思う」

「どこが、誇りなのです? アノス様……」

 

 ふむ。もう少し、話してやるとするか。

 

「猫やら、童話やら、魔法模型やら。よくぞミーシャの深淵を覗き、ミーシャを笑顔にさせたな。ミーシャをミリティアと呼ぶ者共を相手に、よくぞ優しさで立ち向かった。後悔をバネに、愛を胸に抱き、よくぞ魔王相手にすら吼えた。戦う力など、後からどうとでもなろう。俺は、お前のような子孫を残したかった。お前のような配下が欲しかった。お前のような生徒を、魔王学院で育てたかった」

「……。もったいなき、お言葉にございます……」

 

 続いて俺は立ち上がり、ミーシャの方を向く。

 

「ミーシャ。お互い苦労するな」

 

 俺の意とするところを察してか、ミーシャは「うん」とだけ返事をする。

 

「リオンよ。魔王というのも楽ではなくてな。俺は母さんに頼まれて、キノコやら牛乳やらを買いに行くことがあるのだが。急いでもいないのに列を譲られるわ、付けなくていいおまけは付けられるわ、釣り勘定を間違えたぐらいで命乞いをされるわ……」

 

 釣り勘定を間違えたぐらいで、殺す訳ないだろう。馬鹿め。

 まぁそういう手合いが面倒なため、アノシュの姿で用事を済ませることも多いのだが、そこまでリオンに教えずともよいな。

 

「ミーシャと俺がデートをすれば、さて、どうなることやら? 街中をひっくり返すような大騒ぎになりかねんな。俺が一言『黙れ』というだけで、静かにはなるやもしれぬが、それは楽しくもなければ優しくもない」

 

 リオンを見やれば、少し表情が和らいだように見えなくもない。

 いつぞやの大魔王教練で、ミーシャが俺を庶民派魔王だとアピールしたときは上手くいかなかったが、今回は上手くいったらしい。

 

「今後も、良き友人として、ミーシャとたまにデートしてやれ。お前とデートしている内に、妙な誤解や先入観も消えていくだろう。お前がミーシャの教えを受け、創造魔法の深淵に迫っていくのも、良いことだしな」

「……はっ。ありがとう、ございます……」

 

 リオンは再び頭を下げていた。

 

「あぁそれと。ミーシャの魔法模型の、個展だったか? 実に楽しみだ。会場や日程などはまた追って詳しく決めるが、運営にはお前もメリッサも関わって貰わねばなるまい。心積もりをしておくことだ」

「……ははっ!」

 

 リオンが礼儀正しく返事をする。

 そこへエレオノールが手を差し伸べる。

 

「リオン君! そんなにかしこまらなくて、いいんだぞ! ボクやサーシャちゃんみたいに、自然体で、全然大丈夫だぞっ」

「は、はぁ……」

 

 エレオノールに促されて、リオンは立ち上がる。それでもまだ俺には畏敬の念があるのか、軽く会釈をしてきた。

 まぁ、リオン1人跪いたままでは、ミーシャとしても心中穏やかではあるまい。

 立ち上がったリオンの方へ、サーシャが歩み寄ってくる。

 

「リオン。まぁ、出歯亀したのは謝るわ。ミーシャとアノスが認めてるんだから、『友達としての』ミーシャとのデートは、自信を持っていきなさい。もう出歯亀もしないし」

「は、はぁ……」

「でもねぇ……」

 

 サーシャが優雅に髪をかきあげてから言った。

 

「ミーシャを悲しませるようなことをしたら、本気で滅ぼすわよ」

「し、しません……。大丈夫です……」

 

 リオンはサッと、サーシャから目を逸らした。

 サーシャの眼を見てそれが言えぬのは、破滅の魔眼が怖いのだろう。

 

「本当に、大丈夫なんでしょうね……?」

「はい。あの……ホントに……」

 

 サーシャに念を押されるも、やはりリオンはサーシャと目を合わせようとしない。チラチラと見て表情を伺う程度だ。

 破滅の魔眼など出ておらぬのにな。

 

