【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
二次創作で美味しいポジションにいる割に出番が少ないシーラさんをいっぱい出せて良かったです。
シーラ・グランズドリィとミサ・レグリアは、とても仲が良い。
シーラから見れば、ミサは命の恩人にして、息子の恋人なのである。嫌いになる要素などない。
大精霊レノとエレオノールの間にも、交流がある。
1万人のゼシアの教育面について、アハルトヘルンが大いに協力してくれているからである。ついでに言えば、精霊にとっても、安定して1万人から噂と伝承を信じて貰えている状況は、存続の強みだ。
これらを組み合わせることにより──。
シーラ、ミサ、レノ、エレオノールの4人による、女子会が成立するのである──!
──※──
今回の女子会の場所は、レグリア家の邸宅である。大精霊レノが住むに相応しい、大木の邸宅である。
参加者は、先ほども述べた4人。
母なる大精霊にして、魔王の右腕の妻、レノ。
その娘にして、偽りの魔王。檳榔子黒のドレスを纏う美女、アヴォス・ディルヘヴィア。
勇者の母親にして、名工が鍛えた剣の伝承から生まれた半霊半魔、シーラ・グランズドリィ。
1万人のゼシアの生みの親にして、魔王の魔法。エレオノール・ビアンカ。
そうそうたる顔ぶれだが、女子会三種の神器を前にしては、只の女の子になってしまうものだ。
女子会三種の神器とは、とろけるようなスイーツ、優雅な紅茶、そして心がときめく恋バナである。デルゾゲード魔王学院の学生手帳にも書いてある(嘘)。
とろけるようなスイーツは、シーラが作ってきた。甘く柔らかいシフォンケーキである。
優雅な紅茶は、ミサとレノが呼び寄せた。その名を、紅茶の精霊ティルムンクという。
心がときめく恋バナは、エレオノールが持ってきた。あえて題名をつけるなら、『モブ男子とミーシャとアノス様』になるだろう。
「──というワケで、リオン君はひとまず、ミーシャちゃんの友達ってことで、落ち着いたんだぞっ」
エレオノールは、持参したとっておきの恋バナを披露し終えた。木々のざわめき、精霊の笑い声、心地よい剣戟の音をBGMにしながら。
心地よい剣戟の音の主は、勇者レイ・グランズドリィと、魔王の右腕シン・レグリアである。たまにゼシアも混ざっているようだが、ゼシアはエンネスオーネや精霊と遊んでいる時間も長い。
女子会に水を差した男子は死刑──ディルヘイド国家公務員法にも明記されている(嘘)。故に、レイとシンは、庭で子守や剣の稽古に励むしかないのである。
シーラがティルムンクの紅茶を優雅に啜り、満足げに呟く。
「三角関係って、いいわよね……」
ミサが静かに頷き、レノも穏やかに同意する。
「良いですわ……」
「良いよね……」
プロ同士、多くは語らない。……今はまだ。
エレオノールが得意げに笑う。
「クスクス、ご満足いただけたみたいで何よりだぞっ」
ミサが紅茶を置き、真剣な目で切り出す。
「その良さ、その素晴らしさを認めた上で……。ちょっと言いたいことがありますわ」
「聞きたいわ、ミサさん」
シーラに促されて、ミサが続ける。
「これ。アノス・ヴォルディゴードがミーシャさんに告れば、終わる話じゃありませんこと?」
レノが吹き出しそうになり、エレオノールが小さく笑う。
シーラが首をかしげる。
「えっと、私はアノス君とミーシャさんを仲のいい友達ぐらいに思ってるんだけど。そんなにいい感じ……なのかしら?」
「熟年夫婦そのものですわ」
ミサがそう断言したことで、エレオノールとレノが笑い声をこぼす。
「ミサぁ、辛辣すぎるよぉ」
レノがからかったのに対し、エレオノールが補足する。
「うーん。でも、アノス君のお父さんとお母さんも、だいたいそんな感じに思ってるぞっ」
かくいうエレオノール本人も、グスタとイザベラから『側室』と勘違いされている。
レノが笑いながら言う。
「カノンとミサの恋と違って、もう外堀が埋め終わっちゃってるねっ」
「それねぇ……。リオン君に勝ち目ないんじゃないの〜?」
