【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
ミッドヘイズの一角には、熾死王エールドメードの屋敷がある。デルゾゲード魔王学院でエールドメードを働かせるにあたり、魔王アノスが用意させた屋敷である。
中はお化け屋敷とサーカスの楽屋を足して2で割り忘れたような様相を呈している。ゼシアが遊びに来たらさぞワクワクすることであろう。
今この夕刻、リオンが通された客間も、もちろん例外ではない。道化師の服を綺麗に着込んで嗤っている骸骨やら、「にゃぁ」と猫の声で鳴く牙持つ肉食植物やらが飾られている。棚に並べられた実験器具や魔石、気泡を出し続ける緑色の液体が入った瓶なども、用途不明である。
この屋敷の主、熾死王エールドメードがソファに腰掛け、長い美脚を交差させたまま、口を開く。
「リオンよ。お前のような善良な生徒が、わざわざ時間を取ってまで俺のような不良教師と大事な話がしたいとは。いやはや光栄な話ではないか? うん? 座学の成績が良い割に『触らぬ神に祟りなし』という言葉の予習が足りんのではないか?」
リオンが覚悟を決めたような表情のまま、背筋を伸ばして話す。
「魔王の怒りに比べれば、神の祟りなど取るに足りないかと」
それを聞いたエールドメードは「カカカッ」と嗤ってから答えた。
「無論! 無論だぁ! 面白い神は魔王の後ろを笑って歩き、くだらん神は魔王が深淵へ羽ばたくための踏み台にしかならん! なんだなんだ? 今日の『石つぶてのリオン』は、何やら芳しい匂いがするではないか。香水でも変えたかね? ん? 『居残り』も、そうは思わんかね?」
エールドメードは各生徒に二つ名を与えている。レイは『大勇者』。サーシャは『身の破滅の魔女』。リオンは『石つぶて』。そしていま、リオンの隣に座っていて、エールドメードから声を掛けられたナーヤは『居残り』といった具合だ。
ナーヤが答える。
「そ、そうですね……。熾死王先生に勉強の質問をするリオン君の姿はよく見てましたが……。熾死王先生と、勉強とは関係ない話をするリオン君は、あまり想像できない気がします……。匂いがどうのこうのは、よく分かりませんが……」
するとエールドメードはシュバッと立ち上がり、ナーヤに杖を向けた。
「いいや居残り! お前なら分かるはずだ! お前は1年2組の誰よりも色濃く、この匂いを嗅いだことがあるはずだ! きな臭いではないか、きな臭いではないか。 ん? どぉ〜にも、今のリオンからは──」
エールドメードは急に動きを止めた。まるで獲物を見つけた獣のように、一瞬の静寂が生まれる。
そして、ゆっくりと背を預け、長い脚を組み直して告げた。
「魔王の敵の匂いがするぞ?」
リオンは表情を崩さない。ナーヤは苦笑いしてこう言った。
「ははは……。リオン君に限って、ねぇ? そんなことは無いと思いますが……。やっぱり私、席を外した方がいいんじゃないでしょうか……?」
「いや。迷惑じゃなければ、ぜひナーヤさんの意見も聞きたいな」
ナーヤは目を丸くしてリオンを見る。
リオンが『魔王の敵』について否定しなかったことへの驚きがひとつ。もうひとつは──。
(リオン君、なんかカッコよくなった……?)
声の響きが違う。何かを乗り越えた者の落ち着きがある感じだ。垢抜けたとか、肝が座ったとか、そういう雰囲気があった。まぁ1年2組中には、死線を潜り抜けて「そう成った」生徒が、他にもいるのだが。
エールドメードもリオンの変化にご満悦なようで、機嫌よく話す。
「カカカ。まぁそういうことだ居残り。お前もこの舞台の役者として、何かしら演じて貰わねばならんかもしれん。そろそろ石つぶて、お前の話を聞こうではないか」
するとリオンは、一度深呼吸をする。そして改めて真剣な表情を作り直して告げた。
「エールドメード先生。僕を、魔王の敵として、魔王の、恋敵として──。育てては、くれませんか?」
ナーヤは目を丸くして、石像のように固まってリオンを見る。石像との違いとして、冷や汗が二筋ほど流れた。
(これは、流石に、超えちゃいけない一線、超えたのでは……? あれ? 私、いま……。謀反の、片棒、担がされてる……?)
