カズミは考えていた。あの日から日を重ねるごとに獣人に対する恐怖心がなぜ次第に消えていっているのかを。カズミにはそれがわからない。むしろ、獣人からの暴力と言えるほどの愛情を求めてしまっている。
カズミは
獣人といると不思議と落ち着く。心が温かくなる。もっと一緒にいたい。
「おはよう……。カズミくん」
獣人が部屋に入ってくる。カズミは獣人の姿を見て安堵の息を漏らす。獣人がそばに居てくれるとどこか安心できる、できてしまう。獣人はカズミに近づいて優しく抱きしめる。
「昨日はいい子だったね。偉いね」
獣人はカズミのことを褒める。獣人の匂いはカズミの脳を揺さぶる。突然の抱きつかれて動揺してしまう。けど、嫌な気持ちじゃない、どちらかといえば嬉しい。
「ありがとう……ございます」
禁止されているが敬語で話してしまう。獣人もそれを受け入れたのか何も言わない。
「朝ごはん、食べよっか」
促されるまま席に着く。机の上には炊き立ての白ごはん、味噌汁、ほうれん草のおひたし、焼きしゃけが並んでいた。日本食だ。
「いただきます」
カズミは美味しそうにご飯を食べる。その姿を見て獣人は心の中で喜んでいた。彼が幸せそうにしていると獣人自身も幸せな気持ちになる。
「美味しい? 」
「美味しい……です」
カズミは頷く。獣人は作った甲斐があったと言わんばかりにとても喜ぶ。カズミは不思議といい気持ちになった。それと獣人の料理の腕に感心してしまう。
「今日は映画見よっか?」
映画、カズミは映画を見たことがない。いや、正確に言えば見たことはあるのだろうが記憶にないだけだ。1人で映画を見るのが好きな人も世の中にはいるかもしれないが、きっと誰かと見る映画の方が面白いだろう。カズミは少しワクワクする。
「映画館があるからそこで見よう! 」
カズミはご飯を食べ終えた後に着替えて出かける準備をする。映画館まで少し離れているようで自転車を使うらしい。
「後ろに乗って、しっかりつかまっておいてね! 」
カズミは自転車のカゴを置く後輪の部分に乗る。そして、獣人つかまる。落とされないようにしっかりつかまる。それを確認してから獣人は自転車を漕ぎ始めた。
二人乗りは危ないからやめろと学校の先生から注意されるが、先生おろか人1人いないこの街で獣人とカズミをとがめる存在は1人もいない。なにをしようと2人の自由だ。
「なんだか気持ちいいね」
空気を切りながら前に進む感じはとても爽快だ。カズミは誰ひとりいない通りを見ると、改めて自分と獣人しかこの街にいないのだと実感する。目の前に広がる光景は非現実的だ、しかし、それにしてはとても穏やかな気分だ。獣人といたらどんなことがあろうとも大丈夫な気がしていた。
「そうですね」
自転車が坂をものすごい勢いでくだると空気がブワッと2人に対して広がった。思わずして2人は笑ってしまう。
「うふふ、アハハハ。なんか超面白くない!? 」
「……はい! 」
20分くらい自転車は進み続けた。途中で寄った捨てられたスーパーでスナック菓子とジュースをとって行った。
「ここをいじれば映画がつくのかな? 」
映画館でおそらくスタッフしか入れないであろう場所に入って映画を映す機械をいじる。2人でどうやったらつくのか四苦八苦してようやくスクリーンの映像が流れ始める。
「やっとついた! 早く席に座らないと」
獣人がカズミの手をつかんで座席まで連れて行く。座ったのは真ん中の席だ。とってきたスナック菓子を食べながら映画を見る。
映画の内容は落ちてくる隕石を止めようとする宇宙飛行士の話だった。映画の主人公は最後、恋人を残して隕石を止めるために大量の爆弾を積んだロケットともに隕石に体当たりして死んでしまう。それによって隕石が地球に落ちてくるのが防がれる。という内容だった。ありきたりなストーリーだがどこか惹かれてしまう。
カズミは獣人を見る。獣人は泣いていた、すごく泣いていた。よほど映画の内容に感動したらしい。カズミは獣人が泣いてる姿を初めてみた。どう話しかければいいかわからなかった。
「カズミくんはどこにも行かないよね? 僕を独りにしないよね? 」
獣人は泣き止んだカズミにそう問いかける。その顔はすごく不安で怯えていた。そんな表情、カズミは初めて見た。
「どこにも行きません……。絶対に」
それは心の奥底から出た言葉だった。獣人に寂しい思いをさせたくないという心が自然と口から漏れていた。獣人はカズミに抱きつく。その力は今まで抱きつかれた中で一番強かった。カズミも抱きしめ返す。力を込めて抱きしめ返す。そうして2人は暗い映画館のなかで互いをしばらく抱きしめあった。