シーラが明るく、軽い声で返す。実はリオンには勝ち筋があるからこそ、この三角関係は面白いと、シーラとて分かっている。ただ、その勝ち筋を知らないだけだ。
ミサが少し苛立ちを込めて言う。
「外堀が埋まるどころか、本丸以外何も残ってませんわ。それなのに、いつまでも城攻めしないんですもの。いくら最強の魔王でも、攻めなきゃ魔力ゼロと同じですわ」
エレオノールが目を輝かせる。
「うんうん! 難攻不落のミーシャ城に挑むあたりが、リオン君のカッコいいところだぞっ!」
シーラが驚いて訊く。
「あれ? エレオノールさんはリオン君の肩を持つの?」
エレオノールが笑顔で答える。
「あーっ。そういうこと聞くなら、とっておきの小道具を出しちゃうぞっ」
彼女が収納魔法陣に手を伸ばす。
「じゃーん! 旗揚げゲームの紅白旗だぞっ。ゼシアやエンネスオーネと遊ぶ用に持ってたんだ」
エレオノールは紅白1組ずつの旗を、他の3人に配った。
「ボクが『せーのっ』って言ったら、アノス君を応援するなら紅、リオン君を応援するなら白を揚げてね。せーのっ」
シーラとレノがアノスの紅旗を、ミサがリオンの白旗を揚げる。 エレオノールは──両方を掲げていた。
シーラが抗議する。
「エレオノールさん! それは反則じゃないかしら!」
エレオノールが笑う。
「くすくす、うらやましかったら、シーラさんも両方揚げていいんだぞっ」
シーラは少し考え、紅旗を降ろしそうになる。だがすぐに首を振って、紅旗を掲げなおした。
「いや……。それでもやっぱり紅よ。アノス君の側よ」
ミサが意外そうに言う。
「あら? 意外とリオン君の人気がありませんわね」
レノがからかう。
「ミサこそ、アノス・ファンユニオンを率いてて、アノスが命の恩人なんだから、アノスの旗を揚げると思ったんだけどなぁ」
エレオノールが「あっ!」と何か閃いたような声を上げる。そしてミサを指差して言った。
「あー、わかった。今のミサちゃんは黒いから、アノス君に、対抗心でも燃やしてるんじゃないかな?」
ミサが少しムッとして返す。
「心外ですわ……。そんなに仰るなら、茶色い私に戻りましょうか?」
他3人が「うんうん」と頷く。
ミサがアヴォス・ディルヘヴィアの姿でこの女子会に参加しているのは、自分だけ幼気に見えて少し遠慮してしまうからである。背伸びがしたいお年頃なのである。
一方、他3人からすると、茶髪の姿のミサは可愛らしい。遠慮なく女子会の輪に加わって欲しいと思っている。
「では……戻りますわね……」
ミサはそう言うと、全身に黒い魔力の粒子を纏う。黒い魔力が晴れると、そこには茶髪をツインテールに纏めた少女、ミサ・レグリアがいた。
「えぇっと……。黒くても茶色くても、私の気分や言葉遣いが変わる程度なんですけど……。やっぱり白ですね、リオン君の側です。なんなら、魔王の私より今の私の方が、リオン君を応援したい気持ちが強いかもしれませんね」
「んー? どうしてなんだ?」
エレオノールが興味深そうに訊くと、ミサが静かに語り出す。
「だって……。その……。私とリオン君の境遇って、ちょっと似てると思うんですよね。私は、自分が偽りの魔王と自覚するまでは、平凡な混血の生徒でした。そんな私が恋した相手がレイさんで、レイさんが勇者カノンだったのを知ってからも、私の想いは変わりませんでした。なんなら、強くなったぐらいです」
シーラは「あぁ……確かにね……」と声を漏らし、レノとエレオノールは静かに聞き入っている。
ミサの話は続く。
「好きになった人が勇者だったり、創造神だったり。神様に呪われた恋だったり、恋敵が暴虐の魔王だったり。そんな理由で恋を諦めるなんて……。おかしいし、悲しいし、悔しいと思うんです」
ミサは、白い旗を手元で小さく振りながら言った。
「だから私は、リオン君の側ですね。アノス様とミーシャさんもお似合いですけど、お二人が一歩踏み出せばすぐ実っちゃう恋だから、応援し甲斐もないかなーって」
シーラが頷き、紅旗を降ろしてから言った。
「ミサさん……。私も、リオン君の方に変えるわ!」