いくらエールドメードを慕っているナーヤでも、面と向かって魔王アノスと敵対などしたくはない。戦力的にも心情的にも。
最悪の場合、自分がリオンを止めるか告発するかしないといけないのでは──と思ったナーヤは、ギギギ……と首を動かして、恩師エールドメードを見た。
エールドメードの表情は変わっていない。いつもの自信たっぷりなニヤけ顔から何も変わっていない。
表情を変えずにエールドメードが言った。
「な・る・ほ・どぉ……。魔王の、恋敵を、育てる、か。恋……。恋……。恋の、かた……き……」
そう言い残し、エールドメードは3人がけのソファーごと「ズドーン!」と派手な音を立ててぶっ倒れた。
ナーヤが大急ぎで駆け寄って叫んだ。
「しっ、熾死王先生ぇぇええええ!!」
リオンが呆然としている間に、エールドメードはナーヤに助け起こされた。
「大丈夫ですか!? 熾死王先生!」
「いやいや。すまん。歓喜と興奮のあまり呼吸困難になっただけだ」
何事もなかったかのように、元通りソファーに座って、エールドメードはリオンに尋ねる。
「しかしだな、リオン。魔王アノスに恋人だの婚約者だのが居たという話は……。いやいや? 俺も忠勤に励み忠臣各位と世間話ぐらいはするが? 聞いたことがないのだがなぁ?」
唾を飲み込みながら、リオンは答える。
「僕は……。ミーシャ・ネクロンさんに、恋しています」
エールドメードがカッと目を見開く。彼とて伊達に1年2組の担任はしていない。アノスとミーシャが蜜月な関係であることぐらい知っている。
「ククク……」
彼の笑いは、いつもとは違う含みを持っていた。普段のように生徒をからかう軽妙なものではない。まるで獲物を見つけた猛禽が、ゆっくりと羽を広げるような──そんな笑いだった。
「カーッカッカッカ!! 大した奴だお前は! あの創造神に惚れたとは、身の丈に合わない大恋愛をしたものだなぁ、石つぶて!」
「創造神じゃなくてミーシャ・ネクロンさんです」
これに関して、リオンは誰にも譲る気はない。魔王相手にすら吼えて以来、この件だけは怖いもの無しといったところだ。
エールドメードが訊ねる。
「まぁしかし? 今更まさか只の一目惚れという訳でもあるまい? 何かしら惚れた訳なりキッカケなりはあっただろうリオン! 全てこの熾死王に吐くのだ!」
エールドメードの目が鋭く光る。リオンの話に 「面白い仕掛け」 の匂いを嗅ぎ取った彼は、思わず立ち上がって舞い踊りながらこう言った。
「それらお前の思いを、種とし仕掛けとし、この熾死王エールドメードが悪知恵を働かせ、初デートのときに、恋の手品の1つでも魅せてやろうではないかーっ!」
シルクハットをくるりと回し、その中から鳩を飛ばしつつエールドメードが宣言した──その直後だった。
「もう初デート済んでます」
リオンがそう言ったのに合わせて、鳩は小石となって落下し、エールドメードは凍ったように固まっていた。
「……。……ハァ?」
「……。……えっ?」
リオンが何を言っているのか分からない、といった様子で、エールドメードとナーヤの師弟は、リオンを見た。
「もう初デートと、告白は……。済ませて、まして……。」
「何故? なぜ? ナンデ? Why?」
エールドメードがリオンに顔をぐいぐいと近づけてくる。鼻と鼻が当たりそうどころか、口に舌を入れてきそうなぐらいの勢いだ。
『なんでそんな面白そうな遊びに誘ってくれなかったの?』という悲しみと怒りで胸一杯な子供……のような形相で詰め寄る。
堪らずリオンは答えた。
「初デートと……。告白だけしたら……。玉砕する覚悟だったんですが……。無事で済んだので……。熾死王先生に相談、をと……」
