【完結】モブ男子とミーシャとアノス様【魔王学院10章】 作:生徒会副長
ミッドヘイズ城で開かれた魔法模型展『優しい世界はここから始まる』の一角にて。『夢幻婚礼結界』のブースは、若者たちの青春と遊び心を刺激する人気スポットとなっていた。結界に立つ2人の姿を読み取り、花嫁と花婿の魔法模型を生成するこの装置は、恋人や友達同士で楽しむ者たちで何本もの列ができていた。
そんなブースの近くで、魔王の右腕シン・レグリアが鋭い眼差しでレイ・グランズドリィを見つめ、静かに口を開いた。
「レイ。あそこに『夢幻婚礼結界』がありますね」
「そうだね。花嫁役と花婿役の2人が結界の中に入ると、2人の花嫁姿と花婿姿の魔法模型が創られるんだよね」
シンは無表情ながら、レイの心を見透かすように言葉を続けた。
「貴方の考えていることは分かっています。ミサと一緒に入りたいのでしょう?」
レイは隠すことなく、「そうだね」と明るく頷いた。
シンの魔眼が一瞬鋭く光る。彼は静かに、しかし挑戦的な口調で提案した。
「私と賭けをしませんか? 今から5分使って、貴方の7つの根源を斬ります。5分後に残っていた根源の数だけ、貴方とミサが『夢幻婚礼結界』に入ることを許しましょう」
会場のにぎわいの中で、二人の間に緊張感が漂う。レイは一瞬目を細め、シンの言葉を吟味した後、口元に自信たっぷりの笑みを浮かべた。
「へぇ……。それってさ、僕が無傷で5分以内に君を倒せたら、7回ミサと『夢幻婚礼結界』に入れるってことでいいんだよね?」
「やらせると思いますか?」
レイは、伊達や酔狂でシンを挑発したのではない。レイはミサへの想いを胸に、堂々と応じた。
「厳しい戦いだとしても、それを目標にしなきゃ、ミサの隣にいる資格はないからね」
シンはレイの覚悟に一瞬目を細め、わずかに頷いた。
シンにとってレイは、自分から娘を奪おうとする敵である。なんとも憎たらしい。しかし同時に、自分からミサを奪える男はレイしかいないと思っており、そういう意味では愛と敬意がある。
父親の愛は──深すぎる──。
「流石の覚悟だと褒めておきましょう。場所を移しましょうか」
レイは軽やかに笑い、シンの後に続いた。
「うん。行こうか」
スタスタと、二人は会場の一角から離れ、戦いの場へと向かった。剣戟の火花が散る予感を残して。
その背中を見送ったのは、シン・レグリアの妻──大精霊レノだった。彼女は少し不満げに、しかしどこか諦めたように、隣に立つミサに話した。
「ミサさぁ。私も、シンと『夢幻婚礼結界』に入りたかったんだけど。置いてけぼりにされた私はどういう感情を持てばいいわけ?」
今のミサは、深海の如き黒髪を長いツインテールに伸ばし、檳榔子黒のドレスを着ている。
偽りの魔王アヴォス・ディルヘヴィアの姿でミサは閃いたことを口にした。
「あー。いいこと思いつきましたわお母様。待ちぼうけしてる間に、私とお母様の二人で入ってしまいましょう、『夢幻婚礼結界』」
レノは目を丸くし、パチパチと瞬きをする。戸惑いと照れが混じった声で彼女は言った。
「え? えぇ……? いやいや、女の子同士で入るのはおかしいでしょ……」
アヴォスは一歩近づき、自信満々に胸を張った。彼女の口調は、偽りの魔王らしい芝居がかったものだ。
「所詮お遊びでジョークですわ。何も問題ないですわよ。ましてやワタクシ達、母娘ですのよ?」
突然、アヴォスはレノの顎をクイッと持ち上げ、誘うような視線を投げかけた。
「間違いや過ちなんて、起きようはずがないでしょう?」
「み、ミサ……? 顎クイしながら言ったら説得力無くない……?」
レノは顔を赤らめ、動揺しながらも突っ込みを入れた。母としての威厳を保とうとするが、どこか流されそうになる。
対するミサは嗜虐的な笑みを深め、レノの手を軽く引き、結界の方へ誘導した。彼女の声は、遊び心と悪戯心に満ちている。