シーラの白い旗が揚がる。ミサは目を潤ませて、つい言ってしまった。
「お、お義母さん……!」
レイの母親とレイの恋人が手を取り合い、キラキラの空間を創り上げる。そこへレノが慌てて訂正を加える。
「ミサ! まだだから! シーラさんはまだお義母さんじゃないから!」
エレオノールが訊ねる。
「んー? シーラさんは、今の話で思うところがあったんだ?」
シーラが笑顔で答える。
「アノス君は、絶対救えそうもない私を救ってくれたわ。レイの親友だし、素敵な男の子だと思うし……。いい恋をして、幸せになって欲しいのは事実よ? でもね……」
そのとき、女子会のBGMに、「ぐあぁぁぁぁ!」という、レイの悲鳴が加わった。
息子の悲鳴を聞き届けてから、シーラが言う。
「好きになった人の父親が、たまたま魔王の右腕なせいで、週に5回も10回もぶっ殺される息子がいるんだもの。リオン君やミサさんの気持ち、痛いほど分かっちゃうわ」
レノが申し訳なさそうに言う。
「ごめんねぇ、シーラさん。シンには控えめにしてよって、いつも言ってるんだけど……」
シーラが明るく返す。
「いいのよ、レノさん。そうやって鍛えられたおかげで、エクエスとかいう神様モドキを叩き斬れる息子に育ったんだから、誇らしいわ。でも、リオン君の旗は下ろさないわよ」
シーラが紅茶を置いて続ける。
「恋って…障害があった方が、燃えるわよねぇ…?」
ミサが深々と頷き、レノは「うぐっ!」と何らかのダメージを受けたかのような芝居をした。
エレオノールが目を輝かせる。
「わーお! 魔王の右腕を相手に大恋愛したレノさんとしては、心に響いたんじゃないかなっ」
レノがしみじみと頷く。
「うん……。ズシッと響いたよ……。あの朴念仁を振り向かせるために、1回死んじゃったぐらいだからね……。でも、やっぱり私としては、アノスとミリティアがくっついた方が嬉しいかなぁ」
彼女が静かに語り出す。
「二千年前の大戦を知ってる身としては、ある程度分かっちゃうんだよね。魔王アノスの歩みも、創造神ミリティアの苦労も。アノスにはミリティアの優しさが必要だし、ミリティアを支える強さを持ってるのは、アノスしかいないと思うんだ」
4人とも納得したように「うーん」と唸ってしまう。
強さを論点にしてしまえば、魔王アノスに勝てる者など、いないと言って良い。
この女子会メンバー4人とも、滅びの運命を覚悟していたのに、その運命を滅ぼし尽くした男こそ、アノス・ヴォルディゴードである。
ミサが口を開く。
「リオン君の強さとか覚悟とかを、もうちょっと見たいところですよね。私とレイさんとか、お父さんとお母さんみたいに……。相思相愛で、自分達で立ち向かえる運命には、自分達で立ち向かえるような姿を見せれば、アノス様も応援する側に回るんじゃないでしょうか……」
それを聞いて、エレオノールが口走ってしまう。
「んー。いっそ、リオン君を、シン先生に鍛えて貰ったらどーだ? めちゃくちゃ強くなれそうだぞ?」
三人が目を見開いてエレオノールに視線を集中させる。
レノ、シーラ、ミサの順に、エレオノールに対し捲し立てる。
「だっ、駄目だよっ、エレオノール! シンだったら、『魔王の敵』には容赦しないとか言って、完全に殺しちゃうよ!」
「よしんば鍛えて貰えるにしても、うちのレイみたいな扱いを受けかねないわよ! 鍛えるついでに、『魔王の敵』かどうか見極めることになるはずだわ! リオン君、強くなる前に廃人になっちゃうわ!」
大慌てで起こり得る惨劇を語る、レノとシーラ。そしてミサが念を押す。
「エレオノールさん! ぜったい、ぜーーったい、お父さんに言っちゃ駄目ですからね! いくら『魔王の敵』とはいっても、こんなことで殺されるのは、リオン君が可哀想過ぎます!」
エレオノールが手を振り、汗をかきながら言う。
「わ、わ、わかったぞっ! 僕もアノス君から、リオン君を守るように言われてるし……。シン先生に『魔王の敵』のことは、内緒だぞっ!」