お化けでも見るような目で、ナーヤはリオンを見て言う。
「無事って……? あの……リオン君? アノス様や、サーシャ様にバレたら、殺されるんじゃ……」
ナーヤの脳内では、魔王アノスが『俺のミーシャに手を出した以上、覚悟は出来ているのだろうな? ダニめ……』とブチ切れながら、リオンを焼き殺していた。
もちろんそんなことにはなっていない。リオンが答える。
「『友達』としての、付き合いは……。そのお二人から、公認、貰ってまして……」
ナーヤの脳内に居たブチ切れ魔王様が滅びた。
代わりにナーヤの脳内に現れたのは、爽やかな笑顔の魔王様である。
「えっ……。ええええええーーっ!? す……すごいじゃないですか! リオン君! エールドメード先生も、そう思いますよね!?」
驚きながら、ナーヤはエールドメードを見た。リオンに急接近したときから、表情も位置も全く動いていない。
口だけ動かしてエールドメードは言う。
「な・る・ほ・どぉ……。魔王の、公認の、恋敵を、か。公認……。公認の……。恋の、かた……き……」
そう言い残し、エールドメードは3人がけのソファーを巻き込んで「ズドォォオオン!」と派手な音を立ててぶっ倒れた。
ナーヤが大急ぎで駆け寄って叫んだ。
「しっ、熾死王先生ぇぇええええ!!」
しかしナーヤが駆け寄った先に、エールドメードはいなかった。エールドメードを模した二頭身のぬいぐるみが5つ転がっているだけだ。
「……あれっ?」
キョロキョロと、ナーヤはぬいぐるみの1つを手にしながら室内を見渡す。すると、室外からエールドメードの声がした。
「カッカッカ……。種も仕掛けもありはしない……」
声がしたのは、客間の扉の方からだった。
次の瞬間、「バンッ!」と扉を開き、灰が入ったシルクハットを抱えたエールドメードが入ってきた。
「遅咲きっ! 遅咲きっ!! お・そ・ざ・き・だーーーーっ!!」
そう叫びながら、エールドメードは踊ったり回ったり灰を撒いたりしながら、室内を駆け回る。舞い上がった灰はエールドメードの手を離れると、すぐに桜の花びらへと姿を変えた。
室内をひとしきり花びらまみれにし終えて、シルクハットが空になると、彼はシルクハットを被り直し、杖をリオンに向けた。そして宣言する。
「お前は今日から、『遅咲き』だっ!!」
リオンは自らを指差して「遅咲き?」と聞き返す。するとエールドメードは満面の笑みで言った。
「その通り! 石つぶてなどというダサい二つ名は捨ててしまえっ! この熾死王エールドメードがお前に、『遅咲き』の二つ名を授けようというのだ! 不服かね?」
ふるふると、リオンは首を左右に振ってから言った。
「僕にぴったりです。7ヶ月以上も一目惚れを拗らせたままにしていた僕に、これ以上の二つ名はありません!」
するとエールドメードは「ククク……」と楽しそうに笑い、ナーヤは疑問を呈する。
「7ヶ月って? じゃあリオン君……。入学したときから、ミーシャさんのことを……?」
「まぁまぁ居残りよ。その辺りは今から、じっっくり、ねっっっっとり、聞こうではないか……!」
こうしてリオンは、ミーシャへの想いを募らせた経緯を話した。
ミーシャの魔法模型作品を見て、魔法模型の趣味にのめり込み始めたこと。
本屋さんで接客中に偶然、顔と名前を把握して、一目惚れしたこと。
魔王学院で同じクラスになったのは運命と言ってもいいぐらいだったこと。
しかし、皇族派やアノスが怖くて傍観者に徹し、15歳の誕生日の運命を放置してしまったこと。