「ふーーーーん……。まぁ……。友達だし、いいか……」

 

 諦めた様子の、サーシャの方から顔を逸らして引き下がった。

 リオンはまだまだ、深淵を覗かねばならないだろうな。

 

「さて、日が暮れる前に帰るか。リオンとミーシャは、やり残したことは無いか?」

 

 俺がそう言うと、リオンがそーっと、手を挙げた。

 

「恐れながら、申し上げます……」

「許す」

 

 俺の<転移(ガトム)>で、各々の家へ送ろうと思っただけだからな。サーシャとミーシャ、エレオノールは俺の家で夕食を済ませていくやもしれぬしな。

 リオンが言う。

 

「ミーシャさんを、家まで、送り届けたいです……」

「わーお! 偉いねリオン君! 好きな女の子が家に帰るまでが、デートなんだ!」

 

 ふむ。殊勝な心掛けだとは思う。

 しかし、まさか徒歩で送るつもりか?

 俺もミーシャも<転移(ガトム)>が使える。徒歩で送ると言われても、有難迷惑の気がするがな。

 

「<転移(ガトム)>は使えるのか?」

 

 俺はリオンに問いかけた。

 

「……術式を、お見せします」

 

 リオンは中空に<転移(ガトム)>の魔法術式を描いた。

 ふむ。ネクロン家の座標ではない。ネクロン家から徒歩3分の交差点付近だ。

 ネクロン家を狙ってこれだと、不合格と言わざるを得んな。座標がズレ過ぎだ。

 

「どこへ飛ぶつもりだ?」

「ネクロン家から徒歩3分の、交差点付近です。何度も練習しました……」

 

 わざとだったか。なるほどな。

 他人の家、ましてネクロン家の前で<転移(ガトム)>の練習を繰り返していては、不審者と思われかねない。失敗したときにネクロン家の敷地に入ってしまうかもしれぬしな。

 何度も練習して、実用レベルとして使えるようになった座標が、その交差点なのだろう。

 この努力を無下にはしたくないな。

 

「私も飛ぶ先は、そこでいい」

 

 当のミーシャがそう言うのなら、問題あるまい。

 

「よかろう。ミーシャを任せたぞ、リオン」

「あ……。ひとつ……。問題が……」

 

 やれやれ。今度は何だ?

 リオンが、ミーシャを見て言う。

 

「手を繋いで、貰わないと……。失敗するかも……」

「くすくす。リオン君は可愛いなぁ」

 

 エレオノールはからかうように笑っていた。

 はて。手を繋いで<転移(ガトム)>使うのは、別に珍しいことではないが。

 今度はミーシャが不安そうな目を、俺に向けてきた。

 

「……。……いい?」

 

 リオンと手を繋いでもいいか、という意味か?

 はて。わざわざ俺に聞く意味が見えぬが。

 

「問題ない」

 

 そう言うと、ぎこちない手付きで、ミーシャとリオンは手を繋いだ。

 そしてリオンが<転移(ガトム)>を丁寧に行使する。

 

「ミーシャ、リオン。またな」

 

 俺は気さくに別れの挨拶をした。

 

「アノス様。寛大なご処置、ありがとうございました!」

「ばいばい、アノス」

 

 ミーシャとリオンは、そう言い残して転移していった。

 

「さて、俺達も帰るか。サーシャはネクロン家に飛ぶと、リオンと鉢合わせるかもしれぬがな」

「……じゃあアノス。その間、ちょっと聞いてもいいかしら?」

 

 ふむ。なんだ?

 この声色のサーシャは、久しぶりに聞くな。

 アベル二ユーか? いや……。俺を雑種呼ばわりしていた頃の方が、近いか?

 どこか懐かしい響きだ。俺を試す気か?