4人の認識が一致したところで、4人揃って紅茶を飲む。ティルムンクの紅茶は、緊張しているときに飲むとスッとする香りがする。爽快感が緊張を和らげ、4人をリラックスさせていく。最後の一口は至高の味になっていた。
「ふー。よかったよかった」
レノがそう呟いたときだった。
夫の声がしたのは。
「魔王の敵の気配がしたにもかかわらず、何が『よかった』のでしょうか、レノ。それに、ミサ。エレオノール。シーラさんも」
レノの背後に、黒いコートを着た銀髪の男が立っている。
魔王の右腕にして精霊王。レノの夫でこの家の主、シン・レグリアであった。
女子会に水を差した男子は死刑──ディルヘイド国家公務員法にも明記されている。法の秩序である。
但しそんな秩序は、魔王の右腕の『忠義』の
前では、斬り滅ぼされるのみである。
シン・レグリアとは、レイとミサがポッキーゲームをしようとすれば、直ちにその気配を察し、ポッキーを一瞬で八等分することが出来るような男である。
『魔王の敵』という語彙が耳に一瞬でも入れば、光の秩序すら超越した速さで駆けつけるのは、容易いことである。
「家族を疑うようなことも、朗らかな女子会に水を差すようなことも、決してしたくはないのですが」
そう低い声で話しながら、シンは魔法陣から魔剣を抜く。
「まさか女子会の裏で、魔王の敵を育てたり、匿ったりするようなことを、考えてはいないでしょうね?」
戦い慣れていないシーラは小刻みに震える以外何もできない。他3人とて、戦いやシン・レグリアに慣れてはいても、不用意な発言は危険過ぎる。自分自身は死なないにしても、リオンの命が危ない。
口を開いたのはレノだった。
「だっ、大丈夫だよ、シン! 大した話じゃないんだよっ! シンが思ってるような『魔王の敵』じゃないから!」
「大した話でないなら、私にも聞かせてもらえませんか? レノ」
全くの正論で一刀両断されてしまった。
普段は「ばかっ! 馬鹿シン!」などと言ってかかあ天下を気取っているレノといえども、忠臣という『仕事』に徹したシンには勝てない。
次はミサが話題を逸らそうとした。
「さっ、さすが、お父さんですよね〜! レイさんと稽古をしている最中でも、私達の話す声が聞こえているなんて〜! やっぱりお父さんが、一番、頼りになりますねっ!」
こっそり言外に「レイさんが下でお父さんが上」というメッセージを滲ませることで、父の機嫌を伺おうとする。
ところがこれは、意外な突破口を切り開いた。
「ミサの言うことはおおむね事実ですが、一つだけ。私は剣の稽古ではなく、『魔王ゼシアごっこ』をしている最中に『魔王の敵』という語彙を聞きつけ、参上しました。魔王アノスの右腕としても、魔王ゼシアの右腕としても、『魔王の敵』という語彙は、聞き捨てなりません」
魔王ゼシアごっこ。
この一触即発の殺伐とした空気の中で、なんと牧歌的な語彙だろうか。
魔王ゼシアの母親とも言える、エレオノールが訊く。
「し、シン先生は……。魔王ゼシアの右腕になったんだ?」
「レノを喪ってからの二千年。私も少しは精霊について学ぶ中で、ごっこ遊びぐらいは出来るようになりました。ゼシアは魔王ゼシア役を。レイは勇者カノン役を。私は魔王ゼシアの右腕役を。ティティはレノの役を。エンネスオーネは創造神ミリティア役をしていました」
いったいどんな「壁」を作る気なんだろう……と、4人は思った。
そして同時にエレオノールは思った。リオンは助かるのではないかと。
そこでエレオノールはシンに尋ねた。
「シン先生は、1年2組の、リオン君って、どう思う?」
「それは魔王の敵と関係ある話ですか?」
「リオン君が、魔王の敵になるかもしれないって話を、してたんだぞっ」
エレオノールが直球で話してしまったので、ミサが「え、エレオノールさん!?」と驚く。
一方でシンは顎に手を当て、考え込む。
「リオンが……。魔王の敵……? 全く心当たりがありませんでしたが……?」
更にシンがリオンの印象を語る。
「彼は真面目で優しい、ごく普通の生徒です。未熟ながらも真摯に剣術の授業にも励んでおり、その剣に邪念を感じることなどありませんでした。竜討伐のときや班別対抗試験でも、他の1年2組の生徒と同様かそれ以上に、勇敢に戦っていました」