アノスと幸せに過ごしてくれるなら、自分は傍観者でもいいと諦めたこと。
しかし──。
創造神ミリティアとして目覚めてしまったミーシャ・ネクロンが、自分の見えないところに行ってしまったらと思うと、怖くなり──。
意を決して、デートに誘ったこと──。
「そして今日に至る、という訳です……」
リオンのミーシャへの想いは、その言葉で締め括れた。
全て聞き終えたエールドメードは、こう言った。
「流石だと言いたいが……甘いぞリオン!」
「えぇっ!?」
それに驚いたのはナーヤである。
「なっ……! 何でですか、熾死王先生! リオン君、頑張ってるじゃないですか! ロマンチックな話じゃないですかぁ!」
するとエールドメードは「チッチッチ」と指を振りながら言う。
「そういう話じゃない。そういう話ではないのだ、居残りよ」
エールドメードが何の話をしたいかと言えば、初デートのダメ出しであった。
「リオンよ。猫カフェで間接キスはしたのかね?」
ナーヤとリオンの頬がほんのり赤くなった。
「……してないです」
そうリオンは答えるのみだ。
するとエールドメードは顎に手を当てて「ふむ……」と呟いてから、ナーヤに言った。
「居残り。ちょっと俺の隣に座れ」
ナーヤは「は、はぁ……」と返事してから、言われた通りに座る。
するとエールドメードは、座ったナーヤに寄りかかった。
「……し、熾死王先生……?」
ナーヤが困惑するのを尻目に、エールドメードは問う。
「肩ドンはしたのかね?」
「して、ませんが……」
それを聞くためだけに、先生がナーヤさんに肩ドンする必要はあるのか──と、リオンは訊ねられなかった。
すると、エールドメードは、座ったナーヤを人形のようにくるりと回して、自分に背を向かせる。そして後ろから抱きついた。
「熾死王先生ぇぇっ!?」
ナーヤは顔を真っ赤にする。そしてエールドメードはリオンの方をバッと向いて訊いた。
「本屋でバックハグはしたのかね?」
「でっ、出来る訳ないでしょう!」
リオンも、ナーヤほどではないにしても、顔を赤くして言い返す。すると、エールドメードは目を見開いてリオンに迫った。
「出来る訳がない!? 何故だ!? なぜ出来ない!? 出来ぬ出来ぬは全てが足りぬぅぅうううう!!」
そう咆哮しながら、エールドメードはくるりと回り、そして杖をリオンに向けた。
「リオン! お前とミーシャが結ばれるにあたって、何が足りない!? 全てが足りていないのは分かっている! だが優先すべきことは何か、特に足りないものは何か、それを言ってみろ!」
するとリオンは、改めてきちんと座り直して言った。
「まず破滅の魔眼と、真正面から向き合えるようにならないと、話にならないと思ってるんです。サーシャさんと目を合わせて話せるようにならないと、サーシャさんに認めてもらえないでしょうから……」
「ふーん。他には?」
どことなく不満げにエールドメードが次を促す。
「魔剣の腕ももっと磨くべきですし、創造魔法も……」
「そうではない。そうではないのだ、リオンよ」
エールドメードはそう言ってリオンを遮ってから、「チッチッチ」と指を振る。
「お前に足りぬのは、深淵を目指す魂、真実に向かおうとする意志だ」
「意志……ですか?」
「そうだ」
目を丸くしたリオンに対し、エールドメードは話を続ける。
「お前は、付き合ってください……と、ミーシャに告白したな?」
「はい」
「では、付き合うとは何かね? 恋人とは? 愛とは? 真実と深淵はどこにあるのだろうなぁ? どう思う? 居残り、遅咲き」
居残りのナーヤと遅咲きのリオンは、腕を組んで「うーん」と唸る。漠然としていて答えはよく分からなかった。
