調査局の襲撃から2日が経った。2人は元いた街から十数キロ離れた街に隠れている。カズミは2日間ずっと気に留めていたことを質問する。
「どこに向かってるんですか? 」
獣人は数時間も歩き続けていた足を止める。
「私が
獣人がもともといた場所、どんな場所なのだろうか。カズミは想像したがうまく思いつかない。
「つまらない場所だけど戻るしかないよね……」
獣人は残念そうにする。耳と尻尾は垂れ下がっている。相当あの場所が気に入っていたのだろう。カズミも悲しい気持ちだ、獣人が悲しんでいるとカズミも悲しくなる。
「でもいいんだ、今はカズミくんもいるし、きっと大丈夫! 」
元気そうな声を出すが、やはり耳と尻尾は垂れ下がったままだ。
「辛かったら……泣いていいんですよ」
カズミがそう言うと獣人はバッと振り向く。そして、カズミの目をじっと見つめた後抱きついた。ついには獣人は泣き出してしまった。
「うっ……ううっ……」
カズミは優しく獣人の頭を撫でる。強く抱きしめる。少しでも獣人に元気になってほしいという切実な思いがあった。誰もいない沈黙したあたりに獣人のすすり泣く声が響く。カズミは胸を締め付けられるような気分だ。2人は数分、互いを抱きしめあった。
「ここで今日は寝ようか」
2人は放棄されたホテルの中に入る。中はやはり不気味なほど綺麗だった。本当は人が今もいて管理している、そう思わせるほど綺麗だ。
「わかりました」
獣人が少し元気になった姿を見てカズミは安心する。尻尾も上を向いていた。2人はホテルの一部屋に入る。
「シャワー一緒に入らない? 」
獣人が突然提案してきた。カズミはたじろいだあと顔を赤くする。
「もしかして、恥ずかしいの? 」
カズミはうなずく。恥ずかしい、思春期の男子みたいな理由だ。獣人はカズミの恥ずかしがる姿を見て良い気持ちになる、かわいいなと思ってしまう。
「カズミくんから離れたくないから」
獣人がカズミにそう言うとカズミは小さな声で「わかりました」と言った。カズミも元は調査局の局員なだけあってガタイは悪くない、むしろ良い方だ。腹筋も割れている。世間一般的に言う細マッチョに分類されるタイプだろう。
「あんまりジロジロ見ないでください」
「でも、夜は見られても恥ずかしがらないのに。カズミくんって変なの」
獣人におちょくられてカズミはもっと顔を赤くする。カズミは獣人の体をチラリと見た。改めて見ると白い肌がとても綺麗だ。
「カズミくん、体洗ってあげるねー」
「ひゃっ」
カズミは急に獣人に体を触られておかしな声を出してしまった。その声を聞いた獣人はクスッと笑う。笑われてしまったことは恥ずかしいが獣人が笑ってくれて心底、安心する。
「仕返しです! 」
「わっ」
カズミは獣人の耳を触る。獣人も急に触られたことに驚き声を出す。
「やったな、カズミくーん」
2人は少し窮屈なシャワールームでふざけ合った。だけど、こうしてふざけあうのも悪くはない。
「一緒に寝よ」
カズミがベッドに入っていたら獣人が潜り込んできた。カズミは少し笑う。
「いいですよ」
獣人はカズミを抱きしめる。ベッドに獣人の匂いが広がった。カズミはゆっくりと眠りへ落ちていく。
『カズミ……くん? 』
ユキノの声がカズミの頭にこだます。手にはハンドガン、カズミはハンドガンの照準をユキノの頭に合わせて引き金を引いた。
『あんたは悪いひとだ! 』
目の前には自分が殺した名も知らない局員とユキノの死体……。
『お前が殺したんだ』
次の瞬間、突如としてカズミを囲う黒い人影。
『酷い! 彼には子どももいたのに! 』『狂ってる』『人殺し! 』
黒い人影はそれぞれカズミをののしる。
違う、違う、俺はただ、獣人を守りたかっただけ……。
『人殺し』『人殺し』『人殺し』
違う、違う、違う、違う、違う。
カズミは目を覚ます。
「あ、ああ……」
ベッドから出てゆっくりと歩く。そして、立ち止まってうずくまった。頭によぎるのは目を開けたまま息絶えた、カズミが殺した局員の顔……。
「う、う"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"え"」
カズミは吐いた。口の中いっぱいに酸の味が広がる。横隔膜がけいれんする、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。額からは脂汗がポタポタと落ちてくる。落ち着かなければ、必死に深呼吸して目を閉じる。けれど、まぶたに映るのは自分が殺した局員の顔。
「う、うわぁぁぁ」
手にこびりついて離れない、魔獣を殺すのとは違う人を殺した感触。無視してきたはずだったカズミの良心と罪悪感がカズミを責める。お前は人を殺したのだと。
カズミはそっと誰かに抱きしめられた。落ち着く匂いだ。獣人だ。
「カズミくんひとりで抱え込まなくていいよ」
獣人の優しい声にカズミの呼吸は次第に穏やかになる。カズミは泣き出してしまった。
「うわぁぁあん」
泣きじゃくるカズミの頭を獣人はゆっくりと撫でた。深い夜にお静寂の中、2人は抱きしめあった。