さらに数秒考えてから、シンはエレオノールに訊いた。
「リオンは何者かに脅迫され、魔王の敵になることを、強要されているのですか? それぐらいのことがなければ、納得がいきません」
「んー。そういうのじゃないんだぞっ。リオン君は、ミーシャちゃんに恋しちゃったんだ」
シンは表情を変えずに、さらに尋ねる。
「それがどう、魔王の敵に繋がるのでしょうか?」
それにはミサが答えた。
「あの……。お父さん? アノス様とミーシャさんって、凄く仲が良いじゃないですか。なのにミーシャさんに恋してしまったリオン君は……。アノス様の、敵にあたるんじゃないかと……」
「我が君がミーシャの手を取るなら、私にもリオンにも、出番などありません」
その一言は、まるでリオンを殺さずにリオンの出番だけを斬るかのように鋭く、達人の太刀筋が見えそうなものであった。
続いてエレオノールが訊いた。
「じゃ、じゃあ……。もし、ミーシャちゃんと、リオン君が、恋人になっちゃったら?」
「リオンがミーシャを守る力と覚悟を示したなら、我が君は二人の愛に祝福を下さるでしょう。私とレノの愛を、祝福して下さったように」
シンは魔剣を魔法陣に仕舞った。
「いずれにせよ、全ては我が君がお決めになることです。我が君の決断なりご命令なりがあるまで、私は傍に控えるのみです」
シンはレノに向かって深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。貴女の言う通り、魔王の敵などいませんでした。私の早計な判断により、朗らかな女子会に水を差してしまいました」
レノは手を振って言う。
「い、いいんだよ、シン! 勝手にリオンを『魔王の敵』と決めつけてた、私達も悪いんだから!」
危機が去ったことで、シーラも話せるようになった。
「そ、そうよね! それに……。意外ともう、いい時間だと思うわ。そろそろお開きにしたらいいんじゃないかしら?」
アフターヌーンティーを楽しむ女子会は、三種の神器によって時間が流れるのを忘れさせる。既に夕陽が傾き始めていた。
「そうですか。では、私は魔王ゼシアの右腕としての仕事に戻ろうかと思います。エレオノールがもう帰るのでしたら、魔王ゼシアごっこも切り上げねばなりませんので」
シンの声は低く冷たいが、だからこそ『魔王ゼシアごっこ』というかわいい語彙がシュールに響く。
エレオノールが訊く。
「シン先生! 魔王ゼシアごっこを、皆に見てもらっても、いいかなっ?」
シンが答える。
「是非どうぞ。我が君、魔王ゼシアも、それを望んでおられると思いますので」
それだけ言い残すと、シンは魔王ゼシアへの忠義のため、<転移(ガトム)>まで使って主君の元へ戻った。
ササッと荷物をまとめて、女子会メンバー4人は玄関へ向かう。
レグリア家の庭では、<創造建築(アイリス)>で作った石の玉座に、1人の少女が座っていた。
その名を、魔王ゼシアという。
彼女の横には、魔王の右腕、シン・レグリアが跪いている。
「魔王ゼシアは……。壁を、作ります……。千年食べてもなくならない、チョコの、壁です……。<四界糖壁(チョコ・イエヴン)>、です……!」
暴虐の可愛さを魅せる魔王の向かいに、銀髪の美青年と、頭から翼が生えた少女が立っている。
美青年の方は、定められた宿命すら断ち切る、聖剣に選ばれし勇者カノン──の役を演じる、レイ・グランズドリィ。
ぶっちゃけ本人である。
「魔王ゼシア。確かに、そのような壁を作ることが出来れば、きのこたけのこ戦争も、終わらせることが、出来るかもしれないが……」
声色だけはしっかり二千年前の勇者を再現していた。素晴らしい再現度である。
本人なので当たり前だが。
勇者カノン(本人)の周りを精霊が飛び交う。
悪戯好きの妖精ティティである。魔王ゼシアごっこにおいて、母なる大精霊レノの役を受け持っている。
「きのこー」「たけのこー」
「おやつはカール」
「ポッキーゲームで」
「八本八本」