エールドメードが矢継ぎ早に問う。
「猫カフェでデートすれば恋人かね? いやいや、友達付き合いとして行けばいいではないか。キスしたら恋人かね? しかし魔王と破滅の魔女はもうキスぐらい済ませている。魔王の右腕などひどいものだ。挙式して初夜を済ませ、大精霊を孕ませてなお、『愛など分かりません』と平気な顔で言うのだからな。それでも大精霊レノは『誰より幸せだった』と、たった3日の結婚生活を振り返っている。なぜ大精霊は、幸せだったと、思えたのだ?」
ナーヤとリオンは目をぱちぱちさせる。そしてリオンが聞いた。
「シン先生とレノさんって、そういう感じだったんですか? てっきり相思相愛だから結婚したのかと……」
エールドメードが答える。
「まぁまぁ。その辺りの話はまた今度してやろう。もう答えを言ってしまうとだな……」
ソファに座り直して、エールドメードは言った。
「あの大精霊はな。出来ることと、やりたいことを、全てやり切ったのだ。恋する自分と、愛するシン・レグリアの為にな。お前もそうだぞ、リオン。出来ることと、やりたいことを具体化するのだ。その為に、愛と根源を賭して走り続ければ、その深淵にて──」
エールドメードは、杖でリオンを指して言った。
「お前の愛は、ミーシャ・ネクロンの心に、手が届く! 魔王の足跡に、足が届く!」
リオンは、「出来ることと、やりたいこと……」とエールドメードの言葉を反芻し、ナーヤは小さな拍手をしていた
そしてエールドメードは、ニヤリと笑みを浮かべて訊ねた。
「リオン。病めるときも健やかなるときも、根源を賭して、ミーシャの傍に立ち、ミリティアではなくミーシャの名を呼ぶ覚悟があるかね?」
「……はい」
リオンは強く静かに言った。
(なんかこの言い回し、結婚式のような……?)
と、ナーヤは思った。
エールドメードの質問は続く。
「リオン。ミーシャとキスがしたいかね?」
「……はい」
リオンが真顔で答えたのに対し、ナーヤが「えっ、えぇ……?」と困惑する。
「ミーシャの身体を抱き締めたいかね?」
「……。はい……」
エールドメードの次の問いに、リオンは少し頬を赤らめて答えた。ナーヤは「えぇぇーっ?」と驚いている。
だが、エールドメードからすれば……。ここからが、『本番』である。
「ミーシャとアレはしたいかね? Sで始まって、『ス』で終わるヤツ。言っておくが『社交ダンス』ではないぞ? 相手が嫌がっていない前提だぞ? ん?」
リオンとナーヤの顔が、沸騰したように赤くなっていく。ナーヤは「それって……。せ……せっ……」とNGワードを口走りそうになっている。
リオンは深呼吸してから──言ってしまった。
「はいっ!!」
「リオン君!!?」
ナーヤが驚愕する一方、エールドメードの笑みは、満点の笑みとなった。
「遅咲きィ! よく言ったぁ! 子どもは何人欲しい!?」
「ふ、二人ぐらい……?」
「何人でもいいと言われたら!?」
「じゃあ四人!!」
『超えていくのさ、残酷な世界を』と言わんばかりの二人は、もはや止まらない。ナーヤの「リオンくーーーーん!!?」という叫び如きでは止まらない。
エールドメードが訊く。
「ミーシャとの間に子どもを四人も作るお前は何なんだぁ! モブか? 友達か? 恋人か?」
「夫婦です!!」
「ウェディングドレスの色ぐらいは決めてしまえっ!」
「白一択です!!」
屋敷を揺らすほどの愛の叫びがそんな調子で続いていく。さらに。
「リオン君が壊れちゃいましたよぉぉーーーーっ!!」
そんなナータの悲鳴も、屋敷の揺れを大きくした。