 

「ミーシャに素敵な友達が出来て、良かったわね?」

 

 サーシャは目を細めながら首を傾げた。

 

「あぁ。リオンは良い奴だ。まだまだ深淵に迫る余地もあるだろう」

「リオンがミーシャの、友達じゃなくて、恋人になってたら、どうしてた? とりあえず、殺しとく?」

 

 サーシャはそう言って、「ふふっ」と笑った。

 やれやれ。物騒なことを言う奴だ。

 

「……サーシャちゃん?」

 

 それ見ろ。エレオノールも戸惑っているではないか。ゼシアとエンネスオーネがいないのは、幸いだった。巻き添えにするには、少々刺激が強過ぎる。

 あるいは、いないことを分かった上で、わざとやっているのか?

 

「……殺す訳ないだろう。馬鹿め。世界は平和に、優しくなったのだ。笑顔溢れる世界だ。多少弱く頼りないぐらいで、殺すことはあるまい」

 

 俺はそう言い返してやった。

 

「そ。お優しいのね、私の魔王様は。私だったら、とりあえず殺すけど。殺して、壊して、滅ぼして……ミーシャの恋人とやらの真贋を、確かめるわ」

「サーシャちゃん。そんなことしたら、ミーシャちゃんに嫌われるぞ……?」

 

 エレオノールの疑問は当然と言える。

 サーシャが答える。

 

「嫌われたっていいわ。ルール違反と言われてもいい。でもね、エレオノール。私は、私の心を貫くわ。私の心だけは、神様にも運命にも、舞台装置にも脚本家にも、渡してなんかやらない」

 

 エレオノールは目を丸くしている。サーシャの真意を測りかねているのだ。

 正直言って俺にも分からぬ。今更ミーシャに嫌われてまで、エクエスが滅んだ平和な世界で、サーシャは何がしたいのやら?

 

「その心とは?」

 

 サーシャが答えた。

 破滅の魔眼を静かに光らせながら。

 

「私の滅びを、私の眼を。正面から見据えて、怯まずに受け止めることも出来ないような奴に、ミーシャは渡さない」

 

 やれやれ。ずいぶん妹想いな姉もいたものだ。

 

「お前をわざわざ止めるような真似はせぬ。ミーシャとリオンに、直接言ってやれ」

「言われなくても、近いうちにそうするわ」

 

 サーシャが破滅の魔眼をさらに強く光らせると、俺もまた破滅の魔眼を放ち、視線をぶつけ合う。売り言葉に買い言葉を重ねながら、互いの意志が火花を散らす。

 

「アノスくーん。サーシャちゃーん。それ、リオン君がホントに死んじゃうかもしれないぞっ?」

 

 破滅の魔眼の射線上に入らない位置から、エレオノールがそう言った。

 まぁ、リオンとて魔王学院1年2組の生徒だ。そう簡単には滅ぶまい。

 

「サーシャ。エレオノールもそう言っていることだ。暴れたら片付けぐらいはせよ。壊れたら直し、殺したら蘇生してやれ。さすがに取り返しのつかぬ滅びは、与えてやらぬことだ」

「心配ご無用よ。私は魔王様の配下だもの。で? 魔王様はどうするの? 『殺さない』以外の、答えを聞かせて?」

 

 ふむ。まぁ、リオンのことを想えば、助けてやるべきか? 俺が鍛えてやれば、サーシャに認められるぐらいの器量を、リオンも、身につけることが……。

 いや、待て。俺が勝手に、そんなことをしていいのか? ミーシャはリオンの告白を、断ったではないか。

 ならミーシャのことを想い、静観すべきか?  だが、それではミーシャを放っておくことになり、矛盾している気がしてならぬ。

 

「ねぇ魔王様? 魔王って、何かしら? 愛

? 優しさ? それとも平和?」

 

 サーシャの声が、俺の思考を遮る。

 ふむ。まぁ、リオンをどうするかよりは、簡単な問いか。

 

「どれもまぁ否定はせぬがな。強いて言えばやはり、『俺が、俺である』ということだ」

 

 愛も、優しさも、平和も。俺が尊いと信じ、欲しいと願ったものの、1つに過ぎぬ。

 