「まぁまぁ、そう仰らずに。レイとお父様が戻って来る前に、さっさと入ってしまいましょう」
「え? うーん……。いいのかな……」
レノにはまだためらいがあったが、ミサに腕を引っ張られるがまま、結界の受付へと向かうことになる。
「女の子同士、まして母娘だからこそ問題ないですわよ。レイにばかり構っていたら、思わぬところからお母様を取られるということをお父様に分からせてやるのですわ。行きましょう行きましょう」
「あぁっ! うー! 分かったから腕引っ張らないでよぉ……」
レノは引きずられるように歩きながら、弱々しく抗議した。
「いらっしゃいませ。えぇっと、花嫁役と花婿役は決まってらっしゃいますか?」
結界の受付に立つ男性スタッフは、慣れた笑顔で二人を迎えた。てっきり咎められると思っていたレノは少し驚きつつ、スタッフの落ち着いた対応に安堵した。
「あれ? 意外と女の子同士で入ることへのツッコミは無いんだ?」
「チラホラいらっしゃいますよ」
受付スタッフは笑顔で頷き、日常的な口調で答えた。
レノは少し気恥ずかしそうに、ミサに視線を向けた。
「そ、そうなんだ……。ミサ、どっちがいい?」
「ふぅん……。ではワタクシが花婿で構いませんか?」
「まぁ、何となくそんな気はしてたよ」
ミサは魔眼を輝かせ、誇らしげに述べる。
「この身は偽りなれど暴虐の魔王。女だからといって、花婿になれないとでも思いましたの? いざいざとなったら、レイを花嫁姿にだってしてやりますわ」
「カノンの花嫁姿か……。アゼシオンの人が見たら卒倒しそうだね……」
得意げな顔のミサと、それに対し苦笑するレノを、受付スタッフは穏やかに誘導した。
「では、こちらの結界にお入りください。」
レノと真体のミサは腕を組み、床に描かれた魔法陣へと進んだ。魔法陣から白い光が放たれ、二人の深淵を読み取るように輝く。会場のにぎわいの中、母娘の姿が結界の光に照らされた。
『夢幻婚礼結界』は、隣の魔法陣に魔法模型を生成した。髪をツインテールではなくポニーテールにまとめ、タキシードで男装したアヴォス・ディルヘヴィアと、純白のウェディングドレスに身を包んだレノの姿が現れた。百合の花のごとき可憐な美が、そこにはあった──。
「キマシタワ……」
満足げに、アヴォス・ディルヘヴィアは呟いた。
「な、何が来たの……? とりあえず写真撮っとくね……」
レノは少し照れながら、カメラを手に魔法写真を撮り始めた。彼女の声には、母としての優しさと戸惑いが混じる。
「そうですわね。皆に見せますわ」
パシャパシャと、母レノに続くように、ミサも魔法写真を撮り始めた。
そこへ、剣戟の試練を終えたシンとレイが戻ってきた。シンは汗を拭い、レイは息を整えながら、互いに一歩も譲らぬ戦いを終えた満足感を漂わせていた。
「レイ……。あなたも中々腕を上げましたね……」
「なんとか根源を3つ残せたよ……。ミサ、シンが許してくれたから、3回『夢幻婚礼結界』に入ろ……う……?」
だが、二人の視線が結界の魔法模型に釘付けになった。そこには、花婿の男装をしたアヴォス・ディルヘヴィアと花嫁姿のレノが、嬉しそうに佇んでいた。
偽りの魔王は、芝居がかった──しかし勝ち誇った笑みで、父と彼氏に手を振った。
「いぇーい。 お父様、レイ、見てらっしゃいますぅー? お母様は、ワタクシが頂きましたわ……」
「あの……。シン、カノン、なんか……ごめんね?」
一方レノは、気まずそうに謝った。それはまるで──この魔法模型が『事実』であることを謝るかのように……。
レイとシンは、目の前の光景に凍りついた。
「ミサと……レノが……デキてる……!?」
「レノが……ミサに……NTRれた……!?」
衝撃のあまり、シンとレイは同時に昏倒した。
偽りの魔王にして大精霊アヴォス・ディルヘヴィアの悪戯は強力無比だった。
宿命すら断ち切る勇者と、魔王の右腕を、同時に倒してしまうほどに──。