演技をしようという気はない。
「えっと……。エンネ……じゃなかった。創造神である私は、チョコレートが好きな人同士、仲良くして欲しいの!」
創造神ミリティアの役を演じるエンネスオーネは、彼女なりに頑張って声を出す。ゼシアお姉ちゃんが大好きだから。
魔王の右腕であるシンに台詞が回ってくる。
「流石は我が君。魔王ゼシア様は、頭脳明晰でございます」
魔王ゼシアは「ずのー、めーせき……」と、配下の褒め言葉を噛み締める。そして尋ねた。
「かしこい、という意味、ですか……?」
「はい。熾死王エールドメードや、浅瀬王ギリシリスよりも、かしこいです」
魔王ゼシアは、「ふふふ……」と得意げな笑みを零す。そして言った。
「食べたからといって……。チョコの壁がなくなると思ったか、です……!」
勇者カノンは魔王ゼシアの頭脳と優しさと可愛らしさを感じ取って、言葉を紡ぐ。きのこたけのこ戦争の凄惨さを知った上で、すさまじい勇気を振り絞り、未来の平和へ繋げる言葉を。
「分かった。たけのこ派の優しさだけでなく、お前の優しさを……。お前を、信じてみよう……」
まぁ、きのこたけのこ戦争というのは、二種類のチョコ菓子のうちどっちが好きか、というくだらない言い争いのことなのだが。
そのとき、魔王ゼシアは、エレオノールの顔を覗いた。空の夕焼け具合、エレオノールをはじめとした女子会メンバーが玄関に集まっていることから、『ずのーめーせき』な魔王ゼシアは、魔王ゼシアごっこの終わりを悟った。
「カノン……。ありがとう、です……。壁の、作り方は、また今度……考えます……。今日は……みんな……帰ります……」
魔王ゼシアが、玉座からぴょんと、勢いよく降りる。いつものゼシアに戻った。
シンが立ち上がり、レイとエンネスオーネは肩の力を抜いていた。
ゼシアとエンネスオーネが、エレオノールに駆け寄って抱きついてくる。
ゼシアがエレオノールに言う。
「ゼシアは……。きのこたけのこ戦争、終わらせました……!」
「うんうん! さっすが魔王ゼシアだぞっ」
続いてエンネスオーネが言う。
「エンネはね。ミリティアの役を頑張ったよ! でも実は……。きのこの山も、たけのこの里も、エンネは食べたことがないの……」
「そっかそっか。じゃ、帰りに買って帰ろっか!」
「いいの? ありがとうエレオノール!」
一方、庭では、シンがレイに話しかけていた。
「レイ。今から私が言うことは、冗談と聞き流してください」
「へぇ。君が冗談を言うなんて、珍しいね」
ニコリと笑ってレイは受け答えする。
「我が君もミサも、きのこ派です。たけのこ派に、娘はやれません」
冗談を言うときも──。
父親としての愛と、臣下としての忠誠心は、深すぎる──。
笑顔を崩さずにレイは言った。
「……アノスなら、『両方救う』とか、『両方食べる』とか、言うんじゃないかな」
「聞き流すようにと、前置きしたはずです」
その場にいた多くの者にとって、シンの顔は冗談を言う顔には見えなかった。
ミサが苦笑いしながら、言う。
「あ、ははは……。確かに私はきのこ派ですけど……。たけのこ派の人と一緒なら、アソートのファミリーパック買ったときとか、取り合いにならなくて、いいんじゃないですかね?」
さらにシーラが微笑みながら被せる。
「そうよレイ。私は、きのこたけのこ戦争の宿命を斬ることも出来ないような子に、あなたを育てた覚えはないわ」
「ミーサ。それにシーラさんも。シンが『冗談』って言ってるんだから、深くツッコまないでよね」
レノがそう嗜めると、ミサは「はい……」と萎み、シーラは「そ、そうね」と苦笑いしていた。
その後、ビアンカ家とグランズドリィ家に分かれて、一行はレグリア家を後にした。
──※──
時と場所は移って、夕食を終えたグランズドリィ家。机に座ってコーヒーを飲みながら、シーラはレイに訊く。
「そういえばレイ。あなた、同級生のリオン君って、知ってる?」
「あぁ。真面目で優しい、創造魔法と魔剣が得意な子だね。リオンが、どうかした?」
レイの穏やかな表情からは、リオンの印象が良いことが分かる。