「そ。なら、自分の在り方を、ちゃんと決めて頂戴。ミーシャとリオンと貴方に、取り返しのつかないことが、起こる前にね。後ろを歩いてくる配下は、不安で不安でたまったもんじゃないわ」

 

 サーシャは破滅の魔眼を解除し、くるりと踵を返した。スタスタと歩き、<転移(ガトム)>の魔法陣を展開する。

 転移する前に、サーシャは言った。

 

「……じゃあね、アノス。ちょっと見苦しい姿を見せちゃったけど……。まぁ、ちゃんと……。答えを、考えときなさいよねっ……」

 

 俺が返事をするより先に、サーシャは消えてしまった。

 見苦しい姿とは、俺の方の気もするがな。

 配下の質問に、淀みなく答えることが出来ぬとは。

 なぜ答えられなかったのだろうな。

 俺が、そんなことを考えているときだった。

 

「……アノス君っ」

 

 呆然としていた俺の背に、エレオノールが抱きついてきた。

 

「サーシャちゃんは、難しいこととか、怖いこととか言ってたけど……。ボクはずっと、魔王様の、魔法だぞっ。アノス君の仰せのままに、だぞっ」

「くははっ。それはそれは、頼もしいことだ」

 

 まぁ『仰せのままに』と言われても、それが定まっておらぬのだがな。

 

「心配しなくていいよ、アノス君。サーシャちゃんが色々壊し過ぎないように抑えるし、リオン君が死なないように守るし、ミーシャちゃんが悲しむようなことは、起こさせないから。ボクの仕事は、それで合ってるかなっ?」

 

 やれやれ。今さら、サーシャが多少やんちゃをしたところで、なだめるのは慣れたものだと思っていたのだがな。

 今はエレオノールの頼もしい言葉と明るい笑顔に、どうしようもなく癒される程度には、俺は疲れてしまったらしい。

 

「エレオノール。百点満点だ。実に深淵に迫っている」

「くすくすっ。満点が百点だからといって、百点を超えられないとでも思ったのかっ! だぞっ!」

 

 ほう。これよりまだ上があるのか。流石は魔王の魔法だ。

 

「ボクがアノス君自身をどうするかを、まだ言ってないんだぞっ。疲れちゃってて、自分がどうしたいか分からないときは──」

 

 エレオノールが、収納魔法陣に手を伸ばす。中から出てきたのは──。

 

「じゃーん! お酒だぞっ。疲れも吹き飛ぶし、自分の殻を破るのにも、いいと思うぞっ」

 

 聖ディミラ酒の酒瓶。エレオノールのお気に入りだ。

 ふむ。あのサーシャも、酔っ払って自分の失った筈の想いを取り戻したことだ。

 俺も酔っ払ってみれば、自分の在り方とやらに、気づくことも、あるやもしれぬ。

 

「そうだな。今宵は、リオンの活躍と、キノコグラタンを肴に、酒を飲むのも良いかもしれぬ」

 

 ──その夜。俺とエレオノールは、ジュースを嗜むゼシアとエンネスオーネの相手をしつつ、大いに酒を楽しんだ。酒を飲みながら色々話した。

 リオンのことを。ミーシャのことを。サーシャのことを。

 楽しく、平和な時間だった。

 

 ──だが、やはり……。俺は、サーシャの問いに対する答えは、得られなかった──。

 

 

『リオンがミーシャの、友達じゃなくて、恋人になってたら、どうしてた?』

 

『魔王様はどうするの? 『殺さない』以外の、答えを聞かせて?』

 

『ねぇ魔王様? 魔王って、何かしら? 愛

? 優しさ? それとも平和?』

 

『自分の在り方を、ちゃんと決めて頂戴。ミーシャとリオンと貴方に、取り返しのつかないことが、起こる前にね──』

 

 

 




書き溜めを消化してしまったので更新はそれなりに遅くなると思います。
ゆっくりお待ちください。
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