リオンの愛の叫びがひと通り済んだところで、エールドメードが言った。
「カーッカッカッカ!! 決・ま・り・だーーーーっ!! リオン! 第一目標はミーシャの恋人になること! 第二目標は婚約! 結婚! 大・挙・式ぃーーーーっ!! 肩ドンやらデコツンやらバックハグやらは、友達の内からでも出来そうならやってしまえっ! お前がしたいなら!」
「はいっっ!! したいですっ!!」
ときめきと情熱に燃える目をしながら、リオンははっきり言った。
エールドメードは立ち上がって言う。
「いいぞぉ、遅咲きぃ! では早速、居残りの門限まで特訓! 特訓! 特訓だぁ!!」
居残りのナーヤが訊く。
「えぇっと……。熾死王先生? リオン君? 私は、何をすれば……?」
エールドメードは顎に手を当てて言った。
「まずはウォーミングアップに、壁ドンと顎クイの練習台になってもらってだな……」
「ええええぇぇーーーーっ!?」
熾死王とエールドメードを交互に見ながら、ナーヤは驚く。
リオンはナーヤの顔を伺うように見て言った。
「ナーヤさんは……それで、いい?」
「よくないですよぉ……! 恥ずかしいじゃないですかぁ……!」
するとエールドメードは目を見開いて言った。
「恥ずかしい!? は・ず・か・し・い、だとぉぉーーーーっ!? ナーヤお前っ! それでもオレの教え子かっ!」
「そんなこと言われましても……」
ナーヤは口を尖らせるが、エールドメードは遠慮しない。
「恥じるということは周囲の目を気にするということだ! 常識や理に囚われるということだ! かつての大魔王教練で、レイとミサの最強バカップルの愛魔法が、魔王とその右腕の愛魔法に敗れたときのことを忘れたかっ! あの時の敗因も恥というくだらん感情だっただろうが!」
エールドメードの言葉は続く。
「恥や遠慮が尊ばれる狭苦しい世界がお前の理想かっ、居残り! 『俺は魔王学院の不適合者だから大人しくしておこう』──だとか! 『私はクラスで一番魔法が苦手な劣等生だから<転移(ガトム)>も< 憑依召喚 ( アゼプト ) >も使えないまま図書室で居残りしてる方が気楽でいいです』──だとか! 『創造神に片思いしてるけど僕は只の一般人だし恋敵が暴虐の魔王だから諦めよう』──だとか! そんなことで深淵に辿り着けるかぁぁああああっ!! 『胃は伸びるのだから、器も大きくなる』などと言って深化神に噛み付いていたときのお前はもっと輝いていたぞ!」
「うぅ……じゃあ恥ずかしいのは我慢するとしても、ですよ?」
「なんだなんだ。文句があるなら言ってみろ」
エールドメードに促され、ナーヤは目を潤ませて言った。
「私は……質のいいマネキンですか……? ちょうど都合よく女の子がいるから選ばれただけなんでしょうか……」
リオンが「あっ……」と小さく声を出し、そしてエールドメードに言う。
「エールドメード先生。マネキンか何かでやらせてください。ナーヤさんを練習台にするのは、あまりに申し訳が──」
「マネキン代わり以上のことは、お前には出来ないというのか? 居残り?」
エールドメードはナーヤを見つめてそう言う。
「マネキンの代わりをやっていると思いながら練習台をやれば、上等なマネキンぐらいにしかなれないだろうな。しかしな、壁ドンや顎クイなど、やられる側はただやられるだけ、と思うかね? 顔を近づけ、肌が触れ合い、表情を見る中で、やられる側がやってる側を魅了することもあるのではないかね?」
「私が……魅了する側……?」
自信なさげにそう呟くナーヤに対し、エールドメードは話を続ける。
「創造神に惚れ込み、魔王を敵にする覚悟すら決めたはずの遅咲きをお前が魅了できたなら? あるいは将来、お前にハニートラップを仕掛けてきた相手を、逆にお前が魅了できたなら? クククッ、それは面白い展開ではないかっ!」
すると控えめな声でナーヤは問うた。
「え、エールドメード先生は……?」
ぱちぱちと、彼は瞬きをした。
「オレがどうかしたか?」
「エールドメード先生も、リオン君に見せるお手本で……。その……。私に壁ドンとかするんですよね……? エールドメード先生のことも、魅了出来るんでしょうか……」
「クッククク……」
エールドメードは口に手を当てて嗤った。
「この熾死王エールドメードが? 自他ともに認める性格破綻者のこのオレが? 口を開けば魔王魔王とばかり言っているこのオレが? 居残りごときに魅了されるか、だと?」
「無い……ですか……」
しゅん、と首を垂れるナーヤ。しかし……。
「やってみなければ分からないではないかっ!」
「えっ?」
ナーヤは顔を上げた。
「オレ自身ですら知らぬオレの深淵が、あるかもしれないではないか! カカッ。知りたいと、挑みたいと思ったなら、やってみればいい! では改めて問うぞ居残り! 恥ずかしさとマネキン代わりに扱われる屈辱を理由に断るか、それとも、オレの心を奪えるか試す茨の道を進むか!」
ナーヤはゴクリと唾を飲み込んでから答えた。
「い……いばら、です!」
「カカッ、そう来なくては!」
リオンも改めてナーヤを見て礼を言う。
「あ……ありがとう、ナーヤさん。これから……よろしく」
「お、お手柔らかに……お願いします……」
だがこの『壁ドンやらの練習台』の話は、リオンの特訓において、ウォーミングアップに過ぎない。
エールドメードが言う。
「ウォーミングアップの話はもういいか? その後は、< 憑依召喚 ( アゼプト ) >を使って、実験! 実験! 実験だぁーーっ!」
「は……。はぁ……。何の実験ですか……?」
「破滅の魔眼のぉ、再・現・実・験だぁーーーーっ!!」
「はっ、破滅の魔眼!?」
破滅の魔眼といえば、魔王の噂と伝承にすら残る、魔王の代名詞。そして、破滅の魔女サーシャ・ネクロンの代名詞でもある。
リオンの恋路において、絶対避けられない障害と言える。そのリオンが言った。
「ナーヤさんが破滅の魔眼を使えるようになったら、助かるよ! サーシャさん本人で練習って訳には、いかないからね!」
さらにエールドメードも補足する。
「クククッ。まぁ所詮まがいモノではあるだろうがね。死や破壊に関する番神の力をうまく組み合わせれば、ある程度似たような性質の魔眼や神眼は……生み出せるはずだぞ?」
具体的で明確な目標は、人の心と行動を変える。それはリオンだけでなく、ナーヤもそうだった。
破滅の魔眼の深淵へ迫る。それがクラスメイトのリオンの為になり、大好きな熾死王先生の為になり、自分自身の為になると、ナーヤは理解した。
「わっ、分かりました! 破滅の魔眼のまねっこが出来るように、頑張ります!」
その日から、リオンの特訓が始まることになる。
ナーヤは、エールドメードのお手本と、リオンの練習で、交互に恋愛テクニックの波状攻撃を浴びることになるだろう。それはもう胸がドキドキしっぱなしの日々になる訳だ。
死の番神、再生の番神、創造の番神、破壊の番神などを組み合わせ、ナーヤとエールドメードは『破滅の魔眼』に近い性質の魔眼の発動を試みていくのである。リオンはそれらの魔眼の実験台になりつつ、魔眼への耐性を身に付けていく訳だ。
そして──。
リオンがエールドメードに弟子入りしてから数日後──。