シーラは言う。
「そのリオンって子が、ミーシャさんに恋しちゃったって話題で、今日の女子会は盛り上がってたのよ」
レイは「へぇ……」と少しだけ驚いたようだったが、すぐ納得したように言った。
「あぁ。シンが魔王ゼシアごっこの途中で一回抜けたのは、そういう訳だったんだね」
「そうそう。あのときは心臓止まるかと思ったわよ」
続けて、真剣な表情になってシーラが訊ねる。
「レイはこの三角関係、どう思う? 私と違って、アノス君ともミーシャさんとも仲が良いんだから、無責任に応援とかは出来ないでしょうけど……」
首肯してから、レイも真剣な表情をして答えた。
「そう、だね……。とても興味深くて、とても難しい話だね。リオンの気持ちも分かるよ? 僕も
ミサのためだったら、アヴォス・ディルヘヴィアにも、エクエスにも、魔王の右腕にも、諦めずに立ち向かえるからね」
シーラが頷き、レイが話を続ける。
「でも、アノスとミーシャのことも、心配だね。ミーシャが僕みたいに、アノスの友人でありつつ、他の人を恋人として愛するっていうのは、難しいんじゃないかな。逆なら大丈夫そうだけど……」
「ミーシャさんから見て、アノス君が恋人で、リオン君が友達なら、心配はいらない?」
レイは頷いて返した。
「うん。それぐらい、アノスとミーシャの間には、特別なものを感じるよ」
「ふぅーん。それは、単なる性別の問題ではないのね?」
シーラの問いに、レイは首肯する。
「アノスは、なんていうか……。性別に関しては、超越している気がするからね。僕とアノスが異性同士だったとしても、平和の為に手を取り合ったのは、変わらなかったはずだよ。アノスとミーシャが同性同士だったとしても、ミーシャの優しさや思いやり、心や根源すら見通す眼の良さは、アノスにとってかけがえのないものに違いないと思う。アノスが、アノスらしく、在り続ける上でね」
「そっか。リオン君の恋は、レイに負けず劣らず、前途多難ねぇ〜」
シーラは「はぁ……」と溜め息をつく。
一方レイは、アノスとミーシャ贔屓なことは言ったが、リオンが悪いと言ったつもりはない。
レイが付け足す。
「まぁ……。リオンが死ぬ気で頼み込んできたら、色々教えてあげてもいいとは思ってるよ」
「色々って……。好きな女の子を、口説き落とす方法とか?」
シーラがニヤリと笑ってそう言った後、親子二人は、「あっははは」と同じように笑った。血は繋がっていなくとも、同じ屋根の下で寝食を共にしていれば、笑い方や顔立ちは似てくるものである。
「それはグランズドリィ家の秘伝にするつもりだから、アノスにもリオンにも教えられないね」
ニコニコしながら、レイはそう言う。
「あらそう? 早くグランズドリィ家にも、秘伝を受け継ぐ跡継ぎが欲しいわぁ」
「まぁ、それはともかく。僕がリオンに教えられるとしたら、剣のこととか、愛魔法とか、根源……魔法……とか──」
不意に何かに気付いたように、レイの言葉が途切れ途切れになり、目が泳ぐ。
「どうしたの、レイ?」
シーラが訊ねると、レイは再びシーラの方を向いた。
「……いや。何でもないよ、母さん」
その後もグランズドリィ親子の談笑は続いた。
談笑が続く中で、レイが抱いた疑念は消えていった。
疑念とは、「あの男」のことである。
暴虐の魔王を敵に回しておきながら生き延び、今なお魔王の敵を追い求めているであろう男。
「教える」という才能においては、自分やアノスすら上回りうる男。
(今更、この平和な世界で、リオンが「彼」に師事したところで……。平和を乱すような、「魔王の敵」には、育つはずもない)
レイが出した結論が正しかったのか、間違っていたのか。
その答えは、同日の夕方に、既に出ていた──。
──※──
時は少し遡り、ちょうど、レグリア家の庭で『魔王ゼシアごっこ』が行われていた夕刻の頃。
ミーシャ・ネクロンに恋する少年リオン・クローラーは、『ある男』に、こう頼み込んでいた──。
「エールドメード先生。
僕を、魔王の敵として──。
魔王の恋敵として──。
育ててはくれませんか?」