ネクロン家から徒歩3分の交差点付近に、夕陽に焼かれながら、2人の魔族が転移してきた。
ミーシャとリオンである。
つい先程までは、ミーシャの個展の打ち合わせをしていた。打ち合わせにはアノスやメリッサなども参加している。アノスはメリッサを送り、リオンはミーシャを送るという手はずの帰り道だ。
無論、そんなことは建前上の話である。メリッサと違って、ミーシャは自分で<転移(ガトム)>を使えるのだから。「リオンがミーシャを送る」「リオンの魔法の練習」という口実で、アノスもミーシャも納得してしまっている。
本心はもちろん、ミーシャと少しでも二人きりの時間を過ごしたいという、リオンの恋心だ。
転移する際に握っていた手をそのままに、リオンが訊く。
「ミーシャさん。このまま……手を握って歩いても、いいかな?」
夕焼けの街には、まだ往来も多い。通行人やリオンの顔を観察しながら、ミーシャは思案する。その結果。
「……わかった」
表情はさほど変わらなかったとはいえ、ミーシャから許しが得られた。
「ありがとう。じゃあ、行こっか」
「ん」
たどたどしくも、二人は歩き始める。リオンが話題を振る。
「個展、もうすぐだね。楽しみだよ」
ミーシャの個展『優しい世界はここから始まる』は、ただの個展ではない。見込まれる来場者数から考えて、ただミーシャが創った魔法模型を飾るだけでは物足りない──という話になった。
ミーシャやリオン以外の1年2組の生徒も、魔法模型を出品する。テーマは「魔王学院1年2組の歩み」などである。他にも、体験型のイベントや、魔法模型に関する講演もある。
だから、ミーシャはこう言う。
「リオンも頑張ってる」
魔皇エリオや七魔皇老、エールドメードも一枚噛んではいるが、運営委員のトップはミーシャとメリッサ、リオンとアノスの4人である。
リオンも、魔法模型初心者向け講座の講師を、1枠任されている。
だが、リオンの努力は、それだけではない。
「あのさ、ミーシャさん。実は僕、最近エールドメード先生に相談して、ちょっと特訓してるんだ」
恥ずかしげに言うリオンに対し、ミーシャは首を傾げた。
「特訓?」
「うん。サーシャさんの破滅の魔眼に、ちゃんと向き合えるようになりたくて。ミーシャさんのそばにいるなら、サーシャさんに認めてもらわないと、って思って」
少しだけ俯いてから、ミーシャは言った。
「無理は、しないで欲しい……」
すると、リオンは「ふぅ……」と息を吐いてから言った。
「心配させて、ごめん。でも、僕は……。アノス様に、戦わずに負けるのは、嫌なんだ」
ミーシャは首を傾けて「アノス?」と訊ねる。リオンは続けて話す。
「アノス様はやっぱり凄いよ。破滅の太陽を落としたり、壁を作ったり。同じことは、僕にはできない。でもミーシャさん。僕は──」
立ち止まって、リオンは真っ直ぐミーシャを見る。
「……リオン?」
ミーシャが彼を見つめ返すと、その少年は言った。
「アノス様が、平和の為に命を懸けたように。僕は、ミーシャさんのことが好きって気持ちに、命を懸けたい。いいかな?」
数秒の沈黙。その後ミーシャは、か細い声で言った。
「……いい、よ……。ただ……私は……」
「答えはまだ、出さなくていいよ」
ミーシャの迷いを、リオンの声が遮る。そのまま彼は言う。
「ミーシャさんが答えを見つけるまで、僕は、諦めないから」
「……うん」
リオンは歩き出した。ミーシャの手を取って。
リオンは歩き続ける。ミーシャの心を手にする、その日まで──。
そしていよいよ、ミーシャ・ネクロンの個展が始まる。
その名は──「優しい世界はここから始